食品偽装に消えた年金!「人気メルマガ発行者」が鋭く斬り込むNEWS評論!【投票は28日迄】
トップ > マネー・政治・経済 > 政治・経済 > 甦れ美しい日本

甦れ美しい日本 第184号

発行日時: 2008/5/17

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年5月16日 NO.184号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

< 目次 >

◎塚本三郎の「今を斬る」 民の声がなぜ届かない 

◎レギュラー執筆者 
      
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて  165
2.松永太郎    天皇は、なぜだいじなのか

◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (6) 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
超・映画評 愛と暴力の行方 奥山篤信著 扶桑社 発売中 http://www.strategies21.org/leonessa.htm
大書店・アマゾンでお買い求めできます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──────────────────────────・・・・・☆
------------------------------------ 
◎塚本三郎の「今を斬る」 民の声がなぜ届かない  
-----------------------------------      
 賑やかではあるが、静かな街の中を、時おり轟音を立てて黒い車が走り抜ける。彼等は共産主義反対と中国政権の非道を叫ぶ。流す歌は、昭和維新(青年日本の歌)である。
 歌の趣旨と、掲げる日の丸は、日本人として否定する何ものもない。

 それなのに、街の人達にとっては何か違和感がある。本当ならば彼らに向かって拍手を送っても良いのにと思うことさえある。流す歌の三番まで述べてみた、三上卓 作詞作曲

一.汨羅の渕に波騒ぎ    二.権門上に傲れども   三.噫呼人栄え国亡ぶ   
  巫山の雲は乱れ飛ぶ     国を憂ふる誠なく     盲ひたる民世に踊る 
  溷濁の世に我起てば     財閥富を誇れども     治乱興亡夢に以て
  義憤に燃えて血潮湧く    社稷を念ふ心なし     世は一局の碁なりけり
 失礼な言葉だが、黒い車は愛国運動よりも、市民に対する威圧的示威運動にみえる。
彼等に問題があるとしても、今日の時局、政局に対して余りにも無関心な市民の態度を憂い、昭和のはじめ、日本の政党政治の未熟と堕落が招いた悲劇を思い出す。

昭和の動乱—政党政治の未熟さが、大衆の我慢の限界を超えていた。

五・一五事件—この時期の日本は、ふたつの動因があった。
その一つは、日本を取り巻く危機感である。東からはアメリカが、西からはソ連が迫っている。これを何とかしなければ日本は危うい。それが国家改造という危機を煽り立てた。

もう一つは、大川周明や北一輝等の反資本主義、反権力のイデオロギーである。 

 兵士の故郷である農村が疲弊し、農民は娘を売らなければ食ってゆけない状況に、義憤を感じた人達。そこから政財界の粛清、日本政治の刷新をめざした事件が相次いだ。

 昭和七年五月十五日、国家改造を説く日蓮宗の僧侶・井上日召の一人一殺主義。それによる国家改造をしなければ国民を救えない、と血気盛んな若者達が、日本を蝕む現況を取り除こうとした。「国民よ!天皇の御名において君側の奸を屠れ」と。

 海軍の三上卓中尉を中心に、時の犬養首相官邸へ上がり込み首相を射殺した。この事件では、犯人に対して同情が集まり、憂国の志士とみて、減刑嘆願書は三十五万通に達した。

二・二六事件—昭和十一年二月二十六日、東京市内は三十年ぶりの大雪で真っ白。麻布の第一師団の歩兵第一連隊と第三連隊、そして赤坂にある近衛師団歩兵第三連隊の一部中隊に非常呼集がかけられた。下士官、兵一千四百名は、大雪の降りしきる中を「完全武装に実弾」、「一日の携帯食」を持って、襲撃目標に向かった。相手は、

一.岡田啓介首相官邸 危うく難を逃れる  二.鈴木貫太郎侍従長官邸 重傷
三.斉藤実内大臣官邸 惨殺        四.渡辺錠太郎陸軍教育総監私邸 惨殺
五.!)橋是清蔵相私邸 惨殺    六.牧野伸顕前内大臣湯河原邸 危うく難を逃れる

