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甦れ美しい日本 第113号
発行日: 2007/4/7□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年4月7日 NO.113号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者
1.塚本 三郎 政治家と官僚
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて108
2.奥山篤信 松岡洋右のジュネーヴ (4)支那の存在は日本の力-2
3.松永太郎 いつから日本は、こんなに汚くなったのか
4.西山弘道 本当に実現?天下り根絶
◎映画評 フランス映画「約束の旅路」原題「Va,vis et deviens」☆☆☆☆☆ 奥山篤信評
◎映画評 アメリカ映画「ブラッド・ダイヤモンド」原題「blood diamond」 ☆☆☆☆ 奥山篤信評
◎映画寸評 フランス映画「情痴 アヴァンチュール」原題「Une Aventure」☆ 奥山篤信
◎図書室「イタリア・マフィア」シルヴィオ・ピエルサンティ (著), 朝田 今日子 (翻訳) (ちくま新書) 奥山篤信評
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◎ゲスト執筆者
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1.塚本 三郎
政治家と官僚
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国家の理念と政策を策定し、方向を決定する権限と使命は政治家に在る。従ってそれを実現する為に、法律を制定する権利と責務もまた、当然の任務である。
官僚は、政治家の決定した法律を、具体的に実施する任務に当たる。それを行政の当局者と呼び、政治家が任命し指示をして、国と地方を治める。
従って行政の最高責任も、任命権者が直接負わねばならないから、内閣総理大臣及び各省庁の最高権限、即ち担当大臣は、政治家が、行政の長になることを自任する。
世間では、庶民生活に直接かかわる行政が大切であるから、政治家よりも官僚を、崇めるきらいがある。
問題は、政治家を志す者は選挙によって選ばれることが不可欠であるが、立候補する際には政治、経済から行政各般に亘る、支配者としての能力が必須である。にも拘らず、有権者たる国民は、その候補者の学識や能力とは別に、知名度や、交友、または各種団体間の親密の度合に依って、選ばれることが優先順位となる場合が大部分である。
選挙で当選すれば、直ちに政治家となる。それと比較して如何に優れた学識、能力を保有して世間から、尊称されていても、選挙の洗礼を経なければ政治家になれない。
民主政治が、愚民政治、堕落政治と一面では僭称するのはそこに原因がありはしないか。
官僚は、学識と経験を得て就職し、順次高位となり、高官として、行政の専門的地位を確保する。その積み重ねから強固な組織を固めてゆるぎない。
政治家が絶対的な権威と権限を法律上与えられながら、官僚の学識能力に比べて、対等以上に、能力を保有して居れば問題は無い。
しかし、既に述べた如く、未経験のみならず、能力不足であっても、選挙の洗礼を見事に得れば、選り優れた官僚の上に立つことになる。
自らの地位を充分に心得た官僚は、そのような幼稚な政治家をお守りするつもりで、内心では軽視しておりながら、外見を装うのが、今日の政と官との実体ではなかろうか。
政治家とて、その実体を承知しているから、官僚の独善を、時としてあからさまに非難する。それは、自らが指導者としての任を全う出来ない、失格者の愚痴である。
冷静に考えてみれば、そもそも出発点に於いて、官僚は、最初は下から順次年数と経験を経て上がる。しかし政治家は、いきなり官僚の上に立つところに問題がある。
エリートと言われる官僚は、大学を卒業し、学閥のスクラムの中で後輩を育て、閥を成して関係省庁を統括している。
しかも、このエリート集団は、自らの省庁中心で、人事の異動は、他省庁との横の連繋が殆ど無い。縦の系列の繋がりであるから、世に云う、「省庁在って国益無し」となってしまう。しかし、大学卒から始めて、順次その地位は中央、地方共に、着実に階段を登り詰めて進むから、その道にかけては、全くの専門家集団と云うべきである。
本人達も自信と誇りをもって人生を築き、地方は勿論、国家の柱石と自負している。
政治家は前述の如く選挙で選ばれるから、国民の代表としての苦心と、努力と、誇りは、他人以上に重く広い。しかし如何せん、官僚のように下から積み上げ、研ぎ上げた努力と経験はゼロから始まる。それでいて、積み上げてその頂点に立った、官僚の上の指示者となるから、大変である。
しかも、最初から上に立つに値する資質が在るから選ばれるとは限らない。否、むしろ政治家は、先ず選ばれる為に、国民有権者にアピールする戦術と努力が優先して、持てる力の相当部分を選挙に費やし、消耗せざるを得ない。そこに民主政治の泣き所が在る。
官僚の独善は
問題は、政党と官僚との実力、能力がどうなっているかが問われる。
政治家と政党が国家の決定権を持つが、それに値する識見と能力を備えていれば問題はない。しかし、そうでない場合は事態は逆転し、その権力は有効に活かされない、官僚の独善に陥らざるを得ない。
議会で決定される法律や条例等の細かい部分は、官僚行政の通達等に任される。
