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甦れ美しい日本 第156号

発行日時: 2008/1/26

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年1月25日 NO.156号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 > 

◎レギュラー執筆者 
      
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて  149 
2.奥山篤信   ドイツ・オーストリア映画「ヒトラーの贋札 原題THE COUNTERFEITERS」☆☆☆☆☆ 
        ---世の評論家さんよ!これは道徳映画ではなく男の美学を描いた映画である---
3.西山弘道     「小沢民主党の狙いは4月パニック解散」
4.松永太郎    本の紹介  (続き)「戦争の世紀」   ウイリアム・エンダール A Century of War Anglo-American Politics and the New World Order
                William Engdahl  Chase ,England 2004
5.藤岡知夫   最近の演奏会から

◎阿嶋彩子の料理つれづれに(21)<伊勢海老>

◎奥山篤信のミュージック・フライト
 室内楽 1月24日 ウイーン古典派ベスト・セレクション @JTアートホール
 ピアノ 練木繁夫 ヴァイオリン 矢部達哉 チェロ 向山佳絵子

◎奥山篤信の映画評論 
1.フランス映画「シルク 原題SILK」☆☆☆ 
2.アメリカ映画「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」原題: SWEENEY TODD: THE DEMON BARBER OF FLEET STREET   ☆☆☆☆

◎細江英公 人間写真展案内
  第49回毎日芸術賞受賞!!平和へのメッセージ  写真絵巻「死の灰」 
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
  大東亜戦争の真実を求めて  149     
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(補足修正)
本論を欠かさず読んでおられる方から、前号で【当初、既にこの小論に書いた様に、米国は支那事変勃発以前に、既に『義勇軍』と称する米陸軍の飛行部隊を蒋介石に提供していた。有名なシェンノート率いる『フライングタイガー』がそれである】と書いた部分について時系列的に確認して欲しい、というご指摘を頂いた。
 この論文の連載・第35回目に私は次のように書いた。
【東條陸軍大臣は、1941(昭和16)年5月に、米陸軍のクラケット准将一行が、援蒋のために重慶に到着した、と記述しているが、1932年7月には上海にジュエット米陸軍退役大佐率いる9人の米陸軍予備役パイロットを含む極秘の軍事使節団が到着して中央空軍の本格的な育成にとりかかっていたし、1937年5月1日には米陸軍航空隊を退役して中国空軍顧問となったシェンノートも日本経由で大陸に渡っていたから、米国は将来予測される日本との開戦に備えて、日本本土空襲のための「前進基地」建設を中国大陸に計画していたのである。事実、開戦後は大陸から台湾と北九州地方を空襲している。サイパン島が陥落した以降は、太平洋方面からの空襲が主力となったので、大陸の「前進基地」はさほど効果を発揮しなくなったが、昭和17年4月の「ドーリットル本土空襲」時には、空母・ホーネットを発進したB-25は、攻撃後は大陸の航空基地に帰還したから、重要な役割を果たしている】
前号では、この文を意識して書いたつもりであったが、確かに「フライング・タイガー」が支那事変以前に編成されていたかのような誤解を与えたことは訂正しなければならない。
 以下補足説明するが、米国人による「義勇軍的行動」は、このジュエット米陸軍退役大佐一行も第2派要員というべきで、1931年9月18日に始まった満州事変直後の1932年2月、アメリカのシアトルから着いたばかりの最新鋭戦闘機・ボーイング218型X-66Wが上海虹橋飛行場で組み立てられ、米国の民間人ロバート・ショート(陸軍士官学校卒、少尉に任官後民間航空=上海のローニング水陸両用機による郵便輸送任務に就職)によって2月20日に実施されたテスト飛行時に既に「実践」されている。この日、上海事変に参加していた日本海軍の空母「鳳翔」から飛び立った3機の3式艦上戦闘機に見つかり空中戦になったのである。日本軍の爆撃で犠牲になっている中国市民を見ていた米国人の彼は“義憤に駆られて”敢然と日本軍機に挑みかかった。
そして22日、この日ショートは、空母「加賀」艦載機の3機の戦闘機に掩護された3機の13式艦上攻撃機が飛来するや、直ちにスクランブルして要撃した。この戦闘で艦攻の小谷大尉が機上戦死したが、ショートは掩護していた3式戦に撃墜される。米国人パイロットのショートは「試乗員(テストパイロット)」であり、彼の空戦と戦死は上海の中国空軍の知らぬ間の出来事であったが、彼は死後「中国空軍大佐」の称号と、米国から母親と弟が招かれて「国葬」が執り行われている。
この戦闘後、中国機のパイロットが米国人であったことが判明したが、日本側が何らかの対米措置をしたという記録はない。むしろショートを撃墜した生田大尉が戦後の1977年に渡米してショートの弟、エドモンドと感激の対面をしたという武士の国?らしい“美談”は残っている。
誤解を恐れずに書くとすれば、上海事変で日中相戰っていたとき、撃墜した中国軍戦闘機のパイロットが米国人であったことが判明した時点で、わが方は中国側に問い質すべきであったろう。今で言えば外交問題に発展させるべきであった。
朝鮮戦争でも、中国のマークをつけて戦闘に参加したソ連軍パイロットは、スターリンから鴨緑江以南に出ないように厳重に注意されていて、米軍からは鴨緑江以北の空域は「ミグ横丁」と称されていた。ソ連パイロットが操縦していることをソ連は米国側に秘匿したのである。
このような国家として当然検討されるべき問題が、どうしたわけか当時の我が国では等閑視されていたような気がしてならない。外交ベタ、国際関係に疎かったといってしまえばそれまでであるが、日中戦争の重大場面に「米国人」や「ソ連人」パイロットが中国側を支援して参加しているという情報は、その後の情勢に重大な変化をもたらすという認識が欠如していたとしか思えない。
シェンノートによる「フライングタイガー」は、米パイロットのいわば対中支援第3派だったといえる。彼は1937年4月30日に米陸軍を退役し、翌5月1日に月給1000$という破格の給料で中国空軍顧問として米国を出発、5月中旬には神戸に入港し、“敵国日本”で数日間情報収集したあと上海に上陸している。
そして彼(中国名:陳納徳将軍)の上司は、蒋介石夫人の宋美齢であった。したがって、ご指摘どおり、彼は支那事変以降の“助っ人”だったというべきで、事変直後に大きく貢献したのは、1937年8月29日に締結された中ソ不可侵条約によるソ連からの援助であったことは明白である。
ソ連空軍の戦闘機2個大隊、爆撃機2個大隊、中国空軍向けを含めて400機に上る「青天白日マーク」をつけたソ連機の戦闘参加は、日本軍にとっては大きな壁であったが、陳納徳将軍(シェノート)は、「ソ連空軍パイロットの質はあまりよくなかった」と回顧している。 (ご指摘に基づく修正終わり)     (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 ドイツ・オーストリア映画「ヒトラーの贋札 原題THE COUNTERFEITERS」☆☆☆☆☆ 
 ---世の評論家さんよ!これは道徳映画ではなく男の美学を描いた映画である---
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本年度アカデミー賞外国映画部門にノミネイトされているそうだが、僕はそれを確信する。この映画がヒトラーの偽札作り「ベルンハルト作戦」描いて、ヒトラーのユダヤ人虐殺とともにユダヤ人を利用しての贋造作戦について世に暴きだすという観点で捉えるとつまらない。実際日本のマスコミ・ジャーナりズムはその方向での一辺倒である。

