甦れ美しい日本 第153号
発行日時: 2008/1/5□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年1月5日 NO.153号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
< 目次 >
◎おめでとうございます・元旦の願い一つ No.324 平成20年 1月 1日(火) 西村眞悟
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて 146
2.奥山篤信 異文化の衝突----インド映画「その名にちなんで 原題: THE NAMESAKE 」を観て
3.西山弘道 「年頭に当たって」
4.松永太郎 本の紹介 江戸の大普請:徳川都市計画の詩学 タイモン・スクリーチ 講談社
◎阿嶋彩子の料理つれづれに(18)<新年祝いの膳>
◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」
其の七「和とは何ぞや・・・のお話」
◎奥山篤信の映画評論
1.アメリカ映画「ベティ・ペイジ 原題Notorious Bettie Page」☆☆☆
2.フランス・アニメーション映画「ペルセポリス 原題: PERSEPOLIS 」☆☆☆☆
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◎おめでとうございます・元旦の願い一つ 西村眞悟
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平成二十年正月元旦、あけましておめでとうございます。
お国と御皇室の弥栄と、皆さまの本年のご多幸とご活躍を祈り申し上げます。
旧年の世相は「偽」という印象を残したのに対し、本年は「真」となり、国家再興の歩みが堂々と拓かれることを念じます。
記
とはいえ、我が国内の「世相」を国内で如何に感じていても、我が国周辺の状況は、「変」であり「激」であり「乱」であり「凶」となる要因に満ちている。にもかかわらず、我が国内の世相は、この状況を認知せず、一種の閉塞空間のなかの安息を楽しんでいる。
ここにおいて、先憂後楽であらねばならない政治は、この周辺状況に対応出来る状態にあるのか。仮に厳しさを自覚した即応体制にあるならば、少なくとも、総理大臣は、冬の北京で春だとは言わなかったであろう。してみれば、旧年二十八日、総理大臣が北京で春と言ったのも「偽」か。
さて、本年三月には台湾の総統選挙、ロシアの大統領選挙。
七月には北海道でサミット。九月には北京オリンピック。その次は、アメリカ大統領選挙。これをざっと観ただけでも、我が国を取り巻く政治状況に激変が起こりかねない。
先ず、三月の台湾総統選挙。
この結果次第で、台湾の強力な軍事力が中国の軍事力と合体して、我が国に向かうことになる。つまり、中国国民党の候補者が総統になれば、台湾は中国と合体する方向に向かうのだ。
四日前に北京で、日中関係に春が来たと言っていた総理は、
台湾の総統選挙に如何なる関心を持っているのだろうか。
日本の総理は、この総統選挙も「支持しない」のであろうか。それなら、結論はともかく、論理的には一貫している。
しかし、仮に、三月の台湾総統選挙を容認していながら、台湾名での国連加盟申請を「支持しない」のであれば、中国への迎合による論理破綻である。
何故なら、総統選挙そのものが台湾が国家である証だからである。台湾が国家である証を容認しておいて、国家であれば当然なせる国連への加盟申請を「支持しない」という論理は成り立たない。
次に、七月のサミット。
総理は、北海道でのサミットに総理として乗り込みたいのだと思うが、覚悟はあるのだろうか。
北海道の一部を軍事占領しているロシアの首脳が北海道に来るのだ。この北海道のサミットを絶好のチャンスとして、サミット参加国環視のなかで、ロシアに対し如何にして北方領土返還を迫るのか。北海道に「夏が来た」で済まされる問題ではない。
仮に、ロシアとの事前協議で、先方が北方領土問題に全く関心を示さず、サミットに於いて話し合うことにも応じないならば、ロシア一行の宿泊ホテルは、水も冷暖房も水洗便所もない木賃宿にすべきである。最低レベルのホテルにすべきである。その為に特別の小屋を建ててもよい。こういうことを「しらっと」するのが外交だ。外交官とはそれを慇懃にしてのける役人ではないか。特にロシアに対しては露骨に我が方の感情を示さねばならない。まさに、ロシアが未だ軍事占領を続ける北海道でするサミットなのだから。
北京のオリンピック。
正直言って憂鬱である。スポーツ選手がオリンピックに参加したいのは分かる。しかし、北京でのオリンピックは憂鬱である。
世界の疫病神だ。共産党独裁国家、最大の反日国家、最大の人権無視国家、チベット人やウイグル人への虐待、自国農民への虐待、核とミサイルを増産し続ける軍事優先国家、社会秩序はめちゃくちゃ、犯罪多発、言論の自由もない警察監視国家、空気も水も劣悪、傲慢無礼な中華思想の「阿Q」、自分に不都合なことは一切認めず人様の悪口ばかりを言いつのる「阿Q]・・・こんなところが、(どういう工作をしたのか)オリンピック選考委員会で当選してオリンピックをするからといって、いそいそと参加することはないだろう。嫌々参加するのも嫌だ。いっそのこと、ボイコットするのはどうであろうか。オリンピックのしわ寄せで北京などから閉め出されている多くの中国民衆は拍手喝采するのではないか。
