甦れ美しい日本 |
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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年5月18日 NO.066号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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< 目次 >
◎ゲスト執筆者
1. 塚本三郎 「国歌を歌ってお別れを…」--敵(フィリピン)にも武士は居た
2. 松島悠佐 軍事のはなし(11)「米軍再編の意義」
◎レギュラー執筆者
1.佐藤 守 大東亜戦争の真実を求めて61
2.奥山篤信 映画「ナイロビの蜂」−これこそジョン.ル.カレ原作の真髄
3.松永太郎 白隠禅師「三教一致の弁」について
4.西山弘道 文革から40年
◎図書室
1.「世界共和国へ−資本=ネーション=国家を超えて」 柄谷行人、岩波新書(松永太郎)
2.「マリールイーゼ―ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ 」塚本哲也 文芸春秋(奥山篤信)
◎映画寸評
フランス映画『アンジェラ』− リュック・ベッソンはどこに行くのか−(奥山篤信)
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1. 塚本三郎
「国歌を歌ってお別れを…」--敵(フィリピン)にも武士は居た
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東京裁判で処刑された人々の無念さは想像に余りある。戦争に負けた以
上、当時の指導者は日本国民に対する責任を自覚していた。従って自分
の運命については、誰も覚悟はできていたであろう。
二年半の屈辱的な取り扱いと裁判のあとで、死に際しても、何の尊厳も
認められず、獄衣のままで絞首刑に処せられ、遺骨を遺族に引き渡すこ
とさえも拒否された。これは復讐劇だ。
わずかに米軍が骨灰を棄てたゴミ捨て場所で、「処刑は昭和二十三年十二
月二十三日」(皮肉にも天皇誕生日)である、と察知した三文所正平弁護
人らが、翌二十四日、クリスマスで米兵の警戒がゆるんだ夜、骨灰を掬
い上げ、熱海の興亜観音に葬った。戦争裁判という復讐劇によって、連
合国は千六百余名を「戦犯」として処罰した。
フィリピンのモンテンルパでは、六十七名が処刑され、さらに多くの死
刑確定囚がいた。「戦犯」とされた方々は、獄舎内での堪えがたい重労働に
苦しんだ。あるいは、大切な主人をとられたその家族の悲惨な生活苦は、
筆舌に尽しがたいものがあった。処刑者の残した遺書の多くは、澄みきっ
た心境を書き残している。遺書を刑務官に渡すとき、少しは両親の心が安
らぐと思って「安らかに死んでゆく」と書いたもようである。本心は「ア
メリカ軍が憎い」と憤懣を抑えかねて逝ったのではなかろうか。
東京裁判は戦場である、裁判は決して公平ではない、処刑は戦場での敵
の銃弾で死ぬのと同じである、私は祖国に何の恥じる処もないと、堂々
と潔く書き綴った軍人も少なくなかった。
歌手、渡辺はま子は、フィリピン国防省の許可を得て、モンテンルパを
訪れ、各房を慰問した。「荒城の月」「蘇州夜曲」を歌い、最後に「あゝ
モンテンルパの夜は更けて」を歌ったときは、「戦犯」一同も合唱した。
彼らは、祖国に向かって体をふるわせて泣きながら歌った。
その姿を見た同国の政治家デュラン氏は、「私が責任を持ちますから、国
歌を歌ってお別れしなさい」と言ってくれた。 敵国の刑務所で「戦犯」
が、祖国の国歌を歌うことなど許されるものではなかったであろう。渡
辺はま子も「戦犯」も姿勢を正し、祖国に向かって歌いはじめたが、歌
にならず、所内は激しい感動の涙に包まれたという。
フィリピンのキリノ大統領は、病床にあったが、モンテンルパのメロデ
ィーに深く感動し、やがて死刑囚の処刑を中止し、すべての「戦犯」を日
本に移送せよとの命令を下したという。敵にも武士はいた。
昭和二十一年(一九四六)二月七日、元フィリピン派遣軍総司令官・本
間雅晴中将を戦犯として裁く、マニラ軍事法廷で、弁護人側証人出廷最
終日であった。被告の妻・本間富士子(当時四十二歳)は証言の終わり
に、
「私は東京からここへ参りました。私は今も本間雅晴の妻であることを誇
りに思っております。私には娘がひとりおります。いつの日か、娘が私の
夫、本間雅晴のような男性とめぐり合い、結婚することを心から願ってお
ります。本間雅晴はそのような人でございます」。この言葉が伝えられると、
法廷のあちこちからすすり泣きの声があがり、米軍検察官の中にも感動の
あまり涙を拭う者がいた。そして本間雅晴自身も、妻の自分に対する絶対
的な尊敬と愛の言葉に接し、ハンカチを顔にあて嗚咽した。
本間雅晴中将、山下泰文大将、共に処刑されたが、山下大将は、シンガ
ポール陥落の時の敵将パーシヴァル将軍(英国)を、刑に処することな
く、逆に彼をかくまった。昭和二十年九月、日本降服調印の際、戦勝国
(英国)代表の座に彼が就けたのは、山下大将の計らいと思われる。
昭和二十八年八月三日、衆議院本会議で、「戦争犯罪による受刑者の赦免
に関する決議」が、全会一致で採択された。中国は前年(昭和二十七年
