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甦れ美しい日本 第118号

発行日: 2007/5/12

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年5月12日 NO.118号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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 < 目次 >
◎ゲスト執筆者 

1. 塚本三郎 平和憲法となぜ呼ぶ                
2. 松島悠佐 軍事のはなし(34)「自衛隊の即応性」

◎レギュラー執筆者 
         
1.佐藤 守     大東亜戦争の真実を求めて114
2.奥山篤信  慰安婦問題における「申し訳ない思い」と「謝罪」 
3.西山弘道   「安倍政治への疑問」
4.松永太郎    「ひきこもりの国」?
5.奥山篤信  松岡洋右のジュネーヴ (5)十字架上の日本-4

◎映画評論  ドイツ映画「ドレスデン、運命の日 原題 DRESDEN 」☆☆ 奥山篤信
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◎ゲスト執筆者 
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1. 塚本三郎 平和憲法となぜ呼ぶ                
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 新憲法起草委員の一人、牧野英一氏は東大教授で、刑法専門の学者である。彼の説は、人間は生まれながらに、善人でも、悪人でもない。その分かれ道は教育に在る。刑の根本は教育である。その根本思想に基づく、「死刑廃止論」によって牧野教授は、世界的権威者と崇められている。
 犯罪者に刑を科する根本思想は、その人を教育し直すことに在る。死刑にして、極悪人を殺してしまえば、改めさせようがない。まして、人間の裁く裁判には、厳正であっても、時として誤りもある。その時、どのように救済するのか。また、たとえ極悪人であっても、国家の権威によるといえども、人為的に死を下す権限があるのか。
それに対立する刑法の権威者は小野刑法と呼ぶ、小野清一郎東大教授の因果応報説であった。
 刑の目的は、悪を行なえば、それ相応の報いを受けるのが天の摂理である。天に代わって、国家がそれ相応の罰と呼ぶ苦しみを与え、反省を求める必要がある。それが、本人の為のみならず、社会に対する厳正な戒めとなる。また被害者は、犯罪及び犯人に対する憎しみが消えない。だからといって仇討ちを許さない。ゆえに被害者に代って国家が権威をもって、加害者に対して、応報の罰を加える。それを、犯罪者及び社会に対して最高の反省の道とする。今日の日本及び、世界の大勢は、この小野教授の因果応報説である。
新憲法を平和憲法と呼ぶのは
 刑法学における両教授の根本思想の違いを述べた。日本国憲法は、起草委員として携わった牧野教授の思想、即ち人間社会の在り方が色濃く反映されている。憲法の前文には、
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と、生存を保持しようと決意した、と明記してある。
 私は、中央大学夜学生として、牧野教授から専門の刑法ではなく、憲法制定の課程と真意を学んだ。昭和二十一年、廃墟の中の東京生活は、戦争の悲惨さを思い知らされた。当時、仏教の信仰に入ったばかりの私は、二度と戦争をすべきではない。平和は不可欠と信じた。
個人の平和、国家の平和、世界の平和の三つが揃っていなければ真の平和とは言えない。国家の為に個人が犠牲になったり、世界の為に国家が犠牲になることは、正しい行動ではない。人間の行動は、個人と国家と世界が、共に平和に合致することである。これは、法華経の行者と自負された日蓮上人の三大秘法説である。
 激しい戦火の下を生き抜いた敗戦時の日本人は、一にも、二にも平和が正義の代名詞であった。昭和二十年八月二十日、燈火管制の解除で電灯の黒いカバーを外して、明かりが灯されたとき、日本人は生き返った思いであった。平和は素晴らしい。
 占領下の日本で、法律を学んだ米軍の青年将校達の間に、容共的色彩の若者達が居た。彼等は日本を再び立ち上がらせない、という意図の下に、実験的に、日本に新憲法草案なるものを押し付けた。その人達と共に、占領軍を解放軍と歓呼して迎えた、日本共産党などの左翼勢力が企を一にした。
 国民の平和への願望と、容共的社会風潮に加え、さきに述べたような、日本の中心的学者の中でも、牧野英一、宮澤俊義氏等の理想主義者が、押し付けられたとはいえ、憲法草案は、日本国会で審議され、やがて「平和憲法」と俗称されるに至った。
 しかし、奇妙なことに、憲法草案の審議が進む過程で、日本共産党は、米・ソ対立の嵐が激しくなるにつれ、平和に対する意識を変更せざるを得なくなった。
 即ち、独立国ならば、「防衛力の保持は必要である」。これは占領軍特に米軍の押し付けで容認出来ない。と新憲法の制定に反対投票した。徳田球一、志賀義雄等の共産党議員四名と、社会党左派の穂積七郎氏の五名であった。
 日本共産党が、新憲法成立に反対しながら、今日に至って、この憲法を死守せんとしている論調は、国際共産主義世界の一員である姿を露骨に示している。
 戦後約三十年を経ることによって日本は、戦争に敗れたとはいえ、アジアに在って、最大の経済大国へと発展した。防衛力を最小にして、ひたすら経済建設に没頭し得た功績は、否定出来ない。
 時代は、ここ約二十年間、中国は強大な経済力を持つに至り、軍事大国へと変化しているのみならず、軍事力を背景として、日本に対して脅迫外交の度を加えつつある。
刑務所が在るから犯罪人が出るのか
 憲法制定当時の占領軍は、「軍備があるから戦争が起る」という、単純な発想が主流であった。これは「刑務所が在るから犯罪が起る」ということと同じで、余りにも幼稚にして、日本国を小馬鹿にした論理である。日本国家を無力にしておきたい、そして謀略を企図する国家にとっては、恥も外聞もなく、地上では在り得ない嘘の論理を、堂々と述べる。