 昭和天皇はこの事件に対して激しい怒りを示し「断乎討伐」を主張された。

 この二つの事件には、陸軍大学校とか海軍大学校を出て、出世コースに乗った将校は一人も加わっていない。当時は、日本男子の一割も中学校へあがっていない貧しさであった。
出世コースに進むのは、ほんの僅か。当時の風潮としては、ある程度挫折感、嫉妬心が芽生え、そこに左翼的思想が忍び込む余地があったかもしれない。

 北一輝、大川周明などの思想、即ち、天皇中心の社会主義プログラムが生まれた。それは明治維新と比べて、昭和維新の志士と自負する情念があり、彼等青年将校には良心の呵責はなかった。天皇を惑わせる「君側の奸」を除くのだという正義感が中心であった。

 民主政治を評して、ギリシャの哲学者アリスト・テレスは、「三悪政治」と述べた。二千年昔のことである。(イ)愚民政治 (ロ)堕落政治 (ハ)数による暴力政治と。

 自然科学も、社会科学も日進月歩で、遂に月の世界にも人間が足を踏み入れる今日。
 それなのに、「人間の心」は余りにも幼い。個人の行動も、家庭生活も、政治社会も、今日に至って、なお進歩発展したと言い得るのか。

人間には、旺盛な欲求が在り、豊な感情があり、そして爽やかな理性も在る。

 それを、程良く調和させることが、生きる智慧であるはずだ。その欲求と感情を悪用、利用して止まないのが、三悪政治ではないか。昭和の動乱は、その三悪が見せつけられた。 
それでも民主政治には、未だ救いがある。

 民衆が悪政に苦しむとき、次の選挙には、自らの力で改めることの出来る機会が来る。
血を見ずに改められる、希望の持てる制度である。そこが、独裁政治と異なっている。血を出さなければ改められない中国の「易姓革命」に優る。それが民主政治である。今日の日本の政治は、あの悲しき、昭和維新のような血を見ず、希望の政局となり得るのか。

民の声がなぜ届かない

 小泉純一郎は、あたかも国鉄民営化の成功をまね、郵政を民営化させ、より健全化させる大改革だと、庶民の感情に訴えた。神経戦と表現の巧みさで衆議院選の勝者となった。
小沢一郎は、郵政民営化によって招く、一部の欠点を大げさに取り上げ、その上、衆議院総選挙での、小泉前首相のやりすぎ「刺客の差し向け」等を逆に訴え、憲法の不備を利用し、政権争奪の策士となって、野党に君臨している。

安倍晋三は、国家の基本を体得した、稀にみる度胸ある為政者とみえ、それが与野党に警戒され、特に天下り禁止の実施で陰険な官僚に不安を与え、足下を掬われて自滅した。
安倍首相に立ち向かった壁は巨大で根が深い。そして辿り着いたのが福田政権である。

自民、民主それぞれ、日本の国家はおろか、両党内にも、共に操舵室に人が居ない。
他の連中は専ら党利党略、あるいは派利派略を睨んだ党内政争に巻き込まれている。

自民党に「統治者の気迫」が失せていて、ただ権力にしがみつく妄執だけが残っている、官邸の主人公である福田首相に当事者能力が全くない。雇われマダムで、そこに座っていてはいけない人が座っている。ほとんど死に体になっている総理大臣に対して、誰も辞任、あるいは解散を突きつけ、実行させるところまで追い込めない。

冷戦構造下であれば「サミット花道論」つまり死に体の総理でも、三ヶ月や四ヶ月、そのまま続けさせてもよい。しかし、今日の日本では到底そんな政治的停滞は許されない。                                          
(中西輝政、月刊誌WiLL六月号一部引用) 
 
