甦れ美しい日本 |
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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年6月21日 NO.194号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎塚本三郎の「今を斬る」 捨てられる日本
◎西村真悟の時事通信NNo.350 平成20年 6月17日(火)
日朝実務者協議
◎レギュラー執筆者
1.佐藤守 大東亜戦争の真実を求めて 169
2.松永太郎 チベット仏教とチャイナ
◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (14)
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豊かな海外経験を生かした元商社マンの映画評。対象は「夜顔」「ダ・ヴィンチ・コード」「硫黄島からの手紙」「不都合な真実」「椿三十郎」などこの2年間に日本で上映された洋・邦画117作。何げないしぐさや映像の断片に込められた意味を解き、作品の思想、背景をえぐり出す。著者の人生観や哲学を重ね合わせて論評、時には一刀両断に。特に、国際社会に生きる日本人への叱咤激励は傾聴に値する。映画評であり人間賛歌の書でもある。
ー東京新聞 6月5日今週の本棚よりー
三菱商事OBの「憂国の日本男児」奥山さんは、無類の映画好きとしても知られる。ミニシアター系からハリウッド超大作まで世界のあらゆる映画を見まくった結果の一冊。
「硫黄島からの手紙」について(家庭中心の話で、アメリカの小市民的な理想像をそのまま日本にも当てはめたみたいやな)。並の映画評論家にはこんなことは言えまい。ーWiLL 5月号 編集部の今月のこの一冊よりー
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◎塚本三郎の「今を斬る」 捨てられる日本
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日本の唯一の味方はアメリカと信じて六十年が過ぎた。
占領下といえども、押し付けられた憲法の空白を埋める為、独立のためのサンフランシスコ条約で、日米安保条約が付加された。当時、日米安保条約は、日本の占領が終了しても、米軍は、日本を基地として居すわり続け、かつ、その費用をも負担させられるのみで、
日本防衛の、空白を埋められるものではない。それが学生時代の私の認識であった。
約束ごとは、条約にしろ契約にしろ、その当事者の人格と識見が、その効力を左右する。今日の米国政権が、世界に於ける警察国家としての威厳を失いつつある。その相棒として
日本は、米国と安全保障の同盟国として、ふさわしいのか。
恥かしながら、インド洋に於ける国連軍の給油一つでも、中断を余儀なくさせられた。インド洋は、国連軍、米軍以上に、日本の「油送ルートの生命線」ではないのか。自国の安全を護る為にさえも、国論を二分する国が、米国のまともな同盟国たり得るか。
日本にとって、危険な中国は、日と共に強大な経済大国となりつつある。とりわけ、アメリカの発行するドルは、世界一となり、アジアに於ける覇権の軍事力もまた、その重さは日本の比ではなくなりつつある。
迷走しつつあるアメリカ外交にとっては、嘘と騙しで得た財力と軍事力の中国は、頼りたくなる相手である。中国を採ることは、その対極に在る日本を捨てることになる。まして、「ならずもの国家北朝鮮」の核の脅しの前に、国交を開こうとしているやにみえる。
正念場に立たされた日本は、何れに漂うのか。
捨てられても良い、憎まれても良い。七十年前には、われわれは全世界を相手に戦った。それが日本人ではなかったか。アメリカから捨てられたことぐらいで涙を流すな。
アメリカの力で、育てられた日本は、もう一人前になったから、私の手から離れて独り立ちしなさい、という指示だと勝手に解釈したら良い。
アメリカの指示と、顔色を見ながら、彼等の作った「年次計画」を暗唱して国会に法案を出す国など、日本以外には、大国としてはどこの国にある。
「禍を転じて福と為す」、それが日本人の性根であったはずだ。
