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甦れ美しい日本 第146号

発行日: 2007/11/17

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年11月17日 NO.146号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者

 塚本三郎      正論はすべてが善か          
 
◎松島悠佐の軍事のはなし(54)「文民統制(シビリアン・コントロール)」

◎レギュラー執筆者 
      
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて 140
2.奥山篤信   日本再生のレシピ--民族主義プラス国家主義-- 
3.西山弘道    「どうなる?ねじれ国会の結末」
 
◎阿嶋彩子の料理つれづれに(11)<栗の魅力>

◎奥山篤信の映画評論 
1.ドイツ映画「僕のピアノコンチェルト 原題: VITUS」☆☆☆
2.アイルランド映画「ONCE ダブリンの街角で 原題: ONCE 」☆☆☆
3.アメリカ映画 「ボーン・アルティメイタム 原題: THE BOURNE ULTIMATUM」☆☆☆☆  
4.ドイツ映画「4分間のピアニスト 原題: VIER MINUTEN/FOUR MINUTES 」☆☆☆  
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 塚本三郎 
  正論はすべてが善か           
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 個人、団体、国家を問わず、生存競争は、やがて適者生存となる。生成発展する競争社会は、ゆきつくところ弱肉強食となるから一定のルールが必要となる。国家には厳しい法律の強制によって秩序が保たれている。生活に根ざした人間の行動を、国の掟は、法律と云う強制力によって、時として容赦なく踏みにじることもある。国の掟と生活慣習は、人間永遠の課題と云えよう。私は問いたい。世に言う正論は万全であるのかと。

「天下りはいけない、」ならば定年後は

 人生僅か五十年の時代に設定された、定年制そのままで、人生八十歳の長生きの出来る時代となった。公務員が七十代まで、そのまま役所に居座られては、月給の上昇と共に、若者の上がつかえて、国費増大と、人心の刷新が出来ない。その上、組織が老化する。
ならば、法に従い五十代から六十代までに退職する人達に、退職金と年金で余生を送れと言い切れるのか。それ程に国と地方の財政に余裕はない。
 五十代から六十代は、円熟した働き盛りの人が大多数で、これからが本当の人生だと意気込む人が多い。従って「定年制をどの様に改正するのか」。或いは定年制をそのままにするならば、関連する仕事に転職する場合の、「厳正なルール」を設けるべきではないのか。
 定年後の人材をどのように生かすのか、を論じ対策を定めないならば、高級官僚のみならず、公務員は、自分で生きる途を作らざるを得ない。
 国も地方自治体も、関連する仕事が沢山在る。否、官僚自らが、都合良く天下り先を造り、増幅させている。それは国家予算を遥かに上回る事業である。年金、災害、医療、失業等に関する国家の事業、最近は独立行政法人と呼ばれる。
民間の事業では、公共の土木、建築、の許可、認可、補助金、助成金等を対象とする「業界」は、かつて指示し、発注してくれた管理者との連携は、最後まで続けてゆきたいと期待する。
まして政府や自治体の出資する、半ば公共的な事業等、すべて管理者であった官僚が天下り、かつての部下が監督者となる。それは国費、国税のムダ使いに通じている。
国会で官僚罪悪論が横溢しているのに、根絶は不可能であった。定年制を時代と共に改めなかったからと言うべきである。
 人生五十年の時代の法制を、時代に合致するよう改めることは、官僚の立場では自分達のことであるから戸惑いを抱く。ならば、天下ることによって、かつて手塩にかけて育てた、公団、公社、事業団、果ては監督下に在った民間会社に天下り、これからが本当の人生だと、官僚時代よりも、更に高給な年俸を受け取る。やがて、そのまた下の企業へと更に天下って、渡り鳥人生となる。改めるべき制度を放置すればこのようになる。
 安倍晋三首相(当時)は、その弊を改めるべく、一挙に天下り禁止の法を成立せしめた。
歴代内閣では、決して手がつけられなかった難問を処理したと云われる。
 併し、そのことによって安倍内閣は崩壊したとも云われる。官僚の逆襲は恐ろしい。五名の大臣の、法制違反を暴くことは、官僚の得意な分野である。
各省事務次官会議を無視したからだと官僚は笑う。内閣提出のすべての法案は、各省事務次官会議を経て政府が提出する。しかし公務員は、自分の不利になる法案は賛成しない。
このことを承知している安倍前首相は、最初から彼等に相談することを避けて、直接閣議で決定させ、法律として成立せしめた。
安倍首相の卓見であり、決断であった。しかし、官僚にとっては、政治に逆襲するには、別の方法を採る必要があった。それが「五人の大臣の問題点」を浮上させ、マスコミへのリークではなかったか。
定年制が、時代とかけ離れていることを放置した警告であろう。

