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甦れ美しい日本

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甦れ美しい日本 第206号

発行日: 2008/8/8

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年8月9日 NO.208号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >

◎西村眞悟 原爆の投下と広島の石にある「文句」

◎レギュラー執筆者 
      
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて 176
2.奥山篤信   偽善と欺瞞の五輪開会式
3.藤岡知夫     最近のオペラから

◎松永太郎の本の紹介 
1.呆れた中西論文
中西輝政「ブッシュの裏切り」にどう報いるか   月刊「諸君」9月号を読んで

◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (18) 
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◎西村眞悟 原爆の投下と広島の石にある「文句」
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 八月になれば、原爆の犠牲者への追悼、そしてソビエト軍の満州から朝鮮半島への雪崩れ込みと樺太・千島占領への悔しさ、さらに十五日の全戦没者への慰霊の思いが続いてくる。
 八月は暑さのなかで、お盆のご先祖をお迎えする風習とかさなり、独特の思いが大気に流れてくるように思える。その思いとは、生きるものの思いというより亡くなった方々の思いである。
 
 そこで、原爆記念日を迎えるに当たり、改めていつも思うことを記しておきたい。
 私は、原爆の犠牲者を心から追悼する。しかし、広島の原爆公園にある、「過ちは繰り返しませんから」という追悼の文句はしらじらしい。私は気にくわない。嫌いである。
 えらそうなことを言うな、まるで貴方たちの生きた頃は馬鹿ばかりで過ちを犯していましたが、私たちは賢く振る舞いますと言っているようではないか。
 また、原爆を落としたのが日本人だったとでも言うのか。この文章の主語は誰であろうか。落としたのはアメリカではないか。その証拠に、アメリカでは、原爆を広島に落としたB29を未だに大事に磨き上げて展示している。
 そのB29の前に「アメリカ人は過ちは繰り返しません」と書いているなら分かる。しかし、落とされた広島に主語不明でこの文句を書いている感覚が分からない。一体天下の公園に、誰がこの文句を書いたのであろうか。

 敵をとるという思い。この思いを素直に懐き表明した上で、恩讐の彼方に昇華させるという慰霊ではいけないのであろうか。
 曾我兄弟また忠臣蔵の話、古来我が国では、敵討ちは武士の美談であったではないか。
 また、非戦闘員がいる住宅密集地に爆弾を投下したB29搭乗員を処刑したことにより、戦犯として絞首刑に処せられた岡田 資中将の裁判闘争記録である「明日への遺言」をみると、アメリカ軍でも敵討ちは違法とはされていない。
 岡田中将の戦犯裁判において、アメリカ軍の日本本土爆撃の実態が明らかになってからのアメリカ軍の判事また検察官は、岡田中将の命を救うために、B29搭乗員殺害は「処刑」ではなく「敵討ち」だと彼が証言することを願っていた。

 そこで、私が元兵士から聞いた原爆被災者の直接の声を思い出す。原爆投下の直後、広島に入った部隊があった。その部隊の兵士は、おびただしい被災者の死骸と生きているが道ばたにうずくまっている人々の群れをみる。そのうずくまっている人々は、彼にこう言った。
「兵隊さん、敵をとってください、敵をとってください」
 敵をとって欲しい、これは被爆者の自然の願いであった。この事実に目をつぶって追悼はない。

 我が国を取り巻く国々は、みな核保有国である。とりわけ、中国は我が国に向けて東風21という核弾頭ミサイルを実戦配備している。北朝鮮も核をもっており「東京を火の海にする」と脅迫したことがあった。
 そこで自問しよう。
 核を落とすなら敵をとると思う日本人と、
 落とされれば「過ちを繰り返した」と思う日本人と、
どちらが落としやすいであろうか。
 
 決まっているではないか。落とされれば、自分が悪かったから過ちを繰り返したと思う日本人には、良心の躊躇なくしかも仕返しの恐怖もなく落とせる。
 落とされた日本人自身が言っているように、悪いのは日本人であり落とす側は悪くない正義だと言えるからである。しかもこのような日本人が、敵を討ちに来る心配もない。
 
 それに対して、敵をとりにくる日本人には落とせない。何故なら落とせば自分も敵をとられて死ぬからである。
 
 そもそも、精神的にも敵を討つ体勢があること。
 核抑止力とはこういうことである。
 相互確証破壊、つまり、やったら確実にやり返す、だから双方とも核は使えない。きれいごとではなく、これが核戦争が抑止されてきた前提である。

 ということは、広島の公園にある、「過ちは繰り返しませんから」という文句は、核抑止力を自ら放棄して、日本人には核を落としやすいですよ、と核保有国に発信していることになるではないか。
 敗戦ぼけ!もほどほどにしてほしい。
 まさに、あの文句自体が、この厳しい国際社会のなかで我が国に再び惨禍を繰り返させる「過ち」である。
「過ちを繰り返させない」為に、あの文句を刻んだ石の撤去を望む。