「天も捨て給え、諸難にも遭え、身命を期とせん」と叫んだ先人の勇気を忘れたのか。日本にはその素質と、土台は充分に在る。日本の存在力は、全世界に未だ求められている。問題は、相手ではなく自分に在る。日本国の姿勢に在る、政権の目標に在る。
北朝鮮に翻弄され、拉致された人達は、未だ国権を侵害されたままではないか。同じ日本人の拉致を取り戻すため、アメリカ政府に陳情し、対北鮮の六カ国協議主席の中国に、頼り哀願して来たが、殆ど進展していない。
米国は、北朝鮮の「テロ支援国家」を解除する気運となった。日本など捨てても良い。いや、未だ支援させる道具、ぐらいには役に立つと考えているらしい。
重ねて言う、拉致は、日本国家の主権侵害である。自立を願う国民、特に自衛隊幹部は、日本政府の態度に、連日、悔し涙で面を濡らしている。我々の手の届く所に、被害者が泣いているのに、なぜ手を出させないのだ。それでも我が国は独立国家なのか。
戦争終了後、六十年を経て、なお、米、中の属国扱いを受けているのは、相手が悪いのではない。すべては日本自身の問題だ。そう自覚すれば、何を為すべきかが見えて来る。
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
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◎西村真悟の時事通信 No.350 平成20年 6月17日(火)
日朝実務者協議
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既に報道されているので、簡潔に述べておきたい。
6月11日から12日まで、トータル8時間の日朝実務者会談が北京で行われた。拉致被害者救出議連は、斎木アジア大洋州局長から協議の概要を聴いた。
そして、昨日、平沼議連会長名で次の通り声明を発して政府に要請した。
1、政府は具体的進展が確認できない限り、制裁の緩和は絶対に行わないこと。
2、政府は、よど号犯人の帰国について、制裁の緩和とは全く無関係である旨、明確にすること。
3、政府は、具体的進展が無い場合には、北朝鮮による従来からの引き延ばし、もしくは騙しであるので、直ちにより強固な制裁を行うこと。
4、政府は引き続き米国に対し、日米同盟に鑑み、拉致問題の具体的進展が明確にならない限り、テロ支援国家指定解除を行わないよう強く要請すること。
声明の1について、
今まで北朝鮮は度々「調査を約束」してきた。しかし、偽造の死亡診断書や偽の骨を渡してきて我が国を騙してきた。従って、これは当然の要請である(こういう当然のことを要請しなければならないのは情けないが)。
小泉総理の第二回訪朝の時、総理は「再調査の約束」を持って意気揚々と帰ってきた。我々は、調査の期限は何時までかと尋ねた。すると、総理は絶句した。「拉致の犯人が行う被害者の調査」に期限を詰めていなかったのである。この度も調査期限は無い。
さらに深刻なことがある。そもそも、北朝鮮の独裁者が初めて訪朝した小泉総理に「8名死亡」と明言したのである。その独裁者が公言した内容と矛盾する「調査結果」を独裁者の下僚が出せるであろうか。最大の危惧は、下僚どもが、独裁者の発言に事実を合わせて「元気に生きていても死んだことにしてしまう」ことである。小泉総理にこの危機意識があったとは感じられなかった。
このことを斎木局長に質した。すると彼は、相手は度々本国と連絡を取り合って「再調査を約束」したので、この度の約束にその恐れはないと思う、と答えた。その時彼は苦渋の表情をした。
当初、北朝鮮側は日本側要求を「本国に持ち帰る」という対応をしていたところ、斎木局長が改めて北朝鮮側の具体的行動を厳しく要求した結果、「拉致は解決済み」という従来の態度を変更して「再調査を約束」したという。なるほど、下僚にとっては将に重大な態度変更をしたことになる。しかも、本国と連絡を取り合ってその変更をしたのである。斎木氏の執念の強硬姿勢が功を奏したというべきであろう。
そして、上記の北朝鮮側の解決済みという従来の態度変更と再調査の約束に対して、日本側は!)人的往来の規制解除、!)航空チャーター便の規制解除、!)人道的支援物資輸送のための北朝鮮船籍船の日本入港容認、を表明したのである。
