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甦れ美しい日本 第080号

発行日: 2006/8/22

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年8月22日 NO.080号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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 < 目次 >

◎ゲスト執筆者

1.塚本三郎   謝罪外交のツケ 

◎レギュラー執筆者 
         
1.佐藤 守       大東亜戦争の真実を求めて75
2.松永太郎   日本のこれから
3.奥山篤信    ラスベガスとアメリカ文化
4.西山弘道      25万8千人!

◎図書室 中国人を黙らせる50の方法 宮崎正弘 徳間書店 2006年 松永太郎評
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1. 塚本三郎
 -謝罪外交のツケ 
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 日本人の間で、謙虚な態度は、素晴らしい生き方と習慣づけられて来た。
 争いのあった場合、自分の方が正しいと思っても、敢えて自己主張をすることなく、ま
た、相手方の誤りを指摘して、争いを拡大するよりも、まずは自分が謙虚にさがり、謝罪
をする。それは、「お互いに注意しましょうね」との合図でもある。その態度は、同じ習慣
に育った人との間では、正しい生き方であり日本的習慣である。

 相手も、自分の方が少々分が悪いと気付いていても、相手が先に頭を下げてくれば、良
心が許さず、私の方こそ悪かったと、よけいに下がってくれるのが、日本人同士の良き慣
行である。(仏教思想)が浸透しているゆえではないか。
 日本人は、何事も控え目に生きることが、人生にとって平和に生きる秘訣と心得ている。
 しかし、外国、特に中国、韓国と日本の間では、その態度は正反対となる場合が少なく
ない。
 日本人は同じ民族の集団であり、仲間同士で同族意識の中で育った。
大陸の人達は、広い世界で、もともと異民族が境を接して、烈しく争う中で生き抜いて来た。
他民族に対しては、百戦錬磨の人達の集団とみるべきである。
 従って、まず自己主張を行なって、己の立場を鮮明にする。もちろん相手も、負けては
いない。そこから争いが起こり、争いの中から勝ち負けが決まる。背後に力がものをいう。
 権力者が常に、権力の争奪によって支配している王朝の時代は、王朝の威令そのものが、
今で言う法律と同じ役を果たす。
従って、その権力者に謝罪することは、自分が悪いことをしたから、あなたの言い分に
従います、如何なる要求をも受け容れますとの意思表示となる。相手との間では謝罪し
た瞬間に、対等互角の立場ではなく、主人と従者の立場となることを認めることになる。
 相手は素直に、こちらの謙虚な態度に感謝すると思うのは日本的であっても、外国人に
は全く逆となる場合が多い。日本人はそれを理解していない。謝れば、「すべての事件は水
に流そう、そして、相手も水に流してくれる」ものと、勝手に解釈している。
 日本では、物事の善悪をはっきりさせたくない、という風習が伝統的にある。善悪をは
っきりすれば、己は自惚れるし、相手を憎しみに陥れるから、以後、快くつきあえなくな
る。何事も敵と味方、善人と悪人の区別を付けないことが、良い慣習と考える判断がある。
 他民族との間では、その考えは通用しない。結局裁判所で争うように、勝ち負け、善悪
の決着をつける必要に迫られる。
 例えば、戦後の日本では交通事故の場合、良くも悪くも、まず相手の違法を責めること
が車社会のようである。アメリカ型の争いが、日本に争いとして習慣づけられた結果であ
ろうか。従って悪い立場の者こそ、大声でまず相手方を非難する場合がある。日本的でな
い争いを、車社会にまま見ることができる。
 謝れば、自己の責任を認めたことになり、被害に対して当然すべての賠償責任を負う。
 中国や韓国の政権は、日本が何度謝っても、未だ謝っていないと、理不尽に攻めて来る
のも、日本が謝ったから、それ相応の償いをすべきであると、相手は受け取り攻めてくる。
 歴史認識問題で言えば、日本が敗戦後、まず謝罪した。そして満州事変、日支事変は、
俺達の領土が戦場にされた。その被害は人的にも、物的にも、侵略者日本が償ってくれて
当然である。従って「日本国の存在する限り償うべきだ」との、見え透いた魂胆が中国側
にある。日本人はそれに気付いていないことが今日の深い傷となっている。
 争いは双方に、相応の言い分が在る。とりわけ日本は、国際的に決して、条約、協定を
破って大陸に行ったのではない。従って、国際的取り決めで是非を争うべきだ。日本は中
国を不法占領したのではない、条約、協定に基づいて行なったのであるから、堂々と相手
の暴動の非を指摘し、文句があれば、条約や協定の改定を申し出るべきだと、主張し、む
しろ、攻勢に転じて、対等に争うべきだ。
それなのに、謝罪を繰り返した後で、話し合いをすべきだ、と主張する日本人のお人好
しの態度は、最初から失格である。
こちらが半分以下の非で在っても、まず謝る。絶対に相手が悪い場合には、堂々と責め
て抗議し非難すべきなのに、その場に至っても、相手を日本的風習の人と勘違いして、
まず話し合いをせよと言うのは、話せば判る相手と勘違いしている、相手知らずの日本
人だ。
中、韓及びロシアは絶対に謝罪をしないし、したことがない。それが中、韓、ロシアの
外交の根本となっている。謝罪をすれば致命傷となることを彼等は承知しているから。
『もう喧嘩は終わりましたか』これが毛沢東中国主席の、田中角栄首相に対する第一声(昭
和四十七年九月)であった。
 田中角栄首相、大平正芳外相と、周恩来中国首相との五日間に亘る、日中国交回復の調
印式前の交渉で、漸く妥結した。そして主席・毛沢東と田中首相が会談したときの第一声
を思い出してみるがよい。
 外交は血をみない戦争である。そして戦争は血をみる外交であると、識者は言う。
中国との国交回復以前に、日本社会党代表団が訪中した。委員長・佐々木更三氏が、毛
沢東主席に、日本軍の行動をまず陳謝した。そのとき、毛沢東は応対して次の如く云っ
た。
 「なにも謝ってもらう必要はない。日本軍が蒋介石の国民党と戦ってくれたおかげで、
中国共産党は政権を握ることが出来たのだ」と、ありのままを述べてくれた。
そして、「我々共産党の力のみでは、日本軍にも、国民党軍にも勝てなかった」と。当時
は、中国共産党の有りのままの姿を語って、日中の友好を逆に語りかけた。
もちろん、当時の中共政権は、ソ連とウスリー川をはさんで、国境紛争が多発して、日
本との友好協力を欲していたという事情もある。
 争いがあっても、相手との喧嘩を避けたいと考えるのが日本人だ。しかし隣国同士は、
国境紛争や資源戦争は当たり前である。相手によっては「謙虚な態度に出る、というのは
卑怯である」。紛争に対する逃げであって、問題の先送りである。
紛争が起きるのにはお互い言い分が在る。それを避ければ逃げとなり、国民の間に不満
が募る。それがために、今日の日本国民の間に大きな「嫌中嫌韓」が渦巻いている。
そのことは、間違いなく相手国にも反映して、「反日」感情の拡大を招いている。
相手との関係を正常に正す為にも、まず日本外交そのものを正常に戻す必要がある。
それには、まず日本人的発想ではなく、相手の手法を見定め、喧嘩を恐れてはならない。
中国や韓国との外交に関して、話し合いを連発するのは逃げである。

