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甦れ美しい日本 第165号

発行日時: 2008/3/12

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年3月12日 NO.165号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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☆文化・芸術・映画・味覚などは水曜日発信となりました。

< 目次 >
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◎奥山篤信の映画評論 

1.イスラエル映画「ボーフォート -レバノンからの撤退」☆☆
2.アメリカ映画「ジャンパー 原題jumper」☆なし
3.イギリス映画「スルース 原題: SLEUTH」☆☆☆☆☆
4.アメリカ映画「ダージリン急行原題: THE DARJEELING LIMITED」☆☆☆☆☆
5.アメリカ映画「バンテージ・ポイント 原題: VANTAGE POINT」☆☆  
6.アメリカ映画「アメリカを売った男 原題: BREACH」☆☆☆

◎奥山篤信のDVD映画評論 
1.アメリカ映画「オー・ブラザー!(2000)O BROTHER, WHERE ART THOU?」☆☆☆☆
2.イギリス映画「ことの終わり原題 : The End of The Affair(1999)」☆☆☆☆☆
3.中国・香港映画「ココシリ 原題: KEKEXILI: MOUNTAIN PATROL」 ☆☆☆☆

◎阿嶋彩子の料理つれづれに (28)<おまかせ料理の是非>

◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」其の十四「名前の重さ・・・のお話」

◎読者の書評 超・映画評 愛と暴力の行方」扶桑社
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◎奥山篤信の映画評論 
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1.イスラエル映画「ボーフォート -レバノンからの撤退」☆☆
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第57回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞し、第80回アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた作品である。六本木の場末の映画館でDVDにて上映されている。すでに日本でもDVDにて発売されているようだ。

イスラエルのレバノン占領の象徴であった基地ボーフォートそれは360度の風光明媚で丘の上に立っている。
このイスラエルの基地防衛のため、22歳のリラズ(オシュリ・コーエン)が派遣される。まさに少年兵からなる隊であり、戦争の恐怖への抵抗力や意志の力もまだまだ未熟な兵士たちからなる。さっそく地雷除去に失敗し、また敵の最新兵器により見張り台が集中砲火にあい、次々と若い兵士を失う。この基地は祖父の時代にイスラエルにより構築され祖父もそこで死んだという兵士も地雷に触れ死んでしまう。そのニュースに親がワイドショーで出演、その模様を映画は捉えるのであるが、親は「この死はイスラエル政府や軍隊の責任ではない。自分の親としての責任だ。親が息子に危険ということを教えなかったからだ。」と親の反応の意外さに驚くキャスターに答える場面が、イスラエルであるだけに、この映画の趣旨を物語っているようである。

映画は重苦しく、死と孤独を怖れる兵士たちのリアリズムにて描いている。実戦など、全く経験のない、僕たち日本人に、豊富な経験を持つイスラエルの映像が、あたかも僕たちがその場にいるような恐怖感を与えてくれるのである。

この基地を爆破するように命令は下るが、かってイスラエル兵士の血と汗の産物であるだけに忸怩たる思いも込められているのである。爆破命令、そして赤々と爆破される施設が兵士のふっきれた思いと、家に帰れるという喜びを表しているかのようである。

特に反戦映画でもなんでもないが、戦争に参加するものの悲惨な現実と空虚さを描いている。ニューヨーク生まれのイスラエル人監督ヨセフ・シダーが実際の体験を盛り込み描いている。地味でいて戦争と人間の本質をグサリと描いてる。能天気な日本では商業化は無理であったのだろう。
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2.アメリカ映画「ジャンパー 原題jumper」☆なし
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これほどの白痴映画が東京だけでも30近い映画館で一斉封切りされている。日本の映画観客の質を如実に物語っている。

あの下らない映画『Mr.&Mrs.スミス』のダグ・リーマンが映画化したSFアクションで、人間の夢である世界の何処の場所へでも瞬間移動ができる “ジャンパー”と、それを抹殺しようとする組織との戦いを描く。舞台はニューヨーク、ロンドン、パリ、東京・・・
あまりの下らなさに時計を見ることしばし。ダイアン・レインが年増になって哀れな姿を晒す。黒人のサミュエル・L・ジャクソンが悪の組織の親分で灰汁たっぷり。ヘイデン・クリステンセンなど日本の若い軽薄な俳優を連想するアメリカ版のちゃちな男優が跋扈する、全く無内容な時間の無駄ともいえる最悪の映画である。只券を貰っても時間の無駄!
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3.イギリス映画「スルース 原題: SLEUTH」☆☆☆☆☆
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スルースとは探偵の意味である。この映画は推理小説家に扮する、マイケル・ケイン、その妻の間男に扮するジュード・ロウ二人のイギリスの名優二人しか出てこない。重厚な心理舞台映画ともいえる。