仮につつがなく開催にこぎつけても、どうせ中国共産党は、ナチスの「民族の祭典」まがいの宣伝映像を延々と世界に流すのであろう。
ところで、ナチスの「民族の祭典」のあとには何があった。歴史を振り返ろう。手放しでオリンピックを観て居れば、そのあとに何が来るか分からない。これが、独裁国家のオリンピックというものだ。
現在の中国社会は、東京オリンピックの前の「三丁目の夕日」の時代の日本ではない。
清朝末期の富裕と退廃と阿片窟のような裏社会と絶望的な貧富の格差。オリンピックという官制祭典の無理がたたって、この中国社会がどうなるか分からない。中国の歴史における歴代王朝末期の社会動乱が始まりかねない。こうなれば、核ミサイルを持った軍隊が軍閥となって中央の統制が取れなくなる。
北朝鮮でオリンピックをするほうがまだましだ。
アメリカ大統領選挙。
いずれの大統領が当選しても、アメリカの対日戦略、東アジア戦略は変化する。我が国は、如何にして国家存立の戦略を構築するのか。そして、日米同盟関係を如何にするのか。
はたまたアホのように、「国連中心主義」でまとまるのか。
いずれにしても、今の与野党の構造からは、国家戦略は生み出せない。
以上の通り本年の状況を概観すると、国連中心主義で一致しかけている我が国国内政治の状況が、如何に子供じみたものか分かるというものである。
さらに、与野党とも、これに対処するにもっともふさわしくない御仁が代表を務めているなー、と一種の感慨に打たれざるを得ない。
我が国家存立と再興のために、政界の再編は必至である。
それにしても、麻生外交が掲げた戦略的意義を脅威の思いを以て注目したのは中国であったのではないか。
本年、安倍・麻生内閣の痕跡も残さないような内閣が、このアジアの動乱に対処することになるとはまことに皮肉と言わざるを得ない。
さて、冬の北京が春だと思っている総理と内閣のことはともかく、我々は何が出来るか。
先ず、私は、我が日本の為にも、もちろん台湾のためにも、
台湾総統には民進党の謝長廷氏が当選しなければならないと思う。
それは当然ではないか。謝長廷氏は台湾を愛している。台湾を愛している人が台湾の総統・プレジデントになることを願うのは隣国の当然の願いである。
反対に、台湾を愛していない者、台湾は中国の一部と思っている者、つまり、台湾という国家を否定する為に台湾のプレジデントになろうとする者、この者が台湾の総統になることを、仮に我が国が願うならば、これは民主主義という理念の否定であり台湾を侮辱することであり、国家否定という最大の内政干渉という裏切りである。
謝長廷氏は、旧年十二月に来日して京都大学で演説し、
「台湾は既に国家である」と鮮明にした。
よって、我が国は、謝長廷氏を支持すべきである。
「台湾は独立しない」つまり「台湾は国家ではない」と主張する中国国民党の候補者は、民主主義を否定する者である。このような者は、台湾のみならず我が国と東アジアに不幸をもたらす。
そこで、我々は何が出来るか。諸兄姉にお願いしたい。
総統選挙までに出来るだけ多くの仲間とともに台湾を訪れて欲しい。そして、我々日本人は謝長廷氏を支持すると多くの台湾の人に伝えて欲しい。三月までの海外旅行地は台湾と設定して欲しい。一衣帯水の隣国なので、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジアへの旅行代金で何回も台湾へ行けるはずだ。
台湾のあらゆる観光地で、また、夜店で、さらに、田舎で、日本人は台湾の総統に謝長廷氏を願っていると台湾の人々に伝えて欲しい。
旧年十一月、百名を越える人々と「日台同盟推進訪問団」を結成して台湾を訪れた。その後、参加した仲間と情報交換した。
その結果、台湾の人々は、日本人が「台湾人の台湾」を願っていると言えば非常に喜んでくれるということだった。
長年、国民党の所謂「白色テロ」という恐怖政治のなかで生きてきた台湾の人々は、なかなか自分の政治信条を表明できなかった。その癖が未だに抜けていない。
しかし、日本人が大勢行って励ませば、「台湾人の台湾」を目指す動きは大きなうねりとなって謝長廷氏当選に結びつくのではないか。・・・これが、台湾をよく知る仲間の意見である。
よって、本元旦において、多くの仲間が、台湾と日本の幸せのために、台湾を訪れ、一衣帯水の隣人を励ますことを心から願う。
これが、我々日本人が、日常生活のなかで、アジアの幸せのために為せることである。このような立場に、日本人がいること、これご先祖のおかげと思う。
(了)
(本文西村真悟衆議院議員の了解を得て時事通信No.324平成20年1月1日(火)を転載するものである。)
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◎レギュラー執筆者
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1.佐藤守 大東亜戦争の真実を求めて 146
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ところで、当時の日本は、中国共産党の活動についてどのように考えていたのであろうか?日本側にも、共産主義活動家の手が伸びていなかったのであろうか?