八月)、日華条約発効と同時に全員赦免を明記している。
これと並行して、戦争裁判による刑死者、獄死者の遺族年金、恩給支給
の運動が起こり、当時の左石社会党を含む国会の、全会一致で右法律が
可決された。通常、懲役三年以上の刑に処せられたものの恩給は停止さ
れるが、東京裁判の刑死者等は、国内の犯罪者ではなく、戦争犠牲者と
考えたから支給を決めた。サンフランシスコ講和条約発効後、いわゆる
A級戦犯の死刑者は国内法上は「公務死」の扱いにされた。
A級戦犯として巣鴨拘置所に繋がれた岸信介氏は、やがて首相になった。
A級戦犯として禁固七年とされた重光葵氏は、戦後、鳩山内閣の副総理・
外相となった。終身刑だった賀屋興宣氏は、池田内閣の法相を務めた。「犯
罪人」が法の番人となったのだ。かくして、A級戦犯だった人が、名誉回
復されても、内外共に非難と異議はなかった。
このように歴史的にみて、いわゆるA級戦犯は、「戦争責任者」であって
も「犯罪人」ではないと内外の法的処置では明記されている。最近約十年、
中国が非難し出したのはなぜか。
塚本三郎;
愛知県名古屋市に生まれる
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学
終戦とともに労働組合運動に従事
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回)
昭和 35年 民社党結党に参加
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む)
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任
平成 元年 民社党常任顧問に就任
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
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2.松島悠佐
軍事のはなし(11)「米軍再編の意義」
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昨年の秋から米軍再編の問題がにわかにクローズアップされてきました。沖縄の普天間飛行場の
移設や、海兵隊のグァムへの移駐問題、さらにはグァムへの移駐に伴う経費をわが国がどの位負担
するのかなどが焦点となり、日米両政府の間、あるいは国内でも政府と地方との間で、激しいやり
取りがありました。
最終的に、5月1日には日米間で最終案が合意され、11日には反対の立場を表明していた沖縄県
知事も政府案を受入れ、基本的な合意ができて、これから計画が遂次具体化されて行きます。8年後
の2014年には事業終了を目標にしていますが、10年がかりの事業になるでしょう。その間に情勢が
変われば、事業計画も変化してくるかも知れません。中国・北朝鮮の情勢、米国や日本の政治情勢
など変化する要因は沢山あります。
この米軍の再編問題に対してわが国では、沖縄の負担軽減や膨大な経費支出の抑制などを主体に
した報道が多くなっていますが、その戦略的な意義を考えると、日米安全保障体制が大きく変わる
要因を含んでおり、そのことを少し真剣に考えておかないと、これから10年の事業推進が危ぶまれ
ます。
今回の再編の対象になっている在日米軍とは、日本に駐留する陸・海・空及び海兵隊を総称した
呼称ですが、これは単に軍隊を管理するための組織であり、作戦運用を指揮するのは、ハワイに司
令部がある「太平洋軍」です。太平洋軍の概略の戦力構成は以下のとおりです。
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太平洋軍(U.S. Pacific Command:USPACOM)(司令部:ハワイ州)
作戦部隊:
1.太平洋陸軍(U.S.Army Pacific:USARPAC)(司令部:ハワイ州)
総兵力:約5万3000人
・第1軍団司令部(ワシントン州)
・第25師団(ハワイ州)
・第2師団(韓国)
・第172独立歩兵旅団(アラスカ州)
2.太平洋艦隊( U.S.Pacific Fleet:PACFLT)(司令部:ハワイ州)
主要艦艇:約100隻、約130万トン
・ 第3艦隊(東太平洋・ベーリング海)
・ 第7艦隊(西太平洋・インド洋)
3.太平洋海兵隊( U.S.Marine Forces, Pacific:MARFORPAC)
(司令部:ハワイ州)
総兵力:約6万9000人 作戦機約170機
・ 第1海兵機動展開部隊(!)MEF)(カリフォルニア州)
・ 第3海兵機動展開部隊(!)MEF)(沖縄・岩国)
4.太平洋空軍( U.S.Pacific Air Force:PACAF)(司令部:ハワイ州)
作戦機約280機、兵員約4万人
・ 第5空軍(日本)
・ 第7空軍(韓国)
・ 第11空軍(アラスカ州)
・ 第13空軍(グァム)
5.太平洋特殊作戦コマンド(Special Operations Command,Pacific:SOCPAC)
(司令部:ハワイ州)
・ 第1特殊部隊群(沖縄)
・ 海軍特殊戦隊(グァム)
地域軍:
1.在日米軍(司令部:横田基地、第5空軍司令官兼務)
2.在韓米軍(司令部:ソウル・ヨンサン基地)