まず感嘆するのは舞台となる、ロンドン郊外の古い大邸宅を改造したデザインの斬新さである。座敷はハイテク近代設備が網羅されており、乾いたクールな北欧調の白を基調としたシンプルで冷やかなコンクリート壁に、これまたシンプルな家具を置き、天窓のガラスを生かした見事なインテリアを舞台装置にしている点である。画面の色調がハイセンスで美しくまさに芸術写真の動画のような映画である。洗練された美しい画面である。そしてパトリック・ドイルのサントラがクールなタッチで二人の心理描写を盛り上げる。僕が早速CDを買うほど見事なサントラである。

これは映画の宣伝文句である単なるミステリー映画でもなんでもなく、映画で観る重厚な心理舞台劇である。三島由紀夫が生存していたら絶賛していただろう。

二人の英国男優が激しくぶつかり合うクイーンズ英語のやりとり。マイケル・ケインの上流階級のもったいぶったアクセントと言い回し、それに対してロウの野卑で下品で直栽な言葉、それを嗜めるようなケインとの言葉のやり取りをふくみながら、力と言葉の対決とその逆転、二転三転と力関係の変遷、暴力的に精神的窮地に陥れしめた男と貶められた男の関係、人間の心の奥底にあるサディズムとマゾヒズム、嫉妬、復讐、憎悪、男色、媚びなど人間の弱さや醜悪さが極限の状況に於いて爆発寸前まで飽和し、暴発するのである。

人間をここまでとことん裸にして本質を問い詰める、こんな凄い舞台映画はまさに本場イギリスにしか生まれない最高傑作映画といえる。この上映館が銀座で一館とは情けない話である。

1972年のミステリー映画『探偵<スルース>』のリメイクであるが、ローレンス・オリヴィエが小説家、そしてマイケル・ケインが間男役、このオリジナルを観てリメイクに対する時代の背景の面白さを実感してみたい。新しい映画の監督は名匠ケネス・ブラナー、脚本はノーベル文学賞作家のハロルド・ピンターなので、どこかの国のように忠実にオリジナルと同じものを使おうとするリメイクとは雲泥の差があるに違いない。
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4.アメリカ映画「ダージリン急行原題: THE DARJEELING LIMITED」☆☆☆☆☆
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インドに旅行したことのある人は誰でもインドの奥深さを感じ取ると思う。僕も若いころ、商社マンとしてインドをたびたび訪問しており、インドの離れがたい魅力の虜になっている一人である。タージマハール廟の建設にしても1632年に始まって、いまだに悠久の工事が進んでいる事実を見ても、インドは一人の個人の人生を超えた永遠の存在を感じさせる国なのである。そこには僕ら現代人の分刻みの人生など、誠に空虚であると感じさせる神秘的な時空がある。

インドでは突拍子もないことが度々起こり、現代人はそれに怒りや焦りを感じてしまう。この映画もインドのダージリン急行という手段を用いて現代人の典型であるアメリカ人三兄弟の悲喜劇を巧みなストーリーテラー性で見事といえるほど纏めているのである。インドの面白さは、突然交通手段がキャンセルされたり行先が変わったりという以上のハプニングが必ず起こりそれが人生に色を添えるところである。毒蛇事件や女車掌とのトイレでのチョンの間セックスなどなど・・・


このウェス・アンダーソン監督は1969年テキサス生まれのテキサス育ち大学もテキサス典型的テキサス人である。この大味のテキサス人が、インドを見つめる感性はアメリカ人とは思えないほど鋭いのである。まさに天才ではないかと思う。過去のDVDを徹底的に見る気を起こさせる鬼才である。

父を亡くしたオーウェン・ウィルソン/エイドリアン・ブロディ/ジェイソン・シュワルツマン三兄弟が長兄の掛け声でインドで集合ダージリン急行に乗って「心の旅」をすることになる。アメリカ映画のロード・ムーヴィーの手法をインドを舞台に取り入れ三兄弟が兄弟愛を取り戻していく過程をコメディタッチで描く。「ロスト・イン・トランスレーション」のビル・マーレイが友情出演なのか冒頭車を飛ばしプラットフォームを全速力で走り、結局この汽車に乗り遅れるだけの役割の男を演じているのは、監督の大サービスである。

