創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ
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三島由紀夫研究会メルマガ
発行日: 2006/12/11
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『三島由紀夫の総合研究』
三島由紀夫研究会 メルマガ会報
平成18(2006)年12月11日(月曜日)
通巻 第103号
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三浦重周一周忌(早雪忌)が静粛厳粛しかし盛大に挙行されました。
12月10日、九段会簡易おいて故三浦重周一周忌が「早雪忌」と銘打たれて開催され、全国から百余名の同志、活動家仲間、思想的理解者、関係者があつまりました。
詳しくは後日、報告します。
この号では、とりあえず下記の資料を二点。
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(資料1)
当日の参会者に配布された礼状です。
御礼とご挨拶
あの衝撃からはやくも一年の歳月が流れました。
今日、こうして故人を想う有志相集い、「早雪忌 三浦重周をしのぶ会」を靖国神社に近い、ゆかりの旧軍人会館で行えたことは感無量であります。
昨年十二月十日、故人は故郷・新潟の北岸壁で壮絶な自決をとげ、その報を聞いて急遽、新潟に馳せ参じた者十数名、ご遺族の通夜と葬儀にも参加させていただき、火葬にも立ち会って骨をひろいました。
直後に東京で開催された「さようなら三浦重周さん 追悼の夕べ」には全国津々浦々から嘗ての学生運動の仲間や理解者、同盟者が馳せ参じてくれました。会場は白い菊花で埋まりました。
故人の論文、随筆をあつめての遺稿集第一弾『白骨を秋霜に曝すを恐れず』(K&Kプレス)が四月に完成、その見本をもって有志三十余名が自決現場と菩提寺に赴き、ささやかながらも厳粛な“有志の法要”を営みました。当日は春の嵐となり、故人の荒御霊いまだ鎮まらずの観がありました。
さらに三浦重周の残した夥しい論文、随筆、資料から遺稿集第二弾『国家の干城、民族の堡塁』を編纂、ここにようやく刊行に漕ぎ着けました。これもひとえに皆さまのご支援の賜とあつく感謝の意を捧げます。
遺稿集には多くの同士、理解者からの追悼文集も挿入できました。また編纂過程での議論のなかから、故人は「現代の北一輝」と比喩できるのではないか、との意見も沸騰しました。
故人は早くから日本の自立のための核武装を主張し、また独創的な政治、外交の提唱をしております。
思想家としての側面が遺稿集には深く籠められております。
ともあれ、一周忌にご参集いただき、当該遺稿集をお持ち帰り頂けること、なによりも故人への手向けになると想います。
まことに有り難う御座いました。
平成十八年十二月十日
早雪忌実行委員会
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(資料2)
式の最中に読まれた報告文です。
「三浦重周氏一周忌法要参列報告」
後藤真一郎
故三浦重周氏一周忌「早雪忌」にあたり、私は、さきに執り行われました、ご遺族による郷里新潟市での一周忌法要に参列させていただきましたので、そのときのことをご報告申し上げます。
故人が使命感をもって継承し、運営を続けてきました「三島由紀夫氏追悼会・憂国忌」は36周年目を迎え、今年も11月25日に豊島公会堂で開催されました。功労者である三浦重周氏が不在となった最初の「憂国忌」ですが、氏の遺志が、実行委員たちを励まし、後押しするように動かして、舞台裏だけでも60数人が集まりました。
憂国忌がことしも盛会裡に挙行されましたことは、ご高承のとおりでございます。
さて、ご遺族による三浦重周氏一周忌法要は、奇しくも「憂国忌」の翌日に執り行われました。
