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日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う
- 最新号:2008-08-29
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- 創刊日:2005-02-04
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甦れ美しい日本 第072号
発行日: 2006/6/28□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年6月28日 NO.072号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎講演
岡崎久彦 新しい台湾問題
◎ゲスト執筆者
松島悠佐 軍事のはなし(14)「北朝鮮の弾道ミサイルにどう備えるのか」
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて67
2.奥山篤信 日本映画「不撓不屈」の爽快感
3.西山弘道 小泉政権の残したもの
4.松永太郎 ヴィジョン・ロジック
◎図書室
1.図書室ホール・ニュー・マインド ダニエル・ピンク
The Whole New Mind by Daniel Pink Riverhead N.Y (松永太郎)
2.図書室 陰翳礼賛 谷崎潤一郎 中公文庫 (奥山篤信)
◎映画寸評
アメリカ映画 「カサノバ」 奥山篤信評
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講演 岡崎久彦 新しい台湾問題
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台湾をめぐる内外環境はここ数年間顕著な変化を見せている。
まず、国際政治の変化はバランス・オブ・パワーの変化によって起こる。バランス・オブ・
パワーの変化が起こる原因としては、一国による他国の領土の併合、―十八、九世紀のロ
シア、プロシアの勃興の例、あらたな同盟の結成による場合、―日英同盟、三国協商など
ー、があるが、最も見落とし勝ちであり、また対応の時期、方法が難しいのは一国の国力、
とくに軍事力が内発的な力で増大してくる場合である。
その古典的な例は、十九世紀末のドイツの勃興である。それまではヨーロッパは英仏独
墺露の五大国の力が拮抗し、英国は、その一国が他に対して脅威を与える場合は第三国と
連合して対抗して、バランス・オブ・パワーを維持できた。しかし二十世紀の世紀の変わ
り目のドイツの場合は、近隣国の併合でも無く、新しい同盟を組むわけでもなく、ドイツ
の国力自体が増大するのであるから外交的な対応は困難であった。
英国はつとにその危険に気がつき、ドイツとの間では建艦競争を抑制することを提案し、
そして外交的には露仏と連合して協商を組むなどの措置で対抗したが、結局は戦争を避け
ることは出来なかった。そして戦争となってみると、三国が協力してもドイツのほうが強
く、アメリカの参戦を得て、やっと勝っている。
外国の力の増大に十分な注意を払わず、惨憺たる結果を招いたのは十九世紀末の清朝であ
った。清国は北洋艦隊を建設してその威容を誇っていたが、明治維新以来の日本の急速な
国力の進展と軍事力の増強に気が付くのに遅れ、戦争の前の年まで「蕞薾(さいじ)たる小
邦」の認識を改めず、その結果清帝国滅亡を招いた。
一九七〇年代末からの冷戦最後のソ連の脅威に時代においては、米国は、デタントぼけで、
気が付くのには若干遅れたが潜在的国力が十分にあったので、これに必要な対応措置を執
り、相手を競争から脱落させた。
中国の軍事力増強は過去十数年目覚しいものがあり、とくに一九九六年の台湾海峡危機
以降加速され、近代化も進んでいると推定される。
中国の軍事予算は、冷戦が終り千九百九十年代に入ってから、常に二桁成長を示してい
るが、インフレを差し引いてみると、真の二桁成長は一九九七年以降であることがわかる。
また中国の軍事費は国内の膨大な陸軍を支えなければならないため、近代化に投資でき
る分は少ないと言われて来た。たしかに中国軍は、各地方の共産党と一体となって地方の
統制、治安に当たっているので、他国と較べて国内向けの比重が国外向けより大きいのは
事実である。しかしその陸軍も一九九七年以降五十万人削減され、そこから浮いた資源は
近代化にまわされたと推定される。
具体的には何が問題かと言えば、米国にとってまず問題なのは、中国の核ミサイル能力
の増大であろう。
一九九六年の台湾海峡危機に際して、中国の軍当局は米国の西海岸にたいする核攻撃を示
唆した。それは虚勢であったといえる。しかし、それを現実の脅威とすることは、中国の
軍拡の大きな課題の一つであろう。つまり、将来再び米国が台湾海峡に空母機動部隊を派
遣するような事態が起こった場合、それを躊躇させる一つの要因となる程度の核ミサイル
能力をもつことである。米国としては今からそれに備える準備が必要であろう。
米国の対抗措置は、まずは、ミサイル防衛体制の強化であろう。日本との協力も必要と
なる。とくに今後グアムの戦略的価値が増大すると、グアムに対するミサイル防衛には日
本の協力が不可欠となる。また、伝えられているように、精密兵器による先制ピンポイン
ト攻撃による中国の核ミサイル施設の能力の減殺も米国は当然考えているのであろう。
もう一つの問題は東アジア海域における海空軍バランスである。米空母機動部隊の台湾接
近を阻止するための、中国の潜水艦の数と質の向上に対抗しなければならない。中国は潜
水艦の数において米国の三倍から五倍の数の保有を目標としていると言われる。
この中国潜水艦隊の脅威に対抗するため、また米本土に対する中国潜水艦の核ミサイルに
対抗するためには、日本の対潜水艦能力との協力は不可欠であろう。
そして最終的には制空能力である。制空権を中国側が持てば、台湾はいかようにでも処理
できる。
現在中国は第四世代機スホイ27,30を既に百数十機保有しているようであるが、まだ
十分に使いこなす能力がなく、米機動部隊の敵ではないようである。しかし、それが何時
まで続くか解らない。
今後その数が増す事は十分予想されることであり、また、その使用能力も毎年改善されよ
う。それが大陸沿岸の無数の飛行場から出撃することを考えると、二個空母機動部隊と台
湾の防空能力で、制空権を何時までも保持できるかは深刻な問題であり、 またシナリオ
によっては、その問題が生じるのは、そう遠い将来ではないかもしれない。ここでまた日
米同盟の効用が避けて通れない問題となる。
そして、長期的な世界戦略の問題としては、中国が台湾を併合してその富と技術力を手に
入れ、西太平洋における米国の覇権を脅かすようになる事態を避けるため、現状維持が望
ましいことは米国としては常に念頭に置く必要があるのであろう。
