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甦れ美しい日本 第148号

発行日: 2007/12/1

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年12月1日 NO.148号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >

◎松島悠佐の軍事のはなし(55)「北朝鮮の核開発」

◎佐伯啓思の「賢者に備えあり」「エルネオス」巻頭言
「テレビで動く政治の危険」  

◎レギュラー執筆者       
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて 142
2.奥山篤信   核廃絶にむけて
3.西山弘道    「大丈夫か?民主党」
4.松永太郎    本の紹介  暗号名「カーヴ・ボール」  ボブ・ドロージン CURVEBALL    By Bob Drogin     Random House 2007

◎阿嶋彩子の料理つれづれに(12)<ミシュランガイド私見>

◎奥山篤信の美術館めぐり @アメリカ

1.ジョージア・オキーフ美術館 サンタフェ
2.ゲッティー・センター  ロスアンジェルス
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◎松島悠佐の軍事のはなし(55)「北朝鮮の核開発」
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北朝鮮の核開発をめぐる6カ国協議は、この年末にようやく具体的な成果を生む可能性が出てきました。但し、協議開始の時に掲げていた「朝鮮半島の核廃絶」、特に「検証可能で、後戻りの出来ない完全な廃棄」という目標からはずいぶん後退した内容となり、寧辺の3つの核施設の「無能力化」と「申告」に留まっています。
「無能力化」は「完全な廃絶」とは異なり、必要に応じて「能力化」出来る可逆性のある措置に過ぎません。
昨年から今年にかけて、アメリカは相当の譲歩を余儀なくされてきましたが、このことは、協議が始まった時からすでに予見していた有識者もおり、その論拠は、北朝鮮は核を放棄しないとの前提に立ったものでした。
朝鮮労働党が支配する北朝鮮は、半島を「赤化統一」するのが党是であり、そのために「強盛大国・先軍政治」を柱として、韓国に対しては軍事力による威嚇と工作員の潜入による間接侵略によって、自壊・籠絡させる作戦を半世紀にわたり継続してきました。最近の韓国情勢から見ると、その効果は相当に浸透していると思われます。
他方、半島統一のため北朝鮮にとって最大の障害となるのは米軍の介入であり、これを阻止するためにはアメリカに対する決定的な力の行使が必要です。しかしながら北朝鮮にとっては、米軍に匹敵する通常戦力の保持は望みがたく、結局核とミサイルによってアメリカを牽制する手段しか採り得ないとの考えが背景にあります。
北朝鮮が核開発を放棄する唯一の条件は、半島統一をするに際して米軍は武力攻撃をしないことを約束することですが、それはアメリカとしては呑めないことでしょう。結局、北朝鮮が半島統一を目指し、それに対してアメリカも武力介入を放棄しない限り、北朝鮮は核兵器保有を諦めないというのがその論旨ですが、現実的な視点に立った説得力のある論旨です。
昨年末に出された韓国の国防白書(2006白書)は、北朝鮮のプルトニウムの保有量が約30キログラム増加されたと報告しています。2004白書では、「94年の米朝基本合意以前に抽出したと推定されるプルトニウムは10〜14キログラムであり、それを用いて核兵器1〜2個を製造したものと推定される」と報告されていましたが、現在はそれに約30キログラム上乗せして、40〜45キログラムのプルトニウムを保有し、それによって5〜6個の核兵器を製造した可能性があると推論されます。
2006白書では、北朝鮮の脅威をこれまでの「直接的な脅威」という表現から「深刻な脅威」に改めています。韓国は北朝鮮を核保有国と認めたくないという政治的な配慮がありますが、昨年10月に強行した北朝鮮の核実験によって、実体的に核保有を認識せざるを得ない状況になっています。
アメリカも、半島の核廃絶を追及する理想論の姿勢とは別に、実体論としてはこの程度の核保有は当初から算定済みだったと思われ、ただ、これを小型化して長射程ミサイルに搭載しアメリカ本土を攻撃する可能性は絶対排除するのが最終阻止線と考えているのではないかと思われます。
6カ国協議によって北朝鮮の核廃絶を引き出すことは難しく、結局は北朝鮮に時間稼ぎをさせるに過ぎないとの見方をする人もいましたが、アメリカにとっては、核廃絶を引き出せなくても北朝鮮の核開発を野放しにせず、その状況を把握できる体制をつくることに意義があったのでしょう。
今後も、半島の核廃絶を目標に掲げて協議が続くと思いますが、すでに数発の核爆弾を持っていることを前提にした話し合いとなり、弾道ミサイル搭載のための小型化が焦点になってくることが考えられます。
いずれにしても、わが国に深刻な脅威を与える北朝鮮の核兵器は現実のものになっています。わが国としては、6カ国協議の進展を望みつつも、万一に備えて核対応の準備をする必要があります。
しかしながら、7月初めにもこの欄で書かせていただきましたが、わが国の核対応能力は極めて低く、このままでは北朝鮮の核恫喝をまともに受ける危険があります。安全保障のコントローラである国会は、このことにもっと問題意識と切迫感を持つべきではないでしょうか。  (07・11・30記)