兄は交通事故で九死に一生の大けがの顔中包帯、二男は妊娠した妻と離婚を考慮中、三男は恋に破れた作家、疎遠になっていた三人は、列車の中で血の繋がりあっての遠慮ない喧嘩を繰り返す。親兄弟だけに些細なことに気に障るのこの家族のメンタリティーは古今東西同じで、研ぎ澄まされた演出の感性である。

幼い三人を捨てて、そして父親の葬式に来なかった母親(これにジョン・ヒューストンの娘アンジェリカが堂々と扮する)への怒りと恋慕のアンビヴァレンスだけは三人の共通の気持ちである。長兄は実は今回の旅行の目的がインドヒマラヤのカソリックの修道院の院長をしている母親に会いに行くことを明かす。その矢先に母親よりの、トラのヒト食い事件のため会えないメッセージが届いて愕然とくる三人。
列車内の秩序をわがもの顔に荒らす三兄弟についに切れた車掌は三人を田舎の真ん中に抛り出す。そこで川で筏が転覆し溺れかけたインド人の子供三人を助けだすが、一人は水死してしまう。インド式の葬儀に参列した三人は意を決して、母親のところに押しかけようと決意する。しかし母親よりは愛とは言葉ではなく存在を感じることなのよと、すげなく甘えの気持ちを拒絶される三兄弟。

ルイ・ヴトンの11個の父譲りのボストンバッグをすべて捨てて汽車に乗り込む三人、こういう場面が象徴的で見事な演出なのである。

この映画でセットとして「ホテル・シュバリエ」が短編として上映される。これに末っ子の作家のジェイソン・シュワルツマンがナタリー・ポートマンとパリのホテルでの二人のデカダンスを漂わす会話が絶品である。これが結構本編と繋がる面白さがある。それにしても「V for Vendetta」以来髪が伸びきらないのかショートカットのポートマン(ロングヘアーにしてほしいが)の小気味の良い可愛さと上品なヌードが見ものであり、ポートマンがそっと鞄に入れる香水や最後の会話の言葉が本編に繋がるという洒落た短編なのである。

死生観や家族愛や夫婦愛などなど散りばめながら、唯物主義に陥る近代文明からしばし離れて爽快な気分となる後味の良い映画である。
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5.アメリカ映画「バンテージ・ポイント 原題: VANTAGE POINT」☆☆    
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娯楽作として楽しませてくれる活劇である。スペインサラマンカでのアメリカ大統領銃撃、テロ爆破の真相を、目撃者の異なる視点で繰り返し追うアイデアが卓越している。主演のシークレットサービスをデニス・クエイド、『ラストキング・オブ・スコットランド』でアカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞のフォレスト・ウィッテカーやシガーニー・ウィーヴァーなどがでる。特にウィッテカーの子供を救う愛のまなざしの演技が優しく感動的である。この俳優はいつも感心する。
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6.アメリカ映画「アメリカを売った男 原題: BREACH」☆☆☆
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娯楽作として退屈しない映画である。20年間ソ連のスパイとしてアメリカのスパイをソ連に売り続けたFBI幹部ロバート・ハンセンを追い詰めるスパイサスペンスである。
クリス・クーパーが実に見事な演技でこの悪役を演じる。アメリカにとって売国奴であろうとこの悪党の善悪の二つの側面を描いて実に面白い。性的変質者でもあり、また家庭を愛するカソリック信者でもある彼が何故祖国を裏切ったのか、それは金のためなのか謎である。
難をいえばこの俳優は生まれつきの悪党面であり、いかにもスパイの典型みたいな顔である点で、本当のスパイはこんな顔をしていないだろう。ここは福田恒存氏の悪党は悪党らしく演じるのが演劇であるという福田演劇論を採ろう。
若いFBI員でこのスパイを暴くために任命されたライアン・フィリップはいつもこういう役でマンネリだが適役である。
面白い映画に違いないが、いつものアメリカのスパイ・サスペンスのトーンは抜けきれない。独創性がないのである。
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◎奥山篤信のDVD映画評論 
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1.アメリカ映画「オー・ブラザー!(2000)O BROTHER, WHERE ART THOU?」☆☆☆☆
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本年度アカデミー賞作品賞に輝いた「ノーカントリー」の所謂コーエン兄弟ジョエル・コーエン、イーサン・コーエンの作品である。

