聖書の学び(3)
発行日時: 2006/11/25主題説教は、成長したクリスチャンに対してだけではありません。聖書を学んでいる初心者(求道者という言葉が教会で使われていますが、私は初心者と言う言葉を使います)にも必要です。聖句説教は、ともすれば聖書の拾い読みに陥るからです。
以下は私が連なっている教会のある日曜日の説教です。
引用聖書箇所は約20で、「聖書から聖書を学ぶ」が徹底されています。
説教は「牧師から聖書のお話を聞く」のではなく、「そこに臨在して下さっている主から、聖霊の助けを得ながら、全てが神のみ言葉である聖書を霊的に学ぶのです。そして、祈りに始まり祈りに終わる学びの後は、そのみ言葉を行う」のです。
マタイ 13:20 また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。
13:21 しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
ヤコブ 1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。
1:23 みことばを聞いても行なわない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。
1:24 自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。
1:25 ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。
テーマ:「十字架の福音」
主題テキスト:(1)1コリント1:18-24、(2)ローマ1:16
(テキスト1)
1コリント1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
1:19 それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしくする。」
1:20 知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。
1:21 事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。
1:22 ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します。
1:23 しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、
1:24 しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。
1:25 なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
(テキスト2)ローマ 1:15
ローマ1:15ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。
1:16 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
1:17 なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。
上記の(1)あるいは(2)のいずれかだけ、あるいはそれぞれの一部だけ、例えば
1コリント1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
これだけを取り上げて、クリスチャンとクリスチャンでない人たちの生活や生き方を比較する、また、イエスを救い主として受け入れた人々の証しを引用する、それだけでも説教を構成することができるでしょう。
それが聖句説教です。
この聖句にある、「十字架」、「滅び」、「愚かさ」、「救い」、「神の力」をそれぞれキーワードにして、解説することもできるでしょう。
しかし、主題説教はそれとは違います。その例を具体的に紹介します。
はじめに: (牧師は次の言葉で説教を始めます。)
この世のさまざまな悪い、恐ろしいニュースに対して、聖書から発信されているニュースは、神が私たちをどんなに深く愛し(イザヤ53:4-5、使徒10:38、ヘブル13:8)、一人一人、また人類すべてのために、救いと祝福を豊かに与えてくださるというよい、すばらしいニュースです。
これが、福音(グッドニュース、よい知らせ)で、これこそ私たちを救う全能の神からの力あふれるメッセージで、「十字架の福音」です。
イエスが十字架にかかられた時、私達の罪、過ち、汚れの一切を背負ってくださったと同時に、悪魔からの呪いであるあらゆる煩い、病い、痛みをも取り去ってくださったのです。この十字架の福音は、愛の福音、救いの福音、癒しの福音、開放の福音と呼ぶことができます。
解説: (次に牧師は、4つの項目に分けて解説します。)
1.絶大なる愛の福音 引用箇所:ヨハネ3:16、ロマ5:6-8、1ヨハネ4:9-11
神は、罪深い、自分勝手で欠点だらけの私達をありのままで受け入れてくださり、また、そんな私達の為にイエス様は十字架の上に御自身の命を捧げ、私達の罪の償いの業を命がけでしてくださったのです。今日に至るまで、その神様の真実な深い愛は変わることなく、脈々と注がれ続けています。
2.罪からの救いの福音 引用箇所:マタイ1:21、エペソ1:7、2コリントリ3:16-18、ガラテア2:20
神の御子がマリヤを通してお生まれになる時、その名前がみつかいによって前もって宣言されました。イエスとは、罪から私達を救うお方と言う意味です。そして神は、そのひとりの御子イエスの十字架を通して私達の罪の贖いをなしてくださいました。
3.癒しと健康の福音 引用箇所:イザヤ53:4-5、使徒10:38、ヘブル13:8
イエスは十字架に架かられた時、私達の罪、過ち、汚れ一切を背負ってくださっと同時に、その呪いであるところのあらゆる病、煩い、痛みをも担ってくださったのです。
そして十字架の上で打ち砕かれて、引き裂かれて、血を流してくださいました。ですから、イエス様の打ち傷によって病の力はすでに踏み砕かれ、打ち破られているのです。
イエス様の打ち傷のゆえに癒しは私達のものとなりました。その癒しの恵みを信仰によって受け取りましょう。
4.解放と祝福の福音 引用箇所:ガラテア3:13-14、申命記28:1-13、ヨハネ2
十字架においてイエスは、罪のゆえに人類に覆い被さっている呪いをイエス様御自身が引き受けて、呪われた者となって打ち砕かれてくださいました。
それは私達をあらゆる呪いの中から贖い出すため、また私達が豊かな祝福と繁栄の中に入ることができるためです。
アブラハムへの大いなる祝福が、イエス様の十字架を通して、信じる私達の為にも豊かに及ぶようになったのです。
以上の聖書箇所は、会衆それぞれが章節の数字をメモするだけでなく、自分の聖書を開いて読みます。
しかし、初心者は、聖書を開くのが遅いですから、その人たちのため、また聖書の細かい字が読みにくいお年寄りのことも配慮して、パソコンと連動したプロジェクターで、各聖書箇所が大きなスクリーンに映し出されます。
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