松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎佐伯啓思の「賢者に備えあり」「エルネオス」巻頭言
「テレビで動く政治の危険」           
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 福田首相に代わってから、政権の国会運営がたいへん厳しくなっている。いうまでもなく、参院選で自民党が大敗したために、参院での法案成立がきわめて困難になったからである。いわゆる「ねじれ国会」である。
 では、この「ねじれ国会」を生み出したものは何かといえば、二つの「民意」であった。二年前の九月に行われた衆院選と、この八月に行われた参院選であるが、この二つの選挙で「民意」は全く異なった意思表示をしたわけである。安倍政権がまがりなりにも小泉政権の継承を謳ったのであれば、この二年間の間で「民意」が大きく変わったということになる。
 しかし、この二年間で、自民党政権に対して決定的な打撃を与える大事件があったかというと、そうはいえまい。首相在任一年の間で、安倍政権がかくも敗北するだけの大失策があったとも思われない。とすれば、「民意」と呼ばれる確かな意思があるというより、それはその時々の選挙のムードによって大きく変動するといったほうがよさそうにみえる。
 この変動を生み出す最大の要因は何といってもマスメディアであり、とりわけテレビメディアといってよいだろう。二年前の衆院選では、マスメディアは小泉氏の「劇場型」の手法に乗せられ、総選挙を郵政民営化の選択というシングル・イシューへ縮減してしまった。この点では、郵政だけが論点ではないという民主党のほうが明らかに正しかったにもかかわらず、である。しかもマスメディアは小泉氏が用意した「刺客」という仕掛けにも見事に飛びついた。
 それに対して、八月の参院選では、「消えた年金」と「政治とカネ」が争点とされ、安倍政権のイメージを極度に悪化させていった。これらは何ら安倍政権の失政でもなければ、本来の争点でもなかったにもかかわらず、である。争点とすべきは、明らかに安倍政権の中心課題である憲法問題や教育問題、それに外交方針(たとえば対テロ特措法)であった。この点では、争点を矮小化した民主党の戦略が功を奏したのだが、それもマスメディアが民主党のこの戦略に同調したからである。
 どちらの選挙においても、争点は適切なものではなかった。「民意」は、その時々の政治的なムードに大きく反応したのであり、そのムードを作り出す上でマスメディアが大きな役割を果たすのである。選挙は一種のお祭りのようなものだ、とはしばしばいわれることだが、このお祭りという劇場空間の中でまさに国の命運が決められてゆく、という危険を自覚しておかねばならない。
 とりわけテレビというメディアはある恐ろしさをもっており、一方で、確かにそれは例えば政治家参加型討論番組によって政治を身近なものとしたが、同時にこの身近さは、政治の単純化、印象化、情緒化といった罠を仕掛けることとなった。政治家がタレントと地続きになり、パフォーマンスによって人気投票の様相を示すのである。
 テレビというメディアは、ある角度から切り取られたイメージを現実のすべてであるかのように加工してしまう。小泉氏の颯爽とした表情を映すことで小泉政策の支持率を高め、安倍首相の憔悴しきった表情を映し出すことで安倍政権のすべてを否定することをテレビは可能としたのである。
 福田首相は、必ずしも劇場型、テレビ型の政治家ではない。しかし、それでも、今日の政治がテレビ的な、印象的で情緒的な映像に大きく依存しているという事実に変わりはない。この困った構造から抜け出すことは難しい。であればこそ、この危険な構造の中にわれわれがいることだけは知っておかねばならないであろう。(京都大学教授)
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて  142  
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「当時の中国は、国家としての体をなしていなかった」と黄文雄氏が指摘したとおり、多くの外国人もそう指摘している。1925年に中国駐在公使であった米国のジョン・マクマリーが指摘していたように、「ワシントン会議の諸条約や諸決議は、中国の行政組織が国際関係の基準に適応しないという伝統的な不成熟さから生じている『特殊な政治体制』の制約を除去することを主眼としていた」のだが、その「列強諸国の文字通り真摯で誠実な努力を挫折させてしまったのは、ほかならぬ中国側であったといえる。その責任は、列強諸国が事実上承認していた北京政府のどれかの党派にあったのではなく、いってみれば国内におけるすべての党派、全部の政治的意見にあった」のであった。
 そして「列強」が参入せざるを得なかったことは、義和団事件が示したように、外国人による中国主権の侵害(と彼らは主張するのだが)を止めさせるには、外国人の鬼(欧米人と日本人を彼らはこう呼んだ)を絶滅することによってのみ可能である、と考えたことにあった。「シナ大陸の真相(K・カール・カワカミ著)」の序文に、枢密顧問官であった石井菊次郎氏が次のように書いている。