謝罪は隷属国となる

 天皇陛下が、わざわざ北京までおいでになって謝罪された。このことに対して、中国政
権の勝手な理解は、「日本が侵略国として大変御迷惑をかけた、以後はすべて、中国の指示
に従いますからお許し下さい。との国家対国家の約束」と、解釈している。その結果は、
 以後は隷属国として中国側の指示に従いなさい。日本国内のことと云えども、中国人民
の意に沿わないことは、致しません、と約束したではないか。中国政権はそう受け止めた。
小泉首相の靖国神社への参拝などは、行くなと指示したのに、「従わないのは、愚かな行
為である。その罰の恐ろしさを軽く見るな」これが、中国共産党政権の魂胆であって、
日本外務省への「ゲンメイ」となっている。
中国政権の、天安門に於ける「中国の民主化を叫ぶ人民に対する多数の虐殺(一九八九
年六月四日)」に、世界中から非難されて苦しむ中国共産政権は、その窮状を逃れる道は、
お人好しの日本政府に助けを求める以外にない、と判断して、天皇陛下の御訪中を日本
政府に必死で懇願して来た。中国の!)小平政権が、天安門事件で全世界からごうごうた
る非難を浴び、孤立状態に陥っていたから。
 動乱の中国が!)小平氏の開放経済体制によって、漸く国家らしい姿を取り戻しつつあっ
たその中途のこと、その中国を、隣国として同情し、世界中の非難、即ち「暴虐の政権を
支持する、利敵行為の日本」という世界の冷たい眼差しの中を、敢えて暖かい援助の手を
差し延べた。日本としては最大の好意をもって、宮沢政権が決断した天皇御訪中であった。
未だ中国政権は不安定であり、まさか、この天皇陛下の御訪中を悪用し、やがて開き直
って来る。などということは思いもよらぬ判断であった。
その厚意を、恩を仇で返す中国と言って、口惜しく思う日本の政治家の態度は、純真な
誠心と言うべきか、あるいは相手を知らざる無知と叱責すべきか。