 安倍首相が、新憲法の創設を第一の政治課題と主張した。それに対して野党だけではなく、自民党議員の一部の人達にも、平和憲法が在ったからこそ、戦後六十年余の日本に平和が護られたのだと、これまた幼稚極まりない論を堂々と国会で述べている。
 この論理を裏返せば、まさか自分達が、新憲法がなければ、侵略者になっていたぞと自白しているのではあるまい。 
 例えは良くないが、町内に住む隣人達の間で、夜寝る時、戸締りをして休むとき、「なぜ戸締りをするのか、私達を泥棒扱いするな」と、怒鳴っているようなものではないか。
 自分達は十重、二十重の城壁の中に住んで居りながら。
 去る四月十二日、中国の温家宝首相が、日本の国会で行なった演説の中にも、そのような無遠慮な底意が各所にみえた。
核を持ち、軍の重装備を持つことそれ自体を、非難するつもりはない。核は相手を攻撃に使った米国の残忍な唯一の歴史がある。しかし、以後続々と核保有国は増えている。核を含め、軍備は、自らを護る為の最大の力となっている一面も否定出来ない。
核が在るから、軍備が強いから、侵略者となるとは限らない。
 それより、軍事力の強大化は、相手方に、安易に侵略や脅迫を許さない。即ち悪の道を防ぐ一面の力をも持っている。これを恐怖の均衡と呼ぶ。
例えばよくないことではあるが、ヨロイ、カブトに対して、裸でもって、対等の交渉が出来ないのみならず、相手によっては強盗、強姦の悪意を誘うことにさえなる。
 最近の日本国内の政治評論家の論調は、中国は外交に優れており、日本は、全く外交ができない、政治オンチだと酷評する。
 成程、日本の外務省が、チャイナ・スクールと評される如く、腰抜け外交と成り果てたことは、弁護の余地はない。しかし、腰抜けとならざるを得ない一面がある。丸裸の非武装で、どうせよと言うのか。身を固めて然る後に出向けと言うべきではないか。
日本を餌食とする共産主義国
 ソ連がロシアと変貌したのに比べ、中国共産政権が、ソ連に取って代り、月日と共に凶悪化している。中国が狙っている国が日本であることは、日本人も気付いているはずだ。
 ソ連時代は、凶悪的であっても、第一の目標と鉾先は日本とは思えなかった。
 それに比べて、中国共産政権は、日本と隣接しているだけではなく、表、裏、時と所と言い分を変えて来る。旧ソ連と異なって、殆んど裏から日本を侵しつつある。裏からとは、日本国内の、政・官、特にメディアを侵して、日本国内の世論を味方に引き入れつつある。
 平和と言う表現を口にする時、既に中国の手先に侵されたと、まず警戒してかかれ、と言わざるを得ない。中国の、対日謀略の不敵な手段によって、それ程に日本人を「平和漬け」にさせ、魂はシビレ切って居ると懸念する。
平和憲法を押し付けた、その主役の米国の意図に反して、今日では、米国の仮想の敵とされる、中国共産政権が平和の名を悪用している、と判断しても良いのではないか。
 現憲法の守護神としている第九条を守れと叫ぶ人は、どこの国を護れと叫んでいるのか。
 野心家の中国が、ヨロイ、カブトで身を固めて、事毎に日本に向けて脅迫的言辞を弄している。その上、自国民に対しては、日本が侵略を意図していると、反日の宣伝に心を砕いている。首相の靖国神社参拝を非難しているのは、その代表例である。
そして日本のみが、丸裸の憲法を守れと、日本国の反政府の政治家に呼びかけさせている。これ程露骨な反日の中国国家にしたのは、一面では日本国の中に、彼等の手先が公然と振舞っているからではないか。敵は日本国の中に居ると言いたい。 
 新憲法創設の気運は、現憲法の欠陥を、解釈で補うことが、不可能な事態となって来たからである。現憲法制定の経過及び、改正論、擁護論は、あらゆる場面で論ぜられているから、それは専門家の論に譲る。
 新憲法のめざすものは、独立国家として、日本国家の品格を保持するに必要な、自主、自立の日本政治と、国民精神の確立にある。それは当然、厳然とした防衛力の保持であり、経済発展による、豊かな国民生活の確立である。
 現憲法の最大の欠陥は、第九条にある。この条項を、左翼政党は政府攻撃の武器として、日本国家の非武装の継続を求め続けている、それは、結果として、自主独立、対等の外交を不可能にさせていることでもある。
 当面新憲法創設までは、世界的潮流となっている国際協力の確立を不可欠とする。特に日米同盟の強化は、日本の安全と繁栄にとって、第一の条件である。従って、まず集団的自衛権の行使を、内外に向かって宣言すること、及び非核三原則を破棄して、核の持ち込みを認めること、それによって他の二原則、即ち、核を作らない、持たないを、維持する。
 今までは、あいまいな日米安保条約の解釈論による同盟は、日米間の離間を策する、各種の謀略に陥りつつあると指摘したい。
 真の日米同盟を維持するために、日本自らが、危険を省みない決意を示すことが、当然の約束である。あいまいで良い格好のポーズは、もう世界に通用しない。
国家の基本理念と精神は不動でなければならない。しかし、時代の経過と四囲の変化に対応することは、政治の生命である。         
平成十九年五月上旬                                                         
塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
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2. 松島悠佐 軍事のはなし(34)「自衛隊の即応性」           
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最近の紛争では、相手に宣戦布告してから攻撃を開始するような旧来の手法はほとんどなくなり、目下自衛隊が新たな脅威として対応を急いでいる弾道ミサイル攻撃やテロ・ゲリラコマンド攻撃では、相手の意表をついて不意急襲するのが常態になっています。
従って、即応性の向上が自衛隊近代化の焦点になっており、各自衛隊とも種々の施策が検討されています。このためには、部隊の編成装備を整えることも然ることながら、もっとも大事な点は「情報」と「指揮」の機能向上というソフトの分野です。すなわち、なるべく早期に情報を収集し速やかに処理する能力と、迅速的確に指揮命令を付与して対応行動を採れるように指揮運用の環境を整えることが重要になっています。