この映画は偽造書類や偽札作りの天才である悪党サロモン・ソロヴィッチ(カール・マルコヴィクス )の粋でいて任侠的な生き方を描いているのである。

ドイツ・ザクセンハウゼン強制収容所にてSS指令でのユダヤ人を使った贋造工場、ここでの特殊技能を持ったユダヤ人は通常のユダヤ人に比べて格段に良い環境に暮らす。特殊職人であるだけに代役がいくらでもいるというわけではなく、収容所の扱いも異なるわけである。特殊技術がある限り殺されない、ただそういうオペレーションが終了すれば証拠隠滅として殺される運命にある。だから生き延びるためには「牛歩作戦」が功を奏するのである。

映画の冒頭とフィナーレはモンテカルロのオテルデュパリが舞台である。ひとりの風采の上がらないが眼光鋭い男が終戦直後、場違いのホテルにチェックインするところから始まる。この男がソロヴィッチである。
なにやら偽札くさいドル札束を黒い書類入れに詰め込んでいる。200ドルを保証金としてデポジットしたのち、ホテルでカジノ用のタキシードその他を仕立てる。そしてカジノに現れ、このドル札束を金庫に入れる。
部屋には収容所のたまりにたまった垢を流すかのようにコールガールを呼びこんで飢え切っていた肉欲を満たす。女は収容所の囚人番号の刺青を目ざとく見つける。憐憫の情で金は要らないというが、男は受け取れとそれを拒絶する。

映画は冒頭よりコンチネンタルタンゴの洗練されたリズムがバックに流れる。カジノでの賭博は一人勝ちでチップが山のように積もる。

そこから回想場面が始まる。贋金つくりとして夜の帝王の活躍。おとり捜査にひっかかりベッドイン中に御用となる。そしてユダヤ人としてマウント・ハウゼン収容所へ死の旅路へと送られる。
絵のうまいのが認められSS将校の肖像画や家族の肖像画書きとして「食いぶち」を得る。ある日突然ザクセンハウゼンへ移動を命じられる。贋金つくりの工場に徴用されるためである。そこで多くの専門家と共同作業する。生き延びるためにはどうすればよいか、同胞のユダヤ人の軽挙妄動を抑えつつ、サボタージュもしながら自らの特殊技能を武器に「ベルンハイト作戦」に時間を稼ぎながらも生きていこうとする。

ブルガー(アウグスト・ディール)という印刷技師はこの中で徹底抗戦を主張しサボタージュする。当時の技師で生き残ったアドルフ・ブルガー(90)は「ナチスドイツの悪行を若い世代に語り継ぎたい」がこの原作を書いたが、「カッコいい正義の味方」としての自分をモデルとしているのである。

この原作を発表した2007年、すでに当時の生き残りは彼だけ、まるで死人に口なし。自分だけが正義の味方であり、SSと闘ったかのように嘘で固めたと想像することは容易である。SSに古着を与えられたらそれはガス室で死んだ同胞の古着と受け取らない。彫り刀でSSと闘おうとか、サボタージュを徹底しようとかまるであり得ない話なのである。そんな本物の正義漢ならとっくにSSに殺されていた筈である。監督もこのブルガー神話に見透かしているのか、このブルガーが必ずしも英雄として描かれていないところに観客は気付いているだろうか。

そして終戦となりドイツ軍は逃げ出した。偶々ソロヴィッチが、SS将校が隠していたドル札を持ち出そうとしたところに遭遇し、奪い取ったものこそが冒頭のアタッシュケースの偽札なのである。

そして場面はモンテカルロの賭博場。山のようなチップをそばに置いて、大勝負、手はフォーエース相手はフルハウス、なんと勝っているのに降りてしまうのである。そして金庫から全ての金をとりだすソロヴィッチ、それを賭けまくり、あっさりと全財産を失う。

ソロヴィッチにはあの血と汗で偽造したドル紙幣、それはユダヤ人収容者そのものなのだと罪悪感が心によぎったに違いない。こんな金は、手離れよく社会に還元せよ、賭博場で全部負けてしまえと、敢えて負けるのである。

そして女と海辺でタンゴを踊る。この場面こそ最高の見せ場であり、物語の真骨頂なのである。女の心配をよそに、金などまた簡単に自分で造れると。この任侠心こそ男の美学なのである。やれナチスに抵抗したやら、やれ偽札実現を遅らせたやら後付け議論はやめたまえ!いかにも自分たちが収容所で良い暮らしをしていたことを正当化しようとするブルガーをはじめ偽善と欺瞞に満ちた輩どもよ!人間として仁義と任侠道で、苦しい環境でその日その日を同胞を慮り、寡黙の優しいまなざしで生き延びた親分ソロヴィッチこそ監督が描きたかった男の中の男なのである。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
 「小沢民主党の狙いは4月パニック解散」
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 民主党がまたミステイクをして、戦略を修正している。ガソリン25円値下げ戦術が「ポピュリズム=大衆迎合」との批判を浴びているため、道路特定財源の一般財源化に戦術の力点を変えようと修正しているのだ。特に民主党批判を強くしているのが、暫定税率延長廃止で交付財源が9千億円も削減される地方自治体で、民主党内部からも県議など地方議員の間から造反の動きが出ている。ガソリン値下げは都市住民からは喝采をあびるだろうが、地方を敵に回すことになり、民主党も予想以上の地方の反発にやむなく戦術を修正したのだ。

