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甦れ美しい日本 第149号

発行日: 2007/12/8

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年12月8日 NO.149号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者

 塚本三郎      正論はすべてが善か          
  
◎松島悠佐の軍事のはなし(56)「わが国の対核戦略の不備」

◎レギュラー執筆者 
      
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて 143
2.奥山篤信   日本の似非保守知識人の群れ
3.西山弘道    「“大連立”は続く」
4.松永太郎    本の紹介 道元 「永平広禄・頌古」 大谷哲夫 訳注 講談社学術文庫

◎阿嶋彩子の料理つれづれに(14)<蟹のこと>


◎奥山篤信の映画評論 

1.アメリカ映画『マイティ・ハート/愛と絆』原題 A MIGHTY HEART ☆
2.デンマーク映画「ある愛の風景 原題BRODRE/BROTHERS」 ☆☆☆☆☆
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 塚本三郎 
  瀬戸際に立たされる日本            
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福田首相の柔軟性は 

野次馬根性で福田氏の気持ちを言わして頂ければ、「万事おだやかに、皆さんのおっしゃる説は御もっとも、みんな正しい、その人達のご意見をまとめます。
外交については、中国や韓国や北朝鮮やロシアや、何れの国にも言い分はあるでしょう、それを出来る限り、受け容れますから、日本の主張もほどほどに聞いて下さい。万事おだやかに、拉致の解決の為には、私が責任を持ちます」。
福田氏にはこんな手法と会話が見えてくる。
「他人のいやがることはしない方が良いでしょ」と発言した福田氏の言動は、靖国神社参拝についての応答である。福田氏の人柄からして、善意のカタマリとは思う。しかし、政治の世界は、敵と闘うことが、時と場合によっては重大な使命となる。
九月十六日、福田康夫氏が首相に決まると、中国の各紙はそろって「日中友好条約を締結した(一九七八年)福田赳夫を父に持つ人であり、アジア外交を重視している」と歓迎の記事を並べた。
 小泉純一郎氏が首相の時代には、対米重視で、靖国神社参拝、国連常任理事国へ立候補等々、日本の独自路線を進んだ。
アジア唯一の強国を自負する、中国の強圧を意に介せず、嘘で固めた彼の国の悪宣伝を悉く無視し、意に介せず進んだ小泉の行動は、安倍内閣も同様であった。
中国は表面的にはともかく、内心日本の行動に恐れを抱いていた。高度成長を豪語し繁栄を宣伝している中国ではあるが、その内状は全くお粗末で、人民の不平不満は、万を数える人民の暴動の繰り返しである。それでも党官僚の汚職は一向に改められない。
表面では強気であっても、内心、日本国内の対中感情の悪化に苦慮しており、来年の北京オリンピックを控えているから、福田内閣の出現は大歓迎である。
 福田首相その人のみではない。手ごわい麻生氏を排して、福田を擁立した古賀派、山崎派、森派等、媚中派と云われる代表が後ろ楯となっており、その面々が表舞台に出て来たことも、中国にとっては好結果となっている。

両刃の剣、小沢一郎

安倍退陣の引き金は、参議院選での自民党の大敗北であった。その立役者、小沢一郎氏が、政権への野心を高めることによって、日本の政界は反米へと傾斜しつつある。
 小沢氏は従来、反米の持主ではなかった。むしろ親米であり、自由と民主主義を心情として、田中角栄氏、金丸信氏に可愛がられた。
 機を見るに敏であり、その上、即決する決断力の小沢氏は、かつて、自民党を割って出て、細川政権成立の立役者として、非自民の政権を打ち立てた。
 彼の力量が、更に発揮されたのは、参議院選挙の勝利と安倍政権の打倒だった。
小沢氏率いる民主党が、参議院選挙で圧勝したことが、日本の政治を狂わせつつある。
 当面の政局は、運悪くインド洋への海上自衛隊のテロ対策特措法の成否に在った。
小沢氏が、冷静に国際情勢を判断する余裕を持たず、自・公連立政権を倒して「天下を取る」と豪語した結果、小沢氏は新テロ特措法に反対せざるを得なかった。その理由として、米軍のイラク侵略は「戦争への協力」だと、反自民の立場で非難を重ねた。
そのことは、あからさまに、反米の方向となり、結果として危険な道を進みつつある。
政界に於ける即断、即決は両刃の剣である。小沢氏の、自民党政権打倒と云う、政局の為の発言が、心ならずも本人が反米路線へ踏み込んでしまった。
 事態打開の為に行なわれたのが有名な、福田、小沢両党首会談であった。結果は、民主党の否決によって事なきを得た。
 良識ある人達は、衆議院と参議院の、与野党のネジレを解消する道は、民主党との連立政権こそがベターと期待している。ことの道理はその通りでも、だが、と私は敢えて言う。
小沢氏の政治行動は、良識人の則を超えている。即断即決だけではない。意に沿わなければ、離党も辞さない小沢氏は、壊し屋とのアダナをもっている。そこへ、優柔不断の福田氏と、即断実行型の小沢氏が組めば、日本国家の舵取りは、小沢氏にとって代えられる。
 そのことは、自民党政権ではなく、民主党政権へと路線が切り替えられる。
民主党には良識派が居ないのではない。しかし、小沢氏の強引な指導力に抵抗する勢いは、今の処見えない。積極的に小沢氏を押し上げているのが、かつての社会党である。
 常識的には理想とされる、自公プラス民主の連立政権とならば、勢いの赴くところ、中国、北朝鮮、ロシア、そして最近の韓国と云う左翼独裁政権と手を結ぶ「迷路に踏み込む」ことになりはしないか。福田と小沢の安易な協力は、日本の危機を思わせる。

