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- 最新号:2008-08-29
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甦れ美しい日本 第082号
発行日: 2006/9/5□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年9月5日 NO.082号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者
松島悠佐 軍事のはなし(18)「新内閣への期待」
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて77
2.奥山篤信 アメリカ映画『United 93』にみる普通のアメリカ人の正義感と勇気
3.松永太郎 日本人の創造性
4.青葉ひかる 「子供が病気の時も育児外注化」の愚
5.西山弘道 真正保守政権となるか〜安倍政権
◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」9月号巻頭言
「佐伯啓思の賢者に備えあり」
改革への狂奔がもたらしたもの
◎図書室「江戸は燃えているか」 野口武彦 文芸春秋 松永太郎評
◎映画寸評 アメリカ映画『マイアミ・バイス 』Miami Vice 奥山篤信評
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──────────────────────────・・・・・☆
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松島悠佐
軍事のはなし(18)「新内閣への期待」
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新しい政権が誕生すると、誰でも何かを期待するものですが、私は国家防衛に関する
基本的な事項を、抜本的に改革してもらうことを期待しています。
自衛隊が出来てからの半世紀の間、こと防衛問題に関しては、とにかく基本問題には
触れず、とりあえず出来ることだけをやって、事態に何とか対応し、辻褄を合わせな
がらくぐり抜けてきたのが実態だからです。
憲法に戦争放棄を謳いながら、自衛隊を創設したのがまず始まりで、結局戦力なき自
衛隊と揶揄され、軍隊なのか軍隊ではないのか、曖昧なままの状態が半世紀も続いて
いるのは異常と言わざるを得ません。
わが国の法整備の基本的な考え方は、まず憲法に国家戦略・国家運営の基本を定め、そ
れを受けて基本的事項を定めた基本法を作り、その上に個別の法律が整備するのが通
常です。
しかしながら国家防衛に関しては憲法に何の記述もなく、従って基本法も作られず、
当面の国内外情勢に引きずられ、必要性に迫られて防衛庁設置法・自衛隊法のいわゆる
防衛二法が個別法として作られ、自衛隊を設置し運用することになりました。
基本法などの根拠規定がないままの防衛二法には、従って種々の問題が提起され、結
局、後付けの形で昭和29年に「自衛権の存在」についての政府見解が出され、昭和32
年には「国防の基本方針」が閣議決定されました。
わが国の防衛法制は、基本的なことが閣議決定や政府統一見解で示され、その上で防
衛二法の個別法が運用されるという極めて歪んだ、且つ不安定な形になっています。
従って、わが国周辺事態での対応や、国際協力活動への自衛隊の参加など、基本的な問
題に突き当たる度に同じような神学論争を繰返し、その都度政府統一見解を示しなが
ら議論を進めるという、法治国家としては正常ではない形で政策が遂行されてきました。
新内閣には、是非とも基本から抜本的に改革をして欲しいと期待しています。
既に総裁選が始まり、安倍官房長官が有利と報じられていますが、安倍官房長官は、
憲法改正に積極的に取り組む意図を明らかにしており、また、国家国益を見据えて、
わが国の防衛のあり方を根底から考える姿勢を打ち出しています。初めて国家の基本
を変える決意で取り組む政権が誕生することに大いに期待をしています。
憲法改正については、各政党等から色々な意見が出ていますが、こと国家防衛に関す
ることに限って見れば、憲法に明示しておかなければならぬことは、言うまでもなく
国家防衛の基本となる事項であり、次の4項目が必須でしょう。
1.自衛権の保有、
国家防衛の法的な根拠は、国際法に準拠した自衛権であり、国家防衛の諸法制を整備
するにあたり、憲法に明記するのが当然です。
さらに、これまでも問題の焦点になってきた集団的自衛権の行使についても、どういう
事態でどのように集団的自衛権を行使するかは、事態に照らして時の政府が判断し国会
が承認することになるでしょうが、基本的な方針を明記すべきでしょう。少なくとも、
個別的自衛権と集団的自衛権の両方を保有することを、明確にしておくことが必要です。
2.国防軍の保持
自衛権を行使する具体的な手段として、国際の法規と慣例に準拠した国防軍を保持する
ことが必要であり、当然ながらこのことも憲法に明記すべきでしょう。
現行の自衛隊は憲法第9条の制約から、国内法では軍隊ではなく戦力を保持しないこ
とになっているため、その権限行使に当たっては制約が多く立場が不明確な状態にな
っています。「国際紛争解決のための軍隊を保持しない」事との関連を明確にして、