喧嘩は相手による

 日本は連合国の要求するポツダム宣言を受諾し、敗戦を決意した。敗戦を終戦と言い換
えた。歴代天皇を中心とする、二千数百年の皇統、即ち日本国体を護持し得たからである。
「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」と仰せられた、昭和天皇の精神である終戦の詔書を素
直に受けとり、歯を食いしばり、占領軍にかしづいた。
 こうなった以上、潔く、負けっぷりのよさを示そう、これが一億総懺悔であった。
戦後の日本は、このような覚悟で占領軍をして、日本人の魂を見直させるに充分であっ
た。しかし、それは、相手によるべきだが、中国や韓国に対してまで適用し、譲る
べからざる相手に対してまでも、「譲歩から謝罪」にと悪用して今日に至ってしまった。
 日本の素晴らしい国民性である「謙虚と自戒と懺悔」の生き方を、否定するものではな
い。大自然の中で生かされ、育てられた、共存共栄の大和魂を軽視すべきではない。
私はただ支那大陸の、中国や朝鮮半島の人達の生き方を承知して、対処すべきだと力説
したにすぎない。彼等の生き方が正しいと弁明するつもりはいささかもない。
人間の生きざまは、大自然が結果は判断してくれる。人間の道に背いて恥じない中、韓
両国の世情は、大自然に背かれ、黄砂の舞う砂漠が、大地を蝕みつつある。支那大陸は、
もはや全土が黄砂と公害に覆われ、朝と夕方はキラキラと光る太陽ではなく、赤い夕陽
しか仰げない。その上、政権内の汚職と、国民の間の貧富の格差は、全土に不満が渦巻
き、国家としての体を為していないと言いたい。
日本の謝罪外交は、法制の不備、即ち、自立国家として、ふさわしい防衛力の整備を怠
っている点が、その根底に在る。ゆえに憲法改正が最大の急務であると提言する。
                             平成十八年八月下旬

塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
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1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて75
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 「マクマリーは、幣原外相の腹心として知られる日本代表の佐分利貞夫氏の懸念
を聞いて、それを深刻に受け止めた。アメリカの対中国政策は『非現実的な愛他主
義に陥る可能性がある。アメリカは中国で本質的な係わり合いを持っていないから、
そういうこともできる。しかし、それは日本にとって耐え難い状況を作り出す。中
国は日本にとって経済的政治的に絶対必要な存在なのだから』と佐分利は述べたの
である」
 マクマリーは、ワシントン体制がいかにして崩壊していったかを、詳細に分析し
ているのだが、「国際的な法の枠組みの完全な状態での維持について、同じような最
大の懸念を表明している」として、「広東の国民政府が、二分五厘の付加関税の実行
開始を一方的に決定したこと」を挙げている。
 これは、特別関税会議における各国間交渉の中心議題であったが、ワシントン会
議はこのような一国の単独行動、あるいは地方的な行動を想定していなかった。そ
して「日本は事態を憂慮して『ワシントン会議に参加した列強諸国による会議の開
催が望ましい』と考えた。米国務省は(マクマリーの見るところでは)、中国による
条約の一方的否認を支持する協会団体の圧力に影響されていた」という。
「さらにまた、ステファン・ポーター下院議員の決議案の影響もあった。米国内の政
治的圧力によって米国政府は受身の姿勢となり、『英国と日本との間に提案されてい
る協議を進める緊急性を認めない』として、日本の要求を拒否することになったの
である。この結果は日本と米国の信頼関係に深刻な打撃を与えた」とマクマリーは
分析している。
「これは一九二六年秋のことであったが、ワシントン体制に対するさらに深刻な難
題が、次の春持ち上がった。国民党軍が、一九二七年三月南京を占領したとき起き
た暴動と殺戮(いわゆる「南京事件」)は、『中国の全地方に緊迫状態をもたらした。
宣教師も不本意ながら内陸部での不況を断念し、承認は輸出港での事業を取りやめ、
外国人もまた仕事を放棄して母国に帰るか、もしくは嵐が立ち去るまで天津か上海
へ避難して時を待つしかなかった』。このときもまた、米国は他の列強と協力をしな
かった。すなわちアメリカは、共同抗議文書(関係5カ国による南京事件の責任追
及)の起草には参加したのに、国民党に対する制裁行為に強調しようとはせず、(ワ
シントン会議に参加した他の列強の行動を)無力なものにしてしまい、これらの国
を気まずい状態に放置する結果を作った」
 編者のアーサー・ウォルドロンは、マクマリー・メモランダムの概要を、上記のよ
うに簡潔にまとめ書きしているが、マクマリー・メモの本文「中国激動の期間(一九
二二年〜一九二六年)」には、極めて興味ある記述があるので引用しておこう。
「中国は、ワシントン会議に嘆願者の立場で参加しており、自国の国家的要望が達
成された満足すべき結果に、心から感謝の意を表してきたが、条約の効力発生が遅
れた三年の間に、その態度を根本的に変えてしまった。そんな状況の中で、『関税会
議』と『治外法権委員会』が招集された。中国の態度の変化は、大方は単純な効力
発生の遅延の結果であった。中国は。条約加盟国が約束事に不誠実になってきてお
り、『権利回復』運動の沈静化を狙っているのではないかと疑うようになった。この
時期、『権利回復』運動は学生たちの支持を受け、さらに一般の保守的な商人や学究
層にまで影響を広げ始めていたのである。条約加盟国に対するこの不信感は、第3
インターナショナルの規定政策を実行してきたボロディンやその他のソビエト政治
顧問たちによって、熱心にかつ巧みに助長されていった。このコミンテルン政策と
は、中国や他の半植民地諸国を目覚めさせて世界革命を拡大し、資本主義ならびに
帝国主義の列強に対抗させようとするものであった」
 「ボロディン」=「本名ミハイル・マルコビッチ・グルゼンベルグ(1884年〜1951
年)は、ペロルシアに生まれ、1908年から1909年にかけてパルパライソ大学〈米
国インディアナ州〉で勉学し、シカゴに住んだが、1918年ロシアに帰国し、コミン
テルンの活動に従事した。彼は1923年、孫文の政治顧問となって国民党の諸計画
に参画し、共産主義者の分裂まで党の中心をなしていた。彼はまた漢口政権の支配
グループの一人であった。再度ソ連に帰国してからは、(1927年の国共分裂による)、
最初は政府関係紙や製材産業で働いた。その後は、国外のアメリカ人のための出版
業、例えばアンナ・ルイズ・ストロングのモスクワ・ニュースのような出版事業に従事
した。ところが1949年彼はストロングと共に逮捕され、彼女はアメリカへ帰るこ
とを許されたが、彼はシベリアのヤクツク近くの収容所で獄死」している。(続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.松永太郎
 日本のこれから
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 8月15日、小泉首相が靖国神社に参拝した日の夜、NHK・TVが放送した「日本のこれ
から」という番組は、いろんな意味で非常におもしろかった。こういう番組をこれからも
どんどん放送してもらいたい。

 この番組は、いつも、「この番組のテーマについてはまったく考えたことはありません」
ということが明白な三宅民夫さんというアナウンサーと、もう一人の名前は忘れたが中年
の女性のアナウンサーと組んでやっている。いわゆる視聴者参加型の番組で、途中でメー
ルやファックスや携帯などで「あなたは、A,Bどちらだと思いますか」という。ゼカヒ
カ式のつまらない質問を視聴者だの会場にきている「普通の市民」にアンケートして番組
を進めるのだが、この質問というのが、いつもまことにくだらないもので、しかも誘導尋
問な意図がありありで、じつにおもしろい。今回はさすがにたまりかねたのか、ゲストで
出演していた麻生外相は「こんなくだらない質問はないだろう、と見ている人みんな思って
いますよ」と言ったほどである。麻生さんは、今回、ものすごいファンを獲得しただろう。
この、「ブログ」なら炎上間違いなしの「質問」とは「あなたは中国をライバルだと思いま
すか、それともパートナーと思いますか」という、こっちが呆然とするぐらいバカみたいな
ものだった。この番組のプロデユーサーの程度がこのぐらいなのか、それとも自分がその
程度だから、視聴者の皆様もそのぐらいと思っているのか知らないが、これだけバカみた
いな質問というのも、なかなか考えられるものではない。