官僚は万事ソツなく配慮して、行政として自分達が実施し易い方法の通達を指令する。
通俗的に言えば、「自分達の仕事のしやすい方法」をキマリとして通達する。かくして、「役所が在って、国民不在」との悪評が出る場合が無しとしない。「国家は俺達のもの」、これが高級官僚の自負であり、自惚れだと酷評もされる。
何れの社会も、一緒に居れば、優れた者が優位になることは致し方がない。政治家が、法律的には上位に位していても、その実が伴わなければ、事態は逆転せざるを得ない。それが良い方向に逆転するのであれば幸いである。しかし、庶民の代表たる政治家の眼と、官僚社会の、深く狭い世間の眼とは、異なる場合も多々ある。
従って、政治家は遠慮なく官僚に気付いた点を指摘する必要がある。
官僚の不出来は、自分達政治家の不出来であり責任であって、官僚を非難することは、自分達の失政を暴露することに他ならない。ゆえに、官僚以上に勉強し、官僚の狭い省庁のみの視野ではなく、国家全体、否、世界的視野に基づく勉強が政治家には期待される。
だが、政治家の相当部分の時間と努力は、選挙に消費されるから大変である。しかし、選挙運動そのものは、決して得票運動のみではない。私の経験から省みれば、選挙運動そのものが、かけがえのない社会勉強であり、学習である。人と人との接触、交渉、交際は、読書以上に耳の学問であり、眼の学問である。
要は、政治家がすべてを学習と心得て、すべての対象こそ天の啓示と受け止める、学習意欲の在否にかかっていると思う。また使命感に燃えた愛国心の如何にかかっている。
官僚もまた、同様な使命感や、自らが、独善的な狭い省庁の砦から飛び出て、政治家たらんと志す有為の人も少なくない。それを野心家と評する者も居るが、行政の任に飽き足らず、庶民の声という、社会の底辺に両足を踏み入れ、立候補する決意には大きな拍手を贈るべきだと思う。
要は、政治家が政治家らしく、行政官僚が行政官らしく在るべきであるが、今日の日本では、政治家が政治家として、余りにも足らざることが大問題である。それは国政のみならず、地方議会もまた同様のことと受け止めるべきである。
有権者こそ最高の責任者
基本的に論じなければならないのは、政治家の資質の上下は、挙げて有権者たる国民の資質に帰せねばならぬことである。
六十年前の敗戦以来、民主政治の在り方が、事有る毎に論ぜられながら、「教育的立場での論談」が余りにも少なく思う。
一億総評論家らしく、官僚や政治家に対する批判と、非難は連日の如く繰り返される。国民はそのような批判中心の論評には飽きている。
民主政治が主権在民を自負するならば、非難の対象とされる、政治、行政の当事者の良、否は、畢竟「国民が選んだのだよ」「国民が一緒になって、反省しよう」と、評論家も学者も、なぜ国民に注意を求めないのか。国民に受けの良い発言に心を砕くのは、評論ではない。
主権者の良、不良が、政治の良、不良となることは余りにも明白である。それなのに国民を責めたり、国民に反省を求めずして、高所の立場から、政治家と官僚を非難して、「鬱憤を晴らす言論」は真の言論ではなく、単なる愚痴ではないか。
国民のレベルの程度にしか、政治は上達しない。そして、政治家の程度にしか官僚は行政を司らない、如何に彼等が優秀を誇ったとしても。
マスメディアは第四権か
立法、司法、行政の三権の次に在る、第四権力といわれる、言論機関、マスメディアが、事実上は三権の上に立って、日本を左右していることに着目すべきである。
民主政治が大衆を土台とした選挙によって代表者を選ぶ。その選挙が、マスメディアの報道と出版によって、大きく左右させられている点は見逃すことが出来ない。
立候補者は、自分の持つ広報宣伝力、及び政党の持つ組織力と比べてみるに、遥かに大きく広い宣伝力と、信用力を維持しているのが、新聞、テレビ、そしてインターネット等であると信じている。
そしてマスメディアは、公平な立場で報道していると、国民から信用されている。
従って、四月初旬に行われていた、東京都をはじめとする知事選挙には、何れの候補者も、自らも信念に近い政党の支持を求めながら、いざ告示となれば、政党よりも、マスメディアによる宣伝に期待して、「無所属候補」と名乗る姿は、政党政治の宣伝力よりも、マスメディアの影響力の大きさに阿っているのではなかろうか。
言論、出版、報道の自由は、民主政治にとっては当然であるが、このマスメディアが或る特定の野心家や、陰の権力者の影響力が及んでいたらどうするか。その心配は絶無と言えようか。自由は当然であっても、すべてのメディアが民主的で正直だと安心出来るのか。
とりわけ日本国の周辺は、独裁権力者による国家に取り囲まれている。
外交は、血を見ない戦争だと識者は警告している。外交に最も多くの影響を受け易いのがマスメディアであることは、否定できない。
外交を一手に取り仕切る外務省と、マスメディアは、共に他国の宣伝工作のターゲットとされ易いということも無視出来ない。
日本外交が、国力、武力を背景とした周辺国と、対等に交渉できる、公平な世界と信じて良いのか。今日までのアジア外交、特に共産主義政権の「目的の為には手段を選ばない」国に囲まれている姿は、鎧、冑を着た武装集団の前に素手で立たされているに等しい。日本の政治と官僚行政の危うさに、政治家も国民もこの冷徹な事実に眼を背けるべきではない。
平成十九年四月下旬
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
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◎レギュラー執筆者
