甦れ美しい日本 第155号
発行日時: 2008/1/18□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年1月19日 NO.155号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者
塚本三郎 今年の政局と格差の是正
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて 148
2.奥山篤信 なぜに神は西村真悟代議士に茨の道を与え続けたまうのか?
3.西山弘道 「ガソリン国会スタート」
4.松永太郎 本の紹介 「戦争の世紀」 ウイリアム・エンダール A Century of War Anglo-American Politics and the New World Order
William Engdahl Chase ,England 2004
◎阿嶋彩子の料理つれづれに(15)<鍋物を囲んで>
◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」其の八「江戸時代のエコ・・・のお話」
◎奥山篤信のDVD映画評論
1.英米共同映画「マイケル・コリンズ 原題Michael Collins」
2.イタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス 原題NUOVO CINEMA PARADISO/CINEMA PARADISO」
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◎細江英公 人間写真展案内
第49回毎日芸術賞受賞!!平和へのメッセージ
写真絵巻「死の灰」
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塚本三郎
今年の政局と格差の是正
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延長国会の功績
平成十九年から二十年にかけての、年末年始の国会で、新テロ特別措置法の成立をめぐり、与党は、会期を大幅に延長して必死の努力を重ねた。対する野党は、自衛隊の海外派遣反対の立場で、格好の攻撃の舞台へと活用し善戦した。
年末から年始に亘って、国会会期を延長して審議したのは珍しい。
衆議院解散の声があり、地元で忘年会、新年宴会の諸行事が計画されているから、さぞ、心はその方に向かっていたであろう。与党は新法成立の為、野党は阻止の為とは云え、双方が、久しぶりに国会議員らしい働きをしたと評価する。
野党各党は、参議院が衆議院と同等の資格を有すると考えているようだ。そして政府与党の参議院軽視を、声高に叫んだが、憲法の第五十九条に基づき、衆議院で三分の二の与党賛成で、新特措法を成立せしめた。久々の快挙と言いたい。
万一、与党が参議院を衆議院と同等とみて、参議院で拒否された法案を見殺しにすれば、憲法無視に止まらず、日本の国政は悉く停滞をせざるを得なくなる。そんな悪例は、更に野党の邪な運営を招くことになる。従って衆議院優越の国会運営は、憲法を守ることであるばかりではなく、今後の政局を見据えた英断と評価する。
また野党は、守屋防衛事務次官の汚職にかかわる諸問題を追及し、更に防衛庁時代の兵器調達業者に対する、防衛省内のズサンな、金銭処理を追求して、新法の阻止に努めた。目標は新特措法の阻止にあったとしても、この時期に、防衛庁の守屋氏の数々の汚職や、武器調達を巡る民間業界との、闇の部分を露呈せしめたことの意義は大きい。今後の防衛省内に於ける膨大な予算の執行に、公正の糸口を開いた野党の努力に、敬意を表したい。
通常国会の推移
他人のいやがることは、やらないほうがいいでしょ。靖国神社参拝に対する福田首相のコメントを印象深く受け止めた。首相が信念を持っての発言なのか。
政治の基本は、反対する相手には堂々と立ち向かい、論破し、実行することである。
敵を作らないようにすることは、外に対しては外務大臣、内での折衝の任は国会対策委員長の舞台である。公人である首相は、大局的立場に立って、何が正しく、何が国益かを判断し、決断することは言うまでもない。
今回の再延長国会では、福田首相の決断は見事であった。
それに立ち向かった野党各党も、野党としての任をよく果したと安堵した。
さて通常国会が、予算と条約を無難に成立させることは、憲法の明記するように最高の責務である。問題は、予算に基づいて実施する個別関連法案の対応である。
小沢氏率いる民主党は、重要な法案は悉く阻止する構えである。それは野党として一つの見識である。福田首相はどう対応するのか。正念場を迎える。
福田首相は、日本国家の代表であり、そして国民の最高責任者であるから、堂々と信念を貫いて欲しい。その結果、国会が行き詰まり、立往生すれば、衆議院は解散となる。
自民党は負けるかもしれない。それでも仕方がない。与党も野党も信念を貫く。それが政治だ。政治家は断固たる信念をもって国民の前に行動すべきだ。
与野党が、グズグズと、どこで、どうして結着したのか、政治不在の国会となれば、国民が政界を見捨てる。否、既に諸外国は日本自体を見捨てつつある。昨年末以後の株価は、記録的な下落であり、本年は更に急落しつつある。米国のサブプライムローンからだけではない。政治に対する不安が、経済に大きな衝撃を与えている。
福田政権になってから、株価は日経平均で三千円近い下落である。リーダーシップの欠如、「構造改革」の後退、バラマキ財政の復活等々、これ以上政治不信を拡大させるな。
衆議院を解散すれば、無責任な野党が政権の座に就くおそれがある。それは最悪の事態だ、と与党は自負する。しかし、そうなっても致し方ない。今日のような、グズグズの、何が何だかわからない事態は続けて欲しくない。下手をすれば今後六年間も、政治不在が続くという、船頭なき日本丸の航海を続けるべきではない。
福田首相は、自民党らしい主張を堂々と、先の新特措法の如く貫き続けていくべきだ。
野党の主張に耳を傾けても、決して迎合すべきではない。万一その結果、両党が衝突し行き詰まれば、解散に追い込まれ、選挙で負けてもそれは天命と潔く受けるべきだ。