 この番組に登場する「市民」のだいたい半分以上は、いつも、「ネット」でいうところの
いわゆる「プロ市民」である。「プロ市民」というのは、日ごろ、サヨク運動にそのエネルギ
ーのほとんどをさいているご苦労様な人たちであって、朝日新聞が「市民」というときの「市
民」である。普段、普通の「市民」である私たちはあまり目にすることはない。この番組
は、この前「米軍再編問題」をとりあげ、ジェット機の発着音をスタジオで聞かせて、大
いに「プロ市民」を盛り上げた。「こんなすごい音を毎日聞かされているのです!」という
わけで、もって番組のプロデユーサーのご意向ミエミエというものである。

 つまりこの番組は典型的なサヨク的「みなさまのNHK」ものなのである。今回もプロ
市民とNHKサヨク御用達のカン東大教授(!)をそろえて、万全の体勢をととのえたの
はいいが、いくらなんでもそれでは討論にならないので、岡崎大使を引っ張り出したのが、
誤算だった。今回の最初の質問は、「あなたは首相が靖国に参拝することに賛成ですか。反
対ですか」というもので、さんざっぱら、「戦争を反省していない」だの「侵略を反省してい
ない」だのと中国や韓国や日本のサヨクの言い分をきかせたあと、どういうわけか三宅アナ
ウンサーは岡崎大使にふったのである。まあ、こっちの言い分も聞いてやらなければ、と
いう感じだったのであるが、岡崎大使はこう言ったのである。 

 「この問題は、そもそも終わっている。大体80年代まで、この問題で騒ぐ人はいなかっ
たが、それ以後、いろんな政治的思惑で騒ぐようになっただけである」 

 これで終わりである。実際、この「問題」はまったくそのとおりであって、これ以上、
何も言う必要はない。岡崎大使はまことにみごとに議論も、ついでに番組も終わらせてし
まった。このことについてまったく勉強していない三宅アナウンサーは、言うべき言葉を
うしなってしまい、どういうふうに続けたらいいのか、目を宙に漂わせるだけ。しかし、
おそらくアンケート結果にこそ、期待をつないだのだろう。その途中、画面にアンケート
結果がでていたのを、かわいそうに、三宅君は知らされていなかったのである。アンケー
ト結果が出ました!とうれしそうにコンピュータかなにかを見たあとの三宅君の表情は凍
りついていた。

 この番組のプロデユーサーも三宅君も、アンケートは圧倒的に「首相の靖国参拝は、反対」
という結果だろうと予測していたはずである。そのための前ふりでありシナリオであった。
結果は、首相の靖国参拝賛成が圧倒的であった。反対は、賛成の半分ぐらいだった。三
宅君の中で、NHKのくだらないドラマふうにいえば「なにかが音とたててくずれさった
のである」。「さ、賛成がすこし多いようです・・・」といっただけ。少しどころではない、
圧倒的である。

そのまま番組はニュースで中断してしまうところだったが、プロデユーサーはこのまま
ではまずいと思ったのだろう。女性アナウンサーに「賛成は若い世代が多い」と言わせ、
視聴者のファックスで「若い世代は戦争を知らない」といわせ、ゲストに若者批判をさせ、
おおわらわだったが、すべては あとのまつりの帆掛け舟である。
メディア、とくに朝日やNHKのような大組織メディアの問題の立て方の安易さ、陳腐
さ、構想力のなさが何もかも露呈している番組だった。古式豊かなサヨク思想だけで生き
ているのだ。この番組はほかの何よりもNHKの実態を明らかにしたものといえるだろう。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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3.奥山篤信 
 ラスベガスとアメリカ文化
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ラスベガスはネバダ砂漠の窪地であり、いわゆるオアシスとして19世紀前半にソルトレイ
クシティからカリフォルニアを目指すモルモン教徒によって発見された。そしてカリフォ
ルニアでゴールドラッシュが起ると、砂漠の中の貴重な中継地点として、定住する者も現
れ1905年、ユニオンパシフィック鉄道の開通に伴って、水の豊富なラスベガスは蒸気機関
車への給水地となり、駅が造られた。ゴールドラッシュyも去り1929年の大恐慌により、
産業のないネバダ州では、税収確保の為1931年賭博を合法化した。さらにルーズベルト大
統領のニューディール政策によって、近郊にフーバーダムが建設されることとなり、労働
者の流入と安価な電力の供給で街は大きく発展した。1940年代に入るとダムから得られる
豊富な電力を利用して、ネバダ砂漠に軍事基地や核実験場が続々と建設され、その関係者
が町に住むようになった。映画『バグジー』で知られるベンジャミン・シーゲルが1946年
フラミンゴホテルを建設したのをきっかけに、カジノが収益を求めてマフィアが続々とホ
テルを建設するようになる。その後当局の取締りが厳しくなるにつれ、マフィアは浄化さ
れ1980年代の末頃から、巨大テーマホテルブームにより、客室数ベースで世界の12大ホ
テルのうちなんと11軒がラスベガス地区に存在するという。

