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甦れ美しい日本

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甦れ美しい日本 第004号

発行日: 2005/3/11

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2005年3月12日 NO.004号)

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 < 目次 >

1.松永太郎コーナー  教育について
2.花岡信昭コーナー  [9条1項」を変えない不思議
3.奥山篤信コーナー  地名と誇り
4.佐藤守コーナー   「大東亜戦争の真実を求めて」その1 
5.西山弘道コーナー  スクープ その2
6.青葉ひかるコーナー ガンバレ.フジテレビ 
7.有馬尉彰コーナー  私鉄ビジネスモデルと西武
8.山崎行太郎コーナー 恐慌こそ経済現象の本質である。
9.別宮暖朗(寄稿)  司馬史観なるもの

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1.松永太郎コーナー
 教育について  
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現在の教育に関する議論を読んでいて、奇異に思うのは、
そこに発達論的な視点がまったく欠如していることである。
発達論的な視点といっても、何も難しい話ではなく
要するに、順番ということに過ぎない。よく言われるように、
どんぐりが樫の木になるのであって、その逆ではない、
あるいはおたまじゃくしがカエルになるのであって、
その逆ではないということである。

人間の発達・成長にもある程度まで普遍的な段階がある。
たとえば、倫理・慣習・道徳の発達段階にも、ほぼ世界的に
共通する段階がある。コールバーグという学者は
これを前道徳段階・道徳段階・後道徳段階とよび、さらにそのなかを
2つぐらいの下位段階に分けている。

簡単に言えば、道徳あるいはモラルというものを
まったく知らない段階と、それを身につけて、ふるまうことのできる段階、
さらにそれを客観的に見て判断ができる段階である。
また知能に関しては、ピアジェの有名な段階がある。
それは具体操作、形式操作、後形式操作段階という、
それだけでは理解不可能な言葉で言われるが、中身はそんなにむつかしい
ものではない。 

大切なのは、これらの段階は、いずれもはっきりとした区別ができ、
しかも前の段階を通過しなければ、次の段階に進むことができない ということ
である。 

これらのことをすべて無視しているのが、今の教育談義である。
小学生も中学生も高校生も大学生もみな同じ「個」である、という議論をする。
たとえば、「前道徳段階」にある子供は、人のものを盗むことや、
あるいは弱いものを傷つけたりすることが「悪いこと」であるとは思っていない。
というよりはむしろ知らないのであって、それらの道徳・倫理・慣習については、
共同体・家族・学校などが教えていかなければならない。
これらは生得的なもの、すなわち生まれながらに備わっているものではない
からである。 

 現在の日本では、変な言葉がたくさん流通しているが、
そのなかでも「個の自由決定」という言葉はトップランクに来るのではないか。
この言葉を流通させたのは、売春を「援助交際」という美名で呼び、
そうした売春すら「個の自由決定」に任せるべきだと主張した
当時、都立大助教授の「社会学者」宮台真司であった(それと呼応したのが
ゆとり教育の元祖、当時の文部官僚、寺脇研である。彼は今日本のポルノを
韓国に輸出している、こういうのを税金を使ってやるのだからやりきれない)。
宮台は、頑是無い少女が消費欲求にかられて体を売るのを、その少女の判断に
任せよと主張した。誰が聞いてもばかげているこうした議論が、
まじめに論議され、まじめに流通したのである。

私が現在の日本にほとんど絶望を感じたのは、このときであった。
少女売春も個の自由決定に任せよという論理は、
殺人や窃盗も個の自由決定であるという論理に必ず行き着く。
そこに歯止めとなるべき論理はまったく用意されていないからである。
罪を犯した少年の「人権保護」のみが 過剰に言い立てられる現状は、
こうした論理と無縁ではない。

 一方で、道徳・倫理などをまったく教えないという現状があり
一方で「個の自由決定」なる空疎な概念が教育現場で流通するとき、
何が起こるだろうか。
前道徳段階のまま育った大量の少年少女、さらには成人たちの出現である。
それは一種のアナーキーな、アノミーな社会であり、
じつは宮台真司や、かれをブリリアントと称えたこれも
社会学者の上野千鶴子東大教授などは、
まさにそうした社会の出現を望んでいるとしか思えないのである。
これらはすべて「自由」という言葉のまったく皮相な理解から出発している。


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2.花岡信昭コーナー
 「9条1項」を変えない不思議
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「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」