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太平洋軍は、総兵力約30万、アメリカ西海岸からアフリカ東海岸に至る広大な地域、ほぼ地球
上の半分を管轄する米軍最大の統合軍であり、日本を含み北東アジアの安全保障はこの太平洋軍が
担っています。
横田に司令部がある第5空軍は太平洋空軍の隷下にあり、横須賀を母港とする第7艦隊は太平洋
艦隊に所属し、沖縄のキャンプ・コートニーに駐留する第3海兵機動展開部隊は太平洋海兵部隊に
所属しており、これらの各軍種の部隊は有事の際には太平洋軍統合部隊の一部として作戦に従事す
ることになります。
在日米陸軍は、キャンプ座間に駐屯する第9戦域支援コマンドが主体となっており、戦闘部隊は
持っていません。有事になって所要の部隊が増援される計画になっており、その際の陸軍作戦司令
部は、アメリカ西海岸ワシントン州(フォート・ルイス)に所在する第1軍団司令部が担当するこ
とになっています。
要するに、在日米軍は有事になると、ハワイにある太平洋軍隷下の陸・海・空・海兵隊司令部の
指揮を受けて、組織的な統合作戦を行うことになっており、このような在日米軍の地位・役割をよ
く認識した上で、米軍の再編構想を見ておかなければなりません。
米軍の再編構想は、2001年9月11日に起きた米国同時多発テロが引き金になって開始され
ました。9・11テロ以来、米国の戦略が変わり、それにともなって戦略態勢にも変化が生じてい
ます。新たな戦略と戦略態勢の要点は次のようなものです。
!)国際テロ組織、大量破壊兵器の拡散が最大の脅威
!)米国本土、ならびに同盟国の防衛が最重要の課題
!)中東―南西アジア―北東アジア(不安定の弧)が最も警戒を要する地域
!)テロ崩壊作戦のためには、積極的に先制攻撃を遂行
!)米軍の戦力構成ならびに態勢を「前世紀型」から「21世紀型」に変換
このため、
・在外駐留部隊をなるべく米本土に帰還
・米本土から迅速柔軟に部隊を展開
・重戦力構造から迅速展開に適する戦力構造に変革
・在外基地を再編し、「主要作戦基地(Main Operating Bases)」、「前進作戦拠点(Forward
・Operating Sites)」及び「協力支援拠点(Cooperative Security Locations)」に区分
・中国・北朝鮮への対応を考慮し、アジア・大西洋正面を重視
このような構想に基づいて、米国は、同盟諸国との緊密な調整を重ねながら、国際テロ組織を崩
壊しその活動を封じる態勢を作るために、グローバルな米軍再編を開始しました。ヨーロッパ正面
では、既に計画が固まり、昨年はじめから一部実行に移され始めましたが、アジア正面では、沖縄
の基地問題解決に時間を要するなど、わが国の対応の遅れもあって調整が滞っていました。アジア・
太平洋正面の安全保障にとって、日米共同防衛態勢の再構築が最も重要な要となることを再認識し
て、日米双方が積極的に調整を重ねた結果、昨年10月には基本的な枠組みを合意し、本年5月に
は最終的な合意に達しました。
米軍再編問題は、単に基地の再配置ということに止まらず、このようなグローバルな戦略構想と、
太平洋軍の現状を踏まえた上で、その意義をしっかりと把握しておかなければなりません。
アジア・太平洋正面では、ハワイが作戦の中枢となり、日本・グァム・韓国が主要な作戦基地と
して機能することになりますが、中でも日本は、米国との強力な信頼関係、国内の政治・経済基盤
の安定、在日米軍基地および周辺のインフラ整備の良好な状況から判断し、さらに沖縄を中心とす
るわが国の基地は、位置的にもわが国周辺の極東地域に対する緊急展開に適しており、これらの要
因を総合的に勘案して、北東アジア・南西アジアに対する「主要作戦基地(Main Operating Bases)」
として最も中心的な役割が期待されています。
「主要作戦基地」には、情報収集活動・統合指揮機能・総合兵站機能が必要となりますが、わが
国は北朝鮮等の弾道ミサイルの射程内に位置しており、ミサイル攻撃を受けた場合の対応時間も約
7〜8分程度と極めて短く、主要作戦基地の安全性を高めるためには弾道ミサイル防衛能力を特段
に強化しなければなりません。その点、グァム基地は北朝鮮から3〜4000キロ離隔しているた
め、ミサイル攻撃への対応は比較的容易です。ただ逆に、地積は狭小で、経済・産業基盤は制限さ
れており、基地のインフラ整備も十分ではないため、日本と連携して「主要作戦基地」の補完的な
機能として位置づけられます。
これらの要因を総合的に判断して、ハワイを中枢的な戦略基盤として、日本とグァムが相互に補
完しながら「主要作戦基地」となり、いわゆる「トライアングル・ハブシステム」を構築する構想
が考えられています。このため、航空自衛隊総隊司令部を米軍横田基地に移駐させ、ミサイル防衛
に際しても日米共同の情報収集ができ、連携した対応が採れるように計画されています。また、陸
軍の第1軍団司令部も、ワシントン州からキャンプ座間(神奈川県)に移駐させ、統合作戦指揮が
出来るように改編する計画であり、陸上自衛隊の即応部隊の司令部も座間に移駐する予定になって
います。これによって、日米関係は新たな段階に入ることにもなり、今後の同盟関係、アジアの安
全保障に対するわが国の役割にも大きな変化が生じてくると思われます。
他方、在韓米軍は、冷戦時代から引き継いで北朝鮮の南進に対して備える拠点としての役割を担