このラスベガスに僕は久しぶりに立ち寄った。ラスベガスは賭博と同時にアメリカの超一
流のショウを見せる場所として脚光を浴びている。ラスベガスに来るものは誰でも、その
後ろめたくない雰囲気の中に独特の開放感を感じ、財布の中身に無感覚になり、高いショ
ウチケットについても金銭感覚が緩む。だからニューヨークなどのショウとは異なり、興
行サイドにとってはドル箱であり、自ずと超一流の出演者が集まる。そしてその拡大再生
産としてショウはさらに磨きがかかる。古くはフランク・シナトラやエルビス・プレスリ
ー最近ではセリーヌ・ディオン、エルトン・ジョン等が常時公演を行っている。とりわけ
人気は、シルク・ドゥ・ソレイユでありサーカスを発展させた新しいタイプのショーを複
僕も例外ではなく、シルク・ドゥ・ソレイユを見ようとしたが当日でもあり、やっと手に
入れたのがBLUEMAN GROUPのショウで、場所はまるでイタリアベニスの再現の
ごとく豪華絢爛たる装飾に凝りに凝ったTHE VENETIANホテルの1760席での大
劇場である。BLUEMAN GROUPは80年代よりニューヨークのオフブロードウェ
イに始まり今日に至っている著名なショウプロダクションである。

会場に入るや舞台に近い前から数列には配布されたポンチョ(雨合羽)を着る客、僕の座
るその後ろの席周辺には紙テープが配られ、独自に体のアクセサリーとして巻きつけたり
し自然に観客をはしゃがせ、ショウへの期待を事前に膨らませる。

開幕と同時に電光掲示板に文字が走り出し、それを読む観客に都度拍手と叫び声を上げさ
せる。登場したのは黒装束に首から上を青のペンキを塗りたてたテカテカ光る頭から青い
目だけを覗かせた三人の男がドラムをたたくシーンである。ピンク黄緑の粉末状のペンキ
がドラムを叩くとともに空中に飛び散り見事なカラーの乱舞。客席のポンチョの意味がこ
れで分かる。三人という人間の集団は必ず2対1と一人が仲間はずれになる。終始この原
則で無言のコメディが狂言として同時進行する。観客の中から嫌がる女性をピックアップ
して(僕はサクラではないと思っている。)コメディが盛り上がる。演出の面白さは最初
は観客の焦点をBLUEMAN三人に集中させ、シナリオが進むにつれ視点を大舞台全域に
分散させて行き、ついには僕たちの視野の限界を自覚させてしまうほどとなる。そこには
ハイテク電子技術あり新素材(PVCの楽器など独特の心地よい音色)そして色とりどりのカ
ラーの美しさ、とりわけロックのリズム感溢れるパーカッションが主題である。なんと三
階建ての立体構造でのパーカッションの競演と協演は見事な迫力で観客の視聴覚に迫る。
終わりは天井よりパイプ状のテープ装飾の見事な動きと後方から流れてくる紙の波、つい
には舞台と観客席に境はなくなり興奮の局地に達しショウは終わる。これほどの満足感と
陶酔感はない。

この舞台を見て、僕は人工国家アメリカのアメリカらしい人工芸術の結晶を見た。ちなみ
にこの舞台デザインはピンクフロイドの舞台デザインを手がけたMarc Brickmanである。
僕はBLUEMANの鑑賞は初めてであるが、この総合化されたショウに日夜たゆまない演
出家と役者それにデザイナーの好奇心とその実現に向ける切磋琢磨された競争の原理と不
屈の闘志が見えるのである。アメリカなりの金銭的報酬に対応する研ぎ澄まされた『プロ
意識』というものがある。現代日本に蔓延る軽佻浮薄なテレビ文化(ポップにしろコメデ
ィにしろ)に、一体このBLUEMANにみる芸能人のプロ意識など感じられるであろう
か!アメリカのプロ意識の素晴らしさである。これは芸術の世界だけではない、あらゆる
分野(政治経済文化を含め)での金銭やそれなりの名誉への対価としてのアメリカ人なり
の意識である。アメリカとの物質的価値観とは異なるが、かって日本にも、あらゆる分野
に日本人としてのプロ意識はあったはずだが、伝統芸能は別として今や中途半端な妥協や
甘えしかないのが日本の姿である。最近の馬鹿げた映画、ドラマ、音楽(のみならず経済
界政界など)を見るにつけ日本全体の緩みと瓦解を、このラスベガスのショウを通じて読
み取るのは穿ちすぎであろうか。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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4.西山弘道 
 25万8千人!
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 終戦記念日の8月15日、靖国神社を訪れた人は25万8千人に上った。数年前は
3万から8万人台で推移していたが、小泉首相の参拝から注目を集め、また神社の崇
敬会による参拝動員キャンペーンにより、昨年は20万8千人に膨れ上がった。そし
て今年、去年よりさらに5万人も増え、過去最高の参拝客となったのである。首相の
参拝が確実ということから、その歴史的瞬間(?)を目撃したいという人も詰め掛け
たのであろう。早朝のまだ暗い、雨模様の時からあの広い境内を老若男女、大勢の人
が黙々と参拝する光景を見ると、まさにこれこそサイレントマジョリィティーの発露、
日本人の良識は健全であったと思うのは私だけではないだろう。