「(義和団事件が平定された後も)ますますひどくなる外国勢力の侵害の大洪水の中で、中国国家という船は絶望的にもがき続けた。一口に言って、中国は崩壊寸前だったのである。中国自身の自立能力によってではなく、中国の領土を保全しようとする列強間の合意によってのみ、中国は分割されずに存続することを許されたのである。中国史のこの恐ろしい悲劇的な一ページが教える教訓とは何か。簡単に言えばこういうことだ。つまり中国は自分自身を世界に冠絶した国家であると考えて、あらゆる非難を列強諸国に向け、自分自身を何一つ責めようとしなかった。このような態度の中に、日本のそれとは異なる中国の特異な国民性を探る糸口が見つかるであろう」
 現代においてもその傾向が強いのは、一般的に「中華思想」として片付けられているが、そんな単純なものではあるまい。さて、再び黄文雄論文を引用する。
「日本軍という強力な外来勢力による進攻の結果、内戦という内部矛盾が二次矛盾とされ、共同抗日という外部矛盾が主要矛盾となって、国共内戦が表面上とはいえ解消されたことは事実である。あるいは日本の占領地においては治安が維持され、内戦が解消に向かっていったことも事実だ。もし優勢だった日本軍が重慶政府を壊滅させ、あるいは和平を結ぶことができたなら、両者の共同防共も可能になったのではないだろうか。勿論そのときには、共産党討伐は必然的に実施されたことだろう。はっきりいえることは、日本軍が中国国内を内戦から統一へ、そして近代国家建設へと向かわせていたことだ。日本の敗戦がなければ、おそらく約百五十年間にもわたって延々と続いてきた内戦状態は終結へと向かっただろうことは大いに考えられる。だが日本は戦争に敗れ、中国から撤退することになった」
 そして黄文雄氏は「日本の中国での戦いは、日本の『侵略』や『陰謀』というより、根本的にはどれも私利私欲に駆られた諸政府・諸勢力の対日挑発を受けて開始されたものだった。諸勢力によって次から次へと仕掛けられる反日宣伝、排日デモ、反日教育、日貨排斥、そして日本人居留民に対する略奪、脅迫、暴行、殺害、武力攻撃という挑発に日本側が危機感を持ち、隠忍自重の限界に達し、あるいは激昂した結果が、日中間の戦争である。その意味で日中戦争の最大の犠牲者は日本だったわけである」と喝破している。
 中国では古来『南船北馬』といわれる。つまり、有史以来中国では、長江以南の南人と、黄河流域の北人との抗争は絶え間がなかった。文化も文明もそれぞれ異なっていた。言い換えれば、現在においても、時たま北京閥と上海閥の熾烈な権力闘争が表面化するが、これまた伝統的な抗争の流れを継いでいるものと理解しても良かろう。
1930年代は特に群雄割拠して治まりがつかないカオスの時代であった。それに背後からコミンテルンが容喙していたのだから、混乱に拍車がかかっていた。そんな中国の混乱を、冷静に分析して対処していれば、少しは被害を極言できたかもしれなかったが、1932年に満州国が成立して梅津=何応欽協定が締結され、11月には塘沽停戦協定によって非武装地帯の冀東が自治独立宣言し、冀東防共自治政府が成立した。しかもその頃の日本本国内も、必ずしも平穏無事ではなかった。
 このような中で、盧溝橋事件が勃発したのだが、12月13日に南京が陥落すると、北京には中華民国臨時政府が生まれ、日本の占領地域には河南自治政府や山西臨時政府などが誕生し、やがて北京政権に合流する。北人政権の復活だった。
黄文雄氏は「日本人ですら戦後はこれら親日政権を正当なものとは一般に認めていないが、それは蒋介石の中華民国政権こそが正統政府だとの蒋介石側の主張を受け入れただけの話であり、実際には当時の中国では、南人と北人という全くかけ離れた文化集団の抗争があり、それが清朝崩壊後の天下大乱の文化的・政治的・社会的な要因となったのである。長い南北抗争の歴史の一時期において、その一方が日本の支援を頼りに自らの政権を打ち立てたというだけのことである」という。
つまり、中国の天下大乱の収拾に、“やむを得ず”乗り出したのが大日本帝国だったのだが、誰が真の相手なのか掴めないまま、闇雲に戦った日本政府の混乱振りを如実に表していたのが「国民政府を相手にせず」と云う、1938年のかの有名な「近衛声明」であった様に思う。                 (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 核廃絶にむけて
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僕の私淑する写真家細江英公先生はライフワークとして地球よりの核廃絶に芸術家として取り組んで居られる。尊い人間の生命を一瞬のうちに焼殺させ、生存できても生涯どころか子子孫孫まで後遺症の恐怖にさいなまれる核被害者のかたがた、細江先生はイデオロギーや政治性からは離れた人間としての立場から、その運動を広げようとされている。