但し、未だ口だけの「約束」にとどまり「具体的行動」が無い限り、これらの緩和措置を執ってはならないというのが本声明の趣旨である。具体的行動とは、もちろん被害者の解放である。これ以外にはない。
声明の2について、
我が国の表明した規制緩和措置は、拉致された被害者が解放に向かうのに応じてなされるものであるから、勝手に向こうに行ったよど号の犯人の身柄とは関係ない。
よど号犯人の身柄引き渡しでマスコミが大騒ぎして、対北朝鮮宥和ムードが起きるのが一番危険だ。北朝鮮と国内の一部勢力による一種の世論誘導によど号が使われているからである。
声明の3について、
読んでいただいたとおりである。北朝鮮は今まで偽死亡診断書、偽骨、さらに被害者の隠蔽、など我が国を騙してきた。よって、我が方で一定の期間を定めて彼を観察し、進展がなければ、この度の実務者協議も今までの騙しと同じ手口であると見切って全面制裁に向かうべきである。
声明の4について、
平沼議連会長と議連メンバーは、昨年11月にはワシントンDCでアメリカ政府要人や上下両院の有志議員に会い、また6月3日には、大統領に近いアメリカのシーファー大使に対して、アメリカが北朝鮮のテロ支援国家指定解除をしないように要請している。我が国政府も、このことに異議はない。
従って、アメリカに制裁解除を為さないように要請しながら、日本自身が具体的な目に見えない進展がないのに制裁を緩和するなどの措置を執るのは裏切りであり、我が国の国際的信用を著しく損なう。
また、この度の日朝の実務者での合意が、アメリカに誤解を与え北朝鮮のテロ支援国家指定解除のサインとなってはならない。
この為に、第4の声明が必要と考えた。
以上が、実務者協議の内容と、我々議連の態度である。
では、何故、この度北朝鮮が昨年9月のウランバートル以来の実務者協議に応じたのであろうか。
それは、第一に、アメリカにテロ支援国家の指定を解除してもらいたいからである。
アメリカの国務省が昨年末にも解除したがっていたテロ支援国家指定が、未だに解除されないのは、拉致被害者家族会、救う会、そして、我々議連の東京とワシントンでの要請行動が功を奏した結果と自負している。
第二に、この度の実務者協議で北朝鮮側が主に何を取り上げてきたのかといえば、それは「不幸な過去の清算」である。つまり、日本から金が欲しいということ。
即ち、第一も第二も金が入ることを切に願って交渉に臨んでいるのが北朝鮮である。
もっとも、我が国からの金に関しては、北朝鮮は昭和40年の日韓条約締結に際して巨額な金が日本から韓国に渡されたことを基準にして期待に胸をふくらませているのであるが、韓国と北朝鮮は全く異なる扱いをしなければならないと釘を刺しておきたい。
あの時、韓国は貧しいながらも自由主義陣営を守る共産主義勢力に対する壁として、北朝鮮、ソビエト、中共と対峙していた友邦であった。我が国がこの友邦に援助するのは当然であった。
これに対して、北朝鮮は日本人を拉致し現在も朝鮮半島の武力制圧を公言する危険な軍事独裁国家である。この北朝鮮に韓国並みに援助などできるはずがない。援助すれば、我が国が「テロ支援国家」になってしまう。
さて、交渉にあたった斎木局長は、北京から痩せて帰ってきた。相当神経を使ったのであろう。また、帰国しても、拉致の犯人である北朝鮮そのものを相手にする交渉であるから、国内で厳しい批判にさらされるのは必至である。これ外交官の宿命でもある。
従って、我々は、厳しく質問する前に、まず斎木氏の労苦をねぎらったのである。
(了)
注:西村真悟事務所の了解を得て転載するものである。
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて 169
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ウェデマイヤー回想録を続ける。
「日本の真珠湾攻撃は、アメリカによって計画的に挑発されたものであるという事実は、真珠湾の惨敗と、それに引き続きフィリピンを失陥したことにより、おおいかくされてしまった。アメリカ国民をヨーロッパ戦争に裏口から参戦させようとしていた当時のアメリカ政府は、フィリピンのアメリカ守備隊を日本軍の犠牲に供するのもやむをえない、と考えていた。アメリカ国内の反戦派の人たちは、ルーズベルトがドイツに対しては明らかに戦時中立を犯す行動を取り、又日本に対しては最後通告を突きつけて、