古代ギリシャの叙事詩『オデュッセイア』を基にしたといわれる。叙事詩を知らない僕はむしろこの映画を観て、「地獄の黙示録」を思い浮かべた。

アメリカ映画の得意のロードムーヴィーと言えるこの作品、あの南部のミシシッピー州が舞台であり、この風景が懐かしい。1930年代であるから黒人差別しかも南部と言えば、冒頭の囚人がトンカントンカンとリズム感良く砕石場で聖なる唄をうたいながら石を砕く場面があるが、囚人は殆ど黒人である。

三人ひと組で足枷を嵌められているので脱走も三人の団体行動が面白い。エヴェレット(ジョージ・クルーニー)とピート(ジョン・タトゥーロ)とデルマー(ティム・ブレイク・ネルソン)が囚人逃避行ともいえるお笑い道中なのである。逃亡の主犯はクルーニー扮するエベレット、大金を隠してるので山分けという嘘であと二人を逃亡に誘い出す。実は惚れた女房の再婚を阻止するためが脱獄の動機である。

そしてこの三人が繰り広げる珍道中、いろいろなエピドードにアメリカの土の匂い、南部のテネシーの畑の匂いが漂ってくるのである。この時代は電話もままならず、現代のIT社会とは比較できないものがあり、人間の動きは人間にしか捉えることができない,きわめて人間らしい社会を感じるのである。情報がすぐに伝達されないので、銀行強盗も一時間に一件可能、知事の恩赦があっても追う警察は知らず、これがのんびりした人間社会の原点なのかもしれない。

賞金稼ぎの三人の美女に誘惑されたり、逃亡中のレコーディングが大ヒットしたり、KKKのリンチ儀式なども登場し、ドタバタ喜劇のなかに何とも言えない、懐かしきアメリカの良さ悪さが凝縮されている。
全編カントリーウエスタンがアメリカ南部の風情を盛り上げる。

コーエン兄弟のただならぬ才能が光っている。
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2.イギリス映画「ことの終わり原題 : The End of The Affair(1999)」☆☆☆☆☆
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アイルランド出身のニール・ジョーダン監督の映画である。

原作は英国文学の巨匠グレアム・グリーン「情事の終わり」で第二次大戦のドイツのロンドン空襲下における人妻との不倫を取り上げたものであり、ジョーダンが原作に忠実にグリーンも雰囲気をそのまま映画化したもので、僕はDVDで観たが感嘆した映画である。

 ゴールデングロ−ブ主要4部門(作品・監督・主演女優・音楽)ノミネート、 米アカデミー賞2部門(主演女優・撮影)ノミネート、 英アカデミー賞10部門(作品・監督・脚色・主演女優・主演男優・音楽・撮影・美術・衣装・メイクアップ)ノミネート、脚色賞受賞の重厚な作品である。

「イングリッシュ・ペイシェント」のレイフ・ファインズ、人妻にジュリアン・ムーア、その夫にジョーダン映画に必ず出演のスティーヴン・レイの渋い演技が燻し銀ように輝いている。

一人の女を巡る夫と間男そこに神が登場して、不倫の愛について人間の原罪をきめ細やかに描いているのである。小説でも地味で変化のない味わい深い原作をよくここまで映画にまとめ上げたジョーダン監督の才能が感動させる。肉欲におぼれた人妻が神の存在に気づいたとき、間男は神に嫉妬し憎悪する。何があっても憎しみを超越した夫と間男が人妻の最後を娶る場面は、神の存在を見極めたグリーンでありジョーダン監督である。

こういう映画こそ時代を超えて生き延びる映画芸術なのであろう。
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3.中国・香港映画「ココシリ 原題: KEKEXILI: MOUNTAIN PATROL」 ☆☆☆☆
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ココシリとはチベットの秘境である。実話をもとに、そこに生息するチベット・カモシカを巡る山岳パトロール隊と密漁者の戦いを画いた映画である。かって100万頭いたカモシカが密猟者の毛皮目当ての殺戮のため1万頭まで減少した。海抜4700メートルの高地故息苦しくなるほどの空気の希薄さと寒さが観る者に直に伝わってくるような迫力である。

自然とカモシカを守るために、身銭を切って密猟者摘発のために闘う山岳パトロール隊の姿は崇高であり、名誉や金と関係なく一切の妥協を許さぬリーダーの男の美学がそこにある。北京よりの取材記者を登場させ、リアリティに富んだドキュメンタリー・タッチで描いているところが心憎い監督の演出である。

