甦れ美しい日本 第168号
発行日時: 2008/3/21□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年3月14日 NO.168号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト
塚本三郎 天は中国を裁く
◎松島悠佐の軍事のはなし(64)「情けない防衛論議」
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて 157
2.奥山篤信 闘え!闘い続けよ!チベットの闘いは悪徳国家との正義の闘いである。
3.松永太郎 本の紹介 スパイ博物館「ハンドブック・オブ・スパイ」
International SPY museum Handbook of Practical Spying 未訳
4.松永太郎 チベットについて
◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記(4)
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塚本三郎
天は中国を裁く
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現在、巨大な二つの黒い影が日本を覆っている。その一つは、中国の嘘で固めた国家権力の強圧であり、もう一つは、アメリカの金融支配による、経済社会の暗い影である。
中国の国家権力の暴走と、米国の金融支配の横暴に対して、日本は、国家の威信をかけた、権力と民主主義の言論とによって、堂々と、是は是、否は否として、「正義の天鼓」を打ち続けるべきだ、と前便で述べた。今回は当面の中国の暴虐を更に取り上げる。
権力亡者の中国
今日、日本その他のアジア諸国も、極めて危険な状況に立たされている。
しかし、現在の日本の政界は、殆どその悲壮な状況に耳を貸す余裕を持たない。
目下与野党の政局は、政権の争奪にすべてを傾けつくしているとしか思われない。
時間の経過と共に、同盟国米国の勢力が弱体化し、それと反比例して、敵対を表面化している中国が、強力で、暴虐な牙を研ぎつつある。日本もアジアも、その狭間に在る。
日本人は、自由と平等、平和と友好を、ひたすら国是の如く繰り返している。それは誤りではないし、何れの国もそれを否定しない。
自由が自由として成り立つには、相手の自由を犯さないこと、弱肉強食の野蛮な自由は許さない、という不文律が在ってこそ成立する。
平等も、出発点の平等と、基本的人権の平等であって、自由の活動が、その努力や実力や環境によって、結果として格差が出来て、不平等となることは当たり前のことである。それを前提としての平等でなければ自由競争にならない。
怠惰による落伍者、敗者による愚痴を、平等と叫ぶ人には、平等を叫ぶ資格がない。
友好もまた、相手の立場を尊重し、体制の相違を認めた上での親善でなければならない。
とりわけ国家間の友好は、複雑な国際社会にあって、相手国の国情の相違を認めた上で共存共栄を図るべきである。
国家間の友好は、「内政不干渉」を前提としなければ友好は成り立たない。
平和は人類最大の課題である。哲人、トマス・ホップスは、「万人の万人に対する闘争」と、人間間、国家間の今日までの歴史を一言で言い切った。しかも難しいのは、堂々と闘争を宣言するのではない。各人各国は、その真意はともあれ、その宣言する処は、何れも自由、平等、友好と呼ぶ、美辞麗句を用いながら、闘争の手段とするから始末が悪い。
自由、平等、友好を、看板通り、それらしく実行しているのは日本のみではなかろうか。
中国共産党政権は、国内及び国外において暴虐極まりない、非常識な行動を繰り返す。
政権は銃口から生まれると豪語し、文字通り、銃口によって政権の座に就いたのが毛沢東である。中国共産党政権の毛沢東、!)小平、江沢民、胡錦濤の各政権は、その路線を踏襲するのみならず、更に悪虐を強化している。天はそれを見逃す程に非情か。
中国は、「二十一世紀は中国の世紀」と全世界に、華々しいイメージを売り込んでいる。
胡錦濤現政権は、二〇〇八年八月八日の北京オリンピックのすべてに八の字をあて、良いことづくめと宣伝している。それが為に、目的の為には手段を選ばない。
北京周辺の市街の整備に、人民の自由と人権を無視した行動が、四辺かまわず行なわれ、人民の顰蹙と怒りを買っている。その被害者が救済の道を求めても、政権は弾圧を繰り返して耳を貸さない。中国の政変は、常に人民の悲鳴による暴動の歴史である。
二〇〇八年初頭、中国の春節(日本のお正月)には、五十年ぶりの大雪であった。
雪を見ることさえ希な南の地方で、大雪の為、全交通機関がマヒした。その上、発電力、電線の故障によって、日常生活から生産活動まで、長期に亘って停滞を余儀なくされた。
大雪の被害から漸く復旧の目途が立った矢先に、毒餃子事件が発生した。
殺虫剤「メタミドホス」は、日本国民の手には入りかねる猛毒の薬品である。混入の原因を中国政府は、秘して明かさない。中国人民の、この毒混入の行為は、政府に対するものなのか、或いは国有食品企業の、経営者への不穏の行動なのか。
本来ならば中国政府が、日本に対して、謝罪と見舞いの言葉を述べるのが常識である。
中国の政府要人とて、それ程の常識を知らないはずはない。にもかかわらず、その常識さえも放棄しなければならない程に、嘘が常識化しているのか。
或いは、権力者が常識を弁ずる程の余裕を失っているのか。
