リバイバル(8)
発行日時: 2006/11/11ジョン・ウェスレー
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ジョン・ウェスレー(John Wesley, 1703年6月28日 - 1791年3月2日)は18世紀の英国国教会のキリスト教司祭で、その後メソジスト運動と呼ばれる信仰覚醒運動を指導した。
この運動から生じたのがメソジスト派というプロテスタント教会であり、アメリカ合衆国、ヨーロッパ、アジアで大きな勢力をもつに至った。
オックスフォード大学で神学を学んでいたウェスレーは、その弟チャールズ・ウェスレーとともに、自らの学生生活を律するための小さな学生グループ Holy Club をはじめる。のちに、この教派を特徴づけ、その通称ともなる生活方法(メソッド)はこのときの日課割りに由来している。
大学を卒業して英国国教会の司祭となったウェスレーは、アメリカ・インディアンへの宣教を志して植民地アメリカに渡るが、ほとんど満足な活動さえ行ないまま失意のうちに帰国。
この頃までのウェスレーは厳しい戒律主義者で、自らもそれを実践していたが、ずっと自分の信仰に自信を持てずにいた。そんなとき、あるボヘミアの宣教師(フス派モラヴィア兄弟団)から聞いたルター説教集の一句が、雷のごとく彼のこころと体を打つ。
救いの確信は戒律や善行の末に訪れるものではなく、自らの不完全さと罪深さを悟ったときに、すでにキリストの自己犠牲によって救われているのだと回心する。
この福音とそれにもとづく社会奉仕を広めるため、彼は信仰覚醒運動を開始する。しかし、主に信徒からなる多数の辻説教者を用いた運動は、国教会側のはげしい反発を招き、邪教集団として迫害される。信徒たちも初期には国教会の礼拝に出ていたが、次第に相容れなくなり独自の礼拝と集会所をもつようになる。
まだ鉄道の通じてない18世紀の英国やアイルランド各地を、ウェスレーはその後半生を通じて馬に乗って巡回することに費やす。その目的は、彼が得意とした野外説教を行なうことと、聖職者との関係を失った信徒たちに聖体拝領を授けるためであった。
彼の説教はむつかしい言葉が多く、大衆にはよく分からなかったらしいが、その情熱が感銘を与えたようである。また、途中まではカルヴァンの考え方に近いホイットフィールド一派もメソジスト運動に参加していたが、結局彼らは別の道を歩み、のちに長老派に合流した。
ウェスレーは信仰をめぐっては英国国教会とも争ったが、英国国王には忠誠を誓い、国策にも概して協力的であった。当時の対スペイン戦争にも協力を惜しんでいない。
英国国教会側の妨害に対しては主に法廷闘争を用いた。はじめは迫害された運動も一定の信者数を維持し、その存在が無視できないようになるに従い、社会的認知を伴うようになる。
こうして、独立したプロテスタント教会として承認されることになった。ウェスレーの思想を表わす書物としては、その説教集と日誌が有名である。
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