国内外に誤解を与えないように、自衛のための国防軍の保持を明確に規定しておく必
要があります。
3.国家防衛は国民の義務
国の安全を保つことは国家存立の基礎であり、国家が平和と独立を守り繁栄を続ける
ためには、国民の愛国心に裏付けされた国防の意志がなければならないのは当然です。
現行憲法の記述は、国家に奉ずる義務にはほとんど触れずに、国民の権利の保障に重点
が置かれており、権利の主張はするが義務感をあまり感じていない現下の国民意識はこ
の影響を受けてきたとも言えます。
これからは、国民保護法などに準拠して、国民の生活に直接関わる法令の整備が進めら
れますが、これに付随して国家の統制が強化され、国民の権利が制約される事態が生じ
てきます。国防は国民一人ひとりの義務であることを明確にし、国民の自覚を促すこと
が必要です。
4.国家緊急事態の認定と内閣総理大臣の権限強化
外国からの侵略による防衛事態や国内の大規模な騒擾事態など、いわゆる国家緊急事態
においては、平素と同様な法的措置や行政権の執行では対応できないのは当然です。
緊急事態においては、通常強力な国家統制が必要となり、他の行政権や個人の権利を制
約する結果を生じるため、その認定の権限や手続きについての基本的な事項は憲法に明
記することが必要です。
憲法を改正し、国家防衛の基本を正すことは、しかし、総理一人が決意したからとい
って、簡単には実現出きるものではありません。この半世紀の議論を見てくれば、正
に色々な視点から、色々な意見があり、改革の道は平坦ではありません。
これまでにも何度か防衛法制の基本を見直す機会はありました。例えば、91年の湾岸
戦争への自衛隊派遣の検討とその後の掃海艇の派遣、01年の9・11テロ後のテロ特措
法の検討、アフガン攻撃に伴うインド洋での海上補給活動への派遣、03年のイラク復
興支援への派遣など、基本を見直す機会があったのですが、結局、当面の処置だけに
終わってしまいました。
憲法解釈を改め、専守防衛・集団的自衛権などの基本政策を変更するだけでもハード
ルが高く、総理や防衛庁長官などその掌にある大臣が相当に腹を固めて望まないと実
現は出来ません。
安倍官房長官が出版した「美しき国へ」の冒頭に書いてあるような、国家・国民のた
めならば批判を恐れず行動する「闘う政治家」でなければ、国防問題の抜本的な改革
は不可能でしょう。ところが残念ながら「闘う政治家」は少なく、多数を占める「闘
わない政治家」たちが、批判を避けて中庸の案で納めようと働きかけます。これが、
憲法改正をはじめとする本質的な改革の実現を阻んできました。
今回はこうならないように、「闘わない政治家」にはお引取り願いたいものです。抜
本的な改革の実現に向けて、「闘う政治家」を増やし、「闘わない政治家」を減ずる
のは、しかしわれわれ有権者の責任でもあります。
(18・9・4記)
松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて77
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マクマリーメモランダムを続ける。
「列強諸国の事実上の承認を得ていた北京政府は、比較的無理のない穏やかな条件
で、治外法権と関税の一部に関する現行条約体系の全面改訂を要求していた。しか
し、この表向き穏健な改定要求の裏で、役人たちは条約の義務にことさら無関心を
装ってこれを無視しようとする態度を示した。それは全国のもっと責任のない民衆
の悪意の反映でもあった。
各国はこういう事態ではワシントン会議の決定よりもっと譲歩せざるを得ないと
悟ったが、それでもなお、始めに意図したような中国との協調に望みを託しており、
一九二五年九月四日に条約改定の中国の要求に各国が同文の回答を寄せた。
『(米国は)、中国政府が自らの義務を履行し、かつ当該条約の特別規定によって保
障されている外国人の権利と利益の保護を約束する意思と能力を実証すれば、現行
条約の変更を求める中国政府の要求を考慮する用意がある。(米国)政府は、中国政
府が外国人の生命・財産の安定を尊重し、暴動と外国人排斥運動の扇動行為を制圧す
る能力と意思のあることを、具体的な証拠で示す必要のあることを貴国に要請する
ものであるが、このことが中国政府の要求にこたえる当方の最大の願望であるから
である。このような扇動行為は、中国政府が、条約加盟国に配慮を求めてきた要求
交渉を実行するに際し、好ましくない条件をつくるとともに、各国の感情を悪化さ
せるものと思料する・・・(以下略)』」
これで分かることは、中国政府は、一見穏健な態度を装いつつ、国民を煽って諸
外国に圧力をかけていたのである。近年、北京や上海などで荒れ狂った“官製”の
「反日デモ」を彷彿とする。つまり、中国の対外活動は、今も昔もさほど進歩して
いないことが分かる。
ところで、この時期に「上海と沙面」で多発した暴動事件、いわゆる孫文の五三
〇排外運動について、マクマリーは次のように触れている。
「労働紛争の高まりが、一九二四年十二月に上海に始まり、一九二五年(大正14
年)二月には日本紡績工場に対するストライキが発生した。そして同年5月中ごろ、
中国人労働者が日本人の警備員によって殺害され、これに対し共産主義者と民族主
義者グループ双方から、上海での組織的抗議運動が展開されることになった。その
クライマックスが五月三十日の土曜日であった。この日、上海の目抜き通りで群集