日本政府は事態の鎮静化に、被害者以上に加害者に協力的である。しかし、そのことがかえって、日本のみならず全世界に、中国の輸入食品危うしの警告を拡大しつつある。隠すことによって、悪事は自ら暴露されつつある。同様の毒事件は韓国にも伝播して来た。
毒餃子事件は、食の安全を常識とする文明社会に、不気味な風聞を拡大させている。
チベット族の暴動
三月十四日、中国西部のチベット自治区、ラサ中心部で、僧侶らによる、大規模なデモが行なわれた。それを鎮圧する中国政権の、武力発砲に反発して、市民が暴徒と化し、民衆によってホテルや店舗などが放火された。
「暴動はダライ一派が、組織、計画したものだ」と中国の新華社通信は述べ、チベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ十四世を非難している。
ダライ・ラマは、「北京五輪について、世界最大の人口を持つ文明国である中国には開催の資格はある」と述べ、中止やボイコットを求める考えはないと表明している。そして、中国チベット自治区での暴動を、中国当局が武力で鎮圧した問題について、原因や死者数を把握するため、国際的な独立調査団が、直ちに現地入りをすることが望ましい、との見解を示した。しかし、中国当局はこれを拒否している。
亡命政府(チベット族)は、直ちに死者は八〇名が確認されたと発表した。しかし、日を追って拡大し、数百名の死者とも言われる。
中国は、軍事力で無理に占領して、自治区と評し、地域住民への強圧を重ねて来た。
特に今回は、僧侶のデモに対しての弾圧に抗議して、チベット族民衆の暴動は、チベットから青海省へ、そして新疆ウイグルへと拡大しつつある。
そして、ニューヨークをはじめとする世界各国の、中国大使館への、チベット族の抗議デモが拡大されつつある。中国政府はそれ等のすべてを「仏教指導者の指示」だと、自らの失政、否、強圧に対する反抗の結果を、嘘で固めて、全世界に弁明悪宣伝を重ねている。
天をも欺く中国の非道は、歴史の審判を迎え、春節の大雪のように天は歴然とその怒りを示した。
中国が、やりたい放題の暴政を続け、これによって人民が苦しみ抜いても、武力をもってこれを鎮圧し、近隣諸国にも、時に武力、時に財力をもって懐柔し暴政を貫かんとしている。一体、それがいつまで続くのか。大衆は天を仰いで愁嘆するのみか。
否々天は、五十年、百年の歴史を待つまでもなく、次々と悪因悪果の報を証明した。
前述の如く、誰が五十年ぶりの大雪を計ったのか。誰が毒を餃子に混入せしめたのか。そして、誰が目下のチベット族の怒りの騒動を起させしめたのかは、独りダライ・ラマの陰謀と弁解し逃げて良いのか。ラサに駐在する、チベットの独立を提唱する代表は、
ダライ・ラマ十四世が北京五輪開催を支持していることに「失望している」と明言し、彼が唱える、中国との対話路線についても「修正が望ましい」との考えを示した。
諸天は善人を救済するか?
因果応報とはこのことだ。十九年前、チベットの漢民族支配に抗議するラマ僧のデモが頻発し、事態収拾のため自治区書記に派遣されたのが、若き日の胡錦濤国家主席だった。胡氏は、ラサに戒厳令を敷き、強硬路線を前面に、武力をもって多数の人民を虐殺によって鎮圧した。このときの功績が認められ、出世の階段をかけあがって今日の地位を得た。
だが、北京五輪の輝かしき大事な年に、チベットで大騒乱が起きた。胡錦濤主席としては、最高の晴れ舞台を目前に、はらわたが煮えくりかえっていることだろう。
現地では、外国メディアの取材が厳しく制限され、正確な情報はなお乏しい。だが、中国国営テレビが流した、銀行や商店を襲う人々の顔つきだけをみても、チベット人の怒りの激しさがわかる。中国よ目覚めよ。悪業は、ことと次第によって、悪因を招くぞという、天の悲しみの啓示と見るべきである。
ここまで騒乱が拡大されたら、ダライ・ラマは、中国政府に対する穏健な話し合いではなく、「人類の神聖な祭典であるオリンピックを開催する資格が中共政府には断じてない、そして我々に信仰の自由という約束を踏みにじっている、中国共産政権の支配を認めない」。
「われわれチベット人は独立を要求する」、とダライ・ラマは約束違反の共産政権に抗議の声明を発し、その上、若者に対して、「流血の犠牲を敢えて抑える為譲歩し、妥協して来たことは誤りであった」と声明すべきではないか。
釈迦の説く慈悲と堪忍の行は素晴らしい。だが社会組織の活動は、人を見て法を説けと評される如く、民族の尊厳と国家の独立は、相手の真意を読んでの対応が必要である。
「国亡び人滅せば誰か仏を崇め、誰か仏法を信ずべけんや」と叫んだ、日蓮の「立正安国論」の立場こそ、真の仏教徒の姿勢ではないか。
国家あって仏教の信仰が在ると、チベットの人々も、漸く気付いたのではないか。
為すべきことを為さずしては、仏の加護は得られない。国民自身が立ち上がらなければ、天は善果を与えてはくれない。宗教者に武器を持てと言うのではないが。
宗教者といえども、政治的対応は相手に依る。マハトマ・ガンジーが無抵抗によって独立を克ちとったと尊崇されるのは、相手が大英帝国と呼ぶ、人道とキリスト教徒の盛んな国家であったから。そして、スバス・チャンドラ・ボースと呼ぶ英雄が居たからだ。
自由と国家の尊厳を自負する民主陣営も、この騒乱を他人ごととせず、事態を黙視することは卑怯である。イギリスも、フランスも、中国の自戒と反省がなければ、オリンピックの開会式に国家の代表の欠席を、また選手の派遣さえ再考すると、ほのめかしている。
