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説教の聞き方(2)

発行日: 2008/10/8

「主題説教」は「教義の説教」だと言うことができますが、そのときの主題とは、教義あるいは聖書のキーワードであるとは限りません。

聖書各書のみ言葉に基づいて、今日この世界で、人間社会で起こっている様々な問題を、神はどのようにご覧になり、また私たち人間を導こうとなさっているのかを深く考えるのもまた重要な主題説教です。

しかし、それが聖書のみ言葉の引用に乏しい説教内容であったとすれば、その説教は、説教者の社会評論に陥ってしまうでしょう。それは、説教者の思想を神の上位に置く結果ともなり、説教の本来の目的からは逸脱するものとなるのです。

今日、世界的規模で起こっている環境破壊の問題は、科学・技術的、政治的、経済的そして社会的アプローチがされていますが、本来的には文化を支える哲学的・宗教的問題であると主張する思想家もいます。

●しかし聖書的には、環境破壊は根源的に人間が堕落して、自然との調和を失ったところから生じていることは明らかです。

人間がその欲求を無限に肥大化させ、自然を無制限の収奪の対象とすることによって、自然を人間の様々な欲望を満たす資源としてしか見ないような世界観が生れた結果、環境破壊が加速されているのです。

この観点からなされる最近の環境破壊の主題説教には優れたものがあり、私もそのいくつかを聞いたことがあります。

次は、聖書辞典に書かれている環境破壊の聖書的理解です。

(引用)

環境破壊を克服するためには,旧新約聖書のみことばの正しい認識を通して,自然に対する人間の正しい関係を確立する以外にはない。

「神は見て、それをよしとされた」(創世記1:12)と記されているように、自然が人間にとっての価値ではなく、それ自身において本有的な価値と存在意義を持つことをまず心がけなければならない。

さらに人間は自分たちのために自然とかかわるだけではなく、自然そのもののために自然とかかわる使命が、具体的にどのような活動形態をとるかを慎重に考え、新しい技術と経済のあり方を検討していかなければならない。

それは創造の教理とも関係している。
 
環境保全に関して、引用される聖書箇所には次があります。

神によって創造された地球環境とはどのようなものだったのかを創世記は見事に書き表していそしてます。そして、

                      − 自然と生物
  神(−>キリスト)の創造物 <
                      − 人間(神の似姿)

の構成と相互関係について教えています。神が造られた自然を神から委託されて保全するのが人間であったはずだったのです。

以下は関係する箇所ですが、すでによくご存知でしょうから、読み飛ばすか、さっと目を通してください。

----------------------------------------------------------------------------
創世記  1:1 初めに、神が天と地を創造した。

 1:2 地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。

 1:3 そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。

 1:4 神はその光をよしと見られた。そして神はこの光とやみとを区別された。

 1:5 神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第一日。

 1:6 ついで神は「大空よ。水の間にあれ。水と水との間に区別があるように。」と仰せられた。

 1:7 こうして神は、大空を造り、大空の下にある水と、大空の上にある水とを区別された。するとそのようになった。

 1:8 神は、その大空を天と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第二日。

 1:9 神は「天の下の水は一所に集まれ。かわいた所が現われよ。」と仰せられた。するとそのようになった。

 1:10 神は、かわいた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、それをよしとされた。

 1:11 神が、「地は植物、種を生じる草、種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ果樹を地の上に芽生えさせよ。」と仰せられると、そのようになった。

 1:12 それで、地は植物、おのおのその種類にしたがって種を生じる草、おのおのその種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ木を生じた。神は見て、それをよしとされた。

 1:13 こうして夕があり、朝があった。第三日。

 1:14 ついで神は、「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のために、役立て。

 1:15 天の大空で光る物となり、地上を照らせ。」と仰せられた。するとそのようになった。

 1:16 それで神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた。

 1:17 神はそれらを天の大空に置き、地上を照らさせ、

 1:18 また昼と夜とをつかさどり、光とやみとを区別するようにされた。神は見て、それをよしとされた。

 1:19 こうして夕があり、朝があった。第四日。

 1:20 ついで神は、「水は生き物の群れが、群がるようになれ。また鳥は地の上、天の大空を飛べ。」と仰せられた。

 1:21 それで神は、海の巨獣と、その種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、その種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神は見て、それをよしとされた。