が激しい反日デモを行った。デモ隊の一部が逮捕拘留されたので、群衆は共同租界
警察署を包囲して釈放を要求し、南京路に集まってきた。午後3時37分、共同租
界の警官が、英語と中国語で警告を発した後一〇秒待って四四発の弾を発射した。
これにより四人の中国人が射殺され、九人が負傷したが、そのうち七人が後刻死亡
した。
揚子江流域を越えて拡大された抗議運動となったこの事件は、中国における民族主
義者による大衆抗議運動の始まりと考えられている。ところがこの事件を解決しよ
うとする試みも、極めて困難な場面に遭遇することになる。というのも、今まで潜
在していた多くの矛盾点が表に出てきたからである。そこで、列強諸国と中国政府
との交渉によって、まず一連の強硬な措置がとられることになった。列強側の警官
監督者マッキーンが解任され、中国側ではデモが組織された地域を管轄する中国人
官憲が処罰された。また必要ある場合は、外国人による上海協議会の解散もあるべ
しとの決定がなされた。しかしながら、このような解決勧告案は多くの外国人にと
っては強硬すぎるきらいがあり、逆に大抵の中国人には弱すぎる面があった。やが
て一方中国人は、全条約体系の破棄をますます要求するようになったので、上海の
外国居留民は、いま提案中の解決策でも自分たちの自治を駄目にする恐れがあると
危機感を持つようになり、自国の領事館や公使館は勿論、母国政府へ圧力をかけ善
処を要望した。最終的には英国外相オースティン・チェンバレンが、最初の勧告案を
拒否し、新しい提案を行ったが、うまくいかなかった。ところが、この事件処理に
関する列強諸国の不適切な取り扱いが、激しい外国人排斥の感情を募らせることに
なった。また一方では中国内部で強くなってきた過激派が、悪いことに外国外交団
の一致団結を揺さぶり始め、さらにはこの事件を穏便に処理しようと努めてきた中
国人穏便派の足を引っ張ることになってしまった」
1925年はこのように中国の排日運動が激化した年であったが、わが国内にお
いても共産党事件が多発し、治安維持法が公布された年であった。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
アメリカ映画『United 93』にみる普通のアメリカ人の正義感と勇気
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2001年9月11日夜テレビをつけると信じられないことに、ニューヨークのワードトレー
ドセンターの二棟が無残にも崩れ落ちる映像を見た。ニューヨークにかって住んだことの
ある僕にとっては、あの建物は自由の女神とともに、ニューヨークの象徴であった。それ
に僕たちが誇りとする日系建築家ミノルヤマザキの作品であった。あの時、ニューヨーク
の思い出とともに、日本人である僕ですら何か心のなかから大切なものを失っていくよう
な悲しさと無力感を感じた。あれからすでに5年が経った。
元々題名のあとに副題として"America's war on terror had begun."(アメリカのテロとの
戦いが始まった)を考えていたらしいが、最終的に"Dedicated to the memory of all those
who lost their lives on September 11, 2001."(911の犠牲になったすべての人々の思い
出として捧げる)に変えたという。大上段にテロとの戦いというより、むしろこの冷静で
それでいてその強い意志がさらに伝わる、このフレーズに変えたこと自体がこの映画を物
語っているように思えるのだ。それほど、このUnited 93の40人の乗客乗組員の死を目
前としての勇気ある感動的な素手の戦いを(いわゆる格好よさのひとかけらも無い)見事
なリアリズムとして描いているのである。一言で素晴らしい映画である。
この映画で描かれた人々、この映画を作った監督、俳優をはじめとするクルー全員に、こ
の事件を風化させない、さらにはその中で勇気ある人々がいたことを、アメリカ国民とし
て歴史に残さねばならないとの使命感が画面から伝わってくる異色の映画であり、アメリ
カ社会全体の緩むことのない正義への強靭さを目の当たりに感じる。
この原作、監督は『ボーン・スプレマシー』のポール・グリーングラスである。出演者に
華々しいスターは一切おらず、この便に実際に搭乗した乗客の年齢などを考慮して選ばれ
た俳優たちと、実際のパイロットや管制官を出している。だから余計にリアリズムが出て
おり、恰も生中継のごとくの迫力がある。冒頭のテロリスト達の住まいからいざ出撃の緊
張と恐怖感と息つかいなど、そして管制塔の人々の動き、乗客の恐怖と素手の戦いなど、
観客の視線との距離感それに飛行機という狭い密室感覚も大変良く配慮されており、監督
の並々ならぬ才能が認められる。ハイジャックされたと思われる旅客機を必死でレーダー
追跡しているニューヨークの管制塔の窓から、突然ワードトレードセンターが炎上する模
様が現れる場面など、ハイジャックなど長い間無かったアメリカの平和な日常へのショッ
キングな意外性として、映画の観客も臨場感をもって驚きと怒りと涙へと、当事者と同時
に導いて行く手法が見事である。
僕はこの原作である『9.11ユナイテッド93原題AMONG THE HEROES』(光文社文庫)
