日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う
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甦れ美しい日本 第 号
発行日: 2005/5/6□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2005年5月7日 NO.012号)
☆☆ 私たちは書きたいから書くのです ☆☆
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< 目次 >
1.佐藤守コーナー 「大東亜戦争の真実を求めて」その9
2.松永太郎コーナー 複雑な世界、単純な法則
3.西山弘道コーナー 「富田木歩のこと」
4.奥山篤信コーナー 民主党代表 岡田克也という人 その1
5.花岡信昭コーナー 「海老沢排除」で終わりなのか
6.有馬尉彰コーナー 日本のケーブルテレビ事業を取り巻く事業環境と変化 ?
=米国通信会社2強時代の次にくるもの=
7.青葉ひかるコーナー 呆れた東大教授 和田秀樹氏
8.山崎行太郎コーナー 反ケインズ主義は反マルクス主義である
9.三村文男(寄稿) 国権を忘れて人権を叫ぶ亡国の声
10.桜井裕子(寄稿) 先人の労苦を貶める「日帝植民地支配」という言霊
11.畠奈津子(寄稿) 「若者よ英雄になろうじゃないかー私の志」
12.間一根 (報告) 「主権回復後五十三周年記念国民集会」報告
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から全部読んでいますが、正義感に溢れ、何よりも奈津子さんの性格を物語る可愛
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1.佐藤守コーナー
「大東亜戦争の真実を求めて」 その9
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こうして見てくると、日米戦は、少なくとも日本側の誰一人として望んでいなか
ったことが浮き彫りになる。ただ、当然のことながら世界情勢上、避けて通れな
くなることが有りうる事は予想し、その場合には敢然として対米戦に踏み切る決意
は固まっていたが、そのための「戦備」はいかにも不十分であった。
一方米国側は、松岡洋右が見抜いていたように、ルーズベルトが選挙時の「不戦
公約」に反して、彼自身は欧州の戦争に「理由」をつけて参戦しようと目論んでいた事
は明らかである。そしてルーズベルト大統領の周辺にはソ連コミンテルンの「回し
者」達がうごめいていた事が戦後になって判明したのであったが、それはあたかも蒋
介石軍の攻撃から必死で逃れようとしていた毛沢東が、ソ連の支援を受けて起死回
生の手段として取った「盧溝橋事件」に、蒋介石と日本軍がまんまと嵌って「想定外」
であったシナ事変が開始された状況にそっくりであった。将に、世界恐慌を契機と
して、燎原の火の如く広がりつつあった「共産主義謀略」の勝利であった。
ルーズベルトが、如何に欧州戦に参加しようと懸命であったかは、真珠湾攻撃後、
直ちに欧州戦線へ参戦したことで明らかであろう。『血は水よりも濃い』のである。
そしてわが帝国海軍の真珠湾攻撃(対米開戦)が、綿密な海軍戦力の造成計画が無い
まま「おっとり刀」で開始されたものであった事は、これ又当時の帝国海軍の戦力造
成計画を見れば明らかである。ここでは帝国海軍航空戦力造成計画の一部について、
海軍省人事局員であった寺井海軍中佐の証言を取り上げる。
寺井中佐は、開戦後米国に抑留され、翌昭和17(1942)年8月に捕虜交換船で帰国
し海軍省人事局に配属される。着任早々省内各課から「アメリカに対する講演」を依
頼されたが「私の講演等は『アメリカの戦力を大きく見すぎ、日本側の戦力を過小に
見すぎるので注意せよ』と上から注意された」という。
寺井中佐はまた、帰国後間もなく行われた歓迎会の席上で、一空連司令官T中将
から『優秀な将校でもアメリカに滞在するとアメリカかぶれして弱音を吐くように
なる』と弱腰をなじられたが、大西中将が『我々の相手はシナ空軍が手頃で、アメ
リカでは手強過ぎる』と助け舟を出してくれたそうだが、「それほど当時は、日米戦
争は楽勝に終わると一般に信じられていたのであった」と述懐している。
昭和18年1月に彼は搭乗員養成を担当することになるが、前任者の申し送り事
項は『ミッドウェー海戦後、搭乗員数が極度に不足し、人員配員は一苦労である』
というものだったから、東大出身の大竹主計大尉に特命し、「搭乗員の現状と海軍が
要求している搭乗員の実情とを調査させたところ大変な不足であったが、特に飛行
隊の中堅幹部である『中隊長級、小隊長級』の、大、中、少尉のパイロットが不足
しており、その実数は所要の30%に満たない」という惨憺たる有様だったという。
一方、彼が見てきた米国では、昭和15(1940)年、ドイツ地上軍が航空兵力と密接
に協同して「難攻不落」といわれていた「マジノ線」を突破し、いとも簡単にフランス
を屈服させたことに驚き、陸海軍首脳部は、近代戦では航空兵力が圧倒的な威力を
発揮すると深刻に受け止め、航空軍備の大拡張に着手していた。ルーズベルトはま
ず「航空機年産5万機」と声明、間もなく「年産7万機」「年産12万5千機」にまで増
産すると声明した。寺井中佐は、「工業力がずば抜けている米国だから、航空機の生
産は間に合うとしても、搭乗員の養成は、如何に超大国・米国でも容易ではなかろ
う」と見ていたところ、米陸海軍当局は、全国の各大学に次々に予備士官訓練団
(ROTC)を設置し、これから搭乗員を養成することにした。陸軍の如きはこれで
も間に合わないと見て、他に軍で採用した搭乗員予定者を民間の飛行学校にまで割
り当てて、その教育を委託するなど、あらゆる手段を用いて航空兵力の増勢に狂奔
していた。これに比べて日本では、学生の動員は実施されておらず「海軍航空の主
力は、平時計画通り予科練出身その他の下士官兵搭乗員であった。この制度は素質
優秀な搭乗員を養成する制度としては我国独特の優れた制度ではあったが、今次大
戦の規模には到底相応しえぬものであったから、当時の搭乗員数は全般的に不足す
るのは当然であった」のだが、これは海軍のみならず陸軍も同様であった。
つまり、寺井中佐によると、「米国は戦争開始以前に既に将来戦を予想して、膨
大な航空機増産計画と、それに見合う搭乗員養成計画を立ててその実現に邁進して
いたのだから、やがて南方諸島に航空戦力を配備し、我に消耗戦を挑んでくるのは
必至だから、我が方の第二段作戦以後の彼我の航空戦力には大きな差が生じてくる
ことは確実で、我が方は『如何に飛行機を作ってもこれに乗る人がいない』という
悲しい状況に陥ることは明らかな状況であった」というのである。 (続く)
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2.松永太郎コーナー
複雑な世界、単純な法則
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話題になっている「複雑な世界、単純な法則」を読んだ(マーク・ブキャナン、草
思者)。
世界の任意の2人は、ほぼ、間に6人を介してつながっているという。おもしろい
ので、自分に当てはめてみると、アメリカ大統領とは2人、古田選手とは一人、女
優のチャン・ツイーとは2人だった(だから、どうということはないけれど)。
アメリカ大統領はおそらくプーチンと知り合いだろうから、私とプーチンの間はた
った3人である。なんとなく景気のいい話である。矢でも鉄砲でももってこいとい
う気になる(ほとんどバカであるが)。私は、自分では、かなり人付き合いの悪い
ほうだと思っていても、これである。6人というのは本当だろう(何回かの実験で
確認されている)。
この場合、間の6人を自分が知っている必要はない。誰かを出発点にすればよい。
このネットワーク構造は、インターネットのワールド・ワイド・ウエッブ(WWW)
や脳のシナプスが発火する経路網と同じである。インターネットの場合、ある集中点
が爆撃やテロなどで破壊されても、情報経路が確保されるように考案された。これと
同じように、脳のシナプス経路網も、どこか損傷を受けても、そこを迂回して、別の
経路がつながり、脳の機能に重大な支障をきたすことが無いようになっている。
ポイントは、規則的につながったグループ(クラスターというが)をランダムにつ
なげることである。これによって、つながりは飛躍的に拡大する。このランダムな
経路がなければ、クラスター同士がつながることが難しく、したがってクラスター
内部の構成要素が連結されることが難しくなる。ただしネットワークをつくりだす
パターンは、いくつかあることが確認されている(大きく分けると階層的なパター
ンと平面的なパターン)。
これは20世紀後半に急速に発達したシステム科学、いわゆる「複雑性の科学」の
一つである。「ブラジルで蝶がはばたくと、ニューヨークで嵐が来る」というセリ
フで有名になった理論で、一見、些細な現象が、雪だるまのようにふくらんでいき、
