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▲T.S.ヒーリングサウンド(2006/7/14)▲
[ 食育(その2)]
平成時代の子供が育つ環境は、終戦の年に生まれた私から見れば、あって当然のことが問題として取り上げられている。
お惣菜を売る店なども少なく、行商人が売る地域の旬の野菜など毎日必要なものを調達し、家庭で料理をすることが当たり前の時代であった。現在の生協の様なものだ。私の子供時代は、縁側に腰掛けて、おばあさんとえんどう豆の皮剥き、蕗の筋取りなど食事の準備の手伝いをしたものだ。テレビもない娯楽の少ない時代であった。家族が集まって話をすることも多かったし、子供同士の喧嘩も日常だった。われわれの時代の食育は生活の場と地域の環境の中にあった。
私の生まれ育った地域と言えば今は地下鉄が走り、かつて田畑であった場所は大きな幹線道路網となり、春の花摘みをした畑のあぜなどもう何処にもない。花を摘みながら蛇を踏んだこと、雨上がりの道に蛙がぴょんぴょんはねている光景を今の子供が見たらどの様な反応をするだろうか…?戦争が国を焦土と化した時代であったとしても、日本の自然の良さを感じながら成長した。日本人の心を見失ってはいない。人は無いからこそ新しいものを生み出す。「無から有」である。
自由を手に入れ、物が容易に手に入るようになり、現代の日本の姿を作り上げた。良い悪いと誰かが答えを出せるものではない。だが失われた文化、失われた精神性、親を殺す子供、子を殺す親、ありえない、考えられない現実は、物の無い時代から、「お金さえあれば」という観念で人の生き方を大きく変化させた。多くの人が戸惑い、正しい自然の生き方を見失った表れではないか。人は春から段々暖かくなる気候の頃、体調の変化を感ずる時期がある。気温の上昇というと言う目に見えない気候の異変に反応する感覚を鈍らせ、気温の変化に対応できなくなった。今の日本を人の肉体に喩えると、気候の変化に対応できず、失速して病み戸惑う状況だと言える。この状況は先人たちの生活を現状に応じて咀嚼適応させ、生活環境に取り入れる工夫が必要とされる。台所にまな板、包丁の無い家庭すらあると聞く。
「衣食足りて礼節を知る」。子供の教育には、今の世の中の教育が必要なのではないか?子供は天からの授かり物と言う。この子供が健やかに成長できない環境、職業を持つことによる子育ての手抜き、子育て放棄など、必ずその報いはそれを行った大人に戻る。
「天に吐いた唾は自分の顔にかかる」と言われる。やはり時間がかかっても母親の愛情ある手料理が子供には心の励みになる。それは子供だけではなく、ストレス社会で働く父親も同じだ。
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