わが国でも、この点を考慮しながら、特に米軍との指揮・情報の統合一元化を図りながら体制を整えています。だがここで問題になっているのは、何時ものことながら自衛隊の出動命令の件です。
弾道ミサイル防衛のためのミサイル発射は防衛出動であり、テロ対処のための警察支援は治安出動または警護出動、さらにゲリラコマンド攻撃などの掃討作戦は防衛出動になります。これらはいずれも内閣総理大臣の出動命令が必要であり、しかも防衛出動・治安出動の場合には国会の承認まで必要になります。
これは、武力行使の決定を慎重にするためですが、突発事態への即応という視点からは、有効に対応できない問題が残っています。
それでも、弾道ミサイル防衛については、3月にPAC−3ミサイルの第一陣が入間に配備されるのに伴って自衛隊法を改正し、防衛大臣が内閣総理大臣の承認を得て、飛来するミサイルの破壊を命じることができるようになり、さらに、緊急の場合に備えて、防衛大臣があらかじめ定めた緊急対処要領に基づいて、期間を定めて自衛隊の部隊長に対処を命じておくこともできるようになりました。ただ、期間を限定しての権限委譲であり、ある程度予測ができる事態を想定したものであり、本当の意味での突発事態に対応できるのかが問題として残っています。
陸上自衛隊も、3月末に、国内の緊急事態や国外でのPKO活動などに迅速に対応するため中央即応集団を新たに編成しました。
 中央即応集団は、国内と国外の異なる任務に対応することになりますが、組織編成としては出来たのですが、肝心の運用の法制は整っていません。
例えば国内の緊急事態対処について、中央即応集団は特殊な作戦機能を有する部隊を集中管理して、防衛大臣の直接指揮を受けて、迅速に部隊を投入します。
特殊な作戦機能を有する部隊とは、次のような部隊です。
・空中機動の後、落下傘降下して迅速に部隊を展開できる「空挺団(約1900人)」、
・大型ヘリなど数十機を保持し、人員・物資のヘリ空輸ができる「ヘリコプター団(約750人)」
・テロ・ゲリラへの対応など特殊作戦能力を有する「特殊作戦群(約300人)」
・核・生物・化学兵器など特殊武器に対する偵察・除染の機能を有する「特殊武器防護隊(約200人)」
しかしながら、緊急事態対処の法的な措置は従来のままであり、テロ対処は引き続き警察が第一義的に処理し、自衛隊は治安出動の権限を少し強化して警察支援に任ずる体制に変化はありません。また、自衛隊が警護出動できるのも、自衛隊の基地と米軍の基地に限られており、治安出動も警護出動も武器使用の権限は基本的には警職法の準用です。しかも、これらの出動は前述したように総理大臣の命令によることになっています。
テロ・ゲリラコマンド攻撃は、特殊戦の訓練を積んだ特殊部隊によるものであり、警察権の行使で対処できるものではないし、また不意・突発的な攻撃が常態と考えれば、総理大臣の命令でなければ行動できないことにも問題があります。
中央即応集団が編成された機会に、これまでもしばしば議論になってきた「領域警備事態」、すなわち、防衛出動にまでは至らないような局地的、不測のテロ事態などへの対応について、もう一度原点にもどって考え、必要な法令を整備する必要があります。
また国外の対応についても、近年PKO活動など海外への派遣の機会が増え、かつその任務や活動範囲も多様になってきており、これに迅速かつ一元的に対応することが、中央即応集団の任務となりました。このために、派遣部隊を教育訓練するための専門部隊として「国際活動教育隊(約80人)」が編成され、さらに、国連の派遣要請を受けて迅速に対応できるように、先遣隊として速やかに現地に赴き、本隊の活動基盤を作ることを主な任務とする「中央即応連隊(約700人)」も今年度末(平成20年3月)に編成される予定です。
また、中央即応集団の司令部には、国際平和協力活動に関する計画を作成し、派遣部隊を指揮・運用できるスタッフを整え、国外で活動する陸上自衛隊の部隊はすべて中央即応集団の指揮下で運用されることになりました。
ただし法制上は従来のままなので、派遣を命じる法律はPKO協力法やイラク復興支援特別措置法など、その都度個別の法律に基づいて行われる事に変わりはなく、武器使用の権限行使も複雑になっているのが現状です。この際これを改めて、「国際平和協力に関する一般法」を制定し、自衛隊の派遣に関する基本的な事項を定める必要があります。
また、自衛隊の国外での活動で、従来から大きな問題になっているのは武力行使の権限です。わが国は憲法上の制約から、海外で活動する自衛隊には「自己防護のための武器使用」しか認められていないので、「任務遂行のための武器使用」、あるいは「一緒に活動している他国軍が襲撃を受けた場合の救援のための武力行使」などができない定めになっています。
これでは、他国の派遣部隊との共同という点で支障があり、是正すべきとの意見がある反面、現在の集団的自衛権の解釈に従えば止むを得ないとの意見もあり、基本的な点で解決しなければならない問題が残っています。
政府は4月末、集団的自衛権の解釈変更を検討する有識者会議を設置し、憲法解釈見直しに取り組む姿勢を示しており、また、間もなく活動を開始する国家安全保障会議においても、同様の検討を考えているようですが、この結論を踏まえて、国外における停戦監視・治安維持・警護活動など、状況によっては武力行使を伴うような国際協力活動に如何に取り組むのかを明確にしなければなりません。
中央即応集団は、国内における緊急事態への迅速な対応、国外における国際平和協力活動の迅速かつ一元的な対応を狙いにして、即応性向上にために編成されましたが、目下のところ法的な裏づけは出来ていないので、十分な機能を発揮できない状態です。
即応性の向上には「情報」と「指揮」の迅速さが必須であり、それの裏づけとなる法的措置を明確にしなければなりません。特に、指揮運用については、状況に応じて、各級指揮官が判断し措置できるように分権委任の体制(ROE:Rule of Engagement)を定めることが必要です。
国内での出動命令は総理大臣が基本で、一部を防衛大臣に委任している状態、海外への派遣ではそのつど法律を作って派遣を命じている状態を、そろそろ改める必要があります。  (07・5・11記)
   