日本政府は、ここで沈黙してはならない、チベット弾圧、毒餃子事件の嘘、スーダンにおけるダルフールの虐殺、等々。こんな中国に、平和とスポーツの祭典を主催する資格はあるのかと問い、オリンピックの参加に、厳しい条件を付けるべきだ。
中国政府が今の態度を改めない限り、天はかつて大雪を降らせた如く、黄砂と異常気象をもたらすと自戒すべきだ。
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
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◎松島悠佐の軍事のはなし(64)「情けない防衛論議」
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アメリカの国防総省は3月3日、「中国の軍事力—2008年」を発表しました。毎年、議会に報告される文書ですが、20年も続いた国防費2桁台のアップなど、積年にわたる軍事力増強が顕著になっています。
この10年ほど、軍事力増強の重点は、台湾の制圧を狙いにした短距離弾道ミサイルの強化、ならびに近海における海洋権益確保のための総合的な海軍力・空軍力の強化、米軍の介入を排除するための中距離弾道ミサイルや攻撃型潜水艦の強化、さらにはアメリカ本土に届く潜水艦発射弾道ミサイルの強化などに向けられています。
中国は、台湾独立の動きに対して武力行使も辞さない姿勢を強調していますが、もし中台紛争が起きれば、わが国の安全保障への関わりは大きく、わが国としても安閑としてはいられません。
3月13日の自民党安全保障調査会で、防衛省・高見沢防衛政策局長はこのことを強調し、「中台問題はわが国の安全にとって重要な事態であり、周辺事態と認定するかどうかの前に、自衛隊の態勢としては警戒監視を高めて、それなりの対応をとらなければならない」と、至極当然のことを述べたのですが、これに対して、元防衛庁長官の山崎拓議員が、「中台紛争を周辺事態と考えるようなことは、胡錦濤主席来日前に慎むべきだ。中台紛争は慎重に扱うべきで、戦略的に曖昧にしておくことが必要だ。」と、報道陣の前で同局長に注意をし、同席していた加藤紘一元防衛庁長官も同調したように報じられています。
周辺事態の認定については、平成11年に制定された「周辺事態安全確保法」を審議している時に、台湾の問題は中国の国内問題であり、日本が干渉することではないと、中国が不快感を示したことから、わが国は、「周辺事態は特定の地域を対称にしたものではなく、わが国の安全に重大な影響を及ぼす事態に応じた概念である。」として、中国を刺激しないように配慮してきた経緯があります。
加藤紘一議員などは、法案が出来た後、わざわざ中国詣でをして「台湾問題は周辺事態に含まれないので、ご安心を・・」と告げに行った人でもあります。
台湾問題は、その帰趨によってはわが国の安全保障にとって重大な影響を及ぼすことは明らかです。台湾海峡が、東南アジア・中東・ヨーロッパとの交易の幹線航路であるだけでなく、軍事面でも中国軍との衝突の原因になる危険性があります。
中台紛争が起きれば、アメリカは台湾との協定もあり、放置することはできず、ある程度の軍事的な介入をするだろうと思われます。中国はそれを予期して、アメリカの介入を阻止する軍事力を強化しており、それが前述したような、中距離弾道ミサイル、攻撃型潜水艦、さらにはアメリカ本土を攻撃しうる潜水艦発射弾道ミサイルの増強になっています。
中国は、自国の防衛ならびに海洋権益確保のために地勢的な防衛線を設けており、
第1列島防衛線は「南西諸島—台湾—フィリピン」、第2列島防衛線は「小笠原諸島—マリアナ諸島—パラオ諸島」です。
わが国の領土であるかないかにはお構いなく、中国は「列島防衛線」を設定し、それを確保する軍事力を整備しています。
現在までのところ、2015〜2020年頃には「第1列島防衛線」を保持できる「近海総合作戦能力」の整備がほぼできあがり、さらにその戦力を東方に推進し、「第2列島防衛線」の確保を目指しています。空母の保有計画はそのためのものと見られています。
わが国の九州南部〜南西諸島は、中国軍の権益拡大計画に引きずられて、早晩争点になることが予測されます。
高見沢防衛政策局長はそのことを指摘し、それに対してわが国の対応は外交も防衛も遅れているぞと言いたかったのだろうと思います。
ところが、防衛庁長官を務めた先生たちが、正論を論じる高見沢局長に対し、中国に気兼ねして、国会答弁の焼き直しのようなことを指摘し、それを受けて新聞記者が、防衛省での記者会見で「防衛省局長が、政府見解を踏み出したのではないか」と畳み込んだ質問を繰り返し、結局高見沢局長は「周辺事態認定のことを言ったのではなく、警戒監視を強めるとの意味だった。誤解を生じたとすれば申し訳なかった」と釈明せざるを得なくなりました。
中台紛争はわが国の安全に重大な影響を及ぼす事態であり、周辺事態認定を云々するよりも、わが国の防衛体制そのもの、なかんずく南西諸島防衛体制を充実しなければならないことは明白であり、中国に要らぬ気兼ねしている場合ではないと思います。
中国こそ、1992年に独自の領海法を公布し、日本の領土である尖閣諸島を自国の領土として宣言しています。これこそわが国への侵略です。さらに、東シナ海での天然ガス採掘など、わが国の主張にかまわず権益拡大を続けています。
最近の報道では、中国高官がキーティング太平洋軍司令官に、「ハワイの線で太平洋を分割し、東はアメリカ、西は中国が治める」との「太平洋分割支配構想」を持ち出したとも言われており、冗談にせよ、そのような発言が出て来るところに中国の狙いを読み取ることが必要でしょう。