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて 108
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我が国が“信頼”していた蒋介石について、「マオ」はこう書いている。
「蒋介石は毛沢東より六年早く一八八七年に中国東岸の淅江省で生まれた。のちに『総統』と呼ばれた蒋介石は職業軍人で、公の場では感情を顔に出さず、むしろ無愛想で生真面目な印象を与えた。蒋介石は日本の陸軍士官学校を卒業し、一九二三年に国民党の軍参謀長として使節団を率いてソ連を訪問した。当時、ソ連は蒋介石を『国民党左派』で『我々に非常に近い』と見ていた。が、三ヶ月にわたる訪ソは、蒋介石を根っからの反ソに変えた。中でも大きな問題は階級闘争で、蒋介石は中国社会を階級に分けて互いに闘争させるべきだとするモスクワの主張に強い反感を抱いた。しかし、中国に戻った蒋介石は、公式の場ではそうした本音をおくびにも出さなかった。それどころか、ボロディンには『我々に対して非常に友好的であり、熱意に溢れている』という印象を与えた。蒋介石が本心を秘した理由はただ一つ、国民党が中国統一という目標を達成するためにはソ連の軍事援助が不可欠だったからである」
蒋介石がソ連の実体を見抜き、共産主義と「決別の意」を抱いていたことは、「蒋介石秘録」から引用して既に記述した。
ところでここにもあるように彼は日本に留学していた「知日派」であった。「蒋介石秘録・2」に彼自身が書いているので引用しよう。
彼は清朝下の「保定軍学校」の学生だったが、ここでも日本人教官が指導していて、当時の日中(清)関係は極めて緊密だった様子が見て取れる。
「一九〇七年(明治四〇年)冬、陸軍部は保定軍校の学生の中から留日陸軍学生を選抜し、派遣することにすると発表した。しかし受験資格は、同校日文班(日本語班)で日本語を勉強するものに限るとし、その他の学生には門戸を閉ざしていた。
千載一遇の機会だったが、日文班に所属していないために、受験資格が無かった。そこで総弁の趙理泰に“直訴状”を出した。『前年、日本で日本語を学んだ経験があるので日文班には入らなかったが、特例として留学生試験の受験を認めて欲しい』という内容だった」
こうして彼は合格して日本に留学するのだが、日本留学時代に、その後上海市長、四川省主席などを歴任し、1947年に行政院長として国共和平交渉に携わり、台湾では総統府秘書長を歴任することになる“張群”と親友になる。張群は保定軍校から日本に留学し、振武学校の学生生活、新潟県高田の陸軍野砲兵時代、辛亥革命への参加と、青春時代を蒋介石と起居をともにし、中華民国成立後も蒋介石の“右腕”として活躍した人物である。
彼らが日本で入学した「振武学校」とは、1903年(明治36年)に、日本側が東京・牛込区河田町にあった元士官学校臨時校舎を清国に提供し、清廷が設立したいわば「陸軍予備学校」とでもいうべきもので、激増する軍事留学生に便宜を図ることを目的としていた。しかし本音は清朝当局側による留学生の管理・取締りを容易にする目的があったともいわれている。当時は義和団事件などで国内が混乱しており、留学生間に革命運動が広がりだしていたからである。
振武学校は、今は東京女子医大になっているが、日本側の資料によると、当時ここでは、福島安正を清国陸軍学生管理委員長に、学生監は中佐・木村宣明、舎監に野村岩蔵(武昌の武備学堂教習)らを当てた。このほか、陸軍士官学校、陸軍幼年学校から兼任教官が多数出向していた。同校の出身者には、蒋介石、張群のほか、閻錫山(のち国防部長、行政院長)、蒋作賓(初代駐日大使)、孫伝芳(北方軍閥の一人、蒋介石の国民革命軍と敵対)などがいた、とある。当時の日中間がいかに密接であったかが推察できるが、それが災い?してか、逆にシナ大陸での動きを正確につかむことが出来なかったようにも見受けられる。
「蒋介石秘録」には、「振武学校が設立された原因として、いわゆる『呉・孫事件』(一九〇二年六月)と、『拒俄(抗ロシア)義勇隊事件』(一九〇三年四月)という、留学生問題に関する二つの事件があげられる。日本政府が留学生の依託制度を設け、受け入れ態勢を整えたのは一八九八年のことである。当時、軍事留学生に最も人気のあったのは、成城学校(市立中学)であった。成城学校は軍事訓練を重視することで定評があり、卒業生で陸軍を目指すものは全てフリーパスといわれ、士官候補生への登竜門と目されていた。ここに入学するためには、清廷当局の身分保障を必要とした」とある。
このとき蒋介石とともに日本へ渡った選抜学生は60人くらいで、「日本語が流暢に話せるものは、保定から直接日本へ行った。我々(蒋介石を含む)は、日本文を読むことは出来ても、話すことが上手ではなかったので、いったん東北(満州)の陸軍部に集められ、大連から神戸までは船、そこから汽車で東京へ」向かっている。
蒋介石はこうして「振武学校」に入るのだが、彼はその第11期生、そこで約3年間の訓練を受けたのち、卒業後は士官候補生として、日本国内の各連隊に配属されるのである。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
松岡洋右のジュネーヴ (4)支那の存在は日本の力-2
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わが忍耐政策と勧告の努力は、却って、支那国民の誤解を受けたのであった。