日本人は、日本人としての価値観や心意気などを忘れて、アメリカ人化しています。加えて、ほとんど過度にといってよいほどに、アメリカに依存しています。

我が国は事実上のアメリカの被保護国だと言われる有り様です。

中国に対しては毒入り餃子のような、あんな簡単な事件についてさえも物が言えない。
 その中国との間で、争点になっている尖閣諸島は沖縄県下にある。東シナ海もいわば沖縄の前方に広がる。自立国家としての自信を持たないでいる日本のなかでも、とりわけ地理的に重要な拠点として存在する沖縄に、日本の自治体としての想いがうすいとすれば、それは容易ならざることなのです。

日本人は真の意味で、もう一度日本人にならなければならないのです。そして我が国わが国民を守り、日本の価値観で立つ姿を国際社会に示さなければならないということです。
日本の価値観こそが、中国の歪な価値観や、時にダブルスタンダードに陥りがちなアメリカの価値観よりも優れていることを示していく必要があるのです。

           (櫻井よしこ、月刊誌正論六月号台湾についての一部引用)

日本には、国を憂うる、まともな政治家が居ないと、嘆く人が多い。居ないのではない政治の舞台へ出て来られない仕組になってしまった。

三つの課題

第一の問題は、議員の資格を得なければ政治の席に就けない。

衆議院が小選挙区であるから、残念ながら、まともな政治家は出にくくなってしまった。投票の過半数を得るには、反対者が出るような政策は提言されにくい。政治は大所、高所に立つ発言が必須であって、反対者が出ることは止むを得ない。誰もが賛成する政策は、政治ではない。

 国家の為、世界の為に論ずる正論には、必ず反対者を覚悟しなければならない。
 欧米、特にイギリスとアメリカは、「しっかりとした二大政党の組織」が土台にある。
 日本は政党政治が前述の如く「余りにも未熟」である。従って有為の人材は、選挙戦に立候補を避け勝ちで、識見なき一部の野心家が競っているといっては言い過ぎか。
 第二の問題は、マスコミが、評論家としての堂々の論は掲載する。

しかし、政治の舞台での発言の報道は、政党及び議会での地位と肩書きを中心にする「発言の順序」に縛られているから、政治の表舞台には正論を出させない。

今日の日本の論壇、特に各月刊誌には、数々の正しい論文が掲載されている。それにもかかわらず、国会には一向に反映されていない。まことに残念なことである。

 第三の問題は、現在の国会議員は、これ等有識者の憂国の論を学び、吸収する意志があるかを疑う。非難がましくなるが、現職議員は、国家を論ずる前に、権力を求め、その為には、現在の議席を維持、確保するために、持てる大半の力を尽くして余裕を持たない。

 政党政治が未熟であっても、父祖の優れた血筋の人達は、地盤が強固であり、未だ健在で、日本を背負って立つとみられている人達は居る。例えば安倍晋三、麻生太郎、平沼赳夫、与謝野馨氏等ではないか。これ等の人達は、次の出番を待つよりも、一刻も早く日本を覆っている暗雲を吹き払う、より大きな輝きの役を買って出ることが期待される。

政権担当者の無責任と無力化は、それと呼応するかの如く、日本社会は暴力と非常識の髟と化し、凶悪犯罪が続き、世界一の治安を誇った日本社会は急変しつつある。

そして、無責任な行動と発言が常態化して、住みにくい日本社会へ堕落し、今日に至っている最早問題点は明らかだ、一日も早く次の課題を如何にして実行させるかだ。
第一に新憲法を創設して、政治家及び指導者に、国家観を確立すること。

 第二に教育の!)に、個人、家庭、社会に、倫理道徳と愛国心を徹底させる為、かつて教育勅語に示されていた人倫の道を、日本人の生きる義務として教える。

 第三に、青少年に、団体の一員として、「共同生活による生活体験」をさせる。その為一定期間の義務を課して、社会人として育成せしめる。            

塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
─────────────────────────・・・・・☆
◎レギュラー執筆者 
------------------------------------ 
1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて  165
-----------------------------------
中国と仏印との国境に展開した第五師団について益井氏は、「この命令は、全て冨永の独断専行によって実施された。上司の参謀次長の沢田茂中将も、南京の支那派遣軍総司令部も、それをまったく知らなかった。にもかかわらず、後でこのことを知った沢田は、それを“追認”している。