「談合は悪い」、なれば中小企業は

公共事業ほど儲かる仕事はない。国や自治体が予算を組み、現金で支払ってくれるから、取りはぐれがない。
 事業に対して監督者が役人であるから、仕事の実体と内容を余り知らないから、監督がゆるやかで、十人の仕事を十五人と申告し、請求することも珍しくないと業者は言う。
 公共事業は、大きな仕事が殆んどだから、落札は大企業が優先となる。請け負った大企業は、役人に代って設計や施工の監督をするが、実際の仕事の殆んどは、下請、孫請に与える。下請企業の代表者は、陰では、親会社をピンハネ機関と言う。
実際の工事を下請として請負い、仕事に習熟している中小業者は言う。談合を禁止していることは、かえって、競争力のある大企業が優先となり独善になっていると。
 地方自治体では、地元企業のために、業者団体が話し合って、仕事を順番に分かち合うことのできる談合の利点も主張する。入札制度に背き、談合する業界は、一方では、高い利益を貪る結果となる。しかし逆に、落札の為には、原価を切った価格でも、場合によっては落札し、赤字を承知で下請に、その仕事を無理に押し付ける。
 かえって、中、小零細業者が順番に話し合う、談合のほうが良い場合だって在る。
 公共工事の談合によって、価格を不当に吊り上げ、暴利を貪った企業と、その取りまとめの幹事には、罰金と刑事罰が加えられている。名古屋市営地下鉄工事は、連日メディアで非難されている。その場合、発注した官庁の責任は、収賄や供応の接待さえ受けなければ、責任を問われたという話を聞かない
談合による暴利を見抜けなかった発注の官僚こそ、より重い責任があると思うが如何か。
かく考えてみると、自由競争はすべてが正しいと言い切れるのか。むしろ強い業者の為の自由である場合も少なくない。
その偏向を改める為には、担当する官僚が、事業のことで、業者以上に研究し、現場を視察し、合理性について勉強しなければならないことは論をまたない。
 公共事業の談合で、マスコミは業界を大きく非難するが、それを妨げられなかった、発注者の責任はなぜ問われないのか。

「株式会社は株主のもの」なれば従業員は

 アメリカでは、従来の株主が、長期的に会社の成長を見守るという前提が崩れて、短期的に株価を吊り上げて、高値で売り抜ける、これを目的とした株主が最近多くなった。
 それが結局は、エンロンやワールドコムが破綻した最大の原因である。
 時価総額を短期的に増やし、他から資金を流れ込ませて株価を吊り上げ、配当金を増やして、メディア受けする話題を提供して期待感を煽る。それが経営者の手腕と評価され、役員の成績となりつつある。
そのことによって、会社の中身の充実ができなくなり、良い製品、良いサービス、そして本来の会社としての努力は二の次となることが心配される。
 株式を公開している会社は、従業員や顧客、仕入れ先等を含めた公共的なものであり、株主だけのものではない。
目先の株価と配当金を目当てにする投資家が中心となれば、会社の将来性をめざして、研究、開発、更に設備の近代化等の、会社として本来行なうべき投資活動がおろそかとなる。そして逆に経費の削減をせざるを得なくなる。
短期の収益増が、逆に将来性を失う場合が多い。
 企業防衛の為の、株式の持ち合いを禁止しているのに、M&Aと云って、めざす会社の株式の大半を買い入れることで、会社の買収や、吸収が、公然と行なわれる。
金融自由化の名で、まじめな会社の買収を野放しにしておいて良いのであろうか。
 日本的製造業の特質が、最近、アメリカの金融システムの暴れ馬に荒らされつつある。
国家の安定と平和は、一般のサラリーマンが、安心して働くことの出来る職場に就くこ
とである。欲を言えば、これ等の人達に、中流意識を持たせることである。自分達の勤める職場が、将来性を考えない会社経営となれば、日本社会そのものが崩壊の危険を伴う。

