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甦れ美しい日本 第139号

発行日: 2007/9/29

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年9月29日 NO.139号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者

  塚本三郎     福田新首相に提言する 
  
◎松島悠佐の軍事のはなし(47)「台湾の安全への関心」 

◎レギュラー執筆者 
      
1.佐藤 守     大東亜戦争の真実を求めて 133
2.奥山篤信   映画評:アメリ映画「さらば、ベルリン 原題 THE GOOD GERMAN」☆☆☆
3.西山弘道   「福田政権をどうみる」
4.松永太郎   書評 「グローバライゼーション、デモクラシー、テロリズム」
エリック・ホブズバウム Globalization, Democracy, Terrorism      by Eric Hobsbaum  (未邦訳)

◎阿嶋彩子の料理つれづれに(4)<鮨板前雑感>

◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」URL:http://www.elneos.co.jp/10月号巻頭言
 宮脇磊介の「賢者に備えあり」武道と、日本のアイデンティティ
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塚本三郎      
 福田新首相に提言する     
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 内外状勢多難の折、福田康夫氏が新首相に選出された。自民党各派閥領袖の支持を得ての結果である。福田氏にとって、この様な多難の折に、自らが望んでの首相とあらば、余程の決意と覚悟をもたれたと思う。政界では、優れた血筋の下に生まれ育ち、余りにも順調に登られた地位は、安倍前首相と殆んど違わない。欲を言えば、もっと野生に富んだ言動が出来ないかと願う。この期待は無理か。
野次馬根性で福田氏の気持ちを言わして頂ければ、「万事おだやかに、皆さんのおっしゃる説は御もっとも、みんな正しい、その人達のご意見をまとめ、そしてお互いが、八分通りの主張でがまんしてください。それが公平であり平和であり、安心の出来る日本の政治であります。私は皆さんのいやがることは致しません。無理は決して致しません。
外交については中国や韓国や北朝鮮やロシアや、何れの国にも言い分はあるでしょう、それを出来る限り、受け容れますから、日本の主張もほどほどに聞いて下さい。万事おだやかに、時がやがて解決します。拉致の解決の為には、皆さんの言い分も聞きます」。
福田氏にはこんな手法と会話が見えてくる。

「他人のいやがることはしない方が良いでしょ」と発言した福田氏の言動は、靖国神社参拝についての応答である。福田氏の人柄からして、善意のカタマリとは思う。しかし、政治の世界は、敵と闘うことが、時と場合によっては重大な使命となる。
日本は今日、中国の覇権、強行の前面に立たされている。

日本の首相の、靖国神社参拝を非難することも、日本国が、国連の常任理事国への立候補したことを妨害したのも、すべて、中国の独裁政権維持の為の国内事情である。
中国政府は、中国国民の政権非難の捌け口を、日本という「お人好し」を非難し、外に敵を造ることで、内政を治める手段に使っている。それこそ独裁政治の常套手段である。
唯、最近それが、近隣諸国のみならず欧米にまで露骨に表面化し、来年の北京オリンピックのボイコットの運動に発展しつつある。ゆえに安倍前首相を北京へ招待したのは、仮面をかむった方向転換に過ぎず、中国の反日思想の軟化では決してない。
日本が中国の支配下に甘んずれば、米国は心ならずも、中国の覇権を黙視せざるを得なくなる。米国にとって中国の覇権は、直接に影響はない。万一の場合は、日本をはじめ、アジアをも無視するかもしれない。それが米国の立場である点を見逃すべきではない。
安全保障が、日本一国のみでは成り立たない時代となったからこそ日米同盟である。

さすれば「集団安全保障」を日本が認め宣言することで、米国への力強いメッセージを送ることになる。それが同盟国米国にとって、力強い日本の在り方である。
日本は世界経済の先頭に立ち、独自に防衛力を強化し、そして核を含む最強の独立国家を目指す方法もなくはない。しかし今日では、日米同盟の強化こそ最も安全であり、世界から信頼を得る道であることは申すまでもない。
今日の日本は、世界の中で、単にひとり孤立して立っているのではない。

中国を中心とする共産主義、独裁政権と、それに対立する民主主義を自負する米国との中間に位置する、危険極まりない環境に立たされている。それが日本の地理的姿である。
中国が、その影響下においた、チベットや新疆ウイグルを見よ。彼等の仕打ちを知れば知る程に、日本が米国との同盟の必要を重視する必要がある。それは米国に追随するとか、協力してあげると云う段階ではなく、日本自身の存立を確保する為の道でもある。
おだやかで、正直一途で、内政、外交が解決前進できればそれに越したことはない。機を見るに敏な福田氏は、相手の弱点を露呈する機会を見付けて、切り込んでゆかれるであろうが、それでも相手を見誤ることが心配だ。外交は血を見ない戦争と言うから。
日本の新首相にとって一番大切な使命は、過去六十年間、誤信させて来た、東京裁判の誤りを正し、「正しい歴史の認識」を、政治家も教育の世界にも徹底させることである。
 独裁国の支配者は、自国を支配下に置く権力維持の手段として、未だ、近隣諸国へ内政干渉を敢えて行っている事実を知る必要がある。他国を責め非難することによって、自国の国民の眼を外に向けさせることを常套手段とする。

満州事変が侵略か

戦後の日本は、歴代保守政党が日本の独立性と主権を維持し、経済繁栄に努めて来た。
一方で、東京裁判史観が国民を支配しており、それは全く不本意であったが、敢えて反論しなかった。負けた以上、散り際と、男らしさ、潔さを示そう、言い訳することは見苦しい。それが武士道だと東京裁判を黙認して来た。
その結果、戦後の日本の歴史は「嘘から出発」したことになってしまった。

歴史上類例のない、勝者が敗者を裁くという誤りの裁判が、日本国家を一方的に裁き断罪した。そして、容共主義の諸君と、戦争を煽った一部メディアは、占領軍に迎合し、独立後もその歪みを改めず、悪用して今日に至った。
二十世紀は、戦争が良いか、悪いかの問題ではなく、世界中が覇権を争う帝国主義の時代であった。列強の植民地となることを拒否し、国家として独立を全うしようとする限り、日本だけが例外であることはできなかった。
日本人は、今こそ歴史の多様性を知るべきである。戦前のアジアは、他民族を殺戮して手に入れ、植民地として、収奪することを目的としたのが欧米列強の実体であった。

関東軍の石原莞爾は、日露戦争及び第一次大戦の条約によって得た、満州に於ける日本の権益と、在留邦人の命を守るためには、満州を支那から切り離すしかないと考えた。
またロシア革命以後、共産主義の南下、侵略を食い止め、朝鮮半島を守るために、独断で満州事変を起こした。「孫文」もいっときそれを認めていた。

もし、満州がロシアの手に落ちていたら、朝鮮半島は間違いなくロシア領になっていたであろう。そして日本人の代わりに朝鮮の人達が、シベリアに送られ、数百万人が奴隷として犠牲になったであろう。このことは、韓国の一部有識者でも認識されている。
満州建国後、日本が敗戦にいたる約十三年後には、約二千万人であった人口が、約四千五百万人を数え、毎年百万人を超える人口の大移動となり、大陸唯一の別天地となった。
東京裁判では、日本軍国主義の支那侵略は、満州事変から始まったと断罪する。当時、満州を支配していた張作霖が爆殺された原因は、関東軍の河本大作大佐だとの説が大勢であった。しかし、柳条橋爆破の主犯は、毛沢東軍の謀略であったと、つい先年、毛沢東側近から暴露された、という説が有力。『マオ 誰も知らなかった毛沢東』ユン・チアン著

今こそ自主独立の国家を

当面の外交は、対中国を中心とする共産圏に対して、「毅然とした外交姿勢」をとることと、「日米同盟の真に在るべき姿」を明確にすることが不可欠となった。
 近年、米国の財力と威信にカゲリが現れて来た。それは、ひとり米国の内政に止まらない。民主主義政治のリーダーとして、日本は米国と同盟の立場から憂慮している。心配なことは、米国を信じて来た多くの国々、特にアジア各国にも不安が投げかけられている。
日本は、米国に対して、何を助け、何を忠告し、どう対処するのか。

日本は少なくとも、米国に次ぐ民主主義国家の先進国家である。日本の運命は即、アセアンの運命とも繋がり、同時に米国の命運とも無関係ではない。 
日と共に経済力を強める中国、しかもその原因は、日、米をはじめ欧州各国からの資本投資が、中心であるから、一旦これ等先進国が不信と迷いを生じ手を引いたら、中国は危険と崩壊の崖縁に立たされる。その例が、北京、上海等の大都会の建築ブームである。既にバブルを超えている。この数年の建築は狂気と云うべきで、北京オリンピックの二〇〇八年、上海万博の二〇一〇年を歌い文句に、危機を露骨に示していても、独裁政権のゆえに、あらゆる手段で、犠牲者と良識者を抑え、突っ走らせている。
バブルも、公害による環境破壊も、資源の買い漁りも、まして武器輸出も、コピー商品の販売も、そして有害商品の販売も、世界中に害毒を撒き散らしているのが中国の姿だ。
その前面に立ち向かわされているのが、我が日本である。

この狂気にして放縦の国に対して、日本としては、直接には手の打ち様がない。

思えば一九三七年の日支事変には、日本は支那一国が相手だと誤信して、泥沼の大陸に踏み込んでしまったが、北からのソ連と、南からの米、英、仏、蘭の各国が、中国を支援し続けて、その為日本は、片足を支那大陸に突っ込んだまま、他の片足で太平洋で、米・英などの国々を相手に戦わされた。
しかし今日は違う、中国の毒を味わいつつある欧米諸国は、中国に警戒感を抱きつつある。まして、米国は日米同盟の盟約国である。日本の進むべき道は余りにも明白である。
日本が厳然として、中国の内政干渉を跳ね除け、謝罪外交を改め、自主独立の外交を示せば、米欧のみならず、アセアン諸国もまた日本に拍手を送り、頼むに足る先進国として尊敬を勝ち取ることが出来る。

新首相への提言

日本国民はいま、経済的なことが先に立ち、情報が過度にあふれ、精神的な人と人の絆が途切れている。豊かさの目標は「物の豊かさ」より「心の豊かさ」を求めつつある。
日本は完全な独立国として、当然の主張を敢えて議論せよ。今の国民には、当然の議論が暴言に聞こえることもあろう。主張が論争の結果、妥協になっても良い。否、主張は必ず対立を生み、勇気ある論争の結果、妥協は良識の処に落着く。
福田新首相に前述の考えをもとに敢えて次の対策を進言する。

その第一は、「実質的な教育勅語」復活の提案を。   家庭教育、社会教育の為

その第二は、徴兵制実施の可否の議論を。       青年に愛国心と団体生活の為  
  
その第三は、防衛の為の核武装の可否の議論を。    非核三原則と日米同盟の為

世界先進国で、この三点は、当然の主張であり、既に大半は実施されている。日本だけが議論さえもしない。それを意識的に避けている。それは政府として無責任ではないか。
一部メディアの異論や、独善近隣国家の威圧に屈せず、度胸を据えてかかるべきだ。
右の三点を議論することは、福田新首相にとっては、いちばんニガテであろう、それを承知の上、これこそ日本が、普通の国となることだ、と進言する。
                             
塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
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◎松島悠佐の軍事のはなし(47)「台湾の安全への関心」   
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わが国では、台湾を身近に感じ親しみを持っている人も多いのですが、その対象は観光と商売がほとんどで、政治・外交・安保の面から台湾を考えているのは、ごく一部の政治・外交等の専門家に限られているようです。しかも政治の分野では、台湾に近親感を持ってその主張に同調するような姿勢をとることが、中国・北京を刺激しかねないとの考えが強く、わが国の対応は何事につけてもきわめて慎重です。
李登輝前総統が時折、医療や私的旅行で日本を訪れることがありますが、その時も国としてはあまり係わりたくないというのが一般的な認識で、北京への気の遣い方も尋常ではありません。

中国と台湾の武力衝突事態も、情勢によっては起きる可能性があると考えてはいるものの、その時にわが国はどのように対応するのかという問題にまでは踏み込んで対策を考えている部署はわが国にはないようです。それは当面逼迫している状況にはないとの意識もあるのでしょうが、その背景には、台湾の安全は日本のことではないとの認識があるような気もします。いずれにしても、思考停止の状態です。
しかしながら、一寸地図を広げてみればそうは行かないことが一目瞭然です。鹿児島の南端から奄美・沖縄・宮古島・石垣島・与那国島と約1千キロにわたる南西諸島に連なっているのが台湾であり、与那国島から100キロほど、領有権の争いになっている尖閣列島からも約150キロの距離しか離れていません。
96年の台湾総統選挙の際、李登輝総統に圧力をかけるため、中国は台湾の周辺にミサイルを射撃しましたが、その何発かは与那国島のすぐ沖に着弾したようです。
しかも中国は、この「九州〜南西諸島〜台湾〜フィリピン」の線を、自国の安全保障の重要な防衛線と位置づけ、「第1次列島防衛線」と称して重視しています。
さらにわが国にとって、中近東からの石油輸入の航路、東南アジアとの交易の航路は、そのほとんどが台湾海峡を通っていることを考えれば、台湾の安全はわが国にとって死活の問題になっています。

台湾は民主制度、中国は共産制度で政治的には相容れないし、もともと民族もちがうので、中国とは別の国になりたいと思っているのが台湾の本音ですが、同時に中国は武力に訴えても離反行為は許さないというのが国家の基本政策になっているのは承知のとおりです。だが、中国も台湾もお互いに紛争は避けたいと思っているのも事実であり、相互に平和的解決を模索しています。
民主制度を守ると言う見地から台湾の後ろ盾になっているアメリカも同様に平和的解決を望んでおり、わが国も同じです。関係各国はいずれも平和的な解決を図りたいと同じ言葉を使いますが、各国とも同床異夢で考えている中身は違うことも認識しておかなければなりません。あくまで民主制度を維持したいと思っている台湾と、それを統制下におくことを諦めない共産国家・中国とでは、紛争の種はなくなることはなさそうです。

武力紛争事態が起きないように外交面ではお互いに努力しますが、同時に、もし事態が紛糾した場合でも対応できるように軍事力も準備しておくのが国家の常識であり、中国も台湾もアメリカも、平和的解決を求めつつ軍事的な手段の整備を合わせて進めています。その面で、実際的な施策をとっていないのは日本だけのようです。
中国は台湾制圧のための短距離ミサイルを逐年強化し、ここ数年は年100基のペースで増強し、すでに800基に上るミサイルを台湾の対岸地域・福建省を中心に配備しています。さらに航空攻撃力の強化、潜水艦の増強など、台湾を制圧・封鎖するための軍事力がここ数年際立って強化されてきました。
これに対し台湾も、ミサイル防衛能力、対航空作戦能力、対潜水艦戦能力を中心に戦力強化を図る計画を立てていますが、防衛予算の執行が国会で凍結されるような混乱がすでに3年も続いており、実際の防衛力整備は進んでいないのが現状です。中国軍の増強に対応した台湾軍の防御力は次第にバランスを崩しているのが実態のようであり、この点については、アメリカも苛立っているのが事実です。

万が一武力紛争が起きそうな場合には、アメリカはどのような対応行動にでるのか、シナリオはいろいろあるようですが、基本的に米軍は空母機動部隊を展開し、中国軍の介入を阻止する作戦に出ると思われます。その時の先遣部隊となるのが沖縄の海兵隊、グアムの空軍爆撃部隊、横須賀の第7艦隊であり、これを指揮する極東地域統合司令部が、近々座間に移駐してくる第1軍団司令部となるのでしょう。この作戦体制をより機能的に構築し直すのが、今進めている米軍再編のひとつの狙いになっています。
これに対して中国は、米軍の介入を阻止するため、つとめて戦力を東方海域に展開して、なるべく遠方海域で米軍空母機動部隊を釘付けにして、前述の「第1次列島防衛線」の安全確保をはかりたいと考えているようです。そのため、この10数年来、中距離弾道ミサイルの強化、外洋での作戦可能な海空戦力の強化を図ってきました。特に、96年の台湾総統選に絡む中国の軍事的威嚇に対して、米軍が台湾海域に空母を展開して中国軍の動きをけん制しましたが、それ以降、中国は従来にもまして軍事力の強化を図り、「第1列島防衛線」を保持できる「近海総合作戦能力」の整備に力を入れてきました。
今後は、さらにその戦力を東方に推進し、やがて、小笠原諸島〜マリアナ諸島を結ぶ線を「第2次列島防衛線」として位置づけ、それ以西の海域を大陸防衛のための安全圏として確保したいと考えていると思われ、空母の保有計画はそのためのものと見られています。
いずれにしても、九州〜南西諸島〜台湾は中国が自らの防衛線として意義づけており、わが国としても、南西諸島の安全保障に連動して台湾の地域的な安全を考えざるを得ない状況になっています。
来年の北京オリンピックが終われば、やがて南西諸島正面から小笠原諸島正面での軍事的なつばぜり合いが活発になってくることが懸念されます。防衛力の増強や防衛体制の整備は一朝にしてできるものではありませんので、わが国も、台湾に対して観光と商売以外に安全保障の面にも関心を持って眺めておくことが大事になってきています。
                         (07・9・28記)
松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて  133
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 松本重治氏は、張学良が周恩来を呼んだのは、蒋介石を直接説得してもらい、内戦停止という兵錬目的を達成するためであったろう、と推断した。
「根回しをせずに蒋介石に周恩来を合わせると、蒋が怒ってしまい、かえって、すべてがぶちこわしになるという危険を、張は感じていたものと思われる。張が周恩来を招いたのは、十四日ごろであり、現実に周恩来が西安に来た日時は、十七日前後だと、私は推定する」
 既に書いたが「マオ」には、蒋介石と周恩来が会ったのは、「クリスマスの日」であり、「短時間で終了した」ことが明記されている。それ以前にどのような経緯があったのかについては、松本氏が、「解放日報」や蒋介石の「西安半月記」と宋美齢の「西安回想録」などを元に、次のように書いている。
「(宋美齢の回想録によると)彼女は二十三日には二時間、また二十四日にも、周恩来と会談をしている。張学良が頼んでも蒋介石が会いたくないといっている人だといって、張は彼女に周恩来を紹介している。宋美齢は、周恩来に意外にも好感を持ったようで、宋美齢の斡旋で、周恩来は蒋介石に短時間会ったようである。周は、蒋に対し、蒋介石領導での一致抗日、そのための内戦停止を簡潔に述べたが、蒋としては、説得される必要は全然なかった。それで、口頭で、『統一戦線を約束したようであり、周恩来と『再び共に仕事を』したい』(ハン・スイーン著「毛沢東」松岡洋子訳)と、いとも簡単な挨拶をしたというのが、言葉通りではないにしても、おそらく真相に近かったろうと思われる。それ以上は私が北京に行って周恩来に会って、訊き質す以外にはできないことだ」
 勿論、聞き質しても周恩来が正直に回答するとは思えない。問題は、蒋介石と周恩来の会談を取り持ったのが、蒋介石の妻・宋美齢であったという事実である。
宋美齢が周恩来に「意外にも」好感を持っていたのは、同じ共産主義思想を信奉する仲間として当然であったろうと思われるのだが、当時は、国民党の大総統・蒋介石の妻というだけで、彼女は“当然”共産主義とは相容れない立場にある、と松本氏も思い込んでいたのではないか?松本氏は更に次のように書いている。
「蒋介石対張学良、蒋介石対周恩来のやり取りで、文書での約束がなかったことは既に周知のことである。口頭での約束があったといわれるが、口頭でも、正確な約束はおそらくなかっただろう。だが、三者間の暗黙の了解というか、以心伝心による合意というか、そういうものは確かにあったと、私は推断する。その、暗黙の了解を、間接的に、かつ抽象的に表現した言葉のやり取りがあったことは、事実である。暗黙の了解は、その後の歴史の展開によって裏書されたが、紅軍を八露軍に改編したり、新四軍を組織したのは、日中戦争開始後のことであり、それまでは蒋介石は、国共合作の準備をぼつぼつ進めただけであった。したがって、西安事件がもたらしたものは『内戦停止』であった」
中国人同志で「暗黙の了解」とか「以心伝心」などという合意が成り立つか否かは私には分からないが、西安事件がもたらしたものは「内戦停止」であったとするのは早計であろう。抗日統一戦線を成立させるために「内戦停止」することが前提だったのであり、西安事件を単なる「兵錬」と捕らえたからこそ、そのような結論が導かれたのではないか?
「『内戦停止』が正式に実現したのは、蒋介石の南京帰還後のことであった。『内戦停止』の問題と『一致抗日』の問題とは、理論上、直結され得るものである。この両問題が政策上にも直結されることを期待したのが、中共であり、ソ連であり、救国会であったが、蒋介石は、現実政策上には、両問題の間に出来るだけのゆとりを持たせたかった。蒋介石は、『内戦停止』の実行は、必ず中国全体において抗日の気運がより高く盛り上がることを予期していた。だから、その対策としては、国共合作の実施のペースを二月の三中全会で定めた。つまり、中共に対して条件を出し、ゆるゆるやることを計ったのである。それは日本に与えられた最後のチャンスであった。そのチャンスを正確にとらえ得なかったのが日本であった。
盧溝橋事件の善後策で、侵略的姿勢に出たので、日本は大失敗をやったことになる。その後の中国の動きは、蒋介石の考えたペースを加速度的に速め、中共の思惑通りになってしまい、やがて、西安事件中になされた暗黙の了解が、世界史上に一大波紋を投げることとなった」と松本氏は締めくくったが、蒋介石はまず天下統一のために、紅軍(中共)を撃滅するのが最優先だったのであり「ゆるゆる」と事を進めたことは当然であった。
そして、「暗黙の了解」が何であったにせよ、いずれ中国が「抗日」に統一されて出てくることは自明であったのであり、「理論上、直結され得る」に過ぎない問題ではなかった。だから、我が国は“それ”に備えるべきであったし、第一線記者としては日本国内に警告を発するべきであった。

 そこが十分に理解されていなかったから、官民共に、盧溝橋事件の取り扱いを間違えることになったのだ、と私は思う。その意味からも松本氏が言った盧溝橋事件後の「侵略的姿勢」と云う表現は不適切である。            (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 映画評:アメリ映画「さらば、ベルリン 原題 THE GOOD GERMAN」☆☆☆
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ジョゼフ・キャノン の原作は色々な逸話が並行的に走りそれが大団円につながって行く筋書きである。これをこれほどまでずたずたに縮小、複合、単純化させてしまっては、原作者も自分の作品とは認めがたいであろう。映画向きにスティーヴン・ソダーバーグ監督スタッフが換骨奪胎したシナリオである。

アメリカ育ちのスティーヴン・ソダーバーグ監督といえば、先日「オーシャンズ13」を酷評したが、今や世界的巨匠の地位を確固たるものとしている。好奇心の塊のようなチャレンジ精神があり、新しい手法に挑戦し、その過程で各作品に凝りまくるので、同じ監督の映画かと戸惑うことが多い。従って僕にとっては納得の映画もあるし、落胆させる映画もある。

今回は1940年代の映画手法をそのまま使っての撮影である。ディテイルに凝るが故に、カメラも一台、レンズも反射光を和らげるコーティングレンズを使わない。ただモノクロフィルムだけは、昔のものは粒子が粗いのでカラーフィルムを使って色抜きしたそうである。撮影手法も当時の手法で昔の映画の筋回しを思い出すのである。

笑えてくるというか遊び心の圧巻はラストシーンまるであの名画「カサブランカ」の雨に濡れる飛行場の別れの場面と似せて、主演女優のケイト・ブランシェットの帽子や服装はまるでイングリッド・バーグマンのそれそのもの。飛行機のドアが閉じられてサントラのドラマチックなダダダーンという表現もそのもの。映画ファンにとってはやめられないアイロニーである。

ストーリーはベルリン陥落後ポツダム会議の頃を舞台にしたサスペンス映画である。米英仏露の四カ国が分割していたベルリンのドサクサのなかでの男女の愛の物語である。かってベルリンに駐在したジョージ・クルーニー扮する記者が戦後久方ぶりにベルリンに戻ってくる。そして混乱のベルリンを生き延びたケイト・ブランシェット扮する元恋人を探しだすが、戦争の爪あとは、過去の甘い思い出を無残に打ち砕いてしまっている。誰が作ったキャッチコピーか知らないが「別れるには、早すぎる。抱きしめるには、遅すぎる。」の言葉の雰囲気がこれを物語っていて絶妙である。

それにしてもケイト・ブランシェットの演技は見事である。運命に翻弄される女の、諦観し冷めきった心、それは惨めなまでにも汚された心身がゆえにかっての恋人に心身を委ねる躊躇の心、昔風にクローズアップした撮影レンズは彼女の目、頬、口などの絶妙の動きを捉える。「ファム・ファタール」と言えば、男を破滅させる魔性の女となってしまうので、その言葉は当てはまらないが、ミステリアスな女の役柄としての彼女の演技力はニヒリズムそのものである。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
「福田政権をどうみる」
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 福田康夫新政権が船出した。国会開会中の政変劇ということもあり、新内閣の顔ぶれは前の安倍改造内閣のほとんど居抜きであり、新鮮味は全くない。来週1日には新首相の所信表明演説が行われるなど国会論戦が再開される。居抜き保存の閣僚のうち、上書き保存されたのは、石波茂防衛、渡海紀三朗文科の2大臣である。再任の石破氏は、ベテランの防衛通であり、今国会の最大の焦点、テロ特措法延長の国会審議乗り切りの即戦力としての起用である。渡海氏はただ1人の新人大臣。父親は福田赳夫元首相の側近で建設大臣などを務めた渡海元三郎氏で、子の紀三朗氏も元々福田派だったが、離党して新党さきがけに移り、復党して現在は山崎派に所属、小泉政権の時には文部科学副大臣を務めた。新任大臣として今、国会答弁の猛特訓中だろう。

 安定感、調整力が買われた福田氏だが、確かに福田政権がスタートした永田町の風景は、小泉・安倍時代の肩をいからせた、ギスギスした空気から、一転、肩の力を抜いた、ホンワカムードになっているから不思議だ。その飄々とした風貌からなせる伝播力なのだろうが、一国の指導者の個性がこれほどまで政治の空気を変えるということも改めて驚きだ。
もっとも、その飄々さの裏には、「フン」と人を見下す、冷たさ、冷酷さを持っているという人もいる。同じ飄々さでも、父の赳夫氏には「冷たさ」はなかった。拉致被害者の家族に向かって、「(被害者が)生きている家族は黙りなさい!」と怒鳴ったという場面を今でも拉致家族たちは忘れないという。

 衆議院当選6回、わずか17年間の永田町生活しか送らない政治家が首相の座に就く、まさに平時ではなく「戦時」だから起きた異例の事態である。古い福田派担当の政治記者の中では有名な話だが、赳夫氏の後継には皆、次男の横手征夫氏がなるものと思っていた。横手氏は、群馬・伊香保温泉の老舗旅館「横手館」に養子にいったが、父の赳夫氏が首相になった時、秘書官を務めた。人当たりがよく、いかにも政治家向きで誰もが横手氏が父の後を継ぐものと思っていた。しかし、ガンで急死し、当時、丸善石油の課長であった長男の康夫氏が急きょ呼び戻され、秘書官となったのである。その頃から、「フン」の性格で、父の赳夫氏が「あいつは何であんなに官僚的なのだろう」と嘆いたというのも、これまた有名な話だ。

 そんな福田新政権だが、ご祝儀相場なのだろう、支持率は高く、朝日で53%、日経にいたっては59%と高い数字を記録した。父の赳夫首相の就任時支持率が20数%だったことを思えば、康夫首相も満更の気持ちだろう。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎 
 書評 「グローバライゼーション、デモクラシー、テロリズム」
エリック・ホブズバウム Globalization, Democracy, Terrorism      by Eric Hobsbaum  (未邦訳)
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ホブズバウムの本は、たくさん翻訳されているので、この本もそうなると思う。非常に有名な現代史家であるが。社会主義者なので、レフトである。ただレフトといっても、日本のサヨクのような紋きり型ではもちろんない。視野が非常に広く、データ量も膨大である。
よく日本の雑誌などに書く政治学者などは、2,3冊の本からひっぱってきて、何かいう癖があるが、  そういうことはしない。
この本は、ホブズバウムが各国の大学に招聘されてレクチャーしたときの講演録を集めたものである。これを読むと、危機感がひしひしと伝わってくる。
 彼によれば、20世紀は殺人の世紀である。総計、一億八千七百万の人間が、戦争によって殺された。彼は第一次、第二次を継続している戦争とみなす。したがって、これを「新しい30年戦争」と呼ぶのである。そして、その後にいわゆる冷戦が始まったとみなすのであるが、アジアにおいては、第二次大戦直後から中国における内戦、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争が連続しているので、ここでは実際には30年戦争は終わっていなかったのである。世界は、1914年以降、平和ではなかったし、今もって平和ではない。20世紀の戦争の特徴は、戦闘員と非戦闘員の区別がつかなくなり、民間の犠牲が膨大に出るということである。バングラデシュの独立をめぐって、インドとパキスタンが衝突したが、軍事紛争としてそれほどのスケールではないものの、一千万を越える難民を出した。アフリカなどはいうまでもない。
 20世紀の戦争の特徴は、戦争と平和の間のはっきりした境界はない、ということである。ハーグ条約ではっきりとした戦争の規約・定義が決まっていたが、20世紀においては帝国の分解に伴う革命、内乱、などがおき、内戦と国際紛争の区別も失われた。
  ここにおいて、グローバルな形での軍事紛争を解決する「権威」(オーソリティ)はなくなった。世界には約200の「国家」があるが、実質的に力のある国は、それほど多くない、その中ではアメリカが軍事的に突出しているわけだが、アメリカといえども、世界の政治的世界を支配する覇権を持っているわけではない。
 ここのところが大事なところだと思うが、日本においても「国連主義」者のような人がいる。しかし国連は、国際的な軍事紛争を解決する力を持っているわけではない。仮にどこかの国が、わが国にミサイルを発射しても、国連にできるのは「非難決議」ぐらいであろう。しかも、この状況は当分変わらない。また日本が憲法のおかげで平和だったといっても、それは地政学的な位置のおかげで平和であったので、単に幸運だったとしか言いようがないのである。しかも、その間、国民の中には他国に誘拐される、という人までいる。これは他国であれば実質的には戦争行為であるが、それに関しては、政府は目をつぶっている。
 さらに日本では、多くのマスコミがグローバライゼーションと称して、いかにも国境がなくなりそうな、またそうなればいい、というような論調が多い。確かに人とモノの交流は盛んになった。おかげで毒入りの野菜を食べさせられたり、商店街が壊滅したりしているわけだが、同時に世界的に、国家の壁は厚くなったのである。考えてみれば当然であって、人間が自分のアイデンティティに目覚めるのは他者と接触したときである。したがって、民族主義、国民意識はどこの国でも高まっているのである。グローバライゼーションは、国家の壁を厚くしたのであって、その逆ではない。アフリカからの労働流入が盛んなヨーロッパなどでは特にそうである。また多少、論点は違うが、ますます資源に対して「帝国主義的傾向」を強めているロシア、チャイナなどもそうである。これを「右翼的」「保守的」といって非難しているのは、どこにも取材に行かないで、机の上だけで何かを書く気楽な日本の新聞の論説委員ぐらいである。
 ほかにも農業人口の激減、格差の増大、など世界的な現象について触れられている。これらの問題から日本は無縁ではない。さまざまな現象が世界同時的に発生しているのである。日本の政治をつかさどる人は、もう少し広い視野と データを持ってもらいたいと思う。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(4)<鮨板前雑感>
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鮨の板前に日本人が持つ意識文化を感じる事が多いのは私だけではないと思う。下北沢に『小笹寿し』という小さな店があり、今は若い人に代変わりしているが、10年位前まで、頑固一徹という感じのお爺さんが中心になって一家で営業していた。そこの女将さんは小柄でいつもにこやかで静かにレジの前に座っているだけなのだが、なぜかその女将さんが居るだけで店の雰囲気がキリッとしまるのが不思議だった。その雰囲気に支えられ、板前の頑固お爺さんが一生懸命に仕事をしているように思い、日本人家庭らしく家族で支えあっている美しさを感じるのであった。

この店は8席位の店で駅からも遠くひっそりとした所にあったが、名店紹介本には古くから必ずといって良いほど載っていた。しかし、板前の頑固お爺さんは独特の決まり事をお客に求め、お客の方はウルサイと思ったり、戸惑ったりすることも多かった。満席の折は外で長い間待ってやっと席に座っても、すぐに客の方からバタバタと注文をするのはダメ。お絞りが出て、お箸や小皿がのっているお盆が目の前に置かれ、一呼吸してから、板前お爺さんが注文を聞いてくれる。板前お爺さんはこの間合いが大切だと言う。次に、注文の仕方だが、白身から頼まないと「作法が悪い」と叱られる。言うまでもなくマグロや貝類は味が濃いので、当たり前のことなのである。しかし、中にはマグロ好きな客が居て一番にマグロを注文すると。大メダマを食う。アナゴは炭火での焙り具合がよく、又 鮑はモツのソースとの卵黄和えが格別であった。決して安くもない店なのに、ウルサイ板前さんに気を遣いながら予約も出来ず、席が空いている時を見計らって遠方から多くの人が足を運ぶのは不思議な話である。

この頑固な板前お爺さんが出すお鮨は食材もお米もすべて美味しいのである。そして美味しい品が提供できない日や食材が揃わなくなると、その時はお客が来ても断り、店をしめてしまう。板前としてのプライドを守り続け、必死になって作ってくれるツマミとお鮨に、誰もが美食という事と凛とした心意気を学び、足を運びたくなるのである。頑固そのものの顔をした板前お爺さんがお鮨を2カン揃えて客の前に出す時、粛々とした気持ちで、大切そうに自然に頭を下げているのだ。

六本木ヒルズに銀座の有名な高級鮨屋が出店していると言うので数年前に行ったことがある。店主は本店の息子さんだというし、素晴らしい一時を楽しみたいという期待をして出掛けた。しかしこれは残念な気持ちになった例である。この店はお鮨がコースで出るシステムであり、六本木店は込み合っていたのだから仕方がないのだろうが、同じ材料をいくつかまとめてにぎり、同じ頃に入店した客に配るのである。目の前にポンポンと置き、相手が食べるタイミング等気にせず次々と置いていく。これなら食材の味のことを除けば回転鮨の方が自分の意思でお皿がとれるだけ良いのかもしれないと、極端な話だが思いたくもなる。

私はお鮨屋に行く楽しみはカウンター席の前の食材を見ながら、美味しそうだなと先ず見て楽しみ、頼んでその品に満足しながら、一緒に食事をしている相手と時を忘れて話しながら、自分の欲するままに頂きたい量を頼めるのがお鮨屋の楽しいところである。板前さんにその日の美味しい食材や時節の旬のものなど、食に関する豆知識をきいたりしながら味わう時は、お鮨の世界に浸り込んでいる。

板前さんも個人的に優れた感覚を持った人だと客の食するセンスを即座によみとり、注文とは別にイカのゲソを焙ったり、お漬物を刻んだりして出してくれる。いわゆる「箸休め」を作り、出すタイミングが素晴らしい。この気遣いは西洋人には真似をすることが出来ない日本人独特の意識文化だと思う。お鮨を頂くお客の側としても板前さんと呼吸よく注文を出し、食事を楽しむマナーが必要でこれも昔ながらの日本人の気遣いの文化から発せられるセンスだと思う。
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◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」URL:http://www.elneos.co.jp/10月号巻頭言
 宮脇磊介の「賢者に備えあり」武道と、日本のアイデンティティ
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 このところ、武道に関して二つの話題が新聞で取り上げられた。一つは、中央教育審議会の専門部会が、中学校の授業に武道を男女とも必修とする案をまとめたこと。もう一つは、国際柔道連盟の総会で、日本選出の議決権ある役員が初めて不在となったことである。
 日本武道の国際化は目覚ましいものがある。柔道や剣道はオリンピック種目に採用されたり、世界選手権戦が行われるようになり、なお発展している。
 日本武道の「国際化」は、三種の内容を持っている。一つは、日本武道そのものの海外への普及。二つは、海外や国際機関でのスポーツ化による日本武道の変形。もう一つは、諸外国・地域の固有の文化との融合による日本武道の変化である。
 勝っても負けても相手に対する敬意と感謝を礼によって表す柔道が、国際試合では、勝つや否やガッツポーズをとってはね回るようになった。試合で勝つことのみを目的とする韓国の剣道は、世界選手権大会で優勝するばかりか、剣道の元祖は韓国にありとする。数年後に計画されている柔道や剣道を種目に含む「世界マーシャルアート(格闘技)大会」に、単なるスポーツと一線を画する日本の柔道と剣道が参加するか否か、難しい問題が投げかけられている。
 日本の武道とは何なのか、日本武道の本質が、今ここに日本国民に問いかけられているのである。
 江戸から明治になったころ、日本の武芸には六百を超える流派があった。その殆どが講道館による柔道と、全日本剣道連盟による竹刀(しない)剣道に集約され、それら以外の起倒流や柳生新陰流などの諸流派は「古武道」と扱われるようになった。柔道では嘉納治五郎師範がスポーツ化したため、古来の柔術に存在した幻妙な技の多くが禁止技となった。剣道も木刀が竹刀(しない)に代わってスポーツ化が進んだ。こうしたことによって、現在行われている日本の柔道と剣道が、実はそれまで数多くの武芸家が生命を賭けて探究してきた日本古来の武芸とはほど遠いものとなってしまったのだ。
 日本の武道界では日本の伝統文化である武道の目的を、心技体の一体的な修練を通して人格形成を図ることとしている。だが、柔道と剣道はスポーツ化し、古武道諸流派は形(がた)の継承にとどまっている。生死を分ける場での必殺・必活の新たな技の開発と武芸の精髄の究明への執念と修業を欠いている現状は、日本伝統文化である武芸の衰退堕落ではないか。
 古くは柳生宗矩や宮本武蔵、近年では武田惣角や植芝盛平などが、それぞれの武芸を通じて求めていた究極のものが、武に関する日本文化の精髄なのであろう。それらの人々が共通して説いたものは何か。心身の働きを、宇宙を支配している理法・宇宙のリズムに適ったものとすることであった。
 また、今日、古武道と扱われるものや、勝敗がないという意味でスポーツ化していない合気道では、技が比較的自由である。小宇宙である人間の経穴(つぼ)や、無意識の反射反応を自在に操る技が開発伝習されている。その殆どは、現在の西洋科学では解明のつかないものである。
 今、日本がなすべきことは、日本古来の武芸に改めて光を当て、それが求めていた本来の修業の道を拓くことであろう。そして、そこで得られた高度な精神状態と自由で幻妙なる所作をもって、スポーツ化した国際武道の上をいってもらいたいのである。また、こうしたことと並行して、多くの日本国民が何らかのかたちで日本古来の武芸に馴染むことが、日本のアイデンティティを見出し、海外への発信力を高めるパワーとなるにちがいない。
(国際武道大学理事・初代内閣広報官)
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次回の配信は10月6日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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