アメリカは、ここ数年間、その時々の米中関係の必要によって、時として中国の意向を反
映するような、内政干渉がましい行動を台湾に対してとって来た。それは端的に言えば台
湾の独立に向かう傾向を抑制しようということであり、それがまた、独立支持派を支持基
盤とする民進党に打撃を与えている。
しかしアメリカの対台湾政策の基本は、一貫していわゆる三つのコミュニケと台湾関係法
と、問題の平和的解決であり、現実政策としては現状維持であって、この方針には、今後
とも、大きな変化はないと想定して良いのであろう。
ゼーリックが国務副長官に就任して以来、中国の意向に沿うような言動がしばしば見られ
るが、その程度の変化は過去においてもその時々の状況によって有ったことであり、二〇
〇八年の選挙で民主党となったとしても、それがアメリカの対中、対台湾政策の基本を変
えることはないのであろう。
究極的にはアメリカの政策を決めるのはアメリカの世論と議会の動向であり、台湾が民主
主義国家であるという米世論の認識が変らない限り、アメリカの台湾支持は変わらないで
あろう。問題は、今後事態が急速に変るーそれは中国の戦略によって、意図的に、不意打
ち的に急速である可能性もあるー場合、世論、議会、ひいてはアメリカの政策がそれにつ
いて行けるかどうかであり、それには普段から種々のシナリオ・スタディーと対策が必要
となる。
日本の対中、対台湾世論は過去十年間大幅に変った。もっとも大幅と言ってもそれは日本
の世論の変化のグレイシアル・スピード(氷河の動きのような速度)の中での従来に年間
数メートルだったのが数十メートル動いたというだけの話であり、それが日本の台湾政策
に具体的に及ぼす影響はまだ小さい。
それでも二〇〇五年の2プラス2で台湾の平和的解決に関心を示したことに対して、中国
からは強烈な反応があったにもかかわらず、日本の世論は動ずる気配もなかった事、ある
いは日本の植民地統治を肯定するような麻生大臣発言に対して従来のように麻生大臣の進
退に関する議論が全く無かったことは、この変化を示すものであろう。これは将来の有事
に際して潜在的な意義を持つものかもしれない。
問題は台湾の変化である。台湾世論の動向は、二〇〇四年の総統選挙の頃と較べると、
二〇〇四年の立法院選挙後、二〇〇五年の馬英九国民党代表選出後は大きく変っている。
その原因は種々挙げられている。とくに指摘されているのは、中国による台湾工作であ
り、一九九六年の頃の武力による威嚇路線をやめて、経済力を背景とする平和攻勢に出て
いることである。そして台湾進出企業に対しては利益誘導と脅迫の併用によって圧力をか
け、米国と日本に対して外交的工作によって中国の意向を代弁する政策に誘導し、現政権
が日米から疎外されているかの如き印象を与えるのに成功している。そして公然と、正統
政府を無視し、野党の国民党支持の姿勢を明らかにしている。
こうした中国の干渉が効果を挙げていることは疑いない。しかしより巨視的に見れば、
最近の民進党の人気の退潮ぶりは、民主主義そのものの本質であると言える。民進党は既
に八年間政権の座にある。民主主義の下ではどの政党も、政権掌握が長く続けば、人心は
倦んで新しい変化を欲するようになる。
また台湾の民主主義がまだ日が浅いと言うことも関係あると思う。
日本で一九一八年に原内閣ができたときには、国民挙げて、明治以来の藩閥専制政治の
終りを歓迎した。しかし三年後原が暗殺された後は、国民は、政党政治が国利より党利を
追い、ポスト争い、利権争いに汲々としているのに反発して政党政治に背を向けた。
ウィンストン・チャーチルは、「民主主義は最悪の政治であるが、かって存在した他の
どの政治よりましな政治である」と言った。イギリスがこの覚り、あるいは諦念に達する
には数世紀の試行錯誤を要している。
原敬時代の党争の弊などは、世界中いたるところの民主政治に見られる現象である。し
かし初期の民主主義では国民はそこまでの諦観に達していなかったのである。
民進党政権八年にたいして国民の間に漠然たる飽きが来ていることは否定できないので
あろう。
そこで問題は台湾の政治の特殊性を考えねばならない。もし次の選挙で国民党が勝って
も、それはやがて人心が国民党に倦んで、四年後、八年後あるいは一二年後に政権が民進
党に戻る可能性があるのならば、それで良い。
それが民主主義である。
台湾の民主主義の将来を考えて行くと、国家の将来について国民の間にコンセンサスが
無い場合、はたして民主主義というものは機能するのであろうかという根本的な疑問に逢
着する。
例えば一党独裁を主張する共産党、あるいはナチ党と民主主義政党が、政権を争う選挙
をした場合、つまり、一方の勝利が民主主義の終焉を意味する場合、民主的選挙というも
のに意味があるかという疑問である。
もう一つ、問題をもっと複雑にさせるのは、、共産党もナチ党も、その党の本質を考えれ
ば、彼らが勝った場合の成り行きは明らかであっても、選挙の過程では将来の独裁体制を
表明するはずも無いことである。
あるいは現在の国民党自身は民主主義を維持するつもりであるのかもしれない。しかし、
中国の望むところは明らかに異なる。中国の望むところは、台湾の併合であり、それがす
ぐ出来なくとも、香港のように一国二制度などの暫定期間の制度―それももう残り四十年
となって来つつあるーを認めさせて、台湾の人民が将来自らを決する可能性を奪う事にあ
る。しかも、それを受諾させるには、今回国民党が政権を持っている間でなければならな
い。台湾の人の台湾意識が進むにつれて、そのチャンスは再び来るかどうか解らない。
その方法は、名目的には「平和的統一」というアメリカが反対できない形をとらねばな
らないが、実際は武力の行使に至らない程度の武力脅迫のもとの強制によることとなろう。
あるいは武力による場合は、米国に介入の余地を与えない電撃的な作戦であろう。
ということは次の総統選挙で国民党が勝った場合は、その任期中に、政治的軍事的危機
が訪れる可能性があることを意味する。
将来の見通しと対策
次の総統選で民進党が勝つ場合は何も問題は無い。中国はもとより失望するであろうが、
民意で択ばれた政権を武力で脅迫する場合のアメリカの反応は明白であり、二〇〇八年の
時点の軍事バランスではとうていそれは出来ない。
また民進党が勝つチャンスもある。現在民進党側には選挙で勝つモーメンタムは失われ
ているが、それが台湾人が自らの運命を決することが出来なくなる恐れがある選挙だと言
う認識が徹底して来れば、民進党時代八年間の台湾意識向上の教育の成果も表れるかもしれず、
多数の支持を得られる潜在的能力は十分にあると思われる。
問題は、国民党が勝った場合である。
中国側としてはありとあらゆる戦略を試みるであろう。軍事的脅迫によらず、三通政策
を柱とする平和攻勢で、中国系企業、労働力の大量浸透によって、親大陸勢力の拡大を図
る事も予想される。台湾意識を強調する教育政策の修正への圧力も十分予想されるし、そ
れはまた大陸系の影響力保持に利益がある国民党の政策とも合致しよう。
こういう平和的施策に対しては、外部からの干渉は不可能であり、またそれ自体必ずし