先生はすでにグランウンドゼロであるTRINITY SITEを訪問された。言うまでもないが、この地は広島、長崎への投下直前の1945年7月16日に最初の原爆実験が行われた地である。ここは年に四月と十月の第一土曜日である二日しか公開されない。

僕はそういうこともあって、世界的写真家としての細江先生とは異なり一介の日本人として、原爆が研究された地ロスアラモス、それに実験場(white sand missile rangeがあるので不可)に近いアルバカーキーそしてニューメキシコの中心である文化町サンタフェを訪問して、少しでもアメリカ人が原爆に対しどう考えているか体感でも掴もうと思って4,5日滞在した。

そもそもニューメキシコとはアメリカンインディアンの先住の地であり、その後スペイン人に荒らされ、メキシコ共和国の一つの州としてアメリカと対峙し結局はアメリカの州として編入されてしまう。広大な砂漠と荒野そしてヒスパニックを中心とする少数民族が最も多い州である。アメリカ東部とは別世界の地である。だからこそ、その青い空、星、そして空気をアメリカが生んだ天才女流画家ジョージア・オキーフ(Georgia O'Keeffe)はインディアンのように晩年愛してやまなかったのである。

ロスアラモス国立研究所が創設されたのは1943年に原子爆弾の開発を目的にしてこのニューメキシコが選ばれた。

いまや広大な敷地(約110平方km)に2100棟もの施設が立ち並び、1万1300人の科学者・所員が勤務しており、核兵器開発など合衆国の軍事・機密研究の中核とし、ほかにも生命科学、ナノテクノロジー、コンピュータ科学、情報通信、環境、レーザー、材料工学、など様々な先端科学技術について広範な研究を行う総合研究所でもある。年間予算は22億ドルといわれている。

当時この地が選ばれたのは原爆実験を想定してのことであろうが、白人が少ない土地としてのこのニューメキシコを選んだのではないかというのも一概に穿ちすぎではなかろう。ドイツには投下せずに、黄色人種である日本には投下したと根っこは同じように。

初代所長はロバート・オッペンハイマーであり、ここで開発された原爆が初めて広島・長崎に投下されたのである。

戦後日本人は原爆を落としたアメリカの残虐非道性を糾弾することなく、自らの「軍国主義、帝国主義」がこういう災いを招いたのであるという、不思議な自虐思想で僕たち世代は育ってきた。「過ちを繰り返しません。」という広島の記念碑がその典型である。

一挙に無辜の罪もない非戦闘員である女子、子供を含めた市民を一瞬のうちに、人間の手で奪う残虐性は,天災であるポンペイの比ではない。アウシュビッツ収容所での虐殺もそれは残虐性において身近な加害者と被害者の接点があるだけに身の毛のよだつ話ではある。それがボタンを押すという物理的行為で、自分自身を安全地帯に身を置いて投下するパイロット、それを生み出した背後にある政府、研究者その他が、極悪非道の残虐性からまぬがれることが可能であろうか!決してそうはならないと思うのである。

その意味で僕は原爆について語っているロスアラモスのブラッドベリー科学博物館とアルバカーキーの原子博物館を訪問、どちらも主に青少年を対象としている教育施設と思われるので、大変興味深く見学した。

両者に共通するのは、原爆を落としたために、日本が降伏して本土上陸戦に伴うであろう日本人の戦死者やアメリカ人の戦死者を救ったという点である。つまり一瞬にして無辜の市民の命を10万人奪おうが15万人奪おうが、それはそれがなければさらなる人命を失う惨禍よりもましだった。それこそが原爆落下の合理性であると説くのである。

しかも日本はパールハーバ奇襲、いわゆる「南京大虐殺、朝鮮人強制慰安婦」、「バターンの死の行進」、その他数々の「チャイナでの残虐行為」などからしてかかる目にあってしかるべきだとの、感情論がある。

またこの威力を世界に見せつけることで、戦後必ずや紛争の材料となるであろうソ連への威嚇と日本を共産主義から守る(領土取得合戦にしか過ぎない)という目的など、大量虐殺を理由つけるのに、このような合理性を強調するのである。

とくにアルバカーキーのほうは、原子博物館という名目でキューリー夫人から始まり、徹頭徹尾原子力に対するアメリカの考え方のイケイケドンドン思想である。臆面もなく自慢げに広島と長崎に投下された同じ原爆のプロトタイプを展示し、解説員は誇らしげにその爆破プロセスを説明する。

なんと広島についての一連の写真があるではないか。表題にイスラエルがホロコーストに対してよく引用される、スペイン生まれのアメリカの哲学者・詩人ジョージ・サンタヤーナ(George Santayana、1863年12月16日 - 1952年9月26日)の言葉である"Those who cannot remember the past are condemned to repeat it."を冒頭に書いている。この言葉広島記念碑の言葉を思い出させるが、ここにはアメリカ人の反省などはひとかけらもなく、日本への当てつけであることが明白であること為念。また原爆による惨たらしい地獄絵などまるでなく、広島の明るい少女の写真があり、広島の発展を強調し、戦後の経済成長を讃えているのである。
アメリカが原爆落下したので、日本はかかる豊かな社会ができたと言いたいのか!