松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて 113
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 蒋介石秘録には「西安事件の影響」が書かれていない、と前回書いた。それは「軍人たる蒋介石としては不覚だったからではないか?」と推測した。
「抹殺された大東亜戦争」(勝岡寛次著)によれば、当時、蒋介石の片腕であった張群は、その著「日華・風雲の七十年」に次のように回想しているという。
「・・・私が[外交部長を]退任するとき[一九三七年二月]には、日華外交は、既に交渉が成り立たない状態になっていた。(中略)日本軍閥の勢いは、すでにとどめるすべもなく、予定通りの侵華戦争を積極的に準備していた。(中略)・・・日本の中国侵略は、既に時間の問題と見なければならなかった」
 張群までもが、毛沢東の謀略に気付いていなかったのだろうか?これは中国を意識した、日本に対する外交的発言ではないのか? 勝岡氏は次のように書く。
「支那事変勃発の原因を、専ら『日本軍閥』の『中国侵略』に求めるかうした論調は、今日の中共にも共通するお決まりのものであるが、奇妙なことに、事変勃発後、張群は陳公博に向かっては、次のやうに語ってゐたのである。
『あなたは知らないだろうが、中日両国は全く戦う必要はなかったのだ。むしろ我々は多くのチャンスを逃してしまった。私は外交部を辞めて駐日大使になりたかった。当時日本は中日問題をどう解決したらいいのか、その方策を求めていたのだ。(中略)しかし、蒋介石がこれを許してくれなかった』
『西安事件のおかげといっては何だが、そのために蒋介石の心はすっかり共産党のとりこになってしまった』
張群はこう言って長い溜息をつき、黙り込んでしまった。(陳公博『中国国民党秘史』)」
 勝岡氏は、「張群の前掲回想録のトーンとは、全く様子が違ふことに驚くのである。どちらが張の本音であるかは、敢へて説明の要もあるまい。西安事変(事件)とは、言ふまでもなく一九三六年十二月、西安で蒋介石が張学良によって監禁され、自らの助命と引き換えに『内戦停止』『一致抗日』と云うコミンテルンの主張を呑まされた事件を指す。以後、蒋介石は共産党との協力並びに対日開戦を強いられる。クレムリンのロボットに成り果てたのであった」と手厳しい。
 私も勝岡氏の説に全く同感である。蒋介石は、軍人として最も恥ずべき『助命取引』に応じ、祖国統一の信念を放棄したのである。
彼は、日本の振武学校に留学中、清朝宮廷の圧制に反抗して、いかにも祖国の将来を変革しようと危険をも顧みず革命闘争に身を捧げていたかのように書いていた。しかし、日本側の記録によれば、篭城して抵抗した留学生達の中に彼の名前がなかったというから、それが彼の“性格”を物語っているように思える。
共産党が4項目を受諾したことを受けて、9月23日、蒋介石は「過去のことは問わず、国家に尽くす機会を与える」とする、次のような談話を発表する。
「この数年間、中央政府は『精誠団結、共赴国難』を訴え続けてきた。ようやくにして、三民主義にかって懐疑を持っている人々も、異見を放棄し、一致して共に進むことになった。これは全国民が、滅ぶときは共に滅び、存するときは共に存することを深く知り、全民族の利害のためには、一切の個人、一切の団体の利害を超越すべきであるということを悟った証拠である。今回、中国共産党が発表した宣言は、民族意識がすべてにまさることを示す。すなわち、暴動政策と赤化運動の放棄、ソビエト区と紅軍の取り消しなどは、国の滅亡を救い、外侮に抗する必要条件であり、かつ、本党(国民党)の三中全会宣言、決議と一致している。・・・今日、およそ中国国民にして、かつ三民主義を信奉し、救国に努力しようとする者に対しては、政府はその過去がどうであったかを問わず、国家に忠を尽くす機会を与える。いかなる党派であっても、誠意を持って国を救い、抗敵禦侮の旗のもとに国民革命を願うならば、政府はこれを受け入れ、本党の領導のもとに一致協力を許す」
 この談話は、彼が西安で「助命嘆願」取引をした有力な証明のように思われる。モスクワを視察し、あれほど共産主義の内幕を知っていた彼が、共産主義者が「異見を放棄し、一致して共に進む」ものではなく、「民族意識がすべてにまさる」などと共産主義者が思っているはずはないこと、暴動政策と赤化運動をを放棄するはずはないことを知っていた筈である。
 従って、この談話は、明らかに西安での彼の失策を糊塗し、自分が最高権限を持っていることを天下に示すための「虚言」であったといい得るだろう。  (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信 
  慰安婦問題における「申し訳ない思い」と「謝罪」
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ブッシュ大統領は安倍首相との対談において、首相が慰安婦問題に対して謝罪したと受取りそれを受け入れたと理解し、その通りホワイトハウスのウェッブサイトにも両者の表現をそのまま掲載している。一方首相はあとになって「米国に謝罪したわけではない」と言い訳をした。それは結果的に河野談話の上塗りになったことに気がついて、謝罪していないと強弁したのであろう。全くの後の祭りでしかない。もともと筆者はあの歴史的事実に反する自虐的河野談話に起因する慰安婦問題を今回訪米にあたって、アメリカ議会や大統領に対して発言したこと自体断じて許されない日本国家に対する背信行為であると考えている。首相はこのような国家の名誉にもかかわる問題を、日本人的あいまい言葉(日本社会独特の頭を下げれば物事丸くいく程度の感覚で外交に当たった。)で誤魔化そうとしたのであろうか!百歩譲って首相がかかる発言する前提で考えた場合でも、もし当初から謝罪でなければ、事前に翻訳など外務省の通訳と徹底させいかなる誤解も生じないような手立てを取って然るべきではないか。首相がなんと言い訳しようとも今更too lateである。