も悪いことではない。こんなことは40年前ならばネオコロリアリズムと呼ばれた、台湾資
本による中国本土支配である。ただ中国は台湾の投資や投資家を人質にとって政治的圧力
に使う恐れがある。しかしそれはWTOの精神にはする不公正慣行であり、これを阻止する
ことは難しいが、国際的に一致して非難してそれに対抗することは出来る。
そう考えると、もっとも注意すべきは軍事的圧力の下の脅迫であり、それによる極めて
短期の間の解決を中国側が図ることであろう。
それは、何らかの状況変化を口実にして、経済封鎖、海上交通の妨害、ミサイル攻撃の
脅しなどにより、あるいは事前に潜入した特殊部隊が放送局を抑えるなどして、外見的に
フォルス・マジュール(不可抗力による強制)の状況を作り、その時の政権に、中国側の
条件を受諾させることである。
これに対抗する手段は、それが実はフォルス・マジュールではないと確信できるような事
前の準備態勢を整えておく事である。それは端的に言えば、そのような場合に米国が台湾
を見捨てないというしっかりした心証を得ておくことにある。
実は、台湾関係法はその目的のために存在すると言って良い。この法律の起草者は明らか
にこのような事態を想定して法律を作っている。
Taiwan Relations Act
Public Law 96-8 96th Congress
(b) It is the policy of the United States--
(1) to preserve and promote extensive, close, and friendly commercial, cultural, and
other relations between the people of the United States and the people on Taiwan,
as well as the people on the China mainland and all other peoples of the Western Pacific
area;
(2) to declare that peace and stability in the area are in the political, security,
and economic interests of the United States, and are matters of international concern;
(3) to make clear that the United States decision to establish diplomatic relations
with the People's Republic of China rests upon the expectation that the future of
Taiwan will be determined by peaceful means;
(4) to consider any effort to determine the future of Taiwan by other than peaceful
means, including by boycotts or embargoes, a threat to the peace and security of the
Western Pacific area and of grave concern to the United States;
(5) to provide Taiwan with arms of a defensive character; and
(6) to maintain the capacity of the United States to resist any resort to force or
other forms of coercion that would jeopardize the security, or the social or economic
system, of the people on Taiwan.
(c) Nothing contained in this Act shall contravene the interest of the United States
in human rights, especially with respect to the human rights of all the approximately
eighteen million inhabitants of Taiwan. The preservation and enhancement of the human
rights of all the people on Taiwan are hereby reaffirmed as objectives of the United
States.
B項 合衆国の政策は以下の通り。
(1)、合衆国人民と台湾人民との間および中国大陸人民や西太平洋地区の他のあらゆ
る人民との間の広範かつ緊密で友好的な通商、文化およびその他の諸関係を維持し、促進
する。
(2)、同地域の平和と安定は、合衆国の政治、安全保障および経済的利益に合致し、
国際的な関心事でもあることを宣言する。
(3)、合衆国の中華人民共和国との外交関係樹立の決定は、台湾の将来が平和的手段
によって決定されるとの期待にもとづくものであることを明確に表明する。
(4)、平和手段以外によって台湾の将来を決定しようとする試みは、ボイコット、封
鎖を含むいかなるものであれ、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、合衆国の
重大関心事と考える。
(5)、防御的な性格の兵器を台湾に供給する。
(6)、台湾人民の安全または社会、経済の制度に危害を与えるいかなる武力行使また
は他の強制的な方式にも対抗しうる合衆国の能力を維持する。
C項 本法律に含まれるいかなる条項も、人権、特に約一千八百万人の台湾全住民の人
権に対する合衆国の利益に反してはならない。台湾のすべての人民の人権の維持と向上が、
合衆国の目標であることをここに再び宣言する。
問題はこの台湾関係法の目的を達成する具体的な措置を考えることである。
それは米台間に、密接な軍事協議関係を作っておくことにあると思う。
端的に言えば、時の台湾政府が、中国の強烈な軍事的圧力に抗し切れず中国側の条件を
呑む前に米国と協議できるような態勢を作って置くということである。
そのためにはその前から綿密なシナリオ・スタディーを積み重ねておく事が重要である。
政府間の協議に困難があるならば、公式に限りなく近いセカンド・トラックであっても良
い。そしてその種の米台協議を民進党が政権を執っている間に両国間で制度化することで
ある。一端始めた米台協議を中止するということはそれ自体大きな政治的決断をようする
ことになる。
それは中国にたいして挑発的であるという批判も出よう。しかし、この協議をつづける