 ガソリン値下げ戦術を考えたのは勿論、何でも自民党内に混乱を起こして政局に持ち込み、自民党を解散総選挙に追い込みたい小沢党首であり、それも4月に照準を合わせていた。この知恵を小沢氏に吹き込んだのは、暫定税率が施行された田中角栄内閣の時、首相秘書官をしていた大蔵省出身の民主党現税制調査会長、藤井裕久衆議院議員である。藤井氏は終始、小沢氏の側近の立場にあり、今回も道路行政を知悉しているところから、小沢氏に知恵を与えたのだ。

 小沢氏の思惑としては、暫定税率延長を阻止してガソリン税を一時的にでも値下げさせるとともに、他の予算関連法案を参議院で否決し、政府与党に混乱を生じさせることであった。その結果、与党側が危機感を煽り立てている“4月パニック”が起きることになる。
例えば、オフショア市場優遇税制が停止された場合、1日40兆円の取引がある市場が混乱にさらされ、国際的な影響が出る可能性がある。また、食肉や乳製品にかかる関税が優遇枠から撤廃される結果、値上がりして国民生活に影響が出てくるかもしれないという。

小沢氏らはこれらのパニックを招いたのは政府与党だとして、福田内閣を窮地に追い込み、
解散総選挙に至らせるという戦略を描いている。

 与党はテロ新法と同様、3分の2条項を発動して予算関連法案を再可決させるだろうが、時間的には再可決は4月上旬までずれ込むだろう。つまり、4月初めの1,2週間は本予算も暫定を組み、ガソリン税も一時的に下がるなど混乱が生じる可能性がある。国民生活も混乱するわけだが、その時、世論は与野党どちらに向くかだ。

 小沢氏が洞爺湖サミットの7月以降ではなく、4月に解散総選挙を是非とも行わせたいのは、実は大きな理由がある。それは福田首相に解散総選挙をやってもらいたいからなのだ。

 サブプライムの世界的株安、経済危機の中で、福田内閣も3月末年度末の政治的混乱、それに5000万件の“消えた年金”統合の公約違反で、支持率低下はさらに加速するだろう。たとえ“4月パニック”を乗り切ったとしても、洞爺湖サミット後の解散総選挙はとても福田氏の顔では戦えない、別の顔でという声が高まるかも知れない。麻生太郎新政権で選挙を、という声もちらほら聞こえてくる。そうなると困るのが小沢氏なのだ。

 小沢氏の頭からは、いまだに“大連立”という命題は消えていないと推測している。民主党幹部の一斉反対を前に、涙を流してまで否定した“大連立”だが、小沢氏の今後の政治的生き残り、今後の政治生命にかけても選択肢は“大連立”しかないのだ。そのためには福田首相以外の政権ではだめなのだ。

 小沢代表の選択肢の中には今、4月解散しかないのである。
 
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎 
 本の紹介  (続き)「戦争の世紀」   ウイリアム・エンダール A Century of War Anglo-American Politics and the New World Order
                William Engdahl  Chase ,England 2004
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 「戦争の世紀」には、いろんな興味深い人物が登場する。今回は、別の本の紹介も兼ねて、書いてみたい。
 
 私たちは、歴史というと、だいたい権力者、現代史で言えば、政治家の動きを中心に学んでいる。ルーズヴェルトとかチャーチルというと、誰でも知っているし、彼らがやったことも知っている。そうでなければ「ナショナリズムの動き」とか「民族独立への動き」とかの「動き」が主体である。しかし20世紀の歴史で言えば、政治家、軍人と同じようにパワフルな人間のことが、見逃されているようである。ここでパワフルというのは、影響力の大きな、という意味である。
 たとえば、モンタギュー・ノーマンという人がいる。彼は1920年から44年まで、
20年以上の長きにわたって「イングランド銀行」の総裁であった。この人間が、本当は何を考え、何をしたのか、というのは、歴史家にもよくわかっていないようである。インダールは、そこに切り込んでいる。今後、ますます、こういう歴史家(つまり政治や経済や社会を総合的に見る歴史家)がふえるだろう、と思われる。その一人が、ワシントン大学の政治経済学の助教授ジャコモ・プレパラータである。(「ヒトラーを操る」“Conjuring Hitler”Giacomo Preparata、2005、London)。この本も、ひじょうにおもしろい。
ここでは、プレパラータによってモンタギュー・ノーマンの履歴を読んでみたい。 
モンタギュー・ノーマンは、1871年に、銀行家の家系に生まれている。彼の父方の祖父は、イングランド銀行の頭取(ディレクター)であり、母方の祖父コレット卿は、総裁(ガヴァナー)であった。純粋培養されているようなものである。むろんディレクターよりもガヴァナーが上で、頭取会をおさめるのがガヴァナーである(訳語が間違っていたら、ごめんなさい)。
英国の歴史や文学を読むと、つくづく「統治層」というのが存在するのがわかる(「おお、英国の子息たちよ」とヴェルディは「仮面舞踏会」で歌っている)。彼らは、いわゆる「名誉革命」以降、あまり変わっていない。お互いに同じ「パブリック・スクール」(イートンかハロウ)に行き、同じ大学(ケンブリッジかオクスフォード)に行き、同じクラブに属し、お互いの父も母も祖父も祖母も知っている。お互いに、しょっちゅう、あら捜しをしているが、外へ向かっては一致団結するのは、イギリスの探偵小説やスパイ小説を読むとよくわかる(わかったからといって、別にどうということはないが)。
モンタギューもイートンへ行ったが、あまりなじまなかった、とプレパラータは書いている。ケンブリッジに進学したが、中退し、アメリカの銀行「ブラウン・ブラザース」のロンドン支店(「ブラウン・アンド・シプリー」)に入った。母方の祖父、イングランド銀行総裁、マーク・コレット卿の引きによるものである。「ブラウン・ブラザース」は、風とともに去ったアメリカ南部の綿花の75%を英国の工場の運んでいた、という。
この「ブラウン・ブラザース」というのは、今、イラクで復興事業の請負をしている「ブラウン・アンド・ルート」と関係があるのだろうか。もちろんそうである。この「ブラウン・ブラザース」は、少し前までは、社名の最後に「ハリマン」とついていた。「鉄鋼王」ハリマンである。
戦後のCIAの最大の実力者だったジェームス・アングルトンは、鉄鋼王ハリマンの息子で、何度か駐ソヴィエト大使をつとめたアヴェレル・ハリマンを「ソヴィエトのスパイ」とよんだ。CIAのカウンターインテリジェンスの長がそう言ったのである。だんだん「陰謀史観」に引き込まれそうで、おっかないが、もう少し、続けてみたい。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
最近の演奏会から
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5.藤岡知夫 
 最近の演奏会から
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モーツアルト作曲「フィガロの結婚」、演奏 プラハ国立歌劇場歌手団、合唱団、及び管弦楽団、指揮 ヨセフ・プルーデク、1月11日、武蔵野市民文化会館