僕はコメント帳に書いてやった。This is nothing more than War Crime.
これ以上の戦争犯罪があるであろうか!

アルバカーキーの方は、バンドワゴン効果(大衆扇動)の恐ろしさ、捻じ曲げ情報戦の恐ろしさなど、レニ・リーフェンシュタールがヒトラーのために創った「意志の勝利」を流しっぱなしにするなどの点、さらにあのマッカーサの赤狩りについて、どちらの視点か分からないが説明している点など面白い教育ではある。

とにかくナチスとの戦い、日本との戦いそれに原爆投下、キューバ危機、ソ連との戦い、ベトナム戦争などなど反省など何もない単純明快さである。

一方ロスアラモスでは、日本への原爆投下の妥当性の議論について、日本の武士道や切腹を理解できない行為として、何をするやらわからない国民として本土上陸の惨禍は甚大だったであろうと強調している点は、自己正当性ともいえる。

さてそこに置いてあったパンフ(Samuel Walker,Chief historian of the NuclearRegulatory Comimission.)を見ると、この意見がどういう位置を占めているのか分からないが、かかる原爆投下妥当性に疑問を投げかけているものがあったので紹介しよう。まずこのパンフの主宰者サミュエル・ウオーカーが戦争を早く終わらせるための代替案は存在したし、トルーマンもその側近もそれを知っていたと書いている。

アイゼンハワー将軍:既に日本は負けていたので原爆は不要であった。単に日本は名誉(できるだけ面子を失わないような)を求めていたのであって、その顔を潰す必要もなかった。

LEAHY提督:原爆投下は日本を降伏させるのに不要だし何の足しにもなっていない。むしろ中世時代の野蛮性とアメリカの倫理レベルを落としてしまった。私は女子供を殺戮してまで戦争に勝つべきとは教わらなかった。

ルメイ将軍:戦争はあの時点で2週間以内に終わっていた。ソ連の侵攻も関係ない。原爆も不要だった。戦争終結と原爆は関係なし。
(あの本土無差別爆撃のあの憎くきルメイ)

アメリカのある意味で救われるのは、最近になって原爆投下についての反省が出てきたということである。

日本の武士や西欧の騎士が戦うことに共通するのは、愛する家族や友人を守り自分が犠牲になっても他人が生き延びてほしいという、いわば自分が死ぬか生きるかの極限である、竹槍の戦いの倫理があるからである。

原爆投下で数10万犠牲になっても、それ以上の人間が助かるなどという議論は、全く人道から離れた議論で通用しないと思う。自らは弾の当たらない無難な安全地帯において、核に限らず、STAR WARともいえるボタン一つで無差別空爆し、戦争に勝って民主主義を守るやらフリームファイターなどという議論は、本来の「戦争」の意味を大きく逸脱してしまっているのである。

近視眼的には核廃絶と日本が叫んでも、核を持たないというだけで核保有国は日本を侮り、日本は国際外交で右往左往するだけに終わる。しかし核を持つ国が自らの核を廃絶するとのイニシアティヴを取り、世界に訴えることができるようなシステムを構築していくことができれば、それは素晴らしい事に違いない。
そのためには、世界の人々の心のなかに細江先生の訴える写真の映像が心に染みてこそ、核廃絶への共通意識が芽生えるのだと思う。僕は細江先生の運動をますます期待する。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
 「大丈夫か?民主党」
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 民主党は大連立=小沢辞任劇の失敗をリカバリーしょうとする余り、功を焦り過ぎ、暴走し始めた。額賀財務相の証人喚問を、与党欠席のまま議決したことは行き過ぎとしか言いようがない。国会の証人喚問は各党が出席して、全会一致で行うのが慣例であり、それだけ重みのあるものなのだ。それを自公が欠席したまま議決し、しかも守屋次官も一緒に喚問するという。宴会同席問題で違う2人の言い分を、喚問で確かめるというのだが、大臣への追求は国会が開かれている限り、予算委員会や関係委員会で出来るものであり、これではまさに額賀氏を「さらしもの」(大島自民国対委員長)にする意図しかない。しかも
守屋氏は28日、夫人とともに収賄の容疑で逮捕されてしまった。にもかかわらず、民主党は額賀氏を単独でも喚問し、守屋容疑者も拘置所で出張尋問すると突っ張っている。