悪夢の三国軍事同盟

今を去る六十六年前、第二次近衛文麿内閣の組閣に際して、近衛首相は強力な外交姿勢の松岡洋右を外務大臣に任命した。
当時の政治状勢では、支那事変を泥沼化している後ろ楯は米国であるから、これに対し、近衛は自ら米国へ赴き、和解への道を提唱しようと試みたが、成就しなかった。
その時、逆にドイツが英仏との戦争中で、ドイツの優勢によって、今にも英仏等の欧州連合が降服する気運であると、日本は信じた。ドイツの対日宣伝の力が大きかったためである。
ドイツの勝利が決定的となれば、支那大陸の蒋政権へ、利権の為に裏で支えていた、米、英等が手を引くと判断した。何の確証もなく松岡外相は、独・伊と三国軍事同盟に走った。
松岡は、彼等アングロサクソンに対する戦争を意図したのではなく、支那大陸の泥沼から足を抜く為に、支那に対する和解のつもりであったらしい。
松岡の思惑は「ドイツとイタリアとの関係を強化し、さらにソ連と協定を結べば、アメリカも手出しはできないという四国同盟をもって、世界秩序を牽制する」と考えた。
「いまや米国の対日感情は極端に悪化している。僅かの機嫌をとって回復するものにあらず。ただ我々の毅然たる態度のみが、戦争を避くるであろう」。昭和十五年九月十九日、宮中に於ける御前会議での松岡外相の発言である。
しかし、米英等は強気に終始し、逆に対日禁輸によって石油、鉄屑等の資源の輸出を止める挙に出た。そのことは日本産業のノドを締められる結果を招いた。
近衛、松岡の踏み切った、三国軍事同盟の締結は、日本をして、戦争回避の思惑とは逆に、対米開戦への第一歩となってしまった。
国家の秘密情報は、政治、軍事、経済において大きな力を持つ。盗聴技術が作戦の勝敗を決め、時には国家の運命をも左右するとまで言われる。特に、その情報に基づく判断こそ、責任者となる人に依る。
近衛や松岡の下に届いたドイツ優位の片寄った情報が、日本を危機に追い詰めた。
現在の日本外交は、その当時の危険な要因とよく似ている。
近衛文麿と福田康夫の、出生から来る地位と性格、万事おだやかに、そして優柔不断が極めてよく似ている、松岡洋右と小沢一郎もまた、性格及び発想も似ている、例えば即断即決、そして世界情勢の分析が余りにも独断的で、四囲に耳を傾けない性格であることを危惧する。

日本を取り巻く国際政局は

米国を中心とする民主主義陣営に対立して、東アジア共同体を主唱する中国が、ロシア、北朝鮮、韓国を巻き込んで、「アジアは一つ」を合言葉に日本を包囲して来ている。
東アジアならば、太平洋諸国連合(エイペック)が在るではないか、今頃何の目的で、アメリカとオーストラリアの両民主主義大国を除外しての東アジア共同体なのか。中国が主唱する目的は余りにも明白である。
中国などは、ヨーロッパ共同体を例にとるが、彼等は同じ民主主義政治体制である。
日本及びアセアン諸国は反共の民主主義国である。中国、北朝鮮、そしてロシアは容共の独裁政治である。これ等が、どうして一つになれるのか。内政不干渉の今日のままで良いではないか。中国等の主唱の目的が余りにも明白である。
今日の日本は、
中国を中心とする周辺の全体主義体制の諸国家と、米国を中心とする民主主義国家の谷間に立たされている。両陣営がどう出るのか。将来については不安定である。
米中の対立は台湾の独立問題が最大の焦点となり、日本はどう動くか。
 二〇〇八年の北京オリンピック、二〇一〇年の上海万博までは、中国が牙をかくして日本のみならず、米国へも媚を売って事なきを保つであろう。問題はその後が危険である。それまでの三年間、日本に与えられた時間に、日本は真の独立国家となることが出来るか。
日本は国家としての「情報戦略」を、まず緊急整備すべきである。
日本は戦後の隷従体制を脱却して、厳然とした国家の方針を確立することである。
 国際関係も、人間関係も、永遠の敵でもないし、永遠の味方でもない。何れを敵とし、何れを味方とするか、ではなく、「何が正しいのか、何が邪道なのか」を基準にした上で、国家の損得を計る必要がある。
日本は今や強者に身を寄せる必要よりも、自身が強者となる道を厳然と進めるべきだ。
 正と邪を判別する日本であってほしい、周辺の脅威に屈しない為にも、国家が強者でなければ出来ない。日本にはその能力と資質が在ると自覚すべきだ。
過去の善悪は別として、六十余年前、世界を相手として闘ったのが日本人である。そして、今日の日本人も同じ日本人である。当時の蛮勇ではなく、正邪を弁別して進む、大和魂、或いは武士道を堅持してゆくべきだ。その魂は未だ隠れていても、根は充分に張っている。問題は、その根を暖かく育てるか、また逆に踏みにじるのか。
 危地に追い詰められた時にこそ、人間として、また国家として、真価を発揮するのが日本人ではないか。それにはまず、国家としての大義を歪めて来た憲法を廃し、日本国家の為の新憲法を創設する処から始めるべきだ。         

塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
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◎松島悠佐の軍事のはなし(56)「わが国の対核戦略の不備」
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前回の軍事のはなしで、北朝鮮の核保有が現実的になってきたことを書きましたが、それに対するわが国の戦略は無きに等しい状態です。このことについては、色々な視点からこれまでにも書かせていただきましたが、事態は非常に切迫していますので、重複を厭わず再びとりあげます。

核への対応は、一般に1.核抑止、2.核基地破壊、3.対核防護の3段構えになるのが基本的な戦略と言われています。

「核抑止」は、相手の核攻撃に対して、こちらも等価の手段で報復できる能力を備えることによって、相手の核攻撃を思いとどまらせることですが、わが国の場合は米軍の核に依存しています。

「核基地破壊」は、相手の核施設やミサイル基地を破壊して、その攻撃能力を抹殺することです。わが国でも時折問題提起はされるのですが、結局前向きな議論をすることもなく、必要な場合には核抑止と同様に米軍に依存する考えをとっています。

3番目の「対核防護」は、核攻撃に備えた警報システムや核シェルターなどの退避施設、あるいは放射能汚染除去システムなどを整備することで、まったくの自衛的な措置なのですが、わが国ではほとんど未整備の状態です。

わが国には核の神話があるようで、「核を持っていなければ、核攻撃を受けない」と信じている人が多く、地方都市でも「核廃絶平和宣言都市」なる看板を掲げて、それで安心と考えている自治体が目に付きます。核汚染への対処など、原子力災害に対してさえ無関心なところがほとんどのようです。

このような無防備な状態こそ、もっとも核の恫喝を受けやすいという現実的な認識を持つことが必要です。

因みに、わが国の防衛力の指針を示している「防衛計画の大綱」には次のように書かれています。「核兵器の脅威に対しては、核兵器のない世界を目指した現実的かつ着実な核軍縮の国際的努力の中で積極的な役割を果たしつつ、米国の核抑止力に依存するものとする。」

核抑止力を、米国に依存しているとは言いながら、政府の政策として「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を掲げ、わが国だけはクリーンにしておきたいという至極身勝手な主張をしています。

わが国がこのような姿勢を採っている限り、アメリカとて、イザという時に自ら核戦争に踏み込む危険を犯してまで日本のために核兵器使用を決断しないのではないかとの疑問は当然起きてきます。

アメリカの核に頼っても所詮は他国のものであり、核抑止を確実にするためには、結局自ら核武装するしかないと、核武装論を唱える論者も出てきています。わが国が核武装するためには、国内的にも国際的にもいくつかの大きな制約があり、これを解決するためにも相当な労力と時間が必要になると思われます。核装備をすると言ってもさほど簡単に出来るわけでもありませんが、大いに議論を進めその可能性を検討することが必要でしょう。

わが国独自の核武装を考える前に、米軍の核を実際的な抑止力として機能させるための方策を、もっと積極的に考えることも必要です。

その一つの方策として、「持ち込ませず」の原則を廃止して、在日米軍の核装備を認知することも一つの方策です。

このような議論そのものを問題視する人たちもいますが、わが国も早晩、核神話や核アレルギーから脱却して、核抑止のための具体的な戦略体制を作ることが必要になってきます。

核廃絶の祈願だけでは、現実の核脅威が払拭されないことは、この半世紀の間の近隣諸国の核兵器開発・配備の状態を見れば分かるとおりです。現在のわが国の体制で、現実的かつ効果的な核抑止が得られる筈はありません。

このような問題をしっかりと正すことこそが、わが国の安全保障戦略の基本になることなのですが、政治はそれを避けてきました。軍事のコントローラーである政治家は、国家の危機に立ち向かう責任があり、その牽引車となるのが防衛大臣の任務だと思いますが、残念ながらそのような職責を果たしてきた大臣は今まで一人もいませんでした。

なるべく早い時期に、本当の防衛大臣が出てくることを期待しています。現在でも拉致被害者すら満足に取り返せない状態ですが、北朝鮮の核の恫喝を受ければ、数百万の国民を人質に取られかねない危険が生じ、国家の安全を晒すことになります。                (07・12・7記)