 ところで、以下は、知っておいてもよいエピソード。
 数年前に、拉致被害者救出への協力を要請しに、赤坂のアメリカ大使館を訪問した。そこで通された大きな客間には、立派なクラシックな戦艦の模型が飾られていた。側によってその船名を見ると「サスケハナ」と書かれてあった。
 そして、「なーるほどなー」と感心した。
「サスケハナ」とは嘉永六年六月三日、浦賀に臨戦態勢をとって侵入してきたぺりー提督率いるアメリカ艦隊の旗艦である。
 ペリーは、アメリカ大統領の我が国に「開国と通商」を迫る国書を持参してきた。
 そして驚いて接触してきた幕府の役人に対し、如何なる事態になってもこの国書を幕府に受領させる、もし戦闘中に降伏するならばこの旗を掲げよと「白旗」を渡したのである。
 当時の欧米諸国が、力で非西洋国を屈服させるときの常套手段である。この屈辱が、我が国が独立自尊のために富国強兵路線を進むバネとなった。従って、石原莞爾将軍は、昭和二十年の我が国敗戦後に始まった東京裁判の証人にアメリカ軍から喚問されたときに、
「証人を喚問するならば、まずペリーを喚問すべきだ」
と発言したのである。
 まさに、このペリーが乗船していた旗艦の模型をアメリカは、今も駐日大使館の客間に飾っている。
 アメリカ人とは、なかなか歴史を忘れず覚えているもんだと感心した。そして、ひょっとしたら、広島に原爆を落としたB29「エノラ・ゲイ」の模型もぶら下げているのではないかとその部屋を見回した。無邪気な(情緒のない)アメリカ人ならやりかねない。
 
 とは言え、やはり、このアメリカのように、日本人もさりげなく歴史を忘れていないよ、と示すことも必要であろう。
 我が国で言えば、ワシントンの駐米日本大使館の客間に、
原爆投下直後の広島の写真を掲げ、写真の下に
「兵隊さん、敵をとってください」
という被爆直後の被災者の声を書いておくのもよい。  
(注)本論文は西村真悟の時事通信(平成20年8月5日より西村事務所の了解を得て転載するものです。                                
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて  176
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 ウェデマイヤーは、歴史の継承ともいうべき「第一次大戦の教訓」体験者について、次のように書いている。
「一九二〇〜三〇年代の第一次大戦の真相暴露時代に生まれ、または成長した人々は、更に今一度、世界戦争に加わろうとはしなかった。第一次大戦の結果、ロシアに共産主義の独裁制が出現し、一方では、大戦後の懲罰的な平和条約によって、ドイツの民主主義の成長は挫折し、とどのつまりはワイマール共和国の崩壊となって、ドイツにヒトラーのナチ独裁制が台頭する機運をつくった。又、ベルサイユ条約は、東ヨーロッパを自立できない弱小国に分割した。これら弱小国の国民たちは、ウイルソン主義によって、たがいに対立する小国に分離独立させられ、第一次大戦前のオーストリア・ハンガリー帝国の領土であった当時よりも、国民の生活状態は悪化し、自由は更に制限され、国民生活のすみずみにまで圧迫が加わった。フランスがドイツを“封じ込める”ために、これら東ヨーロッパ諸国を利用しようとしたので、それによって、これら諸国の人々が何らかの有利な地位に立ち、その独立が脅かされなかったと、果たして誰が言いうるであろうか。“世界を民主主義にとって安全なものとする”ための第二回目の戦争であった第二次大戦は、どうもよりよい結果をもたらさなかったようであり、この戦争は、西欧文明にとって悲劇であったことが、おそらく証明されるかもしれない」
 ウェデマイヤーの嘆きはまさに的を射ていると思う。
<世界を民主主義にとって安全なものにする>ための戦争とは、犠牲になった“弱小国“を無視した、一部大国の思い上がりであり、まさにワシントンが決別の辞に残した“遺訓”に反するものであった。
 今の世界情勢も、この論法に当てはめてみてみると実に興味深い。共産主義の暴走であった「朝鮮戦争」はともかく、民主主義の大義をことさら強調して巨大な戦力と資源が注ぎ込まれたヴェトナム戦争、中東で絶えることがないに民族主義紛争さえも、自分達の掲げる理想、つまり「民主主義」完成のためと称して、時には「大義」を“捏造”してまでも介入する傲慢さは、実に初代大統領・ワシントンの遺訓に背くものではないのか?ウェデマイヤーが述懐したように、21世紀を迎えた今も第二次大戦の判断の誤りを償うための戦争が継続されているとはいえないだろうか?
つまり、民主主義確立のための<第二回目の戦争>であった第二次大戦で、重大な誤りを犯したアメリカは、未だに完成しない<非民主主義>世界の現状に満足できず、自国青年達の血を注ぎ込んでいる・・・。自ら招いた結果だとはいえ、今や憎しみが更に憎しみを呼び、戦闘の大義は薄められ、<たがいに対立する小国に分離独立させられた>民族の戦いまでも、「国際テロ」と称して民主主義に対する抵抗勢力と位置づけ、自国青年の血だけでは満足できず、その討伐を仲間に呼びかけている・・・、私には今の世界情勢がそんな図式に見えるのだが間違いだろうか?
ウェデマイヤーは次のように続ける。
「アメリカの反戦派の人々が唱えていた政策は、イギリスその他の世界諸国にとっても、当時、アメリカで有力であった親英派と主戦派の人々が掲げていた政策よりも、より有益であったことは、今ではほとんど疑う余地がないようである。リンドバーグ大佐が非難される原因となった、一九四一年四月二十三日に行った有名な演説の要旨は、次の通りである。
<私は、もしイギリス帝国が崩壊するような事態が起これば、それは全世界にとっての悲劇であろう、と確信していることについては、以前から申し上げてきているところであり、これからも言明するつもりである。私がこのヨーロッパ戦争の起こる前から、この戦争に反対を唱え、紛争を話し合いで平和的に解決するよう主張した主な理由の一つは、これである。
 私は、イギリスとフランスがこの戦争で勝利をおさめるじゅうぶんな見込みがあるとは、考えていなかった。すでに、フランスは敗北し、また、最近二、三ヶ月の宣伝と混乱にもかかわらず、イギリスが負けつつあることは、今や明らかである。この事実は、イギリス政府さえも認めている、と私は信じている。しかしイギリスは、残された最後の死に物狂いの計画を一つもっている。それは彼らがアメリカを説きつけて、アメリカ軍をヨーロッパに遠征させ、イギリスと一緒になって、このヨーロッパ戦争の大失策をアメリカに軍事的にも、財政的にも、分担させるように出来るかもしれない、と考えていることである。
私は、イギリスがこうした希望をいだいたり、アメリカの援助を求めようとするのは、無理のないものと思っている。しかし、ポーランドからギリシャまでイギリスに味方した国の全てが、敗北の憂き目にあうという情勢のもとでイギリスが宣戦布告した事実を、今やわれわれは知っている。戦争に死に物狂いのあまり、イギリスは与えることも出来ない武力援助を、それら諸国の全てに約束したことも、われわれはわかっている。イギリスが、自国の戦備、軍事力および戦況について、アメリカをごまかしたように、ポーランドからギリシャに至るイギリスに味方した諸国をごまかしたことを、われわれは承知している>」
結果的にリンドバーグ大佐の<警告>は的中したのであったが、我が国にとっては、この日米開戦直前の「講演」は当時の米国内の動きを知る貴重な情報でもあった。日本大使館がその機能を果たしてさえいれば、我が国でもまた違った判断が下されていたかもしれなかった。その点からも、森清勇氏が書いたように当時の外務省の“大罪”は追及されねばなるまい。              (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 偽善と欺瞞の五輪開会式
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一体自国の宣伝に何時間使うのだろうか?NHKを見ていると谷村や青山が媚びたコメントを繰り返す。まさに新華社東京本社NHKそのものである。