何とかしてアメリカを参戦させようとしていたことは、じゅうぶんに承知していた。だが、反戦派の人たちは、当時アメリカで共産主義国ソ連の存在がアメリカにとり、少なくともナチ・ドイツと同じ脅威を与えると認識していた人々といっしょになって、アメリカが戦争に巻き込まれないように努力を続けていた。第二次大戦はなぜ起こったかについて、われわれは当時どんな意見をいだいていたにせよ、日本軍の真珠湾攻撃により、今やアメリカ国民は勝利のために全国力を結集して戦い、この大戦がなぜ勃発したかという議論は、後世の史家の手にゆだねられなければならない、と考えるようになった」
これが、ハミルトン・フィッシュ議員も書いていたように、日米開戦勃発時の米国内の実相であり、「まんまとワナに嵌った」と私が言うゆえんである。
このような米国国民の気質は勿論、ルーズベルトに対する国民感情、なかんずく「反戦派」と、「共産主義国ソ連の脅威認識派」の存在を当時の日本大使館、及び外務省がどの程度とらえていたか、は重大な問題である。
「日米交渉百年史」(昭和31年12月:洋々社編・刊)はこの百年間の日米交渉を網羅した書であり「はしがき」にはこうある。(旧漢字は現代漢字とした)
「ペリー来航(一八五三年)からこのかた一世紀間の日米関係は、これをアメリカ側から見ると、ミシシッピー艦と、ミズーリ艦という二つのMによって象徴されるところの光栄から光栄へ進む偉大な記録である。独立をして僅かに七十年で当時なお世界列強の尻尾にくっ付いていたアメリカは、このわずか百年の間に躍進を続けて、世界の先頭に立つ超強国(スーパーグレートパワー)となった。
このような急速な一国の膨張・発展というものは、まことに世界史上、空前であるといって過言ではないであろう。ところが、この同じ日米関係を、日本側から見ると、うってかわって開国から亡国への歴史である。忽ちにして興って、一時、よく世界強国の列強に伍したが、やがて忽ちにして破滅したところの光栄から墳墓への歴史である。広い太平洋を隔てて相隣し、一方は西洋文明を代表し、
他方は東洋文明を代表した日米両国のこの対象の著しい百年の歴史は、世界史上でも、色々な意味で最も興味ある一節であり、人類に多大の教訓を与えるものであると思われる。あだかも(ママ)開国百年の記念すべき時にあたって、この両国間の政治外交上の関係のみならず、学芸・思想・宗教・教育・通商・産業・交通など、各般の交渉の後を回顧し、第二の“開国”と“新しい出発”をしようとする我が国の前途への道しるべとすることも、日本の将来、ならびに日米関係の将来のために意義あることと信ずるのである。
開国から没落に至る日本の歴史は、つまり、日本の近代国家の建設と破滅との歴史に外ならない。日本は欧米先進諸国の模範に倣って、急激に近代民族主義、および近代資本主義建設の道をまっしぐらに進んだ。そして幸運にも半世紀で世界列強の仲間に入ったが、やがて列強との闘争に敗れて没落の淵に陥ったのである」
収められている詳細な日米間交渉の実例は大いに興味をそそられるものだが、問題が大きいがゆえに、私が関心を持っている事実は指摘されていない。しかし、日米学術交渉史の第1節総説の中に、(一)アメリカの役割(二)米学伝来の概観(三)専門化への転換(四)ビスマルクの暗示(五)アメリカ軽視(六)多くの留学生(七)アメリカ社会学(八)野口英世と朝河貫一、の項目があり、(五)のアメリカ軽視には、日本から渡米した者は非常に多いが、それはアメリカが既に“社会がすでに落ち着いてしまっている”ヨーロッパと違って、「無限の未開地が広がり、
労働力がいくらあっても足りない」から、支那の苦力同様、「労働者というかたちでアメリカ各地の農業開発に貢献したことが最も多かった」こと、その労働者の中で心がけよく「適当にアメリカ文明を身につけて」帰国した者もあるし、「初めから勉学が目的で渡航して、生活方便に労働した者もある」が、彼らは帰国してから各方面に進出して、いわゆる「アメリカ帰り」の威力を発揮した。はじめアメリカの大学は日本学生を厚遇したから「学位も無造作にくれた」から、明治後半にはメッキも剥げた。これはハーバードやエール大のような歴史ある立派な大学も、田舎大学も同様にとらえた「日本人の認識不足の点も大いにある」と書かれている。