野党、特に民主党が政権の座に就いても良い。そのことで民主党が自民党に代って、立派な反対党に成長すれば、国家として悦ばしいことである。純粋の革新政治を、国民の相当数は期待しているはずだ。片山内閣以来の、期待かもしれない。
逆に、民主党内で、理念の対立による違いが露呈される可能の方が大かもしれない。その時には、結果として、民主党の分裂がおこり、政界の再編を呼ぶことになる。参議院議員も分裂し、解散出来なくても、解散と同じ結果となるであろう。
自民党も、民主党も、政権に執着するのではなく、お互いに、堂々と所信を貫くことが出来るか否かが、今年の政局の焦点となる。
自然は平等とみる
天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらずと論じたのは、福沢諭吉であった。
人間社会は、文明発展の度合いから、次々と主役を入れ換えてきた。まず石油時代の出現である。今日では、石油価格が異常に高騰し、産業界の首座を占めつつある。アラブ諸国は、地上最高の繁栄を招いている。ソ連は、貧しく遂に共産主義を放棄して解体し、ロシアへと国名まで変えたが、石油と天然ガスの産出によって、大国へと戻りつつある。
中国、インドは、膨大な人口ゆえに、先進国は競って安価な労働力を求めて、この地に資本を投資しつつある。その結果、やがて膨大な消費国へと変質しようとしている。
一方、日本は、地下資源は殆ど無い。石油もガスも、天然鉱物資源も無きに等しい。
しかし、春には暖かく、夏には暑く、秋には実りをもたらすさわやかさがある、そして、冬には厳しい寒さが訪れ、しばしの休息を与える。それを程良く受け止め、日本人特有の勤労精神を、そして創意工夫の農耕民族を育てた。
平和な日本民族が、自然と一体の生計を組み立てて生き、特有の文化をも育てて来た。
光と風が、日本を世界一温かく清潔でさわやかな国民を育てた。
その主役は水である。そして緑の資源である。世界は清潔で美味しい水を、ボトルに詰めて売る時代となった。日本も、果汁と同一の値段で単なる水が売られている。
日本人にとって、水は余りにも恵まれているから、「湯水の如く」と評して軽視していた。だが今日では、日本でも若者が、水のボトルを片手に歩く姿さえ見かける。
神や仏は人間を差別しない。例えば、大樹には「大雨」を、道端の草木には「少雨」だけだと区別しない。雨の量を差別なく降らせるが、その水を吸い上げる「力と能力」によって大木となり、小さい草木は、時にはその大半を流してしまう(法華経薬草喩品第五)。
否、雨の大・小によってだけではなく、受ける者によっては、毒にも変ずる。牛が呑んで乳となり、蛇が呑んで毒となると言われて久しい。
日本は、つい数十年前まで、貧乏人の子沢山と揶揄され、敗戦直後は「産児制限運動の旗手」、加藤シヅエさんが活動し、子沢山の救世主であった。今日では逆に少子化対策として、小泉内閣では、二子を産んだ一教師が、少子化対策の担当大臣へと任命された。このように、何時の世にも、マイナスがプラスとなり、その逆となることはいくらでもある。
格差是正は収入だけではない
多くのメディアは、小泉、安倍両内閣で行なって来た改革は、改革の名に値しないと批判し、野党はこれに便乗し、大声で与党を攻めて、次の点を列挙する。
「大都会と地方の貧富の格差を拡大させただけだ。そして強い大企業と弱い立場の中小企業との格差を拡大させ、零細企業者を倒産に追い詰め、不平等だけが取り残された」と。
改革が或る程度の犠牲を伴うことは、政府と雖も承知していたと思う。痛みの無い改革は、その名に値しないとも云う。改革によって得られるプラスと、失うマイナスとの度合いを検討し、更に将来に亘っての戦略を、充分に検討して来たか否かが問われている。
日本は通商貿易によって生きる国であるから、改革の行き着くところ、国家としての垣根を取り外すことが必要となる。その場合といえども、外国の巨大な資本力や、労働力という人口や、軍事力を持つ相手に対しては、丸裸であって良いはずはない。
自由競争は、適者生存の原理と共に、弱肉強食の野獣の棲むジャングルでもある。
かつてアラブ諸国は、金と銀との鞍置いてと歌った、ノドカな砂漠の地であった。
だが天然資源ゆえに地上の天国と化したが、逆に動乱とテロの地獄の様相と変じている。
強者が、弱者の伸びる余地を閉じている場合は、それを除去するのが政治の使命である
だからといって格差の是正が「弱者の数による政治への強圧」であってよいのか
富者を抑えたからといって、貧者が豊かになるものではないことは言うまでもない
東京、大阪、名古屋は三大富裕地方とされ、東北、北陸、そして四国等との貧富の格差は拡大されたと、小泉、安倍両内閣の改革に対して、野党はマイナスを強く非難する。
格差の是正を余儀なくされた福田内閣は、止むなく三大富裕圏から、法人事業税の半分を国が取りあげて、貧しい県に振り向けようと努めている。
平等は、政治の眼目の一つであり、努力を惜しむべきではない。
その一方で、何が平等かを省みる冷静さを忘れてはならない。
東京と東北の寒村では、地価を比べれば十倍、否、処によって五十倍、百倍の差が在る。
東京では、三百平米の土地に、普通の住宅を建てても豪邸と呼ぶ。地方では、中心の商店街でなければ、同じ広さの宅地が中流であり、豪邸とは呼ばない普通の住宅である。
地方には青い空が当たり前である。空気がうまい。水は美味しい。まして騒音は耳にしない。処によっては、美しい山々が、彩りとそれぞれの季節を教えてくれる。
収入は大都会の半分であっても、地方では住居費は驚くほど安い。金銭で計ることだけで貧富を論じて良いものか。マスメディアも、政治家も、就職の!)と賃金のみで「格差を論評する」のは行き過ぎで、ゆったりとした、山村にあこがれる都会人も少なくない。
自由と平等を「同時に約束するのはサギだ」と述べた哲人の言を思い出す。
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
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◎レギュラー執筆者
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて 148
