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週刊フランスのWEB 14-02-2005

発行日: 2005/2/14

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                                    Davide Yoshi TANABE
                                         vous presente

              ≪週刊フランスのWEB≫
                    第220号

Tokio, le 14 fevrier 2005

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Index (目次)
        1.ファンタスマゴリー
        2.シャンソン ピアフ 「恋の唄」
        3.忘れられたフランス人 コルデイ「テロリストか共和国の英雄か?」
        4.あとがき

フランス語のサイトの文字化けは
表示>エンコード>西ヨーロッパ言語の順で選択すれば修正することができま
す。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
              
1.Fantasmagorie

 クラウン仏和辞書では、「幻影、夢幻的光景」としかでてこない。わがロベールで
は「暗闇で光学的錯覚を利用して幽霊を見せる技術、またそのショー」となってい
た。ベニャミンの作品「パサージュ」の中の「パリ、19世紀の都Paris, capitale du
19e siecle」に頻繁に登場してくる言葉だったので気になったのである。
http://www.uqac.uquebec.ca/zone30/Classiques_des_sciences_sociales/classique
s/benjamin_walter/paris_capitale_19e_siecle/paris_capitale.html

 ファンタスマゴリーは、見世物小屋の一種で19世紀に流行ったらしい。小屋を暗く
して、ルソーやヴォルテールなどの有名人の幽霊をランプの光を利用した仕掛けで現
出させるもの。

 1908年パリで上映された世界で初めてのアニメのタイトルでもある。デズニーのア
ニメ、後のミッキー・マウスになるネズミが登場するのは1928年。

 セルロイドのフィルムが一般化すると、プルーストの「失われし時を求めて A la
recherche du temps perdu」に出てくる幻灯、そして愈愈映画館の出現へと結びつい
てくる。ファンタスマゴリーはその源であったといえよう。

 ベンヤミンの「パサージュ論 Das Passagen-Werk」はドイツ語で書かれた部分とフ
ランス語の部分とがある。ベンヤミンのフランス語は、なにしろプルーストとボド
レールをドイツ語に翻訳し、「翻訳論」を書いた人のフランス語であるけれども、文
章が非常に固いように思える。とはいえ、極めて教養の広い仁が書いたもので、じっ
くりと思いを巡らしながら、調査しながら読むと場合によっては各ページに数時間費
やさなければならない。そのようにして読まなければ真価がわからない。

 その日本語訳が岩波書店から1993年に発行されている。ベンヤミンは日本でも良く
読まれているらしく、僕が借りたのは第10版2000年発行である。翻訳作業はチームを
組んでなされ、その限りでは僕が兼ねてから提案している翻訳形態なのであるが、残
念ながら各翻訳者のコミュニケイションが万全とはいえない。ドイツ語版とフランス
語版で意図的に翻訳のずれを認めたとあとがきにあった。統一してくれた方が望まし
かった。

 ファンタスマゴリーについては、本稿で紹介した19世紀の事情を知らないと、ただ
単に幻影としか訳せず、ベンヤミンンがこの言葉を使用した意味が正確には伝わらな
いだろう。

 また、パサージュとは、アーケード街のことである。「通過、通路」という意味も
あるが、ベンヤミンがいうのは19世紀になって発達した鉄骨構造物としての商店街の
ことである。日本で言うと、その華やかさからみて神戸のセンター街を思い浮かべて
もいいかもしれない。今日の日本を見てベンヤミンが書くとしたら「地下街論」と
なっていたろう。しかし、それは「太陽光線のないパサージュ」であるところが決定
的に違うところであろうか。

 ついでにベンヤミンが注目した19世紀の遊びに、現代の象徴としてのカレイドス
コープKaleidoscopeがある。1818年には「フランス眼鏡 lunette francaise」として
特許をとった人までいる。今日、インターネットの世界にある僕たちは、このカレイ
ドスコープ(万華鏡)をディジタルで楽しむことも出来る。
http://www.zefrank.com/dtoy_vs_byokal/

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2.Edith Piaf
  Le chant d'amour
  Paroles: Edith Piaf. Musique: Charles Dumont   1963


Si vous voulez bien ecouter,
Je vais chanter un chant d'amour,
Un chant d'amour banal a souhait
Pour deux amants qui s'adoraient.
Si vous me laissez raconter
L'histoire d'amour belle a rever,
Alors, laissez-moi chanter...

聞いてくれるなら、恋の唄を歌いましょう、別に変わった恋の唄じゃないけれど 激
しく愛し合っていた二人のために。語らせてくれるなら 夢見る恋の物語を、なら
ば、歌わせてちょうだい、、、

Si vous me laissez raconter,
Je vais pleurer leur chant d'amour
Car helas on a separe
Nos deux amants, nos fous d'amour.
Ils en sont morts d'un meme chagrin.
Je ne peux chanter le chagrin,
Alors, laissez-moi pleurer...