 これが、現憲法9条の第1項である。憲法改正論議がかつてなく
高まっているが、焦点はいうまでもなく9条だ。だが、改正案の
ほとんどは、この1項はそのままにしておいて、2項を修正、
追加しようという内容だ。
中曽根康弘元首相が会長を務める世界平和研究所の改正案も
そうである。1項はほとんどそのまま残すとしており、末尾が
「永久に認めない」と変わっているだけだ。
そのうえで、2項に防衛軍の保持を明記、さらに3項として
国際機関への防衛軍の参加、4項に首相の指揮監督権や武力行使
の場合の国会承認(事前または事後)といったシビリアン
コントロール原則を盛り込むという構成である。
1項の精神はまさに尊重されるべきであって、国連憲章も同じ
基調である。いわば国際標準の考え方だ。だいたいが、わが国は
ことがあれば武力で解決することをモットーとしている、などと
宣言するわけがない。いわゆる「ならず者国家」でもそうだろう。
ということは、この1項というのは実はあまり意味がないと
いうことにもなる。お題目を並べただけなのだ。である以上は、
この精神は前文に盛られていれば十分なのではないか。
考えてみれば、日本は敗戦ショックによって、国家の尊厳と
いったものとは無縁の戦後を送ってきた。主権が踏みにじられ
ようが、領土が侵されようが、工作員が忍び込んで女子中学生を
拉致していこうが、「話し合い」ですませようとし、そして何ひとつ
解決していない。
この9条第1項は、平和国家のあかしなどといったおためごかし
の意味付けをするのではなく、むしろ「諸悪の根源」だった
のではないか。
フォークランド紛争で、ときのサッチャー英首相はためらう
ことなく機動部隊を派兵、領土を奪還した。英国兵士200人
が犠牲になった。領土を守ろうとするならば、兵を出す。これが、
普通の国の普通の感覚なのではないか。9条1項はその国家の
基本的責務とでもいうべき重大な眼目を放棄させてしまったのである。
占領国軍総司令部(GHQ)が日本を骨抜きにしようとして
作った憲法なのだから、それもやむをえないところではある。
ならば、9条1項に真正面から向かい合う憲法改正論が
あっていいはずである。それは、この日本の国柄、国家像を
いかに形成していくかという深い思考に結びつくはずだ。


 

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3.奥山篤信コーナー
 地名と誇り
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僕がかって出張でパリに出かけていた頃、シャルルドゴール空港は勿論のこと、
パリの街中でタクシーを拾い行き先番地と通りを伝えるとまず運転手は
その通りを記憶しており問題なく連れて行ってくれる。パリの都市計画は
19世紀ナポレオン3世の命によりセーヌ県知事オスマンにより行われた。
基本的には極めて論理的な都市計画であるが、歴史的に錯綜する大小の街路や広場は入り乱れており、何百と言うか何千のRue,Boulevard、
Placeがある。その名前は歴史上の由縁でつけられているのだ。
僕の経験では、まずパリっ子たる運転手は全部記憶している、しかも
一方通行の方向までも。

一体何が言いたいのか?道や広場や通りなどはかけがえの無い歴史の
出来事と結びついており、フランス人は大切にその思い出を守っており、
そのことを見てもフランス人には歴史に対する愛着と尊敬があるという
ことの証明である。

一方日本はといえばどうか?例えば神戸出身の僕の場合、生まれたのは
故遠藤周作やら故楠本健吉が灘高校時代ランニング(この『劣等生』
たちは懲罰的意味か?−笑い)で走った住吉川沿い住吉町反高林
(たんたかばやし)という地名だ。それがいまや住吉東町なる無個性
な名前に変えられてしまっている。住吉山手、住吉南町、住吉本町など、
安っぽい名前に、歴史や思い出になんの愛着もない村役人が勝手に
変更しているのだ。