この映画は中国で撮影され中国映画として世界に公開されたのである。監督は正義の味方、環境を守るパトロール隊に中国国旗を掲げさせ、意図的に中国政府のお墨付き、つまり政府がこの映画を弾圧しないように巧みな配慮をしているが、実はこの映画は強烈な反体制映画と捉えられる。そうして観ると全てが実によく理解できるのである。

そう、密漁者こそが中国政府であり、パトロール隊や絶滅するカモシカこそがチベット族そのものなのである。映画の結末は悪「中国政府」が善「チベット族」を粉砕し倒す形で終わっている。しかし抹殺された、その善の崇高な誇り高きリーダーの態度に悲劇のチベット族を重ね合わせているのである。

後口は悪いが主人公の葬儀で体を清めるチベットの儀式に、残虐な圧殺にあっても精神の高潔さと清らかさを高々と謳い上げていることを読み取らねばなるまい。そして世界の自然環境を破壊し、全て力でねじ伏せる、モラルひとつない現在の悪逆非道の中国こそまさに密漁者なのである。

主人公のデュオ・ブジエの顔が素晴らしく男らしくて良い。

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◎阿嶋彩子の料理つれづれに (28)<おまかせ料理の是非>
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コース料理は和食洋食中華等、どの料理にもみられるが、最近流行の創作和食のおまかせ料理とは意味あいが微妙に異なると私は思う。本格的な懐石料理は一種のおまかせ料理ではあるが、これらの料理には昔ながらのきっちりとしたルールがある。

私が問題意識を持っているおまかせ料理は総じて若い料理人が美味しいものだけを集めて効率よく食すことを目指しているように思う。一方食する側は和食なのにトリュフ雑炊が出たり、フォアグラの入った蒸し物が出たりすると、そのものの味以前に一種のサプライズを感じ気分が盛り上がる。食事は演出も味を助ける大きな要素ではあるが、私は何となく疑問を感じる。とは言っても、一度目は私も大きな驚きの楽しさを感じたが。

おまかせ料理という名は言い換えれば料理人が主体になっていると思う。しかし、食する人がお金と時間を掛けていくのであるから主体は食する側にある。ところがこの頃この種の食事にいくと、私の偏見かもしれないが料理人がやたらに威張っているように思う時がある。大した事ではない知識を客に話題として提供するのではなく、上から押し付けるように教えるのである。もしかするとその件に関しては客の方が深く知っている事かもしれないという認識を持たずに言っている。若い客は只アリガタソウに感心して聞き、このようなアリガタガル雰囲気が若い男性雑誌にそのまま紹介されているのを読むと情けなくなる。これを読んでアリガタガッテ予約を入れる人が大勢いる事は明らかで、本が発売になると途端に予約がたくさん入ると言う。

食する側の問題として、第一には自分の食事の味に対する自信がない事である。そして自分自身の好みをしっかり確立していないのだと思う。もちろん自分の好みではなくても美味しさのレベルの高い料理はたくさんあるが、おまかせ料理で出された品を美味しいのだと鵜呑みにしているようにも思える。料理人は食事の始まる前に苦手な食材はないかときいてくれるが、これとは微妙に話が異なる。

おまかせ料理人の側に立って考えると、毎日自分が客に自信を持って出せる素材を仕入れ、これを料理するのであるから、大変な作業である。そこには季節感や旬の材料、珍しい品への研究も必要であろう。料理人の料理を作る為の美意識によって、自分が一番良いと思う下ごしらえをする。私が行った店では「かつおぶし」や昆布に凝って、超ブランド品を取り寄せ、これでダシをとるという。この事は私も納得することで、食事を作る時になるべく心がけていて、料理の出来具合の味の深みはここにあり、と思うのである。このことは料理人の下ごしらえのほんのヒトコマの話だが、おまかせ料理人も人夫々に工夫と努力を日々していることであり、これは大変な作業だと思う。

著名な懐石料理店である吉兆、招福楼、辻留は茶会席の料理から始っているので今でもしっかりとした料理の基本の下に料理は作られており、そこに今様の感覚を盛り込み、酒を楽しむ為の宴席用の「会席料理」の雰囲気に移ってきていると思う。もちろんこれらの店は舌代も高価であるから食材も器も素晴らしいのは言うまでもないが、立派な暖簾を守りながら今の時代のお客を満足させるように料理を仕立てる苦労は並大抵ではないと思う。私も食する時はつい美味しいという感動と食事をする楽しさに紛れてしまい、良い雰囲気だったな、と思うばかりで後で細かい事を覚えていないことを残念に思う事がしばしばある。