っており、「前進作戦拠点(Forward Operating Sites)」としての位置づけは今も変っていません。
在韓米軍基地のインフラも相当に進んでいますが、基地の安全性という点では北朝鮮からの直接攻
撃を受ける危険性もあり、かつ北朝鮮からの工作員も相当数入り込んでいるため、基地の安全性に
は疑問が持たれています。
さらに、韓国政府の政治姿勢が近年とみに北朝鮮よりになってきたことに鑑み、これまで「全般
警戒部隊(トリップワイヤー)」として、DMZ(38度線)の南側に配備していた部隊(第2師団
主力)を中・南部の拠点に後退配備し、約36000人の現駐留部隊から約12500人を削減する
計画であり、一部の削減はすでに始まっています。
米軍再編は、21世紀における世界的な安全保障構造を大きく変化させることになります。わが
国でも、今後の計画実行に際して、膨大な財政支出や地元調整など、大きな課題が残っており、道
は平坦ではありません。ただ、その背景にある戦略的な意義を、国民にしっかり説明して、10年が
かりの事業が途中でぐらつかないようにしておかなければなりません。目下のところ政府レベルで
は、その努力が少々不足している感じがします。
(06・5・15記)
松島悠佐(まつしま ゆうすけ);
元陸上自衛隊中部方面総監
防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本)
等の要職を経る。
平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。
同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊)
がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて61
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着々と戦争準備を進めている米英蘭に対し、わが国は会議に次ぐ会議を開催して、
何とか「開戦を回避」すべく努力している。ところが未だにわが国の識者の中には、
「無謀な戦争であった」として、その開戦責任を、一人東條首相に求め「故に靖国
神社に参拝しない」とか、「東條を分祀すべきだ」等という意見が目立っているが、
開戦直前の12月初めまで、政府は対米開戦を回避すべく会議や懇談を続けている。
東条英機宣誓供述書から、その様子を見てみよう。
「一一〇 予定の十二月一日の御前会議に先立つこと二日なる十一月二十九日に天
皇陛下の思し召しを体し政府は対米英蘭開戦に関する意見を徴するため宮中に重臣
の参集を求め、政府の所信を披瀝しその機会において陛下には重臣の所見を聴取あ
らせられました。これは天皇陛下の平和御愛好の御精神より事を慎重の上にも慎重
にするためかかる手段をとられたものであります。召されました人々は近衛公、平
沼男、林大将、廣田、阿部大将、米内大将、若槻、岡田大将の諸氏等かって総理大
臣の前歴ある人々ならびに原枢密院議長でありました。いわゆる『重臣会議』と称
せらるるものであります。実際は会議ではなく単に懇談的のものであります。議長
も置かず、また議題につき議決するものでもありません。なお明らかにしておきま
すが、ここに集まったものも同じく重臣とはいいますが、日露戦争時代の元老重臣
とは意味が異なります。その当時の重臣すなわち元老は特に元勲優遇の証書を賜り
国家的の高度の政治に参画するある種の責任を持っておったものでありますが、今
度の重臣というのは公式に重臣と命名されたものでなく単に首相たる前歴を有する
ということで召されたのであって、一般国民との間に特殊の差はないのであります」
つまり東條首相は、国民から遊離した、ある特定の権限を持った者だけの意見を
聴取したのではない、一般国民の意見を代表する「元首相経験者」が集まったのだ、
と言いたかったのであろう。
「一一一 この会合は二十九日の午前中は政府とこれら重臣との間に懇談を遂げた
のであります。政府の方からは総理大臣兼陸軍大臣たる私のほかに嶋田海相、東郷
外相、賀屋蔵相、鈴木企画院総裁が出ました。統帥部からは誰も出ておりません。
午前九時半から午後一時頃までにわたりましたが、私よりはわが国が対米英戦争
を避くべからざる所以を説明し、東郷よりは日米交渉の顛末を説明いたしました。
これに対し各重臣側より日米交渉問題および国力問題などに関し質問があり、政府
関係者よりこれに対し詳細にわたりそれぞれ説明したのでありますが、その詳細は
今記憶いたしません。ただし去る九月二十六日岡田啓介証人の述べましたごとく私
が重臣の質問に対し国家機密なりとして説明を拒否したりとは事実ではありません。
ただ純作戦事項については説明を避けたのであります」
「一一二 ついで午餐後各重臣を御前に召されて政府の説明に基き各自の対米英戦
開始に関する意見を求められました。重臣のほかに出席した者は午前中に出ておっ
た閣僚のほか、木戸内大臣も陪席せられました。出席者の意見の大要は木戸候日記
すなわち法廷証第一一九六号の通りであります。この時発表せられました意見を総
合すると次の四つに帰着いたします。
第一、例え交渉が決裂しても開戦をなさず再起を他日に期すべし。
第二、政府は慎重の用意を以て開戦の決意に到着したるものであるからこれに信
