日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う
- 最新号:2008-10-14
- 発行周期:週間
- 読んでる人:5918人
- 創刊日:2005-02-04
- Score!:95点
- コメント数 : 38
- メルマガID:133212
- バックナンバー:全て公開
- 発行者サイト:あり
- >> 月間ランキング
甦れ美しい日本 第198号
発行日: 2008/7/4□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年6月27日 NO.198号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
< 目次 >
◎塚本三郎の「今を斬る」 天変地異は天の裁き
◎「全政党・新聞が揃って推進する 裁判員制度は権力翼賛システム」
〜「エルネオス」7月号 連載「元木昌彦のメディアを考える旅」第126回 今月の同行者/高山俊吉氏 (弁護士)より〜
◎エルネオス」2008年7月号巻頭言
紺谷典子の「賢者に備えあり」
◎レギュラー執筆者
1.佐藤守 大東亜戦争の真実を求めて 171
2.奥山篤信 海軍善玉論こそ自虐史観、東京裁判史観に他ならない。
〜中川八洋著『山本五十六の大罪』(弓立社, 2008年)を読んで想うこと〜
◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (15)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──────────────────────────・・・・・☆
------------------------------------
◎塚本三郎の「今を斬る」 天変地異は天の裁き
-----------------------------------
天変地異の激発と思われる昨今。中国の地震や、ミャンマーの天災サイクロンから、今度は日本の東北地方にも大地震の被害が及んだ。地震による被害だけではない。
六月の下旬と云うのに、日本の朝、晩の冷え込みもまた異常である。日中はさすがに夏の暑さであるが、一日の寒暖の差によって、カゼをひく病人が続出している。
気象の異常は、天然現象だから仕方がない。用心することが大切だと常識で言う。
今日の科学時代には、地震の予知警報まで出されている。それでもなお、われわれが大自然の中に生かされている生きものならば、自然現象と人間活動とは無関係ではない。
日本人は農耕民族
日本列島は、春、夏、秋、冬、四季折々に太陽の光、風のおとずれ、そして優しい雨が、この島に降りそそいでいる。その光と、風と、雨の、強弱に合わせて、耕し、蒔き、植え、施肥を与え、雑草を除き、おいしい実りの秋に収穫し、貯えて、厳しい冬に休息をとる。
寒暖の差も、雨の大小も、風の強弱も、時として、受ける身の我々にとっては、幸、不幸に分かれる。暖を求める時に冷たい時候となり、雨を求める時、かんばつとなり、時には暴風雨になったら、結果は逆となる。
我々の生活は、平常時を基準とし、それに合わせて、準備している。足らざるも、過ぎたるも、好ましくない。それを克服すると自負して来た人間は、克服ではなく、自然の配慮に順応して来たと受け止めたい。人間は大自然を克服するのではなく、従うことによってのみ、従えることが出来る。大自然の中に活かされているものの宿命ではないか。
対する他民族で、反対の極限に「狩猟民族」が居る。文明国を自負した欧米人の多くはこれに属するとみる。彼等は現在、地上に在るものを獲って生活する。肉食人種とも呼ぶ。野に生きる動物を獲るが、四ツ足の動物には、奇策を施す。動物を追うのに、逃げ道をわざわざ造り、その逃げ道の先に落し穴を掘って追い込み、穴に落として獲る。
つまり相手を騙す。生きる為の止むを得ない手段と心得る。騙すよりも、騙される方が悪いと考えるのが彼等の常識か。それを政治に用い適者生存と呼んで恥じない国が在る。
例えばロシアのスターリンは、自己の権力欲の為に「平等」の名目で、自国民を犠牲にすること数限りなく。ドイツのヒトラーは、全欧州を第二次大戦の動乱に巻き込み、中国の毛沢東は、一千万人を超える自国民を、「文化大革命」の名で虐殺して恥じなかった。
騙すことは、天の命に逆らう最悪の所業であり、卑怯な人間と心得る。その卑怯な人種が栄えているやに誤解する。そこに人間の悲劇が在る。
釈迦は説く
原始時代に生きた先祖は、自然現象を神の為せる業と崇めた。
仏教では、天変地異を仏の業(わざ)と信じた。特に釈迦個人の修行体験は、集団へと修行が拡がり、その弟子たちの修行体験が語り伝えられて約三百年間。人間の魂及び行動と大自然の動きは、一体不可分のものと信じて編成されたものを「経典」と呼んでいる。
経典によれば、人心の変化と、為政者の行なう施政は、善政も、悪政もそれなりに、悉く天の裁きを受ける。天候は天の啓示の顕われであると示している。
仏教の経典を信じた修行者日蓮は、当時、引き続き日本に起きて来た、天変地異の現象を経典に照らし、七難を憂いて、鎌倉幕府に忠告提言したのが「立正安国論」である。
かく考察すれば、近年続発している、中国やミャンマー、そして日本にもたらしている天変地異は、まさしく「天の啓示」と受け止めるべきではないか。
立正安国論の大要
旅客来って嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変地夭飢饉疫癘(レイ)遍く天下
に満ち、広く地上に迸(ハビコ)る。牛馬髟に斃(タオ)れ骸骨地に充れり 死を招く輩既に大半を超え、之を悲しまざる族(ヤカラ)敢えて一人も無し。
然りと雖も唯肝胆を摧(クダ)くのみにして、いよいよ飢疫に逼(セマ)る。乞客目に
溢れ死人眼に満てり。
経文を開きたるに、世皆正に背き、人悉く悪に帰す。故に善神は国を捨てて相去り、聖
人は所を辞して還らず。是を以って、魔来りて災起り難起る。言わずんばあるべからず、恐れずんばあるべからず。
金光明経に云はく。其の国土に於いて此の経有りと雖も、未だ曽つて流布せず、捨離の
心を生じて、聴聞せんことを楽(ネガ)はず、また供養し、尊重し讃歎せず。遂に我等及び餘の眷属(ケンゾク)無量の諸天をして、此の甚深の妙法を聞くことを得ず。
大集経に云はく、仏法実に隠没せば、鬚髪爪(シュホッソウ)皆長く諸法もまた忘失せ
ん。その時に、虚空の中に大なる声あって地を震ひ、一切皆遍動せんこと、猶水上輪の如くならん。城壁破れ落ち下り、屋宇悉く破れ折れ、樹林根枝葉華葉菓盡きん。
仁王経に云はく、国土乱れん時は、先ず鬼神乱る。鬼神乱るるが故に、万民乱る。賊来
って国を劫(オビヤ)かし百姓亡喪し、臣君太子王子百官、共に是非を生ぜん。七難の内、六難今盛にして一難未だ現ぜず、所以(イワユル)、四方の賊来って国を侵す難なり。二十八宿星道日月時を失ひ度を失ひ。多く賊起ること有らん。若し、王の福盡きん時には、一切の聖人皆為に捨去せん。若し一切の聖人去る時は七難必ず起らん。
薬師経に云はく、殺帝利、灌頂王等の災難起らん時には所謂、人衆疾疫の難、他国侵!)