ことにより、選挙の結果にかかわらわず、台湾の民主主義が、脅迫に屈せず継続される保
証となり、脅迫が無効であることになって、台湾海峡の平和と安定が確保されるのである。
さもなければ、国民党政権の続く間中米国は台湾海峡の危機に常に備えていなければなら
なくなる
あとは、台湾海峡を巡る軍事バランスが崩れないよう、おさおさ怠り無く情勢を注視し、
しかるべき対応策をとっていれば良いのである。
(注)上記は去る6月20日 日米台安全保障対話 公開セッションにての岡崎久彦元大使
(岡崎研究所所長)の基調講演である。岡崎氏の了解を得て掲載するものである。
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松島悠佐
軍事のはなし(14)「北朝鮮の弾道ミサイルにどう備えるのか」
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北朝鮮の咸鏡北道にあるミサイル基地では、5月初めごろからミサイル発射準備と見られ
る活動が活発になり、米国の偵察衛星の情報によれば、「テポドン2号」の発射準備が行
われているようだと報道されています。
金正日の狙いは何なのか、本当に発射するのか、何処を目標にするのか、など憶測を交
えて色々な分析も報じられています。
軍事の分野では、このような場合には「ワースト・ケース」に備えるのが常識です。米
軍も自衛隊も、あらゆる情報収集機能を展開して、発射に関する正確な兆候の把握に努
めています。
米軍は、偵察衛星は基より、ミサイル発射情報収集機・RC135S(コブラボール)、
ならびに核実験確認機・WC135Wが偵察飛行中であり、イージス艦2隻も既に日本
海に展開しているようです。また、探知距離の長いXバンド・レーダを、予定を早めて
すでに青森県に配備し、監視体制を強化しています。
自衛隊のイージス艦2隻も、秋田沖と三陸沖に展開し、また空からは、電子線データ収
集機・EP−3、電子測定機・YS−11Eが警戒にあたり、発射に備えて情報収集の
態勢についています。
米軍は、発射されたミサイルを空中で撃破する態勢も整えていると言っていますが、こ
の種の迎撃ミサイルは、最終的な実験がようやく終わった段階であり、未だ十分に信頼
のおけるものではなさそうです。
わが国の場合は、一昨年からミサイル防衛体制の整備が開始され、今年度末に最初の弾
道ミサイル迎撃用ペトリオット(PAC−3)が導入され、以降5年かけて平成23年末
までに、迎撃態勢を整備することになっています。今は残念ながら、対応できる状態で
はありません。
防衛関係者の間では以前から、もっと資金を投入して、速いペースで整備することの必
要性が訴えられてきましたが、国の施策としては結局、前述の計画に収まりました。
ミサイル防衛については、基本的に大きな問題があります。それは「楯」としての防衛
には限界性があり、防護措置だけでは、ミサイル攻撃から国土・国民を守ることは難し
いという問題です。大気圏外を超高速で飛来する弾道ミサイルを迎撃することの技術的
な難しさと、数百基保有している相手のミサイルをすべて撃ち落す難しさです。さらに、
わが国の場合には、発射されてから着弾までに7〜8分程の時間しかないという、極め
て対応の難しい状態になっています。
そこで、弾道ミサイルの脅威を取り除くためには、相手のミサイル基地を破壊するのが
究極の方法だと考えられています。しかしながら、この敵地攻撃は相手の更なる報復を
促す可能性があり、戦争がエスカレートする危険性もあるため、当然ながら慎重な判断
が求められています。
今アメリカは、外交努力によって北朝鮮の暴発を思いとどまらせようとしていますが、
軍部は敵地攻撃を含めてあらゆる選択肢を検討していると思います。もし発射するよう
な事態になれば、政治の判断によっては敵地攻撃を行う可能性も否定できません。大統
領報道官が、発射した場合にはあらゆる対応行動を採ると言っていることを、きちんと
受け止める必要があります。
6月22日にはペリ−元国防長官が、発射する前に破壊する「先制攻撃」の意思を示せと
の論を唱えていますが、これは一部のタカ派の意見とばかりは言えません。「楯」として
のミサイル防衛の限界を承知した上で、国民の生命財産を守る責任を果たそうとすると、
至極現実的な選択肢と言えます。
この究極の判断こそが、為政者に求められる判断なのですが、わが国の場合は、もし発
射したような場合でも、国連安保理への付託とか、経済制裁の実行程度のことしか考え
ていないようです。多分、発射するような事態にはならないだろうと判断しているのか
も知れません。
発射は本当にないでしょうか。金正日の政治的恫喝の狙いは別にして、純粋にミサイル
技術の面からだけ考えると、ミサイル開発の最終チェックは実射テストが必要となりま
す。93年にノドンの実射テストをした後、5年後の98年にブースターをつけたテポドン
の実射テストが行われました。
あれから8年になります。今回はブースターを改良し、ノドンに新型ブースターをつけ
て、射程を6000キロ程度まで延伸したのではないかと見られています。専門家の間では、
その程度の改善なら5〜6年程度あれば出来ると見積もられており、いずれにしても早晩
実射テストによる最終チェックをする時機が来ているようです。
金正日のことだから、われわれの道理とはまったく違う勝手な理屈をつけて、政治的な
インパクトに活用しながら実射テストに踏み切ることは十分に考えられます。そうなっ
た場合の情勢判断と対応を、今真剣に考えておく必要があります。
国家防衛など、究極の危機管理においては、あらゆる可能性を考え、「ワースト・ケース」
に備える発想が大事です。 (06・06・27記)
松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて67
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山本五十六大将が、対米戦を回避しようと考えていたことは、色々な資料から証
明できる。例えば前述の福留繁著「海軍生活四十年」にはこうある。
福留氏が昭和十六年四月十日付けで軍令部第一部長に補任されたとき、山本長官
は福留氏に対して「・・・航空兵力を急増する必要がある、ところが財源の関係で四年
も五年も建造にかかるような、武蔵、大和級の第三艦以後(四隻建造の予定であっ
た)をやめなければ、飛行機が造れない。ところが軍令部第一部長の宇垣少将がど
うしても承知しない。軍令部一部が艦船兵器の要求元であるから、宇垣一部長に交
代してもらって君に再検討してもらいたいというのだ。もう一つ私(山本)からの
注文があるが、対米関係の雲行きがだんだん怪しくなって来るが、何としても戦争
にだけはならんように、軍令部一部長の立場から努力してもらいたい」という。
更に福留中将は、当時の対米関係をこう述べている。
「・・・太平洋戦争は、新興アメリカ合衆国の、ニューフロンティアを求めて止まると