その点について朝河貫一が、特別に警告して以降、「アメリカにも優秀な大学があり、博士になるのがなかなか容易でないことが分かったものの、しかし学問にかけては、アメリカを軽視する癖は今でも抜けきっているとは言えない」とあることから想像できるように、“歴史的に未熟な米国”に対する、皇紀2600年を誇る日本人が抱いた“軽視”の態度は、当初から「新国家・米国」を構成する国民性の分析を疎外していたように思われ、それは外交官にも“蔓延”していた様に思えるのである。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.松永太郎 チベット仏教とチャイナ
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今度の「聖火リレー」で、欧米各地でチャイナのチベット弾圧に関する、激しい抗議行動が起こったが、ふだん、チャイナの少数民族弾圧や侵略に関して、それほど興味を示さない欧米人の間で、なぜ、そんなに激しい行動が起こったのか、日本ではよく理解されていないようである。
チベットには「鉄の鳥が空を飛ぶとき、チベット仏教は世界に伝わる」という言い伝えがあった。そのとおり、チャイナがチベットを侵略したとき、弾圧を受けたチベットの僧たちは、アメリカやヨーロッパに渡って、仏教を伝えたのである。
実は、欧米における仏教の本格的な理解は、禅などをのぞけば、このころに本格的に始まったと見ることができる。
日本では、非常に残念なことに、怪しげなカルト教団がチベット仏教を僭称し、こともあろうに、チベットの聖者たちの名前を勝手に自分たちの教団のメンバーの呼び名に用いたりした。そして、さらに悪いことにインチキな宗教学者(中沢新一や島田浩己のような)が、この教団にお墨付きを与え、さらにマスコミなども、わけがわからずに「宗教の自由」の問題などと取り違え、この「教団」を解散させることにすら抵抗した(小林よしのり氏のおかげで、このころの彼らの言動はほとんど記録されている)。
きちんとしたはずの宗教学者でさえ、チベットの「金剛乗」は、殺人もいいといっているとか、チベット仏教は、土俗的な宗教との混合だ、などとでたらめな発言をしたりした。このためチベット仏教は、完全に誤解にさらされたまま、今に至っている。中沢新一は、今も大学教授であり、芸術人類学なる怪しげなタイトルで講義し、今でも本を出し、社会的発言(日本憲法を世界遺産に!だそうである)を繰り返し、保守派の論客でさえ、彼の言っていることを引用したりする。
日本文化の低下は、今や眼を覆うばかりの惨状を呈しているが、その転落の最初の一歩は、このカルト教団の事件のころからであった、と思っている。正邪、善悪、真偽の区別が、このころから社会から失われていき、社会全体がアノミーに陥ったのである。
その点、欧米は幸運であった。多くの師(リンポチェという)が、直接、渡って、指導したからである。まったく奇跡的なことだが、この人たちはあっという間に英語を母国語同様に、あるいはそれ以上に駆使できるようになり、オックスフォードやハーヴァード、ソルボンヌ、あるいはナポリの東洋研究所のような一流の場で迎えられるようになったのである。みな子供のころから、経典800巻以上を全部暗記してしまうといわれているので、どこか頭の出来が違うのかもしれない。
たとえな、60年代、チョギャム・トルンパは、信じられないような美しい英語を使って、アメリカでチベット仏教を指導した。今、アメリカ人の中から、何人も、非常に優れた仏教者が出ているのは、そのためである。またナンカイ・ノルブは、ナポリで、ソギャル・リンポチェは、フランスで、伝えた。彼らは、もちろん中沢のようなインチキ(「チベットのモーツアルト」というインチキ本を書いた)と異なり、本物であったし、それゆえに、多くの欧米人の心を捉えたのである。
多くの欧米人は、特に知識人の中では、仏教というものが、いわゆるキリスト教やイスラム教のような宗教とは、だいぶ、ちがうという認識を持ち始める人が多くなった。それはきわめて進化した精神文化の形式である。