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昭和12年7月7日、盧溝橋事件勃発後のわが軍の動きについて、以前挙げた「支那事変作戦日誌」の中で、井本熊男少佐は次のように総括している。
「北支においては、進攻の限度が確定せず、中央部が制限しようとした目標を、いつの間にか第一線は超越して、ついに河北省の全部ならびに京綏線の西端、包頭まで占領してしまった。中央部はそれを黙認し追認した」
つまりこのような中央部との齟齬が生じたのは、「拡大か、不拡大かの相関干渉と用兵の不徹底」が原因だとしている。そして「大局的に見れば支那軍は、戦わずして、広大な北支五省を放棄して退避した。上海では頑強な長期戦を行ったが、それは、わが方が小兵力で対応したため交戦が可能であった期間のことであった。わが方が兵力を増大し、適切な戦略態勢をとると、支那軍は総退却し、首都南京まで大きな抗戦を行うことなく放棄した。
しかし支那側は屈服することはなかった。これは、支那は一撃を与えれば屈服する。多くも三ヶ月くらいでこの事変は片付く、と考えてこの事変に突入した、わが方の判断と大きく異なるものであった。ここで支那側の戦争戦略を、根底的に考えてみる必要があったと思われるが、それは出来なかった。問題は、わが方の凝り固まった対支那観、対支政策方針と、決戦一点張りの戦争ないし戦略思想にあったと考えられるのである」
井本少佐のこの記録は、盧溝橋事件で始まった支那事変に対する、わが軍の作戦思想を明確に示している。何度も書いたように、盧溝橋事件は突発的なものであり、わが軍には、支那に進攻する作戦計画など全くなかったということである。
南京を陥落させ、武漢三鎮を占領しても事変集結の予兆すらない。昭和14年に入ると、主敵であるソ連との間でノモンハン事件が発生する。昭和15年には汪兆銘が南京政府の主席に就任するが、列国は蒋介石を支援し始め、援助物資を北部仏印経由で輸送し始める。フランスがドイツに占領されたのを機に、日独伊同盟関係を結んだわが軍は、この「援蒋ルート」遮断のために北部仏印に進駐する。これを契機に、ギクシャクしていた日米関係にも緊張状態が生まれ、昭和16年に入ると日米間の交渉が開始される。まさに風雲急を告げていたのであるが、「三ヶ月くらいで片がつく」と予想された支那事変が何ら解決することなく、我が国がどんどん泥沼に入り込んでいったのは、まさに「援蒋ルート」に象徴される、英米の支援が蒋介石に継続されていたからであった。
当初、既にこの小論に書いた様に、米国は支那事変勃発以前に、既に「義勇軍」と称する米陸軍の飛行部隊を蒋介石に提供していた。有名なシェンノート率いる「フライングタイガー」がそれである。
このころの蒋介石と米国大統領・ルーズベルトとの関係について、『マオ』には次のような記述がある。
「蒋介石は、アメリカからの圧力に対しても非常に弱い立場にあった。ソ連からの武器援助に頼る現状から抜け出すには、アメリカが唯一の希望だったからである。
アメリカのフランクリン・ローズヴェルト大統領が(スターリンと同じく)最大の関心を寄せていたのは、中国を出来るだけ日本と戦わせて日本を泥沼に沈めることだった。ローズヴェルトは中国共産党に対して全く影響力を持っていなかったので、もっぱら蒋介石に圧力をかけ、共産党との内紛集結——責任の所在など、実際どうでもよかった——を蒋介石に対する援助の条件とした。米メディアは皖南事変(筆者注:1940年1月、共産党の項英率いる新四軍が国民党軍から殲滅されるように毛沢東が仕組み、約一万の兵を見殺しにした事件。毛沢東はこれを蒋介石による虐殺事件としてスターリンに蒋介石攻撃を認めさせ様としたという)の後、ワシントンが内紛を理由に五〇〇〇万米ドルの借款指し止めを検討している、と報じた。おりしもヒマラヤ(「駝峰」と呼ばれていた)を越える航空路が(一九四一年)一月二五日に開設された直後であり、アメリカからの援助がまさに大きな役割を果たそうとするタイミングだった」
このように陸路は勿論、航空路による「援蒋ルート」が開設されていたのだから、わが国がいくら米国と誠意ある交渉を行っても無駄なことは予想された筈であった。米国の対日戦争決意は既に定まっていたと見て差し支えあるまい。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
なぜに神は西村真悟代議士に茨の道を与え続けたまうのか?
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正月明けの9日衝撃的ニュースが僕の耳に入った。
西村代議士は日本の国会議員では珍しい(欧米では当たり前)真の愛国者であり、家庭や友人を愛し、私欲が一切なく一心に国益のために孤軍奮闘している数少ない政治家のひとりである。
質実剛健とは彼に相応しい言葉である。常に男らしく、責任を回避したり、いい恰好だけする世の政治家とは全く違う、涙もろい正義漢でもある。他人を信じるというキリスト精神からか、脇が甘いとの指摘もあるが、それが西村代議士の愛される所以でもある。
僕はいつも思う。立派な人間が若いころ不慮の事故や病気でなくなり、あるいはひたむきに真面目に生きている人間の人生が、これでもかこれでもかと試練を与えられる例である。なぜに神は、これほど真摯な人間に、こうも冷たいのかと思うことが良くある。
西村代議士にまつわる幾多の出来事、ここでは繰り返さないが、なぜ神は代議士に茨の道を与えるのかと思うのである。カソリックの信者に聞くと、神は見込んだ人間を早く召したり、艱難を与えたりすることがあるのだという。それなら納得する気はする。
1月12日小雨降る肌寒い堺カソリック教会において、ご長男林太郎氏の葬儀・告別式が行われた。当初林太郎氏の友人と親戚だけの内輪で行う予定であったものが、西村代議士の全国的支持者が代議士の心を慮るあまり集まったに違いない、手狭な教会を埋め尽くし、その数倍の人々が集まったのである。この教会で林太郎氏は生まれてまもなく洗礼を受けられた教会でもある。
いかなるお悔やみの言葉も、いかなる弔電も、いかなる他人の同情も悲しみのどん底の西村夫妻には空虚に響くのではないかと思い、僕もしばらく期間を置いてと思っていたが、葬儀があるというので急遽堺に出向いた。