語らせてくれるなら、恋の唄に涙するでしょう 絶(た)ってしまうのだもの 恋人
たちを、恋に溺れた二人を。二人とも同じ苦痛で死に絶えている。わたしは苦痛を歌
えない、ならば、涙させてちょうだい、、、

Oui, mais ceux qui se sont aimes,
Vraiment aimes, aimes d'amour,
Ils se retrouveront un jour,
La dans le temps, et pour toujours
Et je suis sure que, maintenant,
Ils sont ensembles nos amants,
Alors, laissez-moi chanter...

そうよ、愛し合っていた二人は、本当に愛し合っていた、心から愛し合っていた、そ
の二人はいつか再びまみえるでしょう、昔々も、そして何時何時までも きっとそう
よ、いま、恋人たちは一緒、ならば、歌わせてちょうだい、、、

La-la-la...
La-la...
...
Alors, laissez-moi chanter...

ラ、ラ、ラ、、、ラ、ラ、、、 、、、ならば、歌わせてちょうだい、、、

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3.CORDAY D'ARMONT Charlotte (Charlotte Corday 1768-1793)
  http://les.guillotines.free.fr/corday.htm
  http://www.encyclopedie-enligne.com/c/ch/charlotte_corday.html

 1793年7月13日コルデイは「人民の友」マラJean Paul Maratを暗殺して「人民の英
雄」となった。

 マラの家に行く前にしたためた「法と平和の友たるフランス人に告ぐAdresse aux
Francais amis des lois et de la paix」という遺書のために英雄となったのか。

 シャルロットは1979年の革命の時はカンCaenにいた。劇作家コルネイユPierre
Corneille (1606-1684) が曽祖父だというが、母の死後13歳で修道院に入った少女で
あった。修道院が革命後の勅令で廃止となったけれども、革命による共和国を支持し
ている。それがジャコバン党のマラを暗殺するとは!ジャコバンに反対していたジロ
ンドが多くカンに亡命していたらしい。が、次々と捉えられて処刑された。シャル
ロットは共和制が破壊され、独裁体制になることを恐れていた。

 だが、何故マラが入浴中に婦人を接見したのか分からないのである。シャルロット
は巧みに「大事なことを明かしたいから、国のために役立つことがあるから」とマラ
に手紙をパリのホテルから送ったというが、見ず知らずの女性をかくもやすやすと自
宅に招き入れ、しかも浴室で話を聞くとは? 謎である。後世ラマルティーヌ
Alphonse de Lamartine (1790-1869)がまるでその場にいたような文章を書いてい
るけれども、本当かどうかは実のところわからない。

 シャルロットの行為は紛れもなくテロである。しかし、シャルロットをテロリスト
というには普通僕たちが懐く陰惨なテロリストというイメージとあわない。実際のテ
ロリストとは、こうなのかもしれない。大量殺人のテロと要人のテロと違うのだろう
か。浜口雄幸を暗殺した右翼の佐郷屋留雄は評価されなかった。伊藤博文を暗殺した
安重根は朝鮮半島の英雄である。パレスチナの自爆テロ?

 シャルロットは同月17日断頭台の露と消えた。

 そういえば「暗殺されたマラ」という絵がルーブルにあったのを思い出した。
http://www.insecula.com/oeuvre/O0009723.html
1793年に描かれたというのに、つまりマラを個人的にも見たことがあったダヴィッド
Jacques Loui Davidの作品にも拘わらず、当時50歳のマラがとても若いのも不思議で
ある。

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4.あとがき

 オンフレイMichel Onfrayに誤りを指摘した。忙しいのだろう、その指摘に対して
返事がまだ来ない。内容はこうである。抵抗権に関するものである。「<反>哲学教
科書」の第5章「法律」のところで、「反抗すること、それは果たすべき義務
Resistance, devoir imperieux」として国民の抵抗権に言及している。法律だから守
らなければならない、「悪法も法」とは良く言われるけれども、僕はそれは誤りであ
ると思っているから、抵抗・反抗は当然の権利であり、その点、オンフレイに賛成で
ある。ところが、フランス憲法21条に「憲法が保障する自由や権利を政府が侵害する
場合、あらゆる形での抵抗は、全ての権利のうち最も神聖なものとなり、義務のうち
最も絶対的なものとなる」と規定しているというのである。日本語翻訳版では、
「1946年憲法」と括弧書きがあるが、原書にはない。

