アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活 |
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◆━━☆アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活☆━━◆
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今年のラマダーンは10月4日に始まり、11月3日に終わりました。
田舎のラマダーンはとても大変で、朝から晩まで食事の世話をして、
昼夜がひっくり返り、終わったら腑抜けのようになってしまいました。
それもようやく過ぎて、これからは静かな秋がきます。
では今回は耳慣れない「喜捨」についてのお話です。
Vol.30 喜捨の心得 (4)
そういえば10年も前のことですが、3人目妊娠の折、産婦人科病院に
3ヶ月ほど入院したことがあります。
UAE患者用の長期入院者の病棟で、突然の入院だったために3歳の長男と
1歳半の長女を家に残し、メイドも助けてくれる両親もいなくて、
私は途方に暮れていました。幼児は面会に来ることができないので、
子どもがどうしているのかもわからず、夫は子どもを預ける人がいないので
面会にもなかなか来れず、私は心配で毎日涙を流していました。
そのうちラマダーンが始まり、夫は自分は断食しながら子どもに食事を作り、
仕事をし、保育園を探し、メイドを探し、そうして1ヶ月たちました。
1年で最も大事なイードの祭日が来て、どのUAE患者も家族が迎えに来て
一時退院していきます。しーんとした病院でひとり毛布をかぶって寝ていると、
看護婦たちが廊下で話している声が聞こえました。
「あなた、いくらもらった? へぇ、じゃあ私とおんなじだ。」
「ねぇ、マネージャーはいくらもらったか知ってる? ××だって、
すごいねぇ。」
「シェイクがイード祭でも働いているスタッフにって、8万ディラハム
くれたそうよ。今日、働いてよかったね。」
私は信じられない気持ちで聞いていました。ザイード大統領が病院に
8万ディラハムのサダカをしたのです。当時全国には国立病院が11くらい
ありましたから、かるく計算して90万ディラハム(2700万円)。
それもどう考えても今年だけの話ではなさそうです。
そのうち黒いアバーヤを着たUAE女性が、イード用の特別なお菓子を持って
各病室をまわってきました。クナーファやルゲマートを入れた大きな皿から、
にこやかに患者に取り分けています。その人はもちろん病院のスタッフでも
なければ関係者でもない。サダカを託されただけの人なのです。
(託される相手は信頼できる同部族の社会的に困窮していない人が多い。
つまり移民の末裔とか外来人でなく、昔から良く知っている部族の
家系の人が選ばれる。)
私はしばし呆然とこの寛大な行為に感動していました。祭日にも病院から
家に帰れない患者や職員に当然のように喜捨が配られる。(きっと警察や
軍隊や宮殿職員や海外の大使館員などもその対象でしょう。)
またその喜捨を届けようと仕事でもないのに病院に駆けつけるUAE人がいる。
そして喜捨の行為を許容する病院側の体制がある。自らの不幸ばかりに
気を取られていた私は、えらいなぁ、人間の厚みがちがうなぁと
ほとほと感心しました。
話は現在に戻って、俗人である卑小な私のお話です。
私はひと月に3〜4回値段の安いスーク(市場)に行きます。いつもの
八百屋は常連客の私に新鮮な野菜だけを用意し、自分の店に品がないと
隣の八百屋の品を取って揃えてくれます。20種類以上の野菜や果物を
次々注文する私に、八百屋は1時間つきっきりで世話してくれて、
ダンボールに5箱ほどになると、だいたい200〜250ディラハム払います。
いつもの肉屋は、私には1キロ18ディラハムで仔牛の肉を売ります。
インド人やパキスタン人に16ディラハムで売るのを知って
店を替えようかと思いましたが、おじさんはいい肉だけを選び
丁寧に脂肪を取り除いてくれるし、小分けして袋に詰めてくれるので
考え直しました。長男に言わせると、
「うちは18くらい払うのが当然なんじゃない。」
(所得の低いインド人やパキスタン人と同額払うのは、立場上おかしい
という長男の説。)
大量の品物を車まで運んでくれるポーターには、いつも5ディラハム払います。
ポーターは時々文句をもらし10くれと言います。すると私はそのおじさんを
次には使いたくない。ところが八百屋はどういうわけか、私に必ず決まった
ポーターをつけるのです。そして今度は違う人がいいと言うと、八百屋は笑って
「マダム、あなたはお金持ちだ。どうして5とか10とか考える」と言います。
「だって、それじゃあんたの店で安くしてもらった意味がなくなるじゃない」
と言うと、また笑って
「マダムはうちの店から山のように野菜を買ってくれる。だからうちは
マダムにいつも新鮮な野菜を用意する。あのポーターはいつもマダムを手伝う。
マダムの野菜や果物を痛めないように注意を払う。だからマダムは
サダカをするべきだ」と。
ふうむ。そこでまた私は日本人的な考えを反省するわけです。物価の高い
日本では少しでも得なものを買い、賢く買い物をして出費を抑える癖が
ついています。誰かが持ってくれたり自分のために野菜を揃えてくれる
わけじゃないから、そんなサービス代は予算にありません。また相手は
みんな日本人なので、自分が少し多めに出したお金がおじさんたちの
生活を助け、それがすなわち異国で待つおじさんの家族を助けるとは
想像もしない。豊かな日本で命の危険にさらされずに生きる自分が、
命の危険を常に抱えている誰かを助ける義務が見出せない。想像力が
育たないのです。
喜捨の心得(5)に続く
ハムダなおこ
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