甦れ美しい日本 第157号
発行日時: 2008/2/1□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年2月2日 NO.157号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者
塚本三郎 第二の敗戦とマスコミの責任
◎松島悠佐の軍事のはなし(57)「南京の真実」
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて 150
2.奥山篤信 イラン映画「ハーフェズ ペルシャの詩」☆☆
---イランはテロリスト国家ではない!物質文明を超越した精神主義国家なのである---
3.西山弘道 「激突回避は『大連立』への露払い?」
4.松永太郎 本の紹介 (続き)戦争の世紀 3 Century of WAR William Engdahl Pluto Press London 2004
◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」
2月号巻頭言「宮脇磊介の賢者に備えあり」
「変化」を求める国民のエネルギー
◎阿嶋彩子の料理つれづれに (22)<豆まき>
◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」其の十「お稽古・・・のお話」
◎奥山篤信の映画評論
1.イタリア映画 「マリア・カラス最後の恋 原題 CALLAS E ONASSIS」☆☆☆☆
2.アメリカ映画「アメリカン・ギャングスター原題: AMERICAN GANGSTER 」☆☆☆☆
◎奥山篤信のDVD映画評論
1.イギリス映画「ライアンの娘(Ryan‘s Daughter)」
2.フランス映画「ひめごと( CHOSES SECRETES)」
3.アメリカ映画「ブラックホーク・ダウン (Black Hawk Down)」
◎阿川尚之氏の諸君最新号の「自衛隊イラク派遣の貯金はすぐ底をつく。」って何?
この貯金って何?(ある大阪人からの投書)
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塚本三郎
第二の敗戦とマスコミの責任
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日本は、大東亜戦争で有史以来の敗戦を喫し、ポツダム宣言によって「有条件降服」を受け容れた。しかし、マッカーサー司令官の手で「無条件降服」へと裏切られた。
占領軍は傲慢にして独善的で、その結果、憲法まで押し付けられた。日本人は、それを逆用し、唯一の敵をも同盟国として、今日の経済大国日本を築き上げることが出来た。
爾来年月を経て、戦中及び戦後の貧窮を乗り越えて来た人達の時代は去りつつある。
その人達の遺した影響は、残念なことに、「此の子達には、俺達の味わった苦難は味合わせたくない」という愚かな親切心であった。それが果たして、真の親心であったのか。
戦後の第二世代は、平和とは争わないことであり、相手に迎合することと勘違いした。そして、弱者と不平分子をいたわることは、弱者への迎合となりつつある。
その風潮が政治を支配し、格差是正へと、政治を失速させているのが今日の国会である。
国内はそれでも治まりがつく。しかし、周辺国は、もはや日本を恫喝の対象とし、強奪の道具としか見ていない。中国、ロシア、北朝鮮の「憎々しい反日」の言動は眼に余る。
日本は、今日までソ連(ロシア)も、中共(中国)も、北鮮(朝鮮半島)も、敵国として戦った覚えはない。彼等は日本に対する戦争の本当の勝者ではなかった。
特にソ連と中共は敗戦後のドサクサにまぎれ、かつ国際条約を裏切って侵略した「国際法の違反者」ではないか。その連中が国連の常任理事国として、首座を占めているのが今日の世界である。その侵略国に、気ままに振り回され、ひたすらお詫びを重ねている。
日本国は、正に第二の敗戦国となったのではないか。
今、改めてさきの敗戦当時を省みてみよう。強者が如何に偽善と傲慢であったか。
昭和二十年七月二十六日、ポツダム宣言が発せられた。終戦に先立つこと三週間前である。親日派として努力していた元駐日大使、ジョセフ・グルーが関わって作成された。
グルーは、日本本土上陸と、ソ連参戦の前に、日本自ら戦争の終結に導こうと必死の努力をした。彼は、降服が現皇統の廃止を意味するものではないことを、明らかにすることが絶対に不可欠と信じて、日本と連合国の双方が、面目の立つ表現を用いる努力をした。
外務省は、ポツダム宣言を「有条件講和」の申出であり、それまで、連合国が唱えていた「無条件降服」の要求とは、多分に異なる内容を包含するものと受け止めていた。即ち次のものがあったがゆえに。
一.民主主義的傾向の復活強化
二.日本国民の自由に表明せる意志
三.
この文言こそ、無条件降服を要求するものではないと判断した。かくて日本は
「帝国政府は……共同宣言に挙げられる条件を、右宣言は天皇の国家統治の大権を、変更するの要求を包含し居らざることの了解の下にポツダム宣言を受諾す」と述べた。
かくして、八月十五日正午、天皇陛下はラジオ放送を通じて全国民に「終戦の詔書」を放送された。
如何にして朝日新聞は変質したのか
終戦翌日の『朝日新聞』は、次のような素晴らしい論説を掲げた。
かかる状況下における民族の道がいかに厳しいものであるかは、十分に覚悟せねばならない。われらは、いかに困難にさらされるとも、民族としての誇り、生存権はどこまでも主張し、……今後の交渉によって決定されたる途を雄雄しく歩むところに、新生日本の活路があるのである。(昭和二十年八月十六日)
そして九月二日に行なわれた、降服文書調印後の「昭和二十年九月六日」
一億総懺悔、民族の総結集という言葉の持つ意味を、今更ながら痛感する。戦いはすんだ。しかし、民族の闘いは、寧ろこれからだ、世界正義と民族の名誉をかけた、武器なき闘いは、世界人をして我等の立場を正当と是認せしめるまで続けなければならない。国民は敗戦という、きびしい現実を直視しよう。しかし、正当に主張すべきは、おめず臆せず堂々と主張しよう。単なる卑屈は民族の力を去勢する。と高らかに論じている。
この朝日新聞の決意は、全世界に強い印象を与えた。六十数年を経た今日、なお右の文は、我々日本人の心を引き締めさせる。
中華民国外交部長・王世氏が右記事について印象を述べている。日本敗れたり!とは云え、その国民の魂は決して軽視出来ぬと全世界に警告せしめた。日本国民の皇室に対する忠誠、敗戦後における威武不屈、秩序整然たる態度は、わが国人の範とするに足ると。
マッカーサー司令官は、占領政策遂行の為、ポツダム宣言の如き、極めて限定された権限では不可能であると思った。よってポツダム宣言の条項を実施するが、自らの権限の範囲に不満を感じ、もっと大きな権限を認めるべく本国に強硬に申し入れた。
その結果、われわれと日本との関係は、契約的基礎の上に立っているものではなく、無条件降服を基礎とする。貴官の権限は最高であるから、その範囲に関しては「日本側からの、いかなる異論」をも受付けない。よって貴官の発した命令を強制することができる。
マッカーサー司令官の要求に対し米本国は、このように回答した。
ポツダム宣言における「有条件講和」の原則は、こうした形で「無条件降服」の原則へとスリ替えられた。かくして、九月十一日、東条内閣の閣僚全員三十九人に逮捕命令が出された。次いで、十五日、新聞社、放送局への弾圧があり、検閲が開始された。
日本に対しては、交渉というものは存在しない。最高司令官は日本政府に命令する。交渉は対等の者の間に行なうものであるから、人を誤らせる様な報道は今後一切許さない。
九月十八日「朝日新聞」が発行停止、二十二日「日本のラヂオ・コードに対する覚書」が発せられた。この相次ぐ弾圧により、日本のマスコミを占領軍の御用機関に堕さしめ、九月二十二日付の「朝日」社説は復活に際し、それまでの報道姿勢を次の様に一変させた。