勿論、近衛首相近辺にはゾルゲ・尾崎秀実というコミンテルンの手が伸びていて、政府じきじきの最重要情報が流れていたことについては既に書いたが、現地支那大陸でも相当な工作があったはずである。
1939年8月23日に、ソ連はドイツと不可侵条約を結び、ドイツと組んでポーランドを分割した。
スターリンとヒットラーが不可侵条約を結んだことに、日本の首相であった平沼騏一郎は「欧州情勢は奇奇怪怪」と評して辞任したが、毛沢東は「スターリンが日本と同様の取引をして中国を第2のポーランドにする」ことを恐れた。
事実、ソ連はノモンハン事件を終結させ、日本との停戦協定を結んだから、蒋介石は深刻な疑念を抱きモスクワに真意を質したが、他方、毛沢東はこの展開を歓迎したという。「マオ・上(既述)」にはこうある。
「毛沢東の全体戦略は、ソ連の介入を求めるという一点にあり、いままさにスターリンが中国の一部を占領して毛沢東を責任者の地位に就けるというシナリオが現実味を帯びてきたからである。
その年の九月、日ソ停戦についてどう思うか、というエドガー・スノーの質問に対して、毛沢東は大歓迎だと答えた。『世界解放運動[すなわち毛沢東個人と中国共産党]の利益……に対するソ連の支援を妨げない限り』ソ連がそうした協定に調印してもかまわない、というのが毛沢東の考えだった」
蒋介石と毛沢東の、スターリンを見る目はこのように大きく異なっていたのである。万一ソ連が「ポーランド方式」で中国を2分割するにしても、毛沢東は「『長江を…境界線として、我々が半分を支配する…』ことを夢見ていた」という。
事実、スターリンはポーランド方式を中国にも当てはめる考えを持っていた。
「一九三九年九月以降、ソ連は中国の将来を中心問題に据えて日本と交渉を始めている。共産党軍および革命根拠地の拡大は対日交渉におけるソ連側の強みとなり、戦後の長期目標にも資するため、スターリンはこれに極めて直接的な関心を抱いていた」と『マオ』には書かれているのだが、日本側の資料は寡聞にして知らない。
1941年4月に日ソ中立条約が、松岡洋右外相とモロトフ外相との間で“唐突”に締結されたのだが、その間の交渉で取りざたされていたのかもしれない。
この頃毛沢東は蒋介石軍との交戦をしきりに強調してスターリンに報告しているが、スターリンは国共内戦を阻止しなかった。そればかりか中国共産党に対して毎月30万米ドルという巨額の資金援助をしている。
他方、毛沢東はその裏で日本とも取引をしている。1939年9月、独ソ不可侵条約が締結され、スターリンが日本とも取引する恐れが出てきた頃、毛沢東は日本の情報部とも長期にわたる親密かつ極秘の協力関係を結んでいる。それは蒋介石に対する破壊工作を強化し、共産党軍を日本の攻撃からから守るためであった。
「中国共産党側の工作責任者は潘漢年、日本側は上海副領事で幹部情報将校の岩井英一だった。潘漢年は、『日本陸軍、憲兵隊、警察職員各位、本証の所持人に関する照会は全て日本総領事館に寄せられたい』と書かれた日本の特別な身分証明書を与えられた。延安と直接接触できるよう、岩井の自宅には延安から無線技師が派遣されたが、これは『危険すぎる』として実際に使われることはなかった。
潘漢年は、蒋介石軍の交戦能力、蒋介石と中国共産党との軋轢や列強各国との関係、香港や重慶で活動中の英米スパイのリストなどの情報を岩井に提供した。こうした情報は日本から高く評価され、中には在中国日本大使が『狂喜した』ほどの情報もあったという。一九四一年一二月に日本が香港を攻撃した際には、岩井が中国共産党スパイの撤退を支援した。潘漢年が岩井に約束したように、スパイの一部はそれまでどおり日本に情報提供を続け、それ以外のスパイは上海へ移動して『われわれの[和平活動]を支援する』ことになった。[和平運動]とは、中国を降伏させるための日本の非軍事攻勢である。中でも目立った組織は『興亜建国運動委員会』で、潘漢年が発足を手伝い、日本が資金を出し、組織の人材は共産党の地下党員が中心だった。中国共産党は日本を使って国民党を背後から襲わせたのである」
このような巧妙な情報活動が行われていたのだが、日本の関係者は全く気がつかなかったのであろうか?
