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甦れ美しい日本 第083号
発行日: 2006/9/11□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年9月11日 NO.083号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者
塚本三郎 日露戦争を旅して
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて78
2.奥山篤信 アメリカ大自然とレッドマンの心
3.松永太郎 ニュースとはなにか
4.西山弘道 再び映画『ユナイテッド93』を観て
5.奥山篤信 これで防衛大学校長の資格があるのですか?
◎図書室 首領様の戦士 金大中の正体 趙甲済著 洋泉社 奥山篤信評
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塚本三郎
日露戦争を旅して
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現在の日本は、中国から外交上の圧力を受け、また朝鮮半島(南北共)からも、中国の
隷属下に在るかの如く、反日の発言を繰り返している。米国と覇権を争って失敗したソ連
も、ロシアと改名し、近々エネルギーの高騰によって、経済的に息を吹き返し、昔の如き
覇権を求めるが如く、中国と呼応して、外交的に我々自由世界と対峙している。
その権力者は、条約や協定を弊履の如く無視して恥じない、権力亡者集団とみる。
日本の状況は、丁度百余年前、脅威に立たされた「明治の日本」と似ている。
歴史は繰り返すと言うが、当時の指導者の苦労と決意を学ばんと、戦跡を訪ねた。
当時、全アジアは、欧米の植民地へと次々と蹂躙され、日本とタイのみが唯一の独立国
家としての姿を保っていた。日本は開国し、ひたすら国力を高め不平等条約を受け容れ
つつ、対等の平等条約改正へと漕ぎつけ、遂に日清戦争に勝利し、日露戦争を戦って勝
った。史上初の有色人種日本が、白人のロシアに勝ち、アジア人の自覚と、人種平等を
示した。
日露戦争の原因は三国干渉から
明治二十七年(一八九四)の「日清戦争」は強引な清国の強圧に耐えられず、日本は戦
端を開いた。戦争は世界の予想外の日本の一方的な勝利となった。眠れる獅子は、ついに
目を覚まさず、清の無力ぶりをみた列強は、瀕死の巨獣に群がる、貪欲な野獣の如く、中
国大陸の分捕り合戦の修羅場と化した。
その牙はまず、ロシア・ドイツ・フランスの三国による日本への干渉であった。
明治二十八年四月、下関条約(講和条約)で日本と清国は遼東半島、台湾、膨湖諸島を
日本に割譲することを約した。その六日後、右三国が下関条約に介入し「大陸の一部であ
る遼東半島を日本が領有することは、極東の平和の障害になる」と、日本に遼東半島の領
有権を放棄せよと迫った。日本としては当時、ロシアと一戦を交える軍事力はない。かく
して二十八年五月五日、遼東半島の領有権の放棄を通告せざるを得なかった。三国干渉後、
欧州各国は清国の無政府状態をみて、本格的に清国の利権奪取競争に突入した。
明治三十一年(一八九八)ロシアは、清国から旅順・大連を租借し、長春・旅順間の鉄
道敷設権を獲得した。日本が戦勝で得た旅順・大連を、三国干渉して清に返させた所を、
ロシアが租借するという、日本を無視した暴挙である。それでも日本は無力で沈黙を余儀
なくさせられた。そして、満州はロシア、山東省はドイツ、揚子江沿岸一帯はイギリス、
広東・広西・雲南の三省はフランスに蚕食され、清国は大混乱に陥った。
清国は国家存亡の危機に陥り、各地で国民の暴動が頻発した。その中でも「義和団の運
動」即ち(清朝を助け西洋を滅ぼせ)は全国に広がり、最初はキリスト教に矛先を向けて
いたが、やがて排外的民族主義暴動に変容した。列強の過酷な重圧に泣いていた清朝は、
この暴動の拡大を鎮圧せず、逆に暴動を利用して、各国の公使館を包囲するに至った。
義和団事件は一転して清国の正規軍と、八カ国(日・英・米・仏・伊・独・露・墺)連
合との戦争となった。しかし、日本とロシア以外の各国は、本国から遠くて援軍が間に合
わず、日本とロシアに援軍を依頼した。ロシアは、軍を出しながら満州を占領するのみで、
北京に在る各国の公使館を助けない。日本は三国干渉の悪夢が在ったから、大陸への援軍
出動要請を三度拒否したが、八カ国の強い要請で止むなく出兵し、僅かな各国連合軍と協
力して、清軍の大敵を降服せしめた。明治三十四年(一九〇一)のことで北清事変と言う。
ロシアはその間満州を一挙に占領し、さらに朝鮮へと南下して来るのは必至とみられた。
明治三十三年、ロシア軍艦が朝鮮半島南端の馬山浦に来航、兵を上陸させ、その沖合の巨
済島の租借をも要求した。
日本は朝鮮半島を、祖国防衛の生命線と認識し、ロシア南下の防波堤とすることを、国
防の主眼としていた。その直後にロシアは義和団事件を口実に、満州を占領して、義和団