今や我軍閥の非違、天日を!)ふに足らず、更に軍閥の強権を利用して行政を壟断したる者、軍閥を援助し、これと協力して私利を追求したる者などの罪過も、ともに国民の名において糺弾しなければならぬ。翕然たる国民の声、結集された国民の力を加へることによってのみ、好戦的、専制的、強圧的、非国民的諸勢力の絶滅が期し得られ、同時に政治の転換、刷新が成就されるのである。軍国主義の絶滅は、同時に民主主義化の途である。敗戦の教訓を無為にしないためには、国民は是非ともこの道程を突破しなければならない。国民は、これ以上逡巡してはならないし、また決して逡巡しないであろう。
二週間前、「民族として誇り、生存権」を主張し、「正当に主張すべきは、おめず臆せず堂々と主張しよう」と唱えていた「朝日」が、今や先頭に立って「軍閥の糾弾」「軍国主義の絶滅」を主張し始めた。占領政策の効果は、まことに絶大かつ決定的といってよかった。
第二の敗戦は内部から
敗戦時に於ける典型的事例として、朝日新聞の変節の社説を挙げた。しかし、これは日本のメディアが傲慢な権力下においては、延命の止むを得ない策であったかもしれない。
ならば、占領軍が去り、独立を克ち得た段階で、本来の姿に立ち帰るべきであった。
併し、日本の殆どのメディアは、当時の「変節は致し方がなかった」という、反省と弁明をする勇気さえ持たなかった。
自由と平和の美名の下に、政治家までも「政治の根本を捨てて」すべてを経済復興へと邁進した。否、国民の「正義心と友情、道徳心」をも軽視することを担保とした。
一九七一年、朝日新聞の本多勝一記者が、中国に「戦争中に日本軍が中国で行なった残虐行為を取材させて下さい」と、入国を申請した。
入国を許可されて書いた記事、それが朝日新聞に連載された「中国の旅」である。
本多記者は、中国共産党が準備した場所に連れて行かれ、中国共産党が用意した人の話を一方的に聞かされ、それをそのまま掲載して、全く検証もしなかったという。
見事な嘘は、「日本軍の強制連行に反対した労働者が、その場で腹を断ち割られ、心臓と肝臓を抜き取られた、日本兵は、あとでそれを煮て食った」という話など、中国人には普通の話であっても、日本人の感覚ではあり得ない話だ。このような嘘の数々が世界に広まった。
中国は、それを最大限に利用し拡大している。
南京三十万人虐殺の嘘を広めた朝日新聞は、七十年後の今日、(二〇〇七年十二月十三日)、誤りを悟り、自分達の広めた「この事件(三十万人虐殺)を日、中間の障害とせず、和解に向けて手立てを講じていくことだ」と、さきの嘘を訂正せず、こっそりと逃げている。
経済発展の為と言えども、物や金銭や合理主義や、そして他国との友好のみでは成り立ち得ないことを、今日の日本人は漸く気付きつつある。
今後の日本は、この歪められたメディアと、国民の良心との闘いでもある。
経済活動発展のすべての土台には、日本人としての、優れた人間性が在ったはずだ。
何が正しいかの正義感、そして家庭や社会での道徳と友情、それはお金儲けの邪魔だと言わぬばかりのメディアの風潮は、結果として日本国民の努力と自負心を失わせた。
既に日本は、ここ十年来、第二の敗戦へと追い込まれつつある。
日本国憲法に象徴される戦後体制のままでは、日本が直面する諸問題には、もはや対処出来ない。誰の目にも明らかな致命的な日本の欠陥を、国会は何等論じようとしない。
与党も野党も、国民生活の重視を掲げている。その重要性は言うまでもない。
しかし、国民生活を支える、国家の在り方が論ぜられず、空白のままで国家不在が続けば、日本は、米国や、中国や、その他の国の戦略に呑み込まれてしまう。
国会は、ガソリン国会として攻防の最中であるが、税率と比べて、比較にならない最重要、深刻な課題を放置している。
幸い、与論調査では、日本国民であることを誇りに思う、と答えた人は93%に達し、国の役に立ちたいと考える人も73%にもなることが、読売新聞調査で(一月二十五日)報道された。国民は日本の前途に危機を感じている。政治家は国民の声が聞こえないのか。
『憲法はかくして作られた』 伊藤哲夫著 日本政策研究センター刊 参照
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
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◎松島悠佐の軍事のはなし(57)「南京の真実」
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1月25日、映画「南京の真実」第1部「七人の死刑囚」の試写会がよみうりホールで開かれました。
映画の製作・監督に当たった水島総氏は、「南京事件からすでに70年も経っているのに、中共政府は300億円以上の資金をつぎ込んで『南京大虐殺30万人』という虚構を世界中にキャンペーンしようとしている。このままだと虚構が蔓延して日本人の信頼を失いかねない。真実を伝えることがわれわれの義務だと思って製作した」と話しています。まさに「草莽崛起」の精神です。
では何故ありもしなかった30万人虐殺を、さもあったかのように虚飾しなければならなかったのか。この映画では東京裁判に起因すると説明しています。
昭和12年12月の首都南京攻略作戦の事実の検証は、東中野修道氏はじめ専門の研究者の方々が詳細に発表しておられますので省略しますが、結論から言えば日本陸軍の残虐・非道性を強調するために、中国側の一方的な申し立てにより意図的に作られたものであって、市民30万人虐殺はなかったと言うものです。
しかも、南京陥落後、蒋介石や毛沢東が言及も批判もしていなかったことが、猪突に8年後の東京裁判で日本陸軍の犯罪として取り上げられ、中支那方面軍司令官・松井石根陸軍大将はじめ、陸軍の主要な関係者が裁かれることになりました。
そこには、日本を戦争犯罪国家として断罪し、その戦争を主導した者たちを極悪人として処刑することによって、日本の名誉と誇りを砕き、日本人の自尊の精神を奪い、二度と再びアメリカに刃向かう国家とならぬようにする意図があったと思われます。
そしてまた他の側面からは、東京大空襲10万人、広島・長崎原爆投下20万人の民間人殺戮など、自らが犯した罪を覆い隠す目的があったのだろうと想像します。
その国家犯罪を首謀したとされる七人の死刑囚が、11月12日に絞首刑を宣告されてから、刑が執行される12月23日までの40日の間、礼節と信義を貫いて立派に生きた様子を、この映画は事実に基づいて描いています。
自らが行ってきた所業に対しても、家族や部下に対しても、勿論国家に対しても正しく向き合って、反省すべきことは反省し、誤りではなかったと信ずることは最後まで信じて、淡々と、しかし最後には手錠をかけられた手を小さく挙げて「天皇陛下万歳」を唱えて刑の執行を受ける姿を描いています。
私は職業柄、旧軍人の指揮統率、人となりを学び、その足跡をたどる機会も比較的多かったのですが、色々な場面で人間としての信義や軍人としての使命感に感銘を受けることも多々ありました。最近の硫黄島・栗林中将の記録にも語られているとおりです。
映画の中では、七人の処刑によって「日本が消えた」と訴えています。アメリカは「武士道の国日本」を消そうという意図を持っていたのでしょう。
それは思惑どおりの効を奏して半世紀が経過し、最近のわが国の状況を見るにつけ、武士道の信義と礼節を失い、「偽りのはびこる国」になってしまったことを憂いています。
だが、日本人の良きDNA・武士道の魂は消えてはいません。それは、自衛隊の行動でみれば、15年に及ぶ数次のPKO活動、イラク復興支援活動、インド洋での給油活動、あるいは国内における幾多の災害救援活動など、日本人の信義と礼節に基づく活動が見えてきます。このことは、その行動に直接接した国内外の人たち、特に諸外国の人たちが一番認識していることだと思います。
この日本根絶やしの占領政策に呼応し、それを最大に利用してきたのが中国共産党です。そこには、自らが犯したチベットへの侵略・非人道的な抑圧、共産革命成就のための自国民の粛清、文化大革命での粛清などを覆い隠す意図があったのでしょう。
この日本弱体化計画は、わが国の政治家・学者・メディアを通じて巧みにわが国に浸透しており、媚中派と呼ばれる各界の識者が、知ってか知らずかそれに協力してきました。