教会には一時間も前から参列者が集まり始めていた。丁度横田夫妻が川崎よりこられて、早紀江さんがお会いするなり、「何故こんな気の毒なことが」と涙ぐまれていた。拉致により親子が分断され消息がわからないこの残酷さ、西村代議士はこの問題に徹頭徹尾変わらない姿勢で臨んできた。だからこそ拉致被害者家族会で最も信頼されているのは西村代議士であり、横田夫妻をはじめ有本夫妻、増元氏などが、悲しみを分かち合うために駆け付けるのである。
参列者の涙はそれぞれの想いから異質のものがある。ご子息の交友関係のかたがたは林太郎氏とのかかわりでの涙である。林太郎氏とは面識のない僕などは、丁度同じ年代の倅がいるものだから、余計に西村代議士の気持ちが僕に乗り移ってしまう。親の子への想い、それはかって自分が子であった時代亡き親が子である自分をどう思っていたのだろうかなどが、走馬灯のように自分の心の中で交錯し涙が止まらないのである。
これほどの苦渋に満ちたなかでも、流石西村代議士は遺族代表として凛とした態度での立派な挨拶であった。
そのなかで自分と長男の関係など、西村代議士らしく高校時代は防衛大学入試を勧めたとか大学卒業後は陸上自衛隊幹部養成学校を勧めた。結果的に弁護士になるにしても、いわゆる巷の経済弁護士ではなく、自衛隊でのキャリアが役立つと考えたからだ。
その面接で平和ボケのせいか学校側が「君は定年まで勤めるか?」との問いに林太郎氏が窮した話があり、むしろ「君は国家のために命を捧げられるか?」との問いがあって然るべきなのにとのエピソードの披露もあった。
空手とボクシングの選手であった林太郎氏が落ち込んだ時、本人はダウンしてもうだめだと言っているのに、頑張れと!ファイティングポーズを取らせたことが悔いに残ると。ああしたら良かったこうしたら良かったなどと思いは色々ある。
言えることは林太郎氏は自分を殺したのではなく、わずか3秒の間に神に召されたということだと締めくくられた。心に沁みる言葉であった。
林太郎氏のご冥福をこころよりお祈りする。
そして何よりも、西村代議士が今まで通り、拉致問題その他日本の保守主義にかかわる根底の問題に、悲しみを乗り越え奮闘されることを期待してやまない。それこそが神が茨の道を与えたまうほど、見込まれた西村代議士がその厳しい神のみこころに応えることになるからだ。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道
「ガソリン国会スタート」
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「給油国会」が終わった途端、今度は「ガソリン国会」が始まった。政府与党が至上命題とした、インド洋での海自の給油継続を再開させる新テロ特措法は結局、与党が3分の2条項を発動して混乱なく成立、3ヶ月の長期にわたった臨時国会は閉幕した。そして18日からは150日間の通常国会が開幕した。
民主党は勝負は通常国会とみて、結局、給油国会では与党の再可決の際に問責決議案を出さず、3月末まで温存する戦術を取った。つまりガソリン税の暫定税率延長などを含む一連の租税特別措置法を参議院でバタバタ否決して、与党が再び3分の2の再可決をしたら、今度こそ問責決議案を出して福田内閣を解散・総選挙に追い込むと眦を決している。しかし、この戦術、果たして民主党の思惑通りにいくか?
民主党戦術の最大の武器は、ガソリン税の値下げである。与党が狙う暫定税率10年間延長を阻止してガソリンや軽油にかかる税金(1リットル当たり)25円の値下げを実現するというものだ。しかし、税率延長阻止は、道路特定財源の削減につながり、2.6兆円分の減収となる。このうち地方分は0.9兆円で地方にしわ寄せが来る。ガソリン税値下げは都市の有権者の喝采を浴びようが、地方は減収となり、ここが民主党の悩ましいところだ。自民党はここにつけ込み、地方で決起大会を開かせ、税率延長を決議させようとしている。民主党内にも大江康弘参議院議員のように、延長賛成と造反を公言するものもおり、また地方の民主党県議なども決議に賛成するものもいるようだ。
民主党は60人ほどの衆議院議員で「ガソリン値下げ隊」を結成、各地で街頭演説を行い、また3月の国会がヤマ場の時は、この値下げ隊が国会本会議場にピケを張る抵抗戦術も考えているという。なるほどガソリン値下げは庶民の懐に直結するだけにわかりやすい戦術だ。しかし、民主党に対する国民の目は冷めたところもある。
国民の民主党に対する不信の念が強まったのは、小沢党首の国会本会議途中退場劇である。先の衆議院本会議での新テロ特措法の採決の際、小沢氏は棄権して途中退場、民主党内からも“党首の職場放棄”だと批判を浴びた。小沢氏の側には、「大阪府知事選挙応援のため退席するのがなぜ悪い、これも党務だ」との認識があったようだが、いかに合理主義者の小沢氏でもこれは通用しない。鳩山幹事長が「遺憾です、国民にお詫びしたい」と謝罪したにもかかわらず、当の小沢氏はその後の記者会見で、「何で悪いの、私だって首相よりも忙しいのだ」と逆ギレしたのはビックリした。
結局、民主党内には“選挙に強い小沢神話”はまだ生きており、仙石由人前政調会長らごく少数を除いて、小沢氏に直言する人物がいないのだ。まさに“裸の王様”である。
小沢氏の“KY”、空気が読めない性格は昔からだ。大学を出て、すぐ父の後を継いで議員となり、サラリーマン生活も全く経験していない小沢氏には、世間の空気などわかるはずもない。誰が敵か味方か、永田町の功利的な人間関係しか知らない小沢氏に、世間的な人情の襞を求めるのは無理だろう。民主党代表に就任した時の「私は変わります」と言った公約も所詮、非現実的だったのだ。民主党員も小沢氏の“限界”をわかるのは、そう遠くはあるまい。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎
本の紹介 「戦争の世紀」 ウイリアム・エンダール A Century of War Anglo-American Politics and the New World Order
William Engdahl Chase ,England 2004