天皇の軍隊を冨永が独断で指揮したこの作戦は、軍規の紊乱であることはもとより、国際的には日本軍いよいよ南進の衝撃を与え、わが国の立場をいっそう不利にした。冨永は佐藤賢了大佐(南支方面軍参謀副長)とともに、航空総監の東条英機中将の腹心であった。佐藤は陸軍省軍事課政策班長(航空兵中佐)当時、昭和十三年三月二日、衆議院国家総動員法委員会に説明員として出席中に、政友会の宮脇長吉議員を“黙れ”と怒鳴りつけて問題を起こした傲岸不遜な性格だ。

彼が十五年二月、浜松飛行学校教官から南支方面軍参謀副長に栄転したのは、東條の力によるものだ。東條はこの年(昭和十五年)の七月二十二日、第二次近衛内閣の陸軍大臣になっている。その権勢を背景にした冨永と佐藤は後日、仏印で再び大問題をおこすことになる」と厳しく書いているが、その後に起きた「第五師団越境事件」について、「大東亜戦争全史」にはこのような記録がある。

「(前略)仏印側は、偶々、九月五日発生した鎮南関付近におけるわが第五師団の一個大隊の越境事件を理由としてこれ(注:兵力進駐に関する現地交渉)が無効を主張した。已むなく現地交渉は改めて続行せられ九月二十二日午後四時三十分に至り漸く協定が成立した。
この間、仏印側の極力交渉を遷延させようとする態度が明らかに認められ、大本営陸軍部においては、武力進駐を主張する参謀本部一部の強硬論と、平和進駐を主張する陸軍省の穏健論との応酬が、繰り返され、東條陸相は、例え進駐遅延するも友好的に進駐を実施すべきを強く主張した。又陸相は、前記第五師団の一部が上司の命令によらずして越境した事件は、例えその大隊長の誤認に基づくとするも、
厳正なる統率軍規確立のため、看過し得ざるものとして、当該大隊長を軍法会議に附し、さらに九月二十六日に至り、右監督の責任を負うて南支派遣軍司令官安藤利吉中将は罷免され、次いでその他の関係軍司令官、師旅団長、聯隊長は或いは罷免、左遷せられ、或いは処罰せられた」とあり、
更に「今次進駐にあたり、仏印との協定が成立したにも拘らず、戦闘を惹起するに至ったことは、東條陸相及び大本営首脳の甚だ遺憾としたところであって、現地に作戦指導のため派遣せられていた大本営陸軍部作戦部長冨永恭次陸軍少将は帰還と同時に更迭せしめられ、その後その他の大本営陸軍部の関係主要幕僚も更迭を見るに至った。

 東條陸相は就任以来、部内の統制維持を特に重視し、人事にそれを反映せしめんとしていたが仏印進駐にあたり惹起した紛争の責任を問い、東條陸相が断行した人事は注目すべきものであった」とある。

 この“事件”は陸軍部内に尾を引いて、サイパン陥落に伴い東條首相が辞職し野に下るや、このとき処罰された面々は“復活”している。私は、このときの恨みで大東亜戦争の全責任を東條首相に押し付ける「東條悪玉論」が陸軍部内外に広まったのではないか?と思っているのだが、益井氏も「その延長線上」で東條首相をとらえているように感じられる・・・

さて、昭和15年10月25日の閣議で、政府は「対蘭印経済発展のための施策」を発表したが、その基本方針は「世界新秩序の進展に伴う経済圏発生の必然性並びに日独伊三国条約に基く皇国の蘭印における優位を確認し共存共栄の大局的立場に基き速かに蘭印と経済的緊密化を図り以ってその豊富なる資源を開発利用し皇国を中心とする大東亜経済圏の一環たる実を挙げしめんことを期す」という強硬なものであった。服部氏はこの基本方針について「それは究極の目標であって、当面の急務は、戦略物資、就中石油の所望量の取得であったのである」と書いている。