ころを知らざる飽くなき西漸政策の結果引き起こされたもので、詳言すればアメリ
カ帝国主義が、その全面に立ち塞がる日本帝国主義を打倒して、アジア大陸への大
道を開拓するための、歴史的侵略戦争であったのである」
つまり、この戦争は、米国「帝国主義」の「西漸政策」と日本の「帝国主義」と
の必然的闘争であった、と言うのである。
「もとより、日本だけが良い子になろうというのではない。日本軍国主義の支那侵
攻が、太平洋戦争の直接原因をなしたのであるから、歴史的に見て日米同罪である
といわれよう。
アメリカの建国以来歩んだ足跡を見てみるが良い。明らかに帝国主義であり、軍
国主義であり、植民地主義であり、しかもその矛先は一途に西方に指向せられ、大
陸を超え太平洋を横断してついに、ジョン・ヘイの門戸開放となって、支那大陸に上
陸した。恐らく英、仏、独、路、葡等のヨーロッパ列強が先取権を持っていなかっ
たら、アメリカも支那の一角に植民地を設定していたであろう。門戸開放は立ち遅
れたがための方便としか思えない。しかし、その後の支那のナショナリズム復興の
ため、欧州諸国は逐次後退し、舞台に残るは日米両国のみとなり、ここに両国の角
逐が始まったのが大東亜戦争の発端であることは、今更説明するまでもない。
日本は膨張のハケ口を大陸に求めるほかにない、大陸進出は生活圏拡充の必死の
工作である。アメリカは有り余る土地と資源を抱えながら、何の西進政策ぞ、た
だ時流に乗る歴史的野望というのほかあるまい。
すなわち太平洋戦争は、日本がアメリカの歴史的野望のローラーの下敷きにされ
たというのが、世界史的な見方でなければならない。アメリカ国内にも戦後このよ
うな見方をし、戦争責任は日本になく、戦争か然らずんば降伏かの二者択一を強い
た大統領ルーズベルトにあるとする議論が少なくない。
日米交渉によるアメリカの言い分に聴従して、支那大陸から全面撤兵し、三国同
盟を破棄するような事があれば、内乱必死で、それは絶対にできぬという。至難な
対米戦争を選ぶことも亡国の危険がある。日本はまさに進退両難に陥ったのである」
そして永野修身軍令部総長が「日本はまさに瀕死の危篤状態に陥っている、この
ままでは死を待つほかない。唯一の治療法は手術を残すばかりである。手術も必ず
助かるという望みはないが、他に施す術がないとすればやって見るべきであろう」
という発言につながってくる。つまり、私が以前に「疑問」を呈した「一か八か」
論である。福留中将は、山本長官も永野軍令部総長も共に「非戦論者」だったが、
ただ、九月六日の御前会議での発言は「過早であった」と述べている。 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
日本映画「不撓不屈」の爽快感
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「金融腐食列島」「小説 日本興業銀行」「呪縛」「再生」「小説ザ外資」など経済小説
を手がけてきた高杉良の同名の小説が原作である。飯塚事件のTKCの創始者である税理士
飯塚毅モデルである。
TKCとは昭和41年10月の創業から、一貫して国内の会計事務所(税理士事務所、税理士
法人及び税理士業務に従事する公認会計士事務所)に対する情報サービスと、地方公共団
体(市町村等)に対する情報サービスの2つの分野に専門特化し、まさに情報産業界にお
いて独自の確固たる地位を築いている業界トップの会計サービス会社である。
ちょうど僕たちが腕白小僧のころの「ALWAYS三丁目の夕日」はぬくもりのある家族愛を描
いた映画で昨年の大ヒットであったが、この映画はその後の池田勇人の所得倍増論の成果
がでてきた東京オリンピックごろの日本の高度成長時代の実話である。時代考証がきっち
りしていて、見ているだけで僕たちの高校生時代を懐かしく思い出す。
この飯塚は立志伝中の人物だが禅やドイツ哲学に通じた教養人である。氏によれば、禅に
励みその恩師植木義雄老師に「わしはな、毎日を必死で生きているんじゃぞ」といわれた。
禅は、ただ人の頭の中が空っぽで生きていれば良い、などとはいわない。釈尊がいわれた
ように、「心に対象物がない、その心の集中状態」で生きてゆくことが求められているので
あると。毎日を必死に生きそれでいてその働きの中で成果を打算する意識を持たないこと
が大切なのだと。
まさに飯塚事件に巻き込まれた飯塚の7年の苦闘はここにある。
飯塚毅は自分の故郷である栃木県鹿沼市と東京に会計士事務所をもち600社のクライエン
トがあった。飯塚の哲学は「一円の取りすぎた税金もなく、一円の取り足らざる税金も無
からしむべし」。正義漢とはこのことである。
飯塚は中小企業の経営と従業員への利益還元のため、関与先に「別段賞与」制を勧めてい
た。しかし、節税手段としてこれを認めない国税局に相手どって、昭和37年、前代未聞
の訴訟をするに至る。これに怒った国税庁が卑劣にも税務調査という手段で会計事務所の
みならず飯塚のクライエントにも入り込み、ありとあらゆる陰険な嫌がらせをする。かっ
て飯塚に輸入課税に関して恥をかかされた東大法学部出身のエリート官僚の個人的恨みが
それをエスカレートさせた。筋の通らないことには一切の妥協をできない飯塚は、「調べら
れて困ることは何もない」と不条理な国家権力にひるまず敢然とたちむかうという物語で
ある。
どんな人間でも社会にでて組織の中にいると、正義感だけでは生きていけない側面がある。
正義感を吐いていても所詮書生論となって通用しないのが社会というものである。人間は
絶対に一人では生きて行けないからだ。社会、組織、家族などのしがらみの中に人生はあ
る。その中で人間は毎日なんらかの妥協の選択に迫られる。特に国家権力の横暴のもとで
は、妥協せねばすべてを失うことにもなりかねない。飯塚はその局面にあたって、絶対に
妥協しなかった。それができたのは、禅の修業もあったろうが妻と子供たちの全幅の信頼
があったからだ。さらに日ごろ絶対に不正を禁じた姿勢が所員にも徹底されていて、所員
の尊敬と信頼も絶大であったからだ。
この映画は何から何まで正義に徹する男の真直線の生き様を、なんの「衒い(てらい)も
なく」描いている。実はそれがこの映画のすばらしさである。あまりにストレートな道徳
をそのまま語っているとの批判もきっとあろうが、逆にこの腐りきった日本の現状にこれ
ほどストレートに訴える方法はないだろう。
この映画で僕を含め感動のあまり男泣きしたかたは多いのではないだろうか!飯塚は不当
な糾弾について自らが堂々と説明し納得させることができなければならない、従って相手
の弱みに付け込んで逆襲するようなやり方を最後まで嫌った。
クライエントが飯塚を見限って去っていく。でも飯塚はそれに対して怨念をもたず、クラ
イエントの立場を慮った。家族への愛、従業員への優しさ思いやり、クライエントへの誠
意、飯塚はそれを最後まで尽くそうとした。なんという高潔な人格であろうか、宗教的求
道者の境地ともいえる。あのころの日本は平和主義がそのまま通用する時代であり、経済
社会だけが生きるか死ぬかのある意味での戦場であった、そこで飯塚は騎士道に徹したの