事件が解決しても、満州から撤兵しないばかりか、明治三十六年、ロシアは朝鮮との国境
に軍隊を駐留させ、鴨緑江の朝鮮側河口を根拠地とし、鴨緑江沿岸で不穏の行動に出た。
日露戦争勃発
日露戦争の第一歩は黄海の海戦で、旅順艦隊(ロシア)に、日本の連合艦隊が圧勝した(明
治三十七年八月)。同年八月、乃木第三軍は、旅順要塞を三度総攻撃を行なったが、旅順要
塞を陥落出来なくて、死傷者を増すのみとなった。
思えば十年前の日清戦争では、旅順を一日で陥落せしめた乃木将軍であったから、彼に
任せれば、容易と判断した。しかし今回、余りにも調査不十分で相手を軽視していた。
要塞についての情報は皆無で、ロシアは三年間は絶対に陥ちない、永久の要塞と自負す
る要塞を築いていた。兵は地下道で繋がり、宿舎も地下にある。防壁の厚さは二米で、
日本軍の鉄砲弾はハネ返され、相手は機関銃の連射で、犠牲を重ねる白兵戦は戦闘にな
らない。砲弾を撃ち込んでも、土砂を吹き飛ばすだけ、日本は死骸の山を築くばかり、
地下に穴を掘って、敵陣の下まで掘り爆薬を仕掛けても効果なし。
旅順要塞攻略の主目的は、旅順港内に逃げ込んだロシアの旅順艦隊の撃破にある。港を
囲む高地はすべてロシアの要塞であるから、港内に日本艦隊が入れば全滅させられるだけ
だ。従って先ず要塞を落とすこと。しかもやがて世界最強のバルチック艦隊が、大西洋か
ら印度洋を巡って日本海に来て、旅順艦隊と合流すれば、東郷連合艦隊に勝ち目はないし
日本海の補給路は断たれる。従って旅順を陥落させ、港内の艦隊を沈める必要があった。
旅順攻撃に三度失敗した乃木第三軍は、作戦を変更して、裏山から二〇三高地を攻めた。
ここもロシアが築いたこの要塞の防御は堅固であった。一度陥してもまた取り返される。
しかも、近くの山々がすべてロシアの要塞であるから、敵陣が撃って来る。
やむなく日本国内の港に備えた対艦砲と、太さ二八センチ、一個二〇〇キロ余の榴弾砲
を現地に運び込み、物凄い威力で二三〇〇発を連続発射し、敵の厚い障壁を打ち砕いて
突破口を造り、歩兵部隊は遂に二〇三高地に日章旗を打ち立てた。そして直ちに山頂に
着弾観測所を設け、二八センチ榴弾砲で、山頂から港内の敵艦を全部撃沈せしめた。
日本軍が勝ったのは、この榴弾砲の力だと解説者(現地人)は云う。ロシアは機関銃、
日本軍は三八式歩兵銃の単発では戦争にならない。まして強固な要塞に向かって、白兵戦
で山を血に染めるだけであった。山々は、はげ山で身を隠す木さえない。その時、二米の
コンクリートを打ち砕く榴弾砲を二〇〇〇発も連続で打ち込んだから、相手は驚き敗退し、
一山、二山と陥し、逆に山頂から見える港の艦を、同じ榴弾砲を撃ち込み、旅順艦隊を全
滅せしめた。ロシアが難攻不落と豪語した旅順の要塞も、五カ月余で、三十八年一月一日
には、敵将ステッセルは白旗を掲げて降服した。それが有名な(水師営の会見)である。
奉天大会戦(現瀋陽)
二月二十日、大山巌総司令官は、「奉天会戦で決着をつける。来るべき戦いは日露戦争の
関ヶ原なり、ここに全戦役の決勝を期す」と訓辞した。雪の中を、全満州から日本軍が奉
天へ集中して、乃木第三軍が旅順から到着したのをうけて、二十七日一斉に砲門を開いた。
ロシア軍三十二万、日本軍二十五万の死闘で、史上空前の大会戦であった。日本軍は持
てるすべての砲を撃ち尽くした結果、三月七日深夜、ロシア軍は総退却をはじめ、九日に
は異常気象の烈風が吹きまくり、逃げる敵を追うことも出来ぬ程の砂塵が戦場を覆い、そ
の上、日本軍は弾丸を撃ち尽くし、砲弾が尽きて追撃の機会を失った。しかし、十日には
勝敗は決し、日本軍死傷者七万、ロシア軍死傷者九万、捕虜二万で陸上戦に勝利した。
思えば、!)戦争には、情報戦が如何に必要であるか、日清戦争で乃木軍が一日で陥した
旅順要塞を五カ月も要した。敵の防御の堅固さを知らず、小兵力で対戦した。!)二米の
城壁に三八式歩兵銃と相手の機関銃とでは戦争にならない。その後、日本国の要塞を外
して持ち込んだ砲台と榴弾砲に、ロシア軍は驚き抗し得なかった。!)勝つ為にはすべて
を犠牲にした、乃木軍を中心とする、日本軍の鬼気迫る威力は、相手に恐怖の心を植え
付けた。
現地を旅して
ハルピン・長春・瀋陽(奉天)・大連・旅順を巡ってみて、旧満州は広い、日本の二倍の
広さ、そして、殆ど山が見えず大平原である。特急列車は行けども行けども、周囲は玉
蜀黍畑が見えるのみ。車内は、日本の敗戦直後そのままの混雑である。先を急いで、大
きな荷物を持ってひしめき合っているから、中々乗り込めない。順番も座席指定も無視、
網棚はびっしりの荷物。車掌が指定席券のない者を除けて、漸く席に着く。車内は大き
な声で話し合う騒音の渦。便所は特急列車でも垂れ流し。十八両の特急列車は一日二回
とのこと。
かつて旅して、上海の建築ブームに驚いたが、満州も各都市は建築ブームである。
あんなに建設して部屋を借りる人が居るのか、と日本の現地識者に聞いたら、「借り手の
有る無しではない、建設そのものが目的である。地上権と建築の利権そのものが目的だ」