最終的には巨大な現象となる。こうした発見は、コンピューターの計算能力の急速
な拡大で可能になった。小さな手続き(アルゴリズム)の反復が非常に複雑なパタ
ーンや巨大な現象を生み出す。その一つが「フラクタル」であるが、この構造の発
見によって、河川や樹木や葉脈や海岸線が、どこをとっても、全体と部分が同じパ
ターンを持っていること(これは、手で描いてみても、すぐにわかる)に改めて目
が向けられたのである。
経済学では、収穫逓減の法則が収穫逓増の法則に切り替わった。金持ちはますま
す金持ちになるのは「雪だるま式の増大」によるものである。有名な俳優が出演す
る映画に人が集まるのと同じで、投資先として有望とされた企業にはますます投資
が集中する。結果、会社は発展する。投資するような人間は、余裕のある金持ちで
あるから、高配当を得て、ますます金持ちになる。このようにして貧富の分布を表
すパレート曲線が生まれるというわけである。パレート曲線は、インターネットの
ノードとリンク数の関係を表すグラフと同じになる。ネットワークの全リンク数の
8割がごく一部のノードに集中するのである。経済学では、アダム・スミス以来、
人間は合理的な思考に基づいて、行動する、したがって「見えざる手が働く」とい
うことが前提になっているが、実際は、人間のちょっとした心理にもとづく反復的
な行動が、巨大な現象を生み出すのである。ネットで、サイトのヒット数が、ある
ティッピング・ポイント(臨界点)を超えると飛躍的に増大するのと同じである。
社会学でも、たとえば、近隣において、自分が人種的に極端な少数派になりたく
ない、という気持ちが結果的に黒人と白人の住民分布を分けることが確認されて
いる。これは人種差別の問題以前の問題であり、観念的なイデオロギーでいくら
人種差別はいけないと叫んでも、「問題」は解決しない。
こうした考え方の多く(「フラクタル」や「ネットワーク」)は、しかし仏教におい
ては、昔から言われてきたことである。仏教においては、ここの事物には、いわゆ
る実体はなく、縁すなわち関係性によって、現象は生起(縁起)するといわれてい
る。これは今のネットワーク科学の基本的な考え方に一致する。ネットワーク科学
では、構成要素に実体がないとはいわないが、その関係性が全体の集合の現象ない
し性質を決定する、と考える。したがって、ある全体は、その個々の構成要素の性
質だけに還元できない。
また有名な華厳の考え方(それがもっともはっきり現れているのは「金獅子の章」
では、常に部分と全体は一致する。そして部分は全体の関係性を映し出している鏡
なのである。
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3.西山 弘道
「富田木歩のこと」
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皆さんは富田木歩という俳人をご存知だろうか。足が不具で、極貧の中、
天才的な句を詠み、関東大震災でわずか27才の生涯を閉じた薄幸の俳人で
ある。今時、何をマイナーな話しを、という人もいるであろうが、暖衣飽食
の今こそ自分を律する意味でも、薄幸な俳人の生涯を聞いてもらいたい。
富田木歩(もっぽ)は、明治30年、東京は向島で生まれた。本名は一(はじめ)
だが、2才の頃、結核菌の影響で両足が不具となり、部屋の中をいざること
しか出来なくなった。家は父親が早く死に、母親と一人の兄、2人の姉、
一人の妹、そして一人の弟がいたが、二人の姉は極貧から苦界に身を沈め、
弟も聾唖者という悲惨な家庭だった。木歩は、歩くことが出来ないため、
学校に通うことも叶わなかった。しかし、向学心は強く、家にあったイロハ
かるたで文字を覚え、10才の頃からは、俳句にも興味を持ってきた。
その頃、家は向島小梅町で小さな駄菓子屋をやっていたが、木歩は留守番
のかたわら、句作に熱中した。
「背負われて名月拝す垣の外」
久しぶりに人に背負われて見た月、その時の喜びを詠った句である。
「木歩」という俳号も、自分を支えてくれた木の杖がもう使われなくなって
庭に放り出されていたのを見つけて、自嘲して付けたものである。木歩に
俳句仲間が出来た。新井声風という、同年代の慶応大生だった。二人は句誌
を出したり、形影相伴う親友となった。しかし、木歩は20代半ばの頃から
結核に冒されるようになった。それは、すでに結核に罹っていた妹が狭い
屋根の下で寝たきりの生活をおくっていたからであり、彼女からの伝染で
あった。その妹もまもなく死ぬ。そして、今度は聾唖だった弟が隅田川で
水死するという不幸が重なる。
大正12年9月、関東大震災が起こる。木歩がいた本所、向島の下町一帯は
火災が発生、多くの犠牲者が出た。木歩の身を案じた親友の声風が本所に駆け
つけると、家の人に背負われて何とか逃げ出した木歩が隅田川の土手に避難
していた。ホッとしたのも束の間、火の手が土手に迫ってくる。声風は木歩を
背負い逃げようとしたが、火の周りが早く、このままでは二人とも焼け死ぬ
恐れが出てきたので、やむなく声風は木歩を土手に残し、一人隅田川に飛び
込んで難を免れた。しかし、取り残された木歩は焼死した。27才であった。
声風は、木歩を残したことを一生悔やみ、彼の作った句を多くの人に知って
もらうことを生涯の仕事とする。天才俳人の句が今でも残り、人口に膾炙して
いるのは、声風のおかげである。
木歩が遭難した、隅田川土手近くの向島三囲神社には、今でも彼の句碑が
ひっそりとある。勿論、声風が建てたものである。
「夢にみて死もまたなつかしや冬木風」
私もブラッと隅田川に出かけた時、木歩の句碑にお参りする。「夢をみると
死んだ昔の懐かしい人々と沢山出会える。死もまたいいかもしれない」
暖衣飽食に浸り、自堕落な生活をおくっている私に、薄幸な木歩の句が痛みと
ともに突き刺さってくる。
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4.奥山篤信コーナー
民主党代表 岡田克也という人 その1
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岡田克也氏が民主党代表になった後、どこかのテレビ番組でのインタビューで岡田
氏が詰め込み教育をナンセンスと決めつけその例として、大学受験に年表が出る、
即ち何年に何が起こったか、こんなことはその都度本を参照すればよいのに丸暗記
させられている、と話していた。そこで私は、この人は中高での教育の方法(詰め
込みこそ大切であり、ゆとりこそ失敗であることアメリカですらすでに経験し反省
した)について、あの『個性尊重』という戦後左翼の謳い文句から全く脱し切れて
いないことはもとより、歴史とは何かが全然理解できていない人だと感じた。即ち
歴史とはこの年表の理解が極めて大切であり、それがある程度頭に入っていないと、
歴史空間の連続性というものが体得されないのが第一点、それと日本史と世界史を
体系的に理解するうえで体得された年表というのが、日本の世界での位置つけをみ
る上で極めて大切であるという第二点がわかっていないということである。ここか
ら演繹すれば、岡田氏にとって歴史というものは学ぶ必要も無い過去の遺物であり、
戦後偏向教育の結果勝手に思い込んでいる東京裁判史観が全てであり、それ以前の
歴史を完全に切り取って考えてもなんら差支えないという、岡田氏の政治姿勢が明
瞭に理解できる。靖国ひとつとっても、自分が総理になったら靖国神社に参拝しな
いとご丁寧に今から宣言する一方で、中国や朝鮮半島に媚びるように、国益など微
塵も頭にない国会での、首相の靖国参拝の執拗なる追及など、この人は一体何処の
国の政治家か、それに祖国の日本史を勉強したことすらないとではないかと思うほ
どである。
国益の点では、先ほど来日したハワード豪首相にわざわざ面談し中国の反日暴動に
ついて、背景を小泉首相が考えるべきだと、この暴動が官民一体の大芝居であるこ
とも見抜けない音痴ぶり。豪首相自らが戦後60年もたって、日本が平和の道を歩ん
でいるのに中国の言い分がおかしいと言ってくれているにも拘らずだ。これは岡田
氏に限らず、菅直人氏や前原誠司氏にも言えることだが、利敵行為が甚だしいのが、
民主党など野党であり、国家の名誉にかかわる問題だと左翼から右翼まで一致団結
するフランスなど普通の国とは程遠い見苦しさだ。
さて、岡田代表が次期衆院選に向けてまとめた外交・安全保障政策提言案「『開か
れた国益』をめざして」の全容が4月29日、明らかになったが、案の定
『日本の外交が「場当たり的」で、中国、韓国、北朝鮮に対する外交が行き詰まっ
ていると指摘。「日本の国益を国際協調的に実現していく『開かれた国益』」を目
標に掲げ、構想力を持って外交に取り組む必要性があるとした。 アジア外交では、
近隣の中国、韓国との信頼醸成を緊急の課題と位置づけた。過去の植民地支配など
を「謙虚かつ率直に反省したうえで、未来志向の関係を構築する」ことを民主党政
権の共通認識とするとした。具体的には戦没者などの追悼のための国立施設建立を
盛り込んだ。
などとまさに中国、朝鮮半島迎合、追従政策であり、中曽根政権以来朝貢、叩頭外