だがここ数年、中国こそ残虐な国であり、中国共産党がとってきた非道な政策こそ正されるべきだとの主張は、徐々に強くなってきています。このことに中国共産党も危機感を持ち、その反動が靖国問題や歴史認識問題など、日本を非道な戦犯国として喧伝し、日本人の自尊の精神をさらに押し潰す活動を強めています。その一つが、昨年来の「南京大虐殺キャンペーン」でしょう。
水島聡氏は、「これは日本の名誉と誇りを守る戦いであり、未来の子供たちに対するわれわれの義務である」と言っています。まさに負けるわけには行かない情報戦です。
第2部「検証編」、第3部「アメリカ編」の製作が引き続き予定されていますが、大いなる成果を期待し、一人でも多くの人の賛同が、情報戦の勝利に力を与えるものと確信いたします。
因みに、激励・ご支援などの連絡先は次のとおりです。
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷1−1−16若草ビル
映画「南京の真実」製作委員会
電話:03−5464−1937、FAX:03−5464−1948
(08・2・1記)
松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎レギュラー執筆者
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて 150
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(第148回から続く)
「ローズヴェルトは国務省を信頼しておらず、中国に関する情報の大部分をエドガー・スノーを含めた個人的な情報網から得ていた。中でも中心的な存在だったのは海兵隊将校のエヴァンス・カールソンという男で、カールソンはホワイトハウスに対して共産主義勢力を賞賛する内容の極めて非現実的な報告を行った。ローズヴェルトはそれを鵜呑みにして側近グループに伝え、側近の一人はスノーの『中国の赤い星』も確かにカールソンと同じ見方をしている、と、大統領に進言した。皖南事変当時カールソンは重慶におり、直後にワシントンに戻って共産党側の見解をローズヴェルトに直接伝えている」と『マオ』は続ける。
「イギリスに関しては、援助の点では重要性はなかったが、蒋介石は英米ブロックと近い関係を保ちたかったので、イギリスからの圧力も無視できなかった。イギリスの首相ウィンストン・チャーチルは蒋介石を嫌っており、蒋介石など軍事的には無能に等しく中国における英国権益にとっては脅威でしかない、と考えていた。
英国大使クラーク・カーは蒋介石に対して、若し内戦になった場合はどちらが先に手を出したかに関係なく英国は蒋介石を支持しない、と伝えていた。クラーク・カーはソ連と関係があったのではないか、といわれている。確かに、!)南事変を現地で実際に見ていた大使として、カーの英国本国に対する報告は非常に共産党寄りであった。カーは、周恩来は国民党の人材を総合計したのと同じだけの価値がある、と公言してはばからなかった」
「マオ」の指摘は鋭いと思う。米国は中国の実情をよく理解していたとは思われないにもかかわらず、一部の共産主義者の「宣伝」にのって巨大な軍事的支援をする。これは宋美麗の影響が強かったからでもあろう。それに反して長年中国に拠点を置いていたイギリスの方は、蒋介石の実像をつかんでいたように思われる。
勿論、「マオ」にあるように、蒋介石を無能呼ばわりする一方で、共産主義者たちの肩を持ったのは、現地大使の情報を過信していたからかもしれない。
ところでソ連のスターリンはどうだったか。
「!)南事変のあと、モスクワは西側世界で大々的な反蒋宣伝を組織し、事変で一万人近くが虐殺されたと伝えた。実際には、犠牲者の総数は二〇〇〇人前後だった。部隊のうち三〇〇〇人は、最初の野営地まで引き返して長江を北へ渡る『北路』へ逃れた。この部隊は、何の妨害も受けず蒋介石が指定したルートを進軍した」
スターリンも蒋介石打倒に邁進していたのである。しかし、2000人の犠牲を1万人と過大宣伝する方法は、共産主義ならではのものであろう。ありもしなかった「南京大虐殺」の犠牲者数を『30万人』と宣伝する厚顔無恥な中国共産党は、このソ連の手法を学んだからに違いない。それに反して、むしろ蒋介石の宣伝の方が下手だったと「マオ」はいう。
「蒋介石は(!)南事変で)項英の部隊を陥れたのではなかったが、宣伝が下手だった。国民政府は愚かにもこの時期に新四軍の解散を発表し、国民政府が意図的に新四軍を殲滅したかのような印象を与えてしまった。また、それまでにもっと大規模な衝突がいくらでもあり、国民党側が犠牲を被っていたにもかかわらず、それについて公に抗議せず、むしろ内紛は国民の士気に悪影響を与え各国からの援助にも支障が出る(列強は全て内紛のないことを援助の条件としていた)という理由から事実の公表を避けてきたという事情も、蒋介石にとっては裏目に出た。蒋介石側が沈黙を通したことは、共産党にとってまことに好都合だった。朱徳総司令は『向こう【国民党】が黙っているなら、こちらも黙っているまでだ。向こうは負けたのに黙っている。こちらは勝ったのだから、何も宣伝する必要はない』と述べている。
蒋介石の拙劣な対応の結果、西側の多くの国々が、!)南事変は国民党軍が何の罪もない共産党軍を裏切って大虐殺しかけたものだ、と誤解してしまった」
この一文も多くの示唆に富んでいる。宣伝戦がその後の戦の展開に如何に大きな影響を及ぼすか、という点だが、残念なことにわが国は今でも劣勢におかれている。
特に、支援しようとしている対象国の軍隊が、支援するに足りるのか否かについての情報は、今風に言えば決して「負け組み」についてはならないという、極めて明確な原則を実行する上で重要この上ない。
「共産党の宣伝組織は優秀だった。重慶で情報の操作を指揮したのは、新四軍を故意に全滅させた毛沢東の凶悪な役割を知る唯一の男、周恩来だった。毛沢東の共犯者周恩来は、個人的な魅力を武器に西側要人の耳に次々と嘘を吹き込んでいった。周恩来と面識があったアメリカ人ジャーナリスト、マーサ・ゲルホーンは、当時もし周恩来に呼ばれたら地の果てまでもついていっただろう、と著者に語ってくれた。が、彼女の夫アーネスト・ヘミングウェイは、周恩来の本性を『彼はあらゆる機会をとらえて共産党の立場を売り込むのが非常にうまい』と云う表現で端的にとらえている」と『マオ』は書いている。毛沢東の“極悪非道な戦法”は実に見事であった。
ところで、蒋介石軍を主敵と考えていたこの頃の我が国では、その裏で双方を支える米国と英国、ソ連の動きに誰も気がついていなかったのであろうか? (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
イラン映画「ハーフェズ ペルシャの詩」☆☆
---イランはテロリスト国家ではない!物質文明を超越した精神主義国家なのである---
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アボルファズル・ジャリリは日本人麻生久美子をヒロインに選んだ理由は、同監督が観た今村昌平監督の「カンゾー先生」だという。そのモリでクジラを刺すシーンに彼女のエネルギーのインスピレーションを感じたのだという。日本人とか外国人として映画で描かれているのではない。
僕などこの映画を見て、日本の女性が見かけ日本人より彫りの深い東京にいる不法滞在イラン人に誘惑され体を許しそのまま結婚して、片道切符でイランで暮らすことになるが、全く風習の違うかの地で、しかも一夫多妻が認められる地で、日本人感覚からすれば粗末な牢獄のような暮らしを余儀なくされている女性が多くいると聞いているので麻生が出演しているというのでこういう女性を画いたかと思った次第である。
この映画を見る時には何も考えずに映像を詩を読んだり音楽を聴いたりする感覚で観賞してほしいと監督はいう。イランを旅したことのある僕ですらこの映画の画像の太古の昔のような村落に遭遇したことはない。そこには文明の代表として奇妙にもオートバイだけが画面をつないでいく役割を果たしている。この映画で取り上げられている鏡の儀式がひとつのテーマになっているが、これは別にイスラムの教義にあるわけでなく監督の作り出した鏡をみて、人間の内面を覗くという趣旨らしい。