を事前に読んでいた。ハイジャックにあった機内の乗客は結構携帯電話や機内電話で家族
や恋人たちと修羅場での会話をしていたのである。この著書は克明に遺族などとインタビ
ューをした結果から亡くなった40人のそれぞれのおかれた立場と行動を推定しているも
ので、原作者であり監督のポール・グリーングラスの事件を記憶に残すべきとの使命から
くる執念が、悲嘆にくれインタビューなど嫌がる遺族への敢えての詳細な取材を可能にし
たのであろう。ジャーナリズムの役割とはこういうものだと、日本の似非ジャーナリスト
と比較してしまう。
古典的ハイジャックでは乗務員マニュアルとして;
犯人を刺激しない、親しげに接し当たり障りのない話をする
犯人の言うことは言葉どおり地上に伝え決して直接交渉しない
乗客が乗員を助け犯人と戦うなどはとんでもないことで犯人の要求を満たし乗員乗客の命
を救うのが肝要である
などであり、いまや911のごとき自爆テロとしてのハイジャックにはこのマニュアルは
通用しない。
ブッシュ大統領は彼らを称えてワシントンポストのインタビューで『わずかな数の人々が、
飛行機を地面に激突させてまで私を、あるいはホワイトハウスや議会を救ってくれるので
あれば、この先、この国のほかの人たちも同胞を救うために犠牲を厭うはずはありません。』
さらに2002年の一般教書演説で『アメリカが攻撃を受けたあと、いつのまにか国民全体が
向上したように見えるのです。われわれはお互いに対し、どれだけ財貨を蓄積できるかと
いうことより、どれほど人のために役にたつことができるかを考えるようになったのです。
昔からわが国には「いいと思ったら実行せよ」という文化がありましたが、今アメリカが
歓迎するのは「さあ、かかれ Let‘s roll」という新しい倫理と信条です。』と言った。
果たして同じ自爆テロの境遇に日本人が置かれた場合、僕たちはこの40人の乗客のよう
な勇気を持ってテロリストと立ち向かい、東京中枢部自爆を命がけで救うことができるで
あろうか?暴力を理由を問わず否定するいわば宦官教育をされた僕たちがテロリストや侵
略国に素手でも立ち向かう日は何時戻ってくるのであろうか?ペルー日本大使館占拠事件
でフジモリ大統領の強行突破でテロリストを殲滅したが、あの偽善評論家佐高信がNHKの
インタビューでの言葉『あの殺されたテロリストにも背景や人生があったはずで、それを
問答無用に殺戮したことは遺憾である。』が忘れられない、それこそ戦後の日本の姿だか
らだ。
最後にある乗客のハワイのダイヤモンドヘッドでの船上追悼式で93便の犠牲者と同じ数
の40羽の鳩が空に放たれ友人の一人がインドの諺を読み上げた。この諺が泣かせるので
ここに引用する。
——お前が生まれたとき、お前は泣き、周囲の人は喜んだ。お前がこの世を去るとき、み
んなが泣いても、お前は微笑むことができるように生きるがいい。——
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎
日本人の創造性
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筆者は、ファンタジーという分野はぜんぜんだめなので、有名な「ゲド戦記」も読まずじ
まいだったが、たまたま劇場で宮崎駿氏のご子息が監督した「ゲド戦記」のアニメ版の予
告編を見て、これはだめだ、と思った。「命を大切にしないやつはきらいだ!」と主人公が
叫ぶのである。
このような「ナマ」のせりふをそのまま使ってはならない、というのが脚本のイロハのイ
ではないだろうか。「命を大切にしないやつはきらいだ」というのは、ただのメッセージで
あり、メッセージをそのまま叫ぶのであれば、映画だろうとアニメだろうといらないので
ある。御大の宮崎駿氏は途中で試写会の途中で退席した、というが予告編だけで、これだ
けだめなアニメも珍しいだろう。
今の日本映画はほとんど見ないので、あまりいえないが、TVドラマではしょっちゅう、
このような「ナマ」のせりふが出てくる。またワンシーンが非常に長く、夫婦が見つめって
いるので、退屈してトイレに行ってくるとまだ見つめあっていたりする。とくに今、やっ
ているNHKの日曜の時代劇は、かみさんに付き合って見ているが、冗談ではなく、次に
何を言うか、がすべて予測できるので、ためしにみなさんも試してみてはいかがだろうか。
脚本、演技、演出、すべてにわたって学芸会のレベルなのである。いったい今の日本に
は脚本家の学校とか演技者のための学校とかがないのであろうか。そのうえに、まったく
演技を知らないタレントと称する人が出ていたりする。前にNHKでやっていた「新撰組」
というのはすごかった。途中で、見るのをやめた方も多いのではないか
。
創造性が枯渇しているのである。演劇的なリアリティもまったく把握できていない。今
あげた時代劇では、要するにおりこうで、だんなのためを考える奥さん、あまりりこうで
はないが、家族おもいのだんななど、平板で一枚岩の紙芝居のような人間が紙芝居のよう
に動くだけである。女優は何をしていても同じ顔の能面であり、ほかのすべての演技者も、
怒っているときは怒っている、悲しいときは悲しい顔をするという記号的演技であり、今
の漫画のほうが、よほど、ましな表現をしているのである。
これをアメリカのTVドラマと比較すると、ほとんど勝負にならない気がする。エミー
賞を取った「ソプラノ」というドラマがある。マフィアの親分を主人公にしたドラマである