 プラハ国立歌劇場と言えば、ウィーンでの初演が不評だった「フィガロの結婚」を大好評で迎え、フィガロに引き続き、「ドン・ジョバンニ」の作曲を依頼し初演した場所である。そのプラハ国立劇場の公演が、9000円で観れるというのであるから、武蔵野市民文化会館は素晴らしい。しかもNHKホールや文化会館の半分程度のホールであるため、2階の後ろの方でも舞台は近く、声も十分な大きさで聴くことが出来る。
 ところで「フィガロの結婚」は、後に続く「ドン・ジョバンニ」などと共に、ベルディやプッチーニなどのイタリアオペラ作家の作品と大きく異なり、モーツアルトが圧倒的な天才であったことを示している。
 通常のオペラでは主たる登場人物、主役はソプラノ、テノール、バリトンがそれぞれ1人ずつ、オペラによってはメゾソプラノとバスがもう1人脇役として配される設定である。しかしフィガロの結婚では実に9人ものソロ歌手が登場し、フィガロとスザンナが中心となって話が進んでいくので出場の場面は多いが、全体の音楽としては、9人がほぼ対等で全員がアリアを2曲ずつ歌う設定になっていて、他の作曲家のオペラと決定的に違う。そしてアリアにしろカバティーナにしろ、全てが美しく楽しく、バルバリーナなど全体の劇の中ではほんの端役であるが、最後の場面で誠に美しいアリアを歌う。
 歌劇の筋は、どたばたの馬鹿馬鹿しい喜劇で、アルマビーバ伯爵の家来フィガロと伯爵夫人のお付き女中スザンナが結婚しようとするときに、伯爵が家来に対して持っていた初夜権、初夜は主人の伯爵が一発やれるという権利を一度は放棄したと言いながら、なんとか行使しようとする。フィガロの方もマルチェリーナという婆さんから借金をし、金が返せない場合にはマルチェリーナと結婚しなければならないという誓約書を持ち出されて窮地に陥るが、自分と結婚しろと迫っているマルチェリーナの息子であることが判り、まずはめでたし。更にスザンナが、伯爵の望みを叶えてやるとサインを出しておいて、暗い逢い引きの場面で伯爵夫人とスザンナが入れ代わって伯爵をとっちめ、最後は全てめでたしめでたし。始めから終りまで馬鹿馬鹿しい会話が、世にも美しいモーツアルトの音楽に乗って流れるが、二人のソプラノ伯爵夫人とスザンナが、伯爵を騙す手紙を書く手紙の二重唱など、人間が作り上げた芸術の中でこれ以上美しいものはないと私は思っている。
 このオペラ公演の歌手陣は、未だ無名の若手ばかり、スザンナを歌ったカテジナ・クニェジーコヴァニは美しいソプラノで、最後のアリア「行け行け恋人よ」など素晴らしかったし、伯爵夫人ヘレナ・カウポヴァーも良く、手紙の二重唱も美しかったし、ケルビーノのメゾソプラノ、クリスティーナ・ハマーストレームも、ボーイッシュな体型で歌も大変良かった。しかしフィガロのアダム・プラヘトカは女声陣に比べると大分落ち、伯爵ももう一つ。チケットの価格を考えれば全て良いとせねばならないであろう。

水野修孝「美女と野獣」日本オペラ協会公演、1月13日新国立中劇場

 作曲者の水野修孝は1934年生れで1961年東京芸大卒なので私とほぼ同年代、芸大で柴田南雄等に現代音楽、民族音楽を小泉文夫、ジャズを渡辺貞雄と各ジャンルの最高の人達から多方面の音楽を学んでいる。このオペラは初演が1989年で今回が3回目の公演であるが、保守的な私が観てもなかなか見応えのある作品であった。
 場面設定は日本の戦国時代で、ヒーローの城主月影雪之介は、メフィスト(ヨーロッパから移住してきたのか)に魂を売り、そのため戦いは連戦連勝で自分の城と領地を守っているが、角が生え大きな牙が剥き出し、野獣の顔になっている。この野獣の城主が、古き日本女性の典型のような美女、優しくて淑やかで主人思いの絹を愛し、何とか自分に心を開かせようと、あらゆる手を尽くす。絹は野獣が自分に対しては誠に優しく、立派な心の持ち主であることは理解するが、自分の母親を襲った狼と同じ牙を生やしているため、どうしても心を許すことが出来ない。そこでメフィストは、最終的に絹が野獣の心になびけば、元の月影雪之介に戻して全ての魔法を解くけれども、もし自分が勝てば、野獣のみならず絹の命までもらってしまうという賭けに合意させる。そして最後近くに絹が自分の父親が重病だと知らされ、野獣の元から姿を消し、メフィストが勝ったと思われたが、土壇場で燃える城の中に絹が野獣と共に現れ、野獣と絹の勝利となって、めでたしめでたしとなる。情緒的な場面では美しい音楽が流れ、メフィストが現れる場面では、ジャズの荒々しい音で、
日本民謡みたいなのが流れる場面もあり、舞台も赤を基調の派手な場面からしっとりと暗い場面まで激しく入れ代り、観客を飽きさせない。日本の現代音楽を代表するオペラであると認めたい。
 絹を歌った主役の斉田正子は、私が21年前青山にサロンを開いた記念パーティで乾杯の歌を歌ってもらって以来の友人で、偶然のことから、彼女の父親は著名な昆虫学者で、私とは旧知の仲、彼女の夫もクワガタムシを集めていて、話が合う。23年前藤原歌劇団のトラビアータで素晴らしいデビューをした後、あまり多くは出演の機会に恵まれていなかったが、久し振りで素晴らしい歌声を聴いた。競争の激しいソプラノ歌手の中でも、世界のA級として通用するだろう。野獣三浦克次のバリトンも良く、全ての面で世界の第一級オペラ公演であった。