我々のこの態度が支那には柔弱に見え、そのための彼らの跋扈はもはや我慢の限界となったのである。7,8年前にソ連から軍隊と軍人と資金の援助を得て創立され、現在なお「革命的」精神なるものを絶えず鼓吹されている政府は、支那全土における日本の通商上の権益を阻害するだけでなく、さらに満州に我々をその領土—この領土は28年前に日露戦役の結果,清朝に還付したもの—から駆逐する口実の下、軍隊を出動せしめたのである。その満州における我が権益が侵犯され、しかもあるときは日本臣民である個人すらも襲撃されたと言うことは、記録によって明らかな事実である。故に我々が自衛にでたのは正当に是認されるべきことである。1927年に英国政府が、上海に陸戦隊と軍艦を派遣したとき、上海は動乱の兆に脅かされていた。従って英国政府は連盟に報告する態度をとったのである。我が政府は、満州に関する限り、かかる態度を採らなかった。なぜなら1931年9月18日の事件を予期できなかったのである。我が政府はこの事件が勃発するまで、その危険についてなにも知らなかったのである。
しかしそれについて知ると同時に連盟に報告した。最後の瞬間まで我々の努力、満州における相互の諒解と感情をよりよく導かんが為の努力、が成功を以って報いられるだろうという希望を捨てなかったのである。しかしながらあまりに多くの事実がその希望に背反していたのである。支那の軍隊は錦州まで出動し、張学良の残兵をまじえた匪賊は、各地に集結したのである。
その後1931年10月、日本は論争を平和的解決に導く意図で、支那と直接交渉を開始すべく提議した。それにも拘わらず連盟は,なぜか援助を怠って省みず、支那は、連盟のかかる態度に力を借りて、我が提議に聾耳を装い、遂に今日の錯綜せる困難な事態まで立ち入らしたのである。と同時にボイコットーそれは事件以前よりも支那に行なわれていたものであるがーはいよいよ激烈となり、一方には日本の悪感情を激発し、他方には支那の民衆心理を煽り立てる原因となったのである。
支那の主張するボイコットの合法化の許容は重大な事態の誘致
支那代表の言明が、支那各地で新たなボイコットの勃発を誘致している。かかるボイコットは、国際平和と協力の促進に対する一大障害である。連盟の主要任務が、国家間の軋轢の諸原因を除去するものである以上、このボイコット問題は、連盟にて,十分かつ慎重な審議に値する。しかるに、欧州ならびにアメリカにおいて、「世界世論」の名の下に、日本に対して盛んに気勢をあげしめた、支那の宣伝商売はまさに支那同胞諸君の特に巧みとせられるところである。かかる西洋諸国においての猛運動の成功は極東に不幸をもたらした。支那の指導者に日本に対する非妥協的な態度をとらしめたのである。支那との通商において、日本はいやしくも一国家として通商しているのも拘わらず、常に脅威におびやかされている。それは9月18日の事件に先立って、存在していたばかりではなく、国民党の活動並びに南京政府の役人たちによって、拡大強化されていたのである。報告書は「1927年南京に中央政府が設立された。同政府が国民党により指導され、事実それは国民党の重要機関にすぎないものである。」
我々は満州における我々の既得権益条約を阻止せんと策動する、このような党、政府に対して自らを擁護してきたのである。そして平和の維持促進の目的の下に行動してきたのである。
しからば何故に日本政府が連盟の保護を求めなかったのか?
連盟の現在の機構と規模から迅速な効果的保護を期待できなかったのである。まず、目前の危機を処理せねばならず、その権威が満州に及ばぬ国家と交渉せねばならず、国際条約並びに國際慣例の一方的廃棄政策をとっている政府と交渉せねばならなかったからである。かかる極めて例外的な事態において、果たして連盟から保護を期待することが可能であっただろうか?もし連盟が日本に対して、十分保護を与えることができたのだと主張されるなら、1927年に、英国が、米仏日の三カ国とともに上海に軍隊をだしたとき、連盟理事会はひとつの反対投票もなくこれに同意を与えたのであるか?
支那政府も抗議しなかった、ここにおられる当時北京政府の国務総理だった維博士は当時英国軍その他の軍隊の上海の駐留を歓迎した。これによって北上する国民革命軍を阻止できたからである。さらに同一理由で北京政府は1927年及び1928年の日本軍の済南派遣に際して、自らの敗北を救うのに役に立つと考え、なんら連盟の注意を喚起しなかった。維博士は過日、日本軍の済南派遣は常勝的国民軍の北上を妨害し、支那の統一を阻止する目的のために行なわれたと非難したが、この日本軍の派遣が在留民の生命財産の現地保護であることを最もよく承知されているはずなのに!さらに日本軍が張作霖を援助、それは維博士の地位も擁護できたのにしなかった。これを張作霖は激怒したのも承知のはずである。にも拘わらずしなかったのは、日本の伝統的な政策に従って、支那の内乱に干渉することを差し控えたのであった。
チェンバレン英外相が上海に軍隊を派遣したとき連盟に書簡をだしたが、それにボイコット問題も触れている。
「広東における国民党の急進分子は、特に英国人を目標として、執拗な暴行とボイコットを加えている。実に英国に対する敵意は、国民党の団結を促進し、その攻撃的精神を強化する目的をもって,これらの分子ならびにその顧問によって、故意に根強く涵養された。」「ワシントン会議その他幾多の機会において示された英国政府の、極めて友好的なかつ同情的態度は、軽侮によって一蹴されたのである。」
ワシントン会議で支那に関する諸条約で,支那に対する譲歩で最大のものは日本のなしたる譲歩であることを疑問視するものがあるであろうか!
