私たちはなんのために生きているのでしょうか?どうしたらもっと生きがいのある人生を送れるのでしょうか?それは聖書のイエス様と共に生きること。みんなで本当の生き方を分かち合いませんか?
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死者のための祈り(その2)
発行日: 2005/11/10カトリック教会では、11月2日は死者の記念日と定められ、すべての死者のために祈ります。先日もそうでした。しかし、聖書にはそうしなさいとは書いてありません。
さらに、カトリックの教義には、聖書にはない「煉獄」の教えがあります。
カトリックで言う「煉獄」とはなんでしょうか?カトリックの入門書には次のようにありました。
私たちは天国に入って、神さまのみ前に立てる人間は、全然汚れていない完全な人だけだと分かっています。しかし私たち人間誰でも、何かの不完全なところ・汚れ・罪があると分かって、聖なる神のみ前に立つには、ふさわしくない状態です。汚れた時神のみ前に入るのは、神に対して無礼で本人も恥ずかしいでしょう。
だから、文字通り聖書には載っていないけれど、カトリックでは、(神のみいっ)み前に入るために何かの浄めが必要だと昔から伝え信じてきました。私たちはその浄め方を「煉獄」と言います。その浄めは、一瞬の間にあるか、あるいは時間がかかるかは分からないけれど、いずれにしても私たちの祈りによって早く浄められると信じています。
そのために、11月2日に浄めを必要とするすべての死者のために祈り、天国の完全な幸福を得ることができるように願います。この祈りを特別に11月2日にしますが、普通も年中ごミサを捧げるごとに彼らの冥福のために、同じ祈りをする習慣があります。死者の祈りや彼らの冥福を願う点では、仏教の法事や日本のお盆に若干共通の所があるから、日本ではカトリック教会でも、死者の記念日をお盆と同じ時にする教会もあります。
彼らは今いるところから私たちを見て、私たちが幸せな生活を送っていることを喜び、特にこの世にいる私たちに必要なお恵みを、いっも神さまに願って下さると思います。父母、兄弟、親戚は天国にいて、この世にいる子どもを忘れると考えられるでしょうか。かえって絶えず、天のお父さん、兄弟であるキリスト、聖母マリアに私たちを助けて下さるようにいっも頼んでいるのではないでしょうか。別れてはいるけれど、それはしばらくの間だけです。
プロテスタント教会では、聖書の正典には書いてない煉獄は全く無視し、11月2日の死者のための記念日も持ちません。
とはいえ、福音について全く知らされることなく死んでいった日本人、特にキリスト教が日本に伝えられる前に死んだ人たちはどうなるのでしょうか?福音を聞いてもイエスを受け入れなかった人たちは、裁かれて当然かも知れませんが、全く知らないで死んでいった人たちは、終わりの日の裁きで、滅びに至る道しかないとするのでは、あまりにも不公平ではないでしょうか?そういう疑問を持つのはごく普通のことだと思います。
これに関して、福音は、死後に行く「よみ」でも伝えられることを示すいくつもの聖書箇所があると、久保有政牧師はその著書「聖書に見る死後の世界」で説明しています。(その解釈に対する反論もありますが・・)。
1ペテロ
3:18 キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。
3:19 その霊において、キリストは捕われの霊たちのところに行ってみことばを宣べられたのです
3:20 昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。
4:6 死んだ者にも福音が告げ知らされたのは、彼らが、人間の見方からすれば、肉において裁かれて死んだようでも、神との関係で、霊において生きるようになるためなのです。
エペソ4:7 しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。 4:8 そこで、こう言われています。「高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。」
4:9 この「上られた。」ということばは、彼がまず地の低い所に下られた、ということでなくて何でしょう。
4:10 この下られた方自身が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方なのです。
黙示 10:8 すると、天から聞こえたあの声が、再びわたしに語りかけて、こう言った 11:3 「わたしは、自分の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」11:7 二人がその証しを終えると、一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう。
11:8 彼らの死体は、たとえてソドムとかエジプトとか呼ばれる大きな都の大通りに取り残される。この二人の証人の主も、その都で十字架につけられたのである。 11:11 三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。 11:12 二人は、天から大きな声があって、「ここに上って来い」と言うのを聞いた。そして雲に乗って天に上った。〈2人の証人がよみに下ったとき、そこにいる死者に福音が伝えられたであろうと久保牧師は言います)。
しかし、引用されている上記の聖書箇所の中には、解釈が非常に難しいとされている部分もありますので、私自身の解釈はここでは差し控えます。
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