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創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ




三島由紀夫研究会メルマガ

発行日: 2008/6/14


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  『三島由紀夫の総合研究』 
     (三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
        平成20(2008)年6月15日(日曜日)  
               通巻第244号
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(((( 随筆 ))))
神島からの風―三島由紀夫を想う 
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 私の自宅から車を走らせること三十分強で、伊良湖岬の先端に立つことができる。
潮の向こうに浮かぶ神島に目をこらし、島を渡ってくる風を感じる。
島に降り立ち、猟師の暮らしに目を見張りペンを走らせる三島由紀夫の姿が、半世紀前にそこにあった……。
自営隊市谷駐屯地での三島事件が起きた昭和四十五年、私は七歳だった。同じ時期にあったほかの事件については記憶があるが、世間を震撼させた三島由紀夫自決のことだけは、なぜか全く憶えていない。

中学生のときに観た映画「潮騒」のなかで、「原作 三島由紀夫」の文字がスクリーンに映し出された。それが私にとっては初めての出会いだ。
エンディングで流れた「……若者は眉をそびやかした。彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた」というナレーションが、原作からの引用ではと感じ、読んでみたいと一瞬思った。
しかし当時、ビートルズとSF小説に夢中だった女子中学生は、結局、三島の本を手に取ることはなかった。

 高校生になり、受験勉強から逃れたくて入った書店で、何気なく目に付いた「金閣寺」を買い、読んだ。それまでこれほど強烈な一人称の小説を読んだことがなかった。
独白によって醸し出されている世界に魅了され、その文章を原稿用紙に書き写すことにした。ただ作文を書くのが好きだという子供らしい単純さで「作家になれたら」と漠然と思っていたが、書き写すうち、十枚ほどで打ちのめされた。
一字も無駄がなく研ぎ澄まされた文が書き連ねられていることに、畏怖を覚えた。作家というのは常人にできないことをしているのだ、そう思い知らされ、本気で作家になろうなどとは考えなくなった。

彼の最期については、同じ頃、昭和史を振り返るTVの特番で知ったように思う。鉢巻を締め、白い手袋を嵌めた拳を握り締めて演説する姿。
大学では「平和と民主主義を考える」研究会に入り、そこで必要な社会科学の本ばかりを読んで四年間を過ごした。文学も、先輩から薦められた宮本百合子や小林多喜二などのプロレタリア文学を読んだ。
結果、「民族主義に傾倒し、天皇陛下万歳と叫んだあと切腹した三島」の本を避けるようになった。特に三島由紀夫の思想が「右傾化」してから執筆されたという「豊饒の海」などは、書店で背文字を目にするだけでも寒気がし、一生読むまいと決めていた。
 それから二十年。いい加減な私のこと、学生時代に身に付いた思想も、白っぽく変色していった。文学講座に通い始めたり、好きな文化人のブログに影響されたりして、今まで読んだことのない作家の本に、手が伸びるようになっていた。

きっかけは、三重への旅行だった。私の住む東三河方面から伊勢路を目指すには、陸路よりも水路が近い。
伊良湖岬からフェリーに乗る。岸を離れ、海を眺めていると、数分で左手に神島が大きく姿を見せはじめた。
「潮騒」を書くために三島はこの島を二度訪れ、延べ一ヶ月以上も滞在している。そのときに彼が「この島は、そのうち日本一有名になりますよ」と語ったというエピソードを、どこかで目にしたことがあった。
その予言どおりとなり、小説は五度も映画化された。最初の映画ロケのときも彼はここへ来ている。
海に浮かぶ島をゆっくりと横切る船の甲板で、穏やかな波が心に入ってきたかのように、三島由紀夫の本を手にとってみたい、と感じた。
旅行のあと、没後三十五年に出版された評論集「三島由紀夫が死んだ日」を読み、強い興味をおぼえた。
そこから私は、ミシマ文学という、日本近代文学のなかでもひときわ深い森に入り込んだ。三島の文学には、東西の古典の教養が横溢している。毒を含んだ濃厚な味を楽しみ、耽読の悦びに浸った。
「豊穣の海」第一部の「春の雪」にも圧倒された。これほど読み応えのある作品を、読むまいと決めていた愚かさを思い知った。

