日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う
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- 創刊日:2005-02-04
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甦れ美しい日本 第024号
発行日: 2005/7/29□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2005年7月30日 NO.024号)
☆☆ 私たちは書きたいから書くのです ☆☆
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< 目次 >
1.佐藤守コーナー 「大東亜戦争の真実を求めて」その21
2.奥山篤信コーナー 最大の戦争犯罪人は尾崎秀実だ
3.松永太郎コーナー 毛沢東;知られざる物語
4.花岡信昭コーナー 外交パワーが落ちている
5.有馬尉彰コーナー 集合住宅と情報環境の課題
6.桜井裕子(寄稿) 日本併合下の朝鮮半島での徴兵制と洪思翊中将
7.尾関とよ子(寄稿) 地球環境政策形成の世論喚起へ
☆佐藤守テレビ出演 チャネル櫻『闘論・倒論・討論』(外交・安全保障から見た靖国問題)
7月30日の2100から3時間放映予定.(再放送あり)司会・水島,岡崎久彦,屋山太郎,
山本(元海将),川村(元海将補)、松村(元陸将補)、潮,藤井厳喜☆
☆平河総合戦略研究所 講演会 ご案内
日時 8月21日(日曜日) 午後1時半より4時まで
場所 学士会館(神田錦町) http://www.gakushikaikan.co.jp/ 203号室
会費 一般 3000円 学生 2000円 平河総研特別会員 1000円
講師 佐藤守 平河総研専務理事 元空将
ブログ http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
テーマ 台湾危機に直面する南西方面の実態…沖縄勤務の体験から
定員 80名 申し込み先着順(info@hirakawa-i.org 宛)☆
☆私達は、ブルーリボン運動を断固支持します。日本国民が一丸になっての意思表示、
行動を起こすことが大切です。北朝鮮の金正日総書記や日本政府、そして報道機関
や国外に対しての私達の願いや怒り、救出へのアピールができれば良いと思います。
拉致被害者と御家族が苦しまれている25年間は、私達の無関心が作った悲劇なの
です。☆
☆花岡信昭のサイト http://www.hanasan.net/
メルマガ政治ジャーナリスト・花岡信昭による分析・考察
http://www.melma.com/mag/68/m00142868/☆
☆佐藤守のブログ http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/☆
☆山崎行太郎のサイト http://yamazakikoutarou.gooside.com/☆
☆青葉ひかるのニコニコプラン2525計画推進協議会に賛同を!
http://www.2525plan.jp/ ☆
☆クライン孝子さまはドイツにて日本の名誉を守るべく欧州に様々な形で働きかけております。
クライン孝子さまのブログには理不尽な中国に対する憤怒の思いが篭っております。日本の情報
をリアルタイムにキャッチされ、売国奴の群れを叩き斬るご活躍には頭が下がります。
http://www2.diary.ne.jp/user/119209/☆
☆一般公開掲示板-BBS-
http://imbbs3.net4u.org/3/sr3_bbss.cgi?cat=10819hirakawa
☆ウェッブサイト< http://www.hirakawa-i.org >☆
平河総研会員募集中です。
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1.佐藤守コーナー
「大東亜戦争の真実を求めて」 その21
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中国情勢をめぐる諸外国の動きのうち、米・ソ両国の動きの概要は書いたとおり
だが、列強は暗雲漂う欧州情勢に備えて、独自の動きをしていた。しかし我国は重
くのしかかっていた支那事変に振り回され、政治情勢は混乱を極めていた。
そしてノモンハン事件のほとぼり覚めやらぬ8月23日に、突如独ソ不可侵条約
が締結され「欧州の天地は複雑怪奇」の名言?を残して平沼内閣は辞職する。
8月30日に阿部内閣が後継するが、遂に翌日の9月1日に欧州大戦が勃発する。
我国は直ちに欧州での戦争に不加入であることを内外に公表し、支那事変解決に
専念する決意を定める。ところがこの大事な時に阿部内閣は国民からの支持を失い
昭和15年1月4日に総辞職、組閣の大命は米内海軍大将に降下する。
一方欧州戦線では、ドイツが西方への大攻勢を開始、マジノ線を突破してフラン
スを席巻し、英軍はダンケルクから撤退する。5月に英国ではチェンバレン内閣が
総辞職しチャーチルが登場、フランスもペタン政権がビシー政権に交代する。こう
して第2次世界大戦が始まるのだが、ドイツ空軍の英本土攻撃が開始され、英国も
風前の灯か?という状況が続く。この世界大動乱のさなか、我国では7月16日に
畑俊六陸軍大臣が単独で辞表を提出し、米内内閣は総辞職。7月22日に第2次近
衛内閣が誕生する。
近衛内閣は組閣早々から「基本国策要綱」と「世界情勢の推移に伴う時局処理要
領」を採用したのだが、これらの新政策が、支那事変から大東亜戦争への転換点に
なったこと、支那事変早期解決のため、「援蒋ルート」遮断作戦を実施するため、仏
印進駐に踏み切ったこと、そして「日独伊三国同盟」が締結されたことは既に書い
た。又11月にルーズベルトが3選され一億ドルにのぼる援蒋借款を供与したこと
も書いた。ところがこの冬、英本土上陸作戦に失敗したヒトラーは、一転してソ連
に進攻する決意を固めていたのだが、それを我が陸海軍は全く感知できなかった。
そして政府は対米関係を打開するため、12月に野村大使を起用して日米交渉を開
始していた。そのような中、日ソ不可侵条約が4月に締結される。これで我国の命
運は決まった、と私は書いた。
ところが、南方が風雲急を告げる中、このような重大な時期にもかかわらず、陸
軍の中に奇妙な動きがあった。それがいわゆる「関特演」計画である。
これは同盟国・ドイツから何の通報もなく開始された6月の「独ソ開戦」に伴う
ものと思われるが、国力の消耗、戦力の多大な消耗を伴う大部隊の演習を、事もあ
ろうに北方で実施したのである。陸軍は、援蒋ルート遮断のため、南方に志向した
はずであった。何故このような一見無謀に思える「大演習」を実施したのか?