 うん、流石フランスだ、国家が不服従の権利を国民に約束するとはと思った。しか
し、待てよ、本当だろうか? 人権宣言、フランスの司法はそれを援用することがあ
るけれども、人権宣言なら別として、憲法が明示的に憲法に基づいて国民が選んだ政
府の行為に対して当事者である国民が抵抗できると規定するだろうか。そこで第5共
和制、ド・ゴール以来の体制の憲法を読んでみる。

http://www.legisnet.com/marianne.html
このサイトには、1789年の人権宣言(市民と人の権利宣言)から今日までの全ての憲
法が草案まで含めて全て網羅されている。

 そこで、先ず第5共和制憲法である。1958年10月4日の憲法は2003年3月28日現在17
回の修正を経ている。そのうち2回が国民投票による改正である。この修正のある意
味での容易さには驚かされるが、実質的に欧州連合という国家の枠を越えた枠組が出
来ている欧州でフランスは、近時益々憲法修正の速度を速めているように思われる。
2005年に入って、今国会でも次の修正案を審議している最中である。

 ところで、1958年憲法にオンフレイがいう上記の文言はない。むしろ一般的には、
「抑圧に対する抵抗は司法を通じて行われなければならない」というのが大方の法律
家の見解であろう。

 しかし、1946年4月19日の憲法「草案」には、正にその21条で「 Quand le
Gouvernement viole les libertes et les droits garantis par la Constitution,
la resistance sous toutes ses formes est le plus sacre des droits et le plus
imperieux des devoirs」と、オンフレイの引用した抵抗権が示されていた。ところ
がこの草案は、国民投票で否決されてしまったのである。1946年5月5日に、投票率実
に80%という今日では考えられない高率の投票率の中、52.82%の反対票で葬られ
た。
http://mjp.univ-perp.fr/france/ref1946-5.htm
 その後同年10月27日の憲法が第4共和制憲法として成立することになった。

 フランスは、先の大戦で戦勝国とはいえ、連合国によって日本の敗戦より12ヶ月
前、1944年8月25日に連合国によってむしろ「解放」されたわけである。しかし、戦
後の政治的混乱は甚だしかった。アルジェで成立していたド・ゴールの臨時政府は強
引にアメリカに承認させたものの、選挙で選ばれた国民の代表とは勿論言い難い。
1945年10月になって、1940年のヴィシー体制を否定する形で、遡って1936年の第3共
和制の総選挙を踏襲する擬制をこらして国会議員選挙が行われた。同時に、これを正
当化するために、1875年からペタンのヴィシー政権まで続いた第3共和制に戻るか否
かを問う国民投票が実施されて、圧倒的多数(96%の支持)で新たな憲法を制定す
る、即ち第4共和制を作ることを可決。このとき選ばれた議員たちの国会で採択され
たのが、1946年4月19日の憲法であるが、これは共産主義的色合いが濃く、また一院
制をとっているなど左派の中でも意見が割れて、結局、国民投票で否決されてしまっ
た。第2案として出されたのが1946年10月27日の憲法(第4共和制憲法)ということに
なる。

 そこで、オンフレイが憲法第21条を持ち出した理由、とりわけフランスの読者であ
る高校生にこの条文を引いて「反対する権利」の証左としていることには、多少問題
があると思った次第である。

 しかし、人権宣言(1789年)の第2条では「Le but de toute association
politique est la conservation des droits naturels et imprescriptibles de
l'homme. Ces droits sont la liberte, la propriete, la surete et la
resistance a l'oppression. すべての政治的組織の目的は、人間の生来かつ取り消
し得ない権利の保全である。 それらの権利は、自由、所有権、安全及び圧政に対す
る抵抗である」と謳っており、1793年憲法第35条は「Quand le gouvernement viole
les droits du peuple, l'insurrection est pour le peuple, et pour chaque
portion du peuple, le plus sacre des droits et le plus indispensable des
devoirs」とある。後者の規定はほぼ1946年4月19日憲法草案と内容を同じくする。こ
の憲法は実質的に機能しなかった憲法として有名であるようだが、いずれにせよ、現
行第5共和制憲法も、その前文で人権宣言を引いているから、抵抗権の精神も受け継
いでいるといえる。従って、結論的にオンフレイの基本的な考え、フランス国民に
とって「抵抗すること、それは果たすべき義務」であるというのは理由のないことで
はないけれども、引用が不正確だったといえる。

 では日本ではどうなるか。僕たちにとっても「抵抗すること、それは果たすべき義
務」であろうか。答は「Oui」。日本国憲法には規定がない。しかし、僕は憲法にも
先立つ自然権droits naturelsであると考える。さて、自然権とは何かとなるとこれ
はまた別途論議が必要であるが、取敢えず基本的人権droits de l'hommeと同一視しておこう。

 バグダッドで拉致されたフランス人ジャーナリストたちは去年12月21日解放された
が、イラクでの拉致事件はまだまだ終っていない。2月に入って英国やイタリアの
ジャーナリストが拉致されている。

 再び憲法の話で恐縮だが、日本国憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な
最低限度の生活を営む権利を有する」とある。では、現実のホームレスの存在は?