松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて  143  
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 たまたま、今月18日から24日までの間、北京と上海を巡ってきた。私が所属している(NPO)岡崎研究所は、北京の中国社会科学院日本研究所と、上海国際問題研究所との間で、2000年秋以降「日中安保対話」を継続しているのだが、上海との対話は継続しているものの、北京との対話は初回に「激論」となったからか、2005年まで行われなかった。復活後は毎年、交互に訪問しあって対話を行っている。
 前回、南船北馬のことを書いたが、やはり北京での私的会話の中に「上海人とは言葉も通じない」との声が聞かれたし、「中国は広いので言葉が通じないことが障害になっている」という者もいた。
 常識的に考えても、13億という巨大な人口を抱えた広大な国土をもつ集団が、一枚岩であり得る筈がない。天下大乱はこの国の宿命であろう。
 そこで再び黄文雄教授の「戦争の歴史・日本と中国」を引用する。
「『三国志演義』の冒頭にある『天下久しく分すれば必ず合し、久しく合すれば必ず分す』とは、中華世界史を貫く『一致一乱』を述べたものだ。つまりそれは、中華世界の歴代王朝が易姓革命という暴力革命によって誕生したということを意味している。
 この易姓革命という物理的原理により、価値観や文化の多元的な天下が一元化されるのであるが、元来が多元的社会である以上、王朝の社会的基盤は不安定であり、その社会が維持できなくなると天下は乱れ、そして崩壊するわけだ。これまでの各章で見てきたように、このような天下大乱の時代が数十年、数百年と延々と続く時がある。なぜならば中華世界独自では秩序を再建することはできないからである。そこで登場するのが外力、つまり中華世界に侵入する夷狄なのである。
 唐以降、中華帝国の再建の多くは、夷狄と呼ばれる非漢民族によって行われてきた。漢人が再建した中華帝国王朝といえば、せいぜい漢、宋、明ぐらいのものである。そして清末以降の天下大乱によって混乱した東亜新秩序の再建を試みたのが、新興の大日本帝国だったのである」
 この指摘は大陸を論ずる日本人にとって、深く考えさせられるものである。周囲を夷狄に囲まれた漢民族の呻きが、四面を海に囲まれた海国日本に聞こえる筈はなく、到底理解困難なことであったろう。現在、日中友好を金科玉条のごとくに掲げる政治家達にも理解出来ているとは思えない。
黄文雄教授は「上海社会科学院アジア太平洋研究所長の王小晋教授は、『東アジア地域内協力体制と中日関係』で、『これまでの東アジア史では、[華夷秩序]、[大東亜共栄圏]、および[冷戦秩序]という三つの国際秩序が存在してきた』と論じ、大東亜共栄圏を一つの時代の国際秩序との捉え方をしている。この華夷秩序とは何かと言えば、中華を天下の主催者とする伝統的な東亜世界秩序のことである。そしてそれに代わる新たな東亜新秩序として建設されたのが、日本を中心にした大東亜共栄圏であると、この学者は指摘しているのだ。
こうした巨視的な歴史の捉え方は、日本人には欠如しているようだ。そもそも中国大陸=東アジア大陸の歴史は東亜諸民族共有の歴史であるという視点が必要なのである」と指摘しているが、確かにそのとおりであろう。
しかし、王小晋教授が指摘した[大東亜共栄圏]という新秩序も、実は思いもしなかったシナ事変が生起し、その収拾に苦慮しているさなか、ついに大東亜戦争に突入すると言う緊急事態に陥った第二次近衛内閣が、“苦し紛れ?”に1940年に出した声明と「大東亜政略指導大綱」で明らかにされた「対アジア基本構想」だったわけで、1943年11月に東條英機首相が中心になって東京で「大東亜会議」が開かれただけに終わったものに過ぎなかった。
勿論、大東亜戦争次第では、れっきとした新秩序に成長していた可能性はなかったとはいえない。が、それは大陸を支配してきた易姓革命という独特な歴史的秩序維持の法則を知らない日本人には、到底共有し得なかった「新秩序」に終わっていたに違いない。
「東アジア大陸史はこのように、漢民族だけではなく、その周辺諸民族の興亡の歴史だった。そして近代に入り、その諸民族の歴史の舞台に日本民族も参入したのだ。日本が大陸に進出したのは単に権益防衛のためという小さな目的のためではない。東アジア諸民族の共存共栄=東亜世界の共同防衛体制の構築のため、何としてでも中国の騒乱状態を終息させたかったのだ。(中国の)軍閥によって文字通り『三光作戦』(焼き尽くし、奪い尽くし、殺し尽くす)が行われ、荒廃しきった満州の例だけをとってみても、日本の進出によって王道楽土と化し、天下大乱の中国から年間百万人以上の中国人がここに逃げ込んだことは、近代史上の見逃すことに出来ない真実である」と黄文雄教授は日本に好意的に書いているが、満州国建設はそうだったにしても、シナ事変以降の中国との戦いは、まさにオットリ刀の戦いだったわけで、中国大陸の混乱収拾のため、日本が自ら新秩序を掲げて中国国内の内戦に「参入」する計画などがあるはずはなかった。                 (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 日本の似非保守知識人の群れ
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12月4日産経新聞の正論コラムを読んだ。阿川尚之慶應大学教授の論文である。
同氏は駐米公使という要職で、官費でアメリカ生活を堪能しながら、後日談として自分は外交官に向いてなかったと平気で公言する人物である。いやしくも官費を使った人間が、本心であっても、公には言うべきことではない。そして英国連邦に一員として(女王陛下を仰ぐ)などとの戯言を真顔でいう。苦労知らずの坊ちゃんは平気で非常識なことを公でいう、これも特権意識の深層心理かもしれない。
父親は海軍至上主義の弘之であり、海軍弁護に徹し、山本や米内や井上など、実質の戦争敗戦責任者を臆面もなく賛美して、陸軍を貶めてきた戦後の典型的海軍善玉陸軍悪玉の御用論者である。

