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甦れ美しい日本 第121号

発行日: 2007/6/2

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年6月2日 NO.121号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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 < 目次 >

◎ゲスト執筆者

1. 塚本三郎  自由は自滅する自由も許すか 
2. 松島悠佐  軍事のはなし(36)「集団的自衛権有識者懇談会」 

◎福田秀人の「日本の経営を斬る」(3) 

◎レギュラー執筆者 
         
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて116
2.奥山篤信   松岡洋右のジュネーヴ (6)42対1の演説、さらば連盟よ -3- 
3.西山弘道    「大臣自殺の衝撃」

◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」6月号巻頭言 「宮脇磊介の賢者に備えあり
 北方領土返還の道筋が見えてくる
 
◎成澤秀麗の書で語る美(3) 「忘」

◎蜷川幸雄演出の「薮原検校@シアターコクーン」を観て 奥山篤信

◎奥山篤信の映画評論 
1.ロシア映画「ロストロポーヴィチ 人生の祭典 英語原題ELEGY OF LIFE: ROSTROPOVICH, VISHNEVSKAYA」☆☆

2.日本映画「殯(もがり)の森」☆にも値しない
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1. 塚本三郎 
 自由は自滅する自由も許すか                 
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 自由を標榜する日本の金融政策は、外国資本の導入によって、日本経済の基本理念さえ左右されかねない局面を迎えている。特に中国と米国の動向が注目されている。
 上海株式市場では、人民銀行の総裁もバブルを懸念している。上場企業の七割は国有企業であるという。国有企業が、株式市場に上場されることも奇異である。その上、大半が赤字とみられているのに、お互いに競って値を吊り上げ、ここ一カ月で二割上昇した。大相場に遅れまいと、個人投資家は、株価の押し上げに拍車をかけたが、その金の大半は借金といわれる。株価指数は一年余りで三倍になった。人民銀行としては、思い切った引き締めをすれば、中身が脆弱であるからと、株価の大暴落を懸念されている。それでいて外国からの株式取得は厳重に制限している。
 アメリカの有力投資ファンド、スティール・パートナーズは、日本の食品会社江崎グリコに対して、配当金を五倍に増やせと要求し、問題化している。
 このファンドは、サッポロビール、キッコーマン、アデランス、ブラザー工業、シチズン時計など、既に二十一社の筆頭株主となっている。
 日本企業へのTOB攻勢は、あくまでも株価の吊り上げを狙ったものとみられる。
 世界一となった製鉄会社ミッタル(インド)が、新日本製鉄に対して、その企業秘密である製造技術の流用を迫っている。永年培った信用と、その研究の成果として誇るべき技術さえも、企業買収によって、乗っ取ることが、いまや公然と行なわれようとしている。
 株式会社は、株主のものである。さりとて単なる資産ではない。会社には、その中で働く従業員が、生涯の生活を託して働いている。また取引先在っての企業でも在る。まして国家にとっては、一国の経済と国民生活を支えている。
 企業が売買されること自体、経営が行詰まって、身売りするという例外はあった。普通の会社、否、より優秀な優良企業こそ、今日では買収の対象とされていること自体、放置しておいて良いのか。
 株式会社であるから、株主に対する優遇は当然であるが、利益がそのまま、配当を増やし、株価を上げよと言う直言にくみして良いのか。会社には将来が在る。その利益を前向きに将来に向かって備え、安定した配当を行なってこそ、日本的経営であった。
 米・欧のヘッジファンドの如き、単なる利益稼ぎから、企業の買収即乗っ取りが公然と認められて良いはずはない。株式市場が自由化され、株の売買が制限を外されれば、企業の乗っ取りも、買収も、自由とならざるを得ない。ハゲタカファンドが牙をむいている。
 トーマス・シーファー駐日米大使は、「日本企業の対応は、外国企業による市場参入を妨げようとするもので極めて遺憾である」と、述べている。これは、日本企業仲間が、全く業界に知識のない外資の、乗っ取りを妨げる防衛策に乗り出したことに関する発言となった。駐日米大使とて、儲かれば手段を選ばぬ考えの人ではなかろう。
 自由は、自由を滅ぼす「自由」を許してはなるまい。これは二十世紀最大の民主憲法下で、ワイマール共和国の崩壊が遺した教訓のはずである。


塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
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2. 松島悠佐 
 軍事のはなし(36)「集団的自衛権有識者懇談会」            
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5月18日、政府の諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が初会合を開きました。各メディアは、この懇談会を「集団的自衛権有識者懇談会」と称して、もっぱら集団的自衛権の解釈が焦点であると報じています。確かに焦点はそうなのでしょうが、今更、集団的自衛権の是非を論争する訳ではないと思います。と言うのも、すでに結論は出ていると思えるからです。
総理は検討するべき4つの場合・類型を提示しました。
1.公海上で米艦船が攻撃を受けた場合、自衛隊は応戦できないのか。
2.米国に向けて発射された弾道ミサイルを自衛隊が迎撃できないのか。
3.PKO活動中、他国部隊が攻撃された場合に自衛隊は応戦できないのか。
4.他国軍への後方支援では、武器輸送などはできないのか。
一応形式的には出来るか出来ないかの可否を諮問しているのでしょうが、総理をはじめ懇談会のメンバーのほとんどの方が、このようなことは、日米同盟関係を維持し、あるいは国際平和への積極的な貢献を果たすためには、国際的な法と慣例に照らして実施するのが当然のことと認識していると思われます。
軍事の現場は、すべからく実体論です。隣にいる米艦船が攻撃を受けているのに、傍観する海上自衛隊はいないでしょう。国際貢献の場で、ともに活動している他国軍が襲撃を受ければ、陸上自衛隊は現場の判断で対応するでしょう。現在もイラクで航空輸送の任務についている航空自衛隊も、輸送物資と同乗してくる米兵が銃を持っていても、銃を置いて来いとは云わないでしょう。イラクで米兵が銃を手放さないのは当たり前ですから。北朝鮮が弾道ミサイルを発射すれば、それが何所を目標にしているのかすぐに判断できないし、可能な限りわがミサイル部隊はまず迎撃するでしょう。
現場では至極当たり前のことですが、わが国の国会論争ではなかなかそうはいきません。野党のみならず与党の中にも、実体感覚のない観念論を振りかざす議員もいます。結局、憲法解釈論争や過去の答弁との辻褄合わせなど、およそ実体とはかけ離れた論争になるのが決まりです。
そこで、安部総理は13人の知恵者を集めて、反対論を合法的に排除する知恵を求めているのでしょう。4つの類型において、「自衛隊は応戦できないのか」の可否を検討するのではなくて、「自衛隊は応戦できる」とするための説得材料を明らかにするのが、懇談会の狙いだと思います。
懇談会の検討でよい知恵を出してくれると思いますが、その後に続く国会論議は、多分再び、揚げ足取りのような不毛な議論が展開するのでしょう。実体感覚のない観念論、しかも相手の党を中傷する政争の具としての議論は、もういい加減にしてほしいものです。
イラク先遣隊長として、03年末から活躍してきた「ヒゲの隊長」こと佐藤正久1等陸佐(当時)が、この3月に「イラク自衛隊戦闘記」(講談社)を出版しました。その中で随所に、現場感覚でしっかりと議論し、地に付いた施策を付与することの大事さを訴えています。人種も風土も価値観もちがう状況の中で、任務を与えられ、部隊を指揮し、行動する者たちにとって、現場感覚の薄い議論は実行性がないし、役に立たないことを強調しています。
彼は、カンボジア、ゴラン高原に引き継いで、イラクが3度目の海外派遣となり、10年以上にわたってわが国の不毛の国会論争と、わが政府の御座なりの対応に苛まされてきた張本人です。
目下、国際的な基準とかけ離れている武器の使用についても、佐藤正久氏は次のように書いています。
『自衛隊の武器使用は正当防衛・緊急避難に限られ、しかも「自己の管理下」に入っていなければ、邦人や国連職員が攻撃されても、彼らを守るために武器は使えない。「自己の管理下」の定義も複雑で、たとえば、逃げた相手を追いかけていって、捕まえるために武器は使えないし、隊員の一人が敵に拉致されたとしても武器を使って助けることは禁じられている。
正当防衛・緊急避難の場合でも相手に致命傷を与えないように、急所を外さなければならないと決められている。また、国連PKOの武器使用基準にある国連施設を防護するための武器使用もできない。
このような厳しい制限があるので、現地では銃を撃つ環境をなるべく作らないように、エスカレーションコントロールという訓練をしている。イラクでは車両が住民に囲まれ、壊されるという事件が起きたが、そのような場合でも騒ぎをエスカレーションさせないようにする。具体的には抵抗せず、冷静に対処して危機を乗り越える。このような涙ぐましい努力をしている。』
また、集団的自衛権についても、『集団的自衛権を行使できないとの解釈は、現地にいるものには非常に現実離れした見解である。実際に攻撃を受けた場合、オランダ軍を狙ったのか、自衛隊が標的なのか瞬時に判断するのは不可能だし、たとえ自衛隊が直接攻撃を受けていなくても、巻き添えを食う恐れもある。その前に友軍を見捨てることは道義的に許されないだろう。』と書いています。
彼は、連隊長を勤めた後、今年の1月に自衛隊を退職し、今夏の参議院選挙に出る予定です。その決意は、『現場感覚のない議論ばかりで国の政策が決定されたら、現場の隊員に多大の負担を強いることになり、状況によっては、隊員の安全を脅かし、結果として国益を損なう事態にもなりかねない。現場を見てきた者として、その経験を踏まえ、現場感覚を政治の場に届けたい。それが自分の使命だと決意した。』ようです。
わが国会・学会・メディアでの安全保障に関する空理・空論は、佐藤正久氏にそこまで決意させるほどひどいものです。彼の退職は、自衛隊にとって大きな損失ですが、それを損失にしないためには、夏の参議院選挙に勝利し、議員になって現場感覚を国政の場に吹き込んでくれることだと期待しています。
今回の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」のメンバーには空理・空論の氏はいないようですから、国際基準と現場感覚でしっかりした論拠を作ってほしいものです。それがさらに、実態感覚のある憲法改正論議に敷衍されることを期待しています。(07・6・1記)

松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎福田秀人の「日本の経営を斬る」(3)              
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アメリカでは・・・に弱い経営者たち

○軍事でも経営でも必勝の戦略はない

プロシアの将軍、カール・フォン・クラウゼヴィッツは、戦場の4分の3は「不確実性の霧」におおわれ、思わぬ事態の連続であり、「必勝の戦略はない」と論じた。その著『戦争論』1832年が、今日のビジネスの世界でも取り上げられ、必勝の戦略が記されているように広告される解説本もあるが、そうではない。戦争、そして戦闘は、絶対に戦略どおりにはゆかず、危険な錯誤の連続であることを指摘し、それに対応するには、せめて、どういったことを心がけなければならないかを論じたのである。そして、「兵の士気」と「指揮官の能力」と「兵力の多寡」といった戦力要素が、勝敗を大きく左右する要因であるという、常識的な結論を下した。