「賞味期限厳守」なれば、もったいないは

伊勢の銘菓(赤福)が断罪され、営業停止ではなく禁止となっている。厳罰の制裁である。以来、連日この種の断罪の報道は止まない。賞味期限オーバーとなり、法令違反をくぐり抜ける為の巻き返しと呼ぶ、期日の変更はけしからぬ、との非難報道である。 
期日を過ぎた物は、すべて破棄したという嘘の証言が、食品安全の法に違反している。
自由世界での生存競争では、同業者はもちろん、顧客を欺いても恥じない経営者も少なくない。だからこそ国家は、厳しい法律の強制によって、社会秩序を保っている。
「赤福」の偽装発覚後、農林水産省など関係機関に寄せられる、内部告発などの情報提供は急増し、前年の五倍近く。食品表示を調べる農水省の「Gメン」は、深夜まで情報の整理や、事実確認に追われている。
法令違反者を弁護する気持ちはない。されど、違反した品物を食べた客の中に、それが
為に、死人、否、病人が出たとの話は聞いたことがない。
期日が過ぎて、味が落ちたとか、病人が出たとすれば、まず客から非難されて当然であ
るが、単に期日が過ぎていた品に手を加えて、新品に擬装したことを問われ、賞味期限の変更はけしからぬ。なぜ破棄しなかったのか、と云う責めは少々首をかしげる。
また、売れ残った品の一部分ずつに手を加えて、別の食品に作り変え、別の菓子屋に流
したからといって、責めるに値するだろうか。
日本人は古来、食べものに対して感謝の気持ちで育てられて来た。
科学技術の進んだ今日、冷蔵設備をはじめ、輸送や保存方法が優れ、売れ残ったからといって、また、賞味期限が過ぎても、安全な保存と、更に改良を施し、新品と変らない美味で売れている物を、捨てなかったとして罰してよいものか。日本人の美徳と心得て来た「もったいない」の心を活かし、その対策と方法を考えてやれないものか。
 時代と共に、業者は苦心と努力を重ねている。それに対処する法令そのものの運用を放置している監督官庁に、この事件で一片の反省もないことに疑問を呈する。
監督官庁が突然暴き立てて、初めて大問題となった業者を責めるならば、同時に、監督官庁は、営業禁止命令と云う重罪の対象を、なぜ三十年も放置して来たのか。 
                                
塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
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◎松島悠佐の軍事のはなし(54)「文民統制(シビリアン・コントロール)」
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新テロ特措法は衆議院で可決されましたが、山田洋行と守屋氏との事案解明に手間取りなかなか先に進みません。
防衛問題が論点になると、必ずといってよいほどシビリアン・コントロールが問題になりますが、今なおその認識がまちまちで、明らかに誤って使用している人も多く、議論がおかしな方向に走っています。
今回の審議でも、新特措法の時限が1年になったらシビリアン・コントロールがより確保されるとか、国会承認条項がなくなったのでシビリアン・コントロールが確保されないなどの意見が出ていますが、それは立法府と行政府の間の話であり、政府にどこまで政策判断の裁量権を与えるかという問題であって、シビリアン・コントロールとは異質のものです。
シビリアン・コントロールは、言うまでもなく、政治が軍事に優先するということであり、有事・平時を問わず軍隊の基本を律し、事態に応じて軍隊を動かすか否かは、国家の存亡につながることであり、政治が判断すべきであるとの考えです。
この考えは今に始まったことではなく、孫子の兵法の冒頭に「兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからず」と書かれているごとく、古からどこの国でも持っている考えです。
ところがわが国では、防衛省内での文官(シビル)と自衛官(ユニホーム)の間の調整権や決裁権などの問題で、文官を自衛官の上位に据えることでシビリアン・コントロールが維持されるとか、ユニホームが現場で行う実務的な措置までこまごまと決めておかないとシビリアン・コントロールが維持できないとか、本質的なものから少しはなれて、枝葉末節な意見が相変わらず中心になっています。
今回、インド洋での給油活動の審議で、海上自衛隊が給油量の報告を誤った事実が判明し、本当は約80万ガロン給油したのに20万ガロンと報告をしたのは、意図的だったのではないか、あるいはその後誤りに気づきながら訂正しなかったのはシビリアン・コントロールの軽視ではないかとの指摘を受けています。
実情については、担当課長が国会で証言し、組織的・意図的なものではなく、本人の判断の不適切だったことが明らかになったようです。このこと自体は大いに反省し、誤りなきように改善しなければなりませんが、これがシビリアン・コントロールの問題かというとやや疑問があります。
わが国から給油を受けた米艦が、その油を使用してイラク監視の作戦に任じたかどうか、実務実行上からは区分は難しく、結局給油を受ける国の信義に基づいて判断するしかないのでしょう。
ただ、わが国の法律は、憲法の制約に抵触しないように隙間を縫って作ってあるため、給油した油が何に使われたかを、こまごまと調査し明らかにすることも必要なのでしょうが、それはわが国での特異な国会審議のために必要なものであり、シビリアン・コントロールの本質的な議論ではないと思います。
海上自衛隊は、政府が命じた実施計画に基づいて定められたことを実行しており、シビリアン・コントロールを逸脱し、政府の命令に従わない行動をとっているわけではありません。事務的な過失や、怠慢による事故は時にはあると思いますが、それは自衛隊の服務規律の問題であり、必要に応じて厳正に処分すべきことではありますが、本質的なシビリアン・コントロールの問題ではないでしょう。
4年前、自衛隊のイラク派遣が決まった後に、左翼系メディアの主導するデモが駐屯地にきて、「イラク派遣は間違いだから、自衛隊は行くな。君たちは犬死になる。」とのシュプレヒコールを送っていましたが、もし、このようなことを実行すれば、それはシビリアン・コントロール違反です。だが、自衛隊は政府が決めたことを実行拒否するようなことはいたしません。
たとえ自分の思いとは違っていても、命とあらば任務につくのが自衛隊の使命と自覚しており、そのことは今の自衛隊には徹底しています。
もう10数年も前になりますが、PKO派遣の国会審議に手間取って、派遣命令がなかなか出せず、このままでは出動準備が間に合わないとの判断から、自衛隊は自主的に出来る準備を少しずつ始めましたが、国会審議がまだ終わっていないのに、自衛隊が準備を始めるのはシビリアン・コントロール違反だと騒ぎ立てるメディアもいました。しかし命が下ったら万全の態勢で実行できるように準備をするのが自衛隊の使命と自覚して準備を進めていました。
わが国のシビリアン・コントロール議論では、あまりよく理解していないメディアが騒ぎ、政治家がそれに乗るという構図が多く、そのようなことばかりに捉われていると、「政治が軍事に優先する」という本当の意味でのシビリアン・コントロールがおろそかになる懸念があります。
政治家は軍事のコントローラーとして、軍事に対する高い識見を求められています。それは専門的な軍事知識ではなく、軍隊の運用についての国策判断能力と決断力です。実務的なことは、自衛隊に自主裁量の余地を与え、こまごま統制する必要はないと思います。
「政治が決断し命ずれば、軍隊がそれに従って実行する」という本来のシビリアン・コントロール制度は、わが国には既に定着しています。
(07・11・16記)

