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甦れ美しい日本 第399号

発行日: 2009/11/7

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2009年11月7日 NO.399号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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◎西村真悟  真悟通信#461 11月6日付 保守とは

◎投稿 グロス・孝夫  Hato Hate (11)

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◎西村真悟  真悟通信#461 11月6日付 保守とは
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 本日産経朝刊の「正論」に新保祐司氏が「『目頭が熱くなる』心情こそ保守」という一文を書かれていた。まことに、心にしみる一文である。
 新保氏は、かつて福田恒存氏が旅順の爾霊山の頂上に立った時、「目頭が熱くなるのを覚えました」と心情を吐露しているのを受けて、「私が福田恒存という人間を信じるのはここである」、「保守というものはこのような真摯な心に根ざしていなければならない」と書かれている。
 また氏は、「リベラルな考えに対して、保守の立場があるのではない。そういうものの一歩手前で、日本の近代の歴史の悲劇を思って「目頭が熱くなるのを覚え」る心情を源泉として立ち上がるのが保守の志なのであり、今日いわれる保守の再生には、その点が忘れられてはならないであろう」と付言されている。実に深い指摘である。

 ちょうど昨夜、若い人と「保守」とは何かと話ていた。奈良の葛城から大阪に帰る車内だった。
 私は、「海ゆかば」を歌って涙を流せるのが保守であると言った。その時、私の瞼にはある情景が甦っていた。
 十月十七日の砂防会館で、チャンネル桜主催の、国家再生のための集会が行われた。千五百名以上の方々が参加されていた。
 開会の冒頭、十月四日に亡くなった中川昭一さんの遺影を掲げ「海ゆかば」を合唱したのだ。なんと中川昭一さんにふさわしい追悼であったことか。
 その時、涙があふれてきた。平沼赳夫先生も流れた涙をハンカチでぬぐっておられた。
 このとき私は、真の保守の思いが中川昭一の魂と一体になったと感じた。中川さんと吾らは、存在の仕方は異なっても、思いはともに「日本」にあると感じたのだった。

 さて、福田恒存氏が、旅順の爾霊山で「目頭が熱く」なられたことを受けて申しておきたいことがある。
 それは、乃木希典軍司令官と第三軍の将兵、とりわけ明治三十七年十一月二十六日の晩、近代要塞に銃剣と日本刀を振って突撃して消滅した三千名の白襷抜刀隊のことを「無能」呼ばわりし「兵の堵殺」と平然と片づけるのは「保守」ではない。
 乃木希典閣下の偉大さが分かるものが保守だ。
 
 私は、二年ほど乃木希典閣下の自宅の近くに住んでいて、旅順で戦った乃木閣下と将兵のことを思い、また語る時、いつもこみあげてきて絶句してしまうもので・・・。 
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◎投稿 グロス・孝夫  Hato Hate (11)
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ドイツ版不都合な真実
 
「関西の零細企業経営のオッサン」の方の記事を読み、まさに四半世紀前に私自身が経験した西ドイツでの高福祉の「不都合な真実」を思い出した。そこで現在の新政権が目指す高福祉政策の結果がいかなるものとなるのかの一例としてそれをご披露しよう。それはちょうど 25年前、即ち西ドイツが70年代からの社会民主党政権時代に確立した「高福祉政策」の頂点にある時代に、私がたまたま日本の製造業現地責任者として、本社が約 50億円を投じた150人規模の新工場を立ち上げ、工場を運営していた時の経験談である。
 
その際、一番苦労したのが日本とは全く異なる雇用関係である。そこで、営業関係はその分野で経験の深いもう一人の日本人に任せきり、この雇用問題に関しては信頼できるドイツ人の人事総務部長と製造部長の二人から色々教えてもらいながら、徹底的に取り組んだ。まずその法制面での実態とは以下の様なものである。 
 
1.      解雇防止法で従業員は違法行為でもない限り原則的に解雇出来ない
2.      勿論、派遣労働なるものはなく、一時雇用はごく短期間に限定される
3.      労働時間は週35時間(当時)以内に厳格に規定され、残業なるものはそもそもない
4.      日曜日は工場の運転は出来ない(従って 24時間X 7日の連続運転は不可能)
5.      工場内に Betriebsrat と称する作業所単位での労使協議会の設置を義務付けられる
6.      原則従業員の人事雇用に関する事項は全てこの協議会での了承取り付けが必要
7.      現場従業員の賃金水準は企業の業績に関係なく、上部団体の産業別組合が決定する
8.      子供手当ては国から支給されるが、母性保護法により女性従業員の出産前後 14ヶ月は完全な有給休暇となる
 