首相が「慰安婦の方々が非常に困難な状況で辛酸をなめられたことに対し、人間として、首相として、心から同情し、申し訳ない思いだ」ことに対してブッシュが慰安婦決議で窮地に陥っている首相のために、気を利かし助け舟を出して「この通り日本の首相は謝罪しているよ。だからもう許してあげなさい。」と下院決議を牽制したとの見方もあるが、そもそも外務省の通訳が首相の言葉を謝罪(apology)と訳したのだから、その見方も穿ちすぎである。首相が謝罪(apology)し大統領がそれを受け入れた(accept such apology)という事実のみが記録として残っただけである。

首相のHPには今回の外遊に当たって中東の記事は多いのにこのブッシュとのキャンプデービッド会談がなぜか記載されていない。余程日米同盟としての、この会談のほうが日本にとって大切な筈である。あとで後悔した首相の姑息な意図が見え隠れするのである。

ここに首相と大統領のやりとりを原文で紹介する。(President Bush and Prime Minister Abe of Japan Participate in a Joint Press Availability Camp David  (The White House website)


PRIME MINISTER ABE: Well, in my meeting with the congressional representatives yesterday, I explained my thoughts, and that is I do have deep-hearted sympathies that my people had to serve as comfort women, were placed in extreme hardships, and had to suffer that sacrifice; and that I, as Prime Minister of Japan, expressed my apologizes, and also expressed my apologizes for the fact that they were placed in that sort of circumstance. 

The 20th century was a century that human rights were violated in many parts of the world. So we have to make the 21st century a century -- a wonderful century in which no human rights are violated. And I, myself, and Japan wish to make significant contributions to that end. And so I explained these thoughts to the President. 