台湾有事の際の警戒態勢や南西諸島防衛の施策を、防衛省・自衛隊独自で考えても、法的・財政的な規制から、出来ることはきわめて限定されたものとなり、現体制で最善の戦いをすることが精一杯です。
国家として取り組みの姿勢を根本から考えるのは政治家の仕事であり、それこそがシビリアン・コントロールです。少なくとも、高見沢局長の訴えに耳を傾けて、国家として何をしなければならないのかを考えるべきでしょう。
にもかかわらず、中国を刺激するのではないかと心配し、情けない防衛論議ばかりに終始して、採るべき施策も採らないような国会議員は、百害あって一利なしとの感じがします。 (20・3・20記)
松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎レギュラー執筆者
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて 157
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ジョンソン米国大使が西安の状況を正確にワシントンに報告していたにもかかわらず、日本側の認識は甘かったと思わざるを得ない。少なくとも「西安事件をスクープ」したとして、自他共に西安事件報道の中心人物だったと認めている、時の新聞聯合社(後の同盟通信社)上海支局長・松本重治氏の「上海時代(下)」を見る限り、事件の裏を読んでいたとは考えられない。松本氏はこの事件はあくまでも張学良の蒋介石に対する単なる「兵錬」だったと書いている。
ところでついでと言っては何だが、蒋介石と張学良の「指揮官(軍人)」としての資質について、前回古野氏の著書「張家三代の興亡」を引用して紹介したが、この事件に参加した他の“将軍達”の動きも同書から引用しておこう。
「兵錬後、張学良、楊虎城の部下の将領は西安賓館に集まり、事件の進展に一喜一憂の興奮状態が続いていた。ボーイは逃げてしまったので、ラッキーストライク(アメリカのタバコ)の吸殻は灰皿に山をなし、クルバジェ・ナポレオン(フランスのブランデー)の空き瓶が何百本も転がった広間では、論争と沈黙で連日徹夜の時は流れた。十七日の夜から雪が降り始め、厳しい冬の訪れを告げている。流血の跡は白一色に染められていく。叛乱に成功すれば一財産が作れるし出世もするが、失敗すれば処刑死が待っているのだ。
南京から空輸された一〇〇〇万元の紙幣が机上に置かれたときに興奮は絶頂に達した。蒋と同行して南京に飛んだ学良のことなど、全員忘れてしまった。この金さえあれば上海、香港に逃げても一生を豪奢に暮らせるのだ。怒号と笑声の中で金の分配を終えた将軍達は十分満足したようである。金がなければ部下は逃げてしまうのだから真剣になるのは当然だった。中央政府と和解し何の処分も受けることなく軍資金をポケットに入れた彼らは、今後は自分の金の心配をせずに心豊かに抗日を考えることにしたのだ」
これが当時の「中国軍」、少なくとも国民党軍の一翼を担っていた張学良軍の実態だったといえる。おそらく愛国心に溢れたわが大日本帝国陸海軍将兵には、全く想像できない世界だったに違いない。そんな「野党の群れ」のような“武装集団”と戦うことになったのだから、まともな国家戦略が通用する筈もなかった。
しかし、当時の世界情勢、特に欧州情勢を考えるとき、欧州正面とアジアに敵を抱えたソ連が、どのような戦術を取るかは、「腹背の敵を避ける」という陸戦の基本戦術を習得していたわが軍の幹部としては、当然予測しておくべきであったろう。つまり、このような「野党集団」をたきつけて、後背に展開している日本軍と戦わせる、当然といえばあまりにも当然な戦術をソ連が取る公算についての分析と警戒心である。ソ連は、中国に抗日戦争を仕掛けながら、西安事件から5年後の1941年4月に、日本と「不可侵条約」を結ぶという高等戦術を取る。
さて、西安事件に戻るが、中国の“将軍達”のあまりの私利私欲ぶりを見た、彼らの指揮下にある青年将校たちは金の分配もされずに怒っていた。
「将軍達の貪欲さと、身柄を抑えられている頭領、張学良上将を奪い返すために蹶起しない不満が爆発した。そもそも青年達は故郷である満州奪回のための抗日を主張しているのだが、共産党との合作には熱意がなかった。特務団長孫銘九(華清池で蒋を逮捕した指揮官)、砲第十一団長劉佩韋、糧秣処長張政枋ら熱血漢三十六名は、張学良の釈放要求を東北各部隊に通電の上、将軍達を襲撃した。二月二日のことである。これを第二次西安事件という。
高級将領十六名を暗殺する計画であったが、殺したのは六十七軍長王以哲(昭和六年北大営の司令で、満州事変で関東軍と交戦したことで著名)以下四名で、他の十二名は危ないところで助かった。青年将校たちは金を持っていないので部下の兵が動かず、彼らは落胆して逃亡した。中国の兵変は上官も部下も逃げるのに忙しい。
『なぜ、貴君は南京へ蒋と同道したのですか』と私が尋ねると、学良は困った顔をしながら『私は罪を犯したのです。死刑になろうと終身刑だろうと、罪をつぐなう気持ちで一杯でした。私は愛国心で一杯でした』と答えた。これは詭弁だ。イエス・キリストになられては困る。そんな中国人は聞いたこともない。満州の小児のほうが、もっと利巧だ。
この南京行きによって、彼の五十年余の南京生活が始まることになる。張学良は歴史の表舞台から姿を消した」
現在の中華人民共和国の「人民解放軍」は人民の軍隊ではなく、共和国政府の軍隊である。つまり、共産党の軍隊である。当時の「野党軍団」とは看板を異にしているが、本質は変わらないのではないか?