歌劇評 ワーグナー作曲タンホイザー、チェコブルノ歌劇場

 1月17日、プラハ歌劇場のフィガロの結婚を観た6日後に、同じ武蔵野市民文化会館で同じチェコから来た別の歌劇団、ブルノ歌劇場のタンホイザーを観ることになった。ブルノはチェコ第二の都市で、武蔵野市という日本の小さな都市の劇場に、チェコのナンバーワンとナンバー2の歌劇団が一週間のうちに両方とも現れ公演を行ったわけで、日本は大変な国であると言わざるを得ない。
 チェコと言えば極めて高い音楽文化を持った国であることは、既に述べたが、ブルノ歌劇場の公演も、世界ナンバーワンという訳ではないけど、Aクラスの立派な公演を聴かせてくれた。歌手陣もまずは立派なもので、特に素晴らしかったのはエリザベートを歌ったソプラノのダナ・ブレッショワー。チェコ出身の若手で小柄ながら美しく強い声で、一幕の歌合戦で、タンホイザーがビーナスを讃えて全員のひんしゅくを買い、他の歌手達から、非難されて詰め寄られる場面で、その男達をエリザベートが制し、懺悔し悔い改める場を与えるべきだと諭す場面など、誠に堂々たる貫禄であった。ウォルフラムを歌ったウラディミール・フメロもチェコ出身の若手バリトンで、一幕の歌合戦、三幕の有名な夕星の歌など、朗々とした誠に美しい見事な歌唱であった。やや残念なのは、肝心のタンホイザー、ヘンドリック・フォンク。彼だけはオランダ出身で、ヨーロッパではかなり活躍しているようで、それなりに立派な歌いっぷりではあったが、他の歌手達に比べると、若干の力の差は否めまい。しかしワーグナーを歌うヘルデンテノールは世界でも極めて数が少なく、この程度であれば、十分に満足しなければいけないのだろう。
 舞台には殆ど何も置かず、黒い垂れ幕をバックに、チェコから持ち込んだのであろう、歌手達が着る衣裳が赤、青、緑とヴェロネーゼの絵から抜けだしてきたような、しっとりと落ち着きのある原色で誠に美しかった。
 歌劇の演出とは、音楽を更に美しく楽しく聴かせてくれれば良いのであって、この公演の演出は金もかかっていないし、ベストな演出と言って良いであろう。
 タンホイザーは昨年の4月の小沢の公演から始まって11月の新国立劇場、そして今回と、9ヶ月の間に3回観たが、この他に実は11月に来たドレスデン歌劇場のばらの騎士とタンホイザーのチケットを2枚ずつ買ってあったのだが、妻が重病になり、オペラのことなど忘れてしまっていた。今になって高い切符だし、1年に4回タンホイザーを観れたのに、惜しいことをしたと思っている。ところでその3回のうち、最も金をかけて立派な歌手を揃えたのは勿論小沢の東京オペラの森である。しかしその演出ときたら、歌合戦を絵の争いに代えてしまい、舞台に汚い絵の具をべたべたなすりつけたり、反吐の出るような舞台であった。いくら世界一流の歌手を揃えても、あんな汚い舞台を見せられたのでは、観た後で不愉快さだけが残る。3つの公演の中では圧倒的に素晴らしかったのは、今回のブルノ歌劇場による武蔵野公演で、圧倒的に不愉快で悪かったのは、東京オペラの森の小沢の公演である。
値段はチェコブルノ歌劇場は1万と800円。オーケストラも勿論50人以上、チェコのオーケストラは伝統的には素晴らしく、立派な音を出していた。ソリストも勿論全員、合唱団も50人以上。更にはバレエのダンサーも10人ほど居て、幕毎の要所に出て来て踊った。これだけの大所帯を日本に連れてきて、よく1万円で見せられるものである。これに対して小沢など4万円も取られた上に不愉快な思いだけさせられるのだから、石原慎太郎も都民税を使ってとんでもないことをやってくれたと、大きな声で文句を言わなければならない。

プラハ交響楽団

 ブルノ歌劇場のタンホイザーを聴いた翌日の1月18日、同じ武蔵野市民文化会館で同じチェコから来たプラハ交響楽団のコンサートを聴いた。チェコではチェコフィルが圧倒的に有名で、ベルリン、ウィンと並んで、世界の3大オーケストラに数えられている。プラハ交響楽団もチェコフィルと同じという訳にはいかないが、オーケストラのレベルの高いチェコらしく素晴らしい音を出していた。指揮のイルジー・コートはチェコ出身、私も既に何度か聴いていて、今や大指揮者である。曲目はチェコの代表的な作曲家スメタナの代表作、交響詩「我が祖国」で、この曲はほぼ独立した6つの曲から成っているが、第二曲のモルドウが特に有名で、これだけ独立して演奏されることも多くある。気持ちよく音楽に酔うことが出来たが、実は私はチェコというのは大好きな国で、何度も行ったことがある。
 チェコ訪問の理由は、チェコのサイエンスアカデミーで、私の主たる研究テーマと同じ、化学反応を使ったレーザーの研究をしているからで、その指導者コディモバ女史とは個人的にも親しいが、更に1990年であったか、チェコ出身でアメリカを中心に活躍していた大指揮者、ラファエル・クーセビツキーが、チェコに帰国して指揮者コンクールを主催し、そこに愚息が参加して最後の4人のファイナリストに残った。(この年は1位2位は空席であった。)
 第二次大戦後チェコは東側に組み入れたため、ロシア共産主義によって酷い戦後を味合わされたが、第二次大戦前はドイツに並ぶ工業先進国で、高い文化を誇っていた。
 ソ連の圧制下でも自由主義に戻ろうと、プラハの春を歌おうとしたが、ソ連の戦車に押し潰されてしまった悲劇は痛々しいものであった。
 1990年ベルリンの壁が壊れた時に、偶々私がいたプラハに、東ドイツから多数の若者が逃げてきて、バーで一緒に酒を飲み、これからの世界を語り合った思い出も懐かしい。
 この大好きなチェコから3つもの優れた音楽グループが武蔵野に来て、同じ一週間の間に演奏を聴かせてくれるとは、誠に日本は素晴らしい国であると嬉しくなった。