 ところが米英に依存している蘭印の態度は極めて強固であった。つまり、オランダとの交渉は、実質的には「米英」との交渉なのであって、日本側の期待どうりに進むはずがなかった。ましてやラングーンから北上しマンダレーを経てインドシナ山系を越えて中国の雲南省に入り、更に昆明までの1270Kmに及ぶ「援蒋ルート」の方は更に複雑であった。当時のルートの実情について益井氏はこう記している。

「(日本側からの支那に接するビルマ国境と、香港国境の即時閉鎖、上海の英軍即時撤退要求に対して)クレーギー英国大使は七月十二日、原則的に受諾して、ビルマ・ルートは七月十八日から三ヵ月間閉鎖することになった。といえば協力的のようだが、実はビルマは五月から十月までは雨季のため、ビルマ・ルートは輸送困難で閉鎖同様の時期だった。英国は一時的に日本をなだめるために、形式的に閉鎖したにすぎなかった。この当時は欧州大戦の最中で、対支輸出能力を持つのは米国だけであった。米国はビルマ・ルートから重慶地区へ自動車、石油を始め、軍需品を対支貿易の名のもとにさかんに売り込んでいた。そこで英国に、ビルマ・ルートの再開を要求した。チャーチル英首相は、それに応じて雨季明けの十月十八日から再開させた。老獪なジョン・ブル外交に翻弄された日本外交であった」       (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
 -------------------------------------
2.松永太郎 
 天皇は、なぜだいじなのか
------------------------------------
 私たち日本の祖先は、長い間、精神的(スピリチュアル)な権威と世俗的(政治的・物質的)権威とを区別(仏教用語で言えば、「分別」)した上で、なおかつ、精神的な権威を世俗的な権威の上においていた。
このことは世界史的にも、まったく類を見ない、進化した形式である。「天皇制」という言葉は、ソヴィエト共産党に指導された日本の「マルクス主義者」たちが、その「制度」なるものを廃止しようと考え出したものであるが、まったく逆に、積極的な意味で使う、とすれば、天皇制とは、今の世界で、もっとも進化した制度・形式である、といえる。
 たとえば、ヨーロッパは、一時的に精神的な権威が上位であるかのように見えたが、その後、世俗的な権威との区別が行われ、その統合(インテグレーション、止揚)が行われることはなかった。
ヨーロッパは、精神的な権威が、フランス革命(「理性が神」)をはじめに、その力を失い、アメリカやソヴィエトのような、この世の地獄を現出するにいたった。ニーチェだのドストエフスキーだのが、描いたとおりである。
それは、世俗的な権威だけが、現世の唯一の権威であり、「力」であるとする思考法であった(過去形であるが、今も続いている)。アメリカやソヴィエトが政治的な体制を異にしていたために対立しているように見えたのは幻であって、その根には、まったく同じ思考法があったのである。
今、その末裔に、私たちは、共産党に支配されているチャイナを見ている。チャイナ共産党が言う「自由主義経済的な共産党支配」というのは、簡単に言えば、アメリカとソヴィエトのミックスであり、その根本に「物質至上主義」があるのはいうまでもない。
 一方では、その逆に、チベットのように、精神的な権威を、世俗的な権威の上においている社会制度もあった。この制度が、今、民族的にも抹殺されようとしているのは、不思議でもなんでもない。今や、世界のほとんどが、世俗的な権威のみを最高の政治的な権威とする政治体制になったからである。