と平然と応えていた。そうかもしれない、どの都市も、あらゆる名義の「銀行の看板」
が目立っている。彼等にやがて報いて来る、不良債権は大丈夫かと問いたい。
観光地と指定された名所や公園は、きれいに整備され掃除する人達が沢山いた。大通り
の広さも驚く程に整備されている。
大連は電力不足で工場は一日おきの休業、空港も駅舎も節電で暗く、本の字は読めない
ほど。ある社長は云う、電力料金は五月まで遡って二倍を請求されていると。
役人が勝手に税を取り立てる傾向があるから、軍備と公共施設のハコ物は、先進国を追
い越したと豪語できるのか。旅行業者は云う、最近、海外旅行がブームとなっている。い
やなことは、中国の金持ちのお客はすぐに威張る。日本人は不平があっても、お金持ちも
おとなしいが、中国人のお金持ちは、すぐに大声で怒鳴る。食べ物が良くないと物を投げ
る客がある。官僚や権力者が威圧する行儀の悪さが、人民にも共通しているのか。
二十数年前、私が会った中国の要人は、すべて謙虚であった。最近は国家の繁栄が、彼
等の外交姿勢を変えたのかもしれない。!)実る程頭の下がる稲穂かな!)は他人事か。
瀋陽(奉天)の総領事館員に奉天大会戦の跡はと問うても、一向に関心がなく、訪れた
こともないと云う。もちろん、現地は戦跡の跡は消されたままのようだ。
二〇三高地(爾霊山)の資料館には、当時の烈しい戦跡の記録写真があった。説明では、
日軍侵略の戦跡と英文で説明し、ロシア軍と戦ったのに、中国への侵略者とされている。
陸上戦は三月十日をもって、日本軍の大勝利に終わる。その後、バルチック艦隊が日本
海に来て、連合艦隊司令長官・東郷平八郎の指揮の下、日本の大勝利となり(五月二十
七日)日露戦争は(ポーツマス条約)九月五日調印で終結した。
九月上旬
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて78
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7月22日に沙面(広東)で起きた流血事件について、マクマリーメモにはこうあ
る。
「広東での事件は沙面の近くで発生した。この沙面は広州市に流れる珠江の砂洲で
あり、ここは一八五九年(第二次アヘン戦争によって)外国租界とされた地点であ
る。
一九二五年七月二十三日、約六万人にのぼる中国人デモ隊の一団が、本土を結ぶ
橋を渡ってこの租界に入ろうとしていた。この行進は注意深く構成され、その一部
には黄埔陸軍軍官学校の生徒も参加していた。英国は租界を守るための配備をして、
出来るだけ相手を挑発しないように心がけ、部隊の配置も、市街と租界とを隔てて
いる広東側の川岸から望見することが出来なかった。
外国人側からの証言によれば、最初の発砲は黄埔軍官学校生徒によってなされたと
されている。砲火は、英国側が応戦の停止命令を出すまで約十分程度続いた。犠牲
者の数は良く分からないが、一から百以上まで、さまざまな推定がある」
この状況は、12年後に盧溝橋で中国軍と日本軍間で発生した「発砲事件」に酷
似している。中国国内の「排外運動」と、それを政治に利用する、派閥のボスたち
の動きが良く理解できる。現在の中国政府は、このような人民の「過激な行動」を
制御しているように見えるが、先日の「半日デモ」でも証明されたように、いつそ
の矛先が「外国」に向けられるかは予断を許さない。
さて、ワシントン関税条約の諸規定を実施するために北京で行われていた「特別
関税会議(一九二五年当時)の中国人の気分は、ワシントン会議の精神に対してか
なり敵対的であった、とマクマリーは書いている。
「中国における全政党各派に実際に浸透していた感情は、中国の急進的な代弁者と
でもいうべき陳有仁(前出)の最も辛辣な発言に代表されていたとしてもあながち
間違いではないだろう。すなわち(彼の言葉を引けば)列強諸国が中国の門戸開放
と領土保全の原則を述べるのは、かっての偉大さで知られ、そしてふたたび新しい
力を意識し始めた中国人民を、かえって侮辱するものであると公言したのである。
関税会議は、中国の政治指導者たちがリードして討議が始まった。この指導者た
ち(例外的には高潔ではあるが無力な人もいる)は、拝金主義を抑えるほどの熱烈な
理想主義者でもなかったけれど、押しなべて自国の国際的な義務を極端に無視し、
激しい挑戦的な態度をとった(最も賄賂を峻拒するほどの熱烈な理想主義者は欠け
ていたが)。この人々にとってこの会議は、外国人とその権利に対する侮蔑の年を派
手に演出して見せて、自らの個人的な政治的運命を向上させる絶好の機会に過ぎな
かった」
そしてそれら中国代表にリードされた会議は、会議召集の根拠さえも無視され、
「調査委員会」設置問題さえ議題に取り上げられず、一方的に「関税自主権」を主
張したという。つまり、全く国際会議の呈をなさなかったのである。
「中国人が、ワシントン会議の諸条約および諸決議について、各個別の条項を無効
とし、またこれを軽視する旨を公言してきたといっても誇張ではない。(中略)