日本が支那になした譲歩は、他のすべての国のそれを合わせたよりも,尚大きかったのである。
チェンバレン外相は五年前,英国と支那の間の難関を、連盟が処理する件に関して次のように述べている。「現在支那における困難な解決にあたり、連盟の援助を求めうべき、なんらの道も見出されないらしいことは、英政府の最も遺憾とするところである。」全く日本も同感である。それどころか上海より満州の場合はさらに顕著な違いがある。上海の場合英国はわざわざ軍隊を派遣したのである。日本は南満州鉄道沿線における、日本の権益を保護する条約上の権利に基いて、その軍隊を現地に駐屯せしめていたのである。
排他的宣伝を集注し、支那における権益や在留民を脅かして、外国政府に敵対することは、国民党政府の常套手段であった。
蒋介石が、軍隊を率いて上海に到着したときには、同市がすでに彼の軍隊の手に負えないことを発見したのである。鉄条網の背後に英国、フランス、その他の各国軍の12分な防御網によって、固められていた。その防御網を観察した支那軍の司令官は、もし攻撃したら彼の軍隊に何が惹起されるか明らかであった。そしてたちどころに英国軍を和睦を結んだのである。その時以来、彼の敵対行為は、敏捷かつ狡猾な手段によって、憎悪、不信任の拡大強化をはかりつつも、日本に向けて集注されたのである。我々の主張する支那の向上進歩とは、法律並びに条約を維持尊重し、外国関係の安定を保たしむることである。この方面に支那を援助することが連盟の焦眉の義務である。(続く)
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎
いつから日本は、こんなに汚くなったのか
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いつから日本はこんなに汚くなったのか。
戦前の東京を知る人は、職人たちが多く住んでいた長屋を知っている。それは、それはみんなお金がなかったらしい。月末だの年末だのに家賃や薬代やその他の付けを支払うのだが「宵越しの金は持たねえ」などとかっこうをつけて、使ってしまうため、かみさんから「釜の蓋、あきゃあしないじゃないか」なんて叱られる。しかし、だから長屋が今の日本の一般的な風景のように汚らしかったか、といえば、ぜんぜん違う。
しかも貧乏でも、みな別に気にしないのである。内田百!)や志ん生の貧乏話は、有名である。
もちろん昭和の恐慌での農村の貧困は、また違う話であるが、それにしても、今のように、これだけ豊かな国で、金はありながらも、多くの人が一種の飢餓感覚に悩まされるのは、異常である。
今は、お金がないということは、何か底知れない恐ろしい感覚を誘発する。そして、毎週、金曜になると電車が止まる。年間3万人の人間が自殺するが、その多くは、お金が原因だろう。
風景という点で言えば、毎週、八王子まで車で行かなければならないが、その途中の道筋に立ち並ぶ看板はソープとキャバクラとデリバリーヘルスと金貸しのそればかりであり、しかも、大きい。nymphomaniaの国、そのものである。
江戸の絵図でも、かつての京都の絵でもいいが、今までの日本の、どこにこんなに汚らしい風景があったろうか。
美意識というのは、モラルと密接に関連している。調和と均衡に美を見出すのは、どの文化も、その表出の仕方は違うが、同じである。それは秩序感覚に通じている。秩序感覚は、人間関係をも統制する。したがって、人間関係を統制するモラルと、美意識は通じ合うのである。
旧い文化、成熟した文化ほど、人間関係を統制する礼儀作法は、細かな秩序感覚に満たされている。そうした共同的な内部空間にいると、人間は安心する。なぜなら、そうした秩序が、内面の心にも浸透し、同時にまた、そうしたマナーを守っていれば、外側のことはそれにまかせて、いちいち、その場でどうふるまうべきか、という外面を気にしないですむからである。したがって、また旧い文化、成熟した文化に住んでいる人々は、美意識も発達している。それは経済的な、たとえば資産の大小とはほとんど関係がない。パリの屋根の下の小さなアパルトマンの部屋も、田園のシャトーも、美意識に満たされている、という点では同じである。長屋も、お城も、同じような感覚で満たされているのである。
六本木ヒルズというのを見ていると、チャイナそのものである。そこへ伊勢から大きな注連縄を持ってきて、ヒルズの住民会長が「旧い文化と新しい文化の融合」と言っている。ただ背の高い、アメリカのSF映画にでてくるような醜悪きわまる建物を「文化」だというのだから、恐れ入る。
長屋に住んでいる人はお城に住んでいる人を嫉妬せず、お城に住んでいる人は長屋に住んでいる人を軽蔑しない。したがって、そうした世界の笑いは、洗練されていて、今のTVのように、なにかといえばサルのように手を打って笑っている人たちの芸とはぜんぜん、違う。