一昨年の「日中安保対話」で来日した北京の研究者と食事中に、彼は突然「胡錦濤主席は今年軍人の給与を2倍にしました」と発言した。
私は、大佐クラスの月給は3000元だと聞いていたので、前にいた上級大佐に「では貴官の給料は6000元になったのか?」と聞くと、彼は「7800元になりました」と通訳を通して嬉しそうに答えたから、一兵卒から上将まで一斉に倍額になったのは事実だということが確かめられた。
張学良が「愛国心」を口にしたのは、古野氏が書いたように詭弁である。今でも中国軍は「金次第」で動くのではないか? 事実、昨年秋には、胡錦濤主席は再び人民解放軍の給与増額を検討中だと聞いた。ということは、胡錦濤主席の軍の掌握度は“不安定だ”と推察できる。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
闘え!闘い続けよ!チベットの闘いは悪徳国家との正義の闘いである。
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現在のチベットの問題は世界の諸問題さらには日本の問題を含蓄しており、この問題を当たり障りなく見過ごすことこそ、世界の混乱さらには日本の崩壊につながるものであり、拉致問題とともに日本人一人ひとりがしっかりとこの問題を自分の問題として受け止め、大きな声をあげる必要がある。
ある民族が他民族の圧政に苦しめられる場合、民族として抵抗する場合、ガンジー方式かアラファト方式がある。非暴力主義かテロも辞さない暴力主義かである。
アメリカのブッシュがロシアやチャイナと国際談合した反テロの戦いとは真の民族の圧政への戦いまで封じ込めることとなった。まさに暴力なくして独立運動も行うべしとの偽善と欺瞞に満ちた平和主義である。
さて現在の世界の不安定要因はチャイナの野蛮な帝国主義的覇権主義に存在すると考えられる。ダライ・ラマ法王の今回の立場は大変歯がゆく思われる。かってのチベット自治にあたってのチベット族との一切の協定を反故にして、チベット民族への血の弾圧と民族浄化を行うチャイナに対して、それでもダライ・ラマ法王はお互いの自制を求め、チャイナに五輪を行う資格があるとまで述べているのである。法王の宗教的信条として無抵抗による世界の世論の動きに期待することは、まさにガンジー主義と根底を同じくする非暴力主義なのであろう。そして同胞にこれ以上の流血を流さないための思いやりなのであろう。しかしこれではチベット族は滅亡してしまうのではないかと思うのである。
はっきり言えるのは、インド独立の敵はある意味でのすでに近代民主主義が成熟していたイギリスであったことである。一方チベットが直面しているのは、野蛮で残酷で近視眼的な金や欲望だけで一切の宗教心もない悪の帝国チャイナであることに根本的に差があるのだ。チャイナ指導部に法王と同じレヴェルの道徳や倫理を説いても、却ってその弱みに付け込まれるだけである。現にチャイナは欺瞞と嘘に満ちたでっち上げで今回の動乱を法王の策謀だと、温首相以下声明しているのである。スターリンやヒトラーの嘘に満ちた外交を髣髴させる。
五輪を控えて国際的ボイコットを極度に恐れるチャイナ、今回の動乱はチベット独立のための千載一遇の機会であるはずだ。だから法王としては、チャイナの非を世界に大々的に吹聴し、立ち上がったチベット族の勇気と命がけの戦いを鼓舞することこそが、世界中のチャイナに対する怒りと非難の大きな渦を惹起することができるはずである。このまま動乱が沈静化したならば、まさに犠牲者や逮捕者は犬死となってしまう。かってチベット帝国は全チャイナの20%の国土を持っていた。それを分断されチベット民族派数省にまたがり少数民族化させられているのが現状である。今回のチベット自治区でさえ、チャイナ族がチベット族の人口の多数を占めるまで浄化が進んでいるのである。チベットにはガンジー方式はイコール民族の滅亡であると思う。むしろ血の犠牲があっても、たゆまぬ徹底抗戦こそが、世界の怒りをチャイナに向かって爆発させるに違いない。
ここでチベットの教訓を日本に当てはめてみよう。
日本の戦後教育は暴力を否定し、平和念仏により国家の安全が守れるという錯覚(単なる東西冷戦のはざまでアメリカが死守しただけの話であり今はアメリカが死守する理由はない)に陥り、それを共産主義者や各層の反日勢力がこれを利用し、いまやチャイナにとって最も植民地化しやすい国民に堕落してしまった。
同時に チャイナにとって同化しやすいのは、ある意味で現在の日本国民大部分が欲望やミーイズムにて何の理念や宗教心もないチャイナと同レベルの国家になり果てていることである。更に悪いことにはチャイナと違って軍事力による抑止力さえ皆無である点である。あの大阪大学教授の森嶋通夫教授が敵が上陸したら白旗をあげて降伏するとのお笑いにもならない思想が実はいまだに日本の政財界に蔓延しているように思える。