現在でも、同じような手法が続いており、日本は資金は提供させられるが実を取れない。その昔、総理大臣までもが篭絡されたくらいだから、如何にこの手の活動に我が国は弱いかが伺える。そしていまや、情報活動、工作活動は、この当時とは桁違いで国内まで浸透している様に思われるから、東シナ海をめぐる天然ガス交渉も手玉に取られることになりそうである。 (続く)
お詫び 前号の後半部分に、「大使位置激論」「前面戦争論」とありましたのは、『対支一撃論』と『全面戦争論』のミスでした。お詫びして訂正します。
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
異文化の衝突----インド映画「その名にちなんで 原題: THE NAMESAKE 」を観て
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両親がインド人でイギリスに生まれ、ニューヨークで活躍する女性作家ジュンパ・ラヒリのベストセラー小説を、「サラーム・ボンベイ!」でカンヌ国際映画祭カメラドールを受賞、「モンスーン・ウェディング」ではヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したインド女流監督でコロンビア大学で教鞭も取るミラ・ナイールが監督した秀逸映画である。
インド人でしかもアメリカ生活を経験したものでないと描けないうえに、原作・監督ともインド人女性である点、非常に優しく細やかな描写が、心に響くのである。
僕が若いころインドを商談でくまなく歩き、その後ニューヨークにて生活した経験から、この映画の描くインド人家族のアメリカ特にニューヨークでの生活の葛藤や同化が手に取るように理解できるのである。
ベンガル人の父親は若いころロシアのニコライ・ゴーゴリのファンであり、その小説「外套」を夜汽車で読んでいるとき列車事故にあり九死に一生を得る。
その後アメリカに留学、学者としてアメリカに住み、そのまま故郷ベンガル・カルカッタより嫁を貰う。
カルチャーショックの望郷の思いの妻をなだめながら、一男一女をもうける。二人の子供はアメリカナイズされアメリカ人と同化していく。丁度日本人でアメリカで育った子供たちと同様である。しかし日本人とインド人とは、アメリカナイズされても完全にアメリカ人になりきれない、一つは世界のどこに住もうと、それぞれ日本人社会やインド人社会とのくびきがある点と、なによりも世界に誇る歴史的民族のDNAが、潜在しているからである。
ゴーゴリが、両親が望むベンガル人とはほど遠い軽佻浮薄のまさにアメリカ的ガールフレンドを連れ、両親の家に来たある日、父はゴーゴリの名前の由来をそっと息子に教えるのである。このゴーゴリこそが、父親の生き生きしたその後の人生を与えるきっかけとなった縁起の良い名前だということを。そのとき初めてゴーゴリは奥深く潜在していたインド人家族特有の親子の絆を感じるのである。
父の急死、その訃報をゴーゴリはガールフレンドの別荘で聞く。何回も母がコンタクトしているにも関わらずコールバックしなかったのである。ゴーゴリは罪悪感に苛まれ贖罪意識から、インドの古来の儀式に従い、毛髪を剃り上げ喪に臥し、ガンジス川へ父の遺灰を蒔くのである。
そんな時ガールフレンドの露骨なアメリカ的ミーイズムに接し、そこでゴーゴリは完全に白人ガールフレンドに内存するアメリカ社会の本質がわかり白けてしまうのである。
その後母の仲介で、イギリス・フランス育ちのソルボンヌ卒の才色兼備のベンガル女性と結婚する。だがある日彼女には結婚前から、フランス人の間男がいることを発見してしまう。彼女はまさにフランスの性愛至上主義の虜だったのである。
絶望の中、母と息子の絆に精神的に支えられ、ゴーゴリはさらに強くインド人の血の誇りを持ちつつアメリカ社会で生きて行くに違いない。
この映画はユーモアも交え、母の新婚当時から父の死、そして結婚の破たんとおよそ30年の時の流れを、実に繊細に流れるようなタッチで描いている。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道
「年頭に当たって」
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平成20年の新しい年を迎えた。東西冷戦の崩壊で始まった平成の時代も20才の成人に達したのである。ロマンとデモクラシーの時代だった大正の御世をすでに5年も上回った。さすがに戦争と復興の時代だった昭和は遠くなった。「降る雪や 明治は遠くなりにけり」と中村草田男が詠ったのは、昭和10年ごろといわれているが、それからも70年以上たっているから、明治はさらにさらに遠くなったのである。
今年は明治維新からちょうど140年にあたる。このうち明治、大正、昭和の時代が120年を占め、平成はその最後の20年を形成中と思えば、感慨も湧いてくる。後10年たてば、堺屋太一氏がその小説で描いた、少子高齢化が進んで日本社会が活力を失う「平成30年」がやってくる。また、この「平成30年」は明治維新から150年目に当たる節目の年ともなるのだ。これからの10年を我々日本人がどう生きていくのか、将来のわが国の岐路になると思えてならない。その指針を示すのが、政治なのであり、政治家の責任は大きい。