西欧は偉大なるペルシャ文明に土足で上がりこみ、石油など地下資源を狙い、グロテクスクなパーレビ王朝を傀儡としてつくりイランを搾取してきた。この反動がイラン革命であり、現在も続くイランの反西欧主義である。僕などイランを直にビジネスで接した経験から、全く西欧近代文明に匹敵する偉大な血統と思考を感じるので、例によってアメリカのカウボイ物質主義などペルシャ文明の足元にも及ばないと考えているひとりである。
やれ核疑惑やれ非民主的と反テロを大義名分に騒いでいるが、こんな馬鹿馬鹿しいスローガンに追随し、せっかくイランは日本を尊敬のまなざしで見ており商圏として日本の国益にあうにも拘わらずこれをふいにしているのである。誠に腹立たしい限りである。
この映画は厳しいイスラムの掟のなかで聖職を与えられたが、禁じられている詩を教え子の女性(麻生久美子)に聞かせた咎で聖職を取り上げられ苦行をする青年とその友人との美しい関わりを描いている。僕たち西欧思想から見るとまさに不条理極まりないイスラム神職や判事ではあるが、自然や人間愛や神の存在に毎日繰り返し自問自答するこれらの人々の精神性の高さは、物質的文化など超越したもので、彼らこそ本物の人間の罪の深さを認識している人々だと思う。比較してはどうかと思うが、この青年に、キリスト教のイエス・キリストと重ね合わせてみてしまう。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道
「激突回避は『大連立』への露払い?」
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つなぎ法案をめぐって、与野党激突寸前だった国会は、直前になって衆参議長のあっせん案が呈示され、激突は回避された。法案が衆議院本会議に上程される直前までは、民主党の「ガソリン値下げ隊」の若手議員が議長入り口封鎖を準備するなど不穏な空気が漂い、ひょっとして不測の事態(解散?)が起きるのでは、と囁かれるほど緊迫したが、急転直下、与野党があっせん案を受け入れ、正面衝突は回避された。その実状は、民主党が与党案をあっさり受け入れ、振り上げた拳を下ろしたということだ。
つなぎ法案をめぐる今回の攻防は、まず自民党の伊吹幹事長が仕掛けたことから始まった。伊吹氏は民主党がたとえ4月の1日でも民主党がガソリン値下げを画していることを察知し、これが国民生活のパニックになりかねないという情報を入手した。これを防ぐためには、1月31日までにつなぎ法案を成立させなければならないと猛然と動き始めたわけだ。つまり、今の揮発油税の暫定税率を5月末まで、2ヶ月延長させるという法案である。つなぎ法案は過去にも、4,5回施行されたことがあったが、いずれも解散総選挙などがあって、新年度をオーバーせざるを得ない、物理的な理由があった。今回は民主党がいうように、「国会の土俵を新たにつくる」ような「奇策」であり、「邪道」であった。福田首相もこの法案には内心、「スジが悪い」という不快感を持っていた。しかし、伊吹幹事長としては、何の鳥の羽音に驚いたのか、スジが悪くても使わざるを得ないところにまで追いこめられていた。
つなぎ法案の成立は、民主党との対立を決定的にするものであり、自民党内にも与謝野前官房長官や、野田毅元自治相など福田首相のブレーンともいうべきアドバイザーが、法案の撤回を首相に強く迫った。そして福田首相の意を受けた大島国対委員長が議長あっせん案の与党案を作成し、民主党の山岡国対委員長に示し、小沢代表のOKを取ったと言うのが真相である。つまり、伊吹包囲網が出来上がっていたのだ。
議長あっせん案は、!)暫定税率延長などの法案は、年度内に一定の結論を得るものとする、!)各党間で合意が得られたものについては、立法府において修正する、!)つなぎ法案は取り下げる、の3項目からなっているが、!)は永田町政治お得意の玉虫解釈である。自民党は年度内、3月末までに暫定税率延長法案は民主党が採決に応じ、参議院で否決すると
受け取っている。一方の民主党は、可能なら「結論」を出すが、不可能なら出さない、「結論」も採決とは限らない、と我田引水の解釈だ。
要は決戦を年度末、3月末に持ち越したのであるが、あっせんの中味はどう見ても、与党に分がある。河野衆院議長も口頭で「年度内に一定の結論を得るとは、従来の慣例に従うことである」と釘を刺しており、民主党は3月末までに採決に応じざるを得ないと解釈するのが当然だ。
民主党の小沢代表がよくこのあっせん案を呑んだと思うのだが、キーワードは!)の「各党間で合意が得られたものは立法府で修正する」という文言だ。自民、民主で合意が得られた法案は、立法協議を行うということであり、これは大連立の協議に入る場合もあるという意味だ。小沢、福田両氏とも「大連立」をまだあきらめていない。その再度の党首会談を行う時期は恐らく、3月初め、日銀総裁人事をめぐってだろう。現在の福井総裁の任期は3月19日であり、その前に武藤副総裁の昇格に民主党が同意する形の自民、民主党首会談が行われ、再び「大連立」の協議が始まるだろう。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎
本の紹介 (続き)戦争の世紀 3 Century of WAR William Engdahl Pluto Press London 2004
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イングランド銀行総裁モンタギュー・ノーマンの話を続けたい。彼は、一種の個疾があり、ときどき、その発作が起きた。医師は、南仏やイタリアなど陽光あふれる土地への旅行をすすめる以外、手立てがなかった、という。後年、彼はFRBつまりアメリカ連邦準備理事会議長のベンジャミン・ストロングとは南仏でよく会合した、という。
個疾のかわりに、彼は、ものすごい記憶力とエネルギーにも恵まれていた。「ブラウン・アンド・シプリー」のあと、彼はイングランド銀行に入る。そして1920年、彼は、その総裁に選任される。先任者のカンリッフ総裁は「彼には、神経の疾患があり、それが災厄をもたらすだろう。幸いなことに私はそれを見ずにあの世にいける」と述べたという。イングランド銀行総裁の任期は2年であるが、ノーマンは24年の長きにわたって総裁を務めた。1920年代後半には、彼の伝説は定まっていた。その彼の伝記を書いた人がいる。
イギリスの現代史家アンドリュー・ボイルは、私などには、いわゆる「第4の男」を暴いた人として懐かしい。1930年代、イギリス情報機関に潜り込んだいわゆるケンブリッジのスパイたちのなかで、生前にその正体が暴かれたのはイギリス王室美術鑑定家アントニー・ブラントだったが、アンドリュー・ボイルは、彼を突き止めたのだった。情報源はCIAのアングルトンであるが、このときは、私のような無責任な観客は固唾を飲んだものだった(イギリス中、大騒ぎ。女王はブラントをかばう。ブラントはイギリス王室の秘密を握っているのだ、とささやかれた。ブラントは上質のシェリーのデカンタを脇においてBBCに出演し、有名なアポロギアを述べる)。いずれにしろ、ボイルは優れた歴史家であるが、その彼がノーマンの伝記を書いていたことは最近知った。ボイルはこう書いている。
「彼は、自分が望むことを押し付けたり、騒ぎを巻き起こしたり、議論したり、ということはしない。そんなことは、彼は嫌悪していた。彼はスパイダー(蜘蛛)であった。非常に広い、非常に細かな人間関係の網を織り上げていた。その網は、彼のオフィスを中心にシティのあらゆるオフィスの、あらゆる人間に広がっていた。そこで起こったことはすべて細大漏らさず、ただちに、ノーマンの元に届いていた。」
イギリスの統治層はいつもこうである。イギリスを動かしているのはシャーロック・ホームズのような奇人ではない。その兄であり、「ダイオジニス・クラブ」の椅子にいつも座っている、マイクロフト・ホームズなのである。