一方、ナポレオンの参謀をし、ナポレオンが敗れた後はロシア軍に転職し、大将にまでなった要領の良さ抜群のスイス人、アンリー・ジョミニは、『兵学要論』1838年で、ナポレオンが勝った事例だけをもとに、今日、「内戦戦略」と呼ばれる、次のような戦略が、必勝の戦略であるとアピ−ルした。「できるかぎり大きな戦力を、結合された力として、決定的なポイントに向けて運動させよ。つねに、この不変の確立された原則、すなわち大量集中攻撃およびその持続という健全な原則にもとづかなければならない」。ようは、戦力をひとっところに集中させてから攻撃せよということである。この方が、補給も楽である。

しかし、このジョミニの戦略論は軍事常識となったが、1870年に、クラウゼヴィッツを師と仰ぐプロシアの参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケが各部隊を分散させて進撃させ、集中したフランス軍を複数方向から攻撃するという「分進合撃」で圧勝し、ナポレオン3世まで生け捕りにしたことによりひっくり返された。戦力を集中させてから戦うのが必勝の戦略ではないことが実証されたのである。

ここにモルトケは戦略の神様のようにあがめら、日清戦争でも、日本陸軍が用いたが、モルトケは、必勝の戦略はないことをくどいほど繰り返し、戦略は、ケース・バイ・ケースで考えるしかないことを説いた。今日のアメリカ軍ですら、戦場は不確実性の霧におおわれ、必勝の戦略はないことを、指揮官マニュアルで強調している。たとえば、第4次中東戦争は、イスラエルが内線戦略で勝った。

一方、会社経営は、軍事と比較にならないほど多数の要素の動向に影響され、そのほとんどが予想不可能なため、不確実性の霧は、はるかに濃く深い。おまけに、軍事では、敵を特定できるが、ビジネスの世界では、一部の独占・寡占企業以外では、いちいちマ−クできないほど多数のライバルが存在し、いつ、どこから強大なライバルが出現するか分かったものではない。おかげで、必勝の経営戦略は存在しないのである。

○非現実的で危険な経営戦略論

1980年代から、「勝算が見込める事業ドメイン(事業領域)をさがしだし、そこに経営資源を集中せよと」いった趣旨の経営戦略論が、必勝の戦略のようにアピ−ルされた。そして、その成功事例ばかりが披瀝されたが、それは、前節で紹介した、約140年前に破綻したジョミニの戦略論と同じ、甘く、短絡的な発想の産物ではなかろうか。確かに、限られた戦力を分散させることや、強力なライバルが存在するマ−ケットに参入するのは危険だが、かといって、ひとっところに戦力を集中すればよいとは限らない。  

なぜなら、なんらかのドメインを制圧しても、その顧客ニ−ズが大きく変化すれば、たちまち、存亡の危機に瀕する。いや、制圧するまでに至らず、破滅する危険もある。また、攻撃を受けた多数のライバルが、これまでどおりの発想と活動でいるはずがなく、強力な反撃をすることもあるし、強大なライバルが新たに出現することもある。

裏を返せば、その戦略は、参入時点のマ−ケットの規模とニ−ズ、それにライバルの力が、将来にわたって変化しない場合にのみ、威力を発揮する。それは、また、「そこそこの需要があり、自社より経営資源に劣る弱い会社しか存在しないドメインをさがしだせ」ということである。そのようなドメインをさがしだすことができれば、あとは、いかに効率的にもうけるかという計画の立案、実行だけですむが、そんな都合の良いドメインがどこにあるのだろうか。少なくとも、それらは、不安定な需要と、多数乱戦状態のなかで、いかに戦い、生き抜くかという切実な問に答える戦略論ではない。

「誰もが目をつけていないニッチ(すき間)マ−ケットを開拓せよ」とか、「誰もが思いつかない画期的な事業や商品を開発せよ」といった主張も同様であり、それらは、幸せの青い鳥を追い求めるメルヘンにすぎない。青い鳥を一度はつかまえても、すぐに追随される。青い鳥をつかまえて、大きくなったように見える会社は、大小様々なライバルの追随をかわすための、たいへんな努力をしてきているのである。

90年代後半から、インタ−ネットビジネスへの参入を試みれば株価が上がり、それをやらない会社は株価が下がるという現象が発生した。しかし、当時のインタ−ネットビジネスへの投資は、ほとんどが失敗し、大きな損失を生んだ。インタ−ネットビジネスへの投資は、インタ−ネットを用いたビジネスモデルを最初に考え、実行すれば大成功するという。「早い者勝ち」の論理にもとづいていた。それは、先行者ゆえの未知の障害にぶつかったり、先行した会社のありようをしっかり見定めた後発の会社により巻き返されてつぶれる危険を無視したアマチュア発想そのものであった。

以上のとおり、アメリカ発の経営戦略論は、短絡的かつ一面的である。優れた経営者は、そのいい加減さを見抜き、ひっかからないが、そうではないアメリカかぶれの経営者も少なからず存在するのが、悲しい現実である。