独ソ開戦の真意を読めなかった政府首脳部の状況判断の混乱があった、と思われ
るのだが、その大元には、伝統的な陸軍の「北進策」と、支那事変勃発に伴い、
止むを得ず転換せざるを得なかった「南進策」との対立があった。
その経緯について「大東亜戦争全史」から分析してみよう。
同書の「独ソ開戦に伴う新国策」の項には、独ソ開戦を巡る混乱と、「独ソ開戦
は、日本が北方におけるソ連の重圧より解放せられることを意味する」と考える一
方、従来からの「北進政策論」が台頭したことを示す、興味ある展開が記録されて
いる。そして恐るべきことに既に「実行中」の南進論の影が薄くなっているのであ
る。「南進か、北進か!」、その間の経緯を同書は次のように書いている。
「(前略) 独ソ開戦は、陸軍多年の懸案たる北方問題を解決して、北辺の安定を確
保する絶好の機会である。しかし陸軍は、その作戦兵力の大部を挙げて対華作戦を
遂行中にしてその余力は少なく、又、支那事変を中途にして放棄することは、到底
許されない。むしろこの際重慶圧迫を強化すべしとする考えもある。
武力南進は仏印、泰まではともかく、それ以遠に対しては、対米一戦の決意を必
要とし海軍の態度にも鑑み実現の可能性は全くない。これを要するに、当時におけ
る日本国力の逓減情勢、加重せられつつある米英の対日圧迫、支那事変の現況、宿
命的なる陸海軍の両立等よりして、強力且つ徹底した経論の遂行は困難であった。
かくして、日本は依然支那事変処理に邁進すると共に、北方に対しては所要の準備
のみを整えスターリン政権の崩壊または極東ソ連領の混乱化等、独ソ戦争の推移が
日本に有利に進展したる場合,初めて武力を行使して北方問題を解決し,南方に対
しては単に南部仏印進駐を行い、情勢の推移を待つという構想に帰着せざるを得な
かったのである」
ドイツとの関係についても激論が闘わされるが、ドイツに協力する義務を負うも
のではなく、「むしろ日本は日ソ中立条約により、独ソ戦争に対し中立を守るべき義
務を負うていた」から、「この際3国同盟を破棄し枢軸陣営より離脱しようとする考
えは全くなかった」のであり、「三国枢軸の精神を基調として行動すべきである」と
いう意見に対し、北方武力解決を重視し「好機を作為補足して武力を行使すべき」
とする意見が対立、「結局参謀本部の結論は、準備陣案たることに変化なきも、多分
に北方解決を狙いとする準備案に帰着した」という。
この経緯を読む限り、国際情勢の激変に翻弄された当時の陸軍上層部は、これか
ら起きようとしている「近代的世界戦争」の実態がさっぱり理解出来ていない。そ
ればかりか、孫子の言に背き、「己の真の敵も、己の能力」も十分に把握する事が出
来ない「視野狭窄症」に陥っていたことが伺える。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/(人気沸騰中)
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2.奥山篤信コーナー
最大の戦争犯罪人は尾崎秀実だ
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一昨年、篠田正浩がライフワークとしての反日映画『スパイゾルゲ』にて描いた本
木雅弘が扮する尾崎秀美。篠田はあの偽善に満ちた『愛情はふる星のごとく』の尾
崎に興味を持ち続け、この映画を作ったらしい。この日本を70年以上今日に至るま
で、半身不随の状態に陥らせた元凶のソ連コミンテルンスパイ事件を、ゾルゲ、売
国奴尾崎、宮城を、平和の闘士として美化した反日自虐映画は、内容も上滑りで冗
長を極め、映画としてのダイナミックな意外性の面白さも皆無の退屈極まりない映
画である。これが中国製映画ではなく、正真正銘の日本映画であるだけに、哀しい
かな戦後日本を蝕む病理を痛感するのだ。
最近僕は話題の三田村武夫の『大東亜戦争とスターリンの謀略』を読んでみた。三
田村武夫(明治32年(1899年)6月11日岐阜県生れ。昭和2年内務省警察
講習所卒。内務局警保局、拓務省管理局勤務。社会主義運動取締、国際共産党活動
の調査研究等を行う。中野正剛に師事。昭和12年衆議院議員に当選2回。東方会
に所属し、中野自決(昭和18年10月)のあとは旧東方会系の人物となる。東條
内閣に反対し、投獄、終戦により出獄。昭和30年2月総選挙で、岐阜県一区から
当選し以後3回当選。昭和39年11月24日歿。65歳。著書『選挙法概要』、
『警察強制の研究』等)の著で当時GHQ発禁図書とされた幻の名著と言われて
いる。現在ネット販売で自由社から手にいれることができる。
三田村は上述の経歴通り、現場で対共産党破壊活動取締をやっていただけに、実に
リアルな裏付けがあって、しかも貴重な資料が添付されている。僕も今まで知らな
かったことが盛りだくさんでまさに目から鱗と思いだ。
315事件より満州事変、満州事変より日華事変、日華事変から太平洋戦争、太平洋
戦争から敗戦革命と非常に丁寧に当時の軍部、思想家、政治家の動きを分析し、コ
ミンテルンの指令の下に如何に、巧妙な謀略が行われたか如実に理解できる。戦争
中中枢にいた岸信介ですら戦後この書を読んで唸ったという代物である。まさに軍
部、政治家らが操り人形のように尾崎などに踊らされていたのが、手に取るように
理解できるのだ。
尾崎がいかにして右翼の仮面をかぶり、近衛をはじめとする日本の中枢に食い込み、
日本を戦争に追い込み、和平のチャンスを潰し、長期戦争により日本を疲弊させる
ことを狙い、最終的共産革命を目論んだのか、最終的には理想の共産革命は成し遂
げられなかったが、日本を破局まで導いた謀略を、僕は忸怩たる思いで一気に読み
上げたものだ。
僕には新鮮だったのは、あの近衛の『蒋介石政権を相手にせず』という声明をいか
に引き出したのかだ。実は上海にて茅野長友と蒋介石側と日華和平として停戦、日