である。卑劣で下劣な国税庁に対して真正面から勝負した。やむなく当時の正義派社会党
代議士は利用した。だが決定的材料を、それがかってのクライエントを窮地に陥れるとい
うことで出し渋った。結局妻がその決定的材料を社会党代議士に提出し流れが変るのだ。
妻は窮地にある愛する夫のために無断で代議士に提出してしまうのだ。その材料は実はこ
ころある国税庁内部告発によるものだった。
正義は必ず神が守る。
裁判完全勝利を祝って、復員してきた夫を迎えたその夜の食事と同じ粗末な献立で二人で
祝う場面はなんともいえない日本的な温かみを感じて泣かせる場面である。
この映画を映画芸術といえるかどうかは別問題として、僕は現代の日本では何事にも人間
社会での原理であるべき「道徳規律」「正義感」が喪失し、「長いものには巻かれよ」と馴
れ合い化してしまっている。このような状況への警鐘という意味とてもよい映画だと考え
る。こういう映画こそ青少年への教育効果は大きいと思う。それに現実にあった話だから
訴える迫力もある。
それにこの映画は社会党代議士が活躍するが、特に反国家反権力という構図でサヨク的に
捉えておらず、あくまでも「正義への意思の力」の尊さがこの映画の核心であるところが
良い。勿論「権力」がある「人物」を潰そうとする場合、如何に阿漕な手段を使うかとい
う恐ろしさ、村上正邦事件、鈴木宗男事件、植草一秀事件、西村真悟事件などその不自然
さにおいて、検察、警察の「弾圧」がふと頭をよぎった。
主役の滝田栄が渾身の演技で正義漢を、松坂慶子が往年の痩身から太り気味のよき母を演
じている。夏八木薫がすべてを捨ててまで飯塚を庇い支援する国税庁顧問の恩師を演じる。
意外に名演技が内部告発者の中村 梅雀だった。
日本映画に芸術性やスペクタクルを求めるのは断念した僕だがせめてこのような教訓に満
ちた映画を作ってもらいたいものだ。僕は切に期待する。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道
小泉政権の残したもの
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恐らくその強烈な存在感でわが国の政治史に残る小泉政権は、あと3ヶ月で戦後
歴代3位の長期政権の幕を閉じる。5年半の小泉政権は、構造改革のスローガンの
下、多くの政策課題を達成したようにみえるが、どうもそれは幻想であったようだ。
政権が目指した道路公団民営化は周知のように竜頭蛇尾に終わったし、財政再建も
国家の借金は減るどころか益々増え、政権発足時550兆円だったのが、今や82
7兆円という途方もない額に膨れ上がった。結局、小泉政権が達成し得た政策は、
唯一、郵政民営化だけということになる。
では5年半の小泉政権が実際に残したものは何なのか?
それは、時代の空気を変えたことと、政治のスタイルを大きく変えたことに尽きる。
小泉氏は「小さな政府」を目指す規制緩和を進め、新自由主義に則った自立・自
助の市場経済を目標とした。それは、戦後日本が背負っていた官僚による国家管理
型資本主義、護送船団行政を振り捨て、政府に頼らない、個人の責任による市場経
済を目指すものであった。その目標にはまだ到達していないが、その過程にある現
在、振り捨てられたものとの深刻なギャップが生まれつつある。すなわち、これま
で政府に厚く保護され、いきなり裸にされようとしている農業、地方、公共事業な
どによる悲鳴であり、持てる者と持たざる者のますますの乖離である。これが社会
的格差論となって今噴出しているのであり、さらに政権末期になって生じたライブ
ドアや村上ファンドの崩壊、日銀総裁の投資スキャンダルなどは政権が目指した新
自由主義的マネー経済を象徴する一側面であったろう。
小泉政権が目指した「小さな政府」路線はまさしく時代の空気を変えた。それは
山本七平氏がいうところの時代の「空気」であり、「流れ」である。人々は最初、そ
の「空気」が何となくいいもののように見え、喝采をおくったが、時間がたつにつれ、
どうやらそれが相当の痛みを伴うものであることを知り、抵抗が高まってきた。
「小さな政府」は、所詮欧米型「弱肉強食」の個人主義型路線であり、一人のもの
は皆のものという「共生」を尊ぶわが国の風土に合わない、異端のものというわけだ。
「小さな政府」論は元々、効率とスピード、合理性、トップダウンを重んじる考え
方であり、ボトムアップ、皆の合意、和を重んじる日本的考え方とはそもそも合わな
いものなのだ。
では、「小さな政府」に代わって、やはり日本的な「共生」が時代の「空気」として
復活していくのか、それはわからない。
「小さな政府」路線を引き継ぐとみられる安倍政権願望論者は言う。
「サッチャーやレーガンの新自由主義的改革は、達成するまで10年かかった。
小泉改革はまだ5年で途半ばであり、次の安倍政権以降が残り5年間、引き続き
改革にまい進すれば必ずや改革の成果は出る」。
もっとも仮に安倍政権になっても、小泉改革をそのまま引き継ぐことはもはや
無理であろう。すでにこの5年間で、格差論など改革のマイナス面が目立ってきて
おり、修正を求められる局面が出てくるからだ。現に安倍氏は、改革の「負け組」
で意欲ある者には再チャレンジの機会を与えるべきだ、という論を言い出すなど
すでに路線を修正し始めている。
小泉改革の継承者といわれている安倍氏にしてそうなのだから、福田氏は勿論、
麻生、谷垣氏も改革の修正を考えるだろう。
もう一つの小泉氏の功績、こちらの方が私は大きいと思うが、それは政治のスタ
イルを大きく変えたことである。
小泉氏が変えた政治のスタイルとは何か、それは保守自民党政治の岩盤だった派
閥政治を破壊したことである。
自民党は戦後長らく派閥の合従連衡で政権を担ってきた。自民党政権のこれまで
は、派閥による擬似連合政権といってもよかったろう。派閥の数が権力を制し、派
閥の領袖が総理総裁を目指した。
ところが、派閥の領袖でもない小泉氏が「自民党をぶっ壊す」と叫んで、世論の
声をバックに宰相の座に就き、最大派閥の橋本派を解体した。そして組閣の際の一
本釣りで他の派閥もその機能は解体された。勿論、そこには小泉氏の、角福戦争以
来の怨念による対田中派・経世会に対する熾烈な権力闘争があったことは否めない。
また、派閥の存在を無用にして、党執行部に権力を集中させる小選挙区制の総選挙
がすでに3回も続いたということもあるだろう。ともかく、小泉氏は公約通り、本
当に自民党をぶっ壊してしまったのである。
「派閥崩壊」という破天荒なことが出来たのは、「変人」の小泉氏だからこそと
いう“属人的”なものであったろう。問題は今後、ポスト小泉の「普通人」の政権
が、組織・機関としてこのような政治スタイルの変化に取り組めるかだが、それは
かなり困難であろう。小泉氏はその意味でも、やはり「異能人間」であったのだ。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎
ヴィジョン・ロジック
