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捕囚時代
発行日時: 2008/4/12もう一度書きます。
サムエル記に続いてイスラエルの歴史をつづるのが、列王記第一、第二です。
列王記第一はダビデの死とソロモンの即位に始まり、神殿の建築を含めてその全盛時代を語ります。しかしソロモンは晩年に入ると、その繁栄のゆえに心が神から離れてしまいました。そのため王国は、彼の死後、北のイスラエルと南のユダに分裂しました。
南王国ではダビデ王朝が続きますが、北王国では次々と王朝が交替します。紀元前721年、イスラエルがまずアッシリヤに滅ぼされ、紀元前586年にはユダもバビロニヤに滅ぼされることになります。
さて、国が敵によって滅ぼされた結果はどうなるのでしょうか?捕囚(ほしゅう)時代を迎えます。
捕囚について調べてみますと、次のような解説があります。
捕囚(ほしゅう)とは、古代世界に多く見られた占領政策の一環で、戦勝国は敗戦国の指導者、軍人、その他の有力、有用な住民を捕虜として自国領地に移し、植民として服役させた。
敗戦国は進貢の義務を課せられたが,これを拒否すると反逆と見なされ,攻撃と略奪,さらには捕も行われた。
実際に聖書の記事を読んで見ましょう。
前841年北王国イスラエルの王エフーはすでにアッシリヤに貢を納めていたが,ペカの治世に,ティグラテ・ピレセル3世(前745―727年)による初めての捕囚が起り(第二列王記15:29),前722年にはサルゴン2世によるサマリヤ陥落で2万7290人がメソポタミヤやメディヤに捕え移された(第二列王記17:5‐6)。南王国ユダはバビロンの王ネブカデネザルによって前597年および前586年に攻略され、首都エルサレムの陥落、王家一族を初めとする多数の民の捕囚を見た。貧民がわずかに残された(第二列王記25:2‐21)。
◆イスラエルの王ペカ
列王記下15:27 ユダの王アザルヤの治世第五十二年に、レマルヤの子ペカがサマリアでイスラエルの王となり、二十年間王位にあった。
15:28 彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。
15:29 イスラエルの王ペカの時代に、アッシリアの王ティグラト・ピレセルが攻めて来て、イヨン、アベル・ベト・マアカ、ヤノア、ケデシュ、ハツォル、ギレアド、ガリラヤ、およびナフタリの全地方を占領し、その住民を捕囚としてアッシリアに連れ去った。
◆イスラエルの王ホシェアとサマリアの陥落
列王記下 17:1 ユダの王アハズの治世第十二年に、エラの子ホシェアがサマリアでイスラエルの王となり、九年間王位にあった。
17:2 彼は主の目に悪とされることを行ったが、彼以前のイスラエルの王たちほどではなかった。
17:3 アッシリアの王シャルマナサルが攻め上って来たとき、ホシェアは彼に服従して、貢ぎ物を納めた。
17:4 しかし、アッシリアの王は、ホシェアが謀反を企てて、エジプトの王ソに使節を派遣し、アッシリアの王に年ごとの貢ぎ物を納めなくなったのを知るに至り、彼を捕らえて牢につないだ。
17:5 アッシリアの王はこの国のすべての地に攻め上って来た。彼はサマリアに攻め上って来て、三年間これを包囲し、
17:6 ホシェアの治世第九年にサマリアを占領した。彼はイスラエル人を捕らえてアッシリアに連れて行き、ヘラ、ハボル、ゴザン川、メディアの町々に住ませた。
17:7 こうなったのは、イスラエルの人々が、彼らをエジプトの地から導き上り、エジプトの王ファラオの支配から解放した彼らの神、主に対して罪を犯し、他の神々を畏れ敬い、
17:8 主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の風習と、イスラエルの王たちが作った風習に従って歩んだからである。
17:19 ユダもまた自分たちの神、主の戒めを守らず、イスラエルの行っていた風習に従って歩んだ。
17:20 主はそこでイスラエルのすべての子孫を拒んで苦しめ、侵略者の手に渡し、ついに御前から捨てられた。
◆エルサレムの陥落
列王記下 25:1 ゼデキヤの治世第九年の第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは全軍を率いてエルサレムに到着し、陣を敷き、周りに堡塁を築いた。
25:2 都は包囲され、ゼデキヤ王の第十一年に至った。
25:3 その月の九日に都の中で飢えが厳しくなり、国の民の食糧が尽き、
25:4 都の一角が破られた。カルデア人が都を取り巻いていたが、戦士たちは皆、夜中に王の園に近い二つの城壁の間にある門を通って逃げ出した。王はアラバに向かって行った。
25:5 カルデア軍は王の後を追い、エリコの荒れ地で彼に追いついた。王の軍隊はすべて王を離れ去ってちりぢりになった。
25:6 王は捕らえられ、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行かれ、裁きを受けた。
25:7 彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った。
25:8 第五の月の七日、バビロンの王ネブカドネツァルの第十九年のこと、バビロンの王の家臣、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、
25:9 主の神殿、王宮、エルサレムの家屋をすべて焼き払った。大いなる家屋もすべて、火を放って焼き払った。
25:10 また親衛隊の長と共に来たカルデア人は、軍をあげてエルサレムの周囲の城壁を取り壊した。
25:11 民のうち都に残っていたほかの者、バビロンの王に投降した者、その他の民衆は、親衛隊の長ネブザルアダンによって捕囚とされ、連れ去られた。
25:12 この地の貧しい民の一部は、親衛隊の長によってぶどう畑と耕地にそのまま残された。
25:13 カルデア人は主の神殿の青銅の柱、台車、主の神殿にあった青銅の「海」を砕いて、その青銅をバビロンへ運び去り、
25:14 壺、十能、芯切り鋏、柄杓など、祭儀用の青銅の器をことごとく奪い取った。
25:15 また親衛隊の長は、火皿、鉢など、金製品も銀製品もすべて奪い取った。
25:16 ソロモンが主の神殿のために作らせた二本の柱、一つの「海」、台車についていえば、これらすべてのものの青銅の重量は量りきれなかった。
25:17 一本の柱の高さは十八アンマで、その上に青銅の柱頭があり、その柱頭の高さが三アンマ、柱頭の周りには格子模様の浮き彫りとざくろがあって、このすべてが青銅であった。もう一本の柱も格子模様の浮き彫りまで同様に出来ていた。
25:18 親衛隊の長は、祭司長セラヤ、次席祭司ツェファンヤ、入り口を守る者三人を捕らえた。
25:19 また彼は、戦士の監督をする宦官一人、都にいた王の側近五人、国の民の徴兵を担当する将軍の書記官、および都にいた国の民六十人を都から連れ去った。
25:20 親衛隊の長ネブザルアダンは彼らを捕らえて、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行った。
25:21 バビロンの王はハマト地方のリブラで彼らを打ち殺した。こうしてユダは自分の土地を追われて捕囚となった。
旧約聖書に書かれていて、解説書や聖書辞典が、「捕囚(ほしゅう)時代」と簡単に片付けていることの内容がどういうものであるか、お分かりいただけたでしょうか。
そして、神の民が捕囚の民となっていくのを、かれらの主である神があえてそのままにされたのはなぜかも考えてください。
神に背いた結果なのです。
しかし神は彼らを見捨てることはなさいませんでした。そして聖書の人々の歴史は、旧約聖書から新約聖書へと展開して行きます。
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