本軍撤兵、中国主権尊重で合意していた事実。それを当時茅野老人がポロッと松本
重治に漏らしたのが運命の分かれ目、松本の親友尾崎がこれを聞き、謀略により両
国首脳にそれぞれ強気でいけば相手は引くと、いわば両方にけしかけて和平を潰し
てしまうのだ。そして汪兆銘を擁立を念頭に置き、結果としてあの近衛声明となり、
戦争は泥沼化していった。
その後、戦線は拡大し太平洋戦争へと日本の破局にエスカレートしていったわけで、
この和平が実現していたら満洲国は未だに存在し、日米戦争は避けられたかもしれ
ない。その意味で、この和平工作潰しは尾崎の真骨頂といえるのではないか。この
怖ろしい謀略の糸を読むとき、当時尾崎の親友、松本重治、西園寺公一などにも、
いかがわしさを感じるのだ。あまりにもでき過ぎている。
現在日本には不可解な中国ロビーが政財官界に跳梁跋扈している。日本の中国属国
化を狙った戦後尾崎謀略版が、スパイ防止法もないスパイ天国で、堂々と日本中枢
に大手を振って歩いているように見える。尾崎事件を歴史の教訓とせねばなるまい。
映画スパイゾルゲにおいて尾崎が西園寺に『日本国家を裏切ることがあっても、日
本国民を裏切ることは決してないことを信じてほしい。』と嘯く場面がある。まさ
に篠田が信奉し、いまだに日本社会を蝕む『国家は悪である』の論理だ。国民を裏
切らないどころか、彼の謀略により、日本は8年間の戦争により300万人以上の国
民の生命が失われたことを忘れてはならない。彼こそが先の戦争における、最大の
戦争犯罪人として、日本国が存在する限り極悪人として永遠に断罪することが必要
であろう。
奥山篤信:
昭和45年京都大学工学部建築学科卒
昭和47年東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
一貫して海外畑
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
コンサルタント会社ストラテジーズ設立
勉強会『平河サロン』主宰
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎コーナー
毛沢東;知られざる物語
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日本の鏡としての、クレタという島の日記を続けようと思っていたところ、たま
たま手にしたユン・チャン(「ワイルド・スワン」の作者)の「毛沢東;知られざる
物語」(Mao, The Unknown Story, JONATHAN CAPE, LONDON)を読み始め、
やめられなくなってしまったので、そちらのご報告をしたい。ここにはエドガー・
スノウによって脚色・宣伝されたチェアマン・マオとはまったく異なる人間がいる。
「何十年にもわたって、世界の人口の4分の一の人々に絶対的な権力を振るった
毛沢東は、平時においてさえも、約7千万の中国人の死に責任がある。この数は、
20世紀のほかのどの指導者(が責任を持つべき死者数)よりも多い。」(p.3)
この冒頭の一行を読んだとき、友人が話してくれた、あるエピソードを思い出し
た。彼が北京の外国公館につとめていたとき、あまりに館員が日本の悪口を言うの
で、なぜそんなに日本が憎いのかと尋ねたところ、中国人をたくさん殺したからだ、
と答えたという。そこで殺した数から言えば、共産党のほうがよほど多いじゃない
か、といってみたところ、しばらく黙りこくっていたが、やがて眼が覚めたような
顔をしたという。そして二度と日本の悪口は言わなくなった、というのである。江
沢民閣下の教育よろしくを得て、今、日本に対して憎悪をつのらせている、将来あ
る中国の青年たちは、この本を読まれるとよいと思う。
ユン・チャンの本は、夫のジョン・ハリディとともに徹底した調査を元に書かれ
ている。巻末資料は、日本、ロシア、アメリカ、中国、台湾などに渡っている。そ
して、ここがこの本の最大の魅力であるが、学者の先生方(とくに朝日新聞御用達
の日本のいわゆる親中派の皆様方)には、恐ろしくて書けないようなことが、はっ
きりと書いてあるのである。たとえば
「スターリンの戦略は、東京政府の目をチャイナ(とよぶのが、ここではいいだ
ろう=筆者)に向けさせ、その底知れない広大な土地における戦いに引きずり込み、
もって日本をチャイナに釘付けにすることであった。そのため日本に対するチャイ
ニーズの反感を煽るだけ、煽る。そのために学生その他の組織化に動いたのが、蒋
介石の義理の姉、孫文夫人であった。」(P.183)
言うまでもなく孫文夫人は、スターリンのエイジェントである。
やがて、スターリンは、配下のエイジェントのなかでも、最も重要なモール(も
ぐら)を起動(アクティベート)させる。「もぐら」というのは、「深部浸透工作
員のこと」(ジョン・ルカレ)で、ここぞというときに起動される、いわゆるス
リーパー・エイジェントを意味する。このもぐらこそ、国民党軍、上海=南京方
面の司令官、唐生智であった。彼は、周恩来の密命で国民党軍にもぐりこんでい
たのである。このもぐらが、盧溝橋から第二次上海事変まで、あまり気の進まな
い日本軍と国民党軍を衝突させ「煽りに煽って」全面衝突へ持っていった。この
とき、少しでも国際情勢に目のある人間であれば、日本政府も蒋介石も、まった
く戦争など望んでいないのは明らかだった。スターリンのもくろみどおり、日本
はチャイナの泥沼に引きずりこまれたのである。
少し本から離れるが、このとき、スターリンのエイジェントたちは、実に巧妙に配
置されていたと思う。日本にはおなじみの尾崎一派がいて、近衛に影響力を持ち、
アメリカには、もともと日本との戦争には大乗り気のルーズヴェルトの下に、ホワ
イトハウスから国務省まで、ソヴィエト秘密情報機関のスパイがそれこそ、ひしめ
いていた。かれらは、オーケストラのように、あちらこちらで交響し、日本とチャ