私の好みとしての考えだと思うが、何事も基礎がしっかりした上に出来上がっているということは、素材自体の持つ真の良さを的確に表現出来る。この観点から言うと若い創作和食のおまかせ料理人の料理は一つずつを味わうと素晴らしい出来であっても、食事のコースの中における組み立てに無理がある。懐石料理の食しやすさは古くから積み上げられてきた人の知恵だと思う。
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◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」其の十四「名前の重さ・・・のお話」
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歌舞伎の演目「傾城反魂香(けいせいはんごう)」の一場面で「浮世又平」通称「吃又」(どもまた)といわれているお話しがあります。江戸時代1654年(承応3)、宮廷の絵所預となり、大和絵の主流だった土佐派を再興。狩野派と対抗した土佐光起という絵師が、そのモデルといわれていますが、どんなお話しか参考までにあらすじを引用したいと思います。

 <参 考>「傾城反魂香(けいせいはんごう)吃又」あらすじ  

大和絵の一派である土佐派の総帥土佐将監光信の家に、近郷の百姓たちが押し寄せてくるところから話しが始まる。
弟子の修理之助が何の騒ぎかと尋ねると、薮の中に虎が逃げ込んだと言う。「日本に虎などいるはずがない」と修理之
助はあざ笑うが、その騒ぎを耳にした将監と北の方が奥からあらわれ、逃げたと言うのであれば探させよ命じる。する
と、百姓たちの言う通り薮の中に虎が居り、それを見た将監は、それが狩野元信の描いた虎に魂が入って、絵から抜け
出たものだと見破った。そこで修理之助は、「自分にその虎を消させてほしい」と師に願い出ると、見事な筆捌きで、
その虎を消してしまう。将監はその腕をほめ、その場で土佐の苗字を名乗ることを許す。

日も暮れはじめた頃、修理之助の兄弟子にあたる浮世又平が女房のおとくといっしょにやって来た。又平は生まれついての吃りで思うように話せないため、いつもおとくが夫に代わり話をするのだ。
北の方が修理之助に土佐の苗字が許されたと知らせると、又平はぜひ自分にもと、おとくともども哀願するが、将監に冷たくはねつけられ、又平夫婦は悲嘆の涙にくれる。
 と、そこへ、狩野元信の弟子の雅楽之助が、元信の姫君の危急を知らせにくる。又平は姫君救出の討手にと志願するが、将監は取りすがる又平を振り払い、画の道で功をなせときつく叱りつけた。又平夫婦は自分たちの不遇を嘆き、死を覚悟する。おとくは「この世のなごりに」と手水鉢に自画像を描くことを又兵にすすめる。又平は心を込め、最後の絵を描き、精魂尽き果ててその手水鉢から離れた。おとくが「別れの水盃を」と水を汲もうとしてその手水鉢に近づくと・・・なんと手水鉢の表と裏に絵があるではないか!又平の絵が石の裏側まで抜けたのだ。ふたりは腰が抜けるほど驚き、また抱き合って喜んでいると、奥から出て来た将監が、手水鉢の絵を見て賞賛。又平にもめでたく土佐の苗字が許されることになり、さらに姫君救出の役も改めて命じ、土佐の紋の入った新しい着物に大小の刀を与えた。
 いそいそと夫のしたくを手伝うおとく。又平は見違えるように立派な姿になって、おとくの打つ鼓にあわせ、旅立ちの祝いの舞いを舞う。舞に併せて歌う又平の言葉は不思議な事によどみなく、全て望み通りの進展。おとくも喜びの涙にくれ、凛々しい夫の晴れ姿を見送るのであった。

今回スカイパーフェクトの放送で、久々にこの芝居を見る機会があり、師匠から名を名乗ることを許され、筆を与えられ、さらに紋の付いた立派な着物、大小の刀を与えられ、夫婦共々涙して喜んでいる姿を見ながら、つくづく思った事がありました。

伝統文化・芸能の世界にはそれぞれの分野にそれぞれの流派が複数存在しており、流派によって違いが有りますが、何年かお稽古をすると先生から、「もうそろそろお名前を戴いたら?」と打診があり、その流派の苗字を名乗らせて貰うことが出来るのですが、この「吃又」(どもまた)のようなお芝居を久々に見ると、その名前を名乗るという事の重さを改めて感じるのです。