 これに対し、韓国ソウルの対日糾弾集会に集まったのは3千人、中国北京の日本大
使館前で行われた抗議集会には30人。中韓にとって25万8千人の圧倒的な数は無
言の、静かな日本人の主張と感じたろう。勝負はあったのである。

 一方、各紙の調査をみても過半数の人が小泉参拝を評価した。
読売は参拝支持が53%、支持しないが39%、毎日は評価するが50%、批判が4
6%、NHKの特集番組の中でのアンケートでは参拝賛成が63%、反対が37%と
いった具合で、半数以上の人が小泉首相の“確信的参拝”を評価した。恐らく評価の
最大の理由は、一国の首相が他国の批判にも屈せず、堂々と民族の習俗伝統を守った
というところにあるのだろう。

 各紙の調査で注目されるのは、20代、30代の若者が首相の参拝を大きく評価し
ていることである。50代、60代では批判の%が多くなっている。

若者のナショナリズム志向は確かに顕著になっている。サッカーWカップで、「ニッ
ポン!ニッポン!」と熱狂したスポーツ的愛国感覚もあるのだろう。ネットの書き込
みで中韓に反発する「ネット右翼」の増大もある。

 若者の健全なナショナリズム志向は歓迎すべきであるが、問題はそれが、イエスかノ
ーかの単純なデジタル感覚で反応することだ。やはり戦争を挟んだ日本の苦しい時代を
歴史認識するアナログ感覚も持たなければ、単純に“韓流ブーム”に狂奔するオバサン
と同じレベルの“にわか右翼”になってしまう。独仏など移民排斥を叫ぶネオナチのス
キンヘッドの若者と変わりない。
健全な歴史学習を受験一辺倒の今の学校には頼れないわが国としては、若者たち個々
人が、自ら自覚して健全なナショナリストたらんと独学するしかないことが苦しいとこ
ろだ。反面、中韓の反日主義や北朝鮮のミサイル発射のおかげで、どれだけ日本の
若者たちのナショナリズム志向が高まったか、まさに“将軍様様”である。

 ところで媚中派の新聞、日経の17日夕刊にこんな記事が載っていたので紹介し
たい。
 「分祀でも容認せず 韓国、靖国参拝で方針」
 ソウル発 韓国青瓦台(大統領府)高官は17日、靖国神社でA級戦犯が分祀(ぶ
んし)されても、問題の解決にはならず、日本の政治指導者の靖国参拝は容認でき
ないとの立場を韓国政府内部で確認したと明らかにした。
 韓国メデイアによると、青瓦台の鄭泰浩スポークスマンは「靖国問題はA級戦犯
分祀で解決できない」と言明。その理由として靖国神社内の戦史展示館「遊就館」
が過去の軍国主義を美化し、侵略戦争を正当化する施設であり、靖国神社の歴史観
に変わりがないと説明した