頼するのほかはない。
第三、長期戦となれば日本の補給能力の維持、民心の動向に多分の懸念がある。
第四、この戦争が自存のためであるとするならば、敗戦を覚悟するも開戦は止むを
得ず。ただし、東亜政策のために戦争に訴えるというならば、それは危険千万であ
る。
私は右の意見に対し一々政府の意のあるところを説明いたしました。第一に対し
てはこの点について、政府としては最も頭を悩ませたところであります。政府は百
般に渡り検討の結果、交渉不成立にかかわらず、このままに推移すれば国防上至大
なる危険に陥ってしまい、国家の存立に関する問題であると考えたる旨を説き、前
に述べた十月二十三日より十一月二日までの連絡会議の第一案不採用の理由を説明
したのであります」 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
映画「ナイロビの蜂」−これこそジョン.ル.カレ原作の真髄
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イギリスの作家ジョン.ル.カレといえば,あのリチャードバートンとエリザベステーラーの
「寒い国から来たスパイ」を思い出す。ここに1984年ごろの僕のパスポートがある。
そこには無数の東ベルリン入出国スタンプが殆どのページに我が物顔で押印されている。
まさに東西ベルリンの壁があったこの頃、僕はフリードリッヒシュトラーセの駅をあるい
はチェックポイントチャーリーを毎日のように西ベルリンから東ベルリンへと仕事で通っ
ていたのである。そういう個人的体験もあり僕はこの小説を何度も何度も味わい深く読ん
だものである。描かれている取調官とスパイ容疑者との尋問の問いと答えに奥深い心理の
襞がリアルに描かれたジョン.ル.カレの1963年の初期作として代表作として不滅の名作で
ある。その後「スマイリーの仲間たち」「リトルドラマーガール」など東西冷戦のころの
ジョン.ル.カレなど読むと頭痛で悩まされるほど難解であり、そうかといって一行を
overlookすると、あとで筋書きがわからなくなるという読者泣かせなのだ。僕もそういう
わけでルカレ作品を途中で抛りだしたりして敬遠してきた。
東西冷戦終結後はスパイ小説家はフリーマントルを含め、共産圏をマフィアに置き換えた
り、この原作のように企業悪や国家悪に置き換えたものが増えてきた。この原作「The
constant gardener」は2001年の作品である。
この映画の題名「ナイロビの蜂」はいつものように荒唐無稽であり見てからも何が根拠か
分からないが、元々の原作の題名こそが庭弄りが好きな人という意味でイギリス人特有の
アイロニーそのものでぴったりしているのである。上映にあわせて発売された文庫版まで
この荒唐無稽の映画の題名をつけているのには驚きである。
さて前置きは長くなったが本年度アカデミー賞4部門ノミネートされ妻のテッサ役のレイ
チェル・ワイズが主演女優賞に輝いた。監督は『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・
メイレレス監督、主演ジャスティン役は「シンドラーリスト」「イングリッシュペイシェ
ント」のアカデミー賞男優賞にノミネートされたレイフ・ファインズである。
妻の死に隠された製薬会社の利害が絡む政治的陰謀を追い、暗黒大陸アフリカを舞台とす
る主人公の心の遍歴を見事に描いている。僕はむしろ演技としてはこのレイフ・ファイン
ズの絶妙の演技を高く評価したい。
ストーリーはイギリス人外交官であるジャスティンはある講演会で書生的な正論を吐く熱
情あふれるアフリカ救援運動家テッサと知り合い結婚する。ジャスティンはイギリスの名
門出身で善良で品性と品格あふれ世の中をそつなく地道に歩む、庭弄り(gardener)の好
きな平凡なありふれた外交官で、妻とは全く異なる性格と人生観を持つ。この夫婦がお互
い干渉しないとの約束で結婚し、夫は妻を連れてアフリカのケニヤに赴任する。妻は白人
の高い立場からではなく、アフリカの貧困の中に無防備で入っていき、医療を改善し子供
たちを励ます勇気ある活動家である。出産も、周囲の反対を押し切り現地人と敢えて同じ
医療施設で行い結果的に死産を招いてしまう。身近な一人でも貧しい不幸なアフリカ人を
救うべきであるという優しい心がある実践家であるのに対し、夫は一人を救っても無数の
貧困の中のひとつに過ぎない、それは国連や国際機関に任せればよいといつも口論となっ
てしまう。
そんなあるとき妻は奥地に旅たったまま帰らぬ人となった。妻はヨーロッパの大手薬品会
社の人体実験ともいえる陰謀とそれをとりまくケニヤの政治、イギリス外務省の上部の陰
謀に巻き込まれていき、謀殺されたのだった。庭弄りしか興味のない夫(この映画のガー
ドナーの意味合いが生きてくる!)は、妻の死後なぜか官憲に捜索され荒らされた部屋の
なかから、高等弁務官事務所所長であるジャスティンの上司が妻の現地告発レポートに絡
めて彼女に宛てた愛をささやく手紙を発見する。そして真相を解明しようと決断すること
になり、それは結果的に妻への愛を確認する死への旅路となる。
当初は懐き始めた妻の不倫の疑惑の解明、上司への憎しみからの追及であったが、調べる
うちに、巨悪に立ち向かう妻の正義の戦いが判明していくである。
筋書きが見事であり、サスペンスありスリルありで見るものを釘付けにする。シナリオ構