チベットは、しかし、厳密に精神的な権威と世俗的な権威を分別してはいなかった。そのためチャイナの野蛮な侵略を受けたとき、いかに、その戦士たちが勇猛であっても、なすすべがなかったのである。
 日本だけが、精神的な権威と世俗的な権威を峻別した上で、なおかつ、最終的には、精神的な権威に最高位におく、という体制があった。戦国の武将は、家康も秀吉も、自分のなしたことが最終的には「夢」であることを知っていた。いかに世俗的な「夢」が完成されようとも、そのようなものは「露と消える」ことを知っていたのである。それを知っていればこそ、彼らはあのような力を発揮できたともいえる。彼らが知っていたのは、自分には計り知れない(なにごともおわしますかわはしらねども)存在がある、ということである。それよりももっと、大きな権威があり、それをこの世で表しているのは天皇であった。
しかし、天皇には、なぜ、そのような精神的な権威の存続が保証されてきたのであろうか。
 それが「儀式」であり、「秘儀」(ミステリウム)である。
 いったい天皇は、その儀式において、何を祈願されてこられたのだろか、
民、すなわち、ほかならぬ、私たちの祖先の安寧であり、五穀豊穣、すなわち私たちを養うものの豊かさである。簡単に言えば、みなが幸いであるように、と祈られてきたのである。このような願いを、何千年も、何世代にもわたって続けられてこられた。それゆえに、私たちは、今、ここにいる。日本語で言えば「おかげさま」ということである。
 「祈りの力」ということを、あまり軽んじないようがよい。「自分」を捨ててしまえば、どんなことも、祈ることはかなえられるから(それを「信」という。近代人は、それを「狂信」という。狂っているのはわれわれ近代人のほうであるが)。
いったい、私たちは、何千年にもわたり、ただ、自分を捨て「私たち・日本人」の安寧のみを願うような、そうした家族(聖なる家族=サグラダ・ファミリア)の存在を、今、目の当たりにできるだろうか。世界のどこにも、そんな人たちはいない。それゆえに尊いのである。
私は、このことを早く悟らないと、もはや日本は、早晩、終わってしまう、と思っている。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
---------------------------------------------------------
◎ 演劇公演「小部屋の中のマリー」に出演   久保亜津子
- -------------------------------------------------------
薔薇をかたどったローズクォーツのアンティークの帯留め。 昨年の夏の向陽舎公演・三島由紀夫作「薔薇と海賊」に因んで購入した。「薔薇と海賊」の稽古中、信じられないような偶然が続き、公演を成功することができたので、引き続き良い事がありますように、と願いの気持ちが、ちょっと、あった。ところが、この帯留め、金具の幅が狭すぎて、うちにある三分紐が通らない。(多分、昔のものだからなのだろうけど。昔の紐はもっと細かったのかもしれない)何をどうやっても駄目なので、しばらく諦めてしまい込んでいた。思い出したのは、2月になってから。呉服屋さんにお手入れもののついでに持っていった。
お店で一番細い紐を出してくれて、それでもなかなか入らなくて、房をセロテープで巻いたりとかいろいろして何とか押し込んだ。それが2月の7日のこと。 

