私たちはなんのために生きているのでしょうか?どうしたらもっと生きがいのある人生を送れるのでしょうか?それは聖書のイエス様と共に生きること。みんなで本当の生き方を分かち合いませんか?
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聖書で言う「霊」とは
発行日: 2008/7/11聖書で言う「霊」には、「神の霊」と「人間の霊」の二つがあることを知っていただきたいと思います。
神の霊も人間の霊も共に見えないものであることは共通していますが、それらの本質は全く異なります。
聖書辞典を見れば、このことについて、いろいろな記述がされています。
以下は、木田、和田監修「小型版聖書辞典」からです。
先の記事とも重なり、また短いですが、聖書で言う「霊」の要点の理解にさらに役立つでしょう。
私の註解を加えながら引用します。
まず「人間の霊」についてですが、聖書で言う人間の霊は、死後にも残る霊魂というようなものだけではなく、もっと積極的な意味を持っています。
人間の霊は、人間のからだを生かすものであり(創世記2:7では「命の息」と表現〉、そして死ねば、これを授けられた神に帰る(コへレトの書12:7)。
創世記2:7 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。
コヘレトの書 12:7 ちりはもとあった地に帰り、霊はこれを下さった(霊である)神に帰る。
人間の三分法による「霊と魂と体」(1テサロニケ5:23)における霊(プネウマ)は、その生命を神から受ける者としての人間の側面を表わしている。この意味で、人は霊によって神に結びつく存在なのです。
(ただし、人間の三分法(physical, mental, spiritual)は、聖書の根本思想であるとは言えません。)
1テサロニケ 5:23 平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、魂、体が完全に守られますように。
「霊」という語は、時には、「神」特色づけるために、「肉」なるものと対照的に用いられる(創世記6:3、イザヤ書31:3)。
創世記 6:3 そこで、主は、「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢は、百二十年にしよう。」と仰せられた。
イザヤ 31:1 ああ。助けを求めてエジプトに下る者たち。彼らは馬にたより、多数の戦車と、非常に強い騎兵隊とに拠り頼み、イスラエルの聖なる方に目を向けず、主を求めない。
31:2 しかし主は、知恵ある方、わざわいをもたらし、みことばを取り消さない。主は、悪を行なう者の家と、不法を行なう者を助ける者とを攻めたてられる。
31:3 エジプト人は人間であって神ではなく、彼らの馬も、肉であって霊ではない。主が御手を伸ばすと、助ける者はつまずき、助けられる者は倒れて、みな共に滅び果てる。
31:4 まことに主は、私にこう仰せられる。「獅子、あるいは若獅子が獲物に向かってほえるとき、牧者がみなそのところに集められても、それは、彼らの声に脅かされず、彼らの騒ぎにも動じない。そのように、万軍の主は下って来て、シオンの山とその丘を攻める。
31:5 万軍の主は飛びかける鳥のように、エルサレムを守り、これを守って救い出し、これを助けて解放する。」
31:6 イスラエルの子らよ。あなたがたが反逆を深めているその方のもとに帰れ。
ところで人間の霊は、英語ではspiritなのですが、日本語聖書では、それを<霊>と訳さないで<心>とか<思い>とかに訳しています。
民数記14:24 "But My servant Caleb, because he has a different <spirit >in him and has followed Me fully, I will bring into the land where he went, and his descendants shall inherit it.(NKJV)
14:24 ただし、わたしのしもべカレブは、ほかの者と違った<心>を持っていて、わたしに従い通したので、わたしは彼が行って来た地に彼を導き入れる。彼の子孫はその地を所有するようになる。(新改訳)
14:24 しかし、わたしの僕カレブは、別の<思い>を持ち、わたしに従い通したので、わたしは彼が見て来た土地に連れて行く。彼の子孫はそれを継ぐ。(新共同訳)
心や思いも神から与えられたものという意味で霊なのですが、それを心とか思いと訳してしまうと、「神が与えた」という意味が薄れるのではないでしょうか。
少し難しくなりますので、この位にしておきますが、神が与えた人間の霊に神の霊が宿ってくださるとき、人間は本当の生き方ができるとクリスチャンは考えます。
人間が意識するとしないとに関わらず、人間には良心があります。
これは人間の持つものではなく、神から与えられた霊だといえるでしょう。
だから私たちは毎日のように伝えられている様々な偽装や不正にたいしてNO!と言えるのです。
そして私たちの霊に神の霊が働いてくださるとき、私たちは不正など様々な罪から遠ざかることができるでしょう。
しかし、わたしたちの霊に神の霊が住んでくださることを拒絶して、神なき社会に住むとき、無差別殺人や破廉恥行為、汚職や偽装などあらゆる悪が日常的になるでしょう。
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