今、私が住んでいる家の近くは「開発」が進行している。ある日、突然、ブルドーザーか何かが来て、木を全部、切り倒し、あとには草一本残さない。こういうことを昔の日本人、少なくとも戦前の日本人がした、とは考えられない。そして、その後に建つのは、美意識のかけらもないような「マンション」だとか、色彩感覚のまったく欠如した「家」である。そのすごさは、なんともたとえようがない。ひょっとして私は、地獄に住んでいるのかもしれない、そう思わされる(「おや、知らなかったのかい」と誰かに言われそうだが)。
今の日本は、かつての、少なくとも戦前の日本ではない。どこか違った、別の国である。精神的に荒廃してしまい、その美意識と共同体の秩序感覚は混乱し、ずたずたになり、道徳的には、最低のレベルに堕ちた国である。道徳教育、というが、だれが教えるのか。滑稽の極みである。道徳とは、なんですか、と聞かれて、すぐさま答えられる人が何人いるのか。あるいは自分でそれを体現している人が、どのくらいいるのか。
こうなったのは、もちろん、誰か別の人の責任ではない。私たちの責任である。特に団塊の世代以上、そして戦争直後にはまだ成人していなかった世代以後の責任である。これらの世代が、今の悪夢のような日本を作り出した。どうして、こうなったのかも、これからどうすればよいのかも、学者や評論家はいろんなことを言うかもしれないが、私などには皆目わからない。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.西山弘道
本当に実現?天下り根絶
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エリート官僚の製造機、東大で今、異変が起きているという。特に経済学部で霞ヶ関を就職希望する学生がいなくなっているというのだ。経済産業省などは志望ゼロらしい。彼らの間で今人気なのは外資かファンドである。この傾向は、かのキャリア最強予備軍、法学部でも同様らしい。その原因はいうまでもなく、安倍内閣の今や金看板となった役人の天下り防止の新人材バンク構想である。
公務員制度改革は安倍内閣にとって、小泉前内閣の郵政改革、道路公団改革に匹敵する政策課題になっている。政府は今国会中に、天下り規制や、能力、実績主義を柱にした国家公務員法改正案を提出する構えだが、法案には公務員の再就職を一元管理する「国家公務員再就職支援センター」を来年4月に設置することを盛り込んでいる。支援センターは当初、これまで再就職を斡旋してきた各省庁の関与を排除するため、構成人員は内閣官房のみとする案だったが、「非現実的」という官僚や政治家の巻き返しにあい、各省庁の人事担当職員を1〜2名配置することにした。事実上の骨抜きで、これでは各省庁の関与が残ることになる。
「新バンク」となる「支援センター」構想は平成10年に政府の公務員制度調査会が提案、12年には総務省に現在の人材バンクが設置された。しかし、省庁による斡旋も残ったため、バンクは形骸化し、約7年間での再就職斡旋の実績はわずか1人(!)という有様だ
公務員改革を首相から任された渡辺喜美行革担当相は、各省庁の「押し付け型」再就職斡旋を防ぐため、役所から全く独立した新人材バンクを構想したが、あまりにも根回し不足だったため、青木参議院会長や、片山虎之助参議院幹事長ら公務員制度に通暁するベテラン政治家から「非現実的」と反撃され、撤回を余儀なくされた。渡辺氏は父親譲りの豪腕手法で乗り切りを図ったが、周囲の渡辺氏を見る目は冷ややかで浮き上がってしまった。元々、渡辺氏は塩崎現官房長官や石原伸晃幹事長代理ら金融危機の時、「政策新人類」と呼ばれたグループと親しく、政策には強いが、国対、つまり他党との折衝・根回しに汗をかくことは苦手のタイプの政治家だった。そのため無派閥を通し、一匹狼的なところもあったが、安倍首相の抜擢に張り切りすぎたのだろう、青木氏など党内の“抵抗勢力”の存在を軽く見過ぎた。
“安倍改革”の目玉として政府は、公務員制度改革を俎上に載せる。今国会に提出された天下り規制の国家公務員法改正案はその第1弾で、第2弾として定年制延長、労働基本権の付与など公務員の人事システム全般の改革を考慮した法案を準備するという。小泉前内閣でぶっ壊された“自民党”に続き、安倍内閣では“霞ヶ関”そのものをぶっ壊そうとするようだが、その意気は買うが、自民党以上にその“岩盤”は固い。明治の官僚国家以来、100年以上続いてきた人事制度を改革しようというのだから、その“抵抗勢力”もオール霞ヶ関、永田町を超えた手ごわいものになるだろう。安倍政権の公務員たたきは、自治労など労組の支援を受けている民主党たたきという見方もあるが、そんな矮小な政治手法以上の覚悟が必要だ。
公務員上級試験を受けて、各省庁に配属されるキャリア官僚は年間計400人。その400人のうち50歳代までに9割が淘汰され、事務次官など官僚のトップに座れるのは1割の40人位だ。残りの9割は肩たたきを受け、人事課の斡旋で特殊法人や独立行政法人などに天下る。法人から今度は民間に天下って、3〜4つの“渡り”を経てそれぞれの法人、企業から高額な退職金をもらう。これが明治以来、100年間以上続いてきたエリート官僚の人生行路だった。