が、どのせりふをとってもオリジナリティがある。マフィアの親分が2つの「ファミリー」(自
分の「組」と自分の家庭)を苦心惨憺、経営していくドラマであるが、この状況自体が非常
にアイロニカルであり、つねになんともいえない笑いを誘う。ここでは人間は記号ではな
く、パターンでもない。かならず意表をつく展開によって人間的なリアリティを感じさせ
るようになっている。いかにも「マフィア」が言いそうなせりふは、すべて登場人物によ
って、パロディでしか言われないのである。ゴッドファーザーのものまねがうまいマフィ
アさえでてくる。「命を大切にしないやつはきらいだ」とこのなかの一人に言わせて見たい
気もする。爆笑しか誘わないであろう。
あるいはまた「ローマ」という、イタリアとイギリスの合作のTVドラマがあるが、この
「時代劇」のスケールの大きさ、脚本のすごさ、俳優の演技力などは、どのエピソードを
見ても優に一編の映画を見た気になる。シーザー、ポンペイウス、ブルータス、カトーや
キケロなどは、なるほど、たしかに、こういう人間だったのだろうと感じさせるのである。
ローマという時代が眼前に広がる思いがする。
日本の、少なくとも映画、TVなどの文化的な創造性は、いまや枯渇の危機に瀕してい
ると思われる。残念ではあるが、アニメも、その道をたどりそうである。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.青葉ひかる
「子供が病気の時も育児外注化」の愚
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乳幼児を抱えた母親も、男性と同じく外へ労働にいくことが、「女性の自立」
とやら称されて、国も行政も母親の労働し易い環境作りに奔走している。
この指針は、民間企業にも伝播し、企業も母親労働者の待遇改善に応じるこ
とこそが、企業の社会的価値を高めるとばかりに、企業内保育園の設置には
じまり、労働時間短縮などに知恵を絞っているようである。
日本の未来を担う子供達を心身ともに健全に育てるためには、この方法は逆
方向であると考えるのは、私ひとりではあるまい。
企業が努めるべきことは、子育て後の女性の復帰を5年後であろうと10年
後であろうと保証することであり、これこそが社会へ還元できる最善の施策
であると決断することである。
私の知るところ、某一流企業は6年間の育児休暇を認めている。
母と子のあるべき姿を真に考え賞賛に値する企業ということになる。
少子化担当大臣も声を張り上げる「仕事と育児の両立」という一見立派な看
板は、母性と子供を犠牲にし、家庭の砂漠化を意味するもの以外の何物でも
ない。
労働は、汗と涙で一日を終えるほど過酷なものであり、家事もまた食事、掃
除、洗濯などと家族の明日への力の源泉になる所のものであり大変な仕事で
ある。
さらに育児は愛情なくしては成り立たない大仕事である。乳幼児を抱える母
親が労働者になることは、「両立」どころか「仕事と家事と育児の三本立て」
であることは、火を見るより明らかである。
一方を犠牲にすることでしか成り立たないにもかかわらず、まやかしの言葉
「両立」が国家政策として世間を席捲してしまった。
「箱もの」と「母親代行業者」を増産する策はますます氾濫し、子供は母乳
を与えられることもなく、諸外国に例をみない「長時間保育」という名の児
童虐待を増長させる政策が大手を振って歩いている。
この政策では、「食育」なども空疎な響きとなるばかりである。
乳幼児を抱える母親を労働者として駆り立て、職場ストレスの中へ導き、子
育ての外注化を奨励することではなく、母子がゆったりとした気持ちですご
せるよう、自分の手で一生懸命育てようとする母親への経済的支援も含めた
地域の子育て支援こそが、真に必要なことであるのに。
このあたりに出世率改善の鍵もあるであろうに。
逆方向の子育て支援が高じて、さらに嘆かわしき対策が次から次へと打たれ
ている。それは、最近、自治体が力を入れ出した「病児保育園」なるものの
増設である。
乳幼児が病気の時には、母親やそれに代わる祖母など身内の者が優しくしっ
かりと抱きしめてあげるべきであるのに、働く母親の“仕事の支障になるか
ら、赤ちゃんが病気の時も預ける施設を増やしてあげましょう”ということ
らしい。
乳幼児が病気の時も「他人任せにしてあげますから、乳幼児を抱える母親も
労働に専念してください」という政策が、「子育て支援」の名のもとに行なわ
れていくわけで、行政も地に墜ちたものである。
病気の時に慣れない施設へ入れられ、知らない人に預けられる子供の気持ち
なんぞはどこ吹く風である。
普段でも、乳幼児、特に3歳くらいまでの子供が、母親やそれに代わる祖母
など、身内の者に愛情溢れて育てられることが、いかに幸せなことか、また
人格形成上も、大変重要であることは論を待たない。
子供の幸せ、親の幸せが基本にあれば、家庭が蘇り、学校崩壊、少年犯罪も
無縁の社会の到来になる。
愛情に満たされて育った子供は逆境にも強く、他者にも優しくなれることは、
心理学者のデーターでも証明されている。親と子がともに穏かな家庭生活を
築けるような本当の子育て支援政策に切り替える時であろう。
かって崩壊したソ連でレーニンは「家庭などいらない」といった。
日本の官僚も一部マスコミももうとっくに破綻したレーニンの家族解体論、
母性崩壊論に加担するかのように「母性など存在しない」の如く乳幼児を抱