閏年、オリンピックイヤーの今年は世界的に大きなビッグイシューが目白押しだ。2月、韓国に10年ぶりの保守政権となる李明博政権がスタート、3月には台湾の総統選挙と、すでにプーチン氏の院政が確定的とはいえ、ロシアで新大統領選挙が実施され、さらに8月には北京五輪、そして11月にはブッシュ氏に代わる新しい指導者を選ぶ米大統領選挙が予定されるなど世界は今年大きく動きそうだ。その中で、政権交代か大連立か、と激しい政争に明け暮れているわが日本国の政治が今年、ますます内向きになって、国際プレイヤーとしての地位をさらに低下させ、ジャパンパッシングになっていくのか、まさに真価が問われる年になるのを、政治家たちは自覚すべきだ。
間違いなく今年も台風の目となりそうな政治家、小沢一郎氏は年末、こう語った。
「政治改革を訴え、自民党を離党してから来年(08年)で15年。黒船が襲来し、明治維新がなってからも15年。(来年は)政治家としての私の最終決戦だと認識している」。
小沢民主党代表の言う「最終決戦」、すなわち総選挙は今年、間違いなくあるだろう。
それこそ与野党死力を尽くしての決戦になろう。大連立の話もまたぶり返すかもしれない。
その際、政治家たちに望むのは、目を内にばかりではなく、世界の指導者がそろって交代
する今年、国際プレイヤー=日本という意識を持って、決戦に臨んでもらいたい。そして
もう一つ、あと10年後は明治維新から150年の「平成30年」という節目の年を迎え
る、今年はその日本の岐路の最初の年だという自覚も持ってもらいたい。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎
本の紹介 江戸の大普請:徳川都市計画の詩学 タイモン・スクリーチ 講談社
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今年、最初にご紹介したい本を、何にするか迷ったが、この本に出会い、すぐに決めた。
著者のスクリーチ氏は、ロンドン大学教授、多摩美術大学の客員教授である。私は、この方の本は読んだことがなく、無知と不勉強をさらけ出す思いだが、一読、驚嘆せざるを得なかった。以下、読後、考えたことを記してみたい。
私(たち)は、あまりにも自分たちの過去、歴史について、知らない。なぜ、知らないのか、と問われれば、二度の歴史的・文化的な切断があったためである、としか言いようがない。最初の切断は、明治維新であり、第二の切断は、敗戦である。この二度の切断によって、私たち現代の日本人は、なんとなく自分たちの過去が遅れたものであり、間違ったものであり、よくないもののように思い込んできたのである。可憐としか言いようのないが、こうした態度は、世界中で、あまり見られないものである。世界で、どの国に行っても、それがいわゆる小国であろうと、大国であろうと、たとえばギリシャのような小国であれば、その文化的な伝統に、イギリスやアメリカのような大国であれば、その大国としての地位をもたらした自分たちの過去に、ある誇りを持っている。このような誇りすら、それはナショナリズムなので、とても、いけないことなのです、と言いはやしてきたのが、朝日新聞などを代表とする戦後の言論界である。最近では、読売新聞も、そのようであるということがわかってきて、ご同慶の至りである。
しかし、本書で、江戸学という分野があるのを知り、そういう時代、つまり自分たちの過去はごみのようにくだらない時代ばかりだった、という思い込みが、もはや消えている学問が生まれていることがわかって、非常に希望がわいてきた。しかも、この江戸学は、現代の世界にもっとも必要な視点を提供する可能性を持っているのである。
江戸学というのは、江戸時代を歴史的に研究するのではなく、むしろ「江戸」という都市そのものをさまざまな角度から研究するものである。世界的な都市、たとえばローマやアテネ、パリやロンドン、ニューヨーク、アレキサンドリア、洛陽、北京などは、それぞれ、さまざまな角度から、徹底的に研究されている。現在、江戸は、今日、世界史的にも奇跡的な大都市として研究されている。この本によって、私はその学問の一端に触れることができた。なぜ、奇跡的なのは、しばらくおき、ここではもう一つのことだけ、書いてみたい。
日本の歴史において、切断があったのは、もちろん世界史的な切断があったためである。それは、人類の精神の歴史において、ニーチェが言った「神は死んで、ここにはもういない」という言葉に対応する出来事である。つまり、西欧や日本のような地域において、宗教にどのように対応したらよいか、わからなくなってしまった、という出来事である。この結果、現代人は、とてつもなく、干からびた内面の時代に生きている。