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この本は、あまりにも面白いので、何回かに分けて、論じていきたい。著者は、日本経済新聞などにも寄稿している世界的な経済専門家である。
20世紀の世界史、現代史に関しては、ニール・ファーガソンやJ.M .ロバーツ、エリック・ホブスバウムなどによる、みやみに厚い本が翻訳されている。しかし、はっきり言えば、どれもあまり面白くない。誰もが知っているようなことしか書いていない。
たとえば、第2次世界大戦のヨーロッパの戦いに関しては、いちばん面白かったのは、アンソニー・ケイブ・ブラウンの「嘘のボディガード」(Bodyguard of Lies)だった。この本は何かの間違いでは出版されてしまったのではないか、と思われるほど、ヨーロッパ戦線の裏面が書かれていたからである。おそらく各国情報機関は、この本が出されたころ(1975年)には、 もう第二次大戦に関しては、ある程度のことをばらしてしまってもいい、と合意したのだろう(情報機関は、その高位にダブル・エイジェントとよばれる、バック・チャンネルを持っている)。この本が出たころまでには「ウルトラ」情報に関する、ある程度の事実が明らかになっている。「ウルトラ」情報については、今では誰もが知っているが、少なくとも戦後30年近くは、まったく明らかにはされていなかった。
この情報に接することができた人間は、英米であわせて2万人ぐらいであり、戦後30年もたてば、だいぶ減っていただろうが、それでも、その連中は、秘密を守ったのである。簡単に言えば、ナチス・ドイツの陸海軍、および情報部の使っていた暗号機(いわゆるエニグマ暗号機)とそっくり同じモデルをイギリス情報機関が作り、ドイツ側の暗号を解読していた、という事実である。1975年には、そのことはすでに元情報機関員の本で明らかになっていた。
それ以前は、少しでも、その事実を明らかにすれば、死刑が待っていたのである。解読にもっとも功績のあった、つまり暗号機の再現に成功したアラン・チューリングは自殺に追い込まれている。チューリングは、現在のコンピューターの数学的な基礎(アルゴリズム)を作った天才だが、同性愛がばれて自殺した。イギリス政府は、この男は、国家を救った功労者だから免罪してくれ、とは法廷に対して言わなかった(同性愛は、そのころ犯罪だった)し、本人も、それを言い立てなかった。ここらへん、悲劇と見るか、粋と見るかは、分かれるだろう。
これとほとんど同じことが、ソヴィエト連邦崩壊後に起こった。いわゆる「ヴェノナ・トラフィック<交信記録>」の秘密である。英米情報機関は、赤軍の暗号を解読していた。さらには、ソヴィエト政府の暗号も解読していた、というから、おそらく政府も軍も同じ暗号を使っていたのだろう。「ヴェノナ・トラフィック」の事実は、少しずつ明らかになっていき、やがて、第二次大戦から、その直後のトルーマン政権にいたるまでの、アメリカ政府内部に張り巡らされたソヴィエト情報網のほぼ全貌が明らかになっている。それは想像を絶する規模であった。ジョン・メイナード・ケインズとともに、戦後の国際金融体制、
すなわちブレトン・ウッズ体制を作り上げたアメリカ側の人間は、ハリー・デクスター・ホワイトは実質的にソヴィエトの工作員であった。
以上のことから、次第に明らかになってきたのは、各国の情報機関のトップクラスには、しばしば、いったい、誰のために動いているのかわからない人間がいる、という事実だ。
本書の著者、ウイリアム・エングダールによれは、第一次大戦のころ、すなわち20世紀、いわゆる「石油の世紀」のはじまりのころ、大手の石油産業(ロイヤル・ダッチ・シェル、アングロ・ペルージャンその他)の役員は、すべてイギリス情報機関の人間が占有していた、という。いったいイギリス情報機関とは、何なのか。また、彼らが支援して作ったアメリカの情報機関OSS(CIAの前身)とは何なのか。エングダールは、すばらしい筆致で明らかにしていく。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(20)<アフタヌーン・ティーやハイティーの一時>
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私の感じるアフタヌーン・ティーという言葉の雰囲気は穏やかな一時という感じである。年始は何かと人の出入りが多く、それが一段落してお重箱も片付けた時に、気楽なお友達とのんびりとしたアフタヌーン・ティーに出かけたくなる。
アフタヌーン・ティーは英国に於いて19世紀に社交の場として始まり、単にお茶をするのではなく室内を飾り食器や花にも気を配り、又洗練された会話が出来る事が重要であった。この独特の雰囲気を持つアフタヌーン・ティーはイギリスの統治を受けた国にはイギリス式に、他の国では軽いお茶の時間のように扱われたり自国の食べ物を食べたり色々に受け継がれている。
アフタヌーン・ティーを頂く場所はホテル中でも見晴らしの良い場所にあり、ゆったりとした椅子に身を沈め、景色をながめながら、気楽なお喋りを楽しむのである。三段のトレーには、一番上にはケーキが、中段にはスコーン、下段にサンドイッチとなって、これが運ばれて来ただけで、気ままにゆっくり時間が過ごせる気分になる。私はスコーンが暖かいうちにと思い、一番に頂くが、本当は下段のサンドイッチからなのであろう。気ままに、時を過ごし、上段のケーキを頂く頃には 結構満腹になる。思う存分にお喋りも出来、気分的に満足している感がする。
アフタヌーン・ティーの中で私はスコーンが一番好きである。スコーンはスコットランドが発祥の地であるが、今では日本でもよく見かけるようになった。アメリカでは干果実やチョコレートを混ぜて生地の味も甘いが、イギリスではプレーンなものにジャムやクリームを添えている。私はイギリス風の食し方が気に入っている。
アフタヌーン・ティーが上流階級から始まったのに対し、ハイティーは労働者階級から始まったものである。しかし今ではハイティーは夕方に頂くお茶ではなく、夕食なのである。
ある時、私は親しい方々と音楽会に出かける前に、その仲間の一人の方に「我が家でハイティーを」と夕方の早い時間にその方のお家に招かれ、ハイティーを楽しんだ事がある。ハイティーはサンドイッチと紅茶という簡単な食事ではなく、肉や魚の料理も出る。このような事からミート・ティーとも呼ばれている。