したがって、列強諸国の文字通り真摯で誠実な努力——各国が中国と協力して『不
平等条約』の状態を解消させ、ワシントン会議の精神に具体的な成果を与えようと
する努力——を挫折させてしまったのは、ほかならぬ中国側であったといえる。そ
の責任は、列強諸国が事実上承認していた北京政府のどれかの党派にあったのでは
なく、いってみれば国内におけるすべての党派、全部の政治的意見であった」
一九二五年、わが国は軍縮により陸軍兵力の4個師団を廃止、社会的には軍事教
育反対運動が起きる。他方、外交上は、ソ連と北樺太利権協約を締結するのだが、
米国ではこの時期、オレゴン州で排日運動が起きている。
(続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
アメリカ大自然とレッドマンの心
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アメリカのグランドキャニオン(Grand Canyon)に旅行されたかたは、サウスリム(South
Rim)からの景観にこの世のものではない大自然の驚異を感じるだろう。とにかくその全長
は約 320キロ、峡谷の幅は場所によって、16キロから24キロもある、そしてリムから谷
底を流れるコロラド川まで垂直に1.6キロ以上もあるとてつもないスケールの大きさであ
る。このサウスリムが例の小沢一郎氏の『日本改造計画』に冒頭からでてくる。転落を防
ぐ柵もなく立て札すらなく、大きく突き出た岩の先端に男女が座り戯れている、これこそ
が自己責任であり、国家として自立するためには個人として自立を図らねばねばならない
と議論を飛躍させる。それに比べ柵や立て札を要求する日本社会は自ら規制を求め、自由
を放棄する。そして地方は国に依存し、国には責任をもって政治をリードするものがいな
いらしい。小沢氏のこじつけと矮小化した議論に、この大自然を畏れる感性のひとかけら
もないことだけは確かである。余談はともかく、このサウスリムを散歩するだけで、刻々
と変化する気候や太陽光線の変化に従い、岩の塊、裂け目や不思議な山の表情が変化し、
人間の存在が、この巨大な自然の営みの中で(遺伝子学者村上和雄先生の言葉を借りれば
サムシンググレート)与えられた崇高な存在として、感謝の気持と大いなる自尊心を奮い
立たせてくれる一方で、理由も無くただ偉大だから偉大な自然への信仰心を抱かせる。こ
の近くにはザイオン国立公園、モニュメントバレー、セドナなど神々の存在を感じさせる
大自然の創造物がふんだんにある。
かって太古の昔にアジアにいた僕たちの先祖がベーリング海峡を渡ってこの大陸にたどり
ついた仮説が正しいとして、日本人と同じDNAをもつアメリカ先住民レッドマンが、こ
の自然のなかで何を考えていたのだろうか?
たまたま自然と人間の関係を見事にいいつくしたオードリー・シェナンドア(オノンダガ
国の女氏族長)の言葉があるサイトにあったので引用する。(「ネイティブ・アメリカン 叡
智の守りびと」 築地書館より引用)『神々の国』日本と同じ信仰心ではないか。
今から私たちの言葉を、すべての生命を支えてくださる母なる大地に向けましょう。母な
る大地の胸元に生きる小さな草々を見つめ心を一つにしましょう。 あらゆる植物、木々、
地球上すべての水、魚、動物、鳥たち、そして聖なる四つの方角から吹いてくる風---これ
らすべてと心をひとつにすることです。私たちの感謝と敬意はひとつとなって、空の世界
へと昇ります。空の世界にはあらゆる生命の女性たちと深く大切なつながりを持つ、祖母
なる月がいらっしゃいます。そこにはまた、太陽と星と空の世界の精霊たちがおられます。
これらの存在はみな、この偉大なる生命のサイクルの原初の教えを守っておられるのです。
私たちの心はひとつになって、聖なる生命のサイクルに敬意を払い、感謝します。私たち
は人間として謙虚に生き、日々自由に使っている創造主からの贈り物に感謝することを忘
れてはなりません。
グランドキャニオンを見てインディアンの精神性が理解できるような気がした。そんな話
を西村真悟代議士にしたら、同氏が薦めるので『シートン動物記』で有名なアーネストシ
ートンEarnest.T.Seton(1860-1946)が書いた『レッドマンのこころ-The Gospel of the
Redman-』を読んだ。実際同氏もその著書『誰が国を滅ぼすのか』のあとがきでこの本につ
いて書いている。
ホワイトマンが偉そうな顔をして新大陸にてレッドマンに布教を務めたが実はレッドマン
などそれをはるかに超える精神文明を持っていたことが分かる。むしろ白人が齎した物質
文明や拝金主義が平和で秩序あるレッドマン社会を崩壊させていったのである。日本人を
レッドマンと比べる考え、特にマッカーサによって陵辱された戦後日本を語る評論家がい
るが、これが必ずしも適当ではないのは、日本は縄文時代ならともかく、日本なりの精神
的物質的文明を築きあげ、明治維新後西洋技術を取り入れて、軍事力も列強に劣らない実