PRESIDENT BUSH: The comfort women issue is a regrettable chapter in the history of the world, and I accept the Prime Minister's apology. I thought it was very -- I thought his statements -- Kono's statement, as well as statements here in the United States were very straightforward and from his heart. And I'm looking forward to working with this man to lead our nations forward. And that's what we spent time discussing today. 
(注)「my people had to serve as comfort women」この英語my peopleは間違いではないかと推察する。まさか日韓併合の時代としてそれを含めるたまにmy peopleとしたとは考え難い。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
 「安倍政治への疑問」
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 安倍首相が靖国神社へ供え物を奉納したことが明らかとなり、例によって対中韓関係にさざ波が起きている。首相は4月21~23日の春季例大祭に、内閣総理大臣の肩書きで供物の真榊の鉢植えを奉納した。首相が靖国神社に供物を奉納したのは、中曽根首相以来20年ぶりだそうだが、一部マスコミのようにそんなに騒ぎ立てるほどの問題でもあるまい。「首相は靖国参拝について『したか、しないか、申し上げるつもりはない』とあいまいな態度を取っているが、参列の代わりに供え物を奉納することで靖国神社への配慮を示したものとみられる」(朝日新聞)

 これに対し、韓国政府は「正しい歴史認識に逆行するもので非常に遺憾だ」と例によって反発したが、中国は日本政府に対し、慎重な対応を求めたものの、直接の批判は避けた。いつもなら鬼の首でも取ったようにギャンギャン非難する両国が、今回は「一応、言っておかなければ・・・」とアリバイ証明みたいにおとなしい対応をしたのは、実はウラがあったのだ!

 安倍首相は供物を奉納するに当たって、外務省の谷内次官に中国、韓国両政府への了解を取るよう指示した。谷内次官は首相の指示に基づき、両政府に伝達、「首相が参拝しないのならそれでよい」という両国の了解を得て、奉納したというのが事実である。何のことはない、安倍首相の看板である「主張する外交」どころか、中韓の顔色を伺う「顔色外交」が依然として行われているのだ。その傍証として、今回のニュースを一斉に伝えた各紙の記事には皆、「政府筋」としての同一のコメントが載っていた。「例大祭の供え物は、三権の長である河野衆議院議長も奉納している」というものだが、この「政府筋」とは言うまでもなく首相官邸の世耕弘成広報担当補佐官であり、河野議長の奉納も合わせることで、中韓に対する影響の緩和を狙ったことはミエミエである。

 「主張する安倍外交」と華々しく打ち上げているが、その実態は外務省の谷内次官の差配におんぶに抱っこの「谷内外交」であり、谷内氏がすべて取り仕切っている。1泊2日でありながら、キャンプデービッド会談まで実現できたブッシュ大統領との日米首脳会談も「谷内外交」の延長上であった。

 「本格的保守政権」と、オール保守派の期待を担って(私もその一人のうち)登場した安部政権だが、半年たってその政権の質に何度も首をかしげることが多くなってきている。今回の「中韓顔色外交」もその一つだ。真正保守という、本来の安倍印の政治がそろそろ動き出すのでは、と期待していたのだが、これからもこんな奇妙奇天烈な政治行動を繰り返すとなると、それこそ評論家の西尾幹二氏が言う「安倍氏の登場が保守つぶしの巧妙な目くらましとなっている」という言葉が真実に思えてくる。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎 
 「ひきこもりの国」?
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 最近、アメリカの新聞記者の書いた「ひきこもりの国」(光文社)という本を読んだ。この本に関しては、別のところにも書いたが、ここでは、違う角度から見ていきたい。
 この記者の言うところでは、日本はいまだ朱子学的伝統(!)の生きている前・近代社会であり、「個人」が確立されていない。社会は、常に協調(「和」)を強いてくるため、社会に対して違和感を持つ人間(主として若者)は、アメリカのように、どこかに行って、一から人生をやり直す、ということができないため、引きこもらざるを得ない、というもので、常に繰り返される、まことに陳腐な議論である。
 こういう風な言い方であれば、逆に、次のような(陳腐な)言い方も可能である。日本の若者は、個性が大事、集団に流されず、個を主張することが大事、自己実現が大事といわれ続けてきたが、自分のなかのどこを探しても、個性などというものは無く、主張すべき個我などといえるようなものも無く、自己実現といわれても、実現すべき自己とは、何かわからない。ホリエモンや、いつもサルのように手を打っては笑っている「タレント」たちは「有名」なので「自己実現」しているのだろうが、そんなことに興味がないし、親のもとにいれば食えるので、ひきこもっているのだ。と。
 仏教の見方からすれば、あるいは日本の伝統的な人間観からすれば、後者が正統的である。仏教から見れば、あるいはポストモダンの社会学から見れば、個我というものは、構成されたものであり、フィクションである。個性などというものは、その幻想の上に築かれた二重の幻想的な概念である。自己実現というのは、「社会的に自分の才能を生かす」程度の意味で使われ、家にいて、子育てや家事をしている立派な女性たちも、自分は才能がある(はず)なのに生かされていないなどと、はたから見れば、つまらない考えに取り付かれて、悩んだりするケースもある(実際に僕も知っている)。
 普通でなにがいけないのかわからないし、みんなとおなじでどこがいけないのかもわからない。それではいけない。もっと個性を尊重し、個人の才能を伸ばし、自我を確立すべきである、というのは、それはそれで一つの考えであり、そう思いたければ、思っていればいいが、こうした考えは、西欧近代から輸入された考えであり、その西欧近代の生み出したアメリカという社会が、日本どころではないような深刻な問題をかかえているのは、ご存知のとおりなのである。
 アメリカのどちらかといえば、リベラル系、デモクラット系のジャーナリズムは日本のサヨクが大好きである。日本のサヨクは、かつての「進歩的知識人」の末裔であり、それは丸山真男、大塚久雄、転向する前の清水幾太郎、加藤周一その他大勢で、この人たちが西欧近代的進歩史観と、日本後進国論を丸ごと信じ、日本は「朱子学的伝統を残した前近代社会である」というようなことをいってきた。その口真似をする今のサヨクと接触しているのが、こうした半可通のアメリカや西欧の新聞記者であり、学者である。そして、彼らサヨクの言っていることが逆輸入されるわけで、その典型は「ニューヨーク・タイムズ」である。
 今、こうしたサヨクの中に、「正論」で佐藤守氏も書いておられるように、外国のプロパガンダ・システムが組み込まれている。そして、あいも変わらない西欧近代的な進歩的幻想を振りまきながら、さまざまな政治的宣伝工作を行っているのが実態だろう。1930年代のコミンテルン宣伝工作の再現である。「ひきこもりの国」という本にも、間接的に今の共和党政権に対する批判が見える。驚くべきことに「韓国の改革は日本を越えた」と幻想的な主張をするのである。さまざまな意味で典型的な本である。逆の意味でご一読をおすすめしたい。
 