花柳流の場合、「普通名取」と「師範名取」という段階があります。「普通名取」は立役(男:常磐津「廓八景」)と女形(長唄「手習子」)のそれぞれの演目課題の、出された音の部分を即座に踊るという実技試験があり、それに合格すると花柳の姓を名乗ることが許されます。出された音の部分を即座に踊るということは、その課題の全部が踊れて、かつ音を熟知していなければ、即座に踊ることは出来ません。え〜っと、この音の振りはどうだったっけ?なんてウロウロしていたのでは花柳の名前を頂く事は出来ません。下の名前は自分の先生の名前の中から一文字、同じ字を取った名前を名乗ることが多く、名前を見ただけで何処の系列の弟子なのかが、すぐにわかる様になっています。
「普通名取」に関しては花嫁道具にと名前を頂く良家のお嬢さんもいたり、プロになる通過点として名取になる人も居たりで、「名取」と一口に言っても、その実力の程にはかなりの差が有ることは否めません。
「師範名取」の試験はぐっとハードルが高くなります。立役(清元「北州」)と女形(長唄「娘道成寺」)のそれぞれの演目課題の全曲を踊るのですが、緊張感の中ぶっ続けで1時間踊り詰めです。集中力の持続と体力が求められるわけです。それからその実技試験に合格するとさらに筆記の試験があるのです。つまり、実技試験に合格できなければ筆記試験を受けることは出来ないのです。試験問題は鳴り物の意味、またそれがどの場面で使われるか、役によっての衣裳、小道具、後見の仕方、歌詞の意味等、範囲は「踊り全般」と多岐に亘り、特殊な言葉や漢字の使われ方の有る世界の勉強は、手の付けようが無く最初は愕然としてしまいました。とにかく今思い返しても長い一日でした。
受験料は名取試験の方が値段が高く、師範試験の方が一回ではなかなか合格が難しいため、何度でも試験に挑戦できるように安く設定されています。他の流派はそれぞれ違った方法で名前を与えているようですが、流派によっては特に試験も無く、先生の一存で名取になれる流派も有るようです。

名前は普通名取の試験の時に頂きますので、師範試験は人を教えても良いという資格を授与されるという事になります。名前を頂くと、家元とお盃を交わし、木の名札と流儀の扇子を頂戴します。師範試験の時は師範の看板を頂き、師範の資格を持つものしか付ける事の出来ない、花柳の紋の付いた紋付を着ることを許されます。師範の資格を頂き、その紋の付いた紋付に袖を通した時、あ〜、これでやっとプロの入り口に立てたのだなと、感慨無量だった事を覚えています。矢張り未だに流儀の紋付を身に付けると、より一層背筋の伸びた特別の気持ちになります。

 昔に比べると伝統芸能の世界に限らず、私を含め一般に名前を守る、ひいては家系を守るという気持ちが全体的に希薄になっているように思えてなりません。伝統の重さは名前の重さに正比例しているのだと思います。守っていくという事は、古いと言われようが時代錯誤だと言われようが、如何にぶれずにダビングし続けるかという事、さらに形だけでは無くその思いも受け継ぐという事です。しかし今はその心を表すための形だったものから心が失われ、ついには形骸化したその形さえも失われようとしています。ましてや型を、伝統を伝える基となる立場の家系から、もしそれに反する考え方が出て来るとしたら、それはもう伝統の崩壊以外の何ものでもないと思うのです。私は幸か不幸かそのような家系に生まれているわけでは無く、ごくごく一般市民ではありますが、それでも良く考えてみるとその事柄の重さを改めて感じ、今の自分の在り方に罪悪感すら感じてしまいます。総てが軽く軽く扱われてきています。命を掛けて先人達が積み重ねてきた伝統に、見向きもしなくなったこの国の行く末が案じられてなりません。


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2) 実生活の中で、着物姿がより美しく優雅に見える立ち振舞い(所作/しょさ)のコツをご指導いたします。
3) TPOに合わせた組み合わせや種類など、着物の基礎知識も学べます。
4) 受講回数は自由です。ご自分が納得出来るまで、いつ、何回参加して頂いても結構です。
カップル、ご夫婦、親子での参加も大歓迎。
5) 手持ちの着物、着たい着物をご持参下さい。(浴衣でも結構です。)
6)月曜日〜金曜日の19:00〜の講座を希望される方はお問い合わせ下さい。
7)受講をご希望の方は下記事務局までご連絡下さい。 