簡単に言えばモンタギュー・ノーマンは、20世紀アングロ・アメリカ金融体制の最大の実力者だった。その実力は、彼が精密に織り上げた「人間関係の網」、つまりいまどきの言葉で言えば「インテリジェンス・ネットワーク」に由来している。彼が、その任期にあった期間、世界経済を動かす上で最も重要な人間たちといえば、ドイツ中央銀行総裁でナチス党員ヒヤルマール・シャハト、イタリアのムッソリーニの金融大臣、ヴォルピ・ディ・ミスラータ、そしてアメリカ連邦準備理事会議長ベンジャミン・ストロングらである。
映画を見るように、彼らが、パーティや私的なディナーで会っている光景を見ることができる。彼らが陰謀をたくらんだ、というのではない。「戦争の世紀」の著者イングダールは、しかし、彼らのつながりを明らかにしているのである。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」
2月号巻頭言「宮脇磊介の賢者に備えあり」
「変化」を求める国民のエネルギー
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国民は政治に変化を求める
豪州で二〇〇七年十一月に行われた総選挙でハワード首相率いる自由党が大敗し、労働党のラッド政権が誕生した。十一年間、格別の失政もなく安定した政治を行ってきたハワード政権が倒れ、政権担当能力が海外からも危ぶまれているラッド政権となり、ハワード首相自らも議席を失う結果となったことは世界を驚かせた。この現実を生んだのが、豪州国民の変化を求めるマグマの爆発であった。エネルギーが蓄積されていたマグマに、マスメディアの報道姿勢が格好の噴出の引き金となったのである。
米大統領選予備選の緒戦となったアイオワ州党員集会での結果もまた、既存勢力への不信感と変化への期待のマグマが有権者に鬱積している実態を明らかにした。
日本ではどうか。〇七年七月二十九日の参議院選挙での自民党の大敗と民主党の大躍進は、安倍晋三首相の自民党政治に対する日本国民の変化を求めるマグマの大噴出であったように思われる。〇五年九月の総選挙で、失われた十年などといわれた政治、経済、社会の停滞で蓄積された日本国民の変化期待のマグマを「旧い自民党をぶっ壊す」と叫んで登場した小泉純一郎首相が、「郵政民営化」一点に吸収して三分の二以上の議席を獲得した。
だが、引き継いだ安倍首相が改革逆行と危機管理能力の拙劣さを次々と露呈したため、国民の変化を求めるマグマが安倍政権に対して急速に膨張した。参議院選挙の期日が近づくにつれ、改革への情熱が萎え、強力な政策推進スタッフを欠いた安倍内閣は、相次ぐ閣僚の不用意発言や、いわゆる身体検査洩れへの対応の不手際によって、みるみる弱体化していった。当の安倍首相は、憲法改正に道筋をつける国民投票法の制定や、長年望まれてきた教育基本法の改正が実現できたのも小泉政権の遺産という恩恵によるものとの自覚がなく、旧い自民党をぶっ壊し尽くす改革を希求している国民の強烈な期待を全く理解できていなかった。
小泉内閣の徹底した内閣主導意思決定システムは、既存の自民党の政務調査会と総務会による政策決定システムを破壊するとともに、自民党の派閥の無力化をもたらした。小泉首相、飯島勲・秘書官という知略に長けた参謀、竹中平蔵・経済財政担当相という改革断行の意思と能力兼備のスタッフ、それに武部勤・幹事長という忠臣たちに、国民の変化を求めるマグマを吸収する受け皿役を果たさせた。だが、これに反し安倍内閣は、司令塔であるべき官邸への人材登用をことごとく誤った。のみならず、守旧派の旗頭である松岡勝利・農水相の起用は、改革路線の放棄を国民に印象づけた。結果は惨憺たるものとなった。
九月十二日、安倍首相が突然、辞意表明し、福田康夫内閣が誕生した。民主党は参議院選挙で大勝した勢いを駆って一気に政局に持ち込み、衆議院の解散総選挙を目指そうとした。だが、日を追うにしたがい、目論んでいた強硬な国会運営にほころびが目立ち始め、同党の政権担当能力に対する不信感が高まってきつつある。一方、福田内閣も「格差」や「地方軽視」のキャンペーンに動揺し、総選挙を意識した腰の定まらない政策に傾斜し、小泉政権の改革成長路線上の諸政策が目に見えて「失速」、「後退」、「逆行」している。
国民は変化を求めてきたし、今も求めている。旧い自民党を政府自民党自らの意思と力で徹底的に破壊し尽くし、国際社会からも評価される構造改革を断行するという変化を、信念と勇気と国民への説明責任とをもって頑固に追求し続けられるのか、それとも、民主党の政権担当能力の有無を問わず政権交代という変化に流されるのか。今、日本世論の背後にエネルギーを蓄積しつつあるマグマは、どちらの道を選択するであろうか。
(初代内閣広報官)
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに (22)<豆まき>
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立春の前日の夕暮れに柊の枝に鰯の頭を刺したものを戸口にたて、夜に「鬼は外、福は内」と言って一家の主が炒り豆を蒔いて鬼を払い邪気払いの後、歳の数に1つ足した数だけ炒り豆を食べ、恵方巻きを恵方に向って頂くと春を迎える気持ちになる。
昔の人は大豆に関しての難しい知識もなかったと思うが、只食べると風邪をひかないと言って食したのである。得てして昔からの行事に使われる食品は土地で採れる庶民的な健康食品であることが多い。
大豆は縄文時代に伝来したと言われているが、「畑の牛肉」と言われているように蛋白質が多く、脂肪、鉄分、カルシウム、ミネラルが多く含まれている。私は大豆を一晩水につけて後コトコトと煮て、昆布を炊いたものとあわせて醤油味をつけたものが好きである。これは日本のお惣菜の典型のような感がする。
大豆の語源は「大きい豆」ではなく「大いなる豆」という意であるらしい。この意のごとく発酵食品の納豆、豆腐、湯葉、黄な粉、醤油、味噌等このようにバラエティーに富んでいて、どの食品も生活に欠かせない食品は珍しい。
奈良時代に遣唐使によって伝えられてと言われている豆腐は中国では麻姿豆腐、韓国ではチゲや豆腐キムチ、その他ベトナムなどでも色々使われている。
私は豆腐料理の中では湯豆腐が一番豆腐らしさを感じる。土鍋に昆布をひいて
上質な豆腐を入れ温まったところで大根おろしや紅葉おろしと柚子やネギの薬味をダシにつけて食すと、心温まる思いがする。このような時に豆腐の柔らかく個性がないような味が大豆の持つ素材の力の為なのか、案外力強くボリュームがある。
京都南禅寺周辺の参道の勧進料理が起源である湯豆腐をその地で頂くと、料理の美味しさに加えて何故か風情があり、湯豆腐の味が一段と素晴らしく思えるのである。
禅寺で年の暮れの大掃除が終わり、一年の締めくくりの時に振舞われるという料理をお茶事の折に出して頂いた事があり、とても印象深かった。薄いお粥に豆腐と鱈の身、白菜やほうれん草が入ったものであるが、禅寺の行事が偲ばれる思いがした。
豆まきに炒り豆として使われた大豆を見て、豆腐や湯葉のように柔らかく美味しく、又見た目も綺麗な食品が出来る事は想像も出来ない。そして、醤油や味噌のような欠く事の出来ない調味料も出来、考えてみると大変な昔の人の知恵であり、日本料理は大豆なしでは成り立たないと言っても過言ではない。遺伝子組み換えなど、騒々しい事が行われている今日であるが、正しく大切な食材を守っていく事は私達がなすべき使命である。
このような素晴らしい大豆を春を迎える準備として使った昔の人の知恵も又アッパレである。
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◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」其の十「お稽古・・・のお話」
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小春日と冬日がランダムに訪れている今日この頃。皆様にはお変わりなくお過ごしでしょうか?