江戸が、なぜ、すごいのか、といえば、この本を読んで、見えてくるのは、それが一種の内面的な合理性を獲得していたからである。内面の秩序は、外面に投影される。あるいは連続している。外面の秩序が、内面を制御する。このことが江戸の都市設計者にはよくわかっていたようである。それは呪術やオカルトとはまったく異なったものである。この本は、そんなことは言っていないが、私たちが、もし希望を抱くとすれば、江戸の先人の知恵に学ぶほかないのは、次第に見えてきた事実だと思う。ほかに歴史を学ぶすべはないのである。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(18)<新年祝いの膳>
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<料理の気遣い>
お友達の家に招かれたり、お店に食事に行ったりする時、又家にお客様をお招きする時に美味しいメインのお料理の前のちょっとした品や和食の途中で出る「箸休め」などで、メインの料理の味が一層引き立ち、又料理人の心遣いを嬉しく思う事が多い。
お正月に大勢の家族とおせち料理を囲んで和やかに食事をしていた際、おせち料理にはしっかりした味のものが多いので、何かこのあたりで食事の息抜きをと思い、小さなお椀物を出してみた。ここで、皆が一息つき、新に第二ラウンドという感じで続いて頂くおせち料理も口新しいものになった。このような料理における「間」と呼べるようなことは和洋を問わずあるのだと改めて思う。会席料理にはお吸い物が途中に入っており、いつも気持ちが温まる思いで頂く。お鮨屋で食していて楽しい事は気がきいた「箸は休め」を出してくれる時である。これこそ板前のセンスによるものであるが、貝のヒモを焙った物にレモンをかけて、ある時はアナゴの端っこにゆず塩をかけて、というように、何となく食べ心地が良くなる。西洋料理のコースではメインのお肉の前にシャンパン・シャーペットなどで作った冷たい口直しが出るが、これこそ体も気持ちも落着けて、これからメインを、という意気込みのような感じがする。
料理も客をお玄関で気持ちよく出迎える事と同じで、前菜の前に出る小さな品は大切な意味があると私は感じている。日本料理では「口取り」という小さな甘いお菓子や蒲鉾のようなものを出し、西洋料理では小さなチーズ味のパイなどがだされる。この小さな品に私はこれから始まる食事というドラマの幕開きのような感じを持ち、この品が良いとこれから出る料理に対してもきっと素晴らしい料理が始まるだろう、と期待する。
小料理屋で板前さんと話していた時、その板前さんが「お通し」を考えるのが毎日一番大変で、風邪などひいて、気分が乗らない日は本当に困るのだと言っていたのを思い出す。お客がお店に入り、お絞りで手を拭き、さてこれから何を頼もうかとメニューを見て注文をして、出来上がるまでの間に冷たい飲み物と共に出される「お通し」はまさに助走である。板前さんの話によると、その日の天候が暑かったら、お客さんに冷たく口当たりの良いものを、又蒸し暑かったらさっぱりとしたものを、と考えると話してくれた。
食後のデザートは美味しかった料理の余韻を楽しみ、甘さは胃の消化を助ける意味がある。チーズと甘い貴腐ワインを頂くのも洒落ていて、美味しいし、チーズは粘膜を保護し甘いお酒は消化を助けるので理にも適っている。日本料理ではお抹茶と和菓子が出ることが多いが、お菓子を頂き、お抹茶を飲んで後にお茶碗の口をつけた部分を少し回して置くと、これで完結したというきりっとした気分になる。
料理の美味しい満足は味の良さに加え、場の雰囲気に依るところが多いので、料理を出す方は料理に対するテクニックもさることながら、食する人が気持ち良く食せることを一番に考える必要がある。又食す人も作り手の意図する所を察し、上手に楽しむことが求められ、双方が上手く成り立ってこそ食の真の向上がなされると思い、望む事だ。
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◎廸薫の「タカラジェンヌが日本舞踊家になったわけ」
其の七「和とは何ぞや・・・のお話」
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「和」とは何ぞや・・・、という事を研究している方がいらっしゃるというお話しを、以前伺ったことがありました。結果から申し上げますと「和」は物では無いという事に辿り着いたそうですが、それはどういうことなのでしょうか?
つまり茶碗や棗が台所に只漠然と置いてあるだけではそれは「和」とは言えず、茶碗や棗が茶碗や棗として置いてあるに相応しい場所や空間に存在するという事が「和」という雰囲気を醸し出す。この「雰囲気」とか「空気」とか「空間」が「和」なのだということです。
茶碗や棗の場合、お茶室の空間で丁寧に扱われてこそ、その物の持つ本来のオーラが出て来ますが、台所に転がっている様な状態では、只の湯呑み茶碗と変わらなくなってしまいます。それと同じように今日本でブームになっている「和」も形だけの「和」なので、若者たちが浴衣を着ていても、まったく日本の文化の美しさを感じることの出来ないTシャツと変わらない、何ともへんてこりんな「物」になってしまっているのでしょう。しかしながら日本は自国の文化を、ある一定の時期が過ぎると忘れ去られてしまう「ブーム」にしてしまう世界にも類を見ない不思議な国です。自国の文化をそんな次元でしか捉えることの出来ない日本人って一体何なのでしょうか?