日本ほど主体性のない外交政策を行っている国はない。いや主権など無いに等しい。保守の人々はサヨクを指してチャイナの代弁者という。ならばアメリカの代弁者であれば、それは保守といえるのか?これこそ保守と言われる世界に蔓延している似非保守主義者である。

今日に至るまで歴代日本政府がアメリカに対して何も言わず、何も主張しない状況は、日本政府がチャイナ政府に何も言えないのと全く同じ卑屈な外交態度である。それどころか「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)という形で日本の内政にわがもの顔で干渉しているのはアメリカであることは、関岡英之が『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』指摘しているところである。それなのに、驚いたことに阿川氏によれば、こんな状態でも日本がアメリカにおねだりをするがごとく言いたい放題言っているのだという。それはまさに「そして貯金がやがて底をつく。」そうである。

阿川氏という人物はアメリカの代弁者というよりアメリカそのものかもしれない。阿川氏の定義するところの一極主義の意味は不明だが、我が国が一極主義だとのたまうのである。そしてアメリカは一極主義でもなんとかやれるが、日本は全く不可能だという単純な事実が、一つの違いだそうだ。この決めつけと最初から投げ出すような諦観を見ると、全く日本の主権や自主性など阿川氏の頭になく、欧米一辺倒思想でアメリカや英連邦にクリンチしてまでも日本の安全を守ってもらおうという、名誉も恥もない外交こそが日本がとるべき姿だと言っているに等しい。

学者ともあろうものが、このような状況に日本があるとすれば、そこで日本の立場をいかにすれば外交的に強い立場としうるかを問いかけるのが、とるべき態度ではないのか?地政学上アメリカが何を無理難題言おうと、服従するのが日本の立場と言いたいのか?

阿川氏がいうには戦前、日本の自主外交を唱えて、かかる路線を一度試みて見事に失敗したそうだ。大東亜戦争の歴史的認識にしても阿川氏は、ここで自分自身が戦後自虐史観であること、自らの馬脚を露呈したのである。

阿川氏よ、日本はアメリカの属国としての地位を甘んじることこそ日本のあり方だというのか?もちろん我々真性保守主義者は、アメリカとの同盟強化が日本にとり不可欠であり、決して東アジア共同体などの盲想に対して賛成しているのではない。しかし阿川氏のいう「東アジアで生き残るためには、アメリカとの同盟維持・強化が必須である。無論近隣諸国との友好は大事だが、彼らは日本を守ってくれない。国連も同じだ。」のは、アメリカのやることにはすべて賛同し、要求にはすべて答えるのが日本の道であると阿川氏は言っているのにすぎないのである。これではアメリカに体も心も奉げる「なんとか」根性以外のないものでもない。

このなさけない阿川氏の「なんとか」根性は最後のくだりにも顕著である。ねつ造された慰安婦に関する対日非難決議をするアメリカ!拉致の問題を置き去りにして北朝鮮をテロ国家からはずそうとするアメリカ!一体何が悲しくてこのようなアメリカについて下記のごとく叫ぶのか?まるで旦那に切られそうになった「なんとか」の泣きごとを聴くようである。

「国連の決議とアメリカの意見が対立しておき、自国の判断を国連の意志に委ねるような国を、アメリカは本気で守るであろうか。」「これまで日本はアメリカの一極主義を散々非難してきたけれど、自国の一国主義の害にもう少し敏感であってもいい。」

このような対米追随論を掲載する新聞がアメリカのエージェントとすれば、チャイナのエージェントである某新聞とその卑屈さに関して同じレヴェルであると思い知るがよい!