 2月4日金曜日、S君と僕は上野公園でホームレスとのインタヴューをした。面談内
容の記事を先ず僕がフランス語で書いて、次にS君にコメントを追加するように頼ん
でいる。どうもホームレス(SDF, sans domicile fixe)との対話は、今回で終わりそ
うにない。そうなっては意味がなさい。そこでフランスの新聞社なり雑誌社なりに記
事を送ることにした。以前本誌で書いたと思うが、Charles Durand著「Nouvelle
guerre contre intelligence」がとても興味深い本なので日本でも出版してもらおう
と、さんざん日本の出版社を回ったが、内容に興味を示しても出版してやろうという
ところは出てこなかった。今度は逆である。日本の本をフランスでだそうというので
はないが、果たして僕たちの調査をとりあげてみようというメディアが現れるか否か
は不明である。取敢えず、サイトに記事を載せた。
http://www.saturn.dti.ne.jp/~davidyt/maison_est_bleue.htm
 実際、このサイトの記事の続きとして2月11日宮下公園に行ったことを書いてい
る。S君も大変やる気で8月帰国、本当は延長したいらしいが留学先の東工大の教授が
この種の研究テーマでは困るらしく帰国ということになることを想定してその日ま
で、東京に限らず各地の調査を継続、僕のアイデアに乗ってシリーズものとして発表
しよう、さらに本にしたい希望をもらした。こうなると既に一つのプロジェクトであ
る。記事は都度本誌でも上記のサイトのように追加していくとして、今回は、宮下公
園に結集した右翼たちである。

 丁度、建国記念日であった。渋谷駅に降り立つなり、街頭宣伝カーからがなり声が
聞こえた。宣伝カーの周りには軍服らしきものを着た男たちがうろついていた。宮下
公園でインタヴューをしていると、よくデモ集会をする真中の広場に右翼団体らしき
男たちが集まり出した。体躯がみな似ている。体育会系でも柔道家タイプ、良く見る
と顔付きまで似ている。「同血社」なんていう名前も頷ける。「神州誠義団」、「日
本青年社」、「民声会」、もっと怖そうなのが「統一戦線義勇軍」。旗が沢山出てき
た。中央になんと端午の節句で飾るような神武天皇の人形が「安置」された。皇紀
2665年だそうだ。今年は乙酉で十干(じっかん)が乙(きのと)で十二支が酉だが、
これもちょいと時代錯誤。「キノコ取り」なんていうかなぁ、キノコ狩の間違いでは
? などと茶化したくなる。S君が、フランスにもスキン・ヘッズなんか、あのルペ
ンよりずっと右の若者がいるけど、スキン・ヘッズが軍服着て街中(まちなか)なん
か歩いたら、住民に石をぶつけられるよ、ここの軍服をきた右翼があれでサーベルで
も持っていたら何をおっぱじめるか分からないね、と怖がっていた。それでも、なに
しろ日本における外人の強み、演説が始まってから勇気をだしてカメラをむけた。文
句をつける者はいなかった。将校の軍服を着たの者は皆無。たった一人の女性も参加
していない。「女は銃後の守り」ということか。詔書を読み上げたが、教育勅語でも
軍人勅諭ではなく、「紀元2600年の詔書」であったのは「紀元節」を強調したいから
だろう。

 こうしてウルトラの青年たちは、宮下公園には七八十人程度の集会だったが、路上
行進デモへと移っていった。この青年たちはマイナリティーだろうか。確かに活動家
の数においてはをういえるだろう。しかし、古色蒼然とした憂国の徒ではない、もっ
と表面的にアメリカナイズされた若者たちが、明日自分が本当は何をしているかもわ
からずに銃をとることに躊躇しない空気が日々作られていることは確かなようであ
る。何時になったら僕たちは国として大人になれるのだろうか。
 次のシュレダー演説をかみしめて読むと良い。
http://www.bundeskanzler.de/Neues-vom-Kanzler-.7698.778869/Die-Nazi-Ideologi
e-war-menschengewollt-und-mensc...htm (ドイツ語)
http://www.kawada.com/schroeder0125.html (日本語訳)
 敗戦後の決算の仕方が彼我でかくも違うものか。その原因は日本国憲法第1章にあ
ることは明々白々である。憲法改正でこの章を削除しようとする勇気あるものは、国
会には共産党員を含めて誰もいない。

====================================
発行者:田邊 好美(ヨシハル)
    〒 157-0073 東京都世田谷区
e-mail: davidyt@saturn.dti.ne.jp

本誌維持のために「カンパ」よろしくお願い致します。
郵便振替口座 名称 HEBDOFRANCE 番号 00110-2-314176 成城学園前郵便局

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