 私は何も額賀氏を擁護するつもりはさらさらない。むしろ自民党内には、「額賀さんは疫病神」と冷たく突き放す声が多く、結局は本人の人徳のしからしめるところ、と思っている。しかし、民主党の今回のやり方は、政争を盛り上げようとするばかり、長年の国会のルールを破ろうとするのがよくないのだ。

 民主党の“イケイケどんどん”の前線指揮官は山岡国対委員長だが、そこまで突っ張って自民党を追い込む成算があるのか。自民党の古い政治家の中には、今回の山田洋行の防衛利権疑惑の本命は、守屋次官以前のかつて小沢氏の側近だった田村秀昭前参院議員であり、小沢氏や故金丸氏にも疑惑の源泉が行き着くとみている人もいる。偽メール事件の時のように、疑惑がブーメランで民主党に戻っていく恐れもあるのを、山岡氏は承知なのだろうか。

 大連立=小沢辞任劇以降の民主党を見ていると、小沢氏自身が指摘したように、政権担当能力には程遠い、何とも危うい野党第一党の姿が改めて見えてくる。

 かつて小沢代表の側近だった平野貞夫元参院議員が今月号の「月刊日本」で面白いことを言っている。平野氏によると、民主党には現在、3つの人種が並存しているという。縄文人、弥生人、そしてインターネット人。

 縄文人は小沢氏のように、モノを言わなくても、腹で分かり合える原日本人タイプ。弥生人は文字や数字など書いてあるものしか信用しない。労組や市民運動出身者に多く、鳩山氏や菅氏などがこのタイプ。第3のインターネット人は文字や数字すらデジタル情報としてしか捉えず、それらの背景を考えるということもしないタイプで、若い議員に多い。
 平野氏のこの指摘、民主党というよりも、自民党も含め今の政界人種全体に通用しそうだが、バラバラのモザイク政党である民主党にはやはり当てはまりそうだ。 

 いずれにせよ、縄文人=小沢代表は自民党との大連立の提案を、弥生人=鳩山幹事長や菅代表代行、興石参議院会長、その他のインターネット人12人で構成する役員会メンバーに諮ったが、誰一人賛成する者もなく、皆NOで孤立やむなく辞任表明、撤回という展開になったのである。もっとも、大和朝廷に反逆した東北の原日本人、アテルイの子孫である狩猟民族、岩手県人の小沢氏にとっては、「和を以って貴しとなす」農耕民族=弥生人とは終生、相容れないようだ。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎 
 本の紹介  暗号名「カーヴ・ボール」  ボブ・ドロージン CURVEBALL    By Bob Drogin     Random House 2007
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   1999年11月、一人のイラク人が、ミュンヘン空港に到着し、その場で亡命を希望した。この男が亡命を希望したときから、「情報史上、最大の失策(フィアスコ)」とよばれる事件が起こった。
 この男は、自分は技術者であり、サダム・フセインの細菌兵器製造の秘密を知っている、とドイツ情報部(BND)の尋問(ディブリーフィング)に答えて言ったのである。
 ドイツ情報部(BND)は、かつては、通称ゲーレン機関ともよばれ、アメリカのCIAの莫大な資金を投入して作られたものである。CIA子飼いといってもよいが、東西ドイツが分裂している間に、東独の天才的なスパイ・マスター、マーカス・ミッシャ・ウルフによって、散々に食い荒らされた。BNDカウンターインテリジェンス部門の長が、ウルフのトップ・スパイであった。東独からやってくるスパイを摘発する部門の長が、東独のスパイだったのである。このエピソードが、ジョン・ルカレの傑作「寒い国から帰ってきたスパイ」の基本的な骨子となっている。 マーカス・ウルフこそ、ルカレの小説に出てくる、あの忘れがたい「モスクワ・センター」(KGB)のスパイ・マスター「カーラ」のモデルである。
 CIAは、BNDの裏切りを許さなかった。BNDこそ、冷戦期のスパイ戦争の最前線の情報機関であった。ベルリンは、CIA,KGB,そして東西ドイツの情報機関員が、命をかけて戦った、まさに戦場だったのである。そのトップが敵のスパイであった。この裏切りによって犠牲となったCIAやBNDの情報工作員は、数知れなかった。
 その後、ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツは統合された。すると、今度はBNDの側に、CIAを恨む理由が出てきたのである。
かつての東独の秘密警察「スタジ」は、国民に対して厳格な監視体制を強いていた。親が子を、生徒が先生を、部下が上司を、友人が友人を密告する、恐ろしい密告制度は最近の映画でも描かれている。その情報提供者たちの名前をすべて記したファイルを、CIAが持ち去ったのである。BNDは、何度となくそのファイルの、少なくとも共有を要請したが、クリントン政権でCIA長官となったジョージ・テネットは、にべもなく拒否した。そのファイルがあれば、CIAは、元「スタジ」のスパイだったドイツ人を。ことごとく、いつでも脅迫してスパイにすることができるであろう。BNDがCIAを恨んだ理由は、ここにある。
あのイラク人が、それこそ「大量破壊兵器」が存在する証拠を持って現れたとき、BNDは、この尋問結果をはじめは、CIAに明かさず、アメリカ国防省の情報機関DIA(国防情報局)に流したのだった。「カーヴ・ボール」(曲球)というおかしな暗号名は、このとき、このイラク人に、つけられた。
 しかし2001年の9・11で、すべてが変わった。そしてアフガニスタンの戦いを一応終えたブッシュ政権は、今度はイラクとの戦いを始めようとしていた。カーヴ・ボールの情報は、にわかに重要となった。ブッシュ政権は、イラクが大量破壊兵器を持っている、と主張した。その最大の根拠となったのは、このカーヴ・ボールの情報だった。副大統領ディック・チェイニーは、何度もカーヴ・ボール情報による「細菌兵器」に言及した。そして最大の山場は、コリン・パウエル国務長官の国連演説であった。かれは衛星写真や録音まで公開しながら、この細菌兵器について演説した。 
 すべてはカーヴ・ボールが自身を高く売りつけるための偽情報であった。通常の亡命者には仕事すらない。しかしサダム・フセインの元で細菌兵器を開発していた、となれば高く売れる。
 CIAは何度となく、カーヴ・ボールの直接尋問を要請したが、BNDはこれを拒否した。だがBNDは巧妙に、CIAに対して非公式には何度もこの男が偽者であることを警告していたのである。しかし、その警告は、大量破壊兵器が存在する証拠を確実にしなければならないという、巨大な圧力にさらされていたCIAのトップ、テネット長官や、副長官のマクローリンには届かなかったのである。
 本書は、最初にこのカーヴ・ボールの存在を暴いた、ピュリッツアー小受賞記者による
ノンフィクションである。下手なスパイ小説よりも、ぜんぜん面白い。とくにCIA内部で、分析部門とスパイ部門が、カーヴ・ボール情報の真贋をめぐって激論するところは、息を飲む面白さである。
 