福田 秀人 (ふくだ ひでと)
76年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了(経営学・会計学専攻)。以後、主に、企業の危機管理体制の開発・運用や経営再建支援に従事。また、横浜国立大学、慶應義塾大学、法政大学他の非常勤講師、及び、外務省ロシア知的支援プロジェクト講師、海上自衛隊幹部学校講師等を歴任。立教大学大学院教授(危機管理学)、放送大学客員教授(兼、危機管理学主任講師)。
著書:『見切る! 強いリ−ダ−の決断力』祥伝社06年、『管理職入門』東洋経済新報社92年、他多数。
福田永一のペンネームで、『誇り高き男たち:日本の自衛官』エイデル研究所83年、「士気と権威:自衛隊の統率基盤と課題」月刊朝雲84年11月、「対談:私の見た自衛官」防衛アンテナ84年8月などがある。
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて116
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「蒋介石秘録」を続けよう。
「(承前)毛沢東は、更に将来の政策について、詳しく説明した。
『第一段階では、国民党に対して、民族統一戦線をスローガンに、上層部には迎合し、下層部には打撃を与え、内部にいがみ合いをおこさせる。上層部と下層部の間に議論が行われている期間を利用して、策略工作を進行する。
 この期間中は軍を二つに分ける。二つの軍は共に山西省を北西に向かったのち、一つは雁門、五台を横断、河北省中部に深く侵入する。もう一つは山西省南部太行地区から河南省、河北省を経て、山東省に深くはいる。それぞれ中央政府軍(国民軍)を切断し、連携して山地平原に根拠地を建立する。
 第二段階は努力を継続する段階である。二年ないし三年は要する。この間各地に軍事・政治根拠地をつくり、華北(黄河以北)の国民党勢力を粛清する。この段階では、日本軍にある程度の便益を与えてよい。したがって、日本軍の情景を良く把握したうえで闘争のやり方を決定する。
 第三段階はすなわち、本党(共産党)の勢力を華中(黄河以南)に伸ばし、華北におけるのと同じように、各地に根拠地を建立する。中央軍の連携を分断社団して、内部の瓦解、内部分裂をはかり、我々の基礎を強化し、更に国民党の領導権をとってかわる』」
これが、毛沢東が国民党との「協定」成立後まもなく、八路軍将兵に与えた訓示であり、「抗日合作協定」はまやかしだったのだ、と蒋介石は言うのである。
実に興味深いことには、この毛沢東の「訓示」は、我が国に対する「第二次対日解放工作指令書」と、内容が似通っているということである。特に「内部にいがみ合いをおこさせ、上層部と下層部を分離し、その間に策略工作を進行させる。根拠地を建立し、やがて相手の勢力を粛清する。最後に相手の内部の瓦解、分裂をはかり、指導権を奪取する」というくだりは、共産党の本質を表しているものだろう。
そして更に蒋介石は、共産党が、国共合作によって幹部達が心理的に動揺するのを防ぐために、次のことを明らかにしたと書く。
「一、 国民党との妥協は、暫時の合作であって投降したわけではない。
 二、 これまでの道は、成功の見込みのない道であった。これからは成功しやく容易に無産階級専制に達しうる道を求めるのである。
 三、 革命制度を暫時放棄するのは名義上だけであって、実質は保存し、将来の大勝利を目指す。
四、紅軍を国民革命軍に改めたのは、番号だけであって紅軍を改変したのでは  ない。外面は白いけれども、内面はなお赤い。紅軍の独立性は保存され、更に拡大と強固をはかることができる。
五、ソビエト政府は暫時取り消して特区政府とするが、実質と本性には変わりなく、無産階級的政権の勢力はいささかも弱められることはない」
 毛沢東の戦略の一貫性をよく表しているが、このような共産主義者の「裏切り行為」は日常茶飯であることに気がついていたはずの蒋介石が、まんまとその手に乗せられた理由が分からない。
そして蒋介石は「日本の侵攻という国難の時期にあっても、中華民国に対する裏切りを敢えてするほどの共産軍にとって、日本の降伏は、全面的反乱を企てる好機であったわけである」と、日本が降伏した以後の国共内戦に触れているが、「日本の侵攻」がどのような経緯で起きたのか、盧溝橋事件の真相が何であったのか、について少し調べれば、彼には理解できた筈であった。
確かに、国民党軍内部に、相当な共産分子が侵入して活動していたのであり、彼の手元まで上がってくる報告や情報には、相当な謀略が施されていたことは想像に難くないが、彼ほどの人物が、その裏を読み取れなかったとは思えない。
つまり、軍人たる彼が育て上げた国民党軍を、いかに共産党員が跋扈していたにせよ、掌握出来ていなかったとは思えない。いや、掌握できていなかったからこそ、張学良に裏切られるのが分からなかったのだ、ということも出来ようが。
 しかし、彼にはまず共産軍を壊滅するのが最大の目標だった筈で、日本軍と戦うのは望んでいなかったはずであった。それが彼の「不注意な」西安監禁事件で、一挙に情勢は急変したのである。
日本降伏後にしても、毛沢東の裏切りが始まることぐらい、十分に察していたはずである。それがなぜこのような惨敗を喫することになったのか?
彼が戦後になって「改めて」このような毛沢東批判をすることは、台湾へ“逃亡”した彼の、台湾統一のための政治的目的があったことだと推察できるが、いかにも“弁解”のそしりは免れまい。
「西安事件」は、軍人としての彼に、判断を誤らせるほどの何らかの裏事情か、または“余程の屈辱”を与えたのではなかったか?           (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 松岡洋右のジュネーヴ (6)42対1の演説、さらば連盟よ - 3- 
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我19カ国委員会の報告書に関して批判せざるを得ない。この報告では支那が免罪されているにも拘わらず、わが国家と国民が満州人の平和を維持し、法制と秩序を促進して、その福利増進のため、久しきにわたって困難な努力を続けてきたことに関して、なんら言及もないことに一言所見を披露せざるをえない。