今回、政府は各省庁の“押し付け型”天下り斡旋を禁止するというが、押し付けられる民間企業も押し付けの見返りとして当該官庁の情報を入手できるからこそ天下りを率先して受け入れてきたのだ。それがバックも何もなく、ただ役人出身というだけで能力もない、威張るだけの50代の男をどこの民間が雇うか。
官僚の人事改革は必要である。露骨な天下りも撤廃せねばならない。しかし、キャリアの魅力がなくなると、優秀な人材が霞ヶ関に集まらず、外資やファンドに逃げてしまう今の“東大異変”はなんとかしなければならない。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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◎映画評 フランス映画「約束の旅路」原題「Va,vis et deviens」☆☆☆☆☆ 奥山篤信評
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イスラエルには「Law of Return 」といって、両親や祖父母がユダヤ人であるものは優先的に市民権を与えるという政策がある。「Falasha」(放浪者、流浪者という蔑称)と呼ばれるエチオピアに起源を発するとされるユダヤ教徒で、数千年に亘ってエチオピアやスーダン等のアフリカ社会で生き続けた人々がいる。彼ら自身はソロモン王を訪れたシバの女王の末裔と考えているが外見はアフリカ人である。モサドとCIAなどが絡んだイスラエルとアメリカの共同作戦「オペレーション・モーゼ」が立案され、輸送機でイスラエルに運び、市民権を与えるというもので、84〜85年の間に8000人の輸送に成功した。
映画はこの作戦により10歳でイスラエルの市民権を得、養父母に育てられたあるエチオピア人ショロモの幼年期、少年期、青年期を中心に描くことにより、「オペレーション・モーゼ」という政策に翻弄されながらも強く生きる人々の物語である。監督のラデュ・ミヘイレアニュはルーマニア生まれのユダヤ人であり、1980年にチャウシェスク政権から逃れフランスに移った。この「オペレーション・モーゼ」に大変興味を持ちこの映画を作ったものである。
フランス映画といっても、まさにユダヤ人によって綴られた丁寧に木目の細やかに描いた秀作であり、国家とは何か、ユダヤとは何か、民族とは何か、家族とは何か、肉親の愛とは何かを真剣に考える機会を与えてくれる。ユダヤ人としてイスラエルにおける宗教問題、差別の問題など、おそらくパレスチナ問題への自戒含め、自らへの問いかけと真摯な姿勢が観るものに体中が震えるような感動を齎してくれる。
この主人公シャロモは絶望の中ですら、家族の愛に恵まれ難民キャンプに暮らす中、その母親が我が子シャロモの将来を考え、希望に満ちた地イスラエルへと子供だけを送ろうと、母親と別れることを嫌がるシャロモを無理やり、たまたま子供を失ったユダヤ人の母親の善意に委ねる。そしてシャロモはユダヤ人と偽って、無事エルサレムでの真正ユダヤ人口頭試問を良心からの忸怩たる思いに逆らいながら乗り切る。原題の「Va,vis et deviens」の意味は「行きなさい、見なさい。そしてなりきりなさい。」との主人公の母親の愛に満ちた別れの言葉として解釈すればよい。
そしてシャロモは二人の子供を持つフランス系ユダヤ人家族に養子として預けられ、慈愛に満ちた養母に分け隔てなく愛され育てられる。
母と生き別れ、新しい養父母の下に入った主人公は当初はなつかず反発し食事まで拒否する中で、母を思い難民キャンプへと手紙を代筆してくれるアフリカ系ユダヤ人の長老を訪ねる。そして手紙を書いた満足感に浸り戻ってきた主人公はその夜は素直な気持ちで食事を食べだすのである。養母がその慈愛の気持ちが遂に通じたと思わず神に感謝する姿、そして義兄弟のあどけない喜びの顔、この食卓のカットは、この映画の真髄を物語る感動あふれるシーンであり、涙を禁じえない。
やがて成長して白人至上主義のユダヤのラビの娘と恋に陥るが、娘の父親よりの人種差別により切り裂かれる。しかし、なおも娘はシャロモへの変わらぬ愛を持ち続ける。
暴力を否定する心情から兵役を逃れるためにフランスに医学留学し卒業し戻ってくるシャロモを、家族の反対にかかわらず娘は待っていた。そして二人は結婚した。新婦に自分がユダヤ人ではないことが言えないシャロモの逡巡。妻が妊娠したと夫に喜び伝えるとき、夫は始めて、出自を告白する。動転し半狂乱に陥った妻。悲劇の破局かと思われた事態に養母が妻を説得にでかける。「あなたを失うことが恐ろしくて言えなかったのよ。これこそが愛ではないの?」二人の女の心の通じ合い。そして夫の所に戻った妻は、ひとつだけ約束してと、夫の手を握り締めるのである。その約束とは?