新国立劇場1月24日

 ラ・ボエームはプッチーニの代表的なオペラの一つと言うより、イタリアオペラの代表作の一つと言ってよいであろう。舞台はまずパリのうらぶれた屋根裏部屋から始まる。画家、詩人、音楽家、哲学者と若い芸術家の卵4人が共同生活をしているが、みな酷く貧乏で、寒い冬であるというのに、ストーブに薪もない。クリスマスの夜であるが、そこに音楽家のショナールが偶々アルバイトで稼いで食料を持って帰る。そして皆でカルティエ・ラタンに繰り出して一杯飲もうということになるが、たまたま詩人のロドルフォが一人後に残ったところへ、階下に一人で住む少女ミミが蝋燭の火を貸してくれと言ってやって来る。しかしミミは自分の部屋の鍵をそこで落としてしまい、ロドルフォはわざと自分の蝋燭も消して手探りで二人で鍵を探し始める。そしてロドルフォはミミの手を取り、今出会ったばかりであるのに、口説き始める。ここで二人で歌うアリア、ロドルフォの「冷たい手」はイタリアオペラのテノールの代表的なアリアの一つであるし、それに応えてミミが歌う、「私の名はミミ」もイタリアオペラのソプラノを代表するアリアの一つである。
この日のロドルフォは日本を代表するテノールの一人佐野成宏、ミミはスペイン出身でヨーロッパで活躍中のマリア・バーヨ。このミミは、声に少し柔らかさが足りないと言う恨みはあるが、小柄で可愛らしく声の美しさと言い声量と言い、素晴らしく申し分がない。私の横で双眼鏡で観ていた友人によれば、美人ではないと言っていたが、やや離れて舞台を観ていれば、申し分なく別嬪のミミであった。二人で一曲ずつアリアを披露した後、たちまち意気投合し、恋人同士となってしまい、手に手を取り合って部屋を出ていく時のアモーレアモーレの二重唱は、声が次第に遠離って行く、誠に美しい場面であるが、そんなに簡単に若い女がナンパされてしまうようなパリになど、音楽や美術で留学したいという娘を抱える父親が観たら、絶対に行かせないであろう。
 演出を担当した粟国淳はローマのチェチリア音楽院でバイオリンと指導を学び音楽の基礎を持っており、古典的で写実的な誠に美しい舞台を作ってくれ、聴衆の目も楽しませてくれた。二幕はカルチェラタンのどんちゃん騒ぎ。大勢の雑踏の中にピエロを乗せた車が現れたり、舞台で劇を進行させながら建物を動かしたり、一昨日に観た武蔵野市民劇場のオペラの舞台に比べれば、もの凄い金がかかっている。このように西洋並のオペラ劇場を用意した日本の実力と関係者の努力には頭が下がる。日本と西欧の文化を比較して嘆いていた永井荷風などが、もしこんな舞台を観たら、涙を流して喜ぶだろう。
 雑踏の中から画家のマルチェツロの別れた元恋人ムゼッタがパトロンと共に現れ、これも代表的なソプラノのアリアであるムゼッタのワルツを歌い、パトロンの爺さんを追っ払ってたちまち縒りを戻してしまう。マルチェッロを歌ったドメリコ・バルザーニはイタリアサルジニア島出身の若手で、大変素晴らしい声で、舞台を支えた。ムゼッタの塩田美奈子は日本のソプラノの実力者で、この日は勿論悪くはないが、もっと艶のあるよい声であったはずであると、若干首を傾げた。
 第3幕は雪降る寒い冬の朝で、舞台全体を薄い膜を下して少しぼやかして見せ、これがまた素晴らしかった。この場面ではミミとロドルフォ、ムゼッタとマルチェッロの二組のカップルが、痴情喧嘩の末に別れてしまうのであるが、ミミが重い結核にかかっているということが明らかになる。
 第4幕は第1幕と同じ屋根裏部屋で、芸術家の卵の4人がドンチャン騒ぎをしているところへ、ムゼッタが道で倒れていたミミを連れてやって来る。ミミは酷い咳をして、結核も既に重傷なのだが、金がなくて医者にもかかっていない。そこで、ムゼッタは自分の指輪とイヤリングを外して売って薬を買い、医者を呼びに行く。哲学者のコッリーネも「私の外套よ、さらば」というちょっとしたアリアを歌って、ミミのために役に立ちそうなものを買うために、自分の外套を売りに外に出ていく。そして皆が席を外し、ロドルフォとミミを二人にし、最後の愛の語らいが始まる。
 このオペラに登場する人物は全て、皆極貧の生活をしているが、人が良く、互いに仲が良く、助け合い、ムゼッタも浮気女ではあるが、本質的にはお人好しで、他人思いの女性である。悲劇の型通り、最後にミミが死んで終わりとなるが、芸術に対する高い志を持ちながら、極貧の生活を続けている若いボヘミアンが、労り合い助け合う、人間関係の暖かさを、プッチーニの美しい音楽が彩って観客を酔わす。
 ボエームは私も過去10回以上観ていて、その中でこの舞台は仲々良い方ではあったが、何と言っても想い出に残るのは、20年ほど前、パリのオペラ座で観たパヴァロッティ主演の舞台である。私のボスの秘書をしていた、東大の経済を出てハーバードに留学していた可愛い才女と、私が応援していたパリ在住のピアニストをパリのナンバーワンのホテル・クリヨンで見合いをさせた晩であった。
 見合いというのはなかなかスムースには行かないものであるが、この晩は誠に上手く、二人は息が合い、食事が済んだらデートに行く事になったが、私はオペラ座のボエームを観たらどうかという話になった。しかし勿論パヴァロッティが出るボエームなど、チケットは売り切れ。そこで「切符一枚求む」と紙にフランス語で書いて、彼女を劇場の入口に立たせたのである。日本の若い美女が切符を求めているというので、すぐにフランスの若い男が寄ってきて、切符を1枚譲ってくれた。そこで私は彼女からその切符をもらい、オペラを観たのであるが、彼女に切符を売った隣の男は、日本の若い女性に売ったつもりが、薄汚い男がきたので、いやな顔をして私を見ていた。
 パヴァロッティはこのボエームや、リゴレットのマントヴァ伯爵など、テノールの中でも強い高音域を必要とする軽い役をやらせたら、カルーソー以来のオペラ史上最も素晴らしいテノールであろうと私は考えているが、歌はいくら素晴らしくても、何分あの腹が突き出たデカイ体型では、悲劇の主役としては誠に相応しくない。半分目を瞑って聴いていた事を思い出す。