松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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5.奥山篤信  
 松岡洋右のジュネーヴ (5)十字架上の日本-4
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さて日本が調査団の報告書に示された提議の諸項を受諾したと仮定しよう。たとえば満州より軍隊を撤退させ、かの広大な地域を警備するに國際憲兵隊を以ってするとせよ。ドイツとフランスを合わせた程の大きさに、匪賊や不逞漢の跳梁する国を、この國際憲兵隊するという考えは荒唐無稽である。そんな考えは確かトルコでかって試みられたが、トルコの如き地でも失敗に終わった。いわんや満州で到底行いうべくもない。仮に満州の主権を支那に認めるとしよう。どれほどの軍隊がその治安維持と秩序回復に必要だろうか?その軍隊は張学良軍とするのか南京国民政府軍をもってするのか?まずそこから決めねばならない。調査団報告書は原状回復は不可能と明らかに断じている。大体両派の間に問題が起こり抗争を生む結果となり少なくとも二三年は内乱を続けることとなるだろう。

今後10年間は、おそらく20年間にも、否、或いは我々の時代中には、統一は不可能である。一つの強固なる中央政府を樹立することは困難である。

この支那の立場の動向を、現実にまず、国際連盟の基本的諸原則を適用する前に深い考察を払わねばならない。現実を直視せよと叫ぶものである。
由来日本人の心臓は恫喝や不当な批評の前には鉄石である。しかしその反面、親切、理解、同情からの行為のまえには至ってもろく出来ている。ロシアとの関係を見てもおわかりになろう。つい半年前までに、両国間の不可侵条約締結を口にするものは、個人にしろ、新聞界にしろ一人も居なかった。然し今日ではどうだろうか?ロシアが満州における日本の立場や行動を理解し、満州の事態に容喙することを差し控えるに至ったからである。最近ロシアは満州やその他国境地帯で張学良の尻押しで満州国に反抗してきた支那将領によって監禁された日本人を救出するのに最善の努力をしてくれている。ロシアに関する国民的感情の変化はここから来ている。

諸君が、支那国民に対して第三者の援助をの手が差し伸べられるであろうなどという、誤れる期待を固執する限り、我々はその間中、極東に真の平和を持つことが出来ないのだ。

少なくとも支那人は、連盟は日本に反対し支那に味方しているのだということを内外に宣伝していた。このことが支那をして日本と直接交渉を開始することを拒絶する態度を続けしめる力となった。実際支那には日本と直接交渉開始を切望する多くの支那人があることを直接個人的に熟知している。
申すまでもなく連盟の目的は平和にある。列強すなわち米国にしても、英仏その他にしても目的は同様平和にある。日本の目的もまた、種々な逆宣伝があるにも拘わらず実に平和にある。我々の目的の相互間に差異があるとは思えない。ただその手段に関しては多少の差別ありとなすものである。我々は現に我が国家にとって死ぬか生きるかの重大問題と取っ組みあっている。同時に我々は極東における安寧秩序の回復という重大問題と取っ組み合っている。

たとえ世界の輿論が,ある人々の断言するように、日本に絶対に反対であっても、その世界の輿論たるや、永久に固定されて変化しないものであると諸君は確信できようか?人類はかって2千年前、ナザレのイエスを十字架に懸けた。しかも今日どうであるか?諸君は所詮世の輿論とせらるるものが誤っていないとは、果たして保証できようか?我々日本人は現に試練に遭遇しつつあるものを覚悟している。ヨーロッパやアメリカのある人々は今、20世紀における日本を十字架に懸けんとしているのだ。しかし我々は信じる。かたくかたく信じる。僅かに数年ならずして、世界の輿論は変わるであろう。しかしてナゼレのイエスが遂に世界に理解された如く、我々もなた世界によって理解されるであろうと・