しっかり頂いてから音楽会に出掛け、その日は親しい仲間と音楽会に行くだけではなく、のんびりと食事もして穏やかな気分のまま音楽を楽しみ心身ともに安らいだ。このような素敵な時間を仲間と共有できた事が嬉しかった。
有名なシェフが一生懸命作る料理を頂くのは大変満足するものであるが、時にはこのように心安らぐ食事も又良いものである。
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◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」其の八「江戸時代のエコ・・・のお話」
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私が宝塚を辞めた幾つかの理由の1つに、物や人に対する「感謝」の気持ちが、知らず知らずのうちに慣れになっていく怖さを感じたと言う事が有ります。
タカラジェンヌというだけで、周りは理由も無くちやほやして呉れます。特にかの有名なベルばらブームの熱がまだ冷めやらぬ時期でしたので、音楽学校の一年目(予科生)の時からマスコミ等にも注目され、舞台にも立たないその頃から、青田買いのファンがいたりしました。思春期真っ只中の多感な時期、同期生でも特に地方出身の純真無垢な性格の持ち主は、音楽学校二年目(本科生)を迎えるとこの世界独特の影響を大きく受け外見も内面もまるで別人の様に変貌を遂げている者もいました。
入団をすると今度はそれに加え、筋金入りの諸先輩方が大勢いる中、信じられないような出来事や言葉を見聞きするにつけ、ずーっと死ぬまでこの世界に居るのならまだしも、外の世界に出たときに果たして社会復帰出来るのだろうかと、ある時から強く不安に思い始めたのです。
初舞台の頃、ファンの方から頂くお花やプレゼントやお手紙は本当に励みになり、大切に家まで持って帰り、花を一杯に飾った部屋で1つ1つ包みを開け、手紙を読み、返事を書いたりしたものですが、過ぎていく年月が経てば経つほど、第三者から見て人として当たり前のそんなことが、渦中の本人にはどんどん難しくなって来るのです。忙しくて時間が無いという事も大きな理由の1つでは有りますが、もっと大きな理由は「慣れ」と「傲慢」です。「初心忘るべからず」とは室町時代、能の創始者世阿弥が「風姿花伝書」(能の風姿を花にたとえ、「その風を得て、心より心に伝わる花なれば、風姿花伝と名づく」と、子どもの発達段階を踏まえた能の稽古の有りようを示した教育の書でもある)の中でといた言葉で、「初心にかえれ」「初めて事に当たる新鮮な感動を忘れるな」などと理解している人も多いと思いますが、本当の意味は「事に慣れ上達し始め、何か自信が出てきたときの自己満足を戒める」事だそうで、これは芸事と同じで常に謙虚でいなければ人としても又生長し得ないという深い言葉なのです。
今現在も尚、日本舞踊という芸事の世界に身を置いてはおりますが、私にとって宝塚の世界とは異なり伝統芸能の世界は、自分自身と向き合う要素が大きく割合を占め、まだまだ謙虚さには程遠いのかも知れませんが、自分の人としての修行の足りなさを日々感じながら過ごしています。
さて、前置きが長くなりましたが、私が日本舞踊を本格的に始め江戸時代に興味を持ち出したきっかけの1つになったのが、石川英輔という作家の書いた一連の著書にあります。多くの作品を書かれてますが「大江戸神仙伝」のシリーズは特にお勧めです。主人公が現代社会から江戸時代にタイムスリップし、恋人の江戸芸者いな吉との恋物語を展開していくという内容で、とても面白くて続けさまに全部読みましたが、ただの恋愛小説ではなく話の中にさりげなく出てくる江戸時代の知恵や習慣の殆どをこのシリーズで知ったと云っても過言ではありません。
例えば、(突然尾籠な話で恐縮です)日本は下水が無くて不衛生だったという印象が有りましたが、実はそうでは無く正確には、糞尿は全て下肥として買い取られたため下水を作る必要が無かったそうです。それもケチで食べ物を始末している商人の物は質が悪く、反対に女房を質に入れても初物を食べようなんていう、食べ物には糸目を付けず、宵越しの金は持たない身体が資本の職人の方の質が良いとか、面白可笑しく真実を伝えるこの物語には完全に嵌ってしまったのです。
着物もそうです。庶民は絹の着物など中々身に着けられなかった様ですが、木綿の着物でも大切に大切に擦り切れるまで着回しされ、その後奇麗な所だけを使い帯や腰紐に仕立て直され、その後座布団になり、おしめになり、雑巾になり、細く切って縒り合わせ下駄の鼻緒にし、切れた鼻緒は焚付けに使われたそうです・・・・が、これで驚いていてはいけません。まだまだその先が有るのです。焚付けに使ったら灰になってしまってお終い・・・、と普通は思うのですが、江戸人の凄さはこの灰でさえも無駄にしなかった所なのです。何と灰も灰買人と呼ばれる商人が各戸の灰を買って回り、その灰は紺屋の藍染め用をはじめ、製紙、酒造、絹の精練、家具・建具の汚れ落としなど様々な用途に使われ、川越など江戸の周辺では灰市が立つ程だったそうです。
完全に循環、リサイクルされていたのですね。江戸がその当時の世界でも類を見ないエコロジー都市と言われている所以がこれで納得です。これはもう、貧乏だったからという理由だけでは到底割り切ることの出来ない、素晴らしい英知と謙虚な生き様を感じずにはいられません。
今朝自宅の書棚を何となく眺めていていたら、その石川英輔さんが書かれた〜衝撃のシミュレーション〜「2050年は江戸時代」という本の題名に目が留まりました。1998年に講談社文庫から発行されているのですが、その裏表紙には「21世紀、物質文明のつまづきから、日本は省エネルギー、完全リサイクルの江戸時代へと回帰していた。一日三時間半働けば暮らせる晴耕雨読の生活。必要なものは簡単につくれる自給自足社会。自然と共存共栄していた江戸の精神と豊かさ、楽しさをわかりやすく伝え、現代文明に警鐘を鳴らす衝撃の問題小説」と書かれています。昔から作家は未来を予言するような事を書く人が少なくないけど、まさに今この時代の事じゃあないの?殆ど内容を覚えていないのでもう一度読み直してみようと思います。今年が2008年ですから2050年といえば後42年後ですね・・・。生きてるかな〜。