松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて  140   
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「マオ」に描かれた毛沢東像は、ブルジョアの搾取にあえぐ?中国農民達を解放するという、高貴な理想を掲げた改革者どころか、延安に支配地域を与えられるや、「女漁り」に現を抜かし、離婚結婚を繰り返し、実の子を「孤児」同様に扱って恥じない、冷血漢として描かれている。
毛沢東に関する各種の著作からも、それは事実であったと考えられる。しかし、「毛沢東自伝」に描かれた虚像が一人歩きしていて、未だに神格化されているのは単にエドガー・スノーが「中国共産党の血塗られた過去を消してイメージ回復の基礎を作った」ことだけによるものではあるまい。多分、秘密主義と、神格化された毛沢東の存在によって、幹部達もまた良い思いをしたからに違いない。
 いずれにせよ、スターリンと毛沢東とを比較すると、同じ共産主義活動家としては、月とすっぽん程の違いがあったように思う。勿論双方共に冷酷で無慈悲な男ではあったが、スターリンは娘のスベトラーナを溺愛したし、何よりも、国家戦略立案にかけては数段上であった。毛沢東は、スターリンにソ連の国家戦略遂行上の単なる“捨て駒”に利用されていただけであったといえよう。
 他方蒋介石の方は、西安事件の後遺症と息子を愛するが故に作戦を誤り、肝心な国家戦略が意のままにならぬ状況に陥っていたのであった。
 つまり、大東亜戦争に日本を引き釣りこんで、ソ連に有利になるような国家戦略を遂行しようとしたスターリンの謀略が、中国の内乱に乗じて見事に功を奏したのであって、中国共産党、ましてや毛沢東の手柄では決してなかった。更に我日本国の中国に対する誤判断が大きく作用していたと私は思う。
そこで、当時の中国国内情勢の背景について「戦争の歴史・日本と中国」(黄文雄著:WAC出版)を見ていくことにする。
第7章は「日中戦争・史上空前の中国内戦に巻き込まれた日本」「1、戦乱国家・中国の収拾に乗り出した日本」という章立てであり、そこにはこうある。
「二十世紀前半の東アジア世界最大の火種は何かといえば、それは崩壊した大清帝国の『遺産』相続問題である。
 17世紀初頭にヌルハチが後金国を建て、二代目のホンタイジの代に満州人・モンゴル人の連合王国として誕生したのが清である。三代目の順治帝の時代、清は長城以南の中国に侵入し、漢民族を支配した。そして康煕・雍正・乾隆三帝による約一世紀半近くにわたる繁栄期を迎えるに至った。この間、清は西方のジュンガル帝国を滅ぼし、その支配下にあった回部(現在の新疆ウイグル自治区)とチベットをも領土に組み込み、巨大な大帝国に成長している。しかし、二十世紀に入ると、この帝国は辛亥革命をきっかけに解体されたのである」
 この大帝国の遺産が、17世紀から18世紀にかけて征服した漢民族や周辺諸民族の土地であり、この遺産を狙って争った勢力は、大きく三つに分類することができる、として黄文雄教授は次のようにまとめている。
「第一の勢力」=「中華民国」で、「そもそも辛亥革命に至る漢民族の革命運動は『滅満興漢』を掲げる漢民族独立運動で、『駆逐韃靼』つまり満州人(韃靼人)を中国から追放することを目標にしていた。革命派が標榜していたのは『漢民族主義』だ。そこで、これに対抗して清朝内部の漢族からは『中華民族主義』が提起された。つまり満州族であれ、漢族であれ、同じ『中華民族』であり、融合すべきであるとの主張である。このように両者の間では激しい論争が展開されたものの、革命派はいざ清朝を打倒すると、満州、モンゴル、チベット、新疆など、非漢民族地域を含む広大な全版図を継承したくなり、中華民族論に鞍替えしたのである。だが中華民国は成立はしたものの、その内実は北洋軍閥、国民党、共産党などの多政府状態から抜け出せず、常に内戦で明け暮れていたため、落ち着いて『遺産継承』をできるような状態ではなかった。そもそも肝心の中国本部自体、誰も統一できない状態が継続していたのだ」
そして「第二の勢力」=「満州、モンゴル、チベット、ウイグルなど清時代の被支配諸民族」で、「モンゴル族もチベット族も、清帝国瓦解を受けて直ちに独立を宣言している。満州族も腹辟(清朝復興)運動を試みている」と書き、「第三の勢力」=「列強」として、「日露戦争後にロシアは満州から撤退したものの、モンゴルや新疆は相変わらずロシアの支配下においていた。一方、イギリスはチベットを支配下においていた。中華民国はチベットなどの支配権を継承したくても、それらを実質的に支配はしていなかったし、またその力もなかった。それでありながらも『清朝の支配下の諸民族は全て中国に属する』とする現中国政府の主張は、列強時代も現代も、国際政治的にも国際法的にも通用はしない。そして諸国は常に中国内戦に介入、加担を続けていた。列強は清末以来の自国の権益を守るため、カオス状態の中華民国各政府・核武装集団に加担や介入をせざるを得なかった。だが、当時の内戦は、二大勢力の激突である朝鮮戦争やベトナム戦争などよりも、そしてさらにはアフガン内戦よりも複雑極まりないものだった」と書くのである。   (続く)
  