藤岡知夫(ふじおか ともお);
昭和35年慶應義塾大学工学部電気工学科卒
昭和40年同大学院工学科博士課程終了 工博
昭和54年同大学教授に就任
平成2年東海大学開発技術研究所教授に就任
平成6年東海大学理学部物理学科教授に就任
平成12年財団法人応用光学研究所理事長に就任
専攻 レーザー工学 レーザー物理学
著書に
「レ−ザ−がひらく21世紀」(三田出版会、1990年)
「光・量子エレクトロニクス」(オ−ム社、1991年)
「オプティカルパワ−」(裳華房、1994年)
趣味の蝶関係では「日本産蝶類大図鑑」(講談社、1976年)
「蝶の紋」(河出書房新社、1973年)
「日本産蝶類及び世界近縁種大図鑑」(出版芸術社、1997年)など13冊。
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(21)<伊勢海老>
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祝い事の折、真っ赤な伊勢海老の二本の角がピンと伸びている姿は格別である。これを見ると本当にこれから素晴らしい事が始まるようなオメデタイ気持ちがする。

私はお正月や家でする祝い事の時には築地の決った店で求めて、生きているのを茹でるのであるが、その時は二本の角を持って茹で上がるまで待っている。伊勢海老は茹でる時に動くと、その格好になって出来上がるので、真っ直ぐなままに茹で上げるのには案外気を使う。しかし見ているうちに綺麗な赤色が出て来る時は心が晴れるような美しさだ。茹で上がったら直ちに冷水につけて、白く付いたたんぱく質を洗い落とし大切に出番を待つ。

房総半島の旅館で出された伊勢海老のお刺身は身がこりこりしていて甘みがあり、忘れられない逸品であった。身の量は少ないが味は姿のように、きりっとして白く透き通っていて風格があった。白味噌椀に伊勢海老のぶつ切りが入っているものを頂いた時は先ず見ただけで、立派な感じがして飲んで甘みがあり、濃厚な美味しさで満足なものであった。

イセエビの語源は伊勢で捕れるという事と磯に多く生息しているのでイソエビと呼ばれていたのがイセエビとなったという二つの説がある。伊勢海老はイセエビと言う名で呼ばれたのは江戸時代頃からであるが、700年代の出雲国風土記には縞蝦と言う名前で登場している。特に威勢が良いという事で江戸時代には武士にはその姿が好まれ、正月飾りにも用いられるようになった。

伊勢海老は結婚式の披露宴にも和洋を問わず登場する事が多い。以前は縦に半分に切ってソティーしたものが度々出されたが、この頃は伊勢海老を使ったパイ包みやイセエビを中心にして周りを緑色の野菜で巻いて色取りも美しい物等、一工夫した料理も増えてきた。このように料理のバリエーションが増えてきて、この素晴らしい食材を使うシェフの腕の見せ所のような気がする。披露宴の時に食すと、やはりお目出度い気分になり、食しながらその方々の前途を祝う気持ちになっている。

伊勢海老の漁獲量は千葉県と三重県が多い。しかし大切な水産資源であるので、5月から8月の産卵期は資源保護の為に禁漁としている地区が多い。漁獲量は月齢や天候の変化、太平洋側の黒潮の変化にも大きく左右されるらしい。又伊勢海老は角が大切であり、商品価値を左右する事から海女が潜って手つかみで捕る方法がとられる事が多いと聞く。私達は簡単に買って食しているが、冷たい海に潜って捕る海女の苦労を思うと改めて食材を大切に捨てる事なく頂かなければと思う。

久しぶりに出かけた伊勢湾のホテルで昔ながらの伊勢海老のスープがほのぼのとした良い味で美味しかった。伊勢海老の身だけが入っているが、殻でスープを取っているらしく濃厚でしっかりした味である。このような昔から変わらない美味しい味を懐かしいと思っている人も多い事だろう。昔は伊勢海老は上等で一般的な品ではなかったから、このスープもこの地を訪れた人には一段と強い印象があったと思う。
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◎奥山篤信のミュージック・フライト
 室内楽 1月24日 ウイーン古典派ベスト・セレクション @JTアートホール
 ピアノ 練木繁夫 ヴァイオリン 矢部達哉 チェロ 向山佳絵子
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昨年夏軽井沢で痺れた向山のチェロ、これを聴きたくて出向いた。JTのホールは小さなホールであり、これではプロに払うギャラもでるようには思えずJTがバックアップしているものと思われる。

練木は桐朋出身当時将来を嘱望されたピアニスト、あのういういしい容貌はいまや50代後半の好好爺、年月の流れは早いものである。シュタルケルと共演するだけあって、ピアノの色艶は輝く音色である。

さて最初の曲は矢部とモーツアルト・ヴァイオリンソナタ第40番。残念ながら矢部の力量は完全に練木に飲まれてしまっている。練木は伴奏であるべきはずのこの曲を一人自信たっぷりに音量も押さえず弾いているのである。矢部が必死で追いかけるが所詮実力が異なる。リズムを外したり、やはり矢部はオーケストラという全体の中のワンノブ演奏者が相応しい。

次はモーツアルト・ピアノ三重奏曲第6番向山が登場し全体として調和がでてきた。

幕間のあと、いよいよ向山のベートーヴェン・チェロソナタ第2番。向山のオーラはその大柄な体躯から発散、小柄な二人の男を圧倒してしまう。錬木も一目置いているのか、演奏態度が変わり、向山と一緒に奏でるという姿勢がありあり。向山の美しい弦の調べ、その音楽性というか細やかな感性に魅了される。弦がおおらかに謳うのである。大柄な体から繊細な演奏素晴らしい出来栄えである。

そして矢部が登場してベートヴェンのピアノ三重奏曲第5番幽霊である。ここでもピアノとチェロがお互いシナジー効果を出して緊張感ある演奏をこなした。

アンコールは先ごろ亡くなった江藤俊哉に対する追悼としてベートーヴェン大公の3楽章である。向山の弦が追悼を込めて奏でる音が実に透明感がある。こんな音楽性のある日本人チェロリストが他にあるだろうか!!
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◎奥山篤信の映画評論 
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1.フランス映画「シルク 原題SILK」☆☆☆
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名匠トルナトーレが映画化した『海の上のピアニスト』の原作者アレッサンドロ・バリッコの原作の映画化である。