の難、自壊!)逆の難、星宿変化の難、日月薄!)の難、非時風雨の難、過時不雨の難あり。
法華経に云はく、悪の中の比丘は、邪智にして心諂曲(テンゴク)に、未だ得ざるを、
これ得たりと謂(オモ)ひ、我慢の心充満せん。利養に貪著するが故に、白衣のために法を説いて、世に恭敬せられんこと、六通の羅漢の如くならん。
薬師経に云はく、七難の内五難忽に起って二難猶残れり、所以(イワユル)他国侵!)の
難、自壊叛逆の難也、所以、兵革の災也。
所詮、天下泰平に国土安穏ならんことは、君臣の楽(ネガ)う所也。夫れ国は法に依っ
て而して昌へ、法は人に因って而して貴し。国亡び人滅せば、仏を誰か崇む可き、法をば誰か信ず可けん!)。先ず国家を祈って須(スベカラ)く仏法を立つべし。若し災を消し難を止むるに、術有らば聞かんと欲す。
続発する天変地異
五月下旬に、北京など十八の都市で摂氏三十五度以上の猛暑を記録し、連日、北京はサウナ日が続いている。かと言えば、その三日後には、ハルピンでは摂氏0度で雪が降る。そして広東省では、台風で十二万人が避難し、五十六名が行方不明。
貴州、湖南、江西省各地で、気温が一気に摂氏八度も下降し洪水発生で六十三人死亡、五百五十億円の損害。河南省で、街路樹千本余が根こそぎ暴風雨で倒れた。
マイクロバス炎上のテロ。死者七十人の列車事故。等々報道されない小さな事故の続発、!)山の二十四万人の死者は、数年後に政府が公表したのみで実体は不明、春節の大雪。
四川省の震度八の大震災、死者約十万人、被災者約一千万人。毒餃子事件等々。
異変は中国ばかりではない
ミャンマーを襲ったサイクロンと津波は、数万人の死者、数十万人の被災と伝えても、
軍政は、他国の救援さえ断っているから、実体は悲惨を極めているとみられる。
本年六月下旬、ワシントンから友人の手紙が届いた。ここは六月なのに摂氏四十三度という異例の暑さで、夕方になると激しい雷雨が舗道を洗います。十一月の大統領選挙でオバマ氏が勝つことがあれば、アメリカが、政局異常気象に見舞われるということで、日本にとって悪夢になることでしょう、と。政治評論家・加瀬英明の言である。
阪神・淡路大震災の時は、村山富市首相の就任直後であった。
自民党政権の宮沢内閣が分断され、細川、小沢両氏によって、久し振りに政権が反自民党
に移った。その、細川内閣における小沢幹事長の手法は永く続かず、内部分裂となる。
自民党が、その機に乗じて社会党首村山富市氏を首相に迎えることに成功して、漸く政
権に戻った。けれど、その直後に大地震が起った。
村山氏は、自衛隊の出動を躊躇して、災害による犠牲者の拡大を阻止出来なかった。
野党暮らしの出来ない自民党は、「理も非もなく」、政権に戻りたくて、社会党左派と呼ばれた村山氏を担いで、政権を奪取した。その邪道を、天は許さなかったのではないか。
戦後最大の天災と呼ぶ、阪神・淡路大震災は、死者六千余名となった。而もその半数は崩壊した建物の下敷となり、やがて襲った、火災による焼死と思われる。灼熱地獄であった。自衛隊に、本格的出動命令が下されていれば、自衛隊の持っている「機動力と工業機械力」で、相当数が救助出来たのに、と当時の自衛隊幹部は、口惜しさに涙していた。
あれは人災であって、天災ではないと、他国からの非難を浴びた。(英報道機関)
岩手・宮城の大震災で、山々の崩壊による被害は、道路を寸断している。
国内に於ける凶悪犯罪の続発で、世界一治安の良い日本社会が失われつつあり、人心の悪化と為政者の堕落は、眼を覆うばかり。報道されているのは国会での権力争奪のみ。
近隣諸国の政権の変動は、一刻も止まることなく、中国も、ロシアも、韓国も、台湾も、その国のトップが交代し、今年末には、アメリカの大統領も交代する。
日本のみが、真空国会と評され、与党も野党も「権力の争奪」のみで、国家と国民の前途に対する責任を放棄している。日本国家の損失は、単に経済面のみならず、アジアの指導国としての信用の喪失は、計り知れないものがある。
この人心の乱れと政治の異常事態に、天が一大警鐘を鳴らしていることに、福田首相は一刻も早く気付くべきである。日本こそ、大自然の中に生かされた民族である。
近年、エネルギー不足を補う為、食糧のトウモロコシ等を、エネルギーに利用する風潮から、世界的に食糧不足が警鐘されて来た。日本は以前から「米の生産」を制限し、減反奨励金まで出して来た。この天の恵みに反した日本の農政に、否応なく反省の時が来た。
農耕民族も、狩猟民族も、同じ天が下に棲んでいる。生きる為に智慧を働かせることは悪ではない。されど、天の恵に反して生きることは、やがて、天の裁きを受けざるを得ない。人間は、自然を克服するのではなく、自然に従ってこそ人間の生きる道がある。
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
------------------------------
------------------------------
◎「全政党・新聞が揃って推進する 裁判員制度は権力翼賛システム」
〜「エルネオス」7月号 連載「元木昌彦のメディアを考える旅」第126回 今月の同行者/高山俊吉氏 (弁護士)より〜
------------------------------
■司法への動員はやがて徴兵制につながる?