東京も同様その流れに逆らえず、つまらない汎用的な地名と論理性すら
皆無の番地で仕分けされているのが現状だ。

色々思い出ある交差点や坂の名前。真中の交差点は現在は駒澤大学交差点と
なっている。姿三四郎の真砂坂などといっても通じないのではないだろうか。
油面の交差点はいまだある。この辺りは江戸時代には菜種の栽培が行われ、
油が作られていた歴史が存在するのだ。坂の名前をとっても、胸突坂、行人坂、
道玄坂。九段坂、神楽坂、ゼームス坂、魚藍坂、伊皿子坂、権田原坂、綱坂、
団子坂、切支丹坂、仙台坂、権之助坂、宮益坂、三宅坂、無縁坂、菊坂、昌平坂、
南部坂、江戸見坂、鳥居坂 このうちいかほどまでがタクシーの運転手が咄嗟に
理解できるだろうか。読み方の難しい地名例えば、下谷したや 舎人とねり 
業平なりひら 中延なかのぶ 麻布狸穴町あざぶまみあなちょう 
改代町かいたいちょう 神田美土代町かんだみとしろちょう 神田練塀町
ねりべいちょう 小日向こひなた 采女橋うねめばし 巽櫓たつみやぐら 
鬼子母神きしもじん などもいつか地名から消えて行くのではないだろうか?
地名とはその地の歴史そのものであり、僕らが子々孫々その由縁を語り部
として伝えていかねばならない筈だ。これを無視して地名を簡略化することは
まさに歴史の否定であり、あの下品な省略漢字を生み出した文化大革命
や破壊主義者ポルポットと所詮同じ狢にすぎない。最近この日本で滑稽な
例として、地名つくりの最たるものは、『南セントレア市』だ。愛知2町、
住民投票の結果、そこまで住民も馬鹿ではなく合併反対が多数で却下されたもの。
セントレアは英語の「セントラル」(中部)と「エア」(空)を組み合わせた
造語らしい。埼玉市と書くべきを『さいたま市』と書く低脳ぶりには驚いて
いたが、それ以上の馬鹿さ加減であり、不真面目でもある。これでは町名
が競馬の競走馬と同じ和製英語に他ならない。

現代日本人は横文字がさも時代の先端と勘違いして、自らの尊い歴史を棄て、
無国籍人のごとく、総国民白痴化→自滅に突き進んでいるのだ。
所詮グローバリストの知能レベルなどこの程度だということだ。

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4.佐藤守コーナー
 「大東亜戦争の真実を求めて」その1 
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産経新聞に連載中の「新・地球日本史」は実に示唆に富んでいる。
現在連載中の「東条英機の実像」もそのひとつである。私は幹部学校
時代に尊敬する戦史教官から「歴史を学ぶ時には、紙背に隠された
真実を読み取るように」という教えを受けて以来、例えば
「偉大なる将帥」、または「愚劣な指揮官」と評価されている人物に
ついて、努めて白紙の観点から見るように心がけているのだが、
史料が限られているのでなかなか「実像」に到達出来ない。
しかし面白いことにその時点では結論が得られなかった「点」が、
全く偶然に「線」に繋がることがある。民族の悲劇であった
「大東亜戦争」の全ての責任を開戦時の首相であった東条英機氏
ただ一人に押し付けている根拠はどこにあるのか?と疑問に
思っていたのだが、今回の九里幾久雄・浦和大学名誉教授の
論文に「さもありなん」と感じることが多かった。勿論、
茶番であった「東京裁判」の判決なんぞ信じるには値しない。
大体、「大東亜戦争」自体、なぜ開戦しなければならなかったのか、
という根本的な問題について、浅学非才の身である私にとっては
なかなか納得出来る説明が得られなかった。戦史を紐解けば紐解く
ほど、対米戦争に踏み切る「根本的な理由」が漠然としており、
何よりも当時の我国自身に「その悲壮なる決意」が伺えない。つまり
、我国は「米国と本気で戦う」準備など全くといっていいほどして
いなかったとしか私には思えないのである。昭和15年7月の
「大本営政府連絡会議」において、「世界情勢の推移に伴う時局
処理要領」が決定され、その第2条2項で「米国に対しては公正なる
主張と厳然たる態度を持し、帝国の必要とする施策遂行に伴う
やむを得ざる自然的悪化は敢えてこれを辞せざるも、常にその
動向に留意し我より求めて摩擦を多からしめるはこれを避ける
如く施策す」とされたように、我国は米国を刺激しないように配慮
していたことは明らかであった。それが時を経るに従って、
なぜ急転していったのか。
政治家は「指導者達の行動」から、軍関係者は主に「戦闘」の
状況から、どちらかといえば戦略抜きの「戦術的観点」からの
反省を込めた述懐が多いように思われるが、私には当時の
「国際的な環境」、特に恐るべき勢いで世界中に蔓延しつつあった
「国際共産主義(コミンテルン)」の謀略が見落とされているように
思われてならない。
例えば山本連合艦隊司令長官が近衛首相と「荻外荘」で会見した
時に、「一年ぐらいは暴れて見せます」と述べたといわれているが、
その根拠はどこにあったのか? 時の海軍は太平洋という広大な
戦域で、米国相手に一年戦った後はどうする積もりだったのか?
この場を借りて、一軍事関係者として、身近な軍事関係史料の
中から、それらの「ナゾ」に挑んで見たいと思う。  (続く)