日本の状況は、抑圧弾圧されているチベット民族の素手の戦い、そして高邁な誇りと民族主義、宗教主義など民族として永遠に残るDNAすらひとかけらもない、民族として恥ずべき深刻な状況にある。能天気にその場の刹那主義に耽る日本国民を見るとき、誰が侵略してこようがアラファトはおろかガンジーにすらなれない白旗を振って侵略チャイナ人に媚びた笑いで迎合する卑しき誇りなき日本を想像してしまうのである。
昨今政界の混乱を見よ!日本には政治家など全く機能していないことが明らかである。
他国が嫌がることは一切しないという宰相、拉致問題に何もしない、経済危機に何も手をうたない、ひたすら日本を命がけで守っている自衛隊への揚げ足取り、日本は日本内部の自虐主義と反日政治家、財界でチャイナが武力を使わずしても陥落する状況と言える。
フランス外相のタイミングの良いオリンピック開会式ボイコットの動きは、誇りある国家として実にすばらしい動きである。これがさらに大きな世界のうねりとなるためには、さらにさらにチベット民族の抵抗が世界の目に見える形で続くことが必要である。
そして週末の台湾選挙でチャイナのトロイの馬が失墜し、独立派が勝利することを祈るばかりである。
話し合い、話し合いを連発し、何事も円満になどと偽善に満ちた日本のマスコミ、政治屋どもよ!話し合いなどが野蛮なチャイナ指導者には馬耳東風通じるわけがない!それはチベット民族の滅亡にチャイナの片棒を担いでいることだと認識せよ。
チベットの悲劇から学ぶべきは、日本がこのままでは、チベットと同じ運命をわが子孫に残すことになりかねないことである。チベット独立は日本の真の主権回復と同じ問題であることを国民一人ひとりがかみしめる時である。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎
本の紹介 スパイ博物館「ハンドブック・オブ・スパイ」
International SPY museum Handbook of Practical Spying 未訳
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ワシントンに国際スパイ博物館というものがあって、冷戦時代のスパイ戦の舞台であるワシントンのガイド・ツアーまであるそうだが、さすが、なんでも楽しみのネタにするアメリカ人らしい。そこから出版された「ハンドブック・オブ・スパイ」という本をぱらぱらめくっていたが、なかなか面白い。
フランスで、一時、実存哲学なるものがはやったが、そのとき、その大物の一人が「現代人の実存の基本的条件はスパイである」と言ったことがある。つまり現代(20世紀)の人は、さまざまな「役割」(ペルソナ)を担うため、つねに「かのように」ふるまわなければならない。これは、スパイと同じである。スパイもまた「かのように」ふるまわなければならない。私の考えでは、こうした現代人の条件は、ポスト・モダンの出現とともに終わったと思うが、いずれにしろ、20世紀の主役(それがどんな意味にしろ)のタイプの一つがスパイであったことには変わりない。
今では、たとえばアメリカは、ウオール・ストリート(金融)とワシントン(連邦政府)とCIA(情報)は一枚岩の人的ネットワーク(別名、回転ドア)で結ばれていることが明らかになっている。そのあまりにもあからさまな例は、二代にわたるブッシュである。さらに、アメリカとイギリス・カナダ・オーストラリアなど旧大英帝国各国すなわちイギリス連邦は、エシュロン・ネットワークで結ばれている。
これは、第二次大戦中のUK=USA協定の発展であり、情報共有という意味ではアングロ・アメリカは一枚岩である(日本も英連邦に入るべきだ、というこのうえないバカな日本の民間人上がりの元外交官で、今は大学教授!がいたが<入れてくれると思っているのだろうか?>)。チャイナは、毛沢東以来「共産党」という名の秘密結社(スパイ組織)が権力を握っている(その保存原理は、アングロ・アメリカと同じく、ほぼ血族関係に基づく)。
ロシアは、むろん旧KGBのプーチンが権力を確保している(ロシアの保存原理は、むしろあからさまな「力」<パワー>あるいはゲヴァルトであろう)。こう見てくると、20世紀には影の存在であった情報機関が、いまや前面に躍り出て、パワーゲームを展開していると言えるだろう。20世紀には「かのように」ふるまっていたネットワークが、金融、資源、軍事をカードにしながら、パワーゲームを展開しているのである。問題は、そのネットワーク集合と国家単位の統治機構の集合とが、必ずしも全部重なっているわけではないところである(日本はめちゃくちゃ)。それが21世紀の世界に特有な「グローバライゼーション」またの名を「オリガルヒ」体制である。
陰謀論めくので(もっとも最近流行の複雑系ネットワーク論で説明する向きもあるようだが)、ここらでやめておくが、ここではスパイ・ハンドブックにある「スパイ十戒」をご紹介したい。古典的な十戒であるが、なかなかおもしろい。旧CIAの幹部が書いたものである。
1.周りが、どうであれ、その一員であるというふりをすること
2.仔細ありげにふるまうこと(時計を見ながら、ため息などついてはならない)