成がすばらしい、そして演技力がこの難しい人間関係、心理の慟哭をなんと見事に描いて
いることか、超一級品の映画といえる。
夫婦喧嘩の口論の中で、夫はお互い結婚の条件として、お互いの人生に干渉しない約束だ
ったと言う、これに対して妻はお互いの『仕事』に干渉しないことだと何故か訂正反駁す
る場面がある。(上述のジョン.ル.カレらしい何気ない会話の意味深さ)この意味は妻の死
後、夫はわかるのだ。すなわち妻は夫を愛するがゆえに巨悪と戦うがゆえの生命の危険に
夫を道ずれにしたくなかったのだ。仕事の上ではお互い不干渉であったとしても二人の人
生は一つのはずだということを妻は言いたかったのである。妻は夫を熱愛していたのであ
る。
夫が最後の場面で一人のアフリカ少年を救おうと固執するシーンは感動的である。なぜな
らこのとき夫は生前の妻のひとりでも身近な不幸なアフリカ人を助けたいという気持ちと
心が一つになるからである。
そして妻が殺された同じ湖畔で死を決意する。自ら妻への疑惑を一時でも抱いた気持ちを
詫び償い、妻の崇高な戦いを尊敬し、そして二人が一体である確信をもって、自ら命を断
って愛する妻が眠る天国へと急ぐのである。注意深く見ないと最後に夫が自殺用に持って
いるピストルから弾装をはずし捨てる場面を観客は見逃してしまう。この意味は追手の気
配を感じて、敢えて妻が惨殺されたような酷い殺され方を共にして一体となりたい妻への
深い愛があったと解釈したい。別の解釈だと他殺にしたほうが巨悪の存在を浮き彫りにで
きると考えたということもあろうが。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎
白隠禅師「三教一致の弁」について
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神保町の古本屋さんにて、100円で買ってきた高僧名著全集・白隠禅師編の「三教一致
の弁」を読んだ。
これは、在家のお弟子さんにあてた手紙らしいが、簡潔にして要を得、ありがたい教え
である。近代の傑出した禅僧が、どのようなことを教えていたのかを知るには、まず絶好
のものであろう。
禅師は最初に「あなたが至善とは何か、ということを聞いてきたので、嬉しさのあまり、
筆を取った」と書いている。同じ意味を、このころの人は、どういう文章で書いたか。私
などは度肝を抜かれてしまう。なんという気合の入った文章だろうか。
「至善の両字得て聞きつべしやとの書面、近頃奇特千万の好一挨、随喜のあまりとりあ
えず。大略書付け、進覧いたしはべり」。
続けて「おおよそ三世を貫通し、古今を頌融するものは、至善なり」とずばりと続けて
いる。「おおよそ十方の聖賢古今の智者、至善にとどまることを勧めて、しかして後に明徳
を明らかにして大道を成就す。禅門には、これを自性本有の至要とし、律家には、これを
無相心地の戒体とし、密乗には、これを阿字不生の日輪とし、浄家にはこれを法性円寂止
観の大事とし、老荘はこれを虚無の大道とし、神家はこれを高天原と相伝す」。
仏教の禅も浄土宗も密教も天台宗も、老荘も神道も核心のところに「至善」をおいて
いる、というのである。くしくも、西欧キリスト教でもSummum Bonumという言葉が
ある。最高善ないし至善であって、まさに同じ意味である。
日本の精神文化の骨格には、神仏の混合がある。この混合の意味やら由来を学者風に
いろいろ言えば切りがなく、しかもいつまでも核心をつかむことができない。それは学者
の商売には関係があっても、わたしたちの人生には直接関係がない。白隠禅師は、その核
心を「至善」である、という。では「至善」とはなにか。
「それは人々具足の心性なり。」 われわれにもともと備わっている心の本性である。す
でに伝教大師最澄が「国宝とは人心なり」と言った、その本来の心である。これを「持つ」
ということ、すなわち「至善」にとどまるということが「禅定」というのだ、と白隠の説明
は懇切を極める。
いったいに禅は、一喝したり、棒をくらわせたり、片手の音とは何か(白隠)を考えさせた
り、何かわけのわからないもの、神秘的なものといわれている。まったくそうではない。
禅はきわめて合理的である。合理的というのは、まず結論に至る方法論がある、という
ことである。これこれこうすれば、こうなると言うのである。外が晴れなのか雨なのか、
確かめたければ、窓の外を見よ。水素と酸素を化合させれば、水になることを確かめた
ければ、実験室で実験せよ、というのと同じである。
では何をするのかといえば自己を点検することである。仏道とは、自己を習うことであ
る、と道元禅師は言ったが、同じことである。白隠禅師の言葉をすべて原文で引用した
いが、あいにくあまりにも文字が違うので、その一部を直してここに書いてみたい。あ
くまでも私の解釈であり、どうか興味を引かれた方は、原文を読んでいただければ、と
思う。白隠による禅の入門あるいは手引きである。
「喜怒哀楽の起こらざるはじめ(起こる前)、得失是非(言いか悪いか、得か損かなど)い
まだ兆さざる以前に向かって(そういう気持ちの起こる以前に向かって)、きっと心を定め
て、一身の元気をして臍輪気海丹田(へその下、丹田におき)の間に充足せしめ、自己に
ついて点検せよ」。
いったい自己とは何か。自分は老人なのか、まだ幼いのか、男なのか、女なのか、こう
