聖霊とは?(3)
発行日時: 2005/12/29聖霊を受けなさいと励ます牧師は、聖霊体験によって信徒が宗教的恍惚状態になることを勧めているのではありません。聖霊に満たされているクリスチャンは、神懸り的な信徒のことではありません。礼拝のとき、また、ひとりで祈っているとき、聖霊が働いてくださると、止めどもなく涙が溢れ、ときに泣きじゃくることもありますが、聖霊に働いていただくのは、それが目的ではありません。結果的にそうなるだけであって、実は聖霊が私たちを神との出会いに導いてくださっているからに他なりません。
バプテスト・メディアセンターの教科書「神を体験する」では、次のように教えています。
神がモーセや旧約聖書の人々に語った時、これらの出来事は神との出会いでした。弟子たちにとってイエスに出会ったことは、神との出会いでした。同様に聖霊との出会いはあなたにとって神との出会いです。
聖霊が与えられたのですから、聖霊はあなたをあらゆる真理に導き、すべてのことを教えてくれます。あなたの人生に聖霊が働き掛けて下さっているので、あなたは霊的な真理を理解することができます。神のみ霊が教えてくださらないかぎり、あなたは神のみ言葉を理解することはできません。あなたが神のみ言葉に触れる時、神ご自身があなたを教えて下さいます。あなたは自分で真理を見つけることはできません。真理は神によって示されるのです。聖霊が真理をあなたに啓示してくださいます。そのことがあなたと神との出会いなのです。
「私が教えたように修行し、私が悟ったように、煩悩を離脱して涅槃の境地に入れ。」と教えたのは人間釈迦でした。聖書の神はそのように教えません。その神は、聖書を通じて、あなたが神のみ言葉に触れる時、神ご自身があなたを教えて下さいます。あなたは自分で真理を見つけることはできません。クリスチャンは、修行という自己努力ではなく、神の一方的な愛によって、そのひとり子の十字架上の死という贖いによって、罪を許され、神にあって生きることが許されたのです。
聖霊に満たされるにはどうしたらよいのでしょうか?
多くの牧師が説教で、またクリスチャン・ブックで、聖書に基づいてそのことを教えています。例えばそのひとつを紹介しましょう。、
聖霊に満たされることは神様の約束です。イエスは「天の父は求める者に聖霊を与えてくださる(ルカ11:13)」と教えました。聖霊に満たされるために必要なことは、「求める」ことです。ではどのように求めたらいいのでしょうか?それは、神様に従順に生きようとする心です。み言葉に従って生きようと願う心です。そのような願いをイエスのみ名によって天の父なる神に告白し、「私を聖霊で満たしてください」 と祈ればよいのです。
クリスチャンの特徴は、神の力を与えられて生きること、言い換えると聖霊に満たされて生きることです。ペンテコステに教会は誕生し、聖霊に満たされた人々が福音を宣べ伝え始めました。クリスチャンは、聖霊に満たされて生きる人々のことです。
ところで、私は、私が連なる教会のある少数の信徒の方を見て思うのは、せっかく教会に来られているのに、すでにイエスを受け入れておられるのに、「勿体ない(物の本体を失する意味)」ということです。
その方たちは、牧師の説教を聞くのが楽しみで、自分の時間が許せば教会に来られていますが、そばで見ていて、またお話していて、「2テモテ3:7 いつも学んでいながら、真理の認識に達することができない」のではと感じるときがあります。
天の父が聖霊を与えて下さるのに、また、聖霊が真理をその方に啓示してくださるのに、そのことに気づかずに、聖書をあくまでも自分で理解しようとなさっているみたいなのです。
「ご一緒に祈りませんか?」と誘っても、「聖書をもっと勉強してからにします」とおっしゃいます。キリスト教もいいけれど、自分の主体性を失ってまではまり込みたくない、というのが本音ではないのでしょうか。
すでに教会に通い始めて1年以上にもなるこの方は、聖霊の働きを拒否なさっているのです。もし、
「神様どうかあなたのことが分る、あなたを経験できる私にしてください。」と謙虚に祈れる状態になれなければ、聖霊は働いてくださらないでしょうし、2テモテ3:7にあるように、「いつも学んでいながら、み言葉の真理に達することはできない」状態が続くことでしょう。
この方の場合は、かなり極端な例かも知れませんが、あるクリスチャンたちは神を自分の理解の中に小さく閉じ込めてしまっています。自分でカスタマイズしたキリスト教をキリスト教だとしていると言っては、言いすぎでしょうか。
イザヤ55:8-9 わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると、主は言われる。天が地を高く超えているように、わたしの道は、あなたたちの道を、わたしの思いは、あなたたちの思いを、高く超えている。
もしこのことを、たとえその時点では理性によってのみ納得したとしても、そのことがやがてその人の心を謙虚にさせ、聖霊がその人をみ言葉の真理に導くでしょう。
しかし、さらに言うならば、この方が謙虚になれるのは、じつは、その方の反省と努力ではないのです。聖霊がその方に働いてくださるときなのです。聖霊は、聖霊を拒否する人たちにも、じつは働いてくださることを忘れないようにしましょう。
聖書は教えます、「1コリント12:3 聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。」と。
(続く)
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