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神武天皇と建国記念日(その1)
発行日時: 2008/4/29皆様は、「建国の日」と呼ぶ国民祭日が2月11日であることはよくご存知ですね。でも、その日が祭日に選ばれているいきさつをご存知でしょうか?
アメリカでは独立記念日があり、1776年にイギリスからの独立が宣言されたこの日を記念します。
フランスではパリー祭と呼びますが、1789年バスチーユ牢獄襲撃・政治犯解放でフランス革命が始まった日です。
中国の国慶節は、1949年、毛沢東が天安門で建国宣言をした日です。
それぞれ重要な意味があるのですが、多くが、近代史に基づく記念日です。ところが日本の建国記念日は、神話に基づいているんです。信じられますか?
「今日の書き込み記事は、キリスト教と何の関係があるのと?」と質問されそうですが、じつは神様とは何か?が分っていない日本人の気質と言いますか、伝統と言いますか、あるいは言い伝えといったものが、聖書の神から日本人を遠ざけていることを伝えたいのです。
さて他の国では、建国の日とは、その国が他国や他民族や専制政治から自由になった日です。ところが日本の「建国の日」は世界に例が少ない、「神話の日」なんです。
国家の建国という重要な歴史的な日が、歴史的根拠に乏しい、作り話でしかない神話に書かれている日だということに、あなたはどうお思いですか?
それは、路傍のお地蔵さんを拝み、正月の初詣でには明治天皇を拝む日本人にとっては、なんら抵抗のないことなのかもしれませんが、そういうことが、聖書の神も日本の神々も同じだと思う日本人の心かもしれません。
では、日本の建国の日とは、どんな日でしょうか?
旧四大節(もと祝祭日とされた正月の四方拝・紀元節・天皇誕生日の天長節・明治天皇誕生日の明治節の総称)の一つ。建国祭とも言う。1872年太政官布告で1月29日を神武天皇即位の祝日と定めた.
その日は太陽暦に換算して2月11日である.
太平洋戦争で日本が敗戦し、1948年、連合国占領軍によって、軍国主義に関係するからとして廃止されたが、その後1966年建国記念の日として復活したのです。
この記念日は、〈辛酉年春正月庚辰朔,天皇即帝位於橿原宮〉という《日本書紀》の記述に基づいたものですが、神武天皇の存在はもとより、その即位年も、全くの作為で科学的根拠はありません。
そのため戦後の政府、神社本庁、右翼勢力の紀元節復活運動に対しては、軍国主義,思想・学問の自由に対する国家統制の復活だとして強い反対が続いていました。
しかし、ある時期に軍国主義者が利用した天皇制でしたが、日本人の天皇制に対するその愛着は変わらなかったのです。そして、日本のクリスチャンも、教会も反対し続けた建国記念日が再制定されてしまったのです。
「何だそういうことが言いたかったのか」とおっしゃるかも知れませんが、神武天皇の伝説には、さらに聖書と関係していることがあるのです。
それは、その時代に、イスラエル人が日本に来ていた、あるいは少なくても隣国の中国には住んでいて、意図的に書かれた天皇制擁護のための神話に影響を与えていたというのです。
ではここで、神武天皇について、インターネットから情報をまとめておきます。古事記と日本書紀からの解説です。
簡単に言えば、神武天皇とは、天孫瓊瓊杵(ににぎ)尊の曾孫とされ,日向(ひゅうが)から東征して大和(やまと)に入り,橿原(かしはら)宮を営んで即位したという、もとより史実ではないデツチあげの「日本国初代天皇」が、神武天皇です。
さらに詳しくは次のとおりです。
『古事記』および『日本書紀』では,第1代の天皇として、神武天皇をあげる。彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)と呼ばれ,神倭伊波礼毘古命、神日本磐余彦天皇(神倭伊波礼毘古=神日本磐余彦=かむやまといはれびこのみこと)と称す。
父は鵜葺草不合命(うがやふきあえず)で,母は「海童(わたつみ)の少女」といわれた玉依姫(たまよりひめ)であった。
『古事記』では,「若御毛沼命(わかみけぬのみこと)」とか「豊御毛沼命(およみけぬ)」ともいわれたと記しているが,穀霊神的性格を意味するものであろう。
長じて,波礼毘古命は兄の五瀬命(いつせのみこと)と協議して,東征(東国侵攻・征伐)を決意して日向を出発した。
このとき、天孫降臨以前に、すでに日本にいたとされる、土着の神つまり国津神の一人に導かれたといわれている。
かれらは、九州から中国各地方を経て,難波に上陸し,河内の国で,長髄彦(ながすねびこ。神話上の人物。神武天皇東征のとき、大和国生駒郡の地方に割拠した土豪)の軍にはばまれ,苦戦し,兄の五瀬命は傷を負い,紀の国の山で死んだ。
この敗戦の原因は,〈日神の御子として,日に向いて戦う〉ことにありとして,遠く海上を迂回して,熊野に再び上陸
して大和に赴く。熊野では,その土地神の毒気にあって,気力を失い倒れた。そのとき,武甕雷神(たけみ
かずちのかみ)より授かったという霊剣で生気をとりもどしたという。そして天より遣わされた八咫烏(やたがらす)に先導され、軍隊をたてて,山を越えて,大和に入った。
遂に再び長髄彦と対戦する事になった。しきりに戦ったが,なかなか勝利を得ることができなかったが,忽然として日が曇り氷雨(ひさめ)が降ってきた。そこに金色の鵄が飛来し,弓の弭(やはず)にとまり光輝を発したので,長髄彦の軍兵は目をあけられず,戦力を失った。
長髄彦は殺され,畝傍山の東南の地,橿原(かしはら)に宮居を造り,辛酉の年正月一日に,即位した。これが神武天皇である。『書紀』には〈始馭天下之天皇〉と称している。辛酉の年に国家創業の年に当てたのは,いわゆる辛酉革命の思想によるものであろう。また正月一日を即位の日とするのは,万物生育の初めにあたるという観念にもとづくものであろう。
これが史実であるかを論ずるよりも,日本国家の起源をものごとが大きく変わるとされた時期に合せた古代人の思惟方法に注目すべきであろう。・・この様な解説もあります。
そしてここで、久保牧師の著「古代日本にイスラエル人がやってきていた」に移りましょう。
次のようなことが書かれています。
《日本書紀》での日本国建国の初代天皇の諡号(しごう,生前の行いを尊び死後に贈られる称号。おくりな。)は神日本磐余彦(かむやまといわれひこ)天皇でした。
そして、この神武天皇の称号はヘブル語だというのです。
(続く)
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