この開会式の監督はチャン・イーモウである。世界的映画監督であることは間違いない。初期の作品『紅いコーリャン』『上海ルージュ』など心を打つものがあり僕も認めている。
僕は『HERO』あたりから、この監督の映画に?を持っている。最近の『王妃の紋章』などはまさにこの五輪のアレンジの前触れのような金だけの演出である。もちろん五輪の演出としてこの監督の才能はあることは確かである。とてつもないスケールである。今の日本人にこのスケールの演出ができる芸術家はいないであろう。でも誰が見てもこの五輪は作品としては狂っているとしか思えない。

面白いのは中国の誇るものは過去の共産主義以前の遺産であることをこのアレンジは認めているのである。共産主義のドグマは意図的に避け、西欧諸国に実は印刷や紙などの発明は自分たちの国であることを演出しているのである。そして共産主義の陰湿さを極力避けているのだ。騙されてはならないNHKの能天気解説者どもよ!ヒトラーもやらなかった欺瞞がそこにあるのである。こんな五輪開会式でひとりはしゃいでいるのが福田であるのは目に見えるようだ!

ブッシュやサルコジなどこの開会式で完全に騙されているのは間違いない。いやに子供を使いその偽善を演出しているのである。

今や中国は張り子の虎といえる。この虚構の演出、毒々しい隠された意図、NHKの馬鹿解説者は属国根性で観劇している。君たちに誇りはあるのか?

この五輪の演出をみて全体主義の危険性を見ることのできないNHKなど新華社に身売りしたらどうなのだ!

日本の選手団よ!なぜ中国国旗とセットで日の丸を掲げているのだ!この媚びた演出!最低だ!

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
映画評論家 著書 「超・映画評 愛と暴力の行方」扶桑社
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3.藤岡知夫
  最近のオペラから
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パリ国立オペラ「トリスタンとイゾルデ」