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5.西山弘道コーナー
 スクープ その2
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 報道記者のスクープの取材源は、その70%が内部告発と、いわゆる
「たれ込み」である。記者がコツコツと発掘して、調査報道の上で
得られる、オーソドックスな意味でのスクープは30%位だろう。企業や
役所の不正な行為に義憤を覚えた内部の者や、或いは組織に虐げられ、
恨みを持つ者などが、報道機関にたれ込む。汚職など第三者にはわからない
密室で行われる不正行為が発覚するのは、ほとんどがたれ込みだ。近年、
企業や役所の内部告発を認める法律、「公益通報者保護法」が成立したことも、
こうした「たれ込み」に拍車を掛けている。
 記者生活三十数年の私にも、こうした「たれ込み」に接する機会が何度か
あった。
 1994年の暑い夏のことであった。我が報道部に夜、一本の電話が
かかってきた。「山梨の上九一色村というところに、オウム真理教の道場が
ある。実はそこは武器工場で拳銃や、マシンガンを製造している。オレは
オウム信者で、そこで武器を造っているものだが、オタクが関心があれば、
話してもいい」という「たれ込み」であった。どうも眉唾らしいが、妙に
本当らしいところもあるので、「会いましょう、どこで?」というと、
「これから午前零時に、新宿西口公園のベンチで」というではないか。
とにかく行ってみようということになり、私ともう一人の同僚記者で
西口公園に急いだ。(こういう危険も予想される場合、刑事と同じで、
絶対に一人で行かないことになっている)
 真夜中、指定されたベンチに行ってみると、いた、30才位の屈強そうな
ポロシャツ姿の男が・・・。男の話は、銃の製造過程や、性能など迫真性に
富んでいた。そこで、私が「道場に潜入して、現場を確かめたい」と持ち掛け
ると、男は「あなただけと話したい」ともう一人の同僚記者に帰るように言っ
た。「ヤバイ」と思ったが、私も乗りかかった船、同僚を帰すと、男はベンチで
私に膝を摺り寄せてくるではないか。「ドウ、これからサウナに行って、
話サナイ?」、いかに鈍感な私もブッ飛んだ、こいつホモではないか!
それからの私の逃げ足の速いこと早いこと・・・。 翌95年、地下鉄サリン
事件が起こり、上九一色村も捜索される・・・。

 さて、今度は「3億円事件」に関する「たれ込み」である。昭和43年に
発生、昭和50年に時効となったこの事件を今でも追いかけている記者は
大勢いる。真犯人は一体誰なのか、奪われた3億円の行方は・・・。
数年前、出版された一橋文哉氏の「3億円事件」もかなり真相に迫った
力作だった。ビートたけし主演でテレビドラマ化されたことで話題となった
この本のミソは、真犯人が米国へ逃亡したこと、3億円は治外法権の立川
米軍基地に隠匿されたことなどである。
 3年前の秋、私どもの社へ、「事件」に関するたれ込みがあった。
真犯人と称する男の手下だったという、40才位の男の電話だった。
「アニキは3億円を富士の青木ガ原樹海に埋めた。しかもこれには
三島由紀夫事件の関係者が絡んでいる」という荒唐無稽なものであった。
眉唾とわかっていても、記者のスケベ根性からか、男に会った。
「事件はアニキが白バイ警官に偽装して一人でやった、と聞いている。その後、
三億円の隠し場所を青木ガ原に移動する時、三島由紀夫の『盾の会』の会員
が移動を手伝った。そのカネの分け前を、『盾の会』の資金にするという
ことだった。」まさか!3億円と三島事件とは、劇画ではあるまいし・・・。
しかし、調べてみたら、三島由紀夫氏が「盾の会」の資金に困り、
当時の経団連に寄付を依頼して断られた、という話はあった。
 話を急ごう。我々は、男と一緒に、青木ガ原樹海に行った。入り込んだら
迷路の重なりで、迷わないように一人一人ロープで結んで、樹海に
入ったが、男の話が曖昧で、結局3億円の隠し場所は見付けることは
出来なかった。それ以来、男からの連絡もなかった。要はガセネタ
だったのだ。後で聞いたら、男はこの話を別のテレビ局にも持ち込んだという。
 
 このように私は記者生活30数年になるのに、一つもスクープをモノにする
ことは出来なかった。折角、スクープになるような話もみなガセネタだった。
慙愧に耐えないが、ただ汗と涙だけはこの30数年、何度も流したのである。

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6.青葉ひかるコーナー
 ガンバレ・フジテレビ 
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                  05・03・10
 
堀江モンに乗っ取られそうな「ニッポン放送」劇は、外資系のリーマン・
ブラザーズ証券のマネーゲームの他、金融・マスコミ・世代間闘争・
若者の生き方・・・など現代社会のさまざまな面を写しており、
誰もが興味をもっているようですね。
 