イナを争わせ、やがては日本とアメリカを戦わせた。日本に、引くに引けない最後
通牒、すなわちハル文書を突きつけたのは、スターリンのエイジェントであった。
「毛沢東の基本的戦略は」とユン・チャンは、はっきり書いている。「紅軍をで
きるだけ温存し、勢力範囲を広げることであった」。国民党軍が引く。日本軍が
進出する。兵力の少ない日本軍は、町や鉄道など、点や線しか守れない。「日本
軍の尻尾の跡にくっついていって」町や鉄道を囲む、面としての農村地帯を占領
したのが、我らが紅軍である。「日本軍と戦うという紅軍のスローガンは、プロ
パガンダに過ぎず、毛の軍隊は日本軍に近づきもしなかった」。
近づきもしなかったというのは、いい。そして今日、中国共産党政権がなんと宣
伝しているのか。考えてみるのも良い。
毛沢東は、その生涯で、いわゆる南京事件のことを一言も言わなかった。知らなか
ったのだろうか。ユン・チャンは毛沢東にとって日本軍が真の敵ではなかったから、
と説明している。それもあるかもしれないが、本当は、そんなものはなかったから
だというのが正しいだろう。国民党宣伝部長は、毛のモグラであった。
南京虐殺とは、彼と、彼の息のかかった外国人たち、とくにティンパーリーとので
っち上げというのが筋だろう。毛は、自分からあまり騒ぐと、それがばれるので、
黙っていたのだろうか。もっともウソも百回付けば、真実になるというゲッベルス
だかの名言に習えば、今や南京事件の信者様は、日本にもたくさんいらっしゃるの
で、毛ももって瞑すべし、であろう。
松永 太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.花岡信昭コーナー
外交パワーが落ちている
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予想された通り、北朝鮮問題をめぐる6ヵ国協議で日本は“カヤの外”だ。核問
題が優先され、拉致問題は厄介もの扱いされている。国連安保理常任理事国入り問
題も雲行きがあやしくなってきた。
日本の「外交パワー」が格段と落ちているといっていいのではないか。いまさら
そんなことを、といわれるかもしれないが、北朝鮮にしろ国連にしろ、日本外交の
真価が試される局面なのだ。
現在の外務省の体制は谷内正太郎事務次官にしろ、北京の6ヵ国協議に日本代表
として参加している佐々江賢一郎アジア大洋州局長にしろ、“サムライ”が揃ってい
るといっていい。かつてないほどの、といったら過去の人たちに申し訳ないが、こ
れだけの布陣は当分、望もうにも望めないといっていいぐらいである。
であるのに、この情けない状況はどうだ。6ヵ国協議では冒頭発言でようやく拉
致のひとことに言及できただけ。安保理常任理事国入りではドイツ、インドなどと
連携した「G4戦略」が立ち往生してしまった。
外務官僚の力不足をなじるのはたやすい。問題はそこにあるのではない。「政治」
の側に覚悟が備わっているか、ということである。
拉致問題は日本にとって揺るがせにできないものだ。北朝鮮国家機関による犯行
という事実は、北朝鮮自身が認めた。であるにもかかわらず、横田めぐみさんの“ニ
セ遺骨”を提供されて以後、日本との接触はなくなり、北朝鮮側は明確に居直った。
あれだけの国家犯罪をしておきながら、「日本は6ヵ国協議再開に何ら寄与しなか
った」などと言明するのが北朝鮮である。言われたら言い返せ。これが外交の鉄則
だ。言い返すのは政治家でなくてはいけない。
外交は政治が行うものだ。外務官僚は政治の判断によって動く。政治が判断機能
を失ってしまったら、いくら有能な外務官僚たちといっても動きようがない。動い
たあとの結果責任を政治が引き受けるという保証がないからだ。
郵政民営化法案をめぐる政治のごたごたは、対外的なパワーの喪失を招いている。
廃案だ、解散だ、などと“内向き”の話ばかりである。首相官邸はそうしたときで
も国際社会に向けてアンテナを張り、国家の外交方針と具体的な行動を打ち出さな
くてはならない。
拉致問題についていえば、いま、衆院解散になろうがなるまいが国家は消滅しな
い。だが、拉致問題を棚上げにしてしまえば、この国は主権がどう侵されようと、
国民の生命が外国工作員によって危機にさらされようと、何も出来ない欠陥国家な
のだという拭いようのない事実を立証してしまうことになる。
花岡信昭:
政治ジャーナリスト、慶應義塾大学院・国士舘大学院非常勤講師、
読売新聞監査委員会審査委員。
1969年早大政経学部政治学科卒、
産経新聞入社、政治部長、論説副委員長などを経て2002年退社、評論活動に入る。
著書に「小泉純一郎は日本を救えるか」(PHP)など
サイト:http://www.hanasan.net/
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5.有馬尉彰コーナー
集合住宅と情報環境の課題
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今日、都市部における居住空間として、集合住宅(マンション)の存在意義は大
きい。また、高齢化に伴って、人々が、郊外の戸建住宅を引き払って都内の便の良
い集合住宅に転居するという傾向は今後とも拡大していくと思う。
一般論として、居住空間を成り立たせるものは、2つあると考える。ひとつには、
恵まれた豊かな物理的空間であるだろう。この物理的空間には、ゆったりとした広
さはいうまでもなく、騒音などがないこと、空気が必要以上に悪くないことなどが
あるであろう。勿論、高層であれば、窓外に広がるすばらしいビュウ、といったも
のも欠かせないのかもしれない。
もう一つは、設備的空間である。戦後の日本は、戦災で極端に住宅を失い、バラ
ックでも雨風がしのげることが求められた苦労のトラウマが、ずーっと人々の心の
中に沈殿し、とにかく物理的最小限の空間が第一とされてきた。住宅公団の3DK
が人々にばら色の生活をもたらすと思えた時代はつい昨日のように思い出される。
しかし、高度成長期を経て、人々の居住環境も、考え方も大きく変化した。居住
空間は、物理的機能に加えて設備的機能がさらに重要視されてきた。住宅は人々
の暮らしを支える入れ物としての機能だけでなく、そこに組み込まれた便益機能
こそが意味があるということになってきている。
家は人々の生活を支えるいわば「容器」の役割から、「装置、設備」の役割にそ
の重要度が最近劇的に変わってきていると思う。特に装置、設備では、全館にお
けるセキュリテイ、などがまずあげられるであろう。さすが、南カルフォルニア
地方のようにプールの常設には至っていない。今後は、館内の飲料水を含む水質
などが重要視されるであろう。神奈川県に住む筆者にとって、いつも都内側のお
茶のまずさには困惑させられている。
現在のIT、情報通信分野の最先端の議論に住宅そのものの“ロボット化”が上
げられる。先端的なRFID(弱電流無線通信チップ)の技術により屋内すべて
にセンサーを張り巡らし、人間の行動や欲求を事前に察知し、先回りして対応す
るというものである。センサーネットワーキングといわれ始めている。その中に
は、ビルや、これらの研究を行っている大学などで、既存の電力線(PLC、パワー
ラインコミュニケーション)使って速くはないが信号を送り人の歩く先々の廊下、部屋、トイ
レなどの電気を点灯する試みが実施されている。
しかし、物理的空間に対比して最も重要な設備空間として問題提起しなければな
らないと思うものは、電子的な空間の提供である。ここ数年、日本のブロードバ
ンド空間は、目覚しい発展を遂げて、世界のトップレベルにあるといってよいで
あろう。とはいえ戸建住宅はともかく集合住宅においては、一部の最新の集合住
宅を除き電子的空間提供の展開は、誠に心寒い状況にあるといえる。このままで
は、集合住宅の住民は情報過疎による流浪の民となりかねないといって言い過ぎ
ないであろう。
集合住宅には現在いくつかの情報ネットワークの供給が行われている。まず従来
の電話線、28Kbpsの速度しか持たないレガシーな通信システムである。そし
て同じ在来の電話線を使うが、数年前よりブロードバンドとしてもてはやされた
adsLという技術である。最近ではその高速版のvdsLという技術が主に使われ出
している。そして、光ファイバケーブル、さらにはCATVの同軸ケーブルがあ
げられる。この同軸は屋上に設置されたアンテナから電波を取り入れ下の部屋に
流し落とすことを目的とした、10年以上も前に設置された品質の悪い同軸ケー
ブルを使用したものと、最近の新築マンションで、道路より地中管にて供給され
ている高性能の同軸ケーブルを使ったものと大きく二つに分けられる。
都内側の集合住宅では、特に NTT Bフレッツといわれるサービス、東電の
Tepco ひかり、USENという会社のサービス、そして、地元のケーブルTVイン
ターネットが上げられるだろう。
さて、問題点に入ろう。いよいよ光による高速、ブロードバンドサービスの時代
が来たといわれているが、状況には問題が大きい。実体はこれらの集合住宅では建
物の通常1階なり地階に設置された中央配電版(MDFという)までにしか光ファ
イバが入っていない。計画された新しいマンションで各階に設置された配電版(I
DF)まで光ファイバが、上っていることはまだまだ、珍しいケースである。そん
なわけで光といわれている今日のサービスの大半は、MDFより以降は既存の電話
線を使うvdsLのサービスが実体である。このネットワークの構成は、同じ電話線
の中に他の品質の信号(たとえばISDNの信号)があったりするとお互いに干渉
を起こしそれぞれの通信を阻害するということが起きる。いや、現実にかなりの頻
度で、これらの状況が起きているのである。いわゆる、うまく繋がらない、遅いと
いった現象である。
対応策は何かといえば、基本的に館内のネットワークを最新のものに更新するこ
とが求められる。とはいえ、マンションの共用空間、共用設備は、区分所有法に基
く一住民の共有財産であり、一部の人の意見で更新したり、改良したりすることは
極めて難しいのが現状である。ケイタイでは話が出来れば充分というコマーシャル
が一方でまかり通っている状況では全員の賛成など誠におぼつかないだろう。
冒頭に申し上げたように、居住空間としては、設備空間、しいては、IT技術に
よって提供される、電子的空間である情報空間が私たちの生活にまさに必要とされ
る時代になっているということが理解されねばならない。事実、マンションの管理
組合の理事なり、理事長なりにこの分野を十分ならずとも理解をする人材が得られ
ている場合には問題は適正に処理されることが多いようである。
もしこのまま、マンションの通信環境が、放置され、あるいは、安かろう、悪か
ろうの設備の構築が続けば、既存の古いマンション(築10年以上)を主に、人々
に“情報阻害”の生活をもたらすであろう事が現実問題として懸念されるのである。
2005/07/27
有馬 尉彰;
昭和41年学習院大学経済学部卒業
東急電鉄勤務を経てi-HITS副社長など歴任
インターネットイニシアテイブ(IIJ)顧問他 政府関係委員多数
立教大学大学院講師 武蔵工業大学講師 前慶応義塾大講師など
著書に「マルチメデイアオムニバス」(東洋経済新報社)他
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6.桜井裕子(寄稿)
日本併合下の朝鮮半島での徴兵制と洪思翊中将
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あと半月で、韓国では「日帝からの独立回復60周年」の光復節がやってきます。
5月7日号(No.12)で、かつて、わが国が朝鮮に対して、一視同仁の立場か
ら合邦政策を行ったときのあらましを述べました。
同号では、紙数の関係で言及できなかった部分、また創始改名をせずに軍人とし
て一生を過ごし、B級戦犯として処刑された洪思翊(こう・しよく)中将について、
その前後のエピソードをここで触れてみたいと思います。
〈日本軍の倍率の意味するもの〉
併合後、朝鮮総督府は朝鮮の人々の福利向上のために尽力しましたが、大正8年
には三・一独立運動が起きるなど、反日運動もあって統治の難しさ、「難治の民」と
いわれた朝鮮の人々の民族性を思い知らされます。
それが満州事変の結果、間島に住む朝鮮人の権益保護と満州の秩序回復がなされ
ると、対日感情は一気に好転します。さらに支那事変を境に、朝鮮人の多くや朝鮮
の民族団体は、アジア解放の大義に目覚めて率先して戦時体制に協力し、「内鮮一体」
の空気に満ち溢れるようになります。
「われわれにも、兵役分担義務を」という朝鮮内の声に押されて、昭和13年4月、
陸軍特別志願兵制が設置されると応募者は殺到します。志願兵の倍率は、同年は7・
7倍ですが、翌年は20・1倍、そして日米開戦翌年の昭和17年には62・4倍を記
録します(徴兵制実施は昭和19年4月)。
志願兵で出征して帰ってくれば、巡査や村役場の役人に就職できるという特典も
ありました。貧困で進学を諦めざるを得なかった若者たちの選択肢になったことも
あるでしょう。
また、総督府は、それまで軍隊にまではびこっていた両班を中心とする封建的身
分制度を、「万民平等の原則に基づく階級差別社会廃止」によって駆逐しました。
ただ、こうしたものは一朝一夕になくなるものではなく、現実には長年の旧弊が
残っていたでしょうから、日本の軍隊という新天地に出世と活路を求めた若者もい
たに違いありません。
〈特攻で15人、戦犯として23人が散華〉
こうしたなかで、命がけの戦いが繰り広げられました。
日本人軍属としてジャワで捕虜の監視業務につき、終戦とともにインドネシア独
立戦争に身を投じ、オランダ軍との激闘の末に命を落とした梁(日本名・梁川)七
星氏は今、インドネシア・ガルートの英雄墓地に埋葬されています。
また特別特攻隊として、沖縄やフィリピンの航空戦に特攻出撃し、散華した15
人の若者たちもいます。最終的に、24万2341人の朝鮮人青年たちが、軍人・軍属
として戦い、2万2182人が戦死しました。戦犯として処刑された朝鮮人も23人い
ます。
ここでは日本陸軍中将として終戦を迎え、戦犯として処刑された洪思翊氏につい
て振り返ってみたいと思います。
〈守り通した朝鮮人としての原点〉
洪少年は、軍の中から選抜されて日本陸軍中央幼年学校に留学し、その後、陸軍
士官学校、陸軍大学校を卒業し、中将まで昇進します。洪中将は、最後まで朝鮮名
で通しました。
ここで少し寄り道をして、創氏改名について触れます。いまや「悪の権化」のよ
うに言われる創氏改名です。これは5月7日号でも触れましたが、そもそも創氏改
名は、満州に移住して農民として定着しつつあった朝鮮人からの熱望によるもので
した。
朝鮮人が漢人からいじめを受け、「せめて名前を日本名にしてこの災禍から逃れ
たい」という事情がありました。南次郎総督も、三回にわたり、創氏改名において
「強制のないように」と訓令を出しています。
創氏改名は申請制で、創氏(ファミリーネーム)は無料でしたが、名前を変更す
る場合には五十銭の印紙が必要でした。朝鮮名で通した軍人・兵士や政治家なども
多く、朴春琴は朝鮮名で江戸川区から二回、衆議院に当選しています。
さて、洪中将が大尉だった頃、長男(洪国善氏)が近所の子供から「朝鮮!朝鮮!」
とからかわれました。彼は息子に、イギリスに虐げられても誇りを失わないアイル
ランド人の例を引きながら、「どんなときでも、必ず『私は朝鮮人の洪国善です』と
はっきり言いなさい。決して『朝鮮人の』を略してはいけない」と諭します。
〈中将の最期〉
洪中将はフィリピンの捕虜収容所長で終戦を迎えますが、その時の責任を問われ
てB級戦犯として昭和21年9月、マニラで絞首刑となります。
囚われてから処刑までの165日間、洪中将の過ごし方は、他の誰とも違うもので
した。
鉄道技師だった小谷秀三氏は、この時の洪中将に何度か会っていますが、「洪中
将はいつもきちんとした姿勢で、沈思されていました。時に、他の受刑者が、ガー
ドのGIたちと、はしたなくしゃべるのを叱っているのを見受けました。威張らな
いし、戦中も、捕虜になってからも態度の全く変わらぬ人であり、死刑を前にして
覚悟しきったありようは、私には、風格の高い、精神の磨かれ抜いた武士というよ
うに思われました。小生にしてみれば、あの方がなぜ死刑になったのか全然わかり
ません」と回想しています。
そして運命の日、昭和21年9月26日夜を迎えます。
この時、急に入院先の病院から呼び出されて、立会いを命ぜられたクリスチャン
の片山弘二氏に、洪中将は、「聖書を読んでください」と依頼します。しかし、まだ
当時、牧師ではなかった片山氏は、「私は牧師ではありません。一信徒に過ぎないの
で、聖書のどこを読んでいいのか、なんと祈っていいいのかわかりません」と取り
乱します。
すると洪中将は、「いいんだ、いいんだ。ではすまないが、私のお願いするとこ
ろを読んでくれないか。そして一緒に黙祷してくれないか」といって、詩篇51篇
を指定します。
いよいよ時が迫ってきました。この時、ほとんどの人は、死を目前にして「自分
は無罪であって、殺されるいわれがない」ことを訴えて、周りはそれを慰めるのに
必死になるのが通例だったといいます。それは当然といえば当然です。
しかし、洪中将は、聖書を読み、しばらく黙祷します。そして、片山氏によれば
「寸毫の乱れも見せず、『片山君、何も心配するな。私は悪いことはしなかった。死
んだらまっすぐ神様のところへ行くよ。僕には自身がある。だから何も心配するな』
と私は逆に励まされました。時間が来て、MPが近づいてくると、中将は落ち着い
て立ち上がり、『片山君、君は若いのだから、身体を大事にしなさいよ。そして元気
で郷里に帰りなさい』と別れの挨拶をされて」、辞世の句「くよくよと 思ってみて
も 愚痴となり 敗戦罪とあきらむがよし」、「昔より 冤死せしもの あまたあり
われもまた これに加わらんのみ」を残して、従容として刑に服します。
まさに「忠節・礼儀・武勇・信義・質素」の日本の軍人勅諭五箇条に「軍人は言
語を慎むべし」の一箇条を加えた韓国の軍人勅諭(1900年制定)を体現した人生で
した。
〈佐藤栄作総理と洪中将の縁〉
洪中将と佐藤栄作元総理とは不思議な縁がありました。佐藤元総理は、昭和12
年、鉄道監督官として、上海から南京まで華中鉄道の建設に携わった折、興亜院調
査官として華中連絡部にいた洪中将の世話になっていました。戦後、首相となって
から洪中将の未亡人・李情栄女史と長男・国善氏に会った折に、「何かの役に立てて
ほしい」と100万円を渡します。
その後、長男の米国留学を機に、総理からもらった100万円の定期預金と利息数
十万円を元手に未亡人も渡米します。昭和50年5月、佐藤元総理を囲む会で、洪
氏遺族を世話していた小野田セメント・安藤豊禄氏から、遺族の動向を知らされた
佐藤元総理は、「安藤さん、ありがとう。気にかかりながらも立場上、十分なことが
できず申し訳なかった。これで私も忘恩の徒にならずに済んだ」としみじみと述懐
します。その直後に、その場に倒れた佐藤元総理は、意識が戻ることなく6月3日
亡くなります。
この地に生を享けて、人々は、与えられた環境下で精一杯生きていました。これ
は昔も今も変わらないことですが、この時代は、世界中が激動を極め、多くの人々
がそのうねりの中で運命を翻弄された時代でした。その時代に座標軸を戻してみる
と、はじめて当時の人々の生き方が、少し見えてくるような気がします。
桜井 裕子: 慶應義塾大学文学部英文科卒業。PHP研究所、PHP
エディターズグループ勤務を経て、フリーに。主に書籍のプロデュースや
執筆・制作を手がける。
最近の作品は『新・国民の油断』(PHP研究所、西尾幹二・八木秀次)、
『この国を守る決意』(扶桑社、安倍晋三・岡崎久彦)など。
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7.尾関とよ子
地球環境政策形成の世論喚起へ
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「女神テーミス」の警鐘(※)ギリシャ神話の正義の女神。
目隠しをして手には「裁きの天秤」を持つテーミス。あたかも『英知』と『欲望』を天秤
に載せ21世紀の選択を人類に迫っているかのようだ。今、地球環境破壊をもたらした近代
文明のギリギリの分岐点で…。 女神の目隠しは、公正無私な裁きのしるしである。
ギリシャ神話の正義と秩序の女神テーミス(※)は、今、人類への警鐘を打ちならして
いるのではないだろうか。地球環境破壊による生命危機を救うために−。
左手に善悪をはかる「裁きの天秤」をかざし、右手には社会を悪徳から守る剣を持つ女
神テーミスは、人類の「英知」と「欲望」を天秤皿に載せ、私たち人間に21世紀の「選択」
を迫っているのだ。
20世紀の扉が開け放たれて間もない1907年5月、女神テーミスは地球環境時代の幕開
けに向けて1人の女性先覚者をアメリカのペンシルヴァニア州に使わされたにちがいない。
使命を担う女性の名は、レイチェル・カーソン。1962年、農薬禍などの環境問題に関する
きわめて多くの実証的データにもとづいて著書『沈黙の春』を著し、自然破壊への危機を
世界中の人々に訴え、それまでに公の場で指摘されることのなかった農薬の使用禁止につ
いて明解な見解を表明した人物である。自然をこよなく愛し、共生する野生生物たちを温
かく見守るカーソンは著書「沈黙の春」の中で、勇敢に断固指摘している。
「私たちの住んでいる地球は私たち人間だけのものではない。しかし、人間は自分たち
の欲望を充たすためにDDTなどの農薬を使い一緒に暮しているほかの生命に容赦なく破壊
の鉾先を向けてきた。あたり一面殺虫剤をばらまいて鳥を殺す、哺乳類を殺す、魚を殺す。
そして野生の生命という生命を殺し続けている」−と。1874年DDTの合成に成功したパウ
ルミラーがノーベル賞を受賞して半世紀以上が経過しDDT神話にあけくれた頃のことであ
る。
レイチェル・カーソンは、文明の恩恵として、人類が大量の農薬をばらまき農作物収穫
の増大を図ることに大きな疑問を抱いたのである。作物の大量生産をめざし歯止めの効か
なくなった欲望を追い求めている現実の姿がいかに危険であるかを高圧的な批判をものと
もせず、米国を中心とする驚異的な調査を展開して実例と多くの科学的分析データによっ
てDDT(有害化学物質)の恐ろしさを指し示したのである。
そして、カーソンが56歳で没する数年前の1940年代、アメリカにもう1人の女性シー
ア・コルボーンが誕生していた。彼女は、50歳を過ぎてから、動物学博士号を取得、カー
ソンの流れの延長線上で環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質)によるヒトと野生生物の生
殖機能の破壊という極めてドラスティックな現実を白日のもとにさらし出したのである。
時はまさに、世紀末。女神テーミスの使命を受けたかのごとく彗星のように現われたシ
ーア・コルボーン博士は、増大する環境ホルモン禍の実態を訴え、ヒトと野生生物の生命
危機のメカニズムを追究し、超ミクロ化学物質の地球上でのメカニズムが人類の未来を左
右することへの警告を発したのである。
1991年7月、彼女は米国ウィスコン州ウィングスプレッドで「ヒトおよび野生生物の性
発達に及ぼされる化学物質の影響」と題する会議を開催、内分泌攪乱化学物質がもたらす
生殖機能などの破壊問題を提起、「ウィングスプレッド宣言」を発表。その後数回にわたり
合成化学物質による生殖系、脳・神経系、免疫系の異常に関する一連の国際会議を開く中
で研究を進展させ、主要分野で研究を続ける専門家たちと一緒に合成化学物質から生物を
守るための国際活動を始めたのである。そして、1996年3月、シーア・コルボーン博士は、
ダイアン・ダマノスキー氏とジョン・ピーターソン・マイヤーズ氏ら友人化学者2人との
共著『奪われし未来』を出版(初版)、有害化学物質の発がん性と内分泌攪乱の危険性を全
世界に向けて訴え、国際社会に大きな衝撃を与えた。
時を同じくして1997年、三人目の英国女性、デボラ・キャンドバリーは著書『メス化す
る自然』を出版、加えて英国BBC放送の科学番組を製作、映像媒体を通じ環境ホルモン禍
問題を全世界に向けて告発したのである。彼女は17年間にわたり英国BBC放送の映像科学
番組製作を担当、多くの国際的賞を受けた敏腕ジャーナリストとして現在活躍中である。
これら3人の女性の出現によって、人間が生み出した合成化学物質がこれまでに予測し
得なかった新たな環境問題を引き起こしており、ヒトや野生生物への危険な影響が現実の
ものとなっているという想像を絶っする厳しい実態が体系的に報じられたのだ。その結果
としてこれまで無視されていた人間の体内汚染に関する真剣な国際的議論がまき起こされ
ることになったのである。
現代に生きる人々に、女神テーミスはこれら3人の女性先覚者たちを通じてこう語りか
けているのではないだろうか。
「人類は自らの止まるところを知らぬ『欲望』に対し自らの『英知』をもって挑戦しな
ければならない。これ以上の自然環境と人や野生動物の生命体の破壊を防ぎ、破壊した自
然を修復し、次世代に美しい地球を引き継いでいかなければならない。」と−。
正義と秩序の女神テーミスの使命を担うかの如くに現れた3人の女性先覚者たちの悲痛
な叫び声が今、こだましているように思われる。安全で持続可能な文明社会を「グリーン
文明社会」と呼ぶならば人類は今極めて困難なことではあるが「グリーン社会の構築」と
いう重大な「選択」の時を迎えているのである。
果して現代人は、21世紀の扉が開け放たれたここ数年間の間に女神テーミスと「未来へ
の約束」ができるのだろうか。いや、どうしてもしなくてはならなぬと3人の先覚者たち
は真剣なまなざしを私たち現代に生きる多くの人々に投げかけているのだ。
今日、遅きに失した感がアスベストの危険性が社会問題化し深いがその対策が呼ばれて
いる。この期に及び改めて「私たちは自然環境の破壊による異常気象の発生という地球規
模のマクロ的危険に襲われている一方で、有害化学物質による超ミクロの世界で人間や野
生動物の生命危機に直面している」ことを強く認識しなければならないと思う。
環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質)禍だけでなく多岐にわたる人類の滅亡をもたらす
環境問題の迷宮に足を踏み入れた私たちは改めて3人の女性先覚者が指摘する自然破壊の
実態に目を向けながら、「グリーン文明社会の構築」の可能性について自然への恩恵、生命
への畏敬の念を尊ぶ中で論議を深めていきたいものだ。
資料1.農薬使用を中止せよ!!−レイチェル・カーソン
自然への限りなき好奇心と野生生物への愛。ヒトと野生生物は自然のもとでは平等に生
命を燃焼できなければならないと訴えるカーソン。人間の『欲望』が科学の恩恵という美
名のもとに農薬などで野生生物を殺りくすることは人間にとっても自らの「自殺行為」で
あるとの危険性を著書「沈黙の春」などで明確にした。野生生物と人間との共生を土台と
するカーソンの思考と自然のコントロール機能を重視する手法、さらに、カーソンの地球
倫理観などを現代に生きる私たちはより深くより広く学んでみたい。
資料2.持続可能な化学工業へ移行せよ!!−シーア・コルボーン
大いなる好奇心、強固な意志と行動力。そして、21世紀の地球環境政策大変革への強力
なリーダー、コルボーン博士。地球規模の化学的大実験の犠牲になっている多くの人々や
野生生物の異変を調査し、化学者たちとの意見交換を常に行い、生命危機の証拠の多くを
把握する中で、環境規制を明確化する国際法規の制定に全力を尽している。
共著書「奪われし未来」を通じ、コルボーン博士が指摘する地球異変、生殖機能破壊な
どについて整理し持続可能な化学工業へ移行する道を探ってみたい。
資料3.メス化する自然を放置するな!!−デボラ・キャドバリー
「世界は究極の疫病の虜になっていた。不妊がペストのように広がった…妊婦はどこにも
いないこの星では産声がきこえなくなった…」キャドバリーの著書『メス化する自然』の
ショッキングなプロローグは生殖機能破壊に陥った地球の姿を強烈に発信した。環境ホル
モン(学名:内分泌攪乱合成化学物質)の恐怖が広がっている今日、キャドバリーはその
実態を逐一検証し、生殖学の第一線に立つ専門家たちが解明していく姿を追っている。彼
女は、これまで誰も実現することができなかった環境ホルモンをジャーナリスティックに
追跡し、そのあまりにも大きな人類の課題について世に問うた勇敢な女性ジャーナリスト
である。彼女の目ざすものは「正常な生殖機能」の奪還である。
尾関とよ子;人間環境問題評論家
東京都出身 早稲田大学卒業 法政大学卒業
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次回の配信は、8月5日(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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