「裁判官のお弁当」という優れたテレビドキュメンタリーの中で、現職裁判官がこう語るシーンがある。
「検察が有罪を立証できているか、検察が出してくる証拠でしか認定できないから、(無罪にできる)とっかかりがないと、おそらく有罪にしてしまう。裁判で真実が解明されると考えるのは買いかぶりすぎだ」
推定無罪の原則はどこかに忘れ去られ、この国の刑事裁判の有罪率は九九・九%にもなっている。
しかし、来年から裁判員制度が始まれば、取り調べの可視化や証拠の全面開示、裁判のスピード化が進むと喧伝されている。そして、三権分立の中で唯一、専門家に任されてきた司法への国民参加が実現するのだから、裁判員に選ばれたら、よほどのことがない限り辞退してはいけない。裁判の過程で知ったことは死ぬまでしゃべってはいけない。報道する側は、裁判員に予断を与える報道はしてはいけないという国になるのだ。
突然に発表され、国民の八〇%がなりたくないといっている、この不思議な裁判員制度に隠された本当の意図は何なのか。
二〇〇六年九月、いち早く「裁判員制度はいらない」(講談社刊)を書いて、この制度の危うさについて警鐘を鳴らしている高山俊吉弁護士は、これは国民の司法への参加などではなく、司法への動員だという。現代の赤紙であり、一部の識者が指摘している「やがて徴兵制へとつながる」という分析は的を射ていると語る。
このインタビューが、厳しいメディア規制も内包する裁判員制度について考える一助になれば幸甚である。
◇
元木 岩波の雑誌「世界」の六月号と七月号で裁判員制度特集をやっていましたが、どちらかというと賛成論でしたね。
高山 朝日新聞社も「論座」の座談会(〇七年十月号)に代表されるように、裁判員制度を推進する立場に立っています。政治的に見ても自民党から共産党まで全党一致です。労働組合では連合が推進していますし、日弁連も激烈な論争があったとはいえ、現在の執行部は推進する立場に立っています。
元木 「世界」で刑事法の専門家である一橋大学教授の後藤昭さんが、「忘れてはならないのは、人がいかに国家の干渉を嫌っても、国家は必ず人に干渉し、その行動を規制するということである。国家は法によって人の行動に干渉し、被告人や証人として裁判所に強制的に連れ出す。人はそれから逃げることはできない」という言い方をしています。決まったことなんだから、もうお前たち、ブツブツ言うんじゃないという論理です。
高山 近代刑事法の体系は、犯罪の真相は人権を侵害しない形で究明しなければいけないという大原理に基づいています。権力は暴走し、悪を犯すという、権力に対するペシミズムを基底に置いて考える立場といえます。ということは、刑事法を専門とする研究者なら、国家権力に対して最も抵抗的でなければいけない人です。国が決めたのだから、どうあれこうなるんだぞなどと言うのは、国家による人民統制刑法への踏み外しだと思います。
しかも、後藤さんは、日本も陪審制へ進むべきだと主張していた学者のはずです。
■裁判官との同席より監視こそ司法参加
アメリカの修正憲法は、被告人は陪審による裁判を受ける権利を持つという言葉を使っていますね。抵抗権、武器を持つ権利も認めていますが、それはアメリカが独立戦争の中でイギリスと戦い、つまり国家と戦って到達した、国に対する基本的な権利なのです。国は悪を犯す。人民はそのような国に抵抗できる。そういう原理を謳い上げる中に陪審制度があり、抵抗権があり、武器を持つ権利もある。
法ができてしまった以上、人民は国家に対して何も言えないのだというのは、陪審の思想の対極にある論理です。後藤さんに対して、私が一番言いたいのは、刑事法の学者として恥ずかしくないかということです。
元木 裁判員制度を推進する人たちの中に、これまで司法というのは、国民が関与できなかった。国民主権が実現されるんだから、国民は進んでこれに参加すべきだという論調があります。
高山 私は、まったくそうは思わないですね。その考え方はまやかしです。司法に関する国民主権というのは、悪を犯す国をたしなめ、是正することにおいてのみ意味を持ちます。それは、裁判のあり方に対する厳しい批判であり、批判に対して謙虚な司法という構図がなければいけない。裁判官が座る法壇に国民が一緒に座って、裁判官の真似事をやるということでは決してありません。裁判官のやっていることが間違っていないかどうか監視して、問題があれば批判、指摘、弾劾、告発する。そういう形で関わりを持つこと、これが本当の市民の司法参加です。
元木 なぜ、国民の知らないとこで裁判員制度が突然のように出てきたのですか。
高山 二〇〇一年に司法制度改革審議会が小泉内閣に意見書を出しました。その審議会の審議終盤、第四コーナーぐらいのところで、突然、裁判員制度が出てきたのでした。陪審でも参審でもない妥協の産物として裁判員制度をつくったと言われています。しかし、裁判員法立案に至る過程の論議をずうっと見ていきますと、「妥協の産物」という評価は正しくない。政府・最高裁は、裁判員制度という仕組みの持つ特異な権力翼賛システムとしての妙味を、積極的に認めるようになっていったのだと思います。以前は、最高裁は、市民が参加すると誤判が生まれる、市民の事実認定能力は高くないと言っていました。裁判員に評決権を与えないとか、極力裁判員の数を少なくしようとも言っていました。
しかし、結局裁判員を六人にまですることに応じた。それを受け入れた最高裁の論理は、裁判官三人で裁判員六人を説得できると考えるに至ったということです。裁判官が裁判員に負けないとすれば、この制度にはたいへんな御利益がある。まず、国民に司法学習をさせることができる。次に、裁判官がやっていることを目の当たりにさせて、自分もこの人たちと一緒にものを考えようという意識を持たせることができる。
みんなが治安に不安を感じている時代に、自分自身が進んでこの社会を守ろうと考える格好の機会にしたいと考えたのです。佐藤優さん(24ページ参照)が「強い国家なら、裁判員制度を必要としない」とおっしゃっていますけど、その通りでしょう。この国が今、途方もなく脆弱になったから裁判員制度を必要とするようになったと言えると思います。
■陪審員は辞退も可能 量刑にも関与しない