3月「8日」、フジテレビは、ニッポン放送の経営判断に
対し株主総会での拒否権を確保したと発表しました。
 
「8」チャンネル・フジテレビが、「ライブドアの支配は
許さず」と突っぱねたこの日、競走馬“ホリエモン”
(堀江モンが保有)が東京・大井競馬場の「第8レース」
に出走しましたが、後半失速し、奇しくも「8着」だった
そうです。
競走馬ホリエモンはご主人をいなしめたのでしょうか、
もの解りのいい馬ですね。
 
今のところ、フジテレビが末広がりになりそうな気配
ですが、ニッポン放送株争奪戦を巡っては、まだ当分
賑やかなことでしょう。
 
「出世欲」「名声欲」「物欲」「野望」「野心」など、
どんな人間でも普通は隠しておく部分のものを画面
いっぱいにさらけ出し、国民に「あ、これってあり
なんだ」と思わせてしまったホリエモン。
 
それに「たかが身だしなみ、されど身だしなみ」
ですよね。「自分は、中身が優秀な人間なのだから、
相手が誰であろうと、パジャマでも、Tシャツでも勝手
でしょ」という態度ですものね。そう、どんな恰好で
あろうと、勿論、法律違反ではありません。
文句言われる筋合いもないということなのでしょう。
でも、服装というものは、自分のためのものだけではなく、
相手に敬意を表する意味合いもあるのですよ、堀江君。
 
つまり、成熟していない突っ張っている子供なん
でしょうね、あなたはまだ。
 
さて、ホリエモンは、ただマネーゲームとメデイア支配
だけが目的で、狙った獲物がたまたまフジ・サンケイ
グループだったというだけなのでしょうか。
 
もし、狙う獲物として、まっとうな道を歩いているフジ
ではなくて偏向報道大好きな他社であれば、多くの良識人
からも賛同を得られたでしょうに。ザンネン!!
実際、害毒を垂れ流すだけの報道機関を、狙い撃ちして
買収する者が今の日本には必要なのですから。
ろくでもないジャーナリズム潰しなら、多くの国民は
拍手喝采して応援しますよ。
 
しかし、「正論」路線で、貴重なメデイア「産経新聞」
グループをあえて狙い撃ちなのですから、的がはずれて
いますよ。
 
北朝鮮問題も中国問題も国益第一で頑張っている
ジャーナリズムの産経新聞や月刊誌「正論」こそが
ホリエモンの最終的な獲物なんですよね。
 
現にホリエモンは「新しい歴史教科書を作っても世の中は
変わらない」とか「産経新聞を日経を超える経済紙に
なってもらう」とかなんとか口にしていますよね。
 
つまりこれは、もっと親中路線の新聞社になれという
ことでしょうか。
ここは重要なポイントですよね。
 
もし、フジ・サンケイグループ潰しだとしたら、
ホリエモンには大きな恐〜いバックがついているん
でしょうね、きっと。
 
ですから、ホリエモンがここを支配するということは、
日本に必要な「正論」を崩壊させるということになります。
 
たとえ、そういう意図でないとしても、どうぞ潔くこの獲物
は諦めて、あとはマネーゲームに勤しんで、逆ハゲタカに
なって海外のマネーをどっさり、日本に取り戻して
来なさいよ。お国にために。それこそ立派な夢ある
若者として、認めてあげますよ。
 
外野席の多くの観客(国民)は不特定多数ですから、
「ヤレ!ヤレ!」なんていって、既存の組織潰しをおもしろ
おかしく見ていますし、「若者は応援している」なんて、
騒いでいるマスコミもいますが・・・・・・・・。
 