先日、電車に乗っていてこんなことがございました。何気なく乗り合わせた場所が、何とウォークマン等で聞いている音楽の音漏れ洪水状態のまん真ん中でした。左右サンドイッチ状態で、しかも今までに無く半端でないくらいの音量が漏れておりました。暫く我慢しておりましたが、前日睡眠が足りなかったせいも有ってか、遂に耐え切れず、変なおばさんだと思われること覚悟で「済みません、音量下げていただけますか?」とお願いしたところ、その女の子は「済みません・・・」という感じで、すぐに対応してくれました。これに味を占め次は反対隣の男性。この方はイヤーホーン等という生易しいものではなく、しっかりとしたヘッドホーンの類を装着しており、それでもこれだけ音漏れしていると言う事はどれほどの大音量で聞いているかは推して知るべし。案の定、肩をトントンと叩いた私の顔を「は?」という感じで見て、おもむろにヘッドホーンを外すと私の「済みません、音量下げていただけますか?」の言葉に慌てて、これもまた「済みません・・・」という感じで、すぐに対応してくれました。
この間男性も女性もお二人とも無言のまま。私としてはかなり勇気を出して言ったつもりで、もしかしたら口答えの1つもされるかなと思っていましたが、反抗的な態度が全く無かったのは以外でした。それにしても、自分の部屋以外で全く外部の音が聞こえない状況でよく平気でいられるなと思います。回りに迷惑が掛かるという事以前に、自分の耳をふさぐと言う行為自体が、どれ程の情報を聞き逃す事に成るのか、その事の怖さや重要性の方が大事だと思うのですが。まあ今の世の中、聞きたくないこと、見たくないこと、知りたくないことが多過ぎて、自分の世界を大切にしたい気持ち、分からなくは有りませんが、こういう人は生き残れません。自然淘汰されてしまいます。やはり生きていく為の最低限必要な情報は五感+第六感でキャッチして行かなければと思います。
さて、先日お稽古場でお弟子さんたちの会話を聞いていて改めて「稽古」について思ったことがあります。
伝統芸能のお稽古は「月謝」という名の、現代風に言うならば「授業料」を納めて、先生に稽古をつけて頂くわけですが、これは何分教えて貰って幾らという類の物では無く、稽古場に居る時間は総て勉強として捉えるという考え方が基本になっています。「人の振り見て我振り直せ」の言葉通り、自分が習っている当事者でいる時よりも、人が教えられているのを見ている第三者でいる時のほうが、冷静に見られて良く理解が出来る事も事実です。ご注意を受けることはどの人も殆ど同じことで、これは基本的な事を身に付けるという事が如何に難しいか、またその基本が如何に大切かという事の表れだと思います。時間の許す限り稽古場に居ることにより、学べること吸収できることは沢山有るのですが其れも本人の心掛け次第。本人の意識と力量によって、その個人差は大きく現れます。「やらなければいけない事」と「やってはいけない事」は有るようで無く、無いようで有るという禅問答のような世界です。例えば稽古の終わった後の稽古場の掃除等も、絶対に「やらなければいけない事」では有りませんし、勿論「やってはいけない事」では無いのです。
本人が「やろう」と思えば掃除をすれば良いですし、やりたくなければしなくても良い、何故「やろう」と思い何故「したくない」と思うのか・・・、そこにその人、個人個人の学びの資質が見え隠れするのです。
あえて極端な言い方をすると、30分掛けて稽古を付けて貰っている自分以外のお弟子さんの稽古を見ている時間も稽古なら、やっと自分の順番が廻って来たのに、稽古が始まった途端に先生からその日のコンディションの悪さや、集中力の無さを見通されて「今日の稽古は終わり」と言われ、その日は稽古場に座っているだけというのも、立派な稽古なのです。
そこに含まれている深い大切な意味が理解できるかどうか。大切な事だと捉える事の出来る感性を持ち合わせているかどうか・・・。この感性の部分がどうも今の社会に欠けているのでは無いかと思えてなりません。生徒が学校で先生に叱られて廊下に立たされようものなら、授業料を払っているのに授業を受けさせないとは何事だとねじ込んで来る「モンスター・ペアレンツ」等という輩は、そんな心の機微が理解できないどうしようもない現代人の代表でしょう。そんな親に育てられる子供は災難です。
伝統文化を学ぶ大きな意義として、私はいつもお弟子さん方に言うのです。日本舞踊そのものが上手になる事それはそれで良いこと、でもそれ以上に大切なことを、学んでいく課程できっと気付くはずなので、それを大切にして欲しいと。着物を着るだけ、踊りを踊るだけでは無く、その中に存在する先人の納得の知恵や豊かな感性を少しでもお伝えできればと、私も日々勉強中です。
これで貴女も平成見返り美人!!