元木 陪審制度と裁判員制度の違いはどこですか。
高山 二つの制度はまったく別のものです。
裁判員は裁判官と一緒に仕事をさせられます。年間十万件ぐらいの法廷のうちの重要事件約三千件について審理を担当させられます。多数決で結論を出し、量刑にも関与させられます。それも超短期で判決をくださなくてはいけない。単純多数決で量刑にも関与するので、不合理なことが出てきます。例えば、無罪に手を挙げた人も、有罪に決まったら、量刑の意見を言わなくてはいけないのです。
しかも裁判員が参加するのは一審のみですから、判決に納得しない検察官が控訴すれば、職業裁判官だけの控訴審が一審判決をひっくり返してしまうこともある。
陪審制では、陪審方式でいくか職業裁判官の裁判でいくかを被告人が選択できます。また、陪審員の辞退も事実上、広範に了解されています。
アメリカで有名になった殺人事件の陪審裁判ですが、元アメリカンフットボールの人気選手だったO・J・シンプソンは、陪審を取るかどうか一時迷ったという話もあります。被告人が選択できるのです。また、法律には陪審員は自由に辞退できるとは書いてないけれど、実際には辞退する人がとても多い。O・J・シンプソンの裁判では、辞退した人が実に一千人もいた。裁判の期間も、O・J・シンプソンは十カ月、マイケル・ジャクソンは三カ月近くかかっています。
陪審制度で十二人の陪審員は、被告人の前に立つ盾なんです。この十二人が、有罪を求める検察官の「攻撃」を受けて、あなたの説得力は圧倒的だと十二人みんなが認めたら、私たちの仕事は終わったと言って、さっと帰る。一人でも納得しなかったら、説得力不足という理由で有罪判決は取れないことになる。だから、ここには基本的に多数決という論理が登場する余地がないのです。また、当然のことながら陪審員は量刑に関与しません。
裁判員が量刑に関与するということは、裁判官の横に並び、裁判官と同列の人になるということです。そこが決定的に違います。
■治安維持の責任者だと 国民を自覚させる制度
元木 住基ネットから個人情報保護法への流れで、メディア規制強化が行われてきました。裁判員制度が始まると、最高裁から、裁判員に予断を与えるような事件報道は自粛してくれと言われたら、新聞協会はいち早く、「自主規制します」と発表してしまいましたね。
高山 予断を与えちゃいけないって、そんな偉そうなことを最高裁は言えるのかと、まず思います。裁判所に任せておけば冤罪は起きなかったか、死刑台から生還した人が何人いると思っているのか。最高裁はそれらのすべてに関与している。そのことを忘れたのか。痛みはないのか。
しかし、ここにきて少しメディアの論調が変わってきたなと思います。「読売新聞」は昨秋、社説で、実施まで一年半は短すぎないかと書きました。「北海道新聞」は延期せよと言いました。「朝日新聞」は今でも旗を振っていますけど、「産経新聞」や「日経新聞」も、どちらかと言えば実施に消極的、もしくは懐疑的と言ってよいでしょう。
元木 国民の八〇%の人たちが、「なぜ私たちを呼びだして、来なければ処罰するなんて言うのか、変ですねえ」と思っています。「変ですねえ」の言葉に表されているように、みんなが勉強し始めています。
高山 裁判員制度というのは市民が自分の体を裁判所に持っていかないと成り立たない仕組みです。これは彼らからすれば大変リスキーな仕組みですよ。たいていの制度というのは、いったん出来上がってしまうと否でも応でもその体制が完成してしまう。例えば、自衛艦のインド洋派遣だって、決まってしまうと阻止するのは大変なことです。だけど、裁判員制度だけは、「私は行かない」と言ったら成り立たなくなる。そこが反対している者にとっては強いところです。
来年の五月二十一日に裁判員制度が始まると言いますが、私にしてみれば、そんなことはありません。強がりを言っているのではなく、実際に始められないと思います。どんなに候補者名簿をつくっても、質問状をつくっても、その人が「私は行きません」と宣言してしまったら裁判は始められません。
元木 裁判員を拒否した人が、裁判員法そのものが憲法違反だとして争えるのではないですか。その場合、違憲立法審査権を持つ最高裁判所が自ら裁判員制度を推進しているという構図は、問題ではありませんか。
高山 おっしゃるとおりです。本来であればこうなります。ある裁判員が、その日裁判所に出頭しなかったら、合理的根拠もなく来なかったとして、過料を科せられた。過料を払わないと強制執行される。その時、それを阻止しようと体を張ったら公務執行妨害になった。その公務は合憲の公務か。公務執行妨害罪を適用することが許されるのか。そういう議論の過程で、裁判員法が憲法に合致しているかを判断する。そういう形でしか、本来は憲法判断をしないはずなのです。
ところが、まだ何の具体的事件性もない時に、裁判員法は合憲だという理屈を前提にしてものを言ってしまうのは、完全に越権です。例えば、最高裁が、五割の裁判は三日で、七割は五日で終わると言う。事件は、担当の裁判官が訴訟指揮をして審理期間を決めるものです。何日ぐらいでやれなんて最高裁から言われる筋合いのものではない。それも裁判の独立の侵害で憲法違反です。
元木 どうしてそこまでして強行するのですかね。
高山 最高裁などが全国紙に載せた裁判員制度の広告に、この制度の考え方が書いてあります。「判決や刑罰決定までの過程を体験理解し、犯罪がどのように起こるのかを考えるきっかけをつくることで、安心して暮らせる社会に何が必要かを自分のこととして考える」。さらに、「昨日までとは違う自分になる」。裁判員を体験しなかったあなたは、今まで考えたことがなかったでしょう。今後こういう感覚を自分の胸にしっかり置いてください。安心して暮らせる社会に何が必要かを考え、自分自身が治安維持の責任者だと思う人間に変わってほしい。つまり、そういうことなんですね。
裁判員制度の狙いは二つある。一つは司法へのコスト原理の導入。裁判員の手を借りて短時間で裁判をやることによって金をかけないようにする。もう一つは治安教育。今までは新聞やテレビでしか事件に触れなかった国民が、直接事件に触れることによって、子供の躾や教育に生きてくる。これは最高裁の総務部長だった人の言葉です。
■身柄拘束をしない 刑事捜査が大原則