当初、近親者のみで予定されていた法要でしたが、三浦家の当主であり、喪主をつとめられたご実兄のおゆるしをいただき、6名の知己・後輩が参列いたしました。東京組は宮崎正弘、井上正義、菅谷誠一郎、後藤真一郎、長野から唐沢淳、そして新潟県内から子女を伴った正木和美の6名です。
この日の新潟は晴れ、暖かな晩秋の一日に恵まれました。
没後百か日を過ぎた、本年四月初旬、春の盛りに、氏の御霊を弔わんと有志ら三十数名が、この地を訪れたときは、稀有な悪天候に見舞われ、荒御魂の手荒な出迎えを受けたと聞いておりましたので、この一周忌の好天には感謝いたしました。
法事は午前11時過ぎから自裁の場所からも近い菩提寺で執り行われました。
1年前の葬儀のときの導師は、このお寺さんのご住職でしたが、今春入寂され、お孫さんが継いでおられます。この日の法事は三浦重周一周忌とともに、ご母堂の十七回忌の法要も行われるとご遺族からお聞きし、穏やかな天気に恵まれたことに得心がいきました。
本堂のご仏前には、遺稿集第二弾となる『国家の干城、民族の堡塁』の表紙と第三校ゲラをお供えいたしました。若きご住職の朗々とした読経に三浦氏とご母堂の霊は手厚く弔われて、ご遺族、参列者の焼香が一巡し、本堂での式は終わりました。
そののち、境内の墓前に詣で、酒と煙草をお供えしたりしてご冥福を祈り、法要は滞りなく執り行われました。
もとより法要後は直ちに辞去すべく予定しておりましたので、お礼を申し述べて、身支度を始めようといたしましたところ、ご遺族のご厚意により会食の席がもうけられて、また、わざわざ地元越後の「越の寒梅」など幾つかの銘酒が取り寄せられており、恐縮の至りでございました。
お酒を愛した故人を偲びながら、ご兄弟の皆様はじめご遺族との懇談は終生忘れえぬ出来事となりました。
ご実兄も郷土愛に篤く、ライフワークとするところの郷土史研究は、博覧強記であった故人をもしのいでいる、と拝察いたしました。三浦重周氏が育った家風の一端にふれた、改めて敬服させられたひとときでした。
なお、お弔いした三浦重周氏の戒名は
「重法雄禅修士位」
ですが、知己・門人により戒名をつけさせていただくことに、ご遺族のご承諾をいただいております。
ご遺族にお礼を申し上げ、先に帰途に着いた正木を除く参列者5名は、タクシーで新潟駅に向かう途次、三浦氏が自決された山ノ下埠頭に参りました。
新潟港に面した広い埠頭の周囲には高い網のフェンスが巡らされています。
半間ほどの出入口が、約100メートル間隔で設けられており、このときも、開放されて埠頭には釣り糸を垂れる人たちが見られました。正木の話では、三浦氏の自決直後に設けられたフェンスだそうですが、「事件」が契機となったということより、土地柄また時局柄、北朝鮮の工作員潜入阻止を目的に設けられたのかもしれません。
山ノ下埠頭には、大きなサドルのような舫い杭が、岸壁に沿って等間隔に、いくつも突起しています。
「3」と書かれた舫い杭の前が、三浦氏の終焉の場所と教えられました。その場所からは、先刻法事が営まれた本堂の甍(いらか)が木立越しに間近に見えました。なんでも1番にこだわった三浦氏が、なぜ「3」なのか。墓所に最短の場所と読んだからか、「長嶋」を好きだったからか……。
美酒の酔いから醒めぬ5人は、さも三浦氏を囲み談笑しているような時間にしばし浸りました。
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“現代の北一輝”はかく考え、かく行動し、かくして憤死した!
三浦重周(前三島由紀夫研究会事務局長)の遺稿集第二弾
『国家の干城、民族の堡塁』(K&Kプレス)。
定価税込み2310円。
日本の核武装を予見する政治論文に加えて、前作『白骨を秋霜に曝すを恐れず』でも好評だった随筆のエッセンスを選び、巻末には資料として三浦が「早稲田大学国防部」時代の共同論文「満州国の理想」を再録、さらに多くの関係者の追悼文を附録に掲載。
お申し込みは下記へ
yukokuki@hotmail.com
お名前、ご住所、〒番号をお知らせ下さい。書籍到着後、送料とも2600円をお振り込み下さい。
特価キャンーペーンハ終了しました!
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