花柳廸薫(はなやぎ みちかおる);
NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会 代表理事
社団法人日本舞踊協会正会員。
兵庫県神戸市出身。三歳より花柳流日本舞踊の手ほどきを受ける。宝塚音楽学校首席入学。宝塚歌劇団退団後、花柳流師範資格を取得。歴史街道推進協議会、関西フォーラムに参加したことを機に、アメリカ(ワシントン、ミネアポリス、ニューヨーク)東南アジア(インドネシア、シンガポール)にて舞踊公演を行うなど、ワークショップや文化交流、結婚式、祝賀会、レセプション等の舞踊活動を中心に、古典に基づく独自の舞踊活動を国内外で行う。平成十七年NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会(しくんしのかい)を設立。日本舞踊のみならず、日常生活から消え行こうとしている日本伝統文化に警鐘を鳴らし、啓蒙普及活動をライフワークとして本格的な取組みを始動。
ご意見箱アドレス; michikaoru@hotmail.com
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◎奥山篤信のDVD映画評論
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1.英米共同映画「マイケル・コリンズ 原題Michael Collins」
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DVDでニール・ジョーダン監督の作品を探していたら、映画『マイケル・コリンズ』がみつかり早速取り寄せた。なんとコリンズ役はあの「シンドラーズリスト」のダブリン出身の俳優リーアム・ニーソン、ヒロインのキティー役はジュリア・ロバーツが出ているではないか。31歳で死んだマイケル・コリンズの魅力とその悲劇を画面に惹きつけるタッチでジョーダン監督は描いている。DVDは3時間であるので、当時劇場で公開された2時間ものより長い。DVDの魅力はノーカット版が見れるところにある。
1996年当時は今のようにテロを諸悪の根源として捉え、何が何でもテロは悪であるという単細胞の風潮ではない時代であったので、映画は極めて冷静に政治とテロを取り上げている。ジョーダン監督は「クライング・ゲーム」にてIRAテロの虚しさを取り上げていたが、この作品でも主人公マイケル・コリンズを通じてテロと政治を真摯に議論しているのである。史実と異なる点をこの映画は批判されている向きがあるそうだが、誰もが想像しないあのチャーチルやロイド・ジョージの時代にあった残酷な英国支配を、わかりやすく描いたとの監督の言にあるとおり、その史実との厳密性については大目に見る必要がある。
アイルランドVSイギリスという構図からアイルランド内戦というアイルランド人同士の憎悪と悲劇への過程がこの映画の筋書きである。映画は1916年のイースター蜂起から始まる。無残な失敗のあと、首謀者は次々と銃殺刑に処せられる。そこでコリンズは背広に自転車姿で言論(われわれの唯一の武器は拒絶refusalである)で闘うが英国勢力下においては遠吠えにしかないことが分かり、スパイ戦略やテロリズムにて敵を各個撃破していく。それには英国も手を焼く。アメリカ大統領以下国際世論を味方にしようとデ・ヴァレラは渡米するが失敗する。デ・ヴァレラはテロを嫌い正規軍としての英国との戦いを主張するが、そんなものは結局イースター蜂起の惨劇の繰り返しだけだとあくまでもテロリズムを主張するコリンズと対立する。
そしてテロに慄いた英国はやっとアイルランドと交渉のテーブルにつくことになる。ここでデ・ヴァレラはマイケル・コリンズを交渉団の首席につかせる。(事実は団員の一人)政治とは妥協の産物、結局コリンズが得たものは北アイルランドは現状維持そしてアイルランドは英国に忠誠を誓う自由国となることであった。これはあくまでアイルランド共和国を主張するデ・ヴァレラ以下過激派の猛反発を食い、結局骨肉の争いの内乱となる。英国の思うつぼである。
そして段階的に独立を勝ち取っていこうとするコリンズ(いまやテロリストから穏健現実派に変身)は内乱終結の打開を図りデ・ヴァレラと話し合いの場を設けようとするが、待ち伏せに遭い戦死する。この映画が非難を受けたのは、この死があたかもデ・ヴァレラによる謀殺のように画いている点である。史実はその証拠は何もないと。
この映画の面白さはコリンズが過激なテロリストより、テロとそれへの復讐は結局流血の連鎖を呼ぶ虚しさを感じ取り、テロを捨て交渉によるアイルランドの地位へと努力してく、苦悩を描いている点である。そこにヒロインとしてジュリア・ロバーツを絡めながら物語の展開を行っていくところである。
デ・ヴァレラ に扮するアラン・リックマンが渋い演技をしている。対英国で闘っていたアイルランド人同士の内部分裂は誠に悲劇であるが、それを画策した英国の権謀術数もたいしたものである。僕たちはその教訓を学ばねばならない。
コリンズ以外は結構長命らしい。31歳で銃弾に倒れた、若々しく力強い指導者コリンズが、アイルランドに自由をもたらし、人々に勇気を与えた英雄としての良い思い出だけを残したいことはアイルランド国民の総意に違いない。それをジョーダン監督は読み取り映画化しているのである。
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2.イタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス 原題NUOVO CINEMA PARADISO/CINEMA PARADISO」
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僕が遅まきながらジュゼッペ・トルナトーレ監督に接したのは、あの昨年上映された「題名のない子守唄」である。エンニオ・モリコーネのサントラが映画を盛り上げる。この傑作映画を観て、初めてトルナトーレ監督を知ったのである。その後この監督の映画を日本にDVDがある限りすべて鑑賞した。