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
 「“大連立”は続く」
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 テロ新法の行方はどうやら見えてきた。今週、ようやく参議院で委員会審議に入ったテロ対策新法案だが、政府与党は今国会での成立を期すため、3分の1の再可決を発動すべく、会期の再延長を行うことを決断したもようだ。来週15日で会期切れとなる今国会だが、与党側はこれを来年1月15日まで1ヶ月間再延長する。憲法が定める60日間の“みなし否決”、つまり参議院で60日間以上、法案を議決しなかった場合、否決したものとみなすという規定だが、その期限が1月12日となる。与党はこの日、直ちに衆議院で3分の1以上の賛成で再可決し、テロ対策新法案を成立させる。民主党は当然、福田首相への問責決議案を提出するだろうが、与党は決議案が何の法的根拠も持たない以上、これを無視するということだ。いや、民主はそもそも問責を出さない、或いは出せないかもしれない。

 これまでは、問責決議案提出は即解散・総選挙につながるとみられていたが、ここにきて自民も民主も早期解散は絶対に回避する、という暗黙の合意が出来てきた。自民はせっかくの衆議院の3分の2議席をまだまだ手放したくないし、民主にいたっては、「小沢大連立=辞任劇」や大量議員訪中による本会議すっぽかし問題などポカが相次いで、とても選挙どころではなくなった、という双方の事情がある。要するに「ほとぼりが冷めるまでは自民も民主も選挙は戦えない。衆院選は夏までない」(自民幹部)というのだ。従って、民主も解散につながる問責提出には慎重にならざるを得ないし、仮に出したら、それこそ「出会い頭」ということもあり得るから、そんな「火遊び」をする度胸もあるまい。ずばり、民主は問責を出すぞ出すぞというポーズを見せて、結局、出さないまま時間切れで今国会を閉じるということになろう。国民には間を置く間もなく1月後半から始まる本番の通常国会で勝負すると説明するのか。

 ところで民主・小沢代表は、自民党との大連立の可能性について「(民主)党内であんなに反対されたのだから、二度とない話だ」と言っているが、本当にそうか。先月2日の福田首相との党首会談の様子はその後、徐々に明らかになってきた。驚いたのは、福田首相が自衛隊派遣の恒久法をつくるにあたり、国連のお墨付きを得るという小沢氏の考えに全面的に賛意を表し、その文書まで用意してきたということである。これは日米同盟よりも国連を重視するということであり、これまでのわが国の外交政策を大きく逸脱するものである。

 また、この大連立を話し合う党首会談を仕掛けた人物として、読売グループの渡辺恒雄会長の他に、意外な名前が挙がってきた。斉藤次郎氏である。斉藤氏といえば、旧大蔵省の大物事務次官として知られ、細川非自民政権の時、プロデュサーの小沢一郎氏と組んで「国民福祉税」という名目で間接税導入を図ろうとしたことで有名だ。現在は東京金融取引所の社長を務めているが、斉藤氏は今でも財政再建・増税論者として財務省内で影響力を持っている。小沢氏とは今も知恵袋として付き合っているということだが、消費税増税論者の斉藤氏が党首会談の仕掛け人とすれば、大連立の政策の部分に増税路線があることが透けて見えてくる。

 つまり、大連立の政策として 1.渡部恒雄氏の持論の中選挙区制復帰、2.増え続ける社会保障費の財源としての消費税増税、そして3.自衛隊派遣の恒久法制定、という重要政策が浮かび上がってくるのだ。いずれも、国民的大課題であり、それこそ一内閣一政党では手に負えず、大連立でしか成し遂げることが出来ない。しかも、いつかは誰かが手をつけねばならない大課題なのである。

 少なくとも6年間、いや9年間は今の“ねじれ国会”が続き、自民、民主の対立で政策課題が一つも実現しないとすれば、大連立はねじれ解消の当面の一歩となる。次の総選挙では、否が応でも自民、民主それぞれが“大連立”を公約に入れて国民の賛否を問わざるを得ないであろう。

 “大連立”は決して封印されたのではなく、停滞した国内政治を打破する大きな手段となるのだ。
 
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎 
本の紹介 道元 「永平広禄・頌古」 大谷哲夫 訳注 講談社学術文庫
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  すでに講談社の学術文庫から、大谷哲夫氏の訳注による「永平広録」の「上堂」選が出ているが、今度は、「頌古」が出版された。まことにありがたいことである。
 「頌古」とは、古則を頌す、という意味で、仏祖とよばれる卓越した禅僧が悟りにいたった因縁を語り伝えたものという大谷氏の説明がある。あるいは、師と弟子が相見したときの問答の機縁を示すものともいわれる。まず、そのエピソードを取り上げ、それを示した後、「偈頌」と呼ばれる漢詩を示す。この漢詩は、エピソードの真意、および自己の境地を示すものである。
 道元の残した頌古は、90則あるが、非常に有名なものが多い。その中から、いくつか、あげてみたい。
 
三界唯心

山川たとえこれ雲のよぎる有りとも、尽地無心にして徒らに砂を算う
待つこと莫れ、龍門三級の波、任他、鷲嶺一枝の花 

三界はただ一心のみ
山や川をたとえ雲が遮っても
すべては無心なのに、それを海の砂粒を数えるようにわかろうとする。
その世界をわかるのに、魚が三段の滝を飛び越えると竜に化するような波を待つ
必要はない。釈尊が霊鷲山で示された一本の花がすべてをしめしているではないか。

心を離れて外界はない。すべては心の現れであるが、その心とは、今ここに咲いている花である。さまざまな現象や事象が心に浮かび上がってくるが、それは空を過ぎる雲のようなものである。その心自体は、今、ここで見ることができるではないか、と言っている。
 禅は、心をもって心を伝える、という釈尊の教えを守っている。ちょうど釈尊が弟子に花を持って示したように。そのエピソードを道元は次のようにうたっている。
 
