聖書の学び(4)
発行日時: 2006/11/27主題説教は聖句説教に優るなどと言っているのではありません。
それぞれに長所と短所があります。前者では広く浅く、後者では狭く深くなることはゆがめません。
すでに聖書をよくお読みの方には主題説教が、まだそれほど広く学んでいない方には聖句説教がということになるかもしれません。はじめにまず広く、次いでそれぞれに深く学びたい方もいらっしゃるでしょう。
しかし、極端になると、いずれにも問題は起こります。
主題説教では、説教者が神のみ心を霊的に深く求めることをしないで、自分の考えだけを押し付けることだってできます。都合よく聖句を選ぶこともできるからです。
と言うことで、主題説教は教会のカルト化にもつながる危険な説教だとも言われ、私も過去にある教会でそのことを経験しています。
一方、聖句説教でも、引用箇所を一つか二つに限定し、それらを自分なりに拡大解釈して解説する過ちをおかすこともあるかも知れません。
例えば、マタイの福音書 5:39 「あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。」だけを引用して、絶対的無抵抗主義を唱え、ある平和運動グループへの参加を強く呼びかけるとしたら、それはもはや聖書的ではなくなってしまうでしょう。
ところで、仏教では聖句説教が説教の本流になっているようです。
例えば般若心経のはじめに書かれている次を取り上げます。
「・・・色不異空 空不異色 色即是空 空即是色・・・」
「色即是空 空即是色」とは、色(しき)すなわち現象界の物質的存在には固定的実体がなく空(くう)であり、空であることによってはじめて現象界の万物が成り立つことです。
ところで、この箇所を般若心経という経典からさらに説明しようとして、引用箇所を多くしても、ますます難しくなるばかりです。そこで、説教者はこの世の卑近な事例を取り上げて、自分の言葉を多く用いてこれらの根本原理を説明しようとします。
仏教では、説教者の言葉が豊かであればあるほど、その説教は聴衆に感動を与え、また、そうできる人が高僧と呼ばれます。
しかしある牧師の説教がこれと似ているとすれば、問題です。クリスチャンにとっては、人間の言葉でなく神のみ言葉がすべてで、神のみ言葉の権威を人間の言葉でおかすことは許されないからです。
聖書はすべて神の言葉で、仏典はすべて人間の言葉です。ということですから、説教のあり方は当然違います。また聞く側としてもこの違いをわきまえる必要があります。
「今日の牧師の説教は素晴らしかったですね」という言葉が説教の後にささやかれることがありますが、素晴らしかったのは牧師の言葉でなく、神のみ言葉なのです。
ここで、先の主題説教と対比できるある聖句説教を紹介します。
引用聖句は次です。
マタイ 22:2 「天の御国は、王子のために結婚の披露宴を設けた王にたとえることができます。」
(続く)
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