力を養ってきたもので、レッドマンの如く古代の秩序をそのまま維持し、結果的に根絶さ
れたわけではない。ただ日本が戦前も守っていた秩序の原則がレッドマンのそれと極めて
一致する点である。清潔で健康美あふれる生活をし、頑強な肉体を鍛え、その走行距離(持
久力とスピード 一日70マイルなどざら)は白人のかなうものではなかったらしい。すべ
て神への畏敬と自然との共存で鍛えられ養われた精神と肉体の結晶である。それがあの白
人の不実によって絶滅したのである。『白人の公正と信義に信頼して、レッドマンの安全
と生存を保持しようと決意した』ことば無残にも裏切られたのである。ついでに良くアメ
リカの西部劇でインディアンの残虐性(最近はないが)、たとえば首狩、頭の皮剥ぎなど
インディアンの文化として描かれているが、これらすべて白人が持ち込んだものであり、
インディアンは隣人を尊重し平和を愛する崇高な民族であったということを忘れてはなら
ない。
ここにポーニー族の酋長の未亡人の教えが、まるで明治のよき母を彷彿させるので書く。
(原点はG.グリンネルのポーニー族の英雄物語から)平和であったレッドマンが白人と
の戦いを強いられることになってこの矍鑠たる母の態度は涙を誘う。
お前が大人になったら、何よりも勇気こそが男の男たる所以であることを忘れぬように。
いったん戦(いくさ)に向かう道に足を踏み入れたなら、いかなる用事があっても、途中
でひきかえしてはなりません。いったん目的地まで行って、それから引き返しなさい。
母さんが生き永らえて、お前が大人になるのを見届けることができるものなら、是非とも
偉大な人間になってほしいものです。これまでともに耐え忍んできた辛い日々のことを思
い起こしてほしい。
貧しいものへの思いやりを忘れぬように。私たちも貧しくて人々の思いやりをいただいて
きたのだから。
お前が大人になって戦へ出た時、たとえ死の報に接しても、母さんは泣かないでしょう。
それが男の道-勇気を持って戦うことが益荒男の本懐だからです。
戦場でも友を思い。決して見捨ててはなりません。友が敵に囲まれたことを知っても、逃
げてはなりません。その友を救いに行きなさい。万一救えなかった時は、その友と枕を並
べて討ち死にするのです。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎
ニュースとはなにか
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金曜日、非常に急いで帰宅しなければならなかったときに、首都高でも東名でも大渋滞
に遭遇してしまった。こんなすごい渋滞は筆者には始めてであった。それでニュースでや
っているかと車のラジオをつけると、どこかのおじさんの川柳を読んでいるのだ。
もちろん、家に帰ってもTVのニュースは、この筆者には記録的な大渋滞を起こした事
故のニュースはやっていなかった。ぺちゃんこになった自家用車とめちゃくちゃになった
トラックを横目で見ながら、3キロを30分かけて運転してきたこっちには、それよりも
重大なニュースはなんだろうと思うと、日本の高校球児がアメリカの試合で勝ったという
めでたいものであった。またこの高校球児の使っていたハンカチを作っていたメーカーは
製造が間に合わなくなったのだそうである。めでたくて涙が出る話である。
8時45分になりました、ニュースをお伝えします、と深刻な顔をしたおじさんがNH
Kにでてくる。昨日のトップニュースは85歳のおばあさんが、おじいさんの虐待に我慢
できず、殺してしまいました、というもので、その次は、どこかの高校生が同級生を殺し
たための葬式の話だった。こういうことを大量の電力と人力を使って日本全国に「お伝え」
しているのである。
現代は情報化社会といわれている。必要な情報はニュースを含めてインターネットで入
手できる。ラジオだのTVだのを見る人はますます少なくなっているだろう。しかし、そ
れにしても、今のいわゆる「ニュース」というものは、いったいなにを伝えようとしている
のか、何を伝えなければならないと思っているのか、筆者などには、まったく理解できな
い。しかも、たいがい「・・・ということです」と付け加えるので、要するに警察発表を
そのまま伝えているのである。おそらく警察でなにかが発表されたら、その現場近くに行
って、その付近の映像を取ってくるというやり方だろう。そういうことが取材だと思って
いるのである。
取材とはなにか、がわからなくなっているのだろう。そのため「思い」というのを多用す
る。「残された被害者の思い」というのが好きである。残された被害者の「思い」は、悲し
いに決まっているので、なぜそんなものをわざわざ伝えようとするのか、伝えたいのか、
わからない。要するに被害者の家族なりが泣いているのをとってくる。誰でもできること
である。それを見ながらスタジオにいるキャスターと称する人が、額にしわを寄せて「やり
きれない思いがします」だの「学校でこういうことが起こるとは残念です」だの、うその皮の
演技をする。なぜ演技かといえば「さあ、次はスポーツです」といったときは、もう笑っ