元木 今の裁判というのはいまだに自白偏重ですが、この制度がビデオの導入など取り調べの全面的な可視化に進んでいくきっかけになるのだと言う学者や弁護士がいますが。
高山 私は、まったく違うと思います。そもそも全的可視化になど絶対になりません。それを考えるぐらいなら、検察や警察は身柄の拘束をやめます。身柄拘束の意味がほとんどなくなります。
容疑者がもう屈してしまって、調書を取る時になると撮る。捜査当局に間違ったことをさせないために可視化することは決してない。「正しさ」のより強い裏付けのためにだけ撮るはずです。
大事なことは、身柄拘束をしてはいけないという刑事訴訟の大原則に戻った刑事捜査をしろということです。本当に逃亡の恐れがあり、罪証隠滅の恐れがある時以外は絶対に被害者を拘束してはいけないのです。
拘束されること自体で、暴行しなくても甘言を弄さなくても、人間の自由が失われます。痴漢冤罪で捕まった会社員が、二十日間も拘束され、「罰金で済むんだから」と言われたら、「私やりました」と言ってしまいます。そこには甘言も暴行もありません。だけど被疑者の自由は奪われ、その意思は変わる。録画したって、暴行の現場も映らなければ、甘言の現場も映らない。けれども自由じゃないということはいくらでもある。身柄を拘束することをやめなければ、絶対に刑事司法はだめなままです。
私は刑事訴訟法の原則どおりの刑事捜査、刑事弁護ができる状況をつくることに、われわれの全精力を傾けるべだと思っています。
元木 この制度の準備が、批判を無視しながら進んでいくことに、そら恐ろしさを感じますね。
今日はありがとうございました。
プロフィール
◎たかやま しゅんきち 1940年東京生まれ 長野で幼少時を、東京で学生時代を過ごす。千代田区今川中学校、都立一橋高校を経て東京大学法学部卒 69年東京で弁護士活動開始。青年法律家協会議長、東京大学教養学部非常勤講師、日本民主法律家協会副理事長、交通法科学研究会事務局長、憲法と人権の日弁連をめざす会代表など歴任。東京弁護士会所属 高山法律事務所主宰
◎もとき まさひこ 編集者。一九四五年生まれ。「週刊現代」や「フライデー」の編集長として権力批判の誌面づくりを貫いた。メディア規制の動きに反対の論陣を張る。二〇〇六年十一月、講談社を退社。オフィス元木・編集者の学校主宰、オーマイニュース社長。上智・法政・大正・明治学院各大学講師。
注:「エルネオス」編集人の承諾を得て転載するものである。
-----------------------------------
◎エルネオス」2008年7月号巻頭言
紺谷典子の「賢者に備えあり」
-----------------------------------
財務省と日銀総裁 本当の問題点
一九九八年の予算委員会における、公明党の坂口力氏の指摘は重大である。「憲法が、予算を作成するのは内閣としているのに、大蔵省設置法では大蔵省の権限とされているのは、おかしい」、「財政法が、立法府、司法府、会計検査院の予算は、内閣が調整をするとしているのに、大蔵省が査定している」と。
三権分立どころか、議会制民主主義さえ疑わしい。当時は橋本行革の只中で、「財金分離」など大蔵省改革が盛んに議論されていた。しかし、大蔵省が権限を持ちすぎているとの坂口氏の問題提起は、橋本行革においても、その後も、真剣に討議されていない。
省庁再編で財務省設置法に代わると、「権限を有する」の文字は法文から消えた。マスコミも注目しなかった坂口発言を強い危機感で受け止めたのは大蔵省だったのだ。文字が消えたことで、権限はなお安泰になったと言うべきだろう。予算のシーズンになると国会議員が財務省に陳情すると言われるほどの強大な権限は、税も支配し続けている。
小渕政権の「恒久減税」が、いつの間にか「一時的な景気対策」とされ、不況のさなかの増税(定率減税の廃止)が断行された。急を要したため一時的に定率という減税法がとられたが、減税自体は恒久だったはずである。減税が一時的な景気対策だと言うなら、なぜ恒久減税と呼ばれたのかという当然の疑問を誰も持たないほど、財務省の世論誘導は完璧だった。「恒久減税」が「恒久的減税」と言われ始めた段階で、布石は打たれていたのだ。
歳入と歳出だけではない。国の資産と負債を管理するのも財務省である。財務省は、飴だけでなく強力な鞭も持っている。国税審査権に加え、金融庁を通して金融検査権、証券検査権を手中にする。企業に巨額の制裁金を課すことができる公正取引委員会の委員長も財務省次官の天下りポストだ。
その権限によって、永田町・霞が関から地方や経済界、マスコミまで意のままに操る。検察もまた予算で動くから、財務省(旧大蔵省)の幹部は収賄容疑でも逮捕されない。経済財政諮問会議ができて財務省の権限が弱まったと報じられるが、それが事実ではないことを、多くの関係者は知っているはずだ。
世界に例のない「財務省支配」の中で持ちあがったのが、日銀総裁人事である。大蔵省と日銀が交代で総裁を務める「たすきがけ人事」は、十年前の大蔵省の過剰接待疑惑で幕を閉じたが、その復活が財務省の悲願であったろうことは想像に難くない。
「天下りというだけで有能な人材を排斥して良いのか」の意見は、財務省支配の問題の重大性をまったく認識していない。仮にどれほど有能でも、これ以上財務省の天下りポストと権限を強化してはならないのだ。財務省が、これだけ強大な権限を行使しながら、結果責任を一切負っていないからである。
巨額の財政赤字を招いても、悪いのは政治であり地方行政だ。金融不安を引き起こしても、銀行の経営責任を追及し国民の自己責任を主張しただけで、自らの行政責任・監督責任については知らぬ顔である。自らの権限拡大のため、国民生活を犠牲にしてまで財政の健全化を優先する財務省の方針は、生活の安定と安心を奪い、医療崩壊まで招いている。
しかし、実は公的年金の財政危機も、医療保険の財政危機も事実ではない。強大な権限を行使し、情報を壟断して世論を誘導し、日本経済と国民生活を破壊した財務省の責任はきわめて重い。結果責任を負わない強大な権限を拡大して、これ以上、国民生活を危うくしてはならない。財務省の権限を縮小・分散し、責任を明確にすることこそ、真の政治改革であり行政改革であろう。