死の謎については、あらゆる人物が、様々な方向から推論している。
この三十数年で、国内外において百冊以上の評伝が出版されているのだ。近かった者や理解者のみならず、思想的に遠い立場にいた諸氏―埴谷雄高、梅原猛、鶴見俊輔、小田実までもが、三島への同情、哀悼を様々な心境から述べている。その生きかたは、戸惑いながら戦後を生きた日本人の心情に通じる、という。

作品を読んでいくと、三島由紀夫は死そのものに憧れ、そして人一倍恐れていた、と感じる。死、それは、ただ一度きりのもの……それにこだわる思いは、短編「雨の中の噴水」にもよく表れている。
死の直前にドナルド・キーンに宛てた手紙は、「小生、たうとう名前どほり魅死魔幽鬼夫になりました」と始まっている。あるインタビューで三島は、二十歳で終戦を迎えたとき、ある種の幸福感とともにつきまとっていた目前の死が、立ち消えたのだと語っていた。激しく嫌悪した太宰治、師と仰ぎながら複雑な関係だったといわれる川端康成と同じように、いつも死を意識して生きていた。
早世した天才の代表格がラディゲだ。彼のようになりたいと熱望しており、十代に書きためた作品集「花ざかりの森」を出版したとき、これでいつ死んでもよいと思ったという。

しかし四十歳過ぎまで生き、「この物語が終わるときは、世界が終わるとき」と覚悟して書き続けた「豊穣の海」のなかで、次々に登場人物を二十歳で死なせる。「天人五衰」最後の一文、「庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。……」に、愛読したポール・ヴァレリィの詩の一節「……天高く午、午は寂然として不動……」を思い出すのは私だけではないだろう。
人生の黄昏を見ることなく死にたかった。世間を騒がせるであろう自分の自死をかなり前から想定し、それに向かって進んでいった……。
三島由紀夫の舞台に出演したある役者は、「すべては、最後の台詞のためにある」と言われたという。小説の構想でも「一日の終わりに、羊飼いが柵に羊を追い込むように」最後の場面へ向かっていかに物語を収束させるか、という考えを常に持っていたらしい。作者は絶対権力をもって物語をコントロールしなければならない、とも言っている。
あの事件を、彼の狂気が引き起こしたもの、などと言った評論家がいるが、最期の瞬間まで正気だったと思う。
死の半年前、三島由紀夫は「今後、自分がなにか愚行を演じたとき、それを理解してくれる人はいないだろう」と話している。作家としての名誉、地位、家族などをすべて棄てて、最期に三島は敢えて世間の笑いものになった。
しかし本人は満足だったにちがいない。普通の人間が死を迎えたなら、周りの人間が棺を故人の愛したもので彩るものを、三島は自ら、死へ向かう一連の儀式を、愛でたもので埋め尽くした、すなわち、若く美しい同性、血、武士道……。それらに塗れて死にゆくのは、作品で追求してきたエロスの完遂だった。

現在、三島由紀夫の小説、戯曲、随筆は、あの劇的な自死の謎解きのように読むことができる。三島の作品はどれもがベストセラーになったわけではなく、どれもが評価されたわけでもなかったが、死後四十年近く経過しても、国内外で三島の作品は版を重ね、その最期について論争が続いている。三島のファンサイトでは「三島が生きていてくれたら……」などという書き込みがあり、喪失感で溢れている。
残した作品と、驚愕の自死というその「落とし前」で、決して忘れ去られない人物になった。度肝を抜く死に方で謎かけをした、そのひとつの意図として、自分の作品が読み続けられる、ということがあったのかもしれない。ラストシーンに納得できなければ、巻き戻して何度も見てくれとでも言うように。