ているからだ。
殺人の詳細を、警察発表どうりに詳細にニュースで日本全国に宣伝するのは、やめたら
ばどうか。何のために、何を伝えたくて、被害者の写真だの、家族の泣き声だのを伝える
のか。なにかニュースを言うたびに隣のお姉さんと、額にしわを寄せて、つまらないコメ
ントと称するおしゃべりをするのをやめたらどうか。
日本の文化的な創造性はどんどん低下している。その責任のかなりの部分はマスメディ
アにある。マスメディアの多くがパターン化した報道、パターン化した考え方しかできな
くなっているのである。これはマスメディアの責任ではない。むしろ現代日本人の文化的
な低落の反映だろう、と思われる。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.西山弘道
再び映画『ユナイテッド93』を観て
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今、話題の映画「ユナイテッド93」を観てきた。この映画についてはすでにこの
メルマガで奥山篤信氏が素晴らしい評を書いているが、傑作映画については、何度評
しても許されるだろう。しかも、今日はあの9.11から5周年の日である。
新宿のミニシアターで観たのだが、映画が終わってもその迫力の余韻でしばらく座
席から立ち上がれなかった、という経験を持ったのは何年ぶりであろう。
「ユナイテッド93」は、5年前の9.11に起きた4機の自爆テロ旅客機のうち、
たった1機、攻撃目標寸前に墜落、未遂に終わった機である。すなわち、9月11日朝
9時前、NYの世界貿易センター(WTC)にアメリカン航空11便が衝突、その20分
後にはユナイテッド航空175便が突っ込み、WTCビルは崩壊した。そして今度はその
30分後、ワシントンの国防総省ビルにアメリカン航空77便が墜落、200人近くの職員
が死亡した。いずれもアルカイダによる自爆テロだった。
「ユナイテッド93」は、4機目のテロ機として4人の男にハイジャックされ、ワシン
トンDCに向かったが、乗客たちの抵抗で計画は失敗し、ペンシルバニア州のシャンク
スビルに墜落、乗客乗員44人全員が死亡したものである。
映画の監督はポール・グリーングラス、全編ドキュメンタリータッチで描かれ、有名
俳優は出演しない代わり、例えば管制官に事件当時の実在の人物を起用するなど、リア
ルさを重視した。その企図は成功し、まるで全編、事件現場の生中継を見ているほどの
迫真感を出している。
映画はテロリスト4人の男が、出撃するホテルの部屋の場面から始まる。男たちは
テロを決行する前の緊張感、不安感で一杯で、それを振り払うかのように、ベッドで
コーランを一心不乱に唱える。映画はこのように、冒頭からテロリストたちの不安感
などその心理、内面を描くことにも目を配る。
ナイフとニセの爆弾を一人が体に巻いた4人の男たちは、離陸後30分ほどでハイジ
ャックを決行、二人がコックピットに乱入、パイロットと副操縦士を殺害して、操縦桿
を握る。不安におびえる乗客たちは、携帯や機内電話でWTCビルの爆破を知り、自分
たちも自爆テロに巻き込まれる寸前であることを知る。絶望の淵に立たされた乗客たち
は、犯人たちにわからないように、それぞれ妻や夫、子供たち家族に電話をかけ、「I
love you!」と小声で別れを告げる。
私はここで、英語の「I love you」が、アメリカ人にとって、ただ「愛している」
というだけでなく、「後を頼む」とか、「元気で」とか万感の意味を持った言葉で
あることを知った。ただの甘い言葉ではなく、最愛の人に別れを告げる最後の言
葉にもなり得るのだ。
乗客のうちの何人かが、テロリストに立ち向かおうと機内にある武器となり得る
ものをひそかに集め始める。消火器、フオーク、熱湯など。そして、彼らは隙を
見て、一斉に犯人たちに飛び掛り、爆弾がニセとわかる。コックピットに入って、
操縦桿を握っている犯人の男と格闘するが、男は「アラーアクバル〜神は偉大だ」
と叫び続け、握った操縦桿は上げられることはなく、機はそのまま地上に向かっ
て下降を続ける・・・。
ユナイテッド機はホワイトハウスか、または国会議事堂(キャピトルヒル)をタ
ーゲットにしていたといわれるが、結局、ホワイトハウスから15分ほどはなれた
草地に高速度で墜落、激突してしまう。一説には、ホワイトハウス接近を阻止しよ
うとする軍の戦闘機が撃墜したとの話もあるが、真相はわからない。
5周年を迎えた9.11テロ事件。3千人近くの犠牲者には、このユナイテッド機の
44人の死者も含まれるが、皆「I love you!」の言葉を残して散っていたのであろう。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
五百旗頭眞に防衛大学校長の資格なし
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5.奥山篤信
これで防衛大学校長の資格があるのですか?