春台夢覚め花の香しきを弁う、広く人天に示す独り飲光のみなり
 (うららかな春の転寝から覚めて、初めて花の香しさがわかるように
  正法の真意を示すのは、ただ迦葉一人である)

しかし、その事情は言葉で伝えなければならない。したがって禅の言葉は、あらかじめできあがっているような教義を言葉で伝えようとするものではない。禅が、いろいろな宗教と異なるのは、そこにある。たとえば、懇切丁寧なガイドブック「十牛図」があるが、これは悟りの深まっていく階梯を示したものである。同時に、それは禅の修業をする人にとってのガイドとなっているのである。つまり禅は、方法を指し示すのみであり、またある人がたどりついた境地を示すものではあっても、決してそれ自体を言葉で示すものではない。禅に狂信や原理主義が入り込む余地はなく、また誰か個人をあがめるようなこともない。そのすばらしさが、この道元の永平広録・頌古にも、如実に現れていると思う。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(14)<蟹のこと>
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秋風と共に蟹のシーズンが始まる。九月下旬から旬になるチュウゴクモクズガニは日本では上海蟹と呼ばれているものである。雌蟹は甲羅の中にオレンジ色の内子を持ち これがホクホクとして美味しい。十一月になると雄蟹の蟹味噌と肉が味の良い時期になり、このオレンジ色の内子の味も素晴らしく、秋の楽しみの一つである。しかし、この上海蟹は肺気腫を引き起こすジストマがある。生で食べる事や生の時に甲羅を割りミソなどが人体に付くこともジストマの危険があるので、まるごと蒸してから食さなければならない。

酔蟹と呼ばれているものは上海蟹を白酒に塩やウイキョウ花胡椒などに漬け込んだものであるが、蟹肉や内子がとろけるような味になり、独特の風味がある。この味わいは中国料理の珍味という感じがする。

十一月に入り、ズワイガニが解禁になると、日本海側の漁港は活気づく。松葉蟹や越前蟹などと色々な名で呼ばれるが、実は同じズワイガニで水揚げ漁港が異なるという違いである。最近は韓国やその周辺からのズワイガニが多く入ってきており、紛らわしさを避ける為、数年前からは水揚げされた漁港でタグを蟹の足につけて出荷している。越前海岸などで、お土産物屋で注意して蟹を見ると、タグの付いていないものがほとんどである。高額で売れるズワイガニの漁場は壮絶なカニの争奪戦が繰り広げられていると漁港のオジサンが話してくれた。

ズワイガニの雄は甲巾が大きいものになると15センチもあるが、雌はその半分位の大きさしかない。雌が小さいのは短期間に産卵や抱卵、幼生放出を繰り返すので脱皮出来ない為だと言われている。雄蟹がマツバカニやエチゼンカニ、ヨシガニなどと立派な名で呼ばれているのに対し、雌蟹はセイコカニやオヤ蟹、コッペガニと呼ばれている。

茹で上げて冷ましてすぐのエチゼンカニを食してみたいと思い福井県の越前海岸の宿に泊まり、蟹づくしの食事を楽しんだ。越前蟹は甘みたっぷりで蟹肉の色も真っ白で足部は赤く染まり、見るからに美味しそうで、昔ながらの素材の良さを感じた。お刺身も身がしまっており、焼蟹にはレモンを掛けただけで他の調味料はなく、充分完成度の高い味であった。

期待以上だったのは、セイコカニであった。前に卵を一杯抱えておりこれがプツプツとした食感で、甲羅の中にある内子がオレンジ色で上海蟹とは又異なり、さらりとした甘味を有していて、その上味噌が風味豊かで見かけの貧弱さからは考えられない美味しさであった。この小さな一つの甲羅に大きな満足を感じたのは品物のしっかりとした味の深みであったのであろう。

タラバカニは何と言っても蟹の王様である。味にもボリュームが有る為、様々の料理に登場するが、私は日本料理やフランス料理の前菜に焼き蟹として出されるものが好みである。エチゼンカニは日本の味の繊細さを持ち、タラバカニは北太平洋と北極海のアラスカ沿岸で育った大らかさがあり、夫々に海の恵みを感じる。この母なる海を出来るだけ汚染から守り、安全で素晴らしい海の幸を育んで欲しいものである。
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◎奥山篤信の映画評論 
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1.アメリカ映画『マイティ・ハート/愛と絆』原題 A MIGHTY HEART☆
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パキスタンでテロリストに誘拐、バラバラに刻まれ惨殺されたジャーナリスト、ダニエル・パールの妻の手記を映画化したものである。僕は飛行機の中で英語で観たので、若干映画のニュアンスを逃すことがあったかもしれないが、まことにつまらない凡庸な映画であり、こんな映画が映画になること自体不思議である。単に遺族への同情としてのお涙ちょうだい映画である点と「テロを憎む」アメリカ国民の世相を反映しただけの映画であるからだろう。
この映画でアンジェリーナ・ジョリーがアカデミー賞主演女優賞候補だという触れ込みを観たが、とんでもない話である。夫が誘拐されても、そのジャーナリストとしての宿命にじっと耐える妻、悲しみをこらえつつ、体内の胎児と夫の無事を願う妻、彼女にはかかる想定される品格と品性をもつ妻の演技はできていない。むしろアメリカ女の特徴である泣き叫び、喚き散らす女しかそこにないのである。この女優「グッド・シェパード」にも出ていたが、何の存在感もない演技で全く評価しない。
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2.デンマーク映画「ある愛の風景 原題BRODRE/BROTHERS」 ☆☆☆☆☆
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これは本年度優秀作10指に入る映画である。ハリウッド映画にうんざりする時、こういう欧州の映画などが輝く時がある。デンマークの女性監督スザンネ・ビアの作品である。