前回のお話で、私はいみじくも「・・・このように日本舞踊の歌詞は、まるで漆を何回も塗り重ね美しい光沢を醸し出すのと同じように・・・」と書いていましたが、正に日本の文化を象徴しているかのようなその「漆器」を英語でその物ずばり、「ジャパン」と言うのをご存知でしょうか?
何故、「漆器」が「ジャパン」と呼ばれるようになったのか、その経緯を私は知らないのですが、前回その文章を書いている時にはすっかりその事を忘れており、後でふとしたことから思い出し、それからこの言葉の持つ暗示をずっと考えていました。「漆器=ジャパン」なら「陶器=チャイナ」です。この相対的なイメージというものは日本人が何と言おうと、英語圏の人物が漆器や陶器という代表的な工芸品を、日本や中国に持つ象徴的なイメージとして国名で表現したもので、何とも皮肉な気がします。現代の日本人が自国の文化であるにも関わらず忘れている本質的な物を、彼らは知っているのかも知れません。実際に彼らの方が日本の優れた感性や技術に対して敏感且つ、ある意味貪欲です。以前映画「ラストサムライ」を見たときに私が感じたのは、感動と憤りでした。感動に比例して憤りが大きくなったのも、なぜ此の映画を撮ったのが日本人ではないのかという思いを抑えることが出来なかったからです。とても感動し涙した映画でしたが、もう一度見たいという気になれないのは、その複雑な思いを二度としたくないからかも知れません。
「漆器」だけでなく、日本を代表する素晴らしい養殖の技術を有する「真珠」もアコヤ貝の懐で真珠層が何層にも巻かれ美しい光沢を放つ、また「着物」も重ねて着る、色も極彩色というよりは一色の中に他の色のニュアンスを感じられる・・・・。このように考えていくと日本文化は自然と向き合いじっくり育て慈しむ、農業と同じでは無いのかと思えてなりません。雨や風や太陽と共に共存共栄し、水や光や熱の調和がなければ作物は育ちません。そんな生活、四季の中で培われた文化だからこそ、物その物ではなく空気や雰囲気が伴わなければ「和」とは言えないのでしょう。欧米の狩猟民族の様に人の物を奪うのDNAではなく、慈しみ育てる農耕民族のDNAを持つからこそ、このような文化が育ってきたと言えるのでしょう。
面白いことに「和」という字は米を口にするという意味も有るそうです。そして「足し算」を「和算」というように単純に数字を足すと言うよりは違うもの同士を調和させ別の発展したものを作り出す、「和」にはそんな素晴らしい精神性を伴い、さらに「和」は「輪」にも通じるのです。
日本人の本質的なものはDNAの中にしってかり組み込まれているはずなので、こういった優れた国民性の本質は変わらないはずです。様々な国のものを迷うことなく取り込んで、すぐに日本風にアレンジしてしまったり、世界に誇る日本独自の技術を持っていたり・・・。ただ今問題なのはその考え方、思想の基本の全てが欧米のものに基準を置いているということなのです。家族や会社、服装や音楽も人と人の結びつきもすべてのものが欧米化し、例えばミス・ユニバースの日本代表基準も、如何に欧米人に近いかが判断基準で、日本女性の美しさを世界に誇ろうとしているとはとても思えません。
今の日本がめちゃくちゃになっているのは、本来の日本人のDNAに反する全ての考え方がもう限界に来ているからなのです。もう一度全ての基本を日本の伝統文化に学びなおす事によって、日本人が本来持つ素晴らしい感性や特質が開花するに違いないと、私は固く信じています。農業=Agriculture→culture=文化。こじ付けかも知れませんが文化はやはり丁寧に土地を耕し、作物を見守り育て慈しむ農業のようなもの。雨や風や太陽の自然の声を聞きながら、自分たちも自然の一部として生きていた頃の日本人の「和」の心を私自身ももっと感じたい、知りたいと思います。2008年、今年はそんな年になりそうです。
花柳廸薫(はなやぎ みちかおる);
NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会 代表理事
社団法人日本舞踊協会正会員。
兵庫県神戸市出身。三歳より花柳流日本舞踊の手ほどきを受ける。宝塚音楽学校首席入学。宝塚歌劇団退団後、花柳流師範資格を取得。歴史街道推進協議会、関西フォーラムに参加したことを機に、アメリカ(ワシントン、ミネアポリス、ニューヨーク)東南アジア(インドネシア、シンガポール)にて舞踊公演を行うなど、ワークショップや文化交流、結婚式、祝賀会、レセプション等の舞踊活動を中心に、古典に基づく独自の舞踊活動を国内外で行う。平成十七年NPO法人日本人のアイデンティティを育む会・紫薫子の会(しくんしのかい)を設立。日本舞踊のみならず、日常生活から消え行こうとしている日本伝統文化に警鐘を鳴らし、啓蒙普及活動をライフワークとして本格的な取組みを始動。
ご意見箱アドレス; michikaoru@hotmail.com
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◎奥山篤信の映画評論