松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(12)<ミシュランガイド私見>
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11月22日に東京版ミシュランガイドが発売された。東京が料理という文化を評価されるに値する都市になった事に感慨深いものがある。

食材はその土地の自然の恵みの下にあり、又人々が育てて作り出す材料の質の高さが食文化のレベルを左右する。日本人料理人の店がこの度ミシュランガイドに多く記載されているが、日本人料理人の店がこの度ミシュランガイドに多く記載されているが、日本料理や寿司などは、日本人の板前が昔から受け継いできた文化であり、フランス料理は日本人のシェフがフランスなどで修行して会得したもので、両者とも先人の苦労と努力による事が多い。

三つ星の選定条件は「旅行して味わう価値がある卓越した料理である」事と店全体の雰囲気や清潔さだと聞く。私もフランスに旅行した時三つ星レストランで食事をしたいと思いガイドブックを見て予約をした記憶がある。東京に観光に来る外人が1つの観光の目安に使うのは判り易く良いと思う。

しかし今の日本人のメデイアに対する反応の仕方にはいささか疑問がある。今回の三つ星の選ばれたレストランは来年の春まで予約が入り、日々電話のベルがなりっぱなし、と聞く。話題性がある店への興味の持ち方が食してみて自分の意見を持つようであって欲しい。

食事という事は自分の感覚で美味しいと感じることが一番望ましいと思っているが、ミシュランガイドの総責任者のジャン・リュック・ナレ氏の話は星の意味することはその店に観光客が信用をして来る事やテレビやマスコミに取り上げられる事により食品や食器のスポンサー契約を得る経済効果があると言う。この趣旨だから、ニューヨークではその地に合わせて店の評価の仕方をしているのだと納得した。39店に星を付け 星なしで値段のランクにより美味しい店を紹介しているらしい。

フランスでは星を失って自殺をする料理人が出たことがあり、又星に縛られたくないと言って星を返上する人もいる。私は料理というものは主観的なものなので、「星に始まり星に終わる」のではなく、星はひとつの目安にして欲しいのであるが、このようにフランスに於いては、星をめぐる色々な出来事があるという事は ミシュランガイドの権威がフランスでは大きい事を改めて考えさせられる。

フランスでミシュランガイドが出来た当初はフランスの伝統料理をフランス人が評価した事に始まった。これは大変権威があり又食に対して向上を促す大きな役割を感じるが、時を経て 日本での星の数には単なるガイドブックと考えても良い気がする。