やはり、中韓は「分祀」の次には「遊就館」、次は「天皇制」と際限のない対日要求
を考えているのだ。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
-------------------------------------
図書室 中国人を黙らせる50の方法 宮崎正弘 徳間書店 2006年 松永太郎評
------------------------------------
 今回のメルマガにもとりあげたが、8月15日に放送されたNHKの「日本のこれから:ア
ジアのなかの日本」という番組のなかで、ある女子大生が、「オーストラリアに留学してい
たとき、中国人の留学生のグループに南京大虐殺をどう思うか、とすごい剣幕で聞かれた。
こんな反日の人たちとどうやって付き合ったらいいのか」と発言したところ、「遺族」とい
う不思議な肩書きのいかにも「プロ市民」風の中年男性が「中国人から言わせれば、そんな
ことも知らないのかということですよ!」とまるでその女学生をしかりつけるように言い、
その隣のこれもいかにも古典的サヨクふうな、おば様が「教えてこなかった私たちも悪
い!」とか言うのである。見ていて、この女子大生がかわいそうだった。もちろん何も知
らないのは、この「プロ市民」たちである。自分は何も知らないくせに、人に対して居丈
高に知らないことを責める。この傲慢な姿勢は、社の総力を挙げて妨害をしたにもかかわ
らず、終戦記念日に、小泉総理の靖国参拝をされてしまった朝日新聞の姿勢に良く通じる。
その日、論説主観の若宮啓文氏は一面の半分を使って「この上は、国立追悼施設を作るの
がよかろう」と書いた。なにが「よかろう」なのかさっぱりわからない。また、なぜそん
なにも傲慢になれるのかも、さっぱりわからない.Who do you think you are?  といいたく
なる。

 大手マスメディアの「ジャーナリスト」は、例外を除いて自分で取材しない。安楽いす
で「よかろう」と書くだけである。それにたいして、上の本を書かれた宮崎正弘氏は、実際
に現地で取材し、実態をよく把握し、さまざまな情報を咀嚼した上で本を書く日本のメデ
ィア、あるいはジャーナリズムのなかでは稀有の人である。 その情報量、取材力、さら
には生産量のすごさは、一人情報機関とさえいえる。特に現代中国に関する右に出る人の
いない専門家である。今回の本は、表題のように、さまざまなまちがった前提を、いわば
中国からの質問形式とし、それに応答する形で書かれたものである。 経済・ビジネス、政
治・歴史・軍事、文化・芸能・スポーツという風に分類されているが、要するに全体像という
ことである。これら万般の領域に関して、読んでいくうち、自然と今の中国の実態が、わ
かるようになっている。宮崎氏は、とくにビジネスの実体に強く「政熱経冷」などとわか
ったような言葉でごまかしている新聞記者とはぜんぜん違う。

 いずれにしても、本書で描かれている中国の実態というのも、すごいものがあるが、そ
れよりもぜんぜん、こうした現実を報道しない、朝日を代表とする、いわゆる「媚中派メ
ディア」というものも、すさまじいものである。リアリティというものをまったく知らな
いし、知ろうとしない。「良かろう」といいつつ、幻想あるいは夢のなかで生きているので
ある。実際に中国に行って取材しないから夢から覚めることもない。

 冒頭に書いたNHKの[日本のこれから」の第2部は、まず中国が「これから」ますます
目覚しい発展を遂げ、世界第何位だかの大国となるのだ、ということを「自明の前提」と
して、それで「日本はこれから中国とどう付き合ったらいいと思いますか、ライヴァルとし
てですか、パートナーとしてですか」という、世にも間抜けな質問を視聴者やゲストにした
ものである。アメリカと中国とどっちと仲良くするかという、変なものもあった。視聴者
が圧倒的にアメリカとこたえたのも面白かった。普通の「市民]はサヨク・メディアのうそ
や偽善を見抜いているのである。

「中国はこれからどんどん発展し、アメリカや日本を抜いて世界一の経済大国になるか
もしれない」などという前提は、単なる御伽噺であることが、宮崎氏の本を読むとよく
わかる。実際の中国人というよりは、日本国内の「媚中派]を論破するのに、絶好の書だ
ろう。ここに書かれているようなことが常識となれば、日本の[アジア外交]も変わってくる
だろうと思われる。
松永太郎
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
 編集長・市村直幸
 〒105−0003
 東京都港区西新橋1−22−7 丸万7号館4階
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政治ジャーナリスト・花岡信昭が独自の視点で激動の政治を分析・考察します。ときにあちこち飛びます。


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田舎のダンディ塚本三郎さんの「謝罪外交のツケ」、いつもながらの、過不足のない正論だ。ここが日本人の心情の原点と言ってもいい。憲法の代わりに、マスコミも政治家も、外交官もこの文書をポケットに入れて毎日読み、頭に入れ、必要に応じて、翻訳して相手の国に読ませればいい。反論はきっちり受け、きっちり再反論する。それを繰り返すだけでいい。それだけで、日本の評価は高まり、国際間の軋轢は減る。下手なテクニックはいらない、と思う。 日時:2006年8月23日


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