何よりも女性の細やかさと気配りが画面全体に行きとどいている映画である。かってフリーセックス天国として僕らの青春時代の好奇心からの「憧れ」であった北欧のデンマークで、これほど古い倫理観に満ちたすばらしい映画ができたこと自体時代の変遷を感じるのである。この映画の家族の絆とか夫婦の倫理観とか人間としての苦悩など、かっての古い日本にも通用するくらいオーソドックスなのである。余程近頃の日本映画などには、かかる人間としての倫理観が見当たらない。

二人の兄弟、兄は優等生であり、鍛え抜かれた軍人、弟は生まれた時から優等生の兄と比較され、グレていった劣等生、まるで映画「エデンの東」を連想する。その弟が銀行強盗未遂の刑を終え、兄が刑務所に迎えるところから映画が始まる。

家族が全員集まったのは束の間、その夜兄はアフガニスタンでの同胞の捕虜救出オペレーションに立つ。そして悲劇は、兄を載せた飛行機がタリバンにより撃墜される。そして兄の死が幸せな家族をどん底に。葬式を経て、できそこないの弟と兄の未亡人コニー・ニールセンとのお互いの心の痛みを労わりあうかのような、優しい触れ合いが始まる。それはプラトニックであって、不倫がないところがとても抑制された倫理観なのである。かってのデンマークなら葬式の日からいかがわしい獣の戯れが始まるシナリオだろう。

実は兄は奇跡的に生き残り、タリバンの捕虜となっていたのである。軍人の鑑のような兄は救出すべき捕虜と同じ塹壕に放り込まれた。境遇に泣き続ける、完全に精神的にブレークダウンしたその捕虜を励まし生きる勇気を与える一方で、自らは愛する妻や家族に再会できる日を暗闇のなかでじっと想い続ける。

ある日タリバンの残忍な命令により、兄はその捕虜を撲殺する羽目に陥る。命令に逆らえば自分も殺されるだけであり、愛する家族に会いたい一心で、禁断の道を選んでしまうのである。何と言う神の仕打ちであろうか!
 
国連軍の救出により、奇跡の生還を果たした兄には昔の優しさに満ちた男らしい面影はない。同胞を殺めた罪悪感にさいなまれ、その罪を犯したもともとの動機である美しい妻や家族に会いたい一心であった筈だが、その精神的トラウマは妻と弟との不倫を疑い、嫉妬に燃える凶悪な男と化してしまうのである。
ついには娘の不用意な発言が、兄の疑いを、確信するまでの怒りに爆発させ、警察沙汰を起こす。あわやのところで殺人未遂の兄は逮捕され刑務所に繋がれる。

人には言えない兄のアフガンでの悪夢のような出来事を一人抱えながら、別人のように変わってしまった兄を妻は刑務所で面談する。何があったのか教えて!教えてくれない限りもう来ないと(夫婦関係は終わり)。そしてついに兄はとつとつとして話し出す。

観客はこの時点で完全に兄と同じ心理状態になり、美しい妻の厳しく優しい言葉を感じ取り、兄と同時に懺悔し涙するのである。「彼にはかわいい男の赤ん坊がいたのだよ」と嗚咽する兄。そしてエンドロール、誰一人として立ち去る観客はいない。このときさらに深い愛で妻は夫を包み込むかのように。この悲劇にも救いがあったのである。

『グラディエーター』に出たというコニー・ニールセンというデンマークの女優、男なら誰でも癒される素晴らしい明るいオーラの持ち主であり、この映画の軸である女性の優しさ、女性の強さを見事に演じているのである。映画の最初と最後にでてくる「人生は矛盾だらけ」という言葉がある。この兄のように、一生懸命正義と善意に生きてきた男が、あるきっかけで悲劇に遭遇する。人生の矛盾とは、ギリシャ悲劇に通じるものなのだろうか!

それにしてもこのコニー・ニールセンの優しさと輝き、何か日本の良妻賢母の典型のような、それでいて品の良い色気、僕は心底彼女に惚れ込んでしまった。
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催しもの案内
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桜林美佐の「ひとり語りの会」
12月15日(土)午後2時〜(開場は30分前)
   九段会館の「孔雀の間」にて
   会費は3000円です。(紅茶か珈琲&ケーキ付)
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次回の配信は12月15日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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