パリのオペラ座といえば、スカルラッティやモンテベルディの時代からオペラ劇場として、ヨーロッパの中心的な存在で、モーツアルトもウィーンやザルツブルグでは余り成功せず、パリを中心に活躍したという歴史を持っている。現在でもヨーロッパ有数の歌劇場の一つで、私もパリに出張した折に、何度か観たことがあるが、ウィーンだのミラノだの他国の主要歌劇場では余り取り上げない珍しい作品を発掘して取り上げたり、現代作曲家の作品も多く取り上げている。今回の日本初来日公演でも、3つの演目であるが、その一つはポール・デュカの「アリアーヌと青髭」という全く知らないオペラ。二番目がバルトークの「青髭城」でこれは私も知っているが、同じ日に公演するもう一つの、ヤナチェック「消えた男の日記」も私は全く知らない。3番目がワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」でこれは世界のあらゆるオペラ劇場での定番曲目で、7月31日、文化村オーチャードホールで行われた公演に出かけてきた。
この日まず感じたのは、オーケストラの音が美しいことである。フランス人の唇は他のヨーロッパ人に比べて薄く、金管楽器の演奏に適しているとよくいわれ、どこのオーケストラでも金管が美しい音を出すが、木管楽器も大変美しく、トリスタンの第3幕の冒頭の部分にイングリッシュホルンの長いソロがあるが、うっとりするような美しさであった。管と弦のバランスもよく、サンクトペテルブルク出身のセミヨン・ビシュコフに率いられたオーケストラは、世界のオペラオーケストラの中でも第一級のものといえるであろう。
問題は歌手陣で、マルケ王のバス、フランツ・ヨーゼフ・セリグは世界第一級のレベルと言えるであろうが、肝心の主役トリスタンのテノール、クリフトン・フォービスとイゾルデのソプラノ、ヴィオレッタ・ウルマーナは、勿論悪いというわけではなく、世界的なレベルでも、第一線の歌手であることには間違いないのであるが、我々を心から満足させるレベルというわけにはいかない。
トリスタンは人々の尊敬を集める有能な騎士であるが、アイルランドの王女イゾルデを自分の伯父でもあるマルケ王の妃にすべく、船でマルケ王の王国に渡っているところからオペラは始まる。この時既にイゾルデはトリスタンを深く愛していて、二人で死のうと毒薬を飲もうとする。しかしイゾルデの侍女がその毒を媚薬にすり替えてしまい、それを飲んだ二人はたちまちにして、深く愛し合う関係になってしまう。2幕ではマルケ王はイゾルデを妃に迎えたが、余りに高貴な姿にセックスも出来ないでいるところに、トリスタンとイゾルデは逢い引きをするようになり、森の中で夜二人が逢い引きをしているところを、トリスタンの親友であるはずのメロートの奸策によって、トリスタンを貶めるための狩りを催し、その逢い引きの場面をマルケ王とメロートに発見されてしまう。そこでトリスタンはメロートに戦いを挑み、わざとメロートに刺されて深く傷つく。
第3幕ではトリスタンは従僕に運ばれて領国へ戻ったが、瀕死の状態である。そこへ医術に通じたイゾルデが船で駆け付けてくるが、イゾルデが近づいてくる声を聞きながらトリスタンは息絶える。そしてイゾルデも自ら命を絶ち、媚薬を飲んだが故の不義であったことを知ったマルケ王が、二人を許そうと後から追って現れるが、時既に遅しである。
オペラ全体がワーグナーの重厚な音楽に加え、媚薬がばらまかれたような甘美な雰囲気に満ちていて、特に第2幕でのトリスタンとイゾルデの夜の逢い引きの場面など誠にエロチックで美しい場面なのであるが、もう一つ食い足りない感じであったのは、主役の歌手陣が完璧ではなかった故であろうか。
ピーター・セラーズの演出は現代ヨーロッパのオペラらしく、もの凄く変わっていて、バックに大きなスクリーンを用意し、そのスクリーンに画像を流し続ける。そして画像が自然の風景であるとか、炎の場合には舞台とマッチして、違和感は感じないのであるが、舞台の歌手達とは全く異なった男女をバックに映し出し、しかも二人をパンツ一枚履いているだけの裸にして、大きなスクリーン上に大写しにしたりする。女の裸はともかくとして、髭モジャの男の裸の大映しは見ていても気分が悪く、音楽を聴く上での妨げとなる。更に酷いのは、ピンぼけの場面を映し出し、それを動かしたりする。誰でも人間の脳は、不安定に動き回る物体を見つめていると、頭脳の状態がおかしくなることは、演出を担当するような人間であれば、知っていなければならないはずで、私も舞台を見ていると自然にそのバックを目にせざるを得ないので、極めて不快感を覚え、音楽を聴く大きな妨げとなった。こんな馬鹿なことをする演出家は、彼自身が余程アホだと言わざるを得ない。
演出としてはこのバックの大きな画面が主要なものであるから、舞台は暗く大きなベットの様なものが一つ置いてあるだけの誠に簡単なもので、歌手も黒づくめの装束で、殆ど所作をしない。逢い引きの場面でも二人が並んで突っ立ったまま、唱うだけである。3幕の最後で瀕死のトリスタンへイゾルデが駆け付けてくる場面でも、イゾルデはトリスタンのそばには行かず横に突っ立ったまま、トリスタンの心臓が止まったとか、目が閉じたままだとか、トリスタンのそばにいなければ解らないような内容を、トリスタンの方を見ることもなく、突っ立ったまま唱う。そして最後にイゾルデが死ぬときも突っ立ったままで、誠に奇妙だ。小澤のタンホイザーの時のような、汚さがないだけまだマシと言えるかも知れないが、奇妙な演出で、演出なんかなくて、ただ歌うだけの演奏会形式の方がマシだったと言うことが出来る。

ロッシーニ作曲「チェネレントラ」
7月19日武蔵野市民文化会館、イタリア・スポレート歌劇場公演

日本では専門の歌劇場というと、新宿初台の新国立劇場が唯一のものであるが、イタリアやドイツでは殆どの都市にオペラ劇場がある。スポレートという都市は中くらいの都市なので、行ったことはないがほどほどのものであろう。
「チェネレントラ」はイタリア語で、英語名は「シンデレラ」。要するに誰でも知っているシンデレラの話である。ただ、オペラの演技がやり易いように、多少の変更がしてあり、例えば原作(と我々が思っているもの)では、シンデレラが靴の片方を落として行き、王子がその靴が合う娘を捜す筋立てになっているが、オペラではチェネレントラが両手にはめていた腕輪の一方を王子に渡し、王子は同じ腕輪を左手にしている娘を捜す。そして1幕の最初から王子と従者が着物を交換して逆の立場になり、シンデレラ一家の前に登場し、シンデレラの二人の娘は変装した王子の従者に取り入ろうとする、等々である。
その当時ロッシーニが最も愛して使ったソプラノ(イザベラ・コルブラン?)の音域が通常のソプラノの音域或いはそれより少し低い音域にも関わらず、コロラツゥーラの超絶技巧の節回しが沢山現れるし、この超絶技巧はテノールに対しても求め、テノールの場合にはC或いはDの高音を何度も要求していることが、ロッシーニのオペラに共通した特徴で、この「シンデレラ」もその典型とも言える。シンデレラを歌ったソプラノのフレデリーカ・カルネバーレ及び王子を歌ったテノールのキルリア・ミット・コルディスはこの要求を十分に満たし、世界最高の歌い手というわけではないが、ロッシーニの要求は十分に満たしているし、私達聴衆も十分に満足させてくれた。都心の自宅から三鷹まで1時間以上かけて足を運び、更にタクシーに乗るという遠隔の地である不便を除けば、武蔵野市民会館でのオペラ公演は、1万円という安価なチケットの代金を考えれば、十分に満足して家路に着くことが出来た。

