三島由紀夫研究会メルマガ
発行日時: 2008/1/29
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『三島由紀夫の総合研究』
(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
平成20(2008)年1月29日(火曜日)
通巻第219号
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大常識家・福田恒存の戦後の思想系譜
「わからない」と三島事件を評した福田氏の後日譚
福田恒存『福田恒存評論集12』(麗澤大学出版会)
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福田恒存氏の全集が新たに麗澤大学出版会から刊行されているが、三島由紀夫を論じた文章が第十二巻に収録されている事が分かった。
事件後、福田氏は三島を論じたことがなかった筈だった。
福田氏は、こう言われる。
(直後にわからない、わからないと新聞に答えた氏は、)
「もし三島の死とその周囲の実情を詳しく知っていたなら、かはいそうだとおもったであろう、自衛隊員を前にして自分の所信を披瀝しても、つひに誰一人立とうとする者もいなかった。もちろん、それも彼の予想のうちに入っていた、というより、彼の予定通りといふべきであろう。
あとは死ぬことだけだ、そうなったときの三島の心中を思うと、いまでも目に涙を禁じ得ない。
が、そうかといって、彼の死を「憂国」と結びつける考えかたは、私は採らない。なるほど私は「憂国忌」の、たしか「顧問」とかいう有名無実の「役員」の中に名を連ねてはいるが、毎年「憂国忌」の来るたびにそれをみて、困ったことだと思っている(中略)。二十年近くも(憂国忌を)続けて行われるとなると、必ずしも慰霊の意味だけとは言えなくなる」(中略)「憂国忌の名はふさわしくない。おそらく主催者側も同じように悩み、その継続を重荷に感じているのではなかろうか」と言う。
理由は三島は自分の営為を「失敗」と考えて死んでいったからだ、と推論している。
三島は「自分の行為は五十年後、百年後でなければ分からない」と、その営為をむしろ後世の再評価に賭けていた
だから憂国忌は続いているのだ。
ともかく、この短い文章だけが、三島事件から十八年後、昭和六十三年に初めてかかれた「三島事件」への福田氏の感想である。これは昭和六十三年の「福田恒存在全集」第六感の「覚え書き」として、つまり全集の購読者用に書き下ろされた覚え書きの中で記されていた。
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