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7.受講をご希望の方は下記事務局までご連絡下さい。
2月・3月・4月講座開講日のお知らせ
日 程
2月2日(土) / 17日(日)
3月8日(土) / 16日(日)
4月5日(土) / 13日(日)
時 間 !)13:00 〜 15:00 !)16:00 〜 18:00
場 所 〒102-0073東京都千代田区九段北4-3-6
(JR中央線、新宿線、有楽町線、南北線市ヶ谷下車徒歩約5分)
受講料 正 会 員 1回 ¥2,000
賛 助 会 員 1回 ¥2,500
一 般 1回 ¥3,000
お申込/お問い合わせ
NPO法人日本人のアイデンティティを育む会紫(し)薫(くん)子(し)の会(かい)事務局
〒100-0014 東京都千代田区永田町2-9-8パレロワイヤル永田町203
TEL 03−3500−2533 FAX 03−3500−2206
E-MAIL shikunshi21@dream.com
花柳廸薫(はなやぎ みちかおる);
NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会 代表理事
社団法人日本舞踊協会正会員。
兵庫県神戸市出身。三歳より花柳流日本舞踊の手ほどきを受ける。宝塚音楽学校首席入学。宝塚歌劇団退団後、花柳流師範資格を取得。歴史街道推進協議会、関西フォーラムに参加したことを機に、アメリカ(ワシントン、ミネアポリス、ニューヨーク)東南アジア(インドネシア、シンガポール)にて舞踊公演を行うなど、ワークショップや文化交流、結婚式、祝賀会、レセプション等の舞踊活動を中心に、古典に基づく独自の舞踊活動を国内外で行う。平成十七年NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会(しくんしのかい)を設立。日本舞踊のみならず、日常生活から消え行こうとしている日本伝統文化に警鐘を鳴らし、啓蒙普及活動をライフワークとして本格的な取組みを始動。
ご意見箱アドレス; michikaoru@hotmail.com
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◎奥山篤信の映画評論
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1.イタリア映画 「マリア・カラス最後の恋 原題 CALLAS E ONASSIS」☆☆☆☆
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原題通りカラスとオナシスの恋愛映画である。
極貧からたたき上げたオナシスの魅力は、なんと成金といわれようとも強烈に惹かれるものがある。昨今日本の男性が魅力のないのは結局無難な進学コースを進みサラリーマンという安定的な仕事に安住を求めているからである。
あこぎな取引で世間はバッシングするが、オナシスの成功の原点には、生まれ故郷のスミルナのギリシャ村をトルコ軍が破壊、住民がトルコ軍にジェノサイドされ、追い詰められたギリシャ人の女、子供が海に飛び込む惨劇を見ながら知らぬ顔で港に軍艦を停泊していた英仏米の偽善に青年時代の怒りがある。その時自分の人生は自分にしか頼れない、自分で作るということを誓ったのである。
一方のカラスもニューヨークで育った貧しいギリシャ移民の子孫であり、美人の姉と比べて肥満(一時100キロもあった)で見栄えもさえなかった。母親と相性があわず、何かと姉との比較で苛められた不幸な少女時代を過ごし、その為温かい家庭愛に飢えており、本当は平凡な家庭の主婦が理想であったのだ。あるときオーディションでその類まれなる声量と表現力を見出され、その後20世紀最高のオペラ歌手として伝説的地位を確固たるものとした。
カラスとオナシスに共通するものが、自尊心であり、プライドの強さである。自分の考える、感じる通りに生きる、勿論それは才能があってこそかもしれない。しかし祖国愛どころか自尊心さえひとかけらも持ち合わせていない“エリート階層”といわれる戦後日本人をみるにつけ、二人の生命力やギリシャ人としての誇りを強く感じるのである。この映画を観れば、全員二人が好きになるに間違いない。
映画はイタリア映画、監督はジョルジオ・カピターニそしてカラス役はルイザ・ラニエリが演じており、5、6年前の「永遠のマリア・カラス」のファニー・アルダンより「カラス味」がより近い。ジェラール・ダルモンのオナシス役もなかなか嵌っている。
映画は冒頭カラスのオーディションから始まる。いざ歌おうとするとき審査員の侮辱する声が耳に入り、自尊心を傷つけられ退場する。それを追いかけ優しく宥めチャンスを与えるよう審査員を説得するのが夫となる実業家のメネギーニである。そしてカラスのど迫力の椿姫三幕のアリア!!審査員が腰をぬかさんばかりの驚愕。実に観客を期待を持たせてやまない映画としての見事な演出である。そして終始流れるサントラの美しさ、エンニオ・モリコーネかと思うほど哀愁に満ちた音楽、作曲はマルコ・フリシナである。
全てビジネスのため、自分の富と名声のための野心としてしか考えないオナシスの生き方のなかで、知らない事実が多くあり、大変興味をそそる。とくにジャックリーヌとの関係のくだりである。
ジャックリーヌに辟易するオナシスが死の直前、赦しを求めるのために、医者の警告を無視して、カラスが住むパリに出向くが、カラスは会うのを拒否する。オナシスがさびしくロールス・ロイスに乗りこもうとする姿を窓から見つめ「赦してあげるわ。」とつぶやくカラス。オナシスにはその声が聞こえたかのように窓を見上げる姿。そしてサントラの美しいメロディの盛り上がり!これこそ恋愛映画の醍醐味!涙が流れる名場面である。オナシスが利害を離れて生涯たった一度本当に愛したのはカラスだったのである。
そしてカラスもオナシスの後を追うかのように二年後この世を去る。
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2.アメリカ映画「アメリカン・ギャングスター原題: AMERICAN GANGSTER 」☆☆☆☆
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リドリー・スコット監督はいつも観客を失望させない質を維持している。
この映画白人の馬鹿正直な正義漢刑事(ラッセル・クロウ)と南部の黒人差別でニューヨークの黒人街の大ボス・バンピーの側近として犯罪ではあるが黒人の怒りと誇りで巨大な麻薬組織を作り上げた男フランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)の二人の私的な生活も対比しながら二時間半ほぼ観客を集中させるサスペンスで描いている。
冒頭親分バンピーが嘆く。物を売る店はすべてスーパーマーケット、食べ物屋はマクドナルドなどファーストフッド、個性的な店はなくなり大量仕入れによるレジ販売にて、人間の顔が見えなくなった世界そして仲介者というものが無くなってしまった。その嘆きは僕たちが今便利でいて、人の個性や心のない均一化された商店近代化の下昔風の店屋やレストランなどが失われていくことに対する悲哀と通じるものがある。
そこで聡明なルーカスが考えたのは産地直結の麻薬流通システムであった。流通に入り込むルートが単純であればあるほど麻薬の純度も高純度に保てる。さらにその純度への消費者の絶対的信頼を勝ちうるためのブランド・ブルーマジックの確立である。これらは既存の流通でピンハネを享受していたイタリア組織などシンジケートさらには腐敗警察と対決することになる。そこがルーカスは非圧政者たる強みでもある。親類縁者を中心に黒人の仲間の団結を利用したのである。それと黒人街以外の販売にイタリアマフィアと手を握った点である。
二人の名優が白と黒で競演しているが、この映画ではデンゼル・ワシントンの名演技がより目立ったように思える。従来ワシントンは白人に迎合する聞き分けの良い黒人役、どちらかと言えば偽善的な黒人役が多かった。今回はそれではなく被差別に喘いで、それを跳ね返し、冷酷さと残酷さ、そしてネポティズムにより組織を固める孤独な麻薬の帝王としての栄光と挫折を見事に演技しているのである。最後の20分の刑事と麻薬王の激突取り調べ場面は見ものである。死ぬまで贅沢三昧であるが束縛の牢獄にいるのか 或いは 釈放されて素朴な余生を送るか どっちを取るのか!ルーカスは憎くきたかりの腐敗警察官組織を徹底的に暴露し協力した、そして70年の懲役が15年となり、今は釈放されハーレムで貧困ではあるが細々とした生活をしているのである。
尚僕は昨年ハヤカワ文庫の「アメリカン・ギャングスター」を読んだが、この映画の脚本と全く関係ないし、約60ページにわたり「ハーレムの幽霊」フランク・ルーカスの物語として取り上げられているだけであることを付け加える。