なかでもこの「ニュー・シネマ・パラダイス」は彼の秀逸作であり、僕の映画人生の中でも、脳裏に焼きつく屈指の作品である。僕が見たのはDVDの2002年の173分のディレクターズ・カット版(DVDでは「完全オリジナル版」)である。従って1989年日本にて公開され40週に及ぶ連続上映を行い、映画公開で史上最高の興行成績である、動員数約27万人、売上げ3億6900万円をあげた123分の「劇場公開版」とは異なるのである。この点後述する。
さてこの映画最初の絵画のようなシーンが美しい。海を臨み、白いレースのカーテンが海の風に窓枠になびき、部屋にはイタリアンオレンジを盛った皿があり、ズームは部屋からの海への風景へと後ずさりする。この印象的な画面を、日本のインテリア・デザイナの巨匠北岡節男氏とこの映画を語った際に、彼がこのシーンこそイタリア美学の極限と述べた。
僕はDVDを購入して、この映画を今まで三回観た。そして何回観てもこの映画から受ける感動は麻痺するどころか新鮮な印象を都度与えてくれるのである。
この映画には二つの軸がある。ひとつは幼年時代から映画館の映写技師に可愛がられ、映画について教わる、そしてある時火災の際にこの技師を少年のか弱い腕で助けだすなど、親子以上の年齢差のある二人の友情関係の縦軸、それとこの少年が青年時代に恋をしたブルジョワ階級との女性との片思いと恋愛そして別離と再会の横軸がある。
173分版と123分版の51分の差は実は横軸が後者には無いというかほとんどカットされ、青年時代の思慕と別離しか描かれていないのである。僕はこの映画を1989年に観た友人とこの映画を話している中で発見したのである。
僕にとってはこの縦軸と横軸が、とちらも存在してこの映画の究極の完成度を感じるので、果たして1989年しか観ていなければどうなんだろうかと思う。しかし現実には1989年の123分版でトルナトーレ監督は大成功を収めているのである。
ともあれ、この二つの軸は両方とも僕たちをとどめなく爽快な涙で泣かせてくれるのである。
第一の軸の少年と映画技師の話、僕たち世代もだれでも幼年時代どこかのオッサンの職人芸に憧れてオッサンを慕った経験のあるものは少なくないだろうと思う。このオッサンと少年の関係、そしてこのオッサンが青年の初恋を、才気あふれる青年のためにならないとして心を鬼にして妨害してしまうのである。オッサンにとってこの青年は単にシチリア島の漁村の映画館技師で一生を終わる玉ではないと判断してのことである。
少年時代の好奇心は誰もそうだが、大人のキスシーンやラブシーンである。少年はこっそりこの当時禁じられたシーンで神父が検閲削除した場面のフィルムを持ち出そうとして、オッサンにばれるのである。オッサンは少年が大人になるまで預かると約束する。そしてオッサンの死後遺言で、少年に渡すようにとこのラブシーンシリーズを完全にしたリールを残すのである。まさに大人の約束を最後まで守ったオッサン、いまやイタリア映画界の名匠となった少年は、そのフィルムを見て感慨にふけるのである。
123分版はそれがメインテーマである。ところが僕の観た173分版はこれに青年時代恋した女性と約束通りの場所すなわち映画館で逢えず、30年も経ってオッサンの葬式に戻った青年がその女性を探し求めて再会する場面がある。123分版ではオッサンが敢えて二人を引き裂いたという話すらないのである。最後の再会の場面で二人が明かす、当時の逢えなかった事情そしてその盛り上がりは実に感動的である。監督の意図は分らないが、僕は二つの軸があってこそこの映画の素晴らしさが活きてくると考えている。
したがって123分版しか観ていない人もこの173分版を観るべきと考える。僕などはこの感動的な女との出会いと車の中での燃えるような遅き「初夜」から類推して、男は、結婚して家庭のある女を奪い取り、男の青年時代の初恋の夢を実現すると勝手に想像してしまうのである。
幼年時代のあどけなさあふれる少年とオッサン、青年とオッサン、そして成就されない悲恋、これを美しいエンニオ・モリコーネの音楽が、観る者の心の琴線を奏で、これほどさらっとした美しい涙を留めなく流させる映画は他にないだろう。
僕の人生であと10回は少なくとも観る映画に違いない。
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◎細江英公 人間写真展案内
第49回毎日芸術賞受賞!!平和へのメッセージ
写真絵巻「死の灰」
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日時 2008年2月2日(土)〜2月10日(日)
11:00〜19:00
(入館は18:45まで)
※初日は17:30まで
(初日の入館は17:00まで)
会場 杉並公会堂グランサロン
料金 無料
※舞踏公演のみ有料(1500円)
公演内容 2000年前のポンペイの死者たちから聴こえてきた。「天災は避けられない宿命だが、核兵器は人間が作ったものだから、現代人の決意と英知で避けることができる」と。ポンペイからヒロシマまで時空の彼方から〜写真と言葉で伝える。「原水爆禁止」市民運動発祥の地、杉並よりおくる“平和へのメッセージ”展。
<写真絵巻「死の灰」展によせて>
長い人類の歴史の中で20世紀ほど罪深い世紀はないだろう。1945年8月6日広島に、その3日後の8月9日に長崎に人類史上初めての大量破壊兵器であり、大量殺戮兵器である原子爆弾がアメリカ軍によって投下された。以来、アメリカの他にロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルなどが核兵器を保有し、人類は20世紀の後半から核時代に突入した。それは、われわれが再び「死の灰」を浴びる可能性があるということだ。
-細江英公-
<関連企画>
●2/2(土)16:00〜17:30
細江英公氏によるアーティスト・トーク(無料)
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次回の配信は1月26日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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