1860年代のフランスにてヨーロッパにおける蚕の疫病による絶滅のため、別種の蚕を求めて日本に旅立つ元軍人のエルヴェ(マイケル・ピット)の日本での美しい女性との邂逅を描いている。『レッド・バイオリン』のフランソワ・ジラール監督が映像化しているだけに画面がすばらしく美しい。そして坂本龍一のサントラが哀れにも悲しくその映像美を盛り上げるのである。

例によって日本の風習についてとんでもない誤解や間違いが目につくが、何も日本を馬鹿にしているのではなく、東洋日本のエキゾチックな夢物語として描いているのである。『SAYURI』と同様そういう観点からおおらかな気持ちで余裕をもって観ていただきたい。

エルヴェは美しい妻エレーヌ(キーラ・ナイトレイ)を残し再三遠路日本の東北の蚕業村に向かう。そこでは武士原十兵衛(役所広司)が仕切っており、東北地方の幕末の混乱がある。そこで遭った“絹”のように美しい肌の原の妾(芦名星)が脳裏から離れなくなってしまう。そして彼女から渡されたメモをリヨンの娼館のマダム・ブランシュ(中谷美紀)に訳してもらう。

あり得ない話だが、そこは『海の上のピアニスト』の原作者アレッサンドロ・バリッコのファンタジー小説である。「恋文」に関する「ひねり」が物語の見事さであり、東北の女性の思い出を昇華し、病死したエレーヌの愛の崇高さを謳い上げるのである。
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2.アメリカ映画「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」原題: SWEENEY TODD: THE DEMON BARBER OF FLEET STREET   ☆☆☆☆
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冒頭のアニメのシーン。歯車に血糊が粘っこくドロッと流れる場面は、これから観ようとする観客の異常な世界への興味をそそる。映画の本質として、犯罪がテーマとしてあるのは、日常性を超越した世界への人間の好奇心があるからだ。

すさまじい鮮血が画面に飛び散る。理髪師トッド(ジョニー・デップ)がひげそりナイフで理髪台で安心しきっている客の首を掻き切る。鮮血が噴水のごとく吹き出る。そして仕掛の床が落ちて死体が真っ逆さまに地下に転げ落ちる。その死体を解体してミンチ肉を作り、情婦(ヘレナ・ボナム=カーター)が、それを食材にミートパイを料理し、一階のパイ料理屋でお客に持て成す。首を掻き切る際の金属音と首の肉の切断音が、ころげおちる死体の仕掛け機械音とともに、意外に軽快なリズム感をもって心地よく聞こえるのがこの鬼才監督ティム・バートンならではの天才味である。ちょっと間違えれば吐き気を催す不快感しか残らないはずだ。

上記の文章を観るだけで、血の好きな女性読者はともかく、血の苦手な気の弱い男性読者は映画を見ることを躊躇するだろう。

19世紀のイギリスを舞台に悪徳偽善判事(アラン・リックマン)の醜悪な肉欲から妻も娘も奪われ、その上口封じのために無実の罪で投獄された男が、名前も姿も変え、復讐の鬼となって15年ぶりにロンドンのフリート街へ戻ってくる。判事への憎悪は社会への憎悪に拡大され、いわば社会上層を牛耳る腐敗に満ちた「ごみ」を清掃すべく天誅を理髪台を舞台に行うのである。

白人人種ならではの残酷の極みであるが、人間の血が飛び散るなかで、悪魔の血、正義の血、愛の血と、その鮮やかな血によって人間社会の悪徳と正義を暴いていると想像逞しくすればこの映画は暗示的である。まさにこの物語の世界は、狂気に近い研ぎ澄まされた善悪の彼岸ともいえる。

復讐は遂げるが、誤って・・・・・・・まで殺めてしまう。その秘密を隠していた情婦を焼却炉に生きたまま焼殺する生き地獄など、これでもか、これでもかと残酷場面の連続である。

映像がユニークで凝りに凝っており、そこには創造的な芸術性がある。音楽がロードウェイの巨匠スティーヴン・ソンドハイムのトニー賞受賞ミュージカルがあるだけ、歌を聴くだけでも中々楽しいものがある。狂気のトッド役のジョニー・デップの演技力は驚嘆の限りである。アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたのは当然であろう。

この映画を楽しむには通常の生命至上主義は一旦捨てねばならない。愛するものを失った男の怒りと復讐を、そしてその満足と悲劇を大人のお伽話として鑑賞すれば良いのである。サントラの迫力も素晴らしい立体音である。絶対に20歳未満に見せられない残虐性、間違っても子供連れで行ってはなりませぬ。人間の心の底に潜む悪魔をかき立ててやまない映画である。いやはや日本もこういう善悪の極致の創造的美学をもった芸術作品映画を作らねばならないと痛感する。
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◎細江英公 人間写真展案内
  第49回毎日芸術賞受賞!!平和へのメッセージ
      写真絵巻「死の灰」 
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日時 2008年2月2日(土)〜2月10日(日)
   11:00〜19:00
   (入館は18:45まで)
    ※初日は17:30まで
  (初日の入館は17:00まで) 
会場 杉並公会堂グランサロン 
料金 無料
※舞踏公演のみ有料(1500円) 
公演内容 2000年前のポンペイの死者たちから聴こえてきた。「天災は避けられない宿命だが、核兵器は人間が作ったものだから、現代人の決意と英知で避けることができる」と。ポンペイからヒロシマまで時空の彼方から〜写真と言葉で伝える。「原水爆禁止」市民運動発祥の地、杉並よりおくる“平和へのメッセージ”展。

<写真絵巻「死の灰」展によせて>
長い人類の歴史の中で20世紀ほど罪深い世紀はないだろう。1945年8月6日広島に、その3日後の8月9日に長崎に人類史上初めての大量破壊兵器であり、大量殺戮兵器である原子爆弾がアメリカ軍によって投下された。以来、アメリカの他にロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルなどが核兵器を保有し、人類は20世紀の後半から核時代に突入した。それは、われわれが再び「死の灰」を浴びる可能性があるということだ。
-細江英公-

<関連企画>
●2/2(土)16:00〜17:30
細江英公氏によるアーティスト・トーク(無料)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回の配信は2月2日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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