(エコノミスト 紺谷典子)
------------------------------------
1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて 171
-----------------------------------
その後、駐米大使としてワシントンに赴任した野村吉三郎は、重要な日米関係を平和裏に解決するため鋭意日米交渉に当たったが、「アメリカによって計画的に挑発された」真珠湾攻撃を防ぐことは出来なかった。
この頃、ワシントンの日本大使館に、海軍武官補佐官として勤務していた寺井義守海軍少佐は、野村大使との思い出を色々と書き残しているが、その中に「日米交渉・・・野村大使の嘆き」と題して、次のような記述がある。
「一九四〇年十一月二十七日、海軍大将・野村吉三郎氏が駐米全権大使に任命された。そして翌年二月十一日、ワシントンに着任した。大使を、ハワイ、サンフランシスコでは米海軍は盛大に出迎えたのに反し、ワシントンのユニオンステーションに到着した時は、米国政府の歓迎は質素きわまるものであって、前途の多難を思わせるものであった。
野村大使は、如何なる妥協も日米戦争よりは優るという固い信念を有していたので、着任以来日米交渉の成功のために努力された。しかし、米側は九月二十七日、日本が日・独・伊三国同盟に調印した後は、日本側の提案を拒み続けた。この間に、米国宣教師の私的日米交渉の提案を土台とし国務長官や、ルーズベルト大統領との交渉に入ったが、日本軍が仏領インドシナ南部に進駐するなどのことがあってか、米国側の態度は硬化し、野村大使は日本政府と米側との間で非常な苦労をされた。その憂さ晴らしもあったであろう、時々私達補佐官を連れて郊外のノルマンジーファームなどで夕食を御馳走になった」
前掲の「野村吉三郎」にあったように、若手を信頼し、「若い者がかわいくて仕方なかった」野村の姿が伝わってくる。
「ある時、私(寺井少佐)に大使館員の勤務振りが遺憾であるといって次のようなことを話された。あるとき、スペイン駐在の須磨大使からの手紙が届いたが、その中で『先電で申し上げたとおり・・・』の文句があったが、その電報を大使はまだ見ていないので調査したところ、電報はまだ翻訳されずにそのままであったので、さすがに温厚な野村大使も堪り兼ねて館員を集めて『国交緊張期のこの際、館員は一層緊張して勤務に励むように』と訓示された由である。
又あるとき、『若杉公使は、日本から私が連れてきたのに真剣に働いてくれない。下村海軍少将を補佐官に貰おうかと思っている』と愚痴をこぼされたこともあった。
野村大使の忍耐強い交渉にもかかわらず、米側のかたくなな態度のため、日米交渉は行き詰まりの状況であった」
これは、当時の大使館員たちの“サボタージュ”を示す重大な記述である。海軍から来た大使を、ポストを奪われたかのように考えていた外交官達は快く思っていなかったのであり、徹底的に反抗していたようだが、「外務省の大罪(森清勇著)」には、それを証明する次のような記述がある。
「日米交渉の頃は、野村大使の下に若杉(要)公使がいた。政治関係の責任者で、井口貞夫参事官以下が事務関係であったようだ。ところが、若杉公使の名前はほとんど出てこない。体の具合が悪かったようで、開戦前夜頃は『寝たきり』でしたという人もいる。日本の命運がかかり、野村大使が忙殺されているというのに、本省はひどい人事をしたものである。
この若杉公使は、松岡(洋右)に心を通じていた人で、『日米交渉反対派で、野村さんに逆らってばかりいた』と、一緒に勤務していた松平康東一等書記官は後年、保坂正康のインタビュー(『外務省50年の過失と怠慢』:文芸春秋・九十一年十二月号)で語っている。
若杉公使について松平書記官がもうひとつ言っていることは、『自分の東京の家を新築したもので、そのための家具を探し回っていて、大使館にいないことも多かった』ということだ。日米交渉で本来の任務は全然果たさず、病身を押してまで我が家のことには奔走していた様が伺われる。
『井口は軍部に楯突くのが厭で、日米交渉関知せず、の態度だった。奥村は熱心にやってもよさそうだが、深入りしたくないという態度であった』と、松平は人物評をしている。野村大使が必至でやっていた日米交渉の裏には、エリート外交官達が本来やるべき責務(ノーブレス・オブリージュ)を放棄していた状況がまざまざと読み取れる。公と私が混同され、官僚がその立場を忘れた当然の結果が、パールハーバーに露出したといえよう」
つまり、「貿易省問題」で野村が外務官僚たちから手厳しい“反抗”を受けたツケが、日米開戦を控えた緊要な時期にまで影響していた、と取るのは考えすぎであろうか?今の公務員制度改革問題にも見られるような、一部の官僚たちの国益を無視した恐るべき公私混同の実態を示して余りあるが、これでは日本国が自ら“自滅”するのは避けられまい。
ルーズベルトは一貫した「計画」を推進中であったし、アジアで紛争中の中国もまた対日謀略戦を遂行中であった。欧州では危機に瀕したチャーチルが、これまた謀略を使ってルーズベルトを戦争に引き込もうと懸命だったし、ドイツとの戦を控えたスターリンは、日米開戦に追い込もうとこれまた必至だった。つまり、我が国は「四面楚歌」だったのである。にもかかわらず国内では、外交交渉を一手に引き受けていた「エリート」意識丸出しの外務官僚たちの、公私を弁えぬ乱れた勤務振りやサボタージュ、本省に渦巻く国家の立場を忘れ己の縄張り争いに懸命な下克上の雰囲気に左右されていたとしたならば、日米開戦とその結果としての敗戦は当然の帰結だったのであり、悲劇的だったのは国民であり戦没者だった、ということが出来よう。そしてその責任は理不尽にも軍人だけ(広田弘毅が含まれてはいたが)に負わされ、国家としての決着はいまだ付けられてはいないのである。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
-------------------------------------
2.奥山篤信
海軍善玉論こそ自虐史観、東京裁判史観に他ならない。