翌日。カンフェティ主催の「演劇人交流パーティ」に出席した。せっかくだから、和服で。間に合ったので、薔薇の帯留めとともに。いろんな劇団・演劇関係者が400人(?)くらい集まったのだろうか? 趣旨は「交流してください」。と、言われても(笑)とにかくすごかった。人でごった返していた。居酒屋なんてメじゃない喧騒の中で、誰かに出会えれば、奇跡みたいなもの。 

きっと奇跡が起こったのだろう。そんな喧騒の中でも、何人かの人とお話して名刺を交換し、疎遠になりながら会いたいと思っていた知り合いにも会うことができ、それなりの成果があったので、「こんなもんでしょう」と満足してもう帰ろうかと思っていた時、いつもの帯締めと違って、慣れない三分紐が緩んで帯が崩れてきた気がして、直すため化粧室に行った。 

多分、いつもの帯締めだったら、しっかりと締って帯が気になることもなく、そのまますっと帰ってしまったんだろう。化粧室から出てきたところで、ちょうどチラシなどが置いてあるテーブルがあった。そこで目に留まったチラシをひょっと取り上げた。「ワークショップオーディション」と読めた。 

その時、声をかけられた。「それ、うちのチラシですよ。」顔を上げると、長身の青年が、にこやかに微笑んでいた。それが、DULL-COLORED POPの主宰の谷賢一さんだったのだ。それが縁で、ワークショップオーディションに参加することになり、結果としてDULL-COLORED POPの6月公演に出演することになった。

薔薇の帯留めの連れてきてくれた縁かもしれない。この縁を大切にしたい、と今思っている。 

◆演劇公演 DULL-COLORED POP #6
『小部屋の中のマリー』
‐サディスティック演劇的思考実験による人間模様白黒はっきり劇‐

【設問】
マリーは聡明な人文科学者であるが、何らかの事情により、うまれてからずっと白黒の部屋から白黒のテレビ画面を通してのみ世界を調査させられている。彼女は本や映像を通じて、世界中のあらゆる事象に精通している。(中略)さて、彼女が白黒の部屋から解放されたり、テレビがカラーになったとき、何が起こるだろうか。彼女は何を学ぶだろうか?
人の心は何故歪んでしまうのか、という青臭いテーマを、主題的に恥ずかしくもなく、表現的には思いっきり照れながら舞台化する、DULL‐COLORED POP の暗くて元気なおとぎ話。舞台上で次々と表情を変える「ライブペインティング美術」にもご期待下さい。

*作・演出 谷賢一
出演 ・清水那保 堀奈津美(以上DULL‐COLORED POP)
小櫃川桃郎太(小櫃川桃郎太一座)、菅野貴夫、久保亜津子(向陽舎)、小林タクシー(ZOKKY)、滝井麻美、田中のり子、千葉淳

*タイムテーブル
2008年6月
4日(水)14:00、19:30
5日(木)14:00、19:30
6日(金)19:30、*25:00
7日(土)15:00、19:30
8日(日)15:00、19:30
9日(月)14:00、18:00 
***6日夜中25時からレイトショーを開催致します。当然終電はありませんのでご注意下さい。
*場所・新宿タイニイアリス 地図http://www.tinyalice.net/map/map_main.html
(JR新宿駅より徒歩10分、都営新宿線・新宿三丁目駅より徒歩3分)
*チケット
前売一般:2500円
大学生:2000円
高校生以下:1500円
※当日料金は+300円です

*ご予約方法
お電話&FAX 03−5727−1657(向陽舎)
またはこちら↓のURLの申し込みフォームのご利用がお手軽です。
http://ticket.corich.jp/apply/7082/007/

*劇団サイトhttp://www.dcpop.org/
久保亜津子:
早稲田大学日本文学科卒。1996年より演劇ユニット・向陽舎主宰。主に三島由紀夫作品の演出を手がけ、自らも出演。主な公演「近代能楽集」全作品。「サド侯爵夫人」など。
------------------------------------
◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (9)      
------------------------------------
大ヒット映画 靖国                    2008.05.13

11日日曜日は朝から雨で映画を見るにはもってこいだし、話題の李纓監督作品 靖国 の初日なので、8時半には十三第七芸術劇場に行きました。9時半上映なのに何と劇場付近は人の列が出来ており、マイクとカメラを担いだメディアが廻りをウロウロ。

結局100人足らずの席が有る6階劇場には入れず、此方も満員だが5階中華料理屋の追加臨時劇場(100席)のパイプ椅子で見る事になった。

観客は老若男女まんべんなく、全員僕のように好奇心旺盛そうな連中と言う感じ。

映画の内容は特別目くじらを立てるような偏向は全く感じられず、インタビューしても中々会話が弾まない靖国刀鍛冶屋や、靖国神社の節々に突然アナクロないでたちで参拝に集まる連中や、反対デモの為に訪れる連中、魂を返せと言いに来る国内や台湾の遺族と思しき連中などを淡々と撮っているだけで特に解説もない。生の音声なので会話の内容が聴き取りにくく、どうやらこいつは靖国反対らしいな等と勝手に想像するしかない。小泉首相参拝日に合せて来日し、小泉を支持します と書いたプラカードと星条旗を掲げて境内参道に立っているニコラスケージをもっと男前にした感じの一人のアメリカ人と彼に群がる群衆もフォーカスされていたが、彼等の会話もピント外れで何だか笑える。