最後に極東の現状に関して数語つけくわえる。外蒙古は今は支那からはずれソビエットロシアの一部となっている。支那本土でソビエット制度の絵強化にある地域は日本本国の約六倍に及んでいる。ソビエット化の動きは現在の範囲で留まっているであろうか?何故その運動はもっと迅速に広がっていかないのだろうか?その答えは日本が居るからである。国際連盟により、或いはその他の組織により、又列強によって、一朝日本の地位にして弱められんか、疑いも無くソビエット政権の力は瞬刻の間に揚子江の河口まで達するであろう。もし我々がロシアと支那における事態に超然主義をとろうという条約を結んだとしたらどうなるか、果たしてそこに何がくるか?諸君は今日全東亜の恐るべき現状の真っ只中にあって唯一の希望の日本を弱めんとする途を選ぶのか、それは直ちにもって極東を一層の混乱に陥らせしめるであろう。乃至は日本の立場を力つける途を選ぶか?それは必ずや極東に平和と秩序を再建しうるの曙光を齎すであろう。この両途のいずれを取るかは一に諸君の手に握られている。
(続く)

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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◎映画評論 ドイツ映画「ドレスデン、運命の日 原題 DRESDEN 」☆☆ 奥山篤信
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ドレスデン爆撃とは、第二次世界大戦において米英軍によって1945年2月13日から14日にかけて、ドイツの都市ドレスデンに対して行われた無差別爆撃を指す。この爆撃でドレスデンの85%が破壊され、3万とも15万とも言われる一般市民が死亡した。ソ連軍のドイツ侵攻を空から幇助するという作戦であった。これは日本における東京大空襲やその他都市への無差別爆撃と同様、連合軍側の汚点といわれるべき国際法に違反する非戦闘員大量無差別虐殺といえる。ちなみに日本の家屋が木と紙でできていることを考え、低空飛行にて焼夷弾で家と市民を焼き尽くした米軍の日本での空爆の手法に比して、ドレスデン爆撃では大量の榴弾で屋根を吹き飛ばして建物内部の木材をむき出しにし、その後に焼夷弾を落として建物を発火させ、さらに榴弾を落として消火活動を妨げようという手法を取った。こうした爆撃手法はドレスデンでは実に効果的だであり、最高で1,500℃もの高温に達する火災旋風が収まることなく燃え続けた。市街広域で発火すると、その上空の大気は非常に高温になり急速に上昇する。
そこへ冷たい外気が地表に押し寄せ、地表の人々は火にまかれる結果となったという。

さてこの映画は、この文化と芸術の街ドレスデン爆撃をドイツ人がどのような史観で描くか見どころであった。

映画はドレスデンに住む名門病院長の娘で、外科医の婚約者アレクサンダー(ベンヤミン・サドラー)のいる若い看護婦アンナ(フェリシタス・ヴォール)と、彼女と恋に落ちる撃墜さパラシュートで投下した逃亡中のイギリス兵ロバート(ジョン・ライト)の運命的な愛が描かれる。監督はベルリンの壁を題材にした『トンネル』で有名なドイツ人監督ローランド・ズゾ・リヒターで、なんと1000万ユーロという莫大な製作費をかけたという。とにかく爆撃の臨場感はその爆風や炎が観客席に吹いてくるような迫力であり。爆撃の修羅場の悲惨さを度肝を抜く迫力で描いている。

残念ながら、いくら恋愛が偶発的なものとしても、それまで婚約者に愛を囁いていたアンナが突然病院に逃げ込んできた負傷兵と恋に陥る(真夜中に大部屋で周りの負傷患者も厭わず性行為を行うのには畏れ入る。)というのが、筋からして唐突の感を否めない。見どころは、現代ドイツ人が悪の源をナチスドイツとして、その被害者であるとの例の図式がこの映画にも浸透している。だからこそ、これだけドイツの誇る芸術文化が破壊され(京都が破壊されたと考えてみよ。)非戦闘員が爆死しているにもかかわらず、英軍に対し(米軍はこの映画にでてこない!)恨みつらみは希薄である。むしろアンナと婚約者、それにイギリス兵士が爆撃の中を安全を求めて一緒に行動する姿に「和解と融和」の姿を見いだせる。しかも婚約者にとってこの兵士はアンナを巡っての間男の存在であるが、寛容の精神がある。そしてこの劇的敵国同士の恋愛こそが戦後のヨーロッパ体制への確認という意味があるのであろう。

戦後ドレスデン市は、戦前の資料等を参考にして聖母教会などのバロック様式の街並みを再現して復興させた。空襲によって破壊された後に残った瓦礫を可能な限り使っており、新しい石材と黒く煤けた瓦礫との組み合わせによって建てられたこれらの建造物は、爆撃の悲惨さを強く印象付けている。この映画でも世界各国の首脳を集め聖母教会の除幕式の場面が最後出てくるが、ドイツはナチスを犯罪集団としてドイツ人も被害者であると、戦後整理したので、この点が未来志向につなぐ知恵となったものと考える。だからといって僕たち日本人がナチスと同レベルに犯罪集団でもない帝国軍人達を貶め、軍国主義として戦犯として血祭りに上げ断罪し、そしらぬ顔をする戦後自虐史観に与することは絶対できないししてはならないのである。
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