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 日本再生のレシピ 民族主義プラス国家主義
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福田や小澤の連立構想をみるにつけ、連立が目的化して、その表面の言葉と裏腹に妥協しようとしていた内容が果たして国家国民のためのものか全く不明の密室談合であった。

今やこの国は国家や民族の存続などの次元で、外交や安全保障を考える政治家など居ないように思える。顔色をうかがい、諍いを避け安易な妥協策を求める。これが自ら語る福田の対外政策でもある。陰でにっこりしているのはアメリカ、中国、ロシア、北朝鮮その他日本を封じ込めようとしている覇権国である。


2002年に行われたサッカーのフランスカップの決勝戦ロリアン対コルシカ・バスチア戦で、コルシカのファンが国歌マルセイエーズにブーンイングを行ったことに対し、観戦中のシラク大統領が激怒して退席し、試合開始が中断し、コルシカ側が平謝りし事なきをえたという話がある。そして翌日極左から極右までシラクの行為を絶賛したのである。

まさにフランス民族主義、フランス愛国という路線では極左より極右まで一致するのである。日本ではこれと反対に、敵性国家に迎合することにより、それを国内の政治闘争に利用している売国ぶりである。自民党の多くの政治家然り、民主党のほとんどの政治家然り、社民党や共産党はまさに反日覇権国の支部ともいえる。政治家には愛国心や民族意識などこれぽっちもないのである。

米国議会の下院に90年前のアルメニア人虐殺で当時のトルコを非難する決議案について、現在のトルコ政府は同決議案に猛烈に反対し、もし可決の場合にはトルコ国内の米軍による基地使用をも制限すると言明している。日本の弱腰謝罪外交とここまで差があるのだ。安倍元総理のあのブッシュへの謝罪とブッシュの「accept your apology」あの悪夢のような河野談話の上塗り、そこには美しい日本など全く欠如していた、期待はずれの安倍の背信行為でしかなかった。日本のこの外交でアメリカ下院も自信をつけて、トルコも抗議してこないだろうと嘯いていたという。

実際にはオスマントルコによるアルメニア人虐殺は存在したというのが定説であるが、トルコ国家としてはかかる決議は頑として許さないのである。日本は事実でない歪曲された慰安婦やら南京虐殺に対して政府や外務省は反論さえしないのである。一昨年の中国での日本国家侮辱事件に何の外交的対抗手段も打ち出さない日本である。

トルコには国家侮辱罪という犯罪があるらしい。現にノーベル文学賞、トルコのオルハン・パムク氏が虐殺の存在を肯定して告訴されている。かかる法律は問題なきしもあらずだが、日本においては、目に余る多数の売国政治家を取り締まるために、かかる法律(例えば外国から賄賂や接待を受ける、日本の歴史を捻じ曲げて外国反日勢力に迎合する、など極刑をもって取り締まる)があればと思うほどである。スパイ行動やり放題、反日売国活動やり放題、いったい日本など国家の体をなしていないのである。

中国にて美人局され証拠を握られている政治屋ども!金銭や骨董品を贈答されている政治屋ども!かってCIAより自民党に政治資金が流れたと言われるように、中国より飼い犬政治屋を養うために莫大な金が与野党に流れているのではないかと疑いたくなるこの現実!平気でありもしない日本兵の残虐行為を含む幻の歴史捏造に身売りする政治屋、学者、官僚、ビジネスマンをこの法律で取り締まれ!