えた母親が働くことを奨励するような政策を次々と打ち出している。
配偶者控除の廃止もこの一環であろう。
ここらで、本質的なことを見直すことが必要なのではないか。
「子供の躾?そんなことできるわけないじゃないですか」と言う働く若い母
親の悲鳴に耳を傾けようではないか。
まやかしの言葉に踊ることなく、本当の支援の手をさしのべようではないか。
孤独な子供を放置し「他人任せにする社会」ではなく、乳幼児を抱えて働く
母親が「赤ちゃんの間は、本当は自分の手で育てたいのであるが」という切
実な思いを大切にする良い社会に転換することこそが喫緊の課題であろう。
青葉ひかる;
三重県出身
早稲田大学卒
元日本航空(株)勤務
評論家
2525計画推進協議会(2525プラン)会長
http://www.2525plan.jp/
ラジオ日本(1422kHz)
「青葉ひかるのガンバレ日本」
毎週(土)16:50〜17:00放送
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5.西山弘道
真正保守政権となるか〜安倍政権
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まもなく安倍政権が誕生する。51歳の安倍氏は9月21日が誕生日で、翌22日に
は臨時国会での首班指名が予定されており、52歳になったばかりの新首相が誕生す
るわけだ。田中角栄氏の54歳首相就任を抜いて、戦後最年少の首相誕生となる。
衆議院議員になってからまだ13年、しかも当選5回、官房長官、幹事長は経験し
たものの外相、蔵相など重要閣僚は未経験ながらいきなり国政のトップの座に就こう
としている安倍氏。これまでの当選回数、年功序列重視の自民党秩序では考えられ
なかったことが起きようとしているのだ。彼をここまで押し上げたのは、祖父、父と
3代続いた大物政治家の毛並みもあるが、何よりも国民意識の保守化傾向という時代
の流れも見逃せない。
90年代の共産主義崩壊、東西冷戦消滅以降、日本国民の意識は保守化が顕著に
なり、国民のナショナリズム志向が強くなってきたことは間違いない。保守化=右
傾化とよくとられるが、健全なる保守、コンサーヴァティーブは、その国の良き伝
統を守って漸進的な改革を志向することであり、偏狭な右翼とは全く異なることは
言うまでもない。特にナショナリズムの勃興は、北朝鮮による拉致事件の発生やミ
サイル発射、中韓の反日意識の高まりなど東アジア情勢の緊張が日本国民に与えた
“拒否反応”がその根底にあるだろう。自虐史観に基づく謝罪外交はもういい加減
にしてくれ、という意識が近年、若い世代を中心に高まっていることは注目すべき
だ。
「保守の再構築」を謳う安倍氏の登場は、「保守の切り札」として待たれていたも
のだろう。新政権が果たして、どこまでそのような使命感を持って現実の政治を運営
していくか、また運営できるか、しばらく見守らなければならないだろうが、先週の
出馬会見には少なくとも、その使命感の一端は表れていた。すなわち、「憲法改正」と
「教育の抜本改革」を掲げたことである。憲法と教育は、わが日本の保守イデオロギ
ーにとってこれまで最大の課題であり、安倍氏はそれを堂々と政策課題に掲げたので
ある。保守の真骨頂を覗かせてくれた“快挙”である。
わが国の“保守本流”には、戦後、二つの流れがあることは知られている。一つは
鳩山、岸政権で主張された「自主憲法制定」、「再軍備・国防力増強」路線であり、
もう一つは、吉田、池田政権以降とられた「軽武装・経済重視」路線である。
戦後、米国の占領政策もあり、結局、日本は「軽武装・経済成長」路線を選択して、
見事に戦後復興を果たし、以来、これがわが国の「保守本流」路線となった。
しかし、存在は薄められたとはいえ、「自主憲法・重武装」路線も戦後長く自民
党の底に流れ、時折噴出する保守のDNAであった。保守本流を自認する旧田中派
や旧宮沢派「宏池会」からみれば、安倍氏が属した旧福田派「清和会」や、中曽根
派などは 「保守傍流」とされた。確かに中曽根氏などは、改進党系の流れを汲む
「傍流」かも知れないが、岸、佐藤、福田氏の流れは「本流」であり、国家観を重
くみる保守「正流」である。その「保守の総決算」が安倍氏に託されているといえ
よう。
そのような、使命感を託された安倍政権は大事にしたい。先の出馬会見では、憲
法、教育の他は、対アジア外交や消費税などについては抽象的で曖昧とマスコミか
らは叩かれたが、それでいいのだ。
安倍政権の正念場は、来年7月の参議院選挙をどう乗り切るかである。民主党の
小沢氏がそれこそあらゆる手練手管で仕掛けてくることが予想され、与党の惨敗必
至といわれる参院選をクリアしなければ、安倍政権もたった10ヶ月の短命政権に
終わってしまう。当然、参院選後の本格政権を目指すべきであり、「保守正流」の
政策課題はそれから着手してもよいのだ。
つまり、これから10ヶ月の政権は選挙に勝つための「暫定政権」的なものと割
り切ってもよい。勿論、政権担当者にとっては毎日が真剣勝負の精神でなければな
らないが、これはあくまで政策のセレクト、優先順位の問題である。
とにかく久々の保守の本格政権を期待したい。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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ビジネス情報月刊誌「エルネオス」9月号巻頭言
