神なき人々のための聖書(14)
発行日時: 2007/11/22西奥さんは、仏教とキリスト教の違いを述べた後で、
「悪を止め、善をなし、自らの心を清く保つ」という、人間一人ひとりが立派な個人となるための行ないの規範を教えるのが、仏教の根本である。」
と結んでおられます。
仏教は宗教であると誰もが思っているのでしょうが、こう言われると、仏教とは倫理道徳を教えるひとつのシステムであり、そこには信仰は必要ないのではないかという気がします。
そう思ってさらに読み進みますと、次のような記述があります。
仏教は、一人ひとりの個人としての生き方を正しいものにするための教えである。社会に生きる一入ひとりの人間を、仏の教えに従って自立心と積極的な心、さらに正しい判断力を洒養し、立派な社会人として生きるように教え導くことが、仏教の眼目であり理念である。
仏教が描く理想郷とは、この地球世界のできるだけ多くの人が、仏教の教えによって感化され、それらの人々が個人として、或いはその所属する国家・民族・団体を通じて、それぞれの個性と才能を伸ばし、時に和しまた時に競い合いながら、人類の福祉文化を不断に押し上げ拡大発展させていくような世界の建設である。
仏教と子供の教育について、仏教において、仏の弟子・仏教信者は「仏子」と別称されている。仏子とは、「仏の子」という意味である。
何故、仏子なのかというと、仏教信者の目標は二つあり
!)仏・世尊の教えを学ぶこと
!)仏・世尊を見習い、究極、仏になることを目標に努めること
村川注)仏とは悟りを得た覚者と定義されています。世尊(せ‐そん)は、梵語 Bhagavatすなわち、福徳ある者、聖なる者の意で、 仏の尊称。特に、釈迦牟尼の尊称として用いられています。
ということで、仏の教えを学び、仏を見習い修行することにより自らを向上・成長しやがては親である仏になる、ということで、仏の子なのである。
仏教の根本は、正邪.善悪の正しい見極めである。このことから、仏教において子供の教育上の最大の肝要事は、正しいこと.正しい行ないの躾けということになる。
俗に「三つ子の魂百まで」といわれるように、子供の幼年期において両親がシッカリと自分達の可愛い子供に「躾け」を施すことが大切であろう。
子供の教育上、幼年期の躾けに次いで肝腎なことは、両親は両親なりにそれぞれ立派な生活態度・行動を保持することである。
村川注)仏教とは釈迦が悟った人生哲学に基づいて、人間の倫理道徳を学ぶためにあるのだというのが、西奥さんが説いておられることだと分かりました。
仏教とキリスト教とは全く次元の違うものなんですね。
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