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今の日本、をマスコミなどでとりあげられるニュースだけを通して見ていると、なんと
なく来るところまできてしまった、という感じがする人が多いのではないか。昨日の日本
経済新聞で、五木寛之氏が、の日本は、戦後最悪の状況だ」といっている。たとえば、自
殺者の数だけで年間3万であり、二年間で、ヴェトナムで戦死した米兵の数を超えている
ことをあげている。
自殺者がなぜ多いかといえば、簡単なのだが、その原因をなぜかマスコミも、またこう
いう「知識人」も知ろうとせず、五木氏のように「心の問題」にしてみたり、「自殺対策法」
などを作ったことだけをとりあげてみたりする。つまり「戦後最悪の状況」をつくりだし
ていることに、五木氏自身も加担しているわけである。マスコミも、もちろんいつものよ
うに自分を百階の棚の上に上げているわけだ。
つまり、こういう簡単に解決できるような問題を、社会が解決できない、ということで
あるが、なぜ、そうなってしまったのだろうか、ということをやや別の角度から考えてみ
たい。
日本は江戸において、すでに「近代」(モダン)を達成した。このときの江戸社会は、私は
世界史的に見て、人類が達成した最も優れた社会の一つだったと思う。それは渡辺京二氏
が「過ぎし世の面影」で書かれているとおりであり、また明治初期、日本に来日した多く
の外国人の観察によっても明らかである。人々は礼儀正しく、その人情はこまやかで、清
潔であり、江戸は一種の田園都市のように美しかった。鎖国は悪かったのだろうか。しか
し白人の侵略を受けたアンデスの人々の人口が、5分の一になったこと(そのほか、インド、
ジャワ、チャイナがどんな目に合わされたのか)を考えれば、私は鎖国とは高度の政治的な
英知の結果だとしか思えない。
その後、開国を経て、日本は列強との間の「世界ゲーム」に参加した。つまり「世界史」
におけるプレイヤーとなったのである。これはすでに近代を達成していなければ、不可能
なことで、多くの人が「明治の奇跡」を話題にするとき、閑却している点である。
このときは、すでに成熟した世界市場の中で、どのように日本の位置を確保するかが課
題だった。そして日本は強大な軍隊を作ることに成功し、世界史ゲームの「勝利者」の位置
を得たのである(これを「悪いこと」であると裁断する歴史家は、かならずダブル・スタン
ダードに陥る)。その後、アメリカの外交政策の失策だか陰謀によって、日本はアメリカと
戦う。そして戦後はご覧のとおりであるが、要するに、日本は過去すべての人類の大方が
達成したいと望んできたことをほとんど達成してしまったのである。戦争がない、という
意味では、徳川300年の平和な国を作った。周辺の国の軍隊を簡単に撃破できる強大な軍
事国家も作った。経済的に成功し、国民の大部分が裕福になった。世界史で、これだけ多
くのことを達成した歴史を持つ国はほかにない。イギリスは、軍事的成功と経済的成功を
達成したが、長い間の内乱と植民地における残酷な行為で、一度も「平和」な国であった
ことはない。アメリカはご覧のとおり、「戦争によって作られた国」(The Country made
by war)である。
戦後、しかし共産主義イデオロギーの幻想が、おっちょこちょいの知識人の中に、そし
てその後はこともあろうに官僚やその他に広まった。しかし、これははじめから失敗を約
束されている幻想であって、ご覧のとおり、今、社会主義だの共産主義だのを真正面から
掲げているのは、お隣のチャイナとその配下の将軍様の国だけである。
以上のことが意味しているのは、人間にたとえれば、すべてのことを達成し、すべての
価値を見てしまった「実存主義者」のようなものである。「実存主義者」は、自分の価値の
根源がどこから来るのか、わからない。そのため非常に不安に陥るか、無気力になる。外
面的な価値を、もはやなにも信じることも、まじめに受け取ることもできないためである。
国家として、日本は、ほかの多くの国よりもはるかに先に行ってしまっているので、た
とえば、隣の国はなぜ、あんなことにあんなに熱くなるのかさっぱりわからないのである。
これは実は危険なことでもある。とくにチャイナの情報工作に対しては、警戒する必要が
あるだろう。
しかし、この無気力、あるいは無価値感覚というのは、逆に落ちるところまで行くと、
必ず新しいものを生み出すのである。それが何か、誰にもまだ見えていないというのが実
情である。いちばん遅れているのは、従来型のワンパターンの言説で、ことがすむと思っ
ている「知識人」や「評論家」である。私たちは国家として未踏の領域に入り込んでいるので
あるが、その地図も、目指すべき地点もまだ手にしていないのである。若い人にとっては、
この国の未来を生きることは、すばらしい冒険となるだろう。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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1.図書室 ホール・ニュー・マインド ダニエル・ピンク
The Whole New Mind by Daniel Pink Riverhead N.Y 松永太郎評
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最近、アメリカのビジネス書や科学書などを読むと、いわゆる「複雑系」の登場以後、
あるはっきりした傾向が見られる。それはまだ明確な形をとっているわけではないが、な
にか、そこに従来の形とは違う思考法への探求が行われているようである。
たとえば「セレンディピティ」という言葉がよく使われる。これは、思いがけない発見の
ことであるが、もっと簡単に言えば「ひらめき」のことである。多くの科学者たちの回想
録などに「自分はそれをある晩、湖畔を散歩しているときに不意に思いついた」とか「朝、
起きたときにはもうわかっていた」などという記述があるが、セレンディピティというの
は、それである。もっとも有名な例はニュートンとりんごの話で、これは実話だそうであ
る。
これはインターネットの発達と必ずしも無縁ではない。インターネットは、ある意味で
は頭脳の構造と似たところがある。つまりさまざまな情報を同時に処理することが可能で
あり、さらに情報の流れは双方向的である。
19−20世紀における人間の思考法は、因果論的であった。すなわちAという原因があっ
てBという結果が起こる、というわけである。ニュートン的と言ってもよい。また線形的
であった。線形的というのは時間にたとえて言えば、一方向的であり、過去から現在を通
過して未来へ、という時間の流れがつねに意識されるのである。たとえば、経済学などで
は、これこれ、こういう原因があると、こうなる、したがってそうならないようにするに
は、このように「計画」すればよい、というような考え方となって現れる。しかし社会主義
の計画経済の失敗が見事に証明したように、この考え方はどこかおかしいのである。しか
しどこがおかしいのか?