「佐伯啓思の賢者に備えあり」
改革への狂奔がもたらしたもの
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九月で小泉政権は退陣する。小泉政権六年とは何だったのだろうか。各種メディアでもこの六年
の検証がなされるであろうが、私は、小泉政策の最大の効果は、いわば「社会的精神」を大きく変
えてしまったという点にあると思う。より正確にいえば、大衆化、情緒化、エンターテインメント化へ
と徐々に進行しつつあった日本社会の雰囲気を一気に推し進めてしまった、ということである。そ
の意味では、社会的精神を「変えた」というよりも、この変化の方向を、取り返すことのできないま
でに進展させてしまった。なにせ「変える」という単純な単語をキャッチフレーズに、六年間の「改
革」に狂奔してきた首相であるのだから、社会の側も「変わる」ことが常態になってしまった。
その結果、もたらされたものは何だったのか。「構造改革」の成果として、不良債権の処理や景
気回復を持ち出すことは適切ではない。これらは、必ずしも構造改革とは関係がない。財政改革
は決して目論見どおりのものではないし、郵政民営化の意味や効果は未知数である。むしろ目立
ったのは、アメリカのブッシュ政権とのほとんど個人的信念によるものとさえ思われる過剰なまで
の親密さであり、また、これも個人的信条に過度に固執したとも思われる靖国参拝問題であった。
そして、これらのいずれのトピックにおいても小泉政権は、国民の感情や利益を真っ二つに分断
してしまった。
民営化、市場化政策は、経済競争において「勝ち組」と「負け組」を生み出し、市場機会のなかで
多大の利益をあげるものとそうではないものに分裂させた。都市と地方の間の分裂もかつてない
ものとなった。ITや金融のニュー・ビジネスと旧来のそれとの間の分裂も無視し得ない。「希望格
差」という言葉に示されるように、この「格差」は、ただ所得格差というだけではなく、人生設計、社
会的評価、将来への夢といった、生き方や価値観に関わる「格差」なのである。
対テロ戦争からイラク戦争にいたる親米政策、親ブッシュ政策は、これもまた、国内の世論をほ
ぼ二分した。そして、靖国参拝問題もそうである。世論調査によると、今年八月十五日の首相の
靖国神社参拝に対する賛成派と反対派の勢力は、ほぼ均衡している。
親米政策にせよ、靖国参拝問題にせよ、この問題をめぐる賛否は、ただ国益の判断の妥当性に
かかわるというより、価値観や信条にかかわってくるものなのである。
小泉政権の「成果」は、戦後日本の中に潜在的にあった対立、亀裂をきわめてわかりやすい形
であぶり出し、社会の中に、大きな分裂を生み出してしまった点にある。
近代化に対する抵抗であり抑制であった地方、地域共同体、日本的システム、集団主義。こうし
たものと、近代的な個人的競争、能力主義、市場主義との間の分裂を著しく進めた。親米政策や
靖国問題においては、戦後日本の「国家のありかた」あるいは、「あの戦争」についての解釈上の
対立をすべて顕在化してしまった。
確かにこれは、きわめてわかりやすい政治である。密室政治、妥協と調整の政治ではなく、対決
の政治である。しかし、その対決は、テレビ的なパフォーマンスと情報化社会の軽薄さに向けたも
のである。政治はわかりやすくなり、誰もが小泉政治に関心をもった。しかしそれは、常に、小泉
氏のテレビ的パフォーマンスを通してであり、「ワンフレーズ」の効果においてであった。わかりや
すさは、政治の大衆化、エンタメ化と歩調を合わせているのである。
この方向がもはや後戻りできないものだとすれば、確かに、小泉首相は、日本の政治を「変え
た」。ただし、それが望ましい方向だという理由はどこにもない。
(京都大学教授)
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図書室「江戸は燃えているか」 野口武彦 文芸春秋 松永太郎評
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野口武彦氏は、その学才をうたわれながら、今ひとつ、クリーンヒットを放たない学者
である。学者のなかには、本を書かない人もたくさんいるので、かまわないようなもので
あるが、また本を書いても、あまりに専門的で、普通の読者には理解できないような本を
書く人もいるので、これも、かまわないようなものであるが、野口氏の場合、題材が江戸
なので、もったいない気がするのである。私見では、この理由は、野口氏が柄谷行人や浅
田彰氏のような極めつけのポストモダン・サヨクと付き合い、もともとその気のあったサヨ
ク的な視点からなかなか抜け出すことのできなかったためである。人のことだから、どう
でもいいが、しかし松本健一氏のような正真正銘の山師的な学者(?)に比べると、野口
氏の学才はもったいないのである。
今度の「江戸は燃えているか」も、クリーンヒットとはいえない。文章が荒っぽすぎて、
これでは時代小説のほうがましとも思える。ただ私のような普通の読者には、いろんな知
らない知識が詰め込まれていて、その点では非常に面白かった。司馬遼太郎氏の幕末もの
が読めなくなった今、こういう本はありがたい。
たとえば、幕末の国学者の切迫した時間の感覚を「トキ」という言葉の語源から説明し