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五百旗頭眞氏は戦後吉田茂など占領時代の研究者としては名の通った学者である。
防衛大学校長に任命されたことはその学者としての学識を尊重されたのかもしれない。
しかし9月7日発信された、しかも内閣小泉首相のメールマガジンに、内容を見ると、朝
日新聞が7日付けで顔面に喜びを湛えていることで理解できるとおり、日本の防衛を携わ
るエリート将校を育てる防衛大学校長には相応しくないように思える。
五百旗頭眞氏は、「靖国参拝一つで、どれほどアジア外交を麻痺(まひ)させ、日本が営々
として築いてきた建設的な対外関係を悪化させたことか」
「侵略戦争を行ったうえ敗北した日本に対する不信は、世界に、とりわけアジアに根深か
った。しかし戦後日本は平和的発展主義をとり、世界で最も格差の少ない豊かな社会を築
いた。さらに民主主義社会を確立し、そして途上国の国づくりへの協力を重ねた。これを
見て、世界は日本を信認するようになった。」
などまるでサヨク自虐史観そのものである。さらに「東南アジアは90年代には日本の友
人となった。難しかった韓国との間も、金大中−小渕恵三の時代に転機を迎えた。江沢民
の中国はもっとも厄介であったが、それでも世紀転換期には日本重視路線に転じた。」
などと今までの謝罪外交が日本の信用を高めたと思い込んでいるのである。学者が勝手
にかかる左翼思想を持つのなら害は少ない。だが防衛大学校長であるところが看過でき
ないのである。小泉首相時代に日本はやっと不当な中国韓国の内政干渉をはねつけ属国根
性から抜け出る第一歩が開けたのである。
さらには同氏の文章からして靖国神社の存在すら否定しているのではないだろうか?大東
亜戦争で国家のため、家族のために、将来の世代のために堂々と戦死していった若人が、
そのかわり約束として英霊として靖国の桜を見ようと飛び立っていった心を同氏は理解で
きないのであろうか?日本人の間には存在しない、事後法によるリンチ裁判の犠牲者であ
る「いわゆるA級戦犯」にこだわっているのだろうか?もしも靖国神社の存在を日本軍国
主義の象徴などと安っぽい考えで否定しようとしているなら、それは、国家防衛を志す軍
人としての防衛大学生の誇りと気概をいかに損じるか危惧するのである。ちなみに、防衛
大学の学生は、正月に横須賀から徒歩で靖国神社を参拝する行事など、有志が募っている
と聞く。それは将来国家の防衛を担う青年として、戦没者に対する素直な気持ちの表現か
らである。
僕たち民間人にとっても、軍人が命を捧げて国家の安全を守ってくれている感謝の気持ち
がある。だからこそ、その尊い精神に応え、過去将来とも、日本国民が感謝と尊敬の気持
ちを篭めて英霊を祀ることが必要であり、その場が日本人にとっては靖国神社なのである。
イラク戦争についても二元論としてアメリカ陰謀論に与しているように思える。とにかく
自衛隊のイラクでの協力は日米同盟強化に画期的な役割を果たしたものであり、このこと
が核なき抑止力なき、わが国の安全保障体制にいかに有益な政策であったか小泉首相の英
断には少なくとも防衛大学校長の立場としては教育上称えねばならないはずが、この通り
皮肉と悪意に満ちたコメントである。
このような記事が内閣マガジンに出たことも奇妙であるが、校長の選考基準はいかなるも
のか、不思議である。防衛大学校は、理屈を教えるところよりも、志を育み学ぶ舎である
ことを忘れてはならない。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
注)9月7日の小泉内閣メールマガジン 第248号
◎ 小泉政権5年をこう見る(防衛大学校長 五百旗頭真)
小泉純一郎は類例のない政治家である。
戦後の自民党政府は、党と官僚機構を2大マシーンとし、下に支持母体となる多くの巨
大利益集団をかかえ、旺盛な派閥政治を恣いままにしてきた。小泉はそれらの世話になら
ず、国民との共感を築くことによって首相となった。
小泉首相は、圧倒的な支持率を背景に、長く続いた派閥政治と既得権政治を打破する役
回りを演じた。派閥の拘束なしに閣僚人事を思いのまま行ったのは、戦後史にあって吉田
茂と小泉のみである。それでいて、「ワンマン吉田」が政権末期には不人気をきわめたのに
対し、5年の政権を全うする小泉首相の国民的人気は衰えを見せない。奇跡の人と呼ぶ他
はない。
小泉の政治改革は3つの要素から成る。一は新自由主義的な民営化と小さな政府化の推
進である。二は国際的役割の拡充であり、リスクをとって自己主張し行動する外交展開で
ある。三はこれらを可能にする官邸の機能強化である。
実はこの三つを軸とする改革は、80年代のレーガン・サッチャー・中曽根の時代に始
まり、90年代の小沢一郎や橋本龍太郎によって模索されたものの継承であり、小泉の独
創ではない。
小泉の独創性は、国民の前で改革をドラマ化して演じて見せ、国民を巻き込み、国民を
感動させる民主主義の劇場政治である。小泉は日本史上初めて国民と共感で結ばれた政治
家である。
小泉首相が余りに魅力的であり、時代の表現を独占しているため、よいことだけでなく、
まずいことまで国民的に了承されるところがある。「あばたもえくぼ」症候群である。外交
面にそれが顕著であると、私は見ている。
たとえば靖国参拝一つで、どれほどアジア外交を麻痺させ、日本が営々として築いてき
た建設的な対外関係を悪化させたことか。