3.周囲に溶け込み、自分を目立たせないこと
4.どんな状況においても、周囲の状況を正確に見定めること
5.自分の直感を信じて行動の決定すること
6.決定した後、遅疑逡巡しないこと
7.なじみの場所であればあるほど、ちょっとした変化に気づかないことに注意せよ
8.人をだますことは仕事の一部である。受け入れること。
9.人の意図を疑うことを恥と思ってはならない。
10.記憶力を常に鍛えること
といったところである。モスクワ・ルールというのもあるが、これはもっと現場の工作員に対する具体的なアドヴァイスである。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.松永太郎
チベットについて
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チャイナによるチベットの人たちに対する虐殺・弾圧が行われている。例によって「朝日」などをはじめとする「親チャイナ派」のマスコミは、現地取材もろくにしないまま、これが単なる地域的な「民族紛争」であるかのように報道している。
ここでは、この問題を別の角度から考えてみたい。
日本にとって、かえすがえすも残念だったのは、日本の歴史上まれに見る凶悪なカルト集団が、こともあろうに「チベット仏教」をネタに使ったことであった。そして、それまで「チベット仏教」など何も研究してこなかった日本の仏教学者たちが、わけもわからず、この「カルト」と「チベット仏教」を同一視したのだった。ときあたかもポストモダン華やかなりしころであり、そのなかにNという詐欺的な若手「学者」(この連中は、「ニューアカ」などとよばれていたが、どれも驚くほどインチキであった)がいた。この男はチベットに行って、お坊さんに話を聞いた、ということを売り物にして、題名からして「カフェバー」みたいな「チベットのモーツアルト」なる駄本を書いた。
この男が、このカルトを応援したのである。自分の売り出している「チベット仏教」が、このカルトのおかげで流行すると思ったのであろう。例の坂本弁護士一家惨殺事件でさえ、彼は「当局の作り話」であると、ほのめかしたのである。私は今でも、このことだけは許しがたいと感じている。
日本社会が大きく狂っていったのは、この「カルト」集団を、法律的にも学問的に社会的にも、きちんと断罪できなったころからである。驚くべきことに、このNという男はいまだに本を書き続けているのである(漫才師と憲法がどうしたとかいう本を対談で出しているのだ!)
さらには弁護士一家惨殺事件で、「TBSは死にました」と幽霊みたいな顔をしてTVに出てきた筑紫という男は、その後10年近く、死んだはずのTV局で同じ番組の「キャスター」をつとめ、小泉訪朝で、北の拉致事件が明らかになったころは、北の宣伝工作員そのまま大活躍した。
このカルト集団は、といえば、「人権派」(佐高信のようなヒョーロン家たち!)のおかげで、解散命令さえだされず、今も存続しているのである。彼らによって、無残に毒ガスで殺された人たちの補償は、半分以下しか解決していない。なにもかもめちゃくちゃである。
実は、チベット仏教というのは、世界的に最も精神性の高い宗教である。精神性の高い、という意味は、どう取られてもかまわない。もちろん日本の神道も、西欧のキリスト教も、大乗や小乗仏教も、またイスラムのスーフィーも、その純粋性の極限においては、同じである。それは高い世界性・普遍性の水準に達している。つまり人類全体の救済につながる可能性を持った宗教である。
しかし、今のチャイナはどうだろうか。精神性など薬にしたくてもできない共産党幹部たちが、チャイナの権力(簡単に言えば軍事力)を握っている。その精神性のレベルは、物欲中心であり、ほぼ現在の世界では最低レベルであろう。チャイナでは、今、宗教は弾圧されている。宗教のない国には救いはない。
精神性から見てもっとも高度で、純粋な人々が、精神性から見て最も低次で野蛮な人々(チャイナの共産党集団と、その軍隊)に虐殺されているのである。
これは、どこかで見た光景である。そして、明日の日本の運命でもあるだろう。日本国内で親チャイナ(親チャイナ共産党派)が勝利を収めている限り。
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◎関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 (4)
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私は仕事で1980年前後に何度か南京を訪れ観光もしたが、当時抗日記念館に案内された記憶は全く無い。現地で(南京以外の地も含め)民間人からあからさまに日本人に対する悪感情を感じた事も無い。多分其の当時抗日記念館など無かったのではと思う。有ったとしても極小規模な見世物小屋程度で中共政府が対日政策の好材料と思いつくまでは誰も気付かない程で有ったに違いない。そんなわけで当時は身の回りで日本軍南京大虐殺の有無と言う議論すら無かった。