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◎奥山篤信のDVD映画評論
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1.イギリス映画「ライアンの娘(Ryan‘s Daughter)」
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僕はこの映画を大学生の頃観た。まだ感性や経験が浅い時代だったのであまり記憶にはなかったのが実情であり、最近アイルランド紛争に興味を持ったのと昨年アイルランドダブリンとベルファストを訪問したこともあり、もう一度じっくり鑑賞しようとDVDを取り寄せた。
冒頭よりアイルランドの美しい断崖絶壁と北大西洋の絵のような美しさ。そして白い砂浜で伊勢海老を採った知恵遅れのマイケル(J・ミルズ)が喜ぶ姿がバランスよく風景にマッチしているのである。次々と美しいアイルランドの景色はコーク地方と推定される。デイヴィッド・リーン監督、フレデリック・A・ヤング 撮影そしてモーリス・ジャールの美しいサントラ作曲、まさにこのコンビは「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」でも同様に映画を総合芸術として観る楽しみを可能にしているのである。
物語は1916年、反英蜂起が失敗して間もないアイルランドでは独立過激派の戦士達がドイツから武器を密輸入して蜂起せんとしていた時代である。この映画はその闘争を描いたものではない。それを背景にロージー・ライアン(S・マイルズ)を取り巻く教師チャールズ(R・ミッチャム)、マイケル(J・ミルズ)、コリンズ神父(T・ハワード)、そして英国軍の駐屯司令官ランドルフ(C・ジョーンズ)などの人間模様を細やかに描いた作品である。
若い女性の性への好奇心、それは尊敬の心とは異なることに気がつかないロージーは年老いた教師と結婚するが、なんという運命の悪戯か、教師が性的不能と判明、満たされない日々を暮らしていた。そこに現れたのはアイルランド住民の憎くき敵である英軍将校である。大自然のなかの、その激しい抱擁、そして密会、不倫を続ける。つかの間の幸せも破局が訪ずれる。思慕の念を抱くマイケルの密告により、不倫が暴露され、ロージーは村八分となるのである。それでも優しくロージーに守ろうとする教師、なおも不倫を続けようとするロージー、ここでリーン監督は神VS人間の性の問題を静かに取り上げているのである。
結局テロリストの陰謀は発覚し一網打尽にされるのであるが、自分の存在がロージーにとって将来を失わせると判断したランドルフは壮絶な爆死を遂げる。これこそがロージーへの永遠の愛の印であったのだ。
アイルランドの輝くように美しい自然が人間のさが(性)を寛容に包み込み、そして残酷に踏みつぶす、美しくも哀しい物語である。マイケルを演技したJ・ミルズはこの映画でアカデミー賞助演男優賞を獲得した。
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2.フランス映画「ひめごと( CHOSES SECRETES)」
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最近上映された「はじらい」のジャン=クロード・ブリゾー監督のこの映画、これほど美しい絵画的な映像の美をみるだけで、猥褻か芸術かの塀の上にあやうく歩くこの監督の才能が分かるのである。
冒頭の場面から最後までセックスという隠微な行為にこれほど美的に表現できる監督はこの監督のほかにだれがいようか!
物語は三文小説的な二人の同棲する女が同時にある会社に志願・入社し、そのなかでオーナー、やり手重役、担当者などを手玉に取っていく物語である。
とにかくンドリーヌ(サブリナ・セヴク)ナタリー(コラリー・ルヴェル)の二人の女性の乱舞が美しい。
性とは何か、その極限に迫り、そして最後は暴力事件に収斂される、この監督ならではの手法には感嘆する。この一見ありふれた俗っぱい物語のなかで、男女の愛の本質、男女の性の本質、近親相姦、など盛り沢山に性の問題とその悪魔性と偽善を散りばめながら芸術的に描いているのである。
この映画はこうだからこうだなど分析的に観てはいけない。この美しい絵画的画像をその素晴らしいサントラとともに情念として感覚として楽しむ映画である。そして人間に潜む原罪までが、この映画の美の中に隠されていることが分かるのである。
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3.アメリカ映画「ブラックホーク・ダウン (Black Hawk Down)」
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流石巨匠リドリー・スコット監督作品である。1993年にソマリアで実際に起こった『モガディシュの戦闘』(米軍(多国籍軍)とゲリラの市街戦)を描いた戦争映画であるが、現代の戦争の問題点を含蓄しており見ごたえがある。民兵を指揮するアイディード将軍が飢餓に苦しむソマリア民衆への国連の食糧支援を奪い取り内乱のための兵器購入にあてている事情に対してアメリカ軍が介入したもので事件である。
「ブラックホーク」とは、米軍の強襲型、「MH-60Lブラックホーク」の事でありこの戦闘で活用された。アメリカ兵戦死者は19人、ソマリア人戦死者は1000人で何のための戦闘であったか、とくに死亡した米兵の遺体が裸にされ、住民に引きずり回されるという悲惨な映像が公開され、アメリカのニュース番組で放映された。(後に身体を切断された状態で発見される。)これに衝撃を受けたアメリカ国民が激高し、ビル・クリントン大統領は1994年、ソマリアからの撤兵を決定した。アメリカの戦争はこの後ハイテク、ミサイルが中心となり、地上部隊の戦闘を躊躇するきっかけとなった。
この映画は難を言えば戦闘場面が長すぎ多すぎやや食傷気味になる点である。戦闘がリアルなのは国防総省が全面協力をしたためである。その結果国防総省が場面のカットをかなり要求してきたという。
スピルバーグ監督の「プライべート・ライアン」と同様にこの映画のテーマは取り残された戦友を救いだすという、どんな戦闘があっても一兵残らず撤退するというアメリカ軍の方針である。
この戦闘ではたった一時間で終わる筈の戦闘が泥沼化し、双方に膨大な数の犠牲者がでた。これは負傷者を救うために次から次と現場に救援部隊が向かうことでさらに負傷者が増えるといる悪循環がある。その犠牲者の数から、いったいこの戦闘はなんのためか?アメリカ人にとって何の意味があるのかとの疑問がでてくるのである。
国防総省がこの映画を全面的にバックアップしたのは、若い兵士が戦場で傷ついたり捕虜になったとしても絶対にアメリカ軍はそれを見捨てないと確約し、戦死者を手厚くその功績をたたえることを主張して世界のアメリカの戦争への兵士の士気を高めることである。
僕はそういうプロパガンダ映画であるとの批評はあるとしても、そこはリドリー・スコット監督のさらに深い洞察がある。
国防総省がカットを要求した税金を使いながらレジャーとして兵器を駆使して猪狩りの逸話はそのまま映画に残った。「地獄の黙示録」のサーフィン場面を連想させる場面である。
強襲作戦を行ったサム・シェパード扮する指揮官ガリソン少将 はこの作戦の全責任を取り、退役したそうである。この映画のこの少将の忸怩たる心理状態、命令を出すだけで戦闘に加わらない自分の立場上としても良心の呵責から血の海となったキャンプの病棟にて、しゃがみながら床の滴る血を布で拭うが、血が拭いきれない場面がある。これこそが巨匠スコットの真骨頂の場面と言える。
男の勇気、命をかけても戦友を守る友情などなど、軍人ならではの男の中の男の世界を美しく壮絶に描いているが同時に主人公が最後にいう「英雄になるため闘うのではない。友を救うために闘うのだ。」という台詞に、ソマリア人同士の内戦に介入するアメリカ自身の自嘲があるように思える。
◎阿川尚之氏の諸君最新号の「自衛隊イラク派遣の貯金はすぐ底をつく。」って何?
この貯金って何?(ある大阪人からの投書)
今度は諸君でまたアメリカ属国というか妾根性丸出しの日本を貯金という形で表現している。一体アメリカの顔色をうかがいその御機嫌を損なわないようにイラク派遣しインド洋給油してきたと言うのでしょう。それでなければ貯金などという言葉など出てこない。アメリカが戦後日本に無理難題を押し付け、日本血と汗の経済マネーを奴隷経済のように吸い上げ、年次要望書で毎年居丈高に要請している現状、この阿川さんて方どうご覧になっているのでしょうか?妾が旦那のご機嫌を伺うように奉仕をし捨てられない様にありとあらゆるサービスをエスカレートしていく、こんな妾国家が日本のあるべき姿と仰るわけでしょうか?
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