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ダールの話を聞いたアーノルドは、ユナイテッド航空
のE.J.スミス機長と残骸を調べました。しかし、岩のよ
うなものは溶岩が固まったものにしか見えず、アルミ箔
の方は飛行機の残骸の一部のように思えました。
7月31日、アーノルドとスミスは、軍の情報将校であ
るブラウン中尉とデヴィッドソン大尉に協力を依頼しまし
た。2人はその日の午後に現場に到着し、クリスマンとダ
ールを尋問、残骸を調査して、翌8月1日、爆撃機のB25
に乗って帰ろうとしました。ところが、この飛行機が墜落
してしまったのです。翌日の地元紙には、空飛ぶ円盤の破
片の輸送を妨げるため爆破されたと書いたものもありまし
た。
こうなると、事態は冗談ではすまなくなります。墜落
事故となると、軍も本気で調査しなければなりません。
というわけで、クリスマンとダールも軍の取り調べを受
けたのですが、その結果彼らは湾岸パトロールなどではな
く、漂流する材木を回収する作業員に過ぎなかったこと、
空飛ぶ円盤の残骸と称するものも、ただのスクラップや、
海岸で拾った石だったことなどが判明しました。
そして彼らは、問題の物体が空飛ぶ円盤の残骸だとすれ
ば、きっとパーマーがそうして欲しいと思っていたからだ、
と述べました。
もちろんパーマーは、自分が前もってクリスマンとダー
ルと示し合わせていたという事実はないと否定しましたが、
事件のいかがわしさにはおそらく感づいていたのではない
でしょうか。その上で、今や一躍時の人となっていたアー
ノルドを使い、事件そのものを盛り上げようとしていたと
推定されます。今の日本のテレビ局もよく使う方法と言え
るでしょう。
この事件はともかく、パーマーはあらゆる機会をとらえ
て、新しく認知された空飛ぶ円盤とシェイヴァー・ミステリ
ーを関連付けようとしました。この時点では、空飛ぶ円盤
もシェイヴァー・ミステリー・キャンペーンの小道具と認
識していたようです。
ところが、地底世界のデロなんぞという具体的証拠のな
い実態を、さも事実のように煽り立てるパーマーのやり方
は、当然ながら他のメディアから批判を浴びており、「アメ
イジング・ストーリーズ」の出版元であるジフ・デイヴィ
ス社のオーナーも多少方向転換を迫られました。
いわゆる、企業の社会的責任というやつです。
というわけで、「アメイジング・ストーリーズ」で空飛ぶ
円盤特集をやろうとしたパーマーの企画は経営陣に阻まれ、
これが原因で、パーマーは自分自身の雑誌の創刊に乗り出
します。この雑誌こそ、1948年創刊の「フェイト」で、創
刊号の表紙を飾ったのはアーノルド事件の挿絵でした。
以後パーマーは、空飛ぶ円盤は宇宙から来たという主張
を繰り返し「フェイト」で展開します。
「フェイト」は後に人手に渡りますが、パーマーはその
後も「ミスティック」とか「アザー・ワールド」(後に
「フライング・ソーサー」と改称)など、主に超自然現象
を扱う雑誌を次々と創刊し、死ぬまでこの世界に関わり続
けました。
ちなみに、ジョン・キールなどは、パーマーのことを、
「空飛ぶ円盤を発明した男」と呼んでいます。
その根拠は、パーマーがシェイヴァー・ミステリーを推進
していた1946年頃、円盤型飛行物体の挿絵が何度か「アメ
イジング・ストーリーズ」の表紙に載ったというものです。
それらを雑誌売り場で見たアメリカ人の深層心理に空飛ぶ円
盤のイメージが刷り込まれたというのがキールの主張です。
アーノルド事件以前に、円盤型飛行機の挿絵がこの雑誌に
載ったことがあるのは事実のようですが、それほど何回も掲
載されたわけではないようです。確かに「アメイジング・ス
トーリーズ」の発行部数は、最盛期には25万部と言われて
いますが、一部の派手好みのSFファン以外に、普通のアメリ
カ人がどの程度この雑誌の挿絵を見たかは疑問の余地があり
ます。
考えてみれば、1901年にイギリスのH.G.ウェルズが発表し
た「月世界最初の人間」には、球形の宇宙船ケイヴァーライ
ト号が登場するのですが、それを平らにするためだけに40年
以上の歳月が経過したことこそ、むしろ不思議と言えるかもし
れません。
一方アメリカでは、1942年に「空飛ぶパンケーキ」ことヴ
ォートV173の試験飛行が行われ、ナチス・ドイツも円盤型飛
行機の開発を計画しておりました。現場の技術者の試行錯誤の
方が、当時のSF作家の想像力を上回っていたと言えるかも知
れません。
0界通信オンラインNo.154完−
関連HP:www016.upp.so-net.ne.jp/o-world/
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