僕は夢見る、日本共産党から自民党まですべての政党が尖閣列島の防衛、四島返還、竹島奪還、捻じ曲げられた歴史に対して一丸となって対外的に対処する日がいつ来るか!そして極左から極右が日本民族と日本国家存続のためにエリートが集まるサロンができることを夢見る。フランス国立行政学院同窓を中心にそういうサロンがあると聞く。アメリカやイギリスの秘密 政治結社も同じようなものではないだろうか。

最後に国家あってこそ国民の安全と幸福であることを認識することが肝要である。そしてその国家の前提は2600余年の歴史と伝統をもつ日本民族の住む、日本民族のための国家であるということだ。

追記 潘基文(パン・ギムン)・国連事務総長は主宰するコンサートのパンフレットに日本海であるべきところを東海と書いたらしい。日本は韓国の竹島不法占拠を指をくわえて眺めているからこそ、完全に舐められているということである。いったい外務省は 厳正中立であるべき国連総長ともあろう潘基文のかかる非常識な我田引水行為に抗議したのか!一体何をしているのか! 例によってあの赤い服のお好きな川口順子元外相の十八番の「抗議しました。」というだけではないのか?
抗議して結果レクティファイされなければ何の意味もないのだ!!

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
 「どうなる?ねじれ国会の結末」
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 テロ対策新特措法審議のため、12月15日まで延長された臨時国会は今のところ“視界不良”の状態となっている。衆議院で328票の圧倒的与党の賛成を得て、参議院に送られた新特措法であるが、採決のとき議場で自民党の大島国対委員長が大声で「よく数を数えておけ!」と手下の国対メンバーに放った言葉が印象的だった。参院否決、衆議院で再可決する際の憲法の3分の2条項の数が320議席、それを与党の数は8議席も上回ったのである。大島委員長の言葉は、民主党席に聞かせたい、ブラフだったのであろう。

 民主党天下の参院に送られたテロ新法であるが、予想通り、民主党は自党が提出したイラク支援廃止法案の先議を主張、新法審議は後回しにされた。2つの法案は参議院外交防衛委員会にかけられるが、衆議院での特別委員会では連日審議が可能だったのと異なり、常任委員会の審議日は週2日と決まっている。民主党としては、週2日の廃止法案の審議にたっぷり時間をかけ、テロ新法の審議に入らせず、法案を審議未了、廃案にしたい構えだ。

一方、与党側は早く新法審議に入りたいため、廃止法案審議の与党質問をほとんど放棄し、民主党に「審議を早くやれ!」と要求するなど、かつての与野党攻守を変えた珍妙な光景が展開されている。
 
 テロ新法を会期末まで採決せず、廃案をねらうという民主党ののらりくらり戦術は結局もたないだろう。第一、インド洋での海自の補給活動に理解を示す世論が50%を越えることにみられるように、世論の民主党に対する批判も起きてくるだろう。なにしろ会期末まで1ヵ月もあるのだ。結局、民主党は会期末ギリギリに新法審議、採決に追い込まれ、否決という意思を示さざるを得なくなる。

 参院否決されたテロ新法を回付された衆議院だが、与党内には憲法に従って堂々と3分の2条項を発動して、法案を再可決すべきだという声が日に日に高まっている。当然であろう。民主党の参院優位がこれから6年も続く限り、こんな場面は何回も来る。来年の通常国会で予算が成立した後、4月からの予算関連法案審議では政府案の民主党による参院否決が相次ぐだろう。すでにその場面は先日の参議院での政府人事案否決にみられた通りだ。

 ねじれ国会で求められるのは新たなルールであり、参院否決、衆議院3分の2で再可決というルールが慣例となれば何のことはないのだ。憲法の衆議院優位の原則を再確認すればよい。

 再可決で今度は民主党が問責決議案を出すか、出さないかが焦点となってくる。出すとすれば当然、民主党は解散・総選挙を覚悟の上だ。そうなると年内解散、1月総選挙となる。しかし、民主党は小沢代表の辞任騒ぎのダメージからまだ立ち直っていない。まだリハビリ期間は欲しい。一方、与党内でもそんな民主党の足元を見透かして、年内早期解散すべしとの声もあるが、自民党の本当のハラは解散先送り論だ。仮に直近で選挙をやっても、現在の306議席はおろか、過半数の241議席を確保できるかどうかも覚束ない。とても衆議院の3分の2、320議席以上を公明党と合わせてもとても維持できる見通しはないのだ。
 
 であるなら、与党としては解散・総選挙は先送り、限りなく任期満了に近い再来年九月までの間でいいのだ。しかし、解散風が吹き荒れている今、再来年などとはとても持ちそうにはない。常識的には、来年夏、洞爺湖サミットが終わった後、解散というスケジュールであろう。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(11)<栗の魅力>
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初夏の頃に黄白色の穂が栗の木々の枝先に付き、風に吹かれて柔らかくなびく。
その根元のめしべからとげとげしいイガに包まれた栗の実になるとはとても想像できない光景である。食欲の秋の楽しみの一つに新栗が食せる事にある。

私は子供の頃家に栗の木があり、大きなイガが落ちると竹の棒でイガを押さえて中からツヤツヤした実が出てきて嬉しかった思い出がある。大きな栗の実は蒸すと、本当に甘みがあり美味しいものであった。生で食べたい時は木をたたいて落としてもらい落ちた直後の実の皮をむき、食すのである。これは植物性の油が含まれており甘く何とも言えぬ美味しさで、森の動物達が木の実を好みこれだけで立派に成長する事が理解できる。

栗は和洋のお菓子や食事にも使われ、大変魅力的な食材である。私は栗が手に
入ると「栗おこわ」「栗甘露煮」「栗きんとん」などを栗の堅い皮と格闘しながら大張り切りで作る。この手間暇を掛けての作業が苦にならないほど食す楽しみが勝るのである。

和菓子のショウケースも秋の主役はやはり栗である。私も買い物に行きショウケースの中から選ぶのは栗饅頭や栗羊羹である。色も黄色で目立ち美味しく、豪華な感じがしてつい選ぶのである。甘納豆にした高価な品は外国のお土産にも人気だと聞く。中国の甘栗も後をひく美味しさで指先を真っ黒にしながら、楽しい一時だ。

洋菓子でもマロンはやはり魅力的である。モンブランやマロンケーキは目をひくが私にはマロングラッセが一番気になる存在だ。昨年あたりからフランス産とイタリア産と分けて売られている事が多くなってきた。食べ比べてみると私はイタリア産の方が濃厚な味のように思い好んでいるが、いずれにしても小さな一粒を食すると、一杯のコーヒーの良いお供になる位の味わいのボリュームを持っているように感じ満足するのである。

栗の使われ方を色々考えてみたが、栗の実のお菓子だけで、昔から営業している有名な長野の店も何軒かあるという事をみると、栗という食品の魅力を皆が感じでいるのだと思う。そして多くの食品の品種改良がなされているのに、ずっと変わらず存在し、又食し方の変化が少ない事も素晴らしいと思う。

栗に対する扱い方で和洋が異なる点は、日本では栗の瓶詰や納豆など、ほとんどの時に「面取り」がほどこされている。これは煮崩れを防ぐ為だと思うが、日本人らしい器用さでもある。フランスで求めた栗のシナモン入りの瓶詰も栗はそのままだったし、マロングラッセも形のままである。この栗の姿の和洋の違いに私は美意識の違いを感じている。日本人は何事もキリッとした線を重んじ西洋は自然美を求めるのであろう。この美味しく立派な栗の実が入っているイガをみると、私は上等な木の実は簡単には採れないように、自然の摂理で守られているのかと一人で思いめぐらすのである。
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◎奥山篤信の映画評論 
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1.ドイツ映画「僕のピアノコンチェルト 原題: VITUS」☆☆☆
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1992年チューリッヒ生まれで、世界各国で演奏を行うプロの天才ピアニストであるテオ・ゲオルギューが登場する。

天才少年の孤独さを面白おかしく描いている。できる少年は親、特に母親から過剰に期待され過保護のような英才教育をさせられる。この映画でもママゴンのごとき母親が天才ピアニストとして育てたく、期待するが。。。

『ヒトラー 〜最期の12日間〜』などの名優ブルーノ・ガンツが祖父に扮し、孫である天才少年の相談役となる。そして二人だけの秘密を作りながら、少年は育っていく。

この天才少年の話、なんやらマンガの成功物語のようで、痛快で面白い。そこに祖父の愛や家族の愛が秘められていて微笑ましい。

スイス屈指の音楽ホールとして知られるトーンハレでテオ・ゲオルギューがシューマンのピアノコンチェルトを演奏した時の模様がでてきて最後に映画の天才少年と現実の天才ピアニストが重なり合う。
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2.アイルランド映画「ONCE ダブリンの街角で 原題: ONCE 」☆☆☆
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えらく前評判の良い映画で渋谷の上映映画館も狭すぎるほど嬉しい誤算のようだ。僕はあのカンヌ映画祭での河瀬直美監督『殯の森』など素人に毛の生えたような映画を通常否定し、どんな映画であろうとプロ意識を感じるものでしか一切評価しない。大学の学生祭の映画や町の青年団が作ったような、つまり映像に金をかけていない映画など、お愛想笑いの世界でしかないのである。

この映画もまことに貧弱な投資資金と思える画面の稚拙さがある。しかしながらこの映画がアメリカで最初は2館で上映されたものが、口コミで140館まで拡大されたという実績の通り、なかなかの出来である。

たまたま僕も夏にアイルランドダブリンに滞在したが、アイルランドの景気の伸びは欧州でも飛びぬけており、かっての移民輸出国が移民輸入国になっている。この映画もチェコより移民してきた家族(素人俳優)が登場して、映画の予算の貧困さが、かえってこの家族の生活の臭いをリアリズムとして発散させている。

あの歴史的にも美しいダブリンの街角でのストリートギタリストが置き引きに襲われる場面から始まり、このチェコ移民の女性との出会いから、音楽を通したほのぼのとした男女関係を描いている。とくにアイリッシュ音楽の好きなファンには止められないだろう。歌詞のあとに裏声を絡ませるのはなんとも言えない。

夫と別居し子供や母親と同居して家政婦や花売りをしながらピアノを弾けるチェコ女性が、このギタリストに心を惹かれるのである。苦しい生活と夫との別離の心の隙間に、恋とは性格の異なる音楽を通しての友情が芽生える。男の常で女性の好意を当初は「勘違い」するのだが、一緒に音楽を組み立てるうちに、温もりのある男女の精神的なふれあいが築きあげられていくのである。
 
難を言えばあまりにも、出てくる人々が善意でありすぎることである。純粋音楽映画との位置付けとするのが正しいと思う。
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3.アメリカ映画 「ボーン・アルティメイタム 原題: THE BOURNE ULTIMATUM」☆☆☆☆   
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ボーン・シリーズ第三弾ポール・グリーングラス監督の真骨頂のアクション映画。名優マット・デイモンは何をやらせてもこなす。こういう危ないアクションものでも、本物の殺人マシーンのような身の捌きかたには驚く。

なまっちょろい訓練しか受けていない日本のポット出俳優こそが日本映画を滅ぼしていると痛感する。知性も体力もない日本の俳優よ!欧米並みに超一流の学識と教養を積んでから俳優になったらどうなのだ!

この映画は一瞬のまばたきさせさせないアクションの連鎖である。IT社会で考えられるあらゆる道具、それに体ごとぶつける肉弾戦が見事に観客の目を画面に釘付けにする。

もうこうなったらアクションのリズムといえよう。それと世界の名所が次々でてくるので楽しい限り。タンジールのチェイスはカスバの特徴も取り入れまことにリアルである。その他モスコウ、ロンドン、パリ、ニューヨークなど次々場面が変わる。
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4.ドイツ映画「4分間のピアニスト 原題: VIER MINUTEN/FOUR MINUTES 」☆☆☆ 
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強烈なタッチの映画であり、陰惨な雰囲気のなかで映画は終わる。これほど暗い映画はやはり気持ちを滅入らせてしまう。

この暴力的なあばずれともいえる天才ピアニストジェニーに扮するハンナー・ヘルツシュプルングの演技が度肝を抜く。1200人のオーディションで選ばれたというだけあって新鮮でもある。そしてドイツの名女優といわれる 老ピアノ教師トラウデ役のモニカ・ブライブトロイとのピアノの子弟関係を通じての二人の愛憎の激突が凄いのである。

肉親殺人犯として刑務所に繋がれるジェニーと過去にやはり心の傷を持つピアノ教師トラウデがピアノを通じてお互いの傷を嘗めあう。トラウデはこの逸材をなんとしても自らの暗い贖罪意識を晴らす意味からも栄光の舞台を飾らせたい。それはその4分間だけのために刑務所を脱獄させたとしても。

コンテストの最後の4分間のピアノの演奏とその爆発、教師トラウデのシューマンのピアノコンチェルトの演奏無事こなすようにとの期待を裏切り、感情のままに、ピアノの弦そのものを叩くいわば近代音楽いやジャズ音楽をとり交ぜ感情を一気に爆発させるジェニーに素直な拍手が贈れるであろうか?あまりにも救いのない結末ではないかと僕は思うのである。

それはジェニーの演技があまりにリアルで憎々しすぎるのかもしれない。

鑑賞後暗く考えさせる映画である。あるいは僕の映画の解釈が間違っているのかもしれない。
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