オペラ ツィンマーマン作曲「軍人たち」
5月7日新国立劇場

ツィンマーマンは1918年から1970年に生きたドイツの作曲家で、一般には全く知られていないが、私は若い頃この人のチェロ協奏曲を練習曲としてさらったことがある。軍人たちというオペラも、私を含め少なくとも日本人にとっては初めてのオペラで当然日本初演である。1965年以来ケルンでの初演以来、世界各地で度々上演され、20世紀で最も重要なオペラ作品の一つであるということではあるが。
巨大な規模のオペラで全4幕トータル2時間ほど、17名の歌手と7名の語り部の俳優、4名の男女ダンサー、更に合唱団をつとめる18名の士官及び士官候補生が登場する。筋立ては伯爵夫人の一族、その中には年頃の美女の姉妹がいて、それと軍人たちとの付き合いで、惚れた振られたの繰り返しであるが、これを見てからもう3ヶ月半も経っているので、筋は忘れてしまった。しかし曲は現代音楽らしい酷いものではなく、それなりに聞くことが出来、舞台の移り変りも大きく、なかなか楽しく、公演が終った後、中学時代からの親友、阪田登君と以前から楽しい付き合いをしているメリー・ウィドーと3人でイタリアンレストランで、楽しくワインを飲んだ良い晩であった。

オペラ ジュセッペ・ヴェルディー作曲「アイーダ」
4月19日、オーチャードホール

アイーダは全イタリアオペラの中の定番中の定番。最も公演回数の多いオペラの一つであろう。今回の主催者は朝日新聞という誠に不愉快なグループで、大阪国際フェスティバルの50回記念のために企画されたものであるが、演出がペーター・コンビチューニというヨーロッパで著名な演出家でもあり、この演出が不愉快なものであることは予測できたが、怖いもの見たさというか、わざわざ観に行った。演出は期待通り、予想通り酷いもので、このコンビチューニという男は余りに馬鹿であるが故に有名になったのであるとしか思えない。それ程広くないオーチャードホールの舞台を、布で囲ってわざわざ狭くしてしまい、例えば1幕の終わりでラダメスが有名な「清きアイーダ」を歌う場面などでも、バックのコーラスは誰も顔を見せず、ステージの幕の内側で歌わせるのである。何でこんな馬鹿なことをするのか。確かに合唱団を舞台の上に出すと、17人の合唱一人一人のための衣裳が必要で、これを省略すれば衣装代は安く済む。主催者側朝日新聞がケチだから、舞台の費用を安くするために、こんな馬鹿なことをしたのであろうか。
歌手のアイーダ、キャサリン・ネーグルスタッド、ラダメスのテノール、ヤン・バチィエック等は悪くなく、特にアモナスロを歌ったバリトン、ヤチェック・シトラウホなどなかなか素晴らしい声で、舞台を見ないで目をつぶっていれば、それなりに楽しく聞けた公演であるが、流石朝日新聞の主催だけあって、3万円も払ってわざわざ観に行くオペラではなかった。

オペラ、ウエーバー作曲「魔弾の射手」
4月18日新国立劇場

この数年見たオペラの中では、私にとってベストの公演と言って良いものであった。「魔弾の射手」は序曲が非常に有名で、オーケストラのコンサートでよく演奏されるが、オペラ全体で日本で演奏されることは殆どない。私も以前ドイツでは1度見たことがあり、日本では初めてである。しかしドイツでは「魔笛」「フィデリオ」と並び3大国民オペラとして、各都市に数多く存在する小劇場で、度々演奏されているようである。舞台の背景はチェコの森であるが、それに近いドイツの黒い森、シュバルツバルトは、もう20年余りも前になるが、ドイツの親友夫妻と我々夫妻の4人で、一日ドライブしたことがあるが、その広さ、森の深さには驚かされたが、殆どが針葉樹で、これでは蝶が少ないはずだと、好きにはならなかった。
さてオペラの話であるが、森林官の娘アガーテと狩人マックスは愛し合ってる。場所はボヘミヤで、領主はマックスに射撃大会で優勝すればアガーテとの結婚を許し、現在の助手の立場から森林官に昇格させてやると約束する。しかしマックスは射撃の腕の自信を失っていて、悩んでいるが、そこに狩人仲間が100発100中の魔弾を手に入れれば必ず優勝できると誘惑する。これが第1幕で、第2幕はその魔弾を作る場面で、深夜森の中の渓谷で、友人と落ち合い、その友人は悪魔から生命と引き換えに魔弾を得ていたのであるが、別の生け贄を差し出すから、自分の命を延ばして欲しいと、その悪魔に頼んでいたのである。悪魔は7発の魔弾を約束し、6発は命中するが、7発目は悪魔の思い通りにすると言って消える。その悪魔の場面では不気味な妖怪が沢山現れ、踊り回り、舞台の上にまで飛び出してくるのに、吃驚仰天した。演出のマティアス・フォン・ステークマンは現代演出家らしく、斬新な色彩と奇抜な動きを駆使していて、森の木が盛んに動き回ったり、妖怪を飛び回らせたりするが、これが見ていて誠に美しく楽しく面白く、これぞ本当のオペラの演出と私には見えた。
第3幕は射撃大会の場面で、マックスは魔弾を使って標的を正確に打ち当て、最後の1発で、領主は枝の先にとまっている白い鳩を撃てと命令する。しかしその白い鳩はアガーテ自身であって、これは自分だ撃つな、と止めに入ったが、撃ってしまう。アガーテは倒れるが、森の隠者がアガーテに与えた白バラを冠として被っていたために、それがアガーテを助け、弾は友人に当たり友人は悪魔を呪いながら死んでいく。その後も若干のやりとりはあるのであるが、めでたしめでたしで、オペラを終わる。
このオペラ公演では主役4人、アガーテのソプラノ、エディット・ハッラアー、マックスのテノール、アルホンニックス・エーベルツはドイツ人で、声も生き生きと若々しく素晴らしく申し分がなかった。これをサポートする、日本の歌手人もバリトンの大島行雄、平野忠彦等々日本の第一線級の人達で、ダン・エッティンガー指揮の東京フィルハーモニーの、歌手を邪魔せず引き立てる手慣れた見事な演奏で、私としては生まれて初めてヨーロッパの前衛演出家の演出を、誠に美しく見事に、音楽を引き立てるのに、感動した一夜であった。