交に終始した歴代の内閣と全く変わりのない自虐史観の信奉者の証明である。民主
党の西村真悟氏が4月29日の真悟の時事通信にて、与野党問わず、小泉首相がバン
ドン演説で踏襲した、あの歴史を歪曲した『村山談話』について、これを賛成する
か否かで仕分けすればすっきりしたものになると述べているが、その通りと思う。
今自民党であろうと民主党であろうと、全く基本理念が内部でばらばらであり、村
山談話基準(靖国参拝vs国立追悼施設かでもよいが)政界再編成すれば国民にと
ってもすっきりした形となるはずである。 (続く)
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5.花岡信昭コーナー
「海老沢排除」で終わりなのか
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筆者の周辺にはNHK嫌いが多い。それを承知であえて書く。一連のNHK問題
は番組制作をめぐって政治介入があったかどうかが主テーマであるはずであった。
それがどこかでねじまがった。会長辞任に追い込まれた海老沢勝二氏の「独裁体制」
が諸悪の根源として位置づけられたのである。
悪玉をつくって徹底的に攻撃するというのが日本人の好む手法である。いわゆる
善玉―悪玉論、ステレオタイプといわれる構図だ。かくして、「エビジョンイル」と
までいわれた海老沢氏を引きずりおろし、一般庶民は溜飲を下げたのである。
その結果、何が残ったか。NHKの体質は変わったのか。公共放送たるにふさわ
しい番組が一気に増えたのか。増えたのは受信料不払い者だけではないのか。
筆者の立場を明確にしておかなくてはなるまい。海老沢氏は筆者にとって、政治
記者の先輩であり、早稲田の先輩である。その素顔は言われているような「独裁者」
とはほど遠く、どちらかといえば、茨城弁が抜けないシャイなタイプである。
部下の解説委員が社屋から飛び降り自殺したことがあった。その通夜の席で、海
老沢氏は涙をこらえながら、最後まで沈痛な表情で座っていた。政治部出身者の重
用が批判されたが、部下思いという点では人情家でもあった。
したがって、筆者の「海老沢評」は割り引いて受け止めてもらって結構であるし、
これだけの騒ぎを起こしたのだから、最後はトップが責任を取らなくてはならない
という点も認めないわけではない。
であるにしても、朝日新聞が書いた「政治介入」問題はなんらの決着もついてい
ないし、新体制になったNHKの番組が劇的に変わったということもない。
NHKの問題はその「偏向報道」にあったのではなかったか。「日放労支配」とい
われた報道現場は海老沢体制下でずいぶん是正されてきたはずなのだが、その日放
労が海老沢氏糾弾で息を吹き返したとなれば、これはもうマンガである。
大事件、大災害が起きれば、通常番組を吹っ飛ばして延々と放送を続けるのがN
HKである。阪神大震災で、あるいは新潟地震で、人々はNHKの放送を頼りにし
たのではなかったか。
NHKは公共放送の原点に戻るべきである。民放と一緒になって視聴率競争を展
開しなくてもいい。その国際的な取材能力をフルに生かして、たとえば、総合テレ
ビで毎定時にニュースを流すといった抜本的な番組改編に乗り出してはどうか。
衛星放送も含めチャンネルをいくつも持つのだから、ひとつはニュース専門局に
してもいい。欧米主要テレビニュースの同時放送のほか、国内でも官房長官や主要
大臣の定例記者会見、国会の各委員会や主要政党の党大会の中継など、政治がらみ
だけでもコンテンツはいくらもある。中継されているとなれば、政治家の意識も変
わる。CNNと同じ次元で論じられるようになって、はじめてNHKの復活への一
歩がスタートするように思える。
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6.有馬尉彰コーナー
日本のケーブルテレビ事業を取り巻く事業環境と変化 ?
=米国通信会社2強時代の次にくるもの=
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米国 AT&Tが分割され、セブンシスターズといわれるベルオペレー
テイングカンパニーが生まれたのは1984年、そして日本のNTTが民
営化されたのは1年後の1985年であった。それから20年、AT&Tは
地域通信網米国2位のSBCコミュニケーションズの傘下に入り、5月4
日の日経報道では、米国地域通信最大手のベライゾンコミュニケーション
ズがMCIを傘下に納めた。MCIは数年前に日本にも進出して勇名をはせ
た且ってのワールドコムである。
世界の代表的な電話事業、あるいは、ベル研究所を通じてトランジスタ
を開発したり今日の情報社会をリードしてきたAT&Tが、ついに終焉す
ることになった。これは、米国が、コンピュータ社会から新たなコミュニ
ケーション社会に入ったということを意味するであろう。今回の買収で明
確なことはいずれも地域通信網会社が、長距離電話会社を買収してきたと
いうことである。なぜ長距離は、地域通信網に勝てないのか、勝てなかっ
たのだろうか。20年前にAT&Tを分割したときには、通信の役割は時
間、空間を超えることがもっとも必要とされる優れた通信能力であり、米
国の広大な国土を長距離通信として任せることの出来る力を持つのは、親
会社のAT&T以外には考えられないと判断しても不思議ではなかったと
思う。
しかし、この20年に時代は変わった。経済社会システムが、工業社会
から情報社会に変わったのである。工業社会では中央から大量の情報を地
方や、支店に一方通行で流すことが必要であった。その情報は出来るだけ
高品質で多量であっても均質であることも条件でもあった。たとえば、米
国の3大ネットワークも日本のキー局といわれる地上波テレビ局もクル
マや家電製品に関する情報を優れたコマーシャルのカタチでいち早く全
国に届ける役割を果たしてきた。その意味で彼らは工業社会を支える優れ
たサブシステムとして機能してきたといえるであろう。しかし、クルマや、
家電、そして化粧品などの工業製品があまりにも華やかで情報量も多かっ
たために放送局自身がそのリフレクトで、大きく見えたりしてきたことも
事実だろう。だが、実際には、日本でいえば、民放各社を集めてもNTT
一社の総収入にはるかに及ばなかったのである。
さて、こういった工業社会に必要な役割と動きは情報社会がその姿を現
わすにつれて次第に曇ってきた。
点と点を結ぶ長距離通信の役割が相対的に逓減してきたのである。それに
は、技術発展の果たした役割も大きいだろう。長距離のコミュニケーショ
ンがさほどたいそうなことでなくなってきたのである。いかに整備された
都市間を結ぶ高速道路が優れていても都市でクルマが自由に乗り降りす
るランプがなければいわば空中に浮いたも回廊も同然で全く意味を成さ
ないだろう。情報が、緻密にやりとりされることが必要とされる状況が出
現すると点と点を結ぶ巨大通信会社であっても、地域で各家庭や事業所に
線を細かに結ぶ地域通信会社の立場が相対的に有利になって浮かび上が
ってきたのである。ここ10年ほどの勝ち組といわれるシスコシステムズ
や、デルコンピュータは、ネットワークを駆使して世界のあらゆる都市か
ら受注情報を集め、ネットで発注し、品質管理をも行っていることは、生
産システムそのものが且つっての工業社会とは異なってきておりそれに
伴って企業組織の在り方すらも変わってきているのである。
もちろん、コミュニケーション社会を実現してきている背景には、人々
が、マイクロチップを多用して通信能力の不足を補うという最早時代遅
れとなり始めている仕組みが、新たに出現してきたコミュニケーション能
力をはるかに高める技術によって克服されたことも大きい。しかしこの情
報社会の到来によって人と人、事業所と事業所を結ぶ最後の通信回線、こ
れをラスト・ワンマイルと呼ぶが、これを持つか持たないかが重要になっ
て来たのである。もちろんAT&Tもそれに気付かず状況を放置して20年
間来たわけではない。ラスト・ワンマイルを手に入れるために様々な巨大
な投資を繰り返してきた。一時期、全米最大の携帯電話会社であったマッ
コウセルラーを買収したこともあったし、近年では、これも全米最大の
ケーブルテレビ会社 TCIを買収したのも全て、ラスト・ワンマイルを
自ら持つことが、情報社会、コミュニケーション社会に生き残るために
必要な手形であることを熟知していたからである。(続く)
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7. 青葉ひかるコーナー
呆れた東大教授 和田秀樹氏
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いやあ、驚きました。この方、確か東大卒の精神科医ですよね。5月2日(月)天
下(?)の日経新聞紙上で余りにも滑稽なことを主張されているのです。こんな記
事を読むとなんだか精神異常になりそうです。和田氏に診ていただく患者さんには
気の毒で同情したくなります。とにかく和田氏が仰っていることは、「相続税を10
0%にして相続を認めない社会を作るべし」ということなのです。
アメリカのブッシュ大統領は確か数年後には相続税をなくすと宣言なさったように
記憶しています。今でも、富裕層から社会への寄付が多いアメリカでは、ブッシュ
大統領の「相続税0%政策」で今後ますます社会貢献が増えることでしょう。
ですから、和田氏の主張は全く逆の政策提言です。何を根拠にこんなことを仰るの
でしょうか。勿論、個人的な哲学の問題で「子孫に美田を残さず」といって、自分
が亡きあとは、子供にびた一文残さないという生き方をなさる方もいるでしょう。
それに、残したくない方は、社会に寄付をすれば良いだけなのです。そういう自由
は日本国にはありますし、そのような大変奇特な方も世の中にはいらっしゃるので
す。つまり、ご自分の美学の問題で、政策マターではないですよね。
本来、自分のものを出来るだけ愛する家族に継承して欲しい、残したいというのは
人間の自然な気持ちでしょう。ですから、人間性に背いた行為というのは続かない
ものなのです。勿論何事にも例外があることは当然ですよ。
日本人の多くが社会主義的な思想に引き込まれていることは事実ですから、だから
こそ、早く法律で私有財産の保護を明確に、国家が収奪し得る上限を明記すべき時
でしょう。いえ、収奪してはいけないのです。
現在、日本の相続税の最高額は70%です。これによって、どれだけ多くの国民が
苦しめられ、日本の文化でもあった、美しい街並みが破壊されてきたのでしょうか。
法律とは恐ろしいものですね。東京でも文化的、歴史的、環境的に価値ある建物も
ほとんど更地にされています。この残酷さこそ社会主義の残酷さということになり
ます。日本の文化は家庭の中、家の中にあるといっても良いでしょう。いえ、かっ
てはあったということですよね。日本の「家」文化などというものはすでにほぼ完
全に破壊されてしまってますから。
社会主義国家のように、私有財産を相続することを冒すべきではありません。
わたくしの尊敬する偉大な政治家マーガレット・サッチャー女史は見事なスピーチ
をしていました。「みなさん、金持ちを貧乏にしても貧乏人は金持ちにはなりません。
金持ちがいるとむしろ貧乏人は助かるのです」「金持ちが許される社会でのみ自由は
保障されるのです。」と。
そうです。独裁国家に自由はありません。かって、イギリスは世界で最も豊かな国
でしたが、戦後社会主義政策を行い、高税率で金持ちを潰し、見るも無惨な貧乏国
になりました。ですから、サッチャー女史の理論的な確信が、再びイギリスを蘇ら
せたことは、世界の知るところです。そういえば、社会主義国家・日本には、大金
持ちはいませんね。小金持ちはいるようですが、累進課税でみんな貧乏人になって
しまったようです。皆平等といえば聞こえはいいですが、繁栄する国家とは反対の
方向に向かっているようです。
活力ある国家になるためにも、今の日本の税制を根本的に見直すことこそ急務であ
るともいえましょう。
親が生きているときに真面目に税金を払ってきて、家だけが残された相続者である
そこに住む貧しい人々から、親の家をむしりとる国家とは何なのでしょうか。
家を残したくない人は、寄付をすれば良いだけ。残したい人からむしりとり、税金
のために借金をも抱えさせる国家などあってはなりません。このことは日本中に毎
日起こっている悲劇です。私有財産を否定する社会主義思想にたって国作りをすれ
ば、どうなるか。旧ソ連・東欧社会が証明しているではありませんか。
そういえば、皇后陛下美智子様のご実家があった場所を、今日も通りました。数年
前、近所の多くの方の反対運動にもかかわらず、取り壊されたところです。正田家
が相続のために家と土地を国家に物納し、それを、財務省の役人が壊してしまった
のです。この官僚の仕業は犯罪に等しいことでもありましょう。
更地の買い手は品川区。造成されたご実家跡地の品川区立公園を目にするたびに、
わたくしは、あまりのお粗末な姿になった跡地を見るに哀しくなります。
「合歓の木公園」と名付けられていますが、「初めて民間から皇室のプリンセスにな
られた方の歴史あるご実家」としてなぜ、お屋敷を保存できなかったのでしょうか。
更地に木を植えて、いったい何が残ったのでしょうか。歴史的にも価値があり、そ
れにご成婚の時、何より全国民の脳裏に焼きついた正田家のお屋敷と門構えを、国
民の誰が「壊す」ことを望んだのでしょうか。
時の総理大臣小泉純一郎と財務大臣塩川正十郎は、歴史に汚名を残しました。大義
名分は「皇后さまのご意志」ということでしたが、皇后様が、物納されて国家の持
ち物になったご実家の建物を「残してください」などとどうして仰ることができる
でしょうか。仰るはずもありません。
そのお気持ちを慮ることもなく、いやそれよりも、多くの国民の願い、ご近所の方
の意思も無視した愚策が、何か美しく意義のあるものにでも変わったのであればま
だしも、貧弱な公園を作ることが目的とは、なんと情けないことでしょうか。
文化もへったくれもありはしませんよね。「覆水盆に返らず」の愚行でした。
余談ですが、当時、解体業者はご近所の方の激しい取り壊し反対運動もあり、また
壊すのは忍びないということで取り壊し作業を「辞退」しました。普通の国民の感
情ですよね。2番目の業者も辞退しました。その後、3番目の外国籍の業者が取り
壊しました・・・・・。因みに、イギリスでは夏目漱石が下宿したところも記念に
残しています。我国は皇后様のご実家、歴史的文化をも壊す愚、こうやって、日本
の政治家や官僚は美しい文化や歴史を破壊していくのですね。
父母の住んだ家や土地を税金が高いがゆえに持ち続けることができない国民。この
悪税をなくすことは大きな大きな政治の課題ですね。
累進課税という悪税も相続税と同じ悪税です。渡部昇一氏(上智大学名誉教授)は
所得税のあり方として全国民「一律一割」を主張してらっしゃいますが、理にかな
った正しい政策だと考えます。こうすれば、シンプルですし税収も増えます。節税、
脱税する人がいなくなる、大変人間的なシステムだからです。
高い税金は必ず国を衰亡に導くことは歴史が証明していますから、高税率は、国家
の存亡にもかかわる大きな政治の問題です。良い家庭の集まりが良い国家ですから、
家庭を破壊する税率は正すべきでしょう。
金持ちのいる社会が文化や芸術や商品を創り、それが社会へでて製品化され広く行
き渡り、庶民の選択の自由も起きてくるのです。ベンツを買う人がいるから、ベン
ツの工場で働く人がいて、技術が向上するということですよね。
ベートーベンもモーツアルトも貴族がいて美しい音楽がうまれました。
わたくしの尊敬するサッチャー女史は自らを「信念の政治家」と言っていましたが、
その一部を再度ここに記します。
「強者を弱くすることによって弱者を強くすることはできない。」
「金持ちを潰すことによって貧乏人を助けることはできない。」
「強者がいなければ、弱者の面倒を誰が見られるのか。」
「成功するものを抑え込むことは、援助を必要とする人を罰するに等しい。」
マルクスの共産党宣言と同じように相続権の廃止を仰る方は、ソ連・東欧の崩壊の
理由は、人間性に反する経済体制であったことをお忘れでしょうか。この明白な事
実は、今や世界の誰もが認める時代ですのに。
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8.山崎行太郎コーナー
反ケインズ主義は反マルクス主義である
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マルクス主義は東欧やソ連の解体消滅とともに一挙に権威を失った。日本の大学の
経済学部からも「マル経」の経済学者達は次第に淘汰され消えていった。いま、「マ
ルクス経済学」を標榜する経済学者は絶無に近い。では、彼らは何処へ消えたのか。
おそらく彼らが、「隠れキリシタン」として「近経」グループに、特に反ケインズ主
義を標榜する「アメリカ新古典派」グループに合流し、ジャーナリズムや学界、政
界、官界を侵食し支配する昨今の「反ケインズ的経済論戦」(自民党批判)の中核部
隊を形成していると思われる。古典的な旧自民党的な「ケインズ主義的総需要拡大
路線」の経済政策を声高に批判したことが評価されて法大教授から慶大教授に栄転
した金子勝などがそれだろう。
そもそも彼らは、マルクス経済学者と言いながら、厳密に言えばマルクス主義その
ものを正確には理解していなかった。だからこそ、東欧やソ連という共産主義やマ
ルクス主義を標榜する国家の解体消滅は、必ずしもマルクス主義の解体消滅を意味
するものではなかったにもかかわらず、政治的な勢力としてのマルクス主義の解体
壊滅とともに、一挙に転向せざるを得なかったのである。つまり彼らが信奉してい
たマルクス主義はロシア・マルクス主義であり、さらに遡れば素朴な科学主義とし
ての「空想から科学へ」というエンゲルス主義、あるいはレーニン主義であった。
無論、マルクス自身はそんな素朴な科学主義者ではなかった。
マルクスは、資本主義のメガニズムを解明しようとした思想家であって、エンゲル
スとは異なり、いわゆる「資本主義から共産主義へ」の経済学的な歴史的発展図式
を空想する楽天的な思想家ではなかった。資本主義の危機と本質を解明しようとし
たマルクスがケインズに似ているとすれば、エンゲルスは、同じように経営者出身
であったシュンペーターに似ている。生産システムや科学技術の改革や進歩(政治革
命と構造改革・・・)によって資本主義の危機は乗り越えられると素朴に確信してい
たからだ。転向マルクス主義者たちと、新古典派の「反ケインズ主義」が結びつく
接点はここにあった。もしマルクス主義がエンゲル主義だったとすれば、マルクス
自身はマルクス主義者ではなかった。
マルクスは実体論的思考を批判し、関係論的思考の可能性を探求した哲学者であっ
た。商品や貨幣に潜む神秘が、マルクスをそういう哲学者へと導いたのである。サ
ルトルが、「マルクス主義は乗り越え不可能な哲学だ」と言ったのはそういう意味で
ある。しかし多くのマルクス主義者、マルクス経済学者たちは、依然として素朴な
実体論的な思考の中にある。それが反ケインズ主義と結びつく根拠となっているの
である。無論、古典的な自民党的経済政策を先導していた経済思想は、そういう素
朴な実体論的マルクス主義からの批判を重く受け止めながらも、あくまでもケイン
ズ主義的な関係論的思考を重視する経済思想であった。(「マルクスとケインズの共
通性と差異性」9)
ブログ日記 http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/
ホームページ http://yamazakikoutarou.gooside.com/
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9.三村文男
国権を忘れて人権を叫ぶ亡国の声
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久しぶりに国籍条項という言葉が新聞に出てきたので、どこかの地方公務員のこ
とかと思つたら、人権擁護法案だと知つた。
その記事から感じたのは、だらだらと審議が続いているという印象であつた。とこ
ろが「諸君;正論」の五月号を読み、さらにメルマガ桜井裕子氏のリポートを知
り,容易ならぬ事態であると感じたので筆をとつた人権侵害は現行法でも処罰さ
れるが法案は人権擁護の名のもとに、社会構造の変革を進めるのが目的のようだ
。法務省の外局として人権委員会を設置する.5人の委員がこれを構成して,人
権侵害の有無を判断する。その事務局の地方機関として地方事務所をおき人権擁
護委員が所属する。この委員は人権委員会が委嘱し,定員2万人を限度とする。
その推薦は市町村長が住民の中から,人格高潔人権に関して高い識見を有する者
とか、弁護士会員,人権擁護を目的とする団体職員などから、市町村議会の意見
をきいて行うというのだ。国籍条項とはこの場合,住民であれば中国人でも北朝
鮮人であつても差し支えないということであつた。
法案の禁じる「不当な差別的言動」とは「相手を畏怖させ、困惑させ、または著し
く不快にさせる者」とあつてそれを判断するのは人権委員会に訴えでた被害者の
主観である。現行法では加害者とみなされた者をしらべるのに、しかるべき法的
手続が必要であるが、この法案ではそれがいらない。差別的言動を人権委員会が
受理すれば、事務局の職員が裁判所の令状なしで容疑者に出頭を求め,事情を聴
取し「人権侵害」に関係ある文書その他の物件の提出を求め押収できる。人権委
員会の判断で必要な場所には事務局の職員が立ち入り,文書その他の物件の検査
や関係者への質問が令状なしでできる。従はなければ30万円以下の科料だ.戦
前の特高刑事やソ連のKGBがはびこつた時代を連想させられる.現代の国会議
員がこんな困つた社会の現出を考えているのだろうか。
中韓両国首脳は日本の歴史教科書の内容にくちばしを入れ,首相の靖国神社を「や
めなさい」と面とむかつていわれた外相はだまつて引き下がる李承晩時代に韓国
が略取した竹島は,国際司法裁判所に提訴するのみで実働支配に任せ,島根県の
制定した条例に対して,韓国の反日騒動があつても日本の首相は,「冷静に」と
いうのみ.在外公館に被害を与えた中国民の暴動に,先方は謝罪しないのみか、
非は日本にあるとまで公言して,首相の靖国神社参拝をやめろという。これだけ
の主権侵害を看過して、まともな独立国といえるだろうか。国家主権なくして国
民の人権は無い,人権擁護法案の如きに心を奪われていては,日本の国は滅亡だ。
三村文男;神戸市出身 満州帝国建国大学中退 一高を経て東京帝国
大学医学部卒業
開業医の傍ら著作、評論多数 米内光政と山本五十六は愚将だった
(テーミス)神なき神風ー特攻50年目の鎮魂ー(テーミス)など
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10. 桜井裕子(寄稿)
先人の労苦を貶める「日帝植民地支配」という言霊
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今や、朝鮮合邦は、内外の人々から、わが国近現代史における“最大の汚点”の
ようにみなされています。
朝鮮半島の人々は、口を開けば「日帝支配36年」と怨み節のように言います。
先般、小泉首相は、アジアアフリカ会議で、「わが国はかつて植民地支配と侵略で、
アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と演説しました。
この官僚作文のベースになったのは村山談話(1995年8月15日)ですが、振り
返れば、23年前の鈴木善幸首相(82年8月26日)、中曽根康弘首相(83年9月
7日)、竹下登首相(89年2月27日)、海部俊樹首相(90年5月24日)、宮沢喜
一首相(92年1月17日)、細川守熙首相(93年8月10日、11月6日)、羽田孜
首相(94年6月15日、辞任後も95年9月8日付朝日新聞「論壇」に謝罪の趣
旨で投稿)、橋本龍太郎首相(96年6月23日)、小渕恵三首相(98年10月8日)
と、歴代首相が同工異曲の文言で、わが国の朝鮮に対する植民地支配にお詫びと
反省を表明しています。
しかし、本当に、わが国は朝鮮に対して罵詈雑言を浴びても仕方のないような施
策をしたのでしょうか。ここで少し、振り返ってみたいと思います。
1.朝鮮の財政再建
1910(明治43)年8月23日、日本は大韓帝国と「日韓併合に関する条約」に調
印し、日韓合邦がなされます。これに対して最も異を唱えたのは伊藤博文公でし
た。その理由は、「朝鮮併合後は、日本の国力を超えた莫大なカネがかかる」とい
うことでした。
実際、合邦前の李朝末期の朝鮮は、近代国家としての財政制度や国家会計予算制
度すらなく、歳入・歳出はすべてどんぶり勘定、宮廷と国家の財政も区別できず、
国家財政は破綻していました。朝鮮政府や宮内府高官の汚職蔓延が元凶でした。
この崩壊寸前の朝鮮を合邦した日本政府は、大韓帝国財政顧問として大蔵省主税
局長・目加田種太郎を抜擢します。わが国政府からの補充金は、奨励金も合わせ
て、朝鮮合邦後、終戦にいたるまで24億3千万円に達しています。これは当時
の1円を3万円として換算すると73兆円になります。
目加田氏は就任から3年で、宮中と府中の財政混同を区別し、中央政府・地方官
庁の年間予算を編成する一方で、税制・徴税機関を改革し、徴収員や納税者の不
正(隠戸)を摘発します。さらに土地調査を行い、官吏と地主の結託による隠田
の発見と適正な課税を行います。
李朝末期には、社会の血液ともいえる貨幣は官吏と鋳造を請け負った工匠が結託
して私的鋳造を繰り返し、悪貨が良貨を駆逐していました。そこで目加田氏は貨
幣整理を断行して、金本位制とし、発行貨幣を日本国内と同一にすることで、朝
鮮の経済開発と国際通商の基礎を築きます。同氏は、農工銀行・金融組合の創設、
税関の新設や港湾の整備など、財政金融近代化を図り、産業開発から貿易振興ま
で目覚しい実績を挙げます。
2.インフラ整備
李朝末期まで、主要幹線道路においても、かろうじて人馬が通れるくらいで、京
城(ソウル)でも交通手段は駕籠か馬ぐらいでした。河川には橋もなく渡し舟に
頼っていましたが、合邦後は、道路、港湾、空港の整備・建設が疾風怒濤の勢い
で行われたことで、朝鮮はアジア第二の交通発達国家になりました。
朝鮮半島での鉄道経営は、日清戦争後に始まりますが、1906年、統監府に鉄道管
理局が設置され、終戦時には総営業キロ数6千6百キロ、機関車1160両、駅762
箇所に及びました。乗客数も、1910年に20万人だったのが、1944年には1億
637万人に上っています。港湾は、1944年までに、通商港14、指定港38、関税
指定港9、地方港326が整備されました。
朝鮮総督府が、これらのインフラ整備にかけた金額は、土木費合計6億4千万円、
道路・港湾修築費2億4110万円、鉄道建設改良費21億8364万円に上りました。
3.治山治水・農業振興
合邦前の朝鮮半島は、植林をしないために山野が荒廃し、旱魃と洪水による河川
氾濫の繰り返しでした。加えて火田民(焼畑農民)が山野を焼き払って自給自足
生活を送っていたために、山という山は禿山と化していました。
初代朝鮮総督・寺内正毅は、半島の治山治水に最も尽力しました。営林署を設置
して山野の復旧造林に着手し、植林と砂防工事も朝鮮全土で実施されました。
1915年には治水調査を開始し、5000万円の予算で気象や水位の実測調査が行わ
れています。
これによって、朝鮮はそれまで水利灌漑のない雨水依存の天水水田でしたが、水
田面積は84万7千町歩(1910年)から162万町歩(1928年)と倍増します。
朝鮮は、儒教的色彩の濃い社会で、両班は労働蔑視を旨とし、不労所得をもって
善しとし、農民からの強奪や搾取で生計を立てていました。
5代目総督・宇垣一成は、農村振興に力を入れ、「心田開発、物心一如、自主自立」
のスローガンに掲げました。上からの一方的な農業改革ではなく、農民本位の視
点から物心両面で農民の自立を実現する振興運動を展開し、人材育成とともに家
計簿の普及やハングル講習会など、広範な啓蒙・啓発運動にまで発展していきま
した。朝鮮の人口も、合邦当時の1312万人から1944年には2512万人と倍増し、
平均寿命は24歳(1910年)から45歳(1942年)に21年延びています。
4.教育制度の確立
李朝時代、読み書きができるのは士大夫、両班に限られ、習字と素読を教える寺
子屋の児童総数は人口の1%の14万人でした。
文明開化に熱心だった日本政府は、原敬内閣(1918年〜)以降、「一視同仁」の
観点から、朝鮮半島でも内地と同様の教育が確立されました。教育普及政策は、
長谷川好道総督時代に「三面(村)一校」が実施され、1929年からは「一面一校」
政策になり、1944年には国民学校は5213校、生徒数は239万8千人にのぼって
います。
高等教育では、大阪帝大や名古屋帝大に先駆けて1924年京城帝国大学が設立さ
れています。日経連会長・櫻田武氏は29年前に、「韓国の経済発展は、日本の統
治時代の教育のお陰である。教育制度、官僚組織、軍事制度は日本が残した3つ
の功績である」と述べています。
5.創氏改名について
朝鮮半島の人だけでなく、わが国でも、「創氏改名」を植民地支配と弾圧の証拠に
挙げるので、当時、なぜ創氏改名が行われたかについて、最後にふれてみます。
創氏改名のきっかけは、満州に移住した朝鮮人からの要求と嘆願でした。19世紀
末、鮮満国境では、漢人が満州に侵入して盗伐や盗墾をしていましたが、朝鮮人
は盗伐者に雇われて働きながら、次第に農民として定着していきました。
満州に入植した150万の朝鮮人と漢人の間にはしばしば衝突が起きました。朝鮮
人にとっては日本名を名乗ることが、漢人の迫害を避けるための“活路”でした。
結果的に、創氏改名をした朝鮮人は八割を超えますが、あくまで本人の申告制で
あり強制されたものではありません。申告に際しては手数料も必要でした。大日
本帝国軍人・洪思翊中将のように、最後まで創氏改名をしなかった人もいます。
かつて勝海舟は、「見なさい、幕府が倒れてからわずか30年しか経たないのに、
この幕末の歴史をすら完全に伝えるものが一人もいないではないか。当時の有様
を目撃した故老もまだ生きているだろう。…いわんやこれが今から10年も20年
も経って、その故老までが死んでしまった日には、どんな誤りを後世に伝えるか
も知れない。歴史というものは、実に難しいものさ」(『氷川清話』)と述べていま
す。
合邦政策を植民地支配と表現すれば、それだけで善悪の価値基準を伴った悪魔的
響きを伴うことになります。朝鮮半島で諸施策を遂行したわが国先人たちの労苦
が、史実を無視した歪んだ史観によって貶められていいものかどうか。われわれ
は今一度、虚心坦懐に言霊の怖さに思いをいたすべきではないでしょうか。
桜井 裕子: 慶應義塾大学文学部英文科卒業。PHP研究所、PHP
エディターズグループ勤務を経て、フリーに。主に書籍のプロデュースや
執筆・制作を手がける。
最近の作品は『新・国民の油断』(PHP研究所、西尾幹二・八木秀次)、
『この国を守る決意』(扶桑社、安倍晋三・岡崎久彦)など。
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11.畠奈津子
「若者よ英雄になろうじゃないかー私の志」
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平河総合戦略研究所の奥山様からお声を掛けて頂き、こんな私が何を書けば良い
のやらと焦って考えましたが、今、私が人生を懸けて取り組んでいる事への思いを
書かせて頂きたいと思います。
私は今、漫画を描きながら本気で世直しを目指している27歳です。これまで「チ
ベットの悲劇」「拉致の悲劇」「「百人斬り」報道を斬る」という漫画3作品を出版
しました。私は本来、ラブストーリーを描く少女漫画家になりたかったのですが、
どこでどう路線がズレたのか、現在は社会問題を漫画にしています。そこで、私が
世直し運動に目覚めるに至ったきっかけと、世直し運動に懸ける私の思いを書かせ
て頂きたいと思います。
私が社会派漫画を描くようになったのは数年前からですが、この社会漫画街道に
入った大きな要因は、何と言っても父の影響です。この父に育てられなかったら、
今の私はなかったと言い切れます。
私は中学生の頃から、毎晩夕ご飯時に平均4時間の父の講話を聞いて育って来ま
した。学校での出来事の報告から始まり、友達、恋愛、学校教育、宗教、歴史、政
治の事など、話題に事欠いた事は一度もなく、延々と宿題もせずに家族団欒をして
過ごして来ました。そんな団欒の中で、私は日本の政治や歴史、宗教や思想などに
対して興味を持つようになり、その事についてクラスメイトよりも考えていたと思
います。
「学校なんか行かんでええ!学校の勉強なんかせんでもええ!」というのが父の
モットー?で、私は父のその言葉をシメシメとばかりに実行し、学校での成績や出
席日数は親が学校に呼び出されるほど悪かったです。そんな一風変わった家風の我
が家ですが、父は「学校の勉強なんかせんでもええ」と言った後には必ず「好きな
事は思い切りやれ!バサラの精神でやれ!」と言っていました。つまり、途中で投
げ出さず、自分の持っている力を全力投球して最後までやれ、という意味です。
私は中学1年の時に「漫画家になる!」と宣言しました。自分の頭の中だけで広
がっていた目くるめく世界が絵になり形になるという事に、興奮し、大きな夢を抱
いていました。普通の親だったら「漫画なんて読んでないで(描いてないで)勉強
せぇ!」と言うでしょうが、私の親は本当に変わっていたのです。私の漫画家への
夢が本気かどうかを見極めるべく、こっそりと調査し(どう調査したのかは父に聞
いて下さい)「そんなに本気なら、存分にやれ!但し中途半端は許さへんで!」と応
援してくれたのです。
このような家庭で育った私は、漫画を描く時も「思想性」を表現する事は大事だ
と思っていました。少女漫画でも、ホレタハレタだけで恋愛の信念が描かれていな
いような漫画は描く意味がないと思っていました。でも世の中の少女漫画はどんど
ん下品で低俗で快楽主義の方向へ行くばかりです。エロ漫画を小学生に読ませて、
好奇心旺盛な子供達の本能を煽るだけ煽って稼いでいる漫画家に、もう腹が立って
腹が立って!!ヤキモキしている私に、ある日父が言いました。「どうせ漫画を描く
なら、漫画で世の中を動かしてみたらどうや」と。きょとんとした私でしたが、元々
身の程知らずで目立ちたがり屋な私は、その父の言葉に俄然やる気になって行った
のです。今では「世の中を良くしてから、最高の恋愛漫画を描くんだい♪」とネタ帳
を眺めてニヤニヤしているくらいです。
そこで、世直しに懸ける私の思いについてですが、私は去年のお正月から2つの
事に命を懸けよう!と決めました。それが「漫画」と「郷守人」です。
「郷守人(きもんど)」というのは、私が編集長で発行している手作りマンガ新聞
で、私が活字嫌いと言う事もあって、文章だけじゃ面白くないので、絵を沢山入れ
て若い人達にもお茶請けのように楽しんで読んで貰えるような家庭新聞を目指して
作っています。日本の行く末を本気で考えて行動している方々の思いを全国の同志
に届け、日本の根底に強い土台を築き、皆で力を合わせて世直しをして行きたいの
です! そもそも何故こんな情けない日本になり果ててしまったのか?私は大東亜
戦争に負けた事が原因と思います。アメリカ占領軍GHQの占領政策がどんなもの
だったのかを知った時、私は心底「戦争は負けちゃいけないんだ!負けたら国の歴
史がメチャクチャにされてしまうんだ!」と思いました。それと同時に「何故GH
Qはあんなにも執拗に日本を苛めまくったのか?」という疑問が生まれましたし、
その理由が「日本を二度と立ち上がらせないための占領政策だった」事を知った私
は、「日本って、そんなに凄い国だったの?一体どんな国だったの?」という新たな
疑問が沸いて来ました。
日本はどんな国か?それを一人でも多くの国民が知ろうとする事こそが、日本再
興に繋がる一番の近道だと思います。そして今こそ、その時だと思うんです。GH
Qの占領政策によって国が破綻を来たし、落ちるところまで落ちた今こそ、若者に
我々の生い立ちを教えるべき時です。日本を再興に導く英雄を誕生させるのです!
私は今、双子の妹と日露戦争を題材にした漫画を描いています。仮題を「世界の
英雄・乃木大将と東郷元帥」と言いますが、ぜひ日本の若者に読んで貰いたいと思
っています。日本のために人生を懸けた先人達の思い、日本の国柄の神秘性、そし
て「私も含め、君達がこうして日本人として生を受けた事は奇跡なんだよ!」と言
う事を、強く熱く訴えたいと思っています。「若者よ!英雄になろうじゃないか!日
本を再興し、和の精神で世界を導く日本にしようじゃないか!」と。
奥山様、どうもありがとうございました。どうかこれからも御指導の程、何卒宜
しくお願い申し上げます! 以上
畠奈津子:昭和53年8月15日生まれ 福井県福井市出身 福井商業高校卒 獅子
座のB型 弾丸火達磨タイプ 「長男にしたいような奴」 中学時代から漫画家を
志す。『チベットの悲劇』『拉致の悲劇』『「百人斬り」報道を斬る』など作品
月刊漫画新聞「郷守人(きもんど)」主宰
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12.間一根
「主権回復後五十三周年記念国民集会」報告
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「主権回復後五十三周年記念国民集会」(主催は主権回復後記念日実行委員会)が、
4月28日、東京・九段会館で開催された。司会は拓殖大学の井尻千男教授である。
まず入江隆則明治大学教授の挨拶から始まった。「今回で9回目となりましたが、
やっと軌道に乗ってまいりました。国内外で反日教育が行なわれているが、今日は
こういう教育問題も踏まえて、日本という国の足腰を固めていかねばなりません。
そして今日、得るところがあったと言っていただけるようにしていただきたいと思
います。」 続いて井尻氏が挨拶。「今年は日露戦勝100周年、敗戦から60年、主
権回復53年という節目の年にあたります。かつ憲法改正論、教育基本法改正論議
が高まっている中で、日本人が考えるべきことを講師の先生方に語っていただきた
いと思います。」
まず城内実議員が登壇した。「私は1年生議員で名前も無名でありまして、所属も
評判のよろしくない自民党でございます。私は帰国子女でありまして、人生の四分
の一を西ドイツで過ごしました。そしてまた評判の悪い外務省におりました。私は
自分を一見矛盾するようですが、リベラルな保守主義者だと思っております。外国
経験があるからこそ、日本にもっとまともな国になってほしいと思います。 戦後
60年経ってドイツと比べてどうでしょうか。ドイツはNATOにも入り、イラク派
遣の際にもアメリカに「NO」といえる国になった。一方の日本はあぐらをかきな
がら経済第一路線を突っ走ってきた。何とかこの国を国際社会の上でもまとも国に
したいと思って戦ったら、奇跡的に選挙にも勝てたわけであります。
最近、人権擁護法案で私の名前が報道されておりますが、世間ではこの問題への
関心はほとんどありません。この法案がいかに問題であるかについて簡単にお話さ
せていただきたい。「人権」というと「平和」と同じくそれが絶対になってしまう。
「いや、違うんじゃないの」とは言いにくい。法案の人権侵害の定義も曖昧で、不
当な差別、侵害といった程度しかいえない。しかも予防的措置として、その恐れが
ある時点で、人権侵害だと。それは五人の人権委員会が決めます。 全国の人権擁
護員を6000人から2万人に増やして、人権委員会に調査してくれというと、五人
で構成される委員会は、裁判所の令状なしに、出頭や文書の提出も要求できるし、
立ち入り検査もできる。法務省によれば、公正取引委員会と一緒だと言う。しかし
特定の企業と一般庶民は違う。全ての人が対象というのが恐ろしいところです。言
葉尻をとらえて、「あなたの発言は人権侵害ですよ。30万円の慰謝料で解決します」
などというのは、振込み詐欺より怖い。なぜこんな危険な法案を通そうとするのか。
人権擁護条例が各都道府県にできれば、偏向した人権問題が出てきます。人権委
員を弁護士や人権団体から選ぶという項目はさすがに削除されましたが、例えば生
徒に対して「国歌を歌わなくてもいい」という指導をしなかった先生が、人権侵害
になる可能性もあります。 ドイツでは冷戦は終わりましたが、日本ではまだ東西
の冷戦は続いております。あれだけワーワー言っていた活動家たちが、今や人権だ
ジェンダーフリーだという部分に入り込んでいる。それが朝日新聞を中心とするマ
スコミと連動して、いろんなところにアメーバのように入り込んでいるのでありま
す。 本当に主権を回復するためにも、人権・平和という名のもとに知らない人を
洗脳している人に気をつけようではありませんか。一枚のファックスや一回の電話、
そういう一つ一つの積み重ねが大事なのです。個々の人たちが口コミで動いていけ
ば、主権回復という精神に立って動けると思っております。安倍晋三先生や平沼赳
夫先生の、みなさまにくれぐれもよろしくと伝えて欲しいという伝言をお伝えいた
しまして、私の話を終わらせていただきます。」
続いて藤井厳喜氏。「今日は二つ、お話をしたい。シナの問題と尖閣列島の問題で
あります。それには私の失敗談を話さねばなりません。尖閣列島は、距離は150km
程度なのですが、非常に遠い。海上保安庁が一番の敵です。沖縄に船は多いのです
が、海上保安庁から、尖閣に行くような人には船を貸すなと言われる。船を貸した
業者には出港停止処分などの嫌がらせを受ける。あの船は事故を起こしそうだとい
うことで。ですから仕事ができなくなります。漁協に入っていない人ならいいんで
すが、それで石垣島の仲間さんが一番、貸してくれる。しかし西村眞悟先生が上陸
のときも、船長は那覇まで一週間、来いと言われ、何かと罰金を取られる。そうい
う嫌がらせを受けます。 船には一般人は乗せないんですが、釣り客は公海には出
られません。安全の妨げになっていると言われるのです。そこまで私は承知してい
たんですが、それは尖閣諸島への上陸自体は違法ではないけれども、途中の漁船に
乗っていくというところでチェックしますよと。しかし、いざ船で出ようとしたと
きに、どこから情報が漏れたのかロープを10本かけられまして、出港停止の処分
を受けました。 そこでは仲間さんも知らなかった事実が明らかになりました。「尖
閣諸島に行くこと自体が違法行為になる」と。内閣府参事官の名前で上陸するなと
言われた。四時間半、すったもんだやりますと、尖閣への上陸を禁ずると書かれた
紙を一枚、持ってきた。紙には参事官の名前も判子もない。文書番号もない。こん
なものを参事官が書くのはどうか。公文書の証拠がないのです。しかしどうこう言
ってもしょうがないので、帰ってきました。 いつの間にか、日本人が日本の領土
に行くことが、違法行為になっているんですよ。灯台を政府が管理するというニュ
ースは私も安心しましたが、しかし実態は逆です。今までは無理をすれば行けた。
しかし今は、行けなくなりました。今や、日本人は海上保安庁も含めて誰も、尖閣
諸島に上陸できません。灯台の件は、これからは国が管理するからお前らは来るな
よということです。実効支配のレベルはどんどん低下しています。 今、私が恐れ
ているのは、何百隻の武装している船が来たら、海上保安庁も防げません。あそこ
は一気に占領されて、竹島状態になる可能性があります。おそらく去年のシナ人の
上陸の際に、シナと秘密協定を結んだんじゃないかと疑っております。つまり、日
本人にも行かせないから、中国も何もするなと。しかし私はあそこでシナ人がどう
いう破壊行為をしたのか見せたいと思っております。国民には知る権利がある。国
会議員の国政調査権を発動して総務省が反対をすれば大変なことですから、ぜひや
ってほしい。 日本がシナに出したおカネは3兆54億円。国際基金の3兆円、民
間投資を含めれば、7兆円であります。それなくして中共の繁栄はない。その結果
が反日暴動でありまして、恩を仇で返すとはこのことであります。我慢比べだった
らどうでしょうか。日本の技術なくして困るのは向こうであります。今や日本の経
営者に目覚めていただかなければなりません。不寛容政策ということで冷静にやら
ないと、全部カネを取られてしまう。 まず憲法改正、これが一番効果があります。