何事も、破壊すべきものと守るべきものを見間違うことの
ないように、国益第一でやってください。
 
あ、それは無理ですね。「正論」路線破壊者のようですから。


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7.有馬尉彰コーナー  
 私鉄ビジネスモデルと西武
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 会社は誰のものか、最近の西武グループの問題、ライブドアと、日本放送
の争い、そして、ソニーのCEOの交代と、続いておこる企業のガバナンスをめ
ぐる話題は日本のビジネス組織のあり方が、大きく変わりつつあることを予感
させる。今回は、私鉄というビジネスモデルと西武について考えてみたい。
 日本の私鉄のビジネスモデルは、阪急、東急、西武型と、近鉄、東武型に
大きく分類してよいだろう。前者の阪急モデルは地域開発型ともいえる。それ
に対して近鉄、東武型はよく言えば特に特色がないということになろう。つま
り、明確なビジネスドメインや、戦略性を基本的に必要と考えないことが
特色である。ありていに言えば 普通のポッポ屋である。 東急は、
阪急から多くを学んだ。阪急の創始者小林一三は東急の役員を兼ねていた
こともある。阪急も東急も基本的には総合的地域開発事業者であった。
阪急神戸線の沿線は震災で大きな被害を受けたとはいえその優れた地域、都市
住宅空間の価値はけして衰微していない。
 東急と西武は、長く対比されてきているが同じ類型のビジネスモデルに入っ
ていてもかなり異なるといえるであろう。
一つだけ共通していることは、親会社が、鉄道ではなく地域開発会社である
ことである。もちろん、西武においては、コクド(旧国土計画)であるが、
東急ついてはどうであったのだろうか。東京の、いや日本の代表的な
住宅地として真っ先にあげられるところは誰もが知っている田園調布である。
東急の前身はこの田園調布の街づくりをおこなった田園都市株式会社である。
田園調布の駅に降り立てば赤い瓦屋根のクラシックでどこかエキゾテイック
な駅舎が残されていることに気がつくと思う。この建物こそ、かつての
田園都市株式会社の本社の一部である。渋沢栄一は、関東大震災の後に、
東京の郊外に住宅地を開発することを思い立った。そして、モデルとした
住宅地の開発が、当然当時の最先端都市であった英国、ロンドンの郊外都市、
ガーデンシテイであった。田園調布とはまさに、調布村のガーデンシテイ
の意味である。
 田園都市株式会社は、街づくりのインフラとして、道路、公園、学校用地
今に残る田園テニスクラブなどを造ると同時に、都心に繋がる鉄道を必要と
考えた。目黒蒲田電気鉄道を計画すると同時に、その経営者として鉄道省の
課長であった五島慶太を専務として招いた。これが東急の誕生である。
西武と異なることは、田園都市株式会社は、大いなる黒字会社であったにも
かかわらず早い時期に解散して、鉄道会社に機能を吸収してしまったことで
ある。そのとき以来、東急のヘッドクオーターは、東急電鉄であり、西武と
コクドの関係のような状況は生まれなかった。
 さて、阪急はどうであろうか。阪急は、現在負け組みの鉄道会社としてあげ
られている。バブル期の土地問題の負債に喘いでいるのである。しかし
この阪急は、私鉄ビジネスモデルの見本とされていて、東急とも、もちろん
西武ともことなる。阪急は、東宝をつくり、宝塚をつくった。造っただけでな
く、阪急の基本には、今日でいうソフトビジネスの血が脈打っている。昭和
40年代に阪急3番街が出来たとき世の中はびっくり仰天した。なぜならば
街(建物)の中に川が流れていたのである。もちろん、この開発を支えた竹中
工務店の開発計画本部という極めて特殊な異能集団があったことも否めない。
 西武について語ろう。1980年代の末に東急と西武で女子プロのゴルフ
トーナメントを何回か開催したことがあった。箱根山騒動以来の犬猿の仲の両
社が、手を組んでゴルフトーナメントを行うというジャーナリステイックな効果を狙った
事も否めないであろう。しかし、そのことは企業としての2つの会社の差異を
くっきりと際立たせた機会にもなった。
 会場となったのは、軽井沢72ゴルフ 西コースであった。このトーナメン
トの仕掛け人であった東急系の広告代理店は、当然名称を東急・西武ゴルフ
トーナメントとすることを提案した。西武・東急であったかもしれない。それ
に対する西武の、いや堤さんの答えはノーであった。最終的に名称は軽井沢
72東急女子オープンとなった。東急側の人間は、西武という抽象的なブラン
ドより、軽井沢72という具体的ブランドにこだわる商売人としての優れた
センスとして理解した。しかし今にして思えば、西武グループの代表は、西武
鉄道ではないというこだわりであったのかもしれない。まして、ゴルフは、西武
の仕事ではなくコクドの領域ということであったのであろう。
 軽井沢プリンスホテル西館(あまり良いホテルとはいえない)の正面玄関を
入ると、目の前(南側)にもうひとつ正面玄関(?)があることをご存知の
人は多いかもしれない。軽井沢72東急女子オープンの前夜祭のパーテイー
を開催するにあったって一方のホストである堤義明氏が、どの時点で会場に
はいるか、どの入り口から来場するかは進行を司る事務局としては、はずせ
ないポイントである。しかし西武側(コクド側?)に聞いても誰も答えない。
南側か北側かも教えない。もちろんいつ登場するかもわからない。従って
事務局としては、南北両方にスタンバイせざるえないということになる。
実際には、堤氏は、車でなく若いキャピキャピしたミニスカートの女の子2人の
運転する白いカートでグリーンを横切ってどこからともなく現れたのである。
彼女たちの溌剌たる動きが、他のコクド西武の幹部である男性たちに比べて
あまりにも明るかったことが印象的である。 西武(いやコクド)の外にいる
無関係の人間で、堤王朝の異常さに接した人は数多くいるかもしれない。
そして、今となっては、全く意味のなさないことであるが、堤氏が
西武グループの人々の前に何時現れるかを示すサインは、一人の人物をのぞい
て、西武側の人が現場から、スウッと消える時なのである。
このことを知るまでに何回も堤さんにご登場いただく必要があったのである。
でも、もしかしたら、いやかなり多く、リトル堤が、日本中にいるのでは
ないであろうか。