オペラ公演 東京オペラの森2008 チャイコフスキー作曲「エフネニー・オネーギン」
4月15日東京文化会館大ホール

エフネニーオネーギンは現在でもロシアで最も尊敬されている作家、プーシキンの代表作の一つであるが、私にはオネーギンというアホな男の馬鹿げた一生を書いた作品が、何故多くのロシア人から賞賛されるのか、全く理解できない。しかしチャイコフスキーの音楽は誠に美しく見事なもので、オペラとしては実に楽しめる作品である。
東京オペラの森とは石原慎太郎が小澤征爾との友情を、都知事としての権限で実現し、安価で素晴らしい都立の文化会館大ホールを一般の公演公募の前にぶんどってしまい、ジャーナリズムの批判を浴びた。しかし流石石原の図々しさはジャーナリズムの批判をはねのけて、もう4年ほどになるが、未だに小澤のためにこの催しを続けている。
舞台は帝政ロシア時代の田舎で、大金持ちのオネーギンが自分が何をして生きたらよいか判らず、ふらふらしている。そのダメ男オネーギンに隣の大金持ちの娘タチアナが惚れてしまう。そしてタチアーナが夜を徹してラブレターを書く、手紙の場面の歌唱が素晴らしい。私はこのアリアはあらゆるオペラのソプラノのアリアの中で最も素晴らしいもの。特にミレッラ・フレーニの歌ったディスクが最も素晴らしいディスクであると思っている。しかし人間の世界に倦怠しか感じていないオネーギンは、せっかくのラブレターを冷たくタチアナに返してしまい、彼女は深く傷つく。しかもその夜舞踏会でオネーギンの親友のはずのレンスキーの恋人でタチアナの妹のオリガをしつこくダンスのパートナーに誘って放さず、激高したレンスキーはオネーギンに決闘を申し込むことになってしまう。そしてその翌日の決闘の場面で、先に来たレンスキーが一人歌うアリア「ああ黄金の日々よ」は、自分の死を予告しつつ、つい昨日までのオリガとの華やかで楽しい日々を回想し、数多い著名なイタリアオペラのアリアに勝って、私はこのアリアが最高のテノールのアリアであると考えている。
決闘で親友レンスキーを倒してしまったオネーギンは、更なる心の深手を負いつつ、放浪の旅に出るが、3幕では、ロシアの軍神として、王様を始め、ロシア中から尊敬を集めている年老いたグレミン公爵の夫人にオリガがなっていて、そのパーティにオネーギンが現れて、タチアナが田舎の小娘から立派な貴婦人に成り代っているのに吃驚仰天し、タチアナに密会を申し込む。そして昔自分に恋文をよこし、それを冷たく突き返したタチアナに対し、図々しくも自分と一緒にここを逃げて、一緒になってくれと懇願するのであるが、貴婦人として思慮を持ったタチアナは、昔の恋人から言われれば、自分も心は動くけれども、公爵夫人としての立場があり、馬鹿な真似は出来ないと、今度は逆にタチアナがオネーギンを突き放し去っていく。
小澤は流石ウィーン国立歌劇場の総監督を務める世界第一級の指揮者である。彼がオペラを振るとなると、新国立劇場などでは、呼ぶことが出来ない世界第一級の歌手が集まってくる。今度のオペラはロシアものなので、歌手も全ては北米系で、タチアナのソプラノ、イリーナ・マタエとオネーギンのバリトン、ダリボール・イエニスはロシア人、レンスキーのテノール、マリウス・ブレンチュー、オリガのメゾソプラノ、エレーナ・カッシュアンの二人はルーマニア人。グレミン公爵のバリトン、シュテファン・コツアンはスロバキア生まれで全て素晴らしかった。演出のハルク・リヒターはアメリカで名を成した男で、全体として悪くはなく、昨年のタンホイザーの酷さに比べたら、遥に良いのではあるが、細かな配慮に欠けていたと思う。具体的には、レンスキーは、舞台では20才前後で未だ若く、赤か黒かはわからないが、ふさふさした髪の毛を持っていなければならないが、歌手は、禿である。これは是非カツラを被せるべきであった。また逆に3幕で登場するグレミン公爵は老人のはずであるが、髪の毛もふさふさしているし、如何にも若々しい歌手である。これには禿のカツラでも被せて、少しでも老人に見せるべきであったと思う。日本人の演出助手でもいれば、このような細かな事に気が付いたはずなのにと、残念に思った。

藤岡知夫;
昭和10年生まれ東京都出身
昭和35年慶應義塾大学工学部電気工学科卒
昭和40年同大学院工学科博士課程終了 工博
昭和54年同大学教授に就任
平成2年東海大学開発技術研究所教授に就任
平成6年東海大学理学部物理学科教授に就任
平成12年財団法人応用光学研究所理事長に就任
専攻 レーザー工学 レーザー物理学
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◎松永太郎の本の紹介 
 本の紹介 
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1.呆れた中西論文
中西輝政「ブッシュの裏切り」にどう報いるか   月刊「諸君」9月号を読んで
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 イラク戦争(第二次湾岸戦争)のとき、アメリカ・ブッシュ政権の戦争政策を支持する小泉政権の外交を支持した。このとき、「保守派」の中でそうした日本の外交政策に異を唱えたのは、目にする限り、小林よしのり、西部邁、長谷川三千子氏ら、ほんの少数であった。

 このとき、アメリカの政策を支持する保守派の論調は、ほぼ、次のようなものであった、と記憶する。1。アメリカの戦争には、言うほどの大義はないかもしれない。2。しかし日米同盟は日本の安全保障にとって死活的に重要である、3.北朝鮮との間には拉致問題をはじめ非常に困難な問題をもっている。4.したがって、この際は日米同盟の結束をさらに固いものにしておくのが大事である。5.そのために日本(政府)はアメリカの戦争政策を支持すべきである。

 当時、アメリカが開戦するころ、私のような素人は、この議論は、それなりに、そんなに間違ったものでもないと考えた。確かにアメリカの戦争政策に「大義」はないが、外交力、政治力のまったくない日本政府としては、「日米同盟」をカードにして、北との交渉に臨むしかない(特にほかに何のカードもない)。しかも、当時、アメリカは9.11のあとで「頭に血が上っていた」(森本敏氏)のである。そんな時、チェイニーやラムズフェルドのような強面連中の政策に、正面きって何か異を唱えられるような度胸や説得力を持った政治家など、少なくとも当時の日本政府には一人もいなかった(もちろん今でもいません)。

 こうした保守派の中でも中西氏の活躍は目立っていた。この人は政権にさえ影響力を持つ、といわれる論壇(というものが今でもあるとすると)「大物」である。その中西氏が今回、「諸君」巻頭に発表した表題の論文を読むと、その呆然とするほどの情けなさに、本当に日本の将来が心配になってくる。政権にも影響力を持つほどの論壇「保守派」の大物の思考は、この程度のものだったのか、と言葉を失うほどの代物である。

 冒頭から仰天する。アメリカが北に対するテロ支援国家指定解除を決定したという「報に接し私は驚きもしなかったし、憤りもしなかった。ただ我知らず涙が出てくるだけであった」とある。要するに、アメリカに「裏切られた」という「無念」と「衝撃」を感じて、「涙を流している」のである。

 この人は国際政治が専門の京都大学教授である。オックスフォードで勉強され、情報機関の歴史などにも詳しく、日本にも情報機関を設置せよ、という主張もあった。そんな人に、アメリカに裏切られましたあ、といって涙を流されても困るのである。 俗謡に言う「ふられた私がバカなのよ」ということではないか。

 別に私など国際政治が専門でもなんでもないが、少しでも20世紀の歴史を読めば、国家というのは、互いに裏切ったり、裏切られたりするものであるのは、あたりまえであることぐらいはわかる。表向きは別として「固い信頼に結ばれた」二国間などというものは、どこにもなかったし、ありえない。それが20世紀、いや、そもそもこの地球上に「国」なるものができて以来の常態である。だからこそ、国家は必ず情報機関と軍を持ち、常に他国の情勢に配慮してきたのである。孫子の時代以来。 

しかしアメリカは、イラク戦争に失敗した。当時、日本でもどこでも、失敗を予測する専門家も普通の人も、たくさん、いた。専門家の中西氏は成功すると信じた。まさかアメリカが失敗するかもしれないという予想のもとに、その戦争政策など支持できないからである。

今回の中西論文に関して呆れざるを得ないのは、氏が、イラク戦争の行方の予測に失敗したことではない。氏が「イラク戦争のその後の経過に、率直に言って、この間の言論人としての責任を痛感せざるを得ないとの思いを常に背負ってきた」と書かれているのは、そのとおりだろうと思う。しかし、「それについての論及を自己検証の目的にいくつも書いてきた」にしては、その論及というのは、率直に言って見たことはない。

少なくとも自分の専門(本職)の分野で、これだけ予測をはずせば、普通は商売を換えるか、その後は黙っていたほうがいいのではないか、と思われるが、予測が外れるのは、誰にでもあることである。当時の保守派は、小林よしのり氏(氏は、自分では保守派とは言わないが)を除いて、ほとんど、みな予測を間違えたのである。小林氏は当時から現在の情勢を正確に予測していた。その慧眼には感服する以外にない。

 呆れるのは、氏がアメリカに裏切られた、と感じていることである。今書いたように、国家間では、裏切りが当たり前である。アメリカ様だけは裏切らないと考えるのは、国際政治がご専門の国立大学教授として、いささかナイーブ(日本語で言えば、純情)に過ぎるのではないか。情勢が変われば国家(政府)の方針など、どうにでも変わるのである。

 さらに呆れるのは「ああ、なんということだ!あのパウエル演説でイラク戦争の大義を信じた私を含め、世界中の親米派は、今こそ自らの不明を愧じなければならないだろう」と嘆いていることだ。何を愧じようと、ご本人様の自由だが、呆れる理由は以下のとおり。
1.パウエル演説でさえ、アメリカの戦争に大義を感じる人は少なかった。
パウエルが国連に提示した証拠が開戦に十分な理由になると考えている人は、アメリカ政府部内でさえ少なかった 
2.日本の保守派の中にさえ、アメリカの戦争に大義があると、当時、主張した人はあまりいなかった。むしろ戦争に大義なんかいらない、と主張した人すらいたのである。中西氏がナイーブにも「アメリカの戦争の大義」を信じていた、と告白されるのは、率直に言って驚きである。
3.「アメリカが虚偽の情報によって戦争に突入した」というのを、国際政治がご専門で、オックスフォードで情報機関の歴史を学んだ中西氏は、どうやらボブ・ドローギンの「カーヴボール」を、それも翻訳で読んではじめて知ったらしい。しかし、スコット・リッターはじめ、多くの専門家は、アメリカが開戦する前からイラクには大量破壊兵器などありませんよ、といってきた。アメリカが戦争の突入したのは「イラクが移動式生物兵器を所有しているという虚偽の情報を信じた」ためではない。それは、別にドローギンの本が出る前から、わかっていたことである。ドローギンの本は、CIAおよび西ドイツ情報部内の情報を元に書かれたものである。こういう本を、それ自体、偽情報工作かもしれない、と疑うのは、ナイーブな中西氏にはできないのかもしれない。

 情報に関しても、また国際政治に関しても、これだけナイーブな人が、国際政治や情報に関して、言論界や政権にまで影響力を持ちがなら、特に恥じ入った様子もなく、今後の日本は「こうしなければならない。ああしなければ生きていけない」とお説教するのを見ると、先に述べたようにわが国の将来が真剣に心配になってくるのである。
 
松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (19)      
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今日の中国 そのII                                    2008.08.08
五輪開幕の今日現在まで、北京や上海の中高年中国人である知人、友人に聞いて廻った限り、例の河北省工場で生産された冷凍餃子を国内で買って食べた現地の人たちにも中毒症状が出た、と言うニュースを知っている者は一人も居ない。
現地での中毒は既に7月初旬に発生しひそかに中国政府から日本政府に通知され、中国側から時期が来るまで公表しない様にとの指示をうけた福田内閣がバカ正直に秘密を守っていたところ、オリンピック開幕直前の大事な時に日本でマスコミにすっぱ抜かれた、と此方で報道された内容を現地に伝えてみた。

判ったのは、友人、知人の全員が元々国産品への不信感から中国製冷凍食品など余程緊急の折にしか食べないようにしていて、今回の件を聞いても大して焦る気配は無い。然し、彼等は全員此れまでの中国内の報道により、農薬混入の件は日本人が神経質すぎるか日本国内での流通過程で発生した物と信じていた。従って混入が中国内で発生したに違いなく、然も政府が自国民に其の事実をひた隠しにしている事に大きなショックを受けている。

政府が北京五輪に各国から多くの観客が集まり、何の憂いも無く観て食べて飲んで帰ってくれる事に最大の期待と面子をかけている事、これは良いとして政府が自国民の健康安全よりも、事実を報道せず五輪を優先した事にショックを受けているのである。
これは彼等にとり深刻な事態である。にも拘らず、中国政府が国家の面子の為に国民の生命を犠牲にする事など何も今更驚く事でも無いと彼等が本当に納得するまで多少時間が掛りそうな気がする。それ程メディアを使った国内向けの政府の宣伝活動は徹底しているからだ。

因みに先日まで10日程上海に居た間、気が向いたときにTVをつけてチャンネルを廻してみると、必ずと言って良いほど何処かで八路軍と日本軍の戦時物を演っており、何れの場合も八の字髭を生やして額に青筋を立てている悪漢ズラは必ず日本軍人、爽やかな青年風は共産軍と決まったワンパターンである。誰でも一目で判るのだ。此れが連日全国で繰返されているのだろう。福田首相がいくら胡主席にニヤニヤとへつらい続けてもこのままでは日本人は‘良い人’にはなり得ない。

ましてや中国国民への健康被害が広がる恐れを知りながら、中国政府にただ愛されたくて、事実の公表を抑えてきた福田内閣が今後中国人に好感を持たれる訳も無いだろう。
然し一つ明るい現実はある。
上海でも景気に陰りがさし物価が高騰して庶民は消費を抑えているが、高層ビルが立ち並ぶ中心地区や浦東新興商業地区に空き事務所は殆ど無く、そこに吸込まれ吐き出される男女サラリーマンは全員20代かと思われるほど若々しい。彼等の関心は自らのキャリアアップでありたとえ対遇が同程度としても2年努めた職場であっても簡単に同じ業界の他の職場に移って経験を積もうとする。専門学校や大学を出ていれば就職口に困る事も無く、若者が全国から集まってくる。そうして30位の中堅になれば相場は手取り1.5万元(日本円約23万円)で、必ず共稼ぎであるから、マンションも購入できれば車も持てる訳である。

この圧倒的人数の若い世代は常識と教養をに於いて日本の同世代に劣っているとは言えないし、同じく良いものを直感的に嗅ぎ付けるセンスにも富んでいる。従ってTVでみる悪漢ズラが日本人の全てと思っているわけでは無い。チャンスと思えば集中して仕事をする競争心も有る。そして彼等の殆どは政治には全く無関心である。共産党政権の極端なスローガンには冷静で白けているといって良い。この世代の裾野は確実に広がっている。中共政府がプロパガンダで国民を欺き続けられる時間はそんなに長く無い筈と思えるのだが...
了。
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超・映画評 愛と暴力の行方 奥山篤信著 扶桑社 発売中 http://www.strategies21.org/leonessa.htm
 
豊かな海外経験を生かした元商社マンの映画評。対象は「夜顔」「ダ・ヴィンチ・コード」「硫黄島からの手紙」「不都合な真実」「椿三十郎」などこの2年間に日本で上映された洋・邦画117作。何げないしぐさや映像の断片に込められた意味を解き、作品の思想、背景をえぐり出す。著者の人生観や哲学を重ね合わせて論評、時には一刀両断に。特に、国際社会に生きる日本人への叱咤激励は傾聴に値する。映画評であり人間賛歌の書でもある。
ー東京新聞 6月5日今週の本棚よりー

三菱商事OBの「憂国の日本男児」奥山さんは、無類の映画好きとしても知られる。ミニシアター系からハリウッド超大作まで世界のあらゆる映画を見まくった結果の一冊。
「硫黄島からの手紙」について(家庭中心の話で、アメリカの小市民的な理想像をそのまま日本にも当てはめたみたいやな)。並の映画評論家にはこんなことは言えまい。ーWiLL 5月号 編集部の今月のこの一冊よりー

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次回の配信は8月13日(水)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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