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さて、ここからは羽仁礼による、仮定に基づいた推
論ということになります。
どうもヨハネ教団というものは、当時のパレスチナ
でかなりの勢力を持っており、他の領域にも信者がい
たようです。そしてイエスが率いた分派よりも、当時
の人々の注目を引いていたようです。そのようなヨハ
ネ教団の一部が歴史の影で密かに生き延び、メソポタ
ミアの地に移住したと考えても、それほど無理な結論
ではないように思います。
というわけで、ヨハネ派キリスト教については一応
の結論に至るわけですが、最後に1つ、大きな疑問が
残ります。
ヨハネ教団の1分派であり、当時の人々からはそれ
ほど注目されていなかったようなイエスの教えが、な
ぜその後2000年にもわたって、人類史に最大の影響を
及ぼすようになったのかということです。
ここで鍵を握るのが、パウロという人物です。
じつは、本来ユダヤ教の1分派に過ぎなかったキリ
スト教を、世界的な救済宗教に変質させたのが、他な
らぬパウロなのです。これは羽仁礼が言ってることで
はなく、多くの神学者たちも同意見らしいです。そし
てこのパウロがまた、イエスに輪をかけて謎の人物な
のです。
パウロは、本来パリサイ派に属し、ローマ市民権を
得てギリシャ語を話す、いわゆるヘレニズム・ユダヤ
人だったようです。その言動は、「使徒言行録」やら、
パウロ本人の名で書かれた多くの書簡などに詳しく述
べられているのですが、これらの文書によれば行く先
々でけっこうな騒ぎを起こしたはずのこの人物につい
て、同時代のローマ側史書が一切言及していないので
す。神学者たちは、パウロを名乗る何者かが残した書
簡と「使徒言行録」の記述のみに頼り、その人となり
を研究しているということになります。この状況は、
数百年後の人間が、オウム真理教発行の文書のみに基
づいて朝原彰晃を研究するようなものではないでしょ
うか。もちろんその最期も不明で、ネロ帝の弾圧で処
刑されたというのは伝説でしかありません。
『新約聖書』の記述を前提にしたとしても、パウロ
は得意な人物です。
まず、正式には12使徒の1人ではないにもかかわ
らず、慣例上そのように思われています。そして、イ
エスの直弟子ではなく、生前のイエスを見たことはあ
りません。裏を返せば、そのような人物だったからこ
そ、イエスの意図するものとはおそらくまったく異な
る新宗教を生むことができたのでしょう。
アメリカのアベラード・ロイヒリン(名前からして
いかがわしいです)なる人物によれば、福音書やパウ
ロの書簡類など、『新約聖書』はすべて、ローマ貴族の
ピソ家が3代くらいかけてでっち上げたもので、イエ
スもパウロも架空の人物ということですが、この主張
は福音書の推定成立年代がまともな学者たちの意見と
食い違っていたりして、あまり信用できません。
ちなみにこのロイヒリンを引用しているデーヴィッ
ド・アイクの『竜であり蛇であるわれらが神々』(徳間
書店)には、英語圏のトンデモ本がふんだんに引用し
てあるので、語学に堪能な人にとってはそれなりに参
考になるかもしれません。
ともあれ、それが意図的なものであるかどうかは別
にして、我々が2000年もの長きにわたり、壮大なフィ
クションに踊らされてきた可能性はあるのかもしれま
せん。
0界通信オンラインNo.158完−
関連HP:www016.upp.so-net.ne.jp/o-world/
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