私たちはなんのために生きているのでしょうか?どうしたらもっと生きがいのある人生を送れるのでしょうか?それは聖書のイエス様と共に生きること。みんなで本当の生き方を分かち合いませんか?
- 最新号:2008-09-08
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讃美と賛美歌
発行日: 2008/7/12皆様の教会では、讃美歌集と呼ぶ本をお用いですか、それとも世界で次々にCDとして出されているプレーズ・アンド・ワーシップと呼ばれる讃美の歌がスクリーンに映し出されているでしょうか。
教会の礼拝では、オルガンに合わせて賛美歌を歌うのが長い間のしきたりでした。
ところが最近は、敬虔に賛美歌を歌う年配の方に対して、若いクリスチャンは、ヒルソング・ミュージックに代表される歌を手をたたき、ステップを踏み、ギターなどの楽器を用いて歌うのが好きです。
お年寄りは、やかましいプレーズ・アンド・ワーシップ・ソング(P&Wソング)よりも、静かにしみじみ歌える賛美歌がいいと言い、若者は、過去の教会音楽は心に響かないと言います。
でも、お年よりも若者も、讃美の意味が分っていないことがあります。
讃美について聖書でどう教えているかを知ってほしいと思います。
賛美歌は教会礼拝のムードつくりのための歌曲ではありません。
賛美歌は文字通り「歌」ですし、P&Wソングも「ソング」ですが、重要なのは「讃美」また「プレーズ・アンド・ワーシップ」であることを忘れてはならないと思います。
でも実際はどうでしょうか。讃美歌集を手にして会衆は、楽譜に目を通しながら下を向いて歌っている光景をしばしば目にします。
その意味では、手を高く挙げて、天におられる神に対して大きな声で叫び歌うP&Wソングが、讃美に近いと思うのです。
聖歌隊のひとたちは、手にした楽譜を見ながら、指揮者に目を向けて、音楽として立派に歌えることに力を入れているようにも見えます。
それに対してP&Wリーダーは、神への熱い思いを自分の体で表しながら、会衆を神への讃美に引きずり込みます。
神の臨在を感じて、讃美の声も楽器の音も高まります。
いささか極端に比較しましたので、反論もあるでしょう。しかし聖書はどう教えているでしょうか。
詩篇 95:1 主に向かって喜び歌おう。救いの岩に向かって喜びの叫びをあげよう。
95:2 御前に進み、感謝をささげ、楽の音に合わせて喜びの叫びをあげよう。
98:4 全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。
98:5 琴に合わせてほめ歌え。琴に合わせ、楽の音に合わせて。
98:6 ラッパを吹き、角笛を響かせて、王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。
98:7 とどろけ、海とそこに満ちるもの、世界とそこに住むものよ。
98:8 潮よ、手を打ち鳴らし、山々よ、共に喜び歌え
主に向かって、静かに、敬虔に歌えとは書いてありません。
さらに、賛美歌とP&Wソングとでは歌詞に大きな違いがあります。
賛美歌集から:
光なる君の 共に在(ま)しまさば
眼(まなこ)を暗(くら)ます暗闇はあらじ
御助(みたす)けあらずば 生き行く術(すべ)なし
主 共に在(ま)さずば 死は実(げ)に恐ろし
乏しきを富まし 悩むを慰め
病(や)めるを安けく 憩(いこ)わしめ給え
目を覚(さ)ますごとに まず恵み給え
P&Wソングから:
わが主エスよ 救いの君
主の愛たたえる 命の限り
とりで、ちから 慰め主よ
わが霊、魂 あがめよ永遠に
叫べ全地よ歌え 主の力と栄光
海も山も震える み名のとどろきに
喜べみ手のわざを とわに愛し仕える
全てに勝る イエスの愛
HOW GOOD IT IS
How good it is to give thanks
Unto the Lord
How good it is to give thanks
Unto our God
O He heals the brokenhearted
Binding up their wounds
It is good to bless His holy name
I'm gonna bless His name
O we give thanks unto our Savior
And with a heart of gratitude
We give Him praise
His mercy shall endure forever
And I will worship Him
All of my days
あるゴスペル・リーダーは言いました。
昔ながらの賛美歌は、神に向かってではなく自分の思いを歌っているいわば水平方向の歌だ。それに対してP&Wソングは、神に向かう垂直方向の歌だ。
では讃美とは何かを聖書辞典で調べましょう。
神の民の神への賛美に対して、神はいかに応答されたか。
歴代誌下20:20‐22では、神の民の賛美に答えて働かれる神のみ手を明らかに認めることができる。
それはヨシュアのエリコ攻略の時も同様であった(ヨシュア記6:20)。
神はまた賛美を住いとされ(詩篇22:3)、賛美の中に御自身の栄光を現される(歴代誌下5:13,14)。それゆえ神は御自身のあかしのために賛美を命じておられる(歴代誌下29:25).