して自己を点検していけば、いつしか自己本来の心は、智恵があるわけでも愚かなのでも
なく、色彩や形があるわけでもなく、言葉の及ぶところでないことがわかるだろう。
ここに向かって、たとえ「七仏出頭すれども省みず」(仏がでてこようと省みず)「叫喚
大叫喚の悪境、前後に化現すれども」(どんな逆境にであっても)すこしも恐怖の心を生せず、
百二十斤の重荷をかついで、険しい山を登るように進んで一歩も引かなければ、やがて霧
は晴れ、すべては明々白々、動と静、是非得失、これか、あれか、すべて一般であること
がわかるだろう、というのである。
まず、ここまでのところで今回は、終わりにしたい。「至善」に至るには、もう少し先ま
で手紙を読まなければならない。しかし、ここまでが座禅の要諦でもあり、また終わり
(目的)でもある。Path is the goalという。手紙は、もちろんまだ先があるが、ここま
ででも、忘れるたび、思い出したくなるような白隠の教えであった。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.西山弘道
文革から40年
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先日、5月16日は、中国で文化大革命が発動されてから40年目に当たる日だっ
た。1966年5月26日、ブルジョア階級と修正主義との闘争を呼びかける共産党
中央の通知(5.16通知)が発せられ、正式に文革が開始された。文革は以後、発
動者の毛沢東が死去した1976年まで10年間続き、中国国内を混乱と破壊の極に
陥れるのである。従って2006年の今年は、文革開始から40年、終結から30年
という節目になる。
文革は、純粋な階級闘争を目指す思想革命とされたが、内実は毛沢東が奪権を図っ
た中国共産党内部の壮大な権力闘争であった。1960年代当時、毛沢東の地位は、
以前の「大躍進政策」などの失敗で低下しつつあり、権力は劉少奇や!)小平など実務
派に移っていた。このため奪権を図る毛沢東の個人的野望と、毛の地位を利用して劉
ら一派から権力を奪おうとしていた林彪が仕掛けたのが文革である。1973年、林
彪がソ連逃亡を図って墜落死してからは、上海グループの江青、王洪文ら4人組が毛
沢東を押し立てた。
毛沢東語録を掲げた10代の少年少女が「紅衛兵」として登場、親ほども年が上の
大人の実権派指導者や知識人を「走資派」として吊るし上げ、三角帽子をかぶせたり
して、暴力を加えたのである。彼らの唱えた「造反有理」は世界的な流行語にもなっ
た。それはまさに狂気であり、集団ヒステリーのなせるものであった。
紅衛兵の内部でも、権力闘争が起き、主導権争いに敗れた青年男女たちは「下放」
と称して、思想改造のため辺鄙な地方に行かされ、過酷な農作業に従事した。
私が始めて中国を訪れたのは、4人組が華やかな活動を続けていた文革後期の19
73年9月だった。船便で行ったのだが、入港したのが4人組の本拠地上海であった
ため、上海市内各地で紅衛兵の集会に出くわした。粗末な人民服を着て、まだ幼顔の
10代位の彼ら彼女らが、赤い冊子の毛語録を振りかざしながら、「マオツーシ、マオ
ツーシ」と絶叫する姿は、まさに新興宗教の集会そのものだった。
プロレタリア文化大革命は、1976年、毛沢東の死、4人組の逮捕によって終結す
るが、文革の10年間はまさに中国の「失われた10年」であった。混乱と騒擾は、
「内乱」状態まで進み、各所で行政機関は崩壊し、無政府状態となった。この「内乱」
による犠牲者は行方不明まで数えると2千万人に及ぶという。膨大な人的消耗を蒙った。
また、下放を強いられた、当時10代後半から20代の青年男女は、「失われた世代」
と呼ばれるほど、勉学や、就職の機会を奪われ、貴重な青春を犠牲にした。その「失わ
れた世代」も、今や60代になる。山崎豊子氏の「大地の子」に描かれた彼や彼女たち
も年金生活に入った今、あの文革時代をどう回想しているのだろうか。
「大躍進政策」で、2千万人の被害者を出し、文革で同じく2千万という犠牲者を
出した毛沢東は、その後の衝撃的な伝記、「マオ」や「毛沢東の私生活」などによると
「革命のためには、何千万や何億の犠牲もいとわない」と嘯いていたという。「人命は
地球よりも重し」と言った、どこかの国の政治家よりも、何と超現実的で、壮大な人
間観なのか、さすがは白髪三千丈の支那である。
その中国で、最近、また毛沢東神話が復活しつつあるという。毛亡き後、!)小平が
毛思想に変わるイデオロギーを確立するかにみえたが、「改革開放」は国家進歩のスロ
ーガンになり得ても、国家理想にはなり得ず、!)も毛ほどの建国神話のカリスマ性は
持ち得なかった。その後の江沢民、そして現在の胡錦濤に至っては、とても毛沢東や
!)小平ほどの「超人」性は持ちえず、「普通の人・常人」による政治を目指すだけと
なる。反面、もはや中国が「普通の人」による政治しか持ち得ないということは、
それだけ中国社会が民主・市場社会にアクセスし、成熟しつつあるということの証左
であるかも知れない。
北京からの報道では、文革40周年の5月16日は、中国国内では特に記念のイベ
ントもなかったという。盧溝橋事変60周年とか、抗日戦争○周年などとかく記念日
が好きな中国国民としては、不思議に思うのだが、それだけ「文革」は、中国にとって