満州における日本が達成した物質的発展こそは、我々の努力と能力の記念碑にほかならない。関東租借地における整然とした都市、満鉄付属地の繁栄状態、広大な採鉱と工業企業、学校、病院、技術的諸機関、すべてこれらは支那行政下では全く存在しえないものであり、かの地に対する我が国民の奉仕の証左に他ならない。
我々は過去現在を通じて、かの未開地における一大文化的安定的原動力であった。もし19カ国委員会がこの点を了解していたならば、我々の事業に対して好意的意見をなしたであろう。何故に支那本土の住民が満州に移住するかを知らなかったならば調査するのが至当であろう。そのことなしに、自己が有する知識が報告草案中に含まれた重大提案の採択を、総会に提議するだけの資格があるのだろうか!
「本紛争中に包含されている諸問題は、往々称せられるがごとき簡単なものではなく、むしろ極度に複雑である。故に一切の事実ならびにその歴史的背景を十分知悉することによってのみ、はじめて決定的意見を表明する資格がある。」
と本草案第一ページにかかれ、この一節はリットン報告書のなかにあり、これを取り入れたものである。この文章こそ至当なのである。にも拘わらず極東における一切の法と秩序と平和の提案をなした国民に対してはこれを非難して、ほとんど一世紀近く極東における戦禍の源泉を作った未開の国民に、味方する判定をしているのである。

次にリットン調査委員会の提出した書勧告なるものに転じる。
その第九章の最終の原則に言及したい。
「支那の現在の政治的不安定は日本との友好関係に障碍をなすものである。同時に残余の世界各国に不安を提供するものである(極東の平和維持は国際的関心事)以上、その諸条件は強力な支那中央政府の存在なくしては解決できない。したがって事態の満足な解決には、究極において、故逸仙によって提案されたような支那の内部的再建という見地にたった暫定的な国際協力にこれを求めるべきである。」
かかる明確な警告を発するにあたって連盟は慎重に考慮することを要求する。
連盟が単に支那に対して専門委員会を派遣し、困惑する政府に対し、衛生、教育、鉄道、財政、およびその他行政に関する助言を提出することによって、支那を一変せしめうるとの思想ないし希望によって、誤らないように要請するものである。これ以上に多くのもの、いずれの大国ないしは大国の集団も、この事業に当たらんとの意志を持ちえないほど多くのものが必要なのである。何らかの国際的管理は有効であろう。しかし問題は誰がこれに当たるかということである。支那に関する十分な知識それは理論や想像ではない現実に存在する支那、すでに幾多の戦争をなしまたなさんとしつつある支那、

自ら先頭に当たらず、遠交近攻の策を講ずる支那に関する十分な知識を以て真剣に語っているのである。

ここに支那代表に対して質問をなしたいと思う。支那代表はなんら躊躇なく、件の勧告を受諾する意志を有する旨を表明された。支那全土を統治していないが、とにかく存立はしている南京政府は何らかの形式にて支那を国際管理下に置かんとするがごとき勧告案を、受諾する用意をはたして有しているものや否や?この質問に対して支那代表は背後を見せることはできない。とにかく返答を賜りたい。
現下の紛争に対する連盟の態度が終始一貫して条約の神聖と平和の諸原則とを維持し、平和のために貢献せんとする純真な念願によって考慮されたるものであることは、いささかも疑わぬところであるが、しかもその努力は事態をさらに混乱せしめる結果となった。現在我々のすべてに憂慮を与えつつある熱河問題のごとき、まさにその一例である。この事件たるや連盟の決定を牽制せんがために、行われた支那側の威嚇運動である。南京政府からの教唆がなかったなら、張学良軍が長城の線を越えて進出することはなかったであろう。南京政府は国際連盟が日本に対してとりつつある態度によって力づけられているのにほかならない。日本政府はこれら支那軍隊との衝突の結果にいささかの危惧も抱いていない。なぜなら訓練され規律あり整然としている近代軍隊とはほど遠いものであり、祖国擁護や祖国愛に燃える軍隊でもない。単に軍隊の首領に対してのみ忠誠があるだけである。しかも彼らに首領が生活手段を提供するがゆえに、忠誠なるに過ぎないのである。日本はこの上流血を防ぐために張学良に撤退を説得しているのである。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
「大臣自殺の衝撃」
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 本当に政治は何が起きるかわからない。“一寸先は闇”とはよくいったものだが、松岡利勝農林水産大臣が、議員宿舎で首吊り自殺をしたことは、永田町に衝撃を与えた。松岡氏といえば以前からカネの疑惑が囁かれ、一時は鈴木宗男氏と並んで、“北の鈴木、南の松岡”と言われたほどだ。こわもてのその風貌から、強心臓、鉄面皮の政治家ともいわれたが、実は小心で、神経質な政治家だったらしい。人への気配りも相当で、記者でも支持者でも一度会った人は、必ず名前を覚え、「あー、○○さんでしたね」と相手を感激させる才能(?)を持っていた。そういえば、昭和58年に同じように首吊り自殺した中川一郎氏は、「北海のヒグマ」と呼ばれるほど一見、剛毅なところがありながら、その実小心で、自殺の原因は総裁選敗北の心労からといわれた。新人代議士のころ、松岡氏はその中川さんを尊敬していた。

 松岡氏の自殺の直接の原因は、緑資源機構をめぐる関連業者からの政治資金授受をめぐる検察の捜査が身辺に迫ったことからだろう。林野庁ノンキャリ出身の松岡氏は、林道や森林資源をめぐる利権獲得では、トップ級の政治家だった。その利権をバックに与党農林族の実力者として台頭してきたのだが、その露骨な利権漁りに検察も目をつけていたことは間違いない。小泉前官邸はその“前歴”を警戒して、入閣はずっと避けてきた。しかし、松岡氏からの情報収集は大事にし、その役は飯島秘書官がずっと当たってきた。(松岡氏の自殺した議員宿舎に真っ先に飛び込んだのは飯島氏だった)安倍首相は、小泉氏からの申し送りから、松岡氏を閣僚に起用したが、松岡氏もその恩義に感じ、安倍首相には忠節を尽くした。しかし、首相は松岡大臣の緑資源機構疑惑は軽視した。もっとも長勢法務相からの検察情報や、腹心の漆間警察庁長官の情報でも「緑」に関する情報はなかった。その意味で、今回、地検特捜部は法相にも察知されず、内偵捜査をそこまで進めたのは、よくやった。

 さて問題は、松岡大臣自殺の影響が今後の政局にどうハネ返るのか、特に2ヶ月弱に迫った参院選にどう影響するかであろう。

 松岡大臣が自殺したその日の各紙の朝刊は一斉に、安倍内閣支持率の急落を伝えていた。
朝読とも30%台の急落で、毎日などは9ポイントも下がって、32%に落ち込んでしまった。これは当然例の“消えた5000万人の年金”問題の結果である。やはり、憲法問題よりも国民に身近な年金問題が現下の最大の政治問題なのだ。それに続いての“松岡ショック”で、安倍官邸はまさに“動転”した。社保庁改革法案と年金時効特例法案をめぐる深夜のドタバタ国会は、その官邸の“過剰反応”であった。

 民主党のある幹部は、「年金と“大臣自殺”政局は2週間早かった。6月末頃だったら与党に決定的なダメージを与えたのに・・・」と漏らした。参院選までまだ2ヶ月弱。風向きが変化する時間はまだ多分にあるのだ。今のところ、世論を極端に気にする安倍官邸の“過剰反応”に民主党は助けられている。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」6月号巻頭言 「宮脇磊介の賢者に備えあり
 北方領土返還の道筋が見えてくる
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冷戦終結後、世界中いたる所で状況が激しく動いている。重大な事件・混乱が発生し、思いがけない新たな政策決定が打ち出されたりして、世界の動きを伝える新聞の国際欄には読者の理解力を超える、おびただしい記事が溢れている。日本のメディアは、こと外交、安全保障など国際関係の解説には、冷戦終結以前から高い知名度を持つ学者、評論家に依存し、特に北方領土問題については、その傾向が強い。彼らは、過去の歴史上・外交上の経緯(いきさつ)や国際法に精通しているだけに、それにこだわり、新しい状況に柔軟に対応できない。日ロ関係の新たな動きへの日本の論壇の動きの鈍(にぶ)さがもどかしい。今は、北方四島返還に道筋をつける、またとない環境にあるのだ。
 昨二〇〇六年九月九日、プーチン大統領と各国のロシア専門家との懇談会がモスクワで開かれた。その席上でのプーチン大統領の北方領土問題に関する発言は、日本国民すべてが知っておかなければならないものであった。「日ロの間には領土問題が存在しており、これを解決したいと私は考えている」と述べ、さらに「私は本気で考えている」とまで言っているのである。そしてその後、イワノフ第一副首相の択捉島視察や、プーチン人脈有力者・ヤーノフ氏の訪日をはじめ、日本に関連する活発な動きが次々と報道されているところである。
 北方領土問題を解決するために、なによりも考えなければならないことは何か。それは、ロシアが現在から将来にかけて置かれている国際環境であり、その中から、北方領土と引き替えに必要としているロシアの国益を見出すことである。
 ロシアは、ヨーロッパではNATOやEUの東方拡大に対して、パイプラインの元栓を締めるエネルギー戦略で対抗している。また、米国が行おうとしている、ポーランドとチェコへのBMD(防御用ミサイル)配備に対しては、反対の姿勢を貫いてきた。
 一方、アジアでは、強大化のためには何でもやりかねない中国と長大な国境を接している。東シベリアには豊富な資源があり、沿海州は、東アジアの海域に面している、戦略的に枢要な位置にありながら、これらの地域のロシア人の人口は減少し、反対に中国人や朝鮮族の進出が著しい。
 二十一世紀はアジアの世紀である。ロシアの発展には、資源エネルギー戦略と併せて、海で結ばれる東アジアの国々との戦略的関係の構築に目が向けられているところであり、経済大国・日本との資源エネルギー開発と、東アジアの安全保障上の協力関係は、ロシアの国益上、最重点でなければならない。だが、太平洋への正面玄関に領土問題があるのだ。
 ツアーリの再来といわれる強権を内外に示しながらも八〇%の高支持を得ているプーチン大統領は、日本に対しては格別の理解を示している。
 大統領自ら、柔道の稽古に今でも励む。モスクワ郊外の公邸には、ロシアで高名な彫刻家の作による嘉納治五郎・初代講道館長の胸像があり、親しい人に「今日の自分があるのは、この人のお蔭だ」と語る。二人の息女は、しばしば日本を訪れてショッピングや観光を楽しむ。二女は、大統領の母校、サンクトペテルブルク大学・東洋学部日本語学科に在学。大統領夫人は和服の着用を好む。
 対する日本の安倍晋三総理、麻生太郎外相、谷内正太郎・外務事務次官のトリオへの、プーチン政権担当者の信頼感は大きい。
 このタイミングを逃すことはない。日本は、過去の歴史的経緯などでやり合っていたソ連時代の外交方式から、二十一世紀の世界の平和と繁栄に向けて日本とロシアが広く深く共同歩調をとるという戦略性ある関係構築を目指し、それをプーチン大統領に示すことが、北方領土問題解決の道筋なのである。
(日ロ交流協会常任理事・初代内閣広報官)
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◎成澤秀麗の書で語る美(3) 「忘」
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「忘」 http://www.narisawashurei.com/jp/essay/raku_05.html (クリックしてください)

今日は禅の言葉をご紹介します。
「十年歸不得忘却來時道(じゅうねん かえることをえざれば、らいじのみちを ぼうきゃくす)」
十年も帰らなければ、故郷への道も忘れてしまうという意味。ふるさとへの道も忘れてしまうほど帰省しないなんて、それでいいのかと反発したくなりますが、禅では、これでOKなのです。なぜなら、今が充実していればこその忘却なのだから「悟ったことすら忘れてしまえ。それが空(くう)なのだ」と。
わたしたち凡人に空(くう)なんて状態は、一体何のことやらわかりませんが、禅の状況に言い換えれば執着しないということ(※本来の空(くう)は、もっと奥深いのですが、ここでは言及しません)。
この禅語から、わたしは過去に仲の良かった友人Aのことを思い出しました。友人Aは記憶力に長け、頭脳明晰でした。羨ましい限りでしたが、時折、可愛そうに思えることがあったのです。
「昔、あんな酷い目に遭ったのよ。」
「あの時、あの子はこんな皮肉を言ったの。許せない!」
「言われた方は一生忘れないんだから!」
随分昔の出来事も鮮明に覚えており、いつまでもムカついているのです。
もし、あなたが素晴らしい記憶力を授かったとしても、良い思い出や知識だけではなく、悪い思い出も全て忘れることが出来なかったらどうですか? 覚えていて気分が悪くなるのは、むしろあなたの方。復讐すれば、それなりにスッキリするかもしれませんが、そこに至るまでの時間と手間はムダです。
全てにおいて当てはまるとは言えませんが、相手の罪を忘れてあげることは、許す能力でもあります。いつまでも嫌な出来事に執着し、心に怒りの根を張っていては、本人が一番辛いでしょう。結局、友人Aは私のある発言をいつまでも許せずに去っていきました。
思い起こしてみれば、彼女は人生が満たされていませんでした。今が充実していればこその忘却とは、よくぞ言ったものです。楽しいことで嫌な過去が帳消しにされてしまうことって、確かにあります。
「あの頃は嫌な目にも遭ったけど、あの経験があったからこそ、今があるんだよな!」笑って言えたら最高ですね。

※参考文献;『心に響く禅のことば108』正木晃編集、高井正俊・永井宗直監修(PHP研究所)

成澤秀麗 :
山形県出身 書道家、墨絵作家、産業カウンセラー
東北学院大学経済学部経済学科卒
青山学院大学文学部教育学科卒
7年のOL生活と両立しながら書道師範を取得
東京書作展にて内閣総理大臣賞を受賞後、2002年に独立
著書『文字が変われば、ココロも変わる。』(学研)など。

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◎蜷川幸雄演出の「薮原検校@シアターコクーン」を観て 奥山篤信
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蜷川幸雄の演出と聞けば行かないわけにはと、チケット屋で3000円のプレミアム付きチケットで行ったらまさにかぶりつきに近い席で熱演する役者の表情が観察できて大変良かった。

検校ってどう読むか?どういう意味か知っているかな?けんぎょうと読み、中世・近世の盲官の最高位の名称なのである。専用の頭巾・衣類・杖などの所有が許された。

江戸時代には音楽家となる検校が多く、近世邦楽発展の大きな力となった。専属の「音楽家」として大名に数人扶持で召し抱えられる検校もいた。また鍼灸医として活躍したり、学者として名を馳せた検校もいたらしい。

この戯曲の原作は井上ひさしであり20年前の作品という。『天保十二年のシェイクスピア』に続く井上ひさし・蜷川幸雄 第二弾である。

東北の貧しい片田舎で生まれ育ったメクラの杉の市が、世の中の悪の限りを尽くし、その野心の究極の地位である検校を金の力で買いとったが、どっこい殺めた筈のかっての愛人が現れそれまでの悪行がバレて、公開処刑されるまでを描いたものであり、根底には因果応報の定めがある。これだけの悪党を描くには役者と演出の力がいるが、蜷川は主人公に憎々しげに演じる古田新太、語り役には「ひばり」では異端審問官を演じ舞台を圧倒した壌晴彦、生活の匂いと色情狂的色っぼさを発散する田中裕子を配した。

倹約を推し進める老中・松平定信が登場し、庶民に倹約の方法を教える良い方法はないかと尋ねる。それに答えてライバルの検校保己一(段田安則扮す)は、倹約のアンチテーゼである悪徳の限りの薮原検校の見せしめ処刑を提案する。それは残酷の極みで祭になるようなものが良いと提案、三段斬りという 胴を縛り上げ処刑台に吊るし、第一刀で下半身を斬り落とし、頭の重さで頭が下になるところを第二刀で首を刎ねるのがよいと。薮原検校を処刑台に吊るす前に、蕎麦を食べさせてやってくれという。(かって鋳造所で金や銀の散らばった屑を蕎麦の錬粉で集めたという。)蕎麦とは金の象徴であり、首の刎ねた際血染めの蕎麦が切断部分からぶら下がる。この最後の人形を使ったトリックは見事である。
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◎奥山篤信の映画評論 
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1.ロシア映画「ロストロポーヴィチ 人生の祭典 英語原題ELEGY OF LIFE: ROSTROPOVICH, VISHNEVSKAYA」☆☆

相変わらず日本の映画題名がミスリーディングである。この映画はムスティスラフ・ロストロポーヴィチとその妻天才歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤ を二人の金婚式を軸に思い出やインタビューを中心に描いたものであり、まさにエレジーである。二人のどちらが中心でもないことをまず読者に喚起したい。

このメルマガでも怒りを露わにした、あの昭和天皇を捏造した「太陽」のアレクサンドル・ソクーロフ監督が監督のドキュメンタリー映画である。
例によってソクーロフ監督の卑しい視点が見え隠れして、不必要なインタビュの質問ややたらにガリーナを権力をほしいままにする女帝として、わざと金箔の椅子に座らせその脂ぎった醜悪な表情をアップする、誠に汚い卑しいカメラアングルは「太陽」と共通するものである。そもそも彼にはソ連教育の垢が染みついており、怨嗟のまなざしがある。そもそもクラシック音楽などわかる教養もないし、またこういった音楽や宮廷のごとく華麗なる宴などヨーロッパの過去の世界と決めつけ新しいヨーロッパの幕開けなるものといった彼の固定観念とドグマに結びつけているのである。