3月・4月・5月講座開講日のお知らせ
日 程 
3月 8日(土)  /  16日(日)
4月 5日(土)  /  13日(日)
5月 10日(土)  /  18日(日)

時 間  !)13:00 〜 15:00 !)16:00 〜 18:00
場 所  〒102-0073東京都千代田区九段北4-3-6
(JR中央線、新宿線、有楽町線、南北線市ヶ谷下車徒歩約5分)
受講料   正 会 員   1回 ¥2,000
賛 助 会 員  1回 ¥2,500
一   般  1回 ¥3,000

お申込/お問い合わせ 
NPO法人日本人のアイデンティティを育む会紫(し)薫(くん)子(し)の会(かい)事務局
〒100-0014 東京都千代田区永田町2-9-8パレロワイヤル永田町203
TEL 03−3500−2533 FAX 03−3500−2206
E-MAIL  shikunshi21@dream.com

花柳廸薫(はなやぎ みちかおる);
NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会 代表理事 
社団法人日本舞踊協会正会員。
兵庫県神戸市出身。三歳より花柳流日本舞踊の手ほどきを受ける。宝塚音楽学校首席入学。宝塚歌劇団退団後、花柳流師範資格を取得。歴史街道推進協議会、関西フォーラムに参加したことを機に、アメリカ(ワシントン、ミネアポリス、ニューヨーク)東南アジア(インドネシア、シンガポール)にて舞踊公演を行うなど、ワークショップや文化交流、結婚式、祝賀会、レセプション等の舞踊活動を中心に、古典に基づく独自の舞踊活動を国内外で行う。平成十七年NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会(しくんしのかい)を設立。日本舞踊のみならず、日常生活から消え行こうとしている日本伝統文化に警鐘を鳴らし、啓蒙普及活動をライフワークとして本格的な取組みを始動。                                        
ご意見箱アドレス; michikaoru@hotmail.com 
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◎読者の書評 超・映画評 愛と暴力の行方」扶桑社
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1.日本の言論界は「右」「左」の思考や価値観に囚われ、是々非々で論じることを許容しない、あるいはできない傾向にあります。
それは、座標軸を自らの中に構築できず、他に依存しがちな言論人の多さを物語っているようにも感じます。
これに対し、著者は、自ら経験されたことや学ばれたことを、己の哲学にまで昇華させ、己の言葉として表現している。
だから、阿ることなく、対象ごとに自分自身の判断を貫くことができるのであろう。
それは、体験や学問の積み重ねだけでなく、克己の精神なしには実現できないものと思われる。
特にそれを感じたのは、最終章で遠藤浩一氏も触れているが、「ミュンヘン」の批評です。
「現代の戦後日本人よ、怒りと誇りを忘れた日本人よ。力には力での復讐などもってのほかと教えられた日本人よ。祖国の名誉を汚されてすら怒らないどころか、正義の怒りさえ忘れた、誇りなき君たちにこの映画を論じる資格はないのだ」。これは圧巻である。
私は年末年始にかけて以前からパレスチナ問題に関心があったレバノンを訪問した。そしてベッカー高原やイスラム過激派「ヒズボラ」が占拠するレバノン南部にまで足を運んだ。
イスラエルに殺害されたヒズボラ兵士を讃える看板、イスラエルに照準を合わせた地対空ミサイル。一方、銃器、戦車とともに彼らを牽制するレバノン軍兵士、国連軍の姿…。
「平和、平和」と唱えれば、何処からともなく「平和」が「やって来る」と勘違いしている戦後日本人には、「平和」が「戦争」の対局にあり、それは不断の努力で掴み取るものであることは理解できないだろう、と改めて意を強くした次第である。
兎にも角にも、私にとって本書は映画評にとどまらない。映画評を通して奥山氏の生き様が垣間見えるゆえ、男としての生き様を指南してくれる書として受け止めている。
(新聞・社会部記者 HT)

2.本を入手し、帰路の電車の中で読み始めたのですが、電車を降りてなお目が離せず、結局深夜だというのに頭がさえてきて三時間かけて一気に最後まで読んでしまいました。 
普通の映画評論家が書けない文化論や国家論、そして著者の豊潤な感性が溢れた芸術への眼差しが、異色の映画評論の価値を高めたのだと感銘を受けました。第二巻が楽しみです。
(歌手SO) 
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次回の配信は3月15日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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