核を持とうと国会で議論するだけで大きな力になります。みなさんその方向へ向け
てがんばりましょう。」
そして八木秀次氏。「この九段会館は、あの忌わしき女性戦犯法廷を開いた場所で
ありますが、みなさんの心で禊をしたいと思います。私は本日、つくる会会長とい
う肩書きでありますが、歴史感覚というお話をしたい。 まず日本国憲法が、どう
いう国家観を持っているか考えたいと思います。前文の「そもそも国政は、国民の
厳粛な信託によるものであつて」とあるのは、ジョン・ロックのコピーでありまし
て、アメリカの独立宣言であります。自然状態では他の者に侵害されているから、
個人の権利を維持するために便宜的に契約をしたことにしますと、日本は昭和21
年に、新たな契約によって作られた国家ということになる。 「政府の行為によっ
て再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意」というのは、我が国
にとっての歴史は、否定される対象でしかありません。そうやって過去と断絶して、
新しく作った国家ということになっている。 明治憲法では近代主義を取り入れつ
つも、我が国の歴史伝統への表現を与えました。過去から継承したものを確信した、
というものでありました。昭和天皇の詔書に五箇条のご誓文が書かれているのは有
名です。戦後、民主主義が入ってきているが、明治天皇が言っていることを再興し
ようではないかと言っているのです。 日本国憲法のように過去を否定するのは、
世界の憲法でも稀であります。どの国も国家を過去からの継承だと考えている。韓
国もそうだし、カンボジアも、フィリピンもそう。伝統について必ず触れている。
せめてこれらの国並みの憲法を持ちたい。 次に教育基本法ですが、歴史感覚に触
れておくと、これは戦前を否定するものではなかったということに触れておきたい。
つまり教育勅語を否定するものではなかった。作成過程で、勅語が否定されてしま
っただけです。 理念が欠落していることが、ニートなどが多く出ている原因です。
何をしたらいいのか、どういう人間になればいいのか示してこなかった。それゆえ、
「自分探し」をしている、という話になっている。 社会契約説の考えは、国防観
念が排除されております。国民の生命、財産を守るだけ。国防の立場に立てば、社
会契約説ではなくて、連続した国家観を持たなければ説明できません。だから我々
は靖国神社で尊く慰霊をするのであります。ですから中国政府は日本の国家の連続
性を否定するために、靖国神社に参拝させまいとしているのです。これは中国にと
って、国防問題でもあります。 結論を言えば、歴史の視点を憲法に入れるべきだ
と言ってきました。憲法改正の目的は、歴史的連続性としての「日本」を取り戻す
ことです。三島由紀夫も、「憲法にぶつかり死ぬしかないのか」と言っております。
改めてこの言葉の意味を噛みしめているところでございます。」
続いて山谷えり子議員。「私は今朝、外交防衛委員会で質問をいたしました。この
日を祝日にしてはどうかと。町村外相は突然の質問に戸惑っておりましたが、今日
が主権回復記念日ということが話題になっておりません。 去年の参議院選挙では
たくさんの票をいただきまして、ありがとうございました。あのときの政見放送は
20秒、「家族、教育、国直し、戦後の宿題、片付けます」と言いました。 私は元
新聞記者ですから、具体的な問題を取り上げ、本質を問題にする手法でやっており
ます。人格破壊教育で、性技術教育を小学校の低学年でやっていた。石原知事はや
めさせましたが、「生徒の知る権利が奪われた」と弁護士会は言った。 もはや教育
基本法は修正はできない。大本を変えないといけません。ジェンダーフリー教育、
男女ごちゃ混ぜで林間学校、その正常化ができません。サッチャーの教育改革以前
はとんでもない教育だったが、サッチャーはこれにメスを入れた。自分の国が嫌い
なるような教科書、植民地や奴隷を持ったが、それらを最初に廃止しようと言った
のは、大英帝国だったと。学校を個別にチェックし、駄目な学校は六つ、廃校にい
たしました。 教育の品質保証をやりました。日本でこれをやるためには教育基本
法を変えなければ、いくらおかしいと言っても、もぐら叩きになります。これに私
は体をぶつけて死ぬ気でやっていきたいと思っております。 サッチャーは学力、
人格、モラルは一つになってイギリスを助けるといって、宗教教育もやった。魂の
開発をやるんだと言って祈り、何かをさせる。日本では伊勢神宮に行く中学生も激
減していますが、京都、奈良も10年で半分になっています。行くところはディズ
ニーランドや北京の抗日記念館になってしまっています。このため、北京の抗日記
念館を世界遺産にしようという動きまである。私は事実と違う写真は取り外してく
れと館長に言ってまいりました。 今回、悲しむべき出来事が起こりましたが、唐
家璇は、具体的に日本がどの部分がおかしいか言ってくれと言っている。これは大
きなチャンスです。日本が向こうの歴史教育に注文し、事実を冷静に交換していか
ねばならない。 私は、伝承文化を甦らせる議員連盟を作りたいと思っております。
子守唄、おとぎ話を今の母親は子どもに聴かせることができなくなっている。おば
あちゃんと孫が一緒に歌えなくなっています。リンカーンは、「国民は記憶の糸で繋
がっている」と言いましたが、本当の主権回復は、憲法改正、教育基本法が改正さ
れた、その日であります」
後半は井尻氏を司会に議論が行われた。まず井尻氏が、憲法改正論議は盛り上が
っているが、その方向が現状追認であるばかりか弱点部分を拡大させる危惧がある
と語った。それに対して八木氏は、民主党の「創憲」路線が、「地球市民のための憲
法改正」「ジェンダーフリー」「子どもの権利救済機関」「外国人参政権を保障する」
「政教関係を厳格に定める」などのオンパレードであることを指摘、「三分の一を占
めている民主党の執行部が考えているのはこんなところ。こんな憲法改正ならしな
いほうがいい。このような憲法改正を行おうとするならば、私はたちまち護憲派に
なります」と述べた。 続いて藤井氏。「私は憲法がなくてもいいんだという議論も
あっていいと思っております。五箇条のご誓文でいいんじゃないかと。皆さん、憲
法の百何条も覚えられますか? それでは五箇条のご誓文のほうがいい。それから
明治憲法の第一条を追加すればいい。」 また4月28日を主権回復後記念日として
祝日にしてはどうかという井尻氏の提案に対して城内議員は、「昭和の日もようやく
成立するわけですが、これも議員立法という形で賛同者を集っていきたい。それか
ら祝日も、昔の紀元節や明治節のような意味のある祝日にしたい」と語り、山谷え
り子議員も、「祝日は連休の真ん中だからとかではなく、本当に大切な日を思い出さ
ねばならないと思っております。「昭和の日」を通す。そして郵政民営化でもめて会
期延長ということになると、教育基本法改正案の提出も可能性がでてまいります。
しかし与党協議ができないため、前に進めない。教育基本法改正と今日の主権回復
後記念日を合わせてやっていけばうまくいくのではないかと思っております」と話
した。 最後に小堀桂一郎氏が、「今日の会は非常に密度の濃い、いいお話でありま
した。しかし我々はこれを記録する手段をもっていない。そこへチャンネル桜さん
が報道していただけるということで、感謝をしております」と述べて、国民集会は
閉会となった。
間 一根(あいだ かずね)
1981年、東京都生まれ。國學院大學法学部卒業。
同大学院法学研究科博士課程前期在学中。
専攻は現代政治、政策過程論。
ブログ「間政論」http://green.ap.teacup.com/politicalscience/
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巻末までお付き合い頂き、ありがとうございます。
次回の配信は、5月13日(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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