私からのクリスマス・メッセージ
発行日時: 2005/12/24皆様はいま、教会のキャンドル・サービスに参加なさっている頃かと思います。
聖書に書かれていないことは一切しないという教会に連なっている私は、今夜教会へ行くことも、明日のクリスマス祝会の準備をすることもありません。いつもの土曜日のように、翌日の日曜日の礼拝に向けて霊的な準備をするだけです。
「諸人(もろびと)こぞりて、迎えまつれ。久しく待ちにし、主は来ませリ。・・」のクリスマス賛歌が今夜も、多くの教会の会堂で大きく響くことでしょう。
しかし私がイエスを初めて知ったのは、「久しく待ちにし」の時にではありませんでした。そのときには、すでにイエスは十字架上で私の罪を贖い、三日目によみがえって、昇天された後でした。皆様の場合も勿論そうでしょう。
ヨハネ 14:26-28 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは
心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。『わたしは去って行き、また、あなたがたのところに来る。』とわたしが言ったのを、あなたがたは聞きました。
私の関心事は、2000年以上も前に神のひとり子イエスがこの世に生まれたその聖夜よりも、すでに父の右に座し、助け主の聖霊を送ってくださっているイエスに導かれて、現在をどう生きるかなのです。
人間は、世界に平和があるように、そしてよりよい、豊かなう社会が築かれるかれるようにと努力を重ねてきました。科学技術の進歩は人間の夢の多くを実現しました。しかし政治指導者は、現在世界に広がるテロリズムを止める手立てを知りません。技術は進歩しても、人間の心は進歩しないどころか、ますます貧しくなって、不条理な殺人や不正、そして暴力も増え続けています。人間による自然破壊によって、自然災害が増加し、多くの人たちがその犠牲になっています。
聖書は世の終わりの有様をこう預言しています。
2テモテ3:1-7 終わりの時には困難な時期が来ることを悟りなさい。そのとき、人々は自分自身を愛し、金銭を愛し、高慢になり、神をあざけり、両親に従わず、恩を知らず、神を畏れなくなります。また、情けを知らず、和解せず、中傷し、節度がなく、残忍になり、善を好まず、人を裏切り、軽率になり、思い上がり、神よりも快楽を愛し、信心を装いながら、その実、信心
の力を否定するようになります。
これらは全て、「唯一絶対で義と愛の創造神」の存在を無視したり、従わなかった結果といえましょう。「平和の君なる御子を迎え、救いの主とぞほめたたえよ。」とクリスマスにそう歌っても、私たちはイエスを救い主として従ってきたでしょうか。
マタイ10:38 「自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。」とイエスが教えられたことを心に受け止めてきたでしょうか。
世の終わりのときがすでに来ていることを私は感じています。よりよい国を、そして平和で豊かな社会を作ろうとする人類の夢は破れ、人間の努力はむなしく、多くの人たちが希望を失っています。しかしクリスチャンには、いいえ全ての人類には、希望があります。それは黙示録の最後のみ言葉です。
黙示22:19-20また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる。以上すべてを証しする方が、言われる。「しかり、わたしはすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。
そして今の時代に生きるクリスチャンにとっては、クリスマス物語を聞いてイエスの誕生の喜びに浸るよりも、次のみ言葉がはるかに重要な意味を持つのではないでしょうか。
黙示 3:10-11 あなたは忍耐についてのわたしの言葉を守った。それゆえ、地上に住む人々を試すため全世界に来ようとしている試練の時に、わたしもあなたを守ろう。わたしは、すぐに来る。あなたの栄冠をだれにも奪われないように、持っているものを固く守りなさい。
私は今の時代にあって、クリスマス賛歌を、次のように歌い換えたいと思います。「諸人こぞりて、望みまつれ。久しく待ちにし主よ、再び来りませ。」
クリスマスが12月25日であるというのは、後から教会が決めたことです。それに人間が考え出した様々な行事やしきたりが付け加わり、商業主義とも結びついて、今日のクリスマスがあります。
しかし、クリスマスは異教的で非聖書的かというと、決してそうではない。イエスの誕生を記念し祝うことは、聖書がその夜の出事を偉大なこととして語り伝え、祝い、記念しているからだ。イエスが十字架上で死なれた日と復活された日もまた、ずっと記念されているように。・・というのが多くの教会の考え方のようです。
そして今夜のキャンドルサービスも、明日のクリスマス祝会も、今年もまた行われることでしょう。しかし聖書は、世の初めがあったように、世の終わりがあること、そしてそのときに救いが完成されることを教えています。クリスマスのときにあっても、忘れてはいけないのは、マラナ・タ(主よ、来てください)ではないでしょうか。
そして、その日のために、ローマ12:11-12 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕え、 望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みましょう。
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