アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活 |
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◆━━☆アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活☆━━◆
マガジンID m00139263
WebページのURL http://www.geocities.jp/naokomai41/index.html
Vol.111 始まりの季節(1)
ラマダーンが終わると、待ち構えていたように
すべての事が動き出します。
仕事も然り、学校生活も、社会生活も然り。
私の身体はゴムで出来た人形のようにびよ〜んと引き伸ばされ、
あちこちに手を付けたと思ったら、また反対側に引き戻され、、、
というなにしろ柔軟性を求められる生活となりました。
例えばーーー
義父の奥さんはまだ57歳でありながら、膝の半月板と
いうものが消耗して、2年前から歩けなくなっていました。
そこで一大決心して両膝の手術を受けることに。
私が結婚した17年前当時から、魔法使いのおばあさんの
ような姿をしているから、てっきり70歳くらいに
なっているのかと思ったら、こんなに若いとは
知りませんでした。
家から一歩も出たことがない奥さん(面倒なのでここでは
義母と呼ぶ)を連れて、大都会ドバイで最も金のかかる病院
アメリカンホスピタルへ。
義母には実は30歳を過ぎた娘、つまり夫の腹違いの妹がいます。
妹は小学校の教頭という管理職についていながら、
自分の母親の両膝回復手術という人生の一大決心の場に
ついて来ない。その代わり私に一緒に行けと夫は言うのです。
「妹はそういった物事の処理や、手続きといいうものは
出来ないのだ。君のほうがずっと世間に長けていて、
状況判断ができるから。」
だそうです。
一事が万事この調子で、妹は今でも家の一切の事に関して
決して表には立たない。
昔は、「健康で教育を受けた30過ぎの女がなぜ、自分の手と足を
使って動いて、家族の面倒を看られないのか」
と何度も夫に聞いたのですが、常に同じ答え
「それができないからだ」が返ってきました。
しかし私には「できない」という理由が理解できない。
UEAでは一人っ子の場合、親の面倒を看るために
仕事を休んだりすることは、当然の義務として職場でも
大目に見てもらえます。(母親が病気の場合、
娘が当然面倒を看る。父親の場合は息子。しかし家族内に
息子や娘がいない場合、親族内の誰かが面倒を看る。)
つまり時間的にも、物理的にも、倫理的にも
妹が母親の面倒を看る条件はすべて揃っているのに、
なぜか私にお鉢が回ってくるのです。
以前の私は確かに怒っていました。
我が家には10歳以下の子どもが5人もいて、学校の勉強以前に、
風呂や食事や着替えやオムツや離乳食や片付けなどの
仕事が山積みです。夫はいつも忙しくどこにいるか
わからない人だし、メイドがいたって私の仕事は尽きません。
そこへもって義父の家では電話料金を払いに行く人がいないから、
電話も止められてしまう。病院へ行く人がいないから
薬も切れてしまう。
大のおとなの妹がなぜドライバーに運転させて電話局に
行かないのか、病院に行かないのか、私には理解できなかった。
しかしながら長年観察していても、やはり妹には出来ないのでした。
仕事をしているといっても勤務先の学校と家を往復するだけで、
妹は買い物にもレジャーにも出ない。未婚なので
家事をする義務がないと思っているのか、家では指一本
動かしたことはない。玄関のベルがなっても自分は決して
外には出ない。知らない番号からの電話には出ない。
両親とも歩けないなら買い物くらいするのが当然と思われるのに、
妹はスーパーに行った事がなく、近くの商店が御用聞きに来て、
すべて必要なものを揃えていく。新鮮な魚はドライバーが
金曜日に買って置いていく。肉は近所の家がヤギを屠る時に
同時に屠ってもらう。
つまり妹には生活能力が極端に欠如しているのです。
そこで諦めました。
夫は決して「女性を過度の庇護の下に置く」主義のアラブ人では
ありません。けれど妹は違う主義で生きているから、
妹の日常には口を挟まない。
「少しは外に出て、家の仕事をこなせ」などとは決して言わない。
アラブにはそういうことを言う思想が、まずないからです。
そこで私のたどり着いた先は、
「外に出ない主義を持つ人間の思想や生活状態を変えることは
不可能だから、そうした不可能に挑戦するより、
自分でさっさと済ませるほうが100倍早いし簡単だ」
という結論でした。
この国の一部の未婚女性は(決して全部ではない、たぶん少数派)、
このように男性親族が生きている限り決して一家の表に
立つことがなく、多くの大事な決断を男性に任せ、
勉強または仕事だけすればいい(あるいは黙って家にいるだけの)
生活が許されている。
人生の訓練を何もしたことがないのだから、決断に伴う
苦悩も責任感も、後悔も反省も未練も、人生を彩るあらゆる雑念
とは関わりのない生活をしている。
それを幸と呼ぶか不幸と呼ぶかは他人にはわからないので、
そのうち私も口を挟むのを止めました。
理解しがたい理由をこのように理解した後は、一切の不満を
胸に収めて、義父の家族の面倒は私たちが看ることに
なりました。
私は他人に不満を抱いたり、文句を言いながら生活するのが
大嫌いな人間なので、生活能力障害者がいるのだから
仕方がないと諦めたのです。
始まりの季節(2)に続く
ハムダなおこ
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