僕はこの映画のソクーロフ監督の卑しい思想を無視して、自分なりにそこにある会話などを解釈して結構楽しんだ。音楽を愛する読者にはお勧めである。渋谷の特殊な小型劇場シアター・イメージフォーラムしか上映していないが。

金婚式を祝うモスクワ宮殿メトロポールで二人が、ヨーロッパ王族など世界的セレブに囲まれてお祝いの映像。ソクーロフの視点は富裕層やセレブに対する彼の深層心理である憎悪が見える。わざわざ虚しい醜いガリーナの視線などを描くのである。
二人の老人の愛のキスやケーキの蝋燭消しなどもあるが、僕なんぞはなんと睦まじい夫婦であろうかと拍手したくなる。

冒頭反体制ノーベル賞作家のソルジェニーツィンを四年間別荘にかくまうなどレジスタンスを紹介し、その後74年には夫人のソプラノ歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤの手立てで亡命し、ソ連の市民権を剥奪されることに言及するのだが、彼らのフリードムファイターである側面はあまり強調しないのである。むしろ贅沢三昧の生活や湯水のように金を使うモスクワとペテルスブルグの音楽博物館などを紹介する。

映画の舞台は夫妻とそれぞれのインタービュー、ウィーンフィルでポーランドの作曲家ペンデレッキの新曲を演奏した時の指揮者小沢柾爾とのリハーサル風景とその本番風景、それと天才歌手ガリーナが若い歌手へのレッスン風景の4場面が交錯する。

ロストロポーヴィチとのインタビューは音楽ファンにとっては止められない面白さである。
◎作曲家と演奏家は全く異なる。演奏家とは作曲家を愛する娼婦である
◎ショスタコーヴィチはマーラーを尊敬したが、プロコフィエフは「この世はマラリアが蔓延っている」とマーラーを嫌った。
◎ショスタコーヴィチの美しさはその展開にあるが、プロコフィエフの美しさは端的であり展開されない。
◎バッハの無伴奏チェロは単純であるがそこには木や林や泉の自然がある。

ガリーナとのインタビューは記憶から遠のいていた彼女の失った子供のことを聞いたり、この屋敷を突然失ったらどうするかなど戯作なソクーロフ監督の卑しさそのものである。その中でガリーナはいまや昔のように舞台からその声量で観客を圧倒する歌手というものはいなくなったが、現代はそれはそれでよいのだという。

ガリーナが弟子の歌手(これが凄い声量と独特の声色)を指導する場面は圧巻である。まさに超一流の芸術家のレッスンとはこんなものだろう。

それにしても老年のロストロポーヴィチの剽軽でいて悪戯っぽい人間的魅力はその神のような温和な表情とともにマエストロの貫禄が伝わってくる。小澤のロストロポーヴィチへの尊敬の気持ちも画面から伝わる。ペンデレッキ,小澤と三者の音楽解釈の場面は歴史的価値があるのではないだろうか。
そのロストロポーヴィチも今年の4月28日亡くなった。

2.日本映画 「殯(もがり)の森」☆にも値しない

本年度第60回カンヌ国際映画祭が、コンペティション部門に日本から唯一参加した河瀬直美監督(37)の「殯(もがり)の森」が、最高賞パルムドールに次ぐグランプリを受賞した。

6月23日からの劇場公開に先立ち、5月29日午後8時からNHK衛星ハイビジョンで放映されたのでその録画を見た。

題材は子を亡くしたばかりの女性介護士と、妻と死別した痴呆症の老人が墓参途中で深い森に迷い込む物語。

全くこの映画たるや、昔の8mmや素人の録画を想像してほしい。聞き苦しい日常の地声がそれに混ざるあれである。まさにすべてが素人のセリフであり、素人の筋運びであって、一体観客の誰がこのような映画に価値を置いたか不思議である。まさに退屈の極みといえよう。

素人臭さがリアリズムなどという向きもあろうが、全く笑止千万である。素人が演技して、それに金を払うのなら映画監督や映画俳優など必要ないのである。

河瀬監督は97年のカンヌで、初の劇映画「萌(もえ)の朱雀(すざく)」がカメラドール(新人監督賞)を受賞。それから10年で結婚、離婚、介護、再婚、子育てを経験したらしい。グランプリ受賞のスピーチは「映画を作るって本当に大変なこと。それは人生に似ています」と切り出した。 

 「人生はたくさんの困難がある。お金とか服とか車とか、形あるものによりどころを求めようとするが、満たされるのは一部。目に見えないもの――誰かの思い、光、風、亡くなった人の面影。私たちは、そういうものに心の支えを見つけた時、たった一人でも立っていられる、そんな生き物なのだと思います」 

そのスピーチに大きな拍手が湧き、監督は「そういった映画を評価してくれてありがとう。この世界はすばらしいです」と応じた。

僕にはさっぱりわからないスピーチえあり映画である。実際カンヌって困るのは意味不明のわけのわからない作品を高く評価される傾向である。フランス特有のそれかもしれない。

河瀬監督は「日本人として恥じない内容の映画だと思っている。グランプリは、日本が大切にしなければいけないことを世界に発信できたということだと思う」と話していた。日本人が栄誉に輝いたことは五輪のメダルのようなものであろうが、世界がこんな作品を通して日本を色眼鏡で見られたらたまらない。
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◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
 編集長・市村直幸
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