チャイナが、チベットを眼の敵にするのは、チベットが戦略的に重要な位置にあることや、台湾などとの関係性のほかに、チベット人が、チャイナ共産党指導者や、その仲間の腐敗した太子党のような物質至上主義者とは対極にある人たちだからであろう。チャイナから見れば、チベット人の精神性が恐怖の対象であり、それゆえに抹殺の対象となるのである。
こうしたチベットに対する侵略の本質が理解されているからこそ、欧米での抗議が激しく起こったのである。一方、チャイナの侵略を「チベットの人のため良かれと思ってやっている」などという暴言を吐く加藤千洋のような最悪の偽善者がコメンテイターをやっているのが、わが祖国、日本の現状なのである。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (14)
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嗚呼、弱き愚かな人間よ;
秋葉原で凶漢が車と刃物で多数の通行者を殺傷すると言う痛ましい事件は、僕達がどれ程治安の良いと思われる社会に暮らしていても、所詮は本来遺伝子に凶暴な野性を抱えている人間と言う動物の群れの中に生きている事を改めて自覚させられた。誰もが群れの一頭であると言う事を。
大人しい牛の群れの中にもある種ストレスが引き金になって一頭が突然暴れだし、廻りの子牛を角で就き上げ殺してしまうようなことが有ると言う話を聞いたことがある。残念ながら被害を他の牛に及ぼさない為、此の一頭は即座に殺す以外にないらしい。
現代の人間社会ではこのような事件が発生すると、思いつくあらゆる文明の歪を列挙して凶暴な野生の突出の原因を議論し、再発防止に対策を講じる(振りを)している。
僕に専門家の知識もデータも全く無いが、人間に野性が潜む限り同じ様な事件はこの日本でも必ずどこかで絶えず繰返され、新たな犠牲者を生むことになると思っている。
教育と訓練が野性の突出抑制に最も効果的なんだろうけど、地震と同じで人間に潜むあらゆる強度の野性に対応することは出来る筈がない。
幼児連続誘拐殺害犯の宮崎某は20年近い拘置所暮らしの後、先日漸く死刑が執行された。
彼も世間の人間にとってはとても容認できない危険な野性を突出させた男である。
再発を抑制し社会の秩序を維持するには死刑が当然と思って僕は判決に十分納得していたが、彼がそのまま拘置所に放置されていたのは何故なんだ。
死刑を宣告しておいて毎日びくびく長年過ごさせるのもそれなりに効果的な刑罰かも知れんが、それでは本来の警告と言う部分が無い、本人への単なる拷問である。
冤罪で有り得ない事が明白で然も死刑が確定したにも拘らず、執行の判をつかない代々の法務大臣の職務怠慢を僕達は責めるべきじゃないだろうか。職務に忠実で判をついた現職が却って無慈悲な冷血漢であり、そうしなかった代々を人情派のように印象付ける風潮はどうも無責任だし、死刑を必要以上に非人道的な扱いにしている。
例によって反対論があるとは言え、死刑は究極の刑罰であり度を越した凶悪犯罪に適応する事を国民が合意した訳だから、大臣には堂々と迅速に判をついてもらいたい。
勿論死刑を執行した責任は大臣にあるのでなく僕達国民全員が責任を負うべきだろう。
自分が或は身内の者が、何時か突然野生の衝動に駆られ、理性の制御が利かないまま意識的にしろ無意識にしろ残虐な行為に走る局面が絶対に無いとは言い切れない。お互い人間なのだから。
国民の責任とは、その時に小賢しい言い訳を口にせず社会に慈悲を請うことなく、大人しく刑場に赴く責任を自分自身が納得する事だ。この納得が抑止力だと思う。
人生80年、長くて100年。この間殆どの人は野生の残虐な面を表にせずに無事過ごす事が出来るようだ。然しこれがもし200年だったとしたら......実は僕には全く自信がない。
抑止力も鈍ってくると言う事だろう。
了 2008.06.19
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次回の配信は6月25日(水)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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