 1:22 神はまた、それらを祝福して仰せられた。「生めよ。ふえよ。海の水に満ちよ。また鳥は、地にふえよ。」

 1:23 こうして、夕があり、朝があった。第五日。

 1:24 ついで神は、「地は、その種類にしたがって、生き物、家畜や、はうもの、その種類にしたがって野の獣を生ぜよ。」と仰せられた。するとそのようになった。

 1:25 神は、その種類にしたがって野の獣、その種類にしたがって家畜、その種類にしたがって地のすべてのはうものを造られた。神は見て、それをよしとされた。

 1:26 そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。

 1:27 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

 1:28 神はまた、彼らを祝福し、このように神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

 1:29 ついで神は仰せられた。「見よ。わたしは、全地の上にあって、種を持つすべての草と、種を持って実を結ぶすべての木をあなたがたに与えた。それがあなたがたの食物となる。

 1:30 また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地をはうすべてのもので、いのちの息のあるもののために、食物として、すべての緑の草を与える。」すると、そのようになった。

 1:31 そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。こうして夕があり、朝があった。第六日。

 2:1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。

 2:2 それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。

 2:3 神はその第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。

 2:4 これは天と地が創造されたときの経緯である。神である主が地と天を造られたとき、

 2:5 地には、まだ一本の野の潅木もなく、まだ一本の野の草も芽を出していなかった。それは、神である主が地上に雨を降らせず、土地を耕す人もいなかったからである。

 2:6 ただ、霧が地から立ち上り、土地の全面を潤していた。

 2:7 その後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。

 2:8 神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。

 2:9 神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木とを生えさせた。

 2:10 一つの川が、この園を潤すため、エデンから出ており、そこから分かれて、四つの源となっていた。

 2:11 第一のものの名はピションで、それはハビラの全土を巡って流れ、そこには金があった。

 2:12 その地の金は、良質で、また、そこには、ブドラフとしまめのうもある。

 2:13 第二の川の名はギホンで、クシュの全土を巡って流れる。

 2:14 第三の川の名はヒデケルで、それはアシュルの東を流れる。第四の川、それはユーフラテスである。

 2:15 神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。

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注)参考資料:創造の教理 −新聖書辞典から引用
(良くまとめてありますが、難しいとお思いの方は、読み飛ばしてください)

この教理は旧約,新約の双方において広く取り扱われている.天地宇宙の万物には初めがあり,神によって存在するに至ったと聖書は告げている(創世記1:1).

この教理の出発点とも言うべき聖句は,「信仰によって,私たちは,この世界が神のことばで造られたことを悟り,したがって,見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです」(ヘブル11:3)である.

創造は神の啓示に基づき,信仰の観点からのみ理解される,という意味である.創造のみわざは人の目からは隠されたものであって,自明のことではない.

次にこの聖句(ヘブル11:3)は,この世界が神のことばによるわざであり,何か他の手段によったのではないことを示す.

さらにまた,創造が「無からの創造」(参照ロマ4:17)であったことをあかしし,物質が先在したり,あるいは永遠であること,および神に対抗する存在があるという二元論などを拒否する.

人や他の生物が地のちりで造られた(創世記2:7,19)という間接的創造も認めているが,神は被造物から区別された,自存かつ自己充足の神であり,みこころのままに自由に創造のわざを行われたのである.

神には万物を創造する必要性はなかったのであるが(使徒の働き17:25),そうすることを選ばれたのである.

創造のみわざは,父なる神(申命記32:6,イザヤ44:24),御子(ヨハネ1:3,コロサイ1:16),聖霊(創世記1:2,詩編104:30)に帰されているが,この三者は別々のものと理解されてはならず,創造は三位一体の神のみわざである.

 「あなたのみこころゆえに,万物は存在し,また創造されたのですから」(黙示録4:11)と「万物は,御子によって造られ,御子のために造られたのです」(コロサイ1:16)の聖句は,神による創造の目的とゴールを示している.

創造は神中心的,キリスト論的に受け止められるべきであり,神の栄光を現すことを意図したものであって,主の栄光の舞台(カルヴァン)なのである.

創造は常に創造者なる神を信じるという信仰の事柄であり,それはまたキリストにある新しい創造(2コリント5:17)という救済のみわざから新天新地という再創造による完成(黙21:1‐5)へとつながっている出来事なのである.

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