スーダンの難民キャンプで自らの嘘を贖うかのように人道医師として働くシャロモの携帯電話がなった。赤ん坊がパパと話せるようになったと伝える妻。その喜びにふと目を上げたとき、神はその視線を探し続けた生き別れの実母の視線と交錯させるのである。なんという神の導きか、赤ん坊と実母、その家族愛、崇高な人間愛を、神の救いをこの映画はラストシーンで高々と謳いあげるのである。
ユダヤ人は女系である。母親がユダヤ人であることがユダヤ人の条件である。この映画も実母、シャロモを連れてイスラエルに行く女性、養母、妻の四人の力強い女性の太く逞しい優しさと包容力が熱く画面から伝わる。その余韻に感動する中で、女性の素晴らしさと人間愛を讃えるかのような旋律のアルマンド・アマールのサントラの流れるなか、長い長いエンドロール、でも席を立ち上がる観客は殆ど居ない。
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◎映画評 アメリカ映画「ブラッド・ダイヤモンド」原題「blood diamond」 ☆☆☆☆ 奥山篤信評
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「ラストサムライ」のエドワード・ズウィック監督の映画であり、主役のディカプリオが、本年度アカデミー賞主演男優賞に3度目のノミネートを果たした映画である。
「ブラッド・ダイヤモンド」とは紛争地ダイヤモンドとも呼ばれる。戦争で疲弊している地域、とくに中央および西部アフリカでの紛争の武器購入の資金源とするために違法に取引されているダイヤモンドを指す。因みに国際連合(UN)では、「…正当かつ国際的に認知されている政府に反する勢力・党派が支配する地域を原産地とし、上記の政府に反対する、あるいは安全保障理事会の決定に違反する、軍事行動の資金源として利用されているダイヤモンド」と紛争地ダイヤモンドを定義している。
この映画の舞台であるシエラレオネは1991年から2002年にかけて、10年間の非人道的な内戦にあり、その期間は革命統一戦線(RUF)が拉致した少年兵を使って残虐行為(毛沢東の紅衛兵やポルポトの少年兵を彷彿させる。少年ほど残忍な魔性の潜在性を持ち、教育によって親さえも裏切り殺害するほど残虐になれることをこの映画でも描いている。)を行い、国民を怯えさせ、ダイヤモンド鉱山を支配した。この間、数万人の人々が住む家を失い、数え切れないほどの人が殺され、手足を切断されたりして、50万人のシエラレオネの人々が国外退去を余儀なくされたもので、この西アフリカのメンデ人ソロモンの家族の離散とその悲劇の背景はここにある。このソロモンが非人道的な採掘場である日莫大な価値のあるピンクダイヤモンドを発見し隠したことから、このダイヤを巡っての壮絶なドラマが切り落とされる。
富裕有閑階級の貴婦人、女性の虚飾のためのダイヤモンドは、他の紛争の基となる主要資源の石油やレアーメタルなど工業原料とは違い、その奢侈品需要が回りまわって産地国の残虐行為を生むというパラドックスがある。この映画の中心に添えた、三人の人物は現地人、それに傭兵上がりのダイヤモンド運び屋、それと紛争ダイヤの真実を求めて危険地域に飛び込んだ女性ジャーナリストが繰り広げる冒険を、見事に大型娯楽映画として仕上げている。二時間半の間全く退屈しない筋書きであり、音響効果、撮影効果など度肝を抜く迫力である。あの007のショーン・コネリーの娘であるジェニファー・コネリーが濃い睫に青い透き通った目の比類のない個性的で知的なマスクで、善良でおせっかいな冒険好きな典型的アメリカ人ジャーナリストを演じている。ロケ地として実際のアフリカを選んでいるだけあって、リアリティに富んでおり、フィナーレの瀕死の重傷のレオナルド・ディカプリオが、ロンドンにいるジェニファー・コネリーに最後の別れの携帯電話するシーンははかなく美しい恋の圧巻ともいえる場面で感動的である。
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◎映画寸評 フランス映画「情痴 アヴァンチュール」原題「Une Aventure」☆ 奥山篤信
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フランス映画でくたびれる映画の代表ともいえる意味不明瞭、病的な恋愛感情などカメラアングルに格好をつけるだけでフランス映画風という監督の自己満足だけの映画。なるほどこのザヴィエル・ジャノリ監督はこれまた生理的不快感を催す画像が得意(一作だけ例外的逸品の『8人の女たち』を除いて)フランソワ・オゾン監督の弟子というから頷ける。
恋人と同棲している夜勤のビデオ技術者ジュリアンは、ある夜、街を彷徨するガブリエルに出くわす。そのガブリエルとの出逢いは、彼を盲目の破滅的アヴァンチュールへと導いていく。その美しき夢遊病者ガブリエルを今フランス若手女優で大人気のリュディヴィーヌ・サニエが演じる。彼女の病理に魅せられていく不毛の愛とは、無償の愛とは…。
アメリカ映画特有の善悪二元論や勧善懲悪とは異なる、フランス特有の物事を善悪に分けずに人間の感情や感性を中心にする生き方の賛歌である。
とてもじゃないが、この病的な感覚にはさすがフランス文化に馴染んでいる僕でもついていけない映画である。
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◎図書室「イタリア・マフィア」シルヴィオ・ピエルサンティ (著), 朝田 今日子 (翻訳) (ちくま新書) 奥山篤信評
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映画でお馴染みのマフィア、どちらかというとマフィアの男の仁義を美しく描いているものが多い。この本はマフィアは社会の害毒であり、冷酷、凶暴、残忍であってロマンなど皆無であるという社会正義の観点からのノンフィクションといえる。現在のマフィア構成員は約5000人以上といわれ、精巧な武器を身につけ武装した殺し屋たちは世界のどこでもだれでも殺せるといわれている。歴史的にこれほど武装した非合法の犯罪組織は他に類が無い。まさに「これだけあつかましく明らかに存在する非合法な組織もない。」
この本はマフィアの組織に入る厳しい肉体的道徳的条件とその入会の儀式の模様などから、フランク・シナトラなどランクから言えばパレルモでは小僧扱いのエピソード、イタリア政界の中心に50年も君臨したアンドレオッティ元首相やベルスコニーニ前首相とマフィアとの関係、法王庁とマフィアの金融スキャンダルなど興味が尽きない内容である。
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編集長・市村直幸
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