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8.山崎行太郎コーナー  
 恐慌こそ経済現象の本質である。
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 日本経済を未曾有の危機と破綻に陥れた小泉・竹中流の「構造改革路線」
が前提にしているのは「反マルクス主義」と「反ケインズ主義」である。そ
こにはマルクスやケインズが直視した資本主義経済の本質としての恐慌とい
う認識が欠如している。素朴な古典派経済学の焼き直しである。規制緩和や
リストラによってサプライサイドの構造改革を実現し、生産効率を上昇させ
て、再び高度経済成長を実現する・・・・・・。

 しかし、今の日本が直面している経済的な危機は、デフレ・ギャップとい
う問題であって、生産効率や経営効率の低さという問題ではない。技術革新、
あるいは生産効率や経営効率を引き上げればデフレ・ギャップの問題は解決
するどころかますます深刻化するだけである。生産過剰と需要・消費不足こ
そデフレ・ギャップの根本原因である。

 デフレ・ギャップとは何か。生産能力はあるが、需要が不足しているため
に、リストラや工場閉鎖や倒産が相次いでいるというのが現在の日本のデブ
レ・ギャップ的な経済的危機の実体である。この問題に着目して経済学に
革命をもたらしたのがマルクスとケインズである。それは生産過程よりも消
費・需要過程を重視する。ケインズが、シュンペーターやフィッシャーと対立
する根拠はそこにある。 

 資本主義社会は自由放任主義的な市場原理主義を続ける限り永続的な繁栄
を実現するという幻想が古典派経済学の第一原理である。これは新古典派に
受け継がれ、最近のアメリカ経済学にまで生き延びてきた経済学的な幻想で
ある。これに対して、マルクスとケインズ経済学は、資本主義が市場原理主
義を続ける限り常に恐慌という危機は不可避であり、経済的破綻も不可避で
あるという認識を前提にしている。マルクスにとってもケインズにとっても、
経済恐慌は決して例外的な異常事態ではなくむしろ資本主義の本質なのだ。
資本主義とは恐慌という危機そのものなのである。ただその危機が経済現象
として噴出するのが稀であるというだけである。

 それはニュートン的な古典物理学に対するアインシュタインの相対性理論
の関係に似ている。相対性理論は古典物理学の極限状況において成立する。
しかしそれだからと言って古典物理学が成立している状況では相対性理論が
無効だと言うことにはならない。ただ、古典物理学が通用している世界では
相対性理論的な認識を問題にする必要がないというだけのことである。実は
古典物理学で自足している世界でも相対性理論は生きているのだが、問題と
して噴出してこないだけである。現に、われわれは、日々、古典物理学的な
世界に自足している。しかし古典物理学が成立している世界の基礎には常に
相対性理論的な科学的危機(時間・空間の相対化)が存在している。

 資本主義経済の本質は恐慌という危機である。ここまではマルクスとケイ
ンズの経済認識は一致しているが、それに対する処方箋は大きく違っている。
恐慌から共産主義革命へ・・・・・・というのがマルクスの歴史観・国家観
であるが、それに対して恐慌から資本主義再建へ・・・・・・というのがケ
インズの歴史観・国家観である。しかしこの違いを拡大解釈してはならない。
マルクスは革命的な共産主義派でケインズは自由主義的資本主義派という二
項対立的思考図式は問題の本質をとらえていない。マルクスとケインズが共
有する自由放任主義的な市場原理主義に対する危機意識こそ注目すべきだろ
う。危機こそ自然状態である。(『マルクスとケインズの共通性』2)(続く)
http://yamazakikoutarou.gooside.com
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/