其の後南京を訪れる機会はないが、此れまでも中国人から抗日記念館の話を聞いた事も無い。寧ろ私のほうから中国人に其の話を持ちかける事は有るが、概ね誰も興味を示さない。
日本で盛んに話題になってから、私も当時シーメンス南京代表だったドイツ人ラーベ氏のレポートも読み、日本人従軍作家や元従軍兵士の手記なども読んでみた。どの角度から見ても軍命による組織的南京大虐殺が有ったと言う根拠には出会わない。だからそれは無かったと言うのが事実だろう。
然し、戦争とはどちらに正義が有るとか無いとか言える単純な物でなく、国家の生存競争の最終的手段であり、ましてや前線では、尽忠報国もクソも無く敵味方とも戦友の敵討ちに狂った殺し合いだった筈だ。そんな情況で日本軍も中国軍も糧秣は現地調達を強いられ中には狂いついでに随分非道な事をしたり、一般人民の虐殺をしてしまった兵卒も多数居たに違いない。
これが古今東西戦争の現実だろう。
私の父は9年前に90で亡くなったが支那事変前後将校として中国で兵役を務めており、日本軍の南京入城後間もなく南京にも居た。当時の話として南京大虐殺などが有ったような話は一切聞かなかったが(それも私が南京大虐殺が無かったと確信する根拠の一つだ)、次の様な話を聞いた事が有る。
ある日父が外出から将校宿舎に帰ってくると、宿舎の前で日本の兵隊達が数名集まって誰かを取り囲んで居る。見ると其れは貧しい身なりの中年の農民のようだった。どうしたのかと兵士達に問うと、こいつが宿舎から出てきた所を見つけて調べると中尉殿の靴をもっております。盗もうというのに違い有りません。それで首を刎ねようかと相談しておりました。それで父はとっさに、其の必要は無い。この靴は俺がこいつに仕事を頼んだお返しにやった物だ。と哀れに思い逃がしてやったと言う。
何故かこの話は其の他の幾つか聞いた筈のエピソードの中で私の印象に強く残っており、何時もはっきりと想い出す。詰まり、兵隊になったらなんと簡単に人の首を刎ねるものなんだな、と言う印象である。
この父の逸話だけでも、死と隣りあわせで平常心で有りえ無い日本兵達が前線の至る所で、庶民を虐殺していたろうなと言うのは容易に推察できる。ましてや中国は人間一人の命が極端に軽いお国柄だ。当時は尚更だったろう。だから日本兵も簡単に中国人を殺して心の痛みもそれ程感じないで済んだ筈だ。(因みに、1990年頃武漢を訪れた時、丁度長江上流の大雨で増水しておりフェリーの船着場周辺に5〜6体の溺死体が流れ着いていた。船頭は事も無げにそれを棹で突いて流れに押し出し、それから船を出す。乗客たちも特に注意を向けず、どうやら日常茶飯事の様だった。)
何れにせよ、軍命による大虐殺は無かったとしても、小虐殺は間違いなく有ったと考えるのが公平だと思う。
例えば城山三郎による、落日燃ゆ、と言う作品が有る。(新潮文庫昭和49年1月版)絞首刑七士中ただ一人の文官広田弘毅の生き様を書いた伝記小説だがこれを読むと南京入城後捕虜の始末に困った日本軍が大量虐殺を始めたのがきっかけで、一般庶民にまで暴行、略奪、強姦などが行われたと容易に察せられるし、また現に日本の軍部、外務省にも正式報告があり、問題になっていた事が判る。
日本軍が中国に進出したのはその昔義和団事件に乗じ在留邦人保護が目的だった。然し当時の日本人にも広く中国人を見下す意識が有った事は間違いない。その意識が引継がれ、其の後国民党政府や割拠する軍閥に様々な強硬な要求を突きつけ、それが聞き入れられないと、なにをこのチャンコロがと、陸軍が政府の不拡大策を無視してどんどん中国内に土足で踏込んで行ったのが昭和の日本軍。まあ、中国人にしてみればトンでもない侵略者だったろう。
米軍が日本の都市に無差別爆撃したことは大罪である。然し日本軍はそれをしなかったのか。
また父の話だが、彼が70を越えた頃、私達夫婦は両親を連れて中国各地を汽車などで旅行した事がある。重慶にも行った。重慶の大通りを歩いている時、突然父が道路上にひれ伏して、皆さん済まない事をした、と涙を流して人にと言うよりは重慶の街に詫び始めた。私と妻は恥ずかしいのが先立って慌てて父を立たせた。後で、父曰く、重慶には宜昌から何度も爆撃に飛んだが、何度爆撃しても現地の密偵から重慶政府に大きな被害を与えた報告が来ない。来て見て実感したが此れほど岩盤に覆われた街を爆撃しても其処に隠れてしまえばどうにもならなかった訳だ。それにしても多くの住民に爆撃を行い無駄に死なせてしまった事が悔やまれる。と言うのが突然の涙と謝罪の理由だった。
ここで、お前一体何が言いたいのじゃと怒られそうだが、要するに南京20万人大虐殺説も南京虐殺など全く無かった説も、どちらも正しくない。不条理な結論を相手に押付けようと議論を重ねても永遠に平行線だが、それを知りながらお互いゲームを楽しんでいるのなら、我々庶民は良い面の皮。と言いたかったのです。
2008.03.21
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