久しぶりに会った母親に尋ねた。
なぜ私は、三島由紀夫自決のニュースだけを憶えていないのだろうか、と。母はしばらくして思い出し、話し始めた。私は子供の頃、ひどく感受性が強かったらしく、心配した亡き父が、テレビを見せないようにし、新聞記事も隠したのだという。しかし私は納得できなかった。
父は、私がショックを受けるのを危惧しただけなのか。昭和三年生まれ、三島より二歳年少の父の口癖は、「特攻隊で死にたかった」だった。
若い男性が女性歌手のバックで踊りまわる姿などをテレビで見るたび、「日本の男はおしまいだ」と嘆いていた。
そんな父は、三島由紀夫の自決に強く胸を突かれたのではないか……私ではなく、自分の目からそのニュースを遠ざけたかったのかもしれない。

今や三島由紀夫は文学史上の人物である。
たとえ、ショッキングなニュースを目にするという邂逅だけでもいい、七年だけでも同じ時代を生きていたと実感できる記憶が欲しかった……そう思うことなど詮無いことだが、恋のような切なさを持て余し、今日も、三島の本が増殖を続ける書棚の窓の向こう、伊良湖岬の方を眺める。
神島からの風を感じ、目を瞑る。
      ◎ ◎

(編集部から) とても叙情的で味わいの深い御原稿を有り難う御座いました。会員のなかには、神島に行った人も何人かいます。島の寂れかたを嘆く人もいます。
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((((( 三島由紀夫研究会 今後の日程 )))))
 http://mishima.xii.jp/koza/index.html
 (上に詳細があります ↑)

次の公開講座は6月17日(火曜日)です。
午後六時半から アルカディア市ヶ谷 四階 「あすか」の間。     
        講師は高山正之氏
       「サダムは偉大だったがスーチー女史は悪女だ」
        予約制です。上のサイトから申し込めます。

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第229回公開講座(国防研究会と合同)
とき    7月18日(金曜) 午後六時半
ところ   高田馬場「サンルートホテル」大会議室
講師    池東旭(韓国有数のジャーナリスト)
演題    「もたつく李明博保守政権、左翼復活の様相の韓国」
費用    おひとり 2000円
       (学生、会員1000円)
      ◎会場がいつもと異なります。ご留意ください。

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第230回公開講座
とき   10月31日(金曜日) 午後六時半
ところ  市ヶ谷「アルカディア市ヶ谷」四回会議実
講師   佐藤優(休職中外務省事務官)
演題   「ロシアから吉野へ 北畠親房から三島由紀夫へ」
費用   おひとり2000円
     (学生、会員1000円)


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第38回憂国忌
とき   11月25日 午後六時
ところ  九段会館 三階「真珠の間」
講演   西尾幹二(評論家)
演題   「怖かった三島由紀夫」(仮題)
会場分担金 おひとり2000円(予定)

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(編集部から)小誌は「三島由紀夫研究会」(昭和四十六年創設)の会員だけに限定せずに、三島研究の論文、エッセイをつねに募集しております。
比較文学論(たとえば「吉本隆明と三島」とか)、作品論(たとえば『仮面の告白』に新解釈)、読後感、政治論、芸術論。まるで分野を問いません。三島さん自身、古典から前衛まで、映画からシャンソンまで万能の人でしたから。
 「憂国忌」への御感想、御希望でも構いません。皆さんからの御投稿を広くお待ちします。原則として実名。簡単な肩書きをつけて下さい。
ただし三島文学批判も構いませんが誹謗中傷のたぐいの投稿は採用しません。ゲスト寄稿者コーナーも常設しております。一部の原稿は年二回発行のメルマガ合本に掲載することがあります。
       ◎ ◎ ◎
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  三島由紀夫研究会 HP URL http://mishima.xii.jp/
      メール  yukokuki@hotmail.com
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(C)三島由紀夫研究会 2008  ◎転送自由
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ペンネーム : 宮崎正弘

  • 文豪三島由紀夫は「死後も成長する作家」といわれ、今日も文学、芸術、思想のあらゆる分野に亘っての研究成果が紹介される

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