歴代誌下20:21 彼は民と協議したうえで、主に向かって歌をうたい、主の聖なる輝きをたたえる者たちを任命し、彼らに軍隊の先頭を進ませ、こう言わせた。「主に感謝せよ、その慈しみはとこしえに。」
20:22 彼らが喜びと賛美の歌をうたい始めると、主はユダに攻め込んできたアンモン人、モアブ人、セイルの山の人々に伏兵を向けられたので、彼らは敗れた。
詩篇 22:3 わたしの神よ。昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。
22:4 だがあなたは、聖所にいまし、イスラエルの賛美を受ける方。
22:5 わたしたちの先祖はあなたに依り頼み、依り頼んで、救われて来た。
22:6 助けを求めてあなたに叫び、救い出され、あなたに依り頼んで、裏切られたことはない。
歴代誌下◆契約の箱の安置とソロモンの祈り
5:2 ソロモンは、そこでイスラエルの長老、すべての部族長、イスラエル人諸家系の首長をエルサレムに召集した。「ダビデの町」シオンから主の契約の箱を担ぎ上るためであった。
5:3 第七の月の祭りに、すべてのイスラエル人が王のもとに集まった。
5:4 イスラエルの全長老が到着すると、レビ人はその箱を担ぎ、
5:5 その箱のみならず臨在の幕屋も、幕屋にあった聖なる祭具もすべて担ぎ上った。祭司たちはレビ人たちと共にこれらのものを担ぎ上った。
5:6 ソロモン王は、彼のもとに集まったイスラエルの全共同体と共に、その箱の前でいけにえとして羊や牛をささげた。その数はあまりにも多く、調べることも数えることもできなかった。
5:7 祭司たちは主の契約の箱を定められた場所、至聖所といわれる神殿の内陣に運び入れ、ケルビムの翼の下に安置した。
5:8 ケルビムは箱のある場所の上に翼を広げ、その箱と担ぎ棒の上を覆うかたちになった。
5:9 その棒は長かったので、先端が内陣の前の聖所からは見えたが、外からは見えなかった。それは、今日もなおそこに置かれている。
5:10 箱の中には石の板二枚のほか何もなかった。この石の板は、主がエジプトから出たイスラエル人と契約を結ばれたとき、ホレブでモーセが納めたものである。
5:11 祭司たちが聖所から出ると、そこにいたすべての祭司たちは、組分けによる務めにかかわらず聖別されていた。
5:12 レビ人の詠唱者全員、すなわちアサフ、ヘマン、エドトンおよび彼らの子らと兄弟らは、麻布の衣をまとい、シンバル、竪琴、琴を持ち、百二十人のラッパ奏者の祭司たちと共に祭壇の東側に立っていた。
5:13 ラッパ奏者と詠唱者は声を合わせて主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパ、シンバルなどの楽器と共に声を張り上げ、「主は恵み深く、その慈しみはとこしえに」と主を賛美すると、雲が神殿、主の神殿に満ちた。
5:14 その雲のために祭司たちは奉仕を続けることができなかった。主の栄光が神殿に満ちたからである。
歴代誌下
29:24 祭司たちはその雄山羊を屠り、すべてのイスラエルの罪の償いのためにその血を贖罪の献げ物として祭壇にささげた。焼き尽くす献げ物も贖罪の献げ物も全イスラエルのためにささげるよう、王が命じていたからである。
29:25 彼はダビデと王の先見者ガド、預言者ナタンの戒めに従ってシンバル、竪琴、琴を持つレビ人を神殿に配置した。この戒めは主が預言者たちによってお授けになったものである。
29:26 レビ人がダビデの楽器を、祭司がラッパを持って立つと、
29:27 ヒゼキヤは祭壇に焼き尽くす献げ物をささげるように命じた。焼き尽くす献げ物をささげ始めると、イスラエルの王ダビデの楽器の伴奏で、主の賛歌とラッパの演奏が始まった。
29:28 会衆は皆ひれ伏し、賛歌がうたわれ、ラッパが響き渡り、これらの事はすべて、焼き尽くす献げ物をささげ終わるまで続いた。
29:29 焼き尽くす献げ物をささげ終わると、王および彼と共にいた人々は皆ひざまずいて礼拝した。
29:30 ヒゼキヤ王と高官たちが、ダビデと先見者アサフの言葉をもって主を賛美するようにレビ人に命じたので、彼らは主を賛美して喜び祝い、ひざまずいて礼拝した。
29:31 ヒゼキヤは言った。「今、あなたたちは主に身をささげた。感謝の献げ物を携えて主の神殿に近づけ。」そこで会衆は感謝の献げ物を携え、また進んでささげようとする者は皆、焼き尽くす献げ物を携えて来た。
以上は旧約聖書に親しんでいないと分りにくいかもしれませんが、讃美とはじつはこういうことであって、礼拝のムードを盛り上げるのに役立つものではありません。
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