てくれる。トキとは床から発し、床石の上、すなわち「とこしえ」であり、「常盤」を意味
する。すなわち、しっかりと安定した土台である。一方、トキとは、「疾し」を意味し、迅
速性、瞬間性を意味する。野口氏は、この2つは、同一語の二面をさすものだと推測して
いる。これには感心した。「無常迅速」という。東洋的な思考の中には、つねに相対する矛
盾した二面性を同一の概念に包み込む技法がある。時間とは悠久であり、永遠であり、瞬
間であり、迅速であり、つねに「今」である。トキとはわれわれをのせている舟という意味
で土台であり、いつ「何時」、舟からたたき出されるのかわからないという意味では迅速で
ある。幕末の国学者たちは、時間がない、という切迫感に襲われていたようである。復古
の大業に身を投じるのは、「今」であるという機会がまわってきたためである。
時間が切迫する。圧縮されていく。クリティカル・モメントというのは、どの時代にも
存在するが、とりわけ幕末はそういうときであったろう。この本のなかの「天誅組と幕末国
学」の章は、いちばん光っている。
闇夜いく星の光よおのれだにせめては照らせ武士の道
雲を踏み嵐を攀じてみ熊野の果なし山のはても見しかな
「早すぎた挙兵」を行った天誅組の伴林光平のうたである。伴林の「南山踏雲録」にある。
二番目の歌は、丘の上の風を歌ったキーツにその叙情が似ている。戦後、こうした「勤皇」
の歌は封印されたらしいが、もったいないことである。こうした歌を、初めて読ませてく
れた野口氏には感謝したい気持ちである。「南山踏雲録」は絶対に読まなければ、という気
になった。
松永太郎
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映画寸評 ○○○
アメリカ映画『マイアミ・バイス 』Miami Vice 奥山篤信評
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フロリダ州マイアミは南米大陸への交通の中継地として、アメリカでも独特の雰囲気の町
であり、実際スペイン風の家やホテルが立ち並ぶレゾート地でもある。この映画題名通り
麻薬売春殺人強盗などありとあらゆる犯罪、すなわち悪徳(Vice)の町であるマイアミの警
察特捜課のundercoverの活躍を描いている。80年代にフェラーリに乗りヴェルサーチを
着こなすファッショナブルな刑事の活躍を描くテレビドラマとして熱狂的ブームを呼んだ。
この監督が、1995年にアル・パチーノ 、ロバート・デ・ニーロ 、ヴァル・キルマー 、ジ
ョン・ヴォイトを配した、活劇として僕の最も好きな映画のひとつである『HEAT』の監督
であるマイケルマンとあっては見逃すわけにはいかず初日9時六本木に赴いた。
マイケルマンは筋を通す男らしい男、それは戦いに滅法強い男、そして反面女性に対して
は断固騎士としての役割を自覚し心優しい男、このような男の美学を描いて右にでるもの
はいないと思っている。往年の西部劇映画のカウボーイ魂をそのまま現代に置いたと考え
てよい。
この映画の主人公の刑事を『アレキサンダー』のコリンファーレルと『RAY』のジェイミ
ーフォックスが演じる。愛する女性を何としても守りきる純な男の優しいまなざしを浮か
べる役柄を二人の名優が見事にこなす。とりわけRAYでアカデミー賞受賞のフォックスの
演技が光る。一方愛される女性があの『SAYURI』で性悪な芸妓を演じた国際的中国女優
コンリーであり、麻薬カルテルボスの側近である謎の女として登場、この映画ではきわど
い濡れ場を演じている。かってSAYURIで中国人が芸者役で肌を見せているのは国辱だと
抗議した中国当局の対応を思い出す。日本人ではなく白人相手なら良いのであろうか?そ
れと黒人女優ナオミハリス、鍛えぬいた黒光りの引き締まった筋肉のフォックスと、茶褐
色の肉体派ハリスとの黒と茶の肌の木目まで映し出す『絡み』は生きたエロスの彫刻とし
ての映像美の極致ともいえるほど美しい。フォックスがCOMAに陥ったハリスの奇跡の回
復を祈る後ろ姿には男の優しさと哀愁が篭められると共に、銃撃戦での復讐の弾丸に男の
怒りが炸裂する。男女共同参画などの美名で失われた、本来のあるべき男の魅力はこれで
ある筈だ。
さてマイケルマンのHEATでの銃撃戦をご記憶かと思うが、とにかくこの監督の銃撃戦の
サウンドには、他の映画にはないいぶし銀のような深みがあり、同時にすばらしい迫力が
ある。撃ちあい場面での機関銃、ライフル、ピストルなどそれぞれの音が美しくそして全
体としてリアルな見事なハーモニーを奏でる。
僕は映画をDVDで見るのは迫力とサウンド効果の面で好まないが、この映画など特に大型
パノラマスクリーンでの迫力ある銃撃戦はDVDでは効果が半減してしまうだろう。さてこ
の映画、二人の男の世界とおもいきや、実は脇役で射撃にすばらしい腕をもつ女刑事を登
場させている。エリザベスロドリゲスという女優だが、このクールで淡々と仕事をこなす
口数少ない刑事の活躍が、銃撃戦での引き立て役として観客をさらに興奮させる。この女
刑事の銃を構える姿がしびれさせるほど恰好がよいのである。マン監督の憎いほどの構図
には驚く。哲学や教訓は特にないが、ハイテクに富んだストーリー、銃撃戦の面白さと映
像美を是非楽しまれてはいかが!夏ばての体もシャンとなるのでは??
奥山篤信評
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