侵略戦争を行ったうえ敗北した日本に対する不信は、世界に、とりわけアジアに根深か
った。しかし戦後日本は平和的発展主義をとり、世界で最も格差の少ない豊かな社会を築
いた。さらに民主主義社会を確立し、そして途上国の国づくりへの協力を重ねた。これを
見て、世界は日本を信認するようになった。
東南アジアは90年代には日本の友人となった。難しかった韓国との間も、金大中−小
渕恵三の時代に転機を迎えた。江沢民の中国はもっとも厄介であったが、それでも世紀転
換期には日本重視路線に転じた。
これら積み立てられた信用という対外資産は、小泉首相が靖国参拝にこだわったことに
よって、大きく損なわれた。しかし小泉首相のあり余る魅力と国民的人気が、アジア外交
への批判を封じているのである。
小泉外交は全体的に見てどうか。やはり高い得点をマークしている。
とりわけ大きな業績は、対米関係の高水準化である。日本外交にあって対米関係が単独
過半数的地位を有するだけに、その劇的な改善は大きな成果である。首相は9.11テロ
に傷ついた米国に飛び、ブッシュ大統領と並んで「日本はアメリカと共にある」と言明し
た。
世界的に不人気なイラク戦争をブッシュ政権が発動したとき、小泉首相はいち早く「支
持」を表明した。イラク占領後に戦乱状況が拡がり、日本人外交官も犠牲になる中で、首
相は自衛隊の派遣を決断した。「たとえ犠牲を伴うとしてもやらなければならないことがあ
る。」危険を冒しての外交行動も、やはり小泉にとってタブーを超える感動のドラマなので
ある。
ちなみに私はイラク戦争が間違った戦争であると判断し、筋目の悪い戦で米国と一緒し
てもきっと後味悪い結果になると憂慮した。間違った戦争であることは、その後ますます
明瞭となったが、イラクに派遣された自衛隊に悲劇は起こらなかったし、日米関係も悪化
しなかった。
それどころか、小泉首相は自らの任期中に陸上自衛隊をサマワから見事に撤収した。
しかも対米関係をこじらせることなく、ブッシュ政権から称賛を浴びながら。この魔術
に対しては脱帽する他はない。
小泉外交は戦後日本になかった「リスクをとる外交」である。首相自らがあの北朝鮮を
訪問し、拉致を認めさせ、問題解決の大筋を共同声明に示す大業は、小泉以外の誰にもで
きなかったであろう。
内政にも外交にも、小泉政治には勇気と感動のドラマがある。不世出のリーダーといっ
てよい。アジア外交の失点は小さくないが、それは小泉首相が再浮上の機会を後継者たち
に残したものと考えて対処せねばなるまい。
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図書室 首領様の戦士 金大中の正体 趙甲済著 洋泉社 奥山篤信評
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僕は思い出す。1973年金大中がグランドパレスホテルより拉致されて以来日本のマスコミ、
自民党を含む政界は同氏を自由の戦士と称え、これを拉致した朴政権より続く軍事政権を
悪の軍事政権として叩き続けたことを。僕自身もそのように信じ、金大中が死刑判決後ア
メリカハーバード大学に招聘されたとき安堵したものだった。それほど金大中は日本の『戦
後民主主義』のなかで英雄化され偶像化されていた。
昨今明らかになったように、同氏の実の正体はどうやら北朝鮮の工作員であった疑いが
濃厚である。この著書でもそれを分析している。
ノーベル賞受賞への個人的野望と執着から、太陽政策という謳い文句で実は裏ではあこぎ
な謀略を駆使し、あの世界的栄誉あるノーベル平和賞の価値をどれほど貶めたか、同氏
のノーベル賞の栄誉を傷つけた罪は重い。いまだに同氏の政策は現政権に引き継がれて
おり韓国民は目覚めていないのである。まさに北朝鮮金正日首領による南北共産化統一の
謀略である。
同氏が、トラック事故を暗殺未遂事件としてでっちあげ、自らを何度も死刑を始め九死
に一生を得た権力による受難の英雄だったかを売り込み、それがノーベル平和賞受賞にも
効果があった。この著書冒頭よりいかに嘘と欺瞞に満ちた事件から徹底的に同氏の正体
を暴いている。金大中の『一貫性』は、終始韓国と北朝鮮住民には冷淡であり、北朝鮮政
権金日成、金正日には忠実であったということである。ユダヤ人の諺に『残忍なものに同
情する者は、同情を受けねばならない者には残忍だ』そのものであるということだ。
僕たち日本人は忘れてはならない、あの平成10年10月8日宮中晩餐会での天皇陛下のお言葉
を、傲慢不遜な態度で聴く同氏の非礼さを、そして忘れてはならない、あの極悪拉致凶
悪犯人シンガンスを北朝鮮に無条件で釈放したのは同氏が大統領としての措置であった
ことを。この金大中を、最近防衛大学の学長になった五百旗頭眞が9月7日付け内閣メールマ
ガジンに寄稿し小泉首相の靖国参拝をアジア外交を麻痺させたと論い挙句の果ては『東南
アジアは90年代には日本の友人となった。難しかった韓国との間も、金大中−小渕恵三
の時代に転機を迎えた。』と同氏をが日韓友好の転機となったなど妄想を描いている。
著者は埼玉県生まれで韓国に戻りジャーナリストになった。力作なのだが残念ながら翻訳
のせいか、文章の流れがなかなかスムーズに頭に入らず苦労する点が難だ。
奥山篤信
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
編集長・市村直幸
〒105−0003
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