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9.別宮暖朗 歴史評論家
 司馬史観なるもの
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司馬遼太郎は1972年(昭和47年)、今から30年ほど前、
『民族の原形』という大仰な題で次のような講演をやりました。
(『司馬遼太郎全講演』[1]朝日新聞社、2003)
「中国人と日本人の違いをロサンジェルスで見てみましょう。ときどき
アメリカでは黒人の暴動が起こります。最初は理由があり、それから
あとは混乱した状態になる。群れをなして店に押し込んでいって、
ガラスが割られて商品が盗まれます。だいぶ以前の話ですが、日本人の
固まっているリトルトーキョーが襲われました。隣の店がバタバタ
襲われているのに、知らん顔をしている店がかなりあったそうです。
日本人はこうまで利己的なのかと思ったりしますが、実はそうでは
ないのです。これはあとで説明しますが、とにかくリトルトーキョー
の被害は大きかった。チャイナタウンは黒人の敗北で終りました。
黒人が暴力でくるならと、中国人も結束し、暴力で対抗した。
当然被害も少なくすみました。
これからあとは、中国人がいかに(暴力的争闘に)優秀で利己的
でなく、日本人はいかに劣等で防衛感覚に欠けるかが説明されます。
そして、日本人は自分で守る意識がなく、世界感覚も単純だと
結論付けます。司馬のリトルトーキョーのケースだけを読んだ人は
「なるほど」とうなづくことでしょう。
 さて1907年、バンクーバーで反日暴動がありました。
原因は外務省通商局長だった石井菊次郎が「労働長官」と新聞に
誤報され、西海岸の(白人)労働者がいかに反日的か示そうと
騒動に及んだものです。 石井菊次郎は次のように書いています。
(石井菊次郎『外交余禄』岩波書店、1930)「停車場よりホテルに
進む途中自動車は群集を避くるようであったが、それでもある所
では宣教師風の男が電信柱に攀じ登り何やら群集に驕語するを見た。
―中略―
この間我が居留民の安否は我らが最も心配した所であったが、
夜半一同の談判によれば日本人町は居留民抜刀の警衛によって些かの
損害もうけず、乱民は怒を移して支那人町を攻撃し、この方は各商店
ほとんど洩れなく破壊せられ損害甚大らしいとのことであった。
翌日、我が小学校は乱民に襲われ火をつけられたが、それも居留民の
消しとむる所となり火災を免れた。それにて騒動は鎮定したのであったが、
この間同地警察は一向頼むにたらず我が居留民はとっさの間、領事館と
相談するいとまもなく、各自もちあわせの武器にて見事に自衛の実を
あげえたるばかりか、物質損害をも殆どうけなかった。聞けば我が婦人
までもビール瓶に灰をつめ、これを夫に与え、夫はこれをもって乱民を
防いだということであった。のちに至り、カナダ政府から損害を
賠償するとなったとき、我が居留民はあわせて2万ドル
(一に5万ドルとも)余りをうけて意外の利得に浴したるに反し、
実害を蒙りたる支那人は一文の賠償も得ず泣き寝入りした。
―中略―
我が同胞は一朝有事の日となれば勇往自衛の果断と雄気とを持ち合わせて
いるのである」 このように石井菊次郎は司馬遼太郎と反対の結論を
出しています。 これはどちらが正しいのでしょうか?実は司馬が全面的に
誤っているのです。なぜかといえば、1964年の黒人暴動のさいリトル
トーキョーに日系アメリカ人はほとんど居住していなかったのです。
日系アメリカ人は戦時中の迫害にもかかわらず、当時すでに収入の
高い層に属していました。当然、ダウンタウンの職住共同住宅に住まず、
郊外に居を構えていたのです。
 これがゆえ、黒人は無人のリトルトーキョーの商店を襲うことに
成功したわけです。でも、この程度のことは当時よく知られている
ことでした。
司馬遼太郎がなぜ誤ったかといえば、日本人を劣等視していることです。
反面、中国人や朝鮮人は常に利己的でなく優秀な民族とします。これでは
日系アメリカ人がなぜ成功し、中国系アメリカ人はなぜラーメン屋の二階に
住み続けるのか、全く理由の説明になりません。
もうおわかりになると思います。司馬史観とは、実は、よりカラフルな
自虐史観にすぎないのです。

注 別宮暖朗 1948年生まれ。東京大学経済学部卒業。西洋経済史専攻。
その後信託銀行に入社、マクロ経済などの調査・企画を担当。
退社後ロンドンにある証券企画調査会社のパートナー。
歴史評論家。ホームページ『第一次大戦』を主宰
著作多数 『軍事のイロハ―バカな戦争をさせない88の原則』
『中国、この困った隣人』『坂の上の雲」では分からない旅順攻防戦
―乃木司令部は無能ではなかった』



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巻末までお付き合い頂き、ありがとうございます。
次回の配信は、3月18日(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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