まだまだ列記すれば限りないが、これが西欧先進資本主義国での「高福祉政策」の法制である。特にドイツ独特の労使協議会の存在により、従業員側のどういう人間が労使協議会の委員長になるかが経営上の成否を決める大きな要因となってしまう。労使協議会と言っても、日本の様な企業別労組と違い、上部団体の産業別労組の影響を大きく受けるのであって、いかに経営側が社内で協議会委員長と良好な関係を築こうが、合意に至らないケースも多く、その場合の最終決定は労働裁判所に委ねられ、裁判官の元に何回も足を運ぶという事となる。
 
今から考えれば、その後の冷戦終結によるグローバリズムの前であっただけに、旧東側体制や新興国からの安い賃金での輸入品というものも無かった時代であり、この高福祉からくる極めて高コスト体質の企業でもその当時は充分存立できたのである。当然ながらこの工場は現在では中国品等の輸入品とはとても競合出来ず、たちまち廃業となってしまっている。
 
それでは次にこうしたぬるま湯的高福祉政策が現場の従業員の態度にいかなる影響をもたらすかのいくつかの事例をご紹介しよう。
 
クライン・孝子さんの「大計なき国家日本の末路」にも書かれている様に当時の西独政府は東独政府に高額のお金を出して、西側に逃亡しようとした人間を西側に引き取っていた。我々の工場にも東独からの3名の人間が現場に雇用されていたが、人事部長と製造部長が声を揃えて彼ら3名の勤務態度を高く評価し、いち早く班長に抜擢したのはそのうちの一名であった。彼はポーランド生まれであったが、「私はドイツ人である」と胸を張って頑張っていた。彼は戦後ドイツから領土をポーランドに取り返された旧ドイツ領地域の出身であったのである。
 
これは何を意味するのか。もう既に高福祉政策の労働者保護の恩恵にどっぷり浸かっていた西独の労働者とは違い、職業選択の自由さえない東側体制から解放された喜びからか、彼らは一から頑張って、必死で勤勉に働いたという事である。
 
二番目は、これまた日本や米国で考えられない事であるが、平たく言えば有給での「病気ずる休み」がいくらでも可能であるという事だ。私自身も風邪気味で近所の医者で見てもらった事があるが、そこでドイツ人医師は「それでは休みは何日欲しいのか?」と聞いてきたのである。それは「病気であるから何日の休養が必要である」との医師からの証明書があれば、法律では有給休暇の枠外で、有給で何日でも休めるのである。本人が風邪の症状で辛い苦しいと言えば近所で仲良くしている医師とか親戚の医師であれば気軽にそういう証明は書いてくれるものである。悪意の従業員にかかると、ある時は医者を次々と変えたりしてこれを乱発させて、工場シフト体制に穴をあけてしまうのである。
 
もう一点は Schwarz Arbeit(闇労働)、つまり手厚い失業保険の給付を受けながら、同時に闇で働き続けて報酬を受取る事である。これは当局がなかなか失業者一人一人の実態をつかめない事から、相当蔓延していた様に思う。いわゆる家庭内のペンキ塗りや電気製品の修理等のいわゆるアルバイト的な仕事はほぼこの連中の活躍の場であった事は間違いない。
 
こういう高福祉・高負担社会であっても、それでもドイツは当時、西欧諸国では群を抜いて経済的に豊かなであり、先進であり続けた。これはいかにドイツ人の時間当たりの生産性が高く、いかにドイツ人が効率良く働くかを示すものである。しかしながら、そこまで生産性の高くない英国の先例では、経営者、従業員ともに自動車、家電、OA他の機械類などは自国内で作るという気概さえなくし、工業で成立っていた地方都市が次々と荒廃していった。有名な「ゆりかごから墓場まで」の高福祉政策の元では、もはや人々が勤勉に働かなくなり、国の活力をなくしていった結果である。まさに関西のオッサンの方が述べられていた「大なり小なり精神を冒され腐りつつある」と言う状態が現実におきていたのであった。
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