今回の審査はフランス人3名と日本人2名が中心となっているらしいが、和食に対する審査はフランス人には難しいのではなかったか、と思う。例えばモズクを例にすると、フランス人は食べられないから、和食店では食品を変えて出した、と書いてあったが、私が和食の最初にモズクの酢の物が美味しく頂けると、その後の食が進むのである。又ビルのなかでも坪庭があり、その庭と出される器の中の雰囲気の融合に日本料理の魅力がある。日本人が持っている血の流れの中に存在する文化をフランス人に理解してもらうのは無理であるが、外国人が見た日本、という評価の仕方だと思うと納得して星の数を数えられるのである。

一方これからは日本人も海外経験が豊富になり、文化の融合の時代になっているので、日本文化も外人の目線で見なければならない時代である。このような時代を迎えたという事と今回のミシュランガイドブックの発売が合致した気がする。
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◎奥山篤信の美術館めぐり @アメリカ
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1.ジョージア・オキーフ美術館 サンタフェ

ニューメキシコを愛してやまなかったジョージア・オキーフ(Georgia O'Keeffe, 1887年11月15日 - 1986年3月6日)の美術館を訪問。最初に視聴覚室で短編ドキュメンタリーにて彼女の生涯と夫であった写真家のアルフレッド・スティーグリッツのお互いの芸術に対する刺激、など一時は絵画など先人の物まねと断念した彼女が、ある師匠の影響を受けてそれまでの作風を変え、また夫の影響で手法を確立していった様が話され、鑑賞前に準備ができたのである。

この女性晩年はインディアンとしか思えない風貌である。ウィスコンシン州の農家の出身であるが、先祖がどこかでインディアンのDNAを牽いているであろうか。

写真家スティーグリッツは彼女の性的な肉体を被写体として愛したようである。若いころの豊満で筋肉質な脇毛を露にした彼女の裸体は大地に根付くセックスそのものである。
その写真集も展示されており、大変印象深いものがある。

描く対象はほとんどが、花、貝、石、動物の骨、風景の抽象画である。スティーグリッツの被写体にたっていたそのころの彼女の絵は、何を描いてもそこにヴァギナが想像されるのである。彼女は否定したが、人々はそれをフロイド心理学と結びつけた。

ともかく好き嫌いは別として彼女の絵は強烈でユニークである。ウイスコンシン、シカゴ、ヴァージニア、ニューヨークを経て、この作家が選んだ最後の地はニューメキシコ州アビキューであり、「空は違う、星が違う、風が違う」と彼女が愛したこの砂漠の地に来て理解できるような気がする。

2.ゲッティー・センター  ロスアンジェルス

建築家 Richard Meierにより設計されたポウル・ゲッティの寄付で US$1.2 billion を投じて建設されたこのセンターはロスのブレントウッドの丘に、360度ロスアンジェルスを見渡せることができる。入場料は無料となっている。

石油王ゲッティの資金とコレクションでできたこの美術館は、そのロケーションといい、アメリカの金持ちの絶大なるとの格差を感じさせる。これこそが格差であるといいたい。

建築もデザイン的に機能的であり、各棟が渡り廊下でつながり絵画などは時代を追って最後まで見れるという便利さである。

コレクションもすごいものでレンブラントからゴッホまで偉大な画家が勢ぞろいしている。ゲッティ家の収集にあたっては、盗難品をつかまされて返却を余儀なくされるなど、いろいろな逸話があるようだ。

成金が金にまかせて有名ブランドを買いあさるようにゲッティも無秩序に買いまくったのではないだろうか!どうもコレクションそのものに思想がないようにも見えるのである。

とにかくこのセンターは雇い人だけでもかなり居り、ボランティアかもしれないが相当の維持費がいるに違いない。丘の中腹で車をおり、そこからは電車でヒルトップまで輸送するのである。だからセンターには車はない。
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お知らせ 花柳廸薫さん関連
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NPO 紫薫子の会 日本舞踊ワークショップ「オドリ玉手箱」開催
☆ 開催日時 12月8日(土) 13時30分から
☆ 会  場 印西市文化ホール
☆ 出  演 藤間!)瀧 花柳廸薫 他
☆ 入場方法 無料(全席自由)当日入場券をお配りします。
※定員(522人)を超えた場合は先着順。
☆ 連絡・問い合わせ 印西市文化ホール
        〒270-1327  印西市大森2535
TEL 0476-42-8811 FAX 0476-42-8699

お気軽にお問い合わせください。
プログラム
1部 レクチャー
実演 1       長唄 「高砂丹前」(素踊り)
レクチャー 日本舞踊の基礎知識
       日本舞踊のテクニック
2部体験とQ&Aコーナー
日本舞踊の基本を説明しながら踊りの体験
3部鳴物実演
小鼓・大鼓・太鼓・大太鼓で出来る、自然と情景描写の実演コーナー
4部実演
実演 2   長唄 「藤と若衆」(衣裳付け) 地方演奏
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次回の配信は12月8日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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