〜中川八洋著『山本五十六の大罪』(弓立社, 2008年)を読んで想うこと〜
------------------------------------
渡部昇一上智大学名誉教授が「帝国海軍についての初めての解剖的研究でこれほど迫真的に暴かれたことはなかった。」と大絶賛の帯、僕は中川氏の『新・日本国憲法草案——“国家”日本の新生』『近衛文麿とルーズヴェルト——大東亜戦争の真実』『正統の哲学 異端の思想——「人権」「平等」「民主」の禍毒』『大東亜戦争と「開戦責任」——近衛文麿と山本五十六』『正統の憲法 バークの哲学』『これがジェンダー・フリーの正体だ』『皇統断絶——女性天皇は、皇室の終焉』『福田和也と“魔の思想”——日本呪詛(ポスト・モダン)のテロル文藝』など通して、同氏の東大工学部宇宙工学の理工系頭脳とスタンフォード大学政治学科大学院の国際センスを駆使し明快に戦後の偽善や欺瞞を暴いていく姿勢に好感を持っている者の一人である。「狂気」に近い過激な言葉に、それだけで赤新聞を読むような嫌悪感を抱き誤解される向きもあるかとは思うが、これこそが中川氏の偽りなき怒りと情熱での表現ではないかと僕は思っている。
戦後育った僕などは、海軍が善玉であり、悪かったのは陸軍であると教わってきた。いつも戦争映画など見ると米内光政にはあの山村聡(僕に言わせれば偽善面の)が如何にも、 苦渋に満ちた英断をしている場面や、山本五十六には三船敏郎がかっこよく出てくる。一方陸軍の将軍はサディスティックな面々が合理性に乏しい玉砕を唱える。戦後の東京裁判でも海軍で裁かれたのは陸軍に比べごく少数であった。海軍は親米で太平洋戦争に反対であったと耳にタコができるほど聞かされた。
あの日本の国際的国辱とも言えるパール・ハーバー奇襲が成功であったとか、折角のインド洋配備の艦隊をミッドウエイに持ってきてその上大失態とか、レイテ沖の謎の反転とか、海軍の責任は一切追及されていない不思議さ、これは阿川弘之らの醜い海軍擁護論に代表される。最近故佐藤晃氏や三村文男氏の海軍の作戦の失敗や海軍の悪を描いた著作が出てきて、真相が明らかになってきた。もちろん陸軍も善玉というわけではなく、夥しい失敗がある。また闇の部分がある。あの瀬島という男の謎、関東軍が日本の婦女子を守ることなく武装解除真っ先に逃げた謎、謎は色々ある。
中川は歯に衣着せぬタッチで次から次と海軍・陸軍軍人を斬りまくっている。
冒頭から米内を日中戦争拡大の張本人であり、A級戦犯に訴追されなかったのか!(これはこの本を読まずとも周知の事実)から米内が駐在武官として1915年からぺテルスブルグに居た際の謎の二年間は封印されている事実を、米内が色仕掛けで脅迫され親ソ派工作員としてリクルートされたと断定する。
結局スターリンの手先が近衛を筆頭に当時の軍政財官をむしばんでいたものであり、昭和天皇の日本でのスターリン化を狙ったいたと決めつける迫力は十分である。
それと後半に東京裁判ではなく、戦争の総括として、日本人として国家反逆者(新・東京裁判)を追及するくだりは最高に面白い。日本人は自らの手でなぜ大東亜戦争を戦ったのか、勝てなかったのか、誰に責任があるのかなど総括を行っていない。そこを中川は切り込んでいるのである。;
日支戦争開戦責任ワースト・スリー、対英米戦争開戦責任ワースト・ファイブ、日独伊三国同盟を締結した国家反逆者たち、外務省コミュニスト三羽ガラス、海軍刑法により死刑相当、陸軍刑法により死刑相当、特攻制度創設の罪、満洲邦人保護放棄の罪など名指しで糾弾している。(本を読んでのお楽しみである。)
この書では明らかにされていないが、あのノモンハンの互角の戦いで何故日本はソ連を叩き切らなかったのか?ジューコフ将軍がシカゴで最も苦しい戦いはどこだったかの問いに、スターリングラードではなくノモンハンだったと述べているように、あの時点でノモンハンを叩いていれば、ポーランド侵攻もなくソ連は崩壊していたかもしれない。何故陸軍はあそこで痛み分けしたのか?この書からあの時点でGRU工作員が陸軍参謀本部にいたのではないかとの推理が納得できる。
最後に特攻について、中川は「偉大な勇気と自己犠牲の美徳の、日本が誇る“精神の世界遺産”特攻隊員に対する、直立の敬礼を持って」、戦後の多くの出版物、(この場合保守系のものを意味すると思うが)軍事的合理性も軍隊の保持すべき倫理道徳性も一切なき特攻作戦を遂行した陸海軍将官の罪を免責する“すり替え”をしてきたが、この“すり替え”を断固拒否すると述べる、まさにこの姿勢こそ大切であり、特攻作戦を考えた海軍・陸軍将官の責任を糾弾すべきであろう。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
映画評論家 著書 「超・映画評 愛と暴力の行方」扶桑社
------------------------------------
◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (16)
------------------------------------
告白:
僕等の年代が還暦を迎えたか迎える年なのでこの所小学校から大学まで同窓会の誘いが次々と来る。
以前は誘いがあっても興味を感じず不参加の返事すら怠けて出さなかったが、今年は何故かあいつ、あの娘に会ってみたいという気持ちが強くなり、此れまで全ての会に参加している。同じく始めて参加するという連中などが結構大勢集まりどれも盛会である。皆焼きが回ったと言う事かな。
それは兎も角、つい先日は我が公立中学校の同窓会であった。50名近くのクラスが15もあったのだから、同学年に700名以上居たことになる。これじゃ学年担任も一人ひとりの生徒にきめ細かい指導ができるはずも無いから、我々世代は相当粗雑に教育されたと言うことか。こんなに大勢いてもいじめだの不登校だのが身辺で有ったと言う記憶が無い。まさか無い筈もないので、気が付かない程粗雑で大まかな環境だったと言うべきだろう。
そんな訳で出席された先生方の殆どは此方のことを思い出せないようだったが、然し此方は全ての先生の顔に見覚えがあった。当時は先公と陰で呼んで恐れていた先生方も同窓会でお会いすると何と殆どが同じ世代にみえる。当時はまだ大学出たての血気盛んな先生が多かった事に改めて気が付いた。
3年間を通じて英語の担任はそんな若くて熱心な一人であるY先生だった。当時英語の先生といえば他の教科の先生とどこか違っていたように思う。社会や国語の担任のように腰に手ぬぐいなどぶら下げる事は絶対になく、何かハイカラでスマートだったのだ。Y先生も長目の頭髪にきちんと櫛目が入り、銀縁メガネのすらっと背の高い男性教師であり、僕も生徒に人気のあるY先生の関心を得ようとするところが有ったと思う。
3年の中間テストだった。
Y先生が自宅で解答チェックを終え点数を付けた答案用紙を全員に返却しながら言った。
今回は100点満点が一人だけ居るぞ、○○だ。
それは僕の名前であった。皆のオーッと言うどよめき(意外の為か..)と共に、多分僕は得意満面だったに違いない。
皆が答案用紙を受け取ると、Y先生が一問づつ正解の確認と解説を始めた。
解説が中盤に至って、僕はハッとして突然頭がぼやける思いであった。何と、空欄にSHALLと書きこむべき所を僕はWILLと解答していたのである。それを先生はうっかり見逃してマルを付け、僕は英語で初めて満点を貰ったという訳である。
今なら、こんな文脈ではWILLもSHALLも関係ないどちらも正しい、と理屈を並べて自己弁護も出来ると思うが、当時は教科書通りが正解で他は間違いである。自分でもWILLは間違っているとしか思えない。
ひょっとして先生は俺を試しているな。わざと間違いを見逃して俺に満点を付け、俺が正直に申告するかどうか試しているに違いない。とっさにこんな思いが頭をよぎった。
しかし始めて僕が皆をオーッと言わせた満点である。今更この満点を手放したくない。
間違いが有りました、満点ではありません。勿論、こう申し出ればそれなりに格好良い事も計算していた。然し満点を手放すことは出来ず、後は先生と視線を合わせぬよう机の上の答案用紙を見つめじっと時業の終わるのを待った。
それからというもの学校でY先生と会話に及ぶ際、僕の心には何時も何かぎこちないしこりがあった。今でもあの時Y先生はわざと間違いにマルを付け僕を試したのだろうかと思うことがある。そして多分あの時の自分の屈折した気持ちは死ぬまで忘れられないと思う。
そのY先生も同窓会に出席されていた。一緒に並んで食事をし酒を酌み交わし、昔と今の教育事情の違いなど思いつくままに歓談した。
僕は満点テストの事が喉元まで出かけていた。
先生本当は知っていたんじゃないですか、と。
でも、昔の或る学年の或る生徒のそんな些細な出来事などとてもご記憶に無さそうで愉快に同窓会を楽しんでおられる姿に、喉元にあったものはそっと押し戻して帰ってきたのだった。先生何時までもお元気で…。
2008.07.03
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
超・映画評 愛と暴力の行方 奥山篤信著 扶桑社 発売中 http://www.strategies21.org/leonessa.htm
豊かな海外経験を生かした元商社マンの映画評。対象は「夜顔」「ダ・ヴィンチ・コード」「硫黄島からの手紙」「不都合な真実」「椿三十郎」などこの2年間に日本で上映された洋・邦画117作。何げないしぐさや映像の断片に込められた意味を解き、作品の思想、背景をえぐり出す。著者の人生観や哲学を重ね合わせて論評、時には一刀両断に。特に、国際社会に生きる日本人への叱咤激励は傾聴に値する。映画評であり人間賛歌の書でもある。
ー東京新聞 6月5日今週の本棚よりー
三菱商事OBの「憂国の日本男児」奥山さんは、無類の映画好きとしても知られる。ミニシアター系からハリウッド超大作まで世界のあらゆる映画を見まくった結果の一冊。
「硫黄島からの手紙」について(家庭中心の話で、アメリカの小市民的な理想像をそのまま日本にも当てはめたみたいやな)。並の映画評論家にはこんなことは言えまい。ーWiLL 5月号 編集部の今月のこの一冊よりー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回の配信は7月9日(水)を予定しております。どうぞお楽しみに!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
登録内容(メールアドレス等)の変更、メールニュース配信の停止は、
こちらからお願いします。
<http://www.melma.com/backnumber_133212/>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
有限責任中間法人 平河総合戦略研究所< http://www.hirakawa-i.org >
発信元:< info@hirakawa-i.org >
掲載された記事を許可無く転載することを禁じます
Copyright(c)2005 Hirakawa Institute
このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます
- Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
- 日本に元気と良識を。歴史・文化・政治・外交など、多方面の教養を毎週一話完結型でお届けします。3万4千部突破!
- 週刊アカシックレコード
- 02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家(金正日の「遺書」で始まる「中朝戦争」後の北朝鮮...
- 宮崎正弘の国際ニュース・早読み
- 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
- 頂門の一針
- 急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。
- 花岡信昭メールマガジン
- 政治ジャーナリスト・花岡信昭が独自の視点で激動の政治を分析・考察します。ときにあちこち飛びます。
![メルマガスタンド[メルマ!]](/img/common/backnumber_article/melma_logo.gif)