それに対して、複雑系という考え方の出現以降、またインターネットが普及した以降の
人間の思考法は、かなり異なってきている。たとえば因果論であるが、このような思考法
では、何を原因とするかは文脈(コンテキスト)による。あるいは、すべてが互いにすべての
原因であり、結果である。原因と結果は双方向的であり、互いに影響を及ぼすとすら考え
られる。こうした複雑系の考え方を社会学に取り入れたのはルーマンである。
時間に対して言えば、それは通時性よりは共時性を重視する。つねに同時であり、つね
に今である。グレゴリー・ベイトソンというアメリカの哲学者は、無意識というのは時間を
知らないといったが、インターネット内の「空間」もそれに似たところがある。
こうした結果、論理を超越した思考法に焦点が当てられるようになった。実は人間は昔
から、そうしているのである。私たちはいちいち「論理的」に考えて行動しない。
直感とヴィジョンが、これからさらに重視されるようになるだろう。いわゆる「知識」
というのは、それほど重要ではない。ある情報を検索する手段を知っていれば、「知識」と
いうことだけに限定して言えば、無限に入手できる。このことは教育を大きく変えるだろ
う。重要なのは、その知識なり情報の浮かんでいる文脈である。そしてどのような文脈の
なかで、どう、その情報が位置しているかを理解するのは、どちらかといえば直感である。
思想とかイデオロギーというのが究極的に解体される場はここであるが、それはまた別
の話となる。
本書は、そうしたことが書いてあるわけではないが、この本は、いわばそうした新しい
思考法がどんなものかを何とか説こうとしているのである。それが成功しているとか深い
とは思えないが、思考に対して実際的な、いかにもアメリカらしい本といえる。
松永太郎
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2.図書室 陰翳礼賛 谷崎潤一郎 中公文庫 奥山篤信評
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最近の評論や保守論などどれを読んでもマンネリ化しており、僕はいまや歴史の事実や現
代の情勢を書いたもの以外、読書の興味を失っている。それほど左翼から保守まで現代日
本人の発想が貧弱になっているということだろう。
本屋で懐かしい陰翳礼賛を見たので、二度目だが読んでみようと思った。この本は「陰翳
礼賛」のほかに、「懶惰の説」「恋愛及び色情」「客ぎらい」「旅のいろいろ」「厠のい
ろいろ」の昭和8年から10年の戦前と昭和23年に書いた5編の随筆を収めている。結論か
ら言えば、現代の僕たちの感受性は谷崎のこの細やかな感受性に比べいかに味気ないフラ
ットな無機質なものになっているかを再確認し呆然とした次第である。
「陰翳礼賛」にある日本家屋での陰影の美学、そしてそれに適応した備品、化粧その他の
色合いなどが、いかに西欧の電燈の明るさの文化とかけ離れているかを論じているが、す
でにそれは僕たち現代人の美意識から遠くの世界になってしまっていることが分かる。現
代建築とはコンクリートや鉄骨とガラスそれに明るい照明の下に白を基調とした光り輝く
インテリアを僕たちは美しいものとして感じてしまう。勿論日本人のノスタルジーとして
の数奇屋建築や茶室というものがあったとしても、それは欧米人が好奇心としての目で感
じるものと同じ類の感受性となってしまっているのではないだろうか。
「恋愛及び色情」が最も興味深く感銘した。まさに谷崎の女性論、性愛論の真骨頂とも思
える珠玉の随筆である。欧米の小説などは恋愛だけであって要するに「一人の男がおりま
した。そしてそれを愛する女がおりました」(ジェロームKジェロームのノーベルノーツ)
だけの話である一方、日本にも恋愛を扱った芸術は乏しくはないが、西洋との交わりがあ
る前は元来戯作だったのだということを、源氏物語を含め論じているのは圧巻であり、読
み応えがある。ラフカディオハーンが言うように「文学の題材は人事や恋愛ではなくとも、
題材はほかにもあるのであって領域は広いのである。」
このような文芸評論の本質を今の日本人の誰が書けるかというほど核心をついており、
70年の時代を超越してなお新鮮味がある。読者の好奇心をそそるために、今昔著聞集に
日本の女のサディズムが例があり東洋最古の珍しい文献について書いていて面白い。
西洋語に翻訳しがたいと谷崎が言う「色気」という感性こそ日本の女性観の真髄ではないだろ
うか。
最後に吉行淳之介の解説がついており、いきなり花柳界にわたしは縁がないがなどととぼ
けているが(笑い)なかなかオマケで面白い。
奥山篤信
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映画寸評 アメリカ映画 「カサノバ」 ☆ 奥山篤信評
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18世紀のヴェネチアが舞台。歴史的プレーボイであるジャコモ・カサノバの物語。
「私は官能を極めること、それが何よりも重要だった。私は女性のために生まれ、常に
女性を愛し、愛されるように努めた。」
修道女から娼婦まで、口説きが失敗する女性はいない。それでいて女性に恨まれず、誰か
らも愛される男。禁欲的宗教の戒律が厳しい当時のイタリア、提督より法王庁直轄の審問
官のほうが司法権を握っていた時代である。そのカサノバが一生に一度だけ心より魅惑さ
れた女性がいた、それはグアルディの男性名で禁断の書を密かに書くフランチェスカであ
る。彼女は女性の解放を説き、男性の性の支配から開放され、真のプラトニックな愛を求
める美しい女性だった。
この映画全くのドタバタ喜劇であり、何の価値もないかもしれないが、当時の美しいヴェ
ネチアとこの世のものとは思えないこれでもかこれでもかとの美女のキャスティングで僕たち
の目が肥える。
あの同性愛映画『ブロークバック・マウンテン』での演技で、これは凄い俳優だとメルマ
ガでも絶賛したが主人公カサノバを演じるのがヒース・レジャー、同性愛と反対にまさに
女性に持てる、全身これ男性の魅力といえる適役である。カサノバが愛するフランチェス
カを演じているのは『アルフィー』のシエナ・ミラー。なんという知的でセクシーですば
らしいオーラがあることか。名優ジェレミー・アイアンズが審問官で例によってオーラを放つ
声で見事な演技をみせる。
奥山篤信
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