兎に角登場人物が真面目くさっていれば居るほど見ている方が可笑しくなる、と言うのがこの種ドキュメンタリーの面白さであり、此の映画もその意味で十分笑えた。

台湾の山地族出身女性は再々来日しているらしく日本軍人として戦死した父親か祖父かの魂を返せ、勝手に祀るな等と強く抗議を繰返し、其の通訳を務める日本人男性も又本人よりも強い口調で神主にせまる。神主はまた毎度のように はい、ではその様に上に伝えておきます 等と悠長に返事しているのも可笑しい。いっそ空のマッチ箱でも渡して、はい、此の中に魂が入っています、お返しします、落さないように気をつけてね、左様なら。こう言っておけばもう来ないだろうに、と思ってしまう。

見終わって心から感心したのは普段なら10人前後しか観客の入らない劇場と此の種映画を満員御礼にし、臨時劇場まで用意せしめた、誰かさんの巧妙な宣伝の手口と散々踊らされたマスコミの馬鹿さ加減であった。これは浪速の商売に今後大いに参考にせにゃならん。
劇場を出ると春の長雨が続いており、周りでその馬鹿なマスコミが何とか靖国批判や過去の謝罪的コメントを撮ろうとマイクを突き出している。

彼等を横目に時間はまだ正午前だが、十三駅裏の豚足居酒屋に向かう。さすがに十三、軒を連ねる居酒屋は早くもどこも満員。塩味豚足一皿300円でじっくり焼酎を味わう。言っておくが此処では同じ物の二度廻しは絶対にないのだ。たとえキュウリのかけらでも出たものを残すような客は全く居ないのだから。了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回の配信は5月20日(水)を予定しております。どうぞお楽しみに!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
登録内容(メールアドレス等)の変更、メールニュース配信の停止は、
こちらからお願いします。
<http://www.melma.com/backnumber_133212/>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
有限責任中間法人 平河総合戦略研究所< http://www.hirakawa-i.org >
発信元:< info@hirakawa-i.org >
掲載された記事を許可無く転載することを禁じます
Copyright(c)2005 Hirakawa Institute

 
このメルマガの読者になる
規約 
>> メルマ!の会報誌もお届けします
ブックマーク: はてなブックマークに追加del.icio.usに追加Buzzurlにブックマークニフティクリップに追加ライブドアクリップに追加Yahoo!ブックマークに登録My Yahoo!に追加Add to GoogleRSS

このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます

Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
日本に元気と良識を。歴史・文化・政治・外交など、多方面の教養を毎週一話完結型でお届けします。3万4千部突破!
週刊アカシックレコード
02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家(金正日の「遺書」で始まる「中朝戦争」後の北朝鮮...
宮崎正弘の国際ニュース・早読み
 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
頂門の一針
急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。
花岡信昭メールマガジン
政治ジャーナリスト・花岡信昭が独自の視点で激動の政治を分析・考察します。ときにあちこち飛びます。


おすすめキャンペーン

おすすめカードローン!
オリックスVIPローンカードなら

<<年率5.9%〜15.0%、利用可能枠最高500万円>>
ゆとりのカードローンです。
お申込みはこちら⇒

はじめようメルマガ生活
メルマガを読むには
メルマガを出すには
約64000誌から検索

メルマガデータ

  • メルマガID : 133212
  • 創刊日 : 2005-02-04
  • 最新号 : 2008-07-22
  • 発行周期 : 週間
  • バックナンバー: 全て公開
  • 発行者サイト: あり
  • 読んでる人 : 6144人
  • コメント数 : 37
  • Score! : 94点
  • >> 月間ランキング

発行者プロフィール

ペンネーム :


このメルマガの読者になる

規約に同意する



このメルマガの最近の記事


このメルマガの最近のコメント


このメルマガのバックナンバー


注目情報


新着記事トピックス