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1.アメリカ映画「ベティ・ペイジ 原題Notorious Bettie Page」☆☆☆
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50年代のアメリカ、それは今と異なり性道徳観があった時代である。ポルノ(現在のものに比べればポルノともいえない程度)界で人気の高かったベティ・ペイジの物語である。
ナッシュビルの貧困家庭で育ったベティは、大学進学の奨学金が得られず挫折、最初の結婚にも失敗する。映画では集団暴行に遭遇したきっかけから、新しい人生を求め、ニューヨークへ向かう。偶々写真のモデルになったきっかけから写真モデルの道を歩む。
彼女の天真爛漫な性格は、どんどんモデルとしてエスカレートしていき、ロ—プや拘束具で縛られたボンデージの世界へと、そのモデルの世界を広げていった。一部個人や好事家の間でその写真が流行となり認知度が高まった。
その後吹き荒れたポルノ追放のキャンぺーンにて上院でも取り上げられ、原題のNotorious Bettie Pageと指さされ、静かにこの世界から失踪した。映画では神に仕える伝道師として人生を再スタートさせることになっている。ちなみに1978年ころから、再評価の高まりのなかで、写真集や伝記が発売された。そして黒髪のベティを真似たピンナップやヌードグラビアが出版された。1993年には彼女自身再登場したといわれる。
残念ながらこの映画は、せっかくのベティの波乱万丈の人生をうまく描けていない。結婚失敗や暴行事件のトラウマとして、当時としては極端なポルノ界に入っていったといった動機付けと連続性がはっきりしない。映画では「裸のアダムとイヴは罪を犯した。そして衣服を着るようになった。同じように自分もモデルを辞めてこのよに伝道師となった。」などと余りにも飛躍して稚拙である。単なる天真爛漫さだけが目立ち、暗い内面の心が一切描けていないのである。
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2.フランス・アニメーション映画「ペルセポリス 原題: PERSEPOLIS 」☆☆☆☆
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イランと言えばパーレビー国王時代から、ロシア革命のケレンスキー政権的なバクティアル政権、その流血の革命、ホメイニ体制、アメリカ大使館占領事件やイラク・イラン戦争、民主化され改革路線のモハンマド・ハータミー 大統領を経て現在の強硬派で核武装論のマフムード・アフマディーネジャード大統領と、1970年より政治的に激しく動いている。
この1970年より90年代のイラクの様子をこのアニメーションは9歳の少女マルジの成長に従って描いているのである。まず映画はイランの政治の変遷の歴史に実にクリアな頭の整理ができる点がある。イギリスの汚い帝国主義統治手法、パーレビー国王の実態、ソ連のアゼルバイジャン分離による共産圏へのイラン取り込みの野望、共産主義者とパーレビー、共産主義者と原理主義者との関係、そしてホメイニ革命など実に明瞭に理解ができるのである。
イラン人である原作者のマルジャン・サトラピ自身が監督を務め自らをマルジに置き換えているだけに、サトラピの育ったイラン・ブルジョワ社会の家族の滅亡の歴史が実にリアルに悲哀を籠めて伝わってくるのである。
9歳の少女からみてパーレビーは憎くき倒すべき相手、家中で「パーレビー倒せ」と叫びパーレビー一派の子供までリンチしようとする彼女に、まさに少年少女の残酷さが、そしてそれを利用するポルポト、紅衛兵など他国の例も思い起こさせるのである。
革命後いったん釈放された共産主義の叔父に歴史を教わり、物事が理解できるようになる。しかしそれもつかの間叔父は共産主義者としてホメイニ下で虐殺されてしまう。
革命防衛隊が支配するなかで、両親はマルジをウイーンに留学させる。そこで西欧の自由と退廃を見て好奇心の中で、身を滅ぼしていくマルジ、それは多感なティーンエイジャーの一人の女性として、親元離れ寂しさで身を崩していく姿でもあった。そして望郷の念にかられ帰国そこには黒いベールとイスラムの戒律が、少女時代以上にマルジの生活を束縛する。
その中でのマルジの革命防衛隊への理路整然たる反論が光っていて面白いのである。
イランには未来はないと判断、両親はマルジをイランより欧州フランスに永遠に送り出すことなる。マルジの新しい世界パリで、どのように逞しく生きていくのであろうか?
マルジの祖母がいつも優雅な香りを漂わせていた。少女のマルジの問いに、ブラジャーの下部にこうして香草をいつもいれているのよと。それをパリで回想するマルジ。実に暗示的なフィナーレの場面である。
贅沢にも声優にキアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ダニエル・ダリューなどが出演、この映画は2007年カンヌ映画祭にて審査員賞を受賞した。
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