苦くて、恥辱の歴史的出来事なのだろう。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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1.図書室 「世界共和国へ−資本=ネーション=国家を超えて」 柄谷行人、岩波新書
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いつごろからか、日本でも欧米でも文芸評論家が、政治や経済や社会を論じるようにな
り、しかもその論じ方が「自分(たち)だけはすべてわかっているんだ、ほかの連中は何も
わかっていないんだ」という姿勢をとるようになった。 いわゆる「俺以外は全部バカ」と
いう姿勢である。こうした姿勢は、フランスの哲学者で、最近亡くなったジャック・デリダ
やフーコーの一派が、日本やアメリカに輸入されて以後のことである。いわゆる「脱構築」(デ
ィコンストラクション)というやつで、それ以後、文芸批評の用語が変わってしまった。哲
学用語をやたらに使い、それを知らない人間は読めないようになった。そして、そういう
言葉や概念を使いこなせない人をバカよばわりするのである。日本においても左翼的な学
者や批評家がその流行を取り入れたのだが、その代表格が、柄谷氏だった。彼は、ある座
談会でぜんぜんそんな言葉を知らない作家をバカだ、阿呆だと面前で罵倒したことがある。
誰が、そのような万能の権利を彼らに授与したのか、誰も知らない。
ただ柄谷氏の場合、浅田彰氏や蓮見重彦氏のような、単なる「パリ・モード」大好き人間
と違っていた(浅田氏や蓮見氏はもう何も書いていない)のは、そうした流行の中で、何とか
自分で考えようとした点である。つまりこの人の書くものは、独自の思考があり、それで
読むとおもしろいときもある。頭がいいので、旧来のサヨクはもうだめなことはわかって
おり、何とか新しい道を探り出そうとしているのである。 もう一つ、この人の書くもの
が、ほかの人と違うのは、宗教に対する両義的な姿勢である。
この本は、そういう氏が「バカにもわかるように書いてやろう」と思ったのか知らない
が、わりあいに素直に自分の考えを出している。そうすると、非常に複雑で高級なことを
考えていたと思われる「思想家」が、何か夢のようなことを考えていることがわかる。
従来のマルクス主義は、資本家と労働者という階級を想定していたが、労働者は同時に
消費者であり、商品を買う、買わないという決定権を持っているため、資本家よりも、強
い(企業は商品が売れなければ成り立たない)立場に立つことができる。つまり、世界的な資
本主義、あるいはグローバリゼーションに対抗する道は、商品のボイコットである。現在
の世界の国家とは、そうした商品を世界市場に流通させる単位であり、同時に消費する単
位でもある。国家は軍隊と官僚制を持ち、暴力で国民を従属させている。世界市場を構成
する国家と資本とは、イコールである。しかし現在の世界資本主義は、このままでは環境
を完全に破壊し、かつ定期的に戦争をするので、もうおしまいにしなければならない。そ
れには現在の国民国家を解体し、国民国家の所有する軍を国連機構のようなものに預けて
国家単位の主権を放棄し、「世界共和国」を作りましょう、というわけである。
これを結構な構想だと思う人もいれば、地獄への道だと思う人もいるだろう。私は、
あとのほうである。世界的な、あるいは地域的な社会全体主義だけはごめんである。
柄谷氏の思考で、宗教が両義的というのは、世界宗教が、国民国家を超える次元を指し
ているという点にあるが、これも異論がある。
だが一番、柄谷氏の思考で欠落しているのは、日本や欧米のような高度先進資本主義国
における個我というもののあり方である。この個我という認識もまた世界システム的な資
本主義経済の中で生まれてきたといえる。すなわち国民国家の国民と個我とは、同じもの
であって、一方だけ変える、というわけにはいかない。すなわち、話を「自分」に差し戻
さなければ、すべては空論となるのであり、自分だけ世界市民みたいな顔をしてすますわ
けにはいかないのでしょうと憎まれ口をたたいておきたい。
松永太郎
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2.図書室 マリー・ルイーゼ―ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ 塚本哲也 文芸春秋
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この著者は毎日新聞ウイーン支局長、防衛大学校図書館長、東洋英和女学院大学学長など
の経歴をもち、第24回大宅賞を受賞した「エリザベート」は大変面白く印象に残ってい
た。
思想的にはオールドリベラリストなところがあり、そしてヨーロッパの生活をとことんエ
ンジョイされたことが本から匂ってくるのである。そういうこともあって今回の本も自ら
の主義にそってルイーゼの人生を美しく描いているのがわかる。ご存知のようにマリー・
ルイーゼはハプスブルク家の皇女として生まれ、皮肉にもオーストリアの宿敵、
ナポレオンに「売られた花嫁」となる。ナポレオンが失脚してからパルマ公国
の女王としてなかなか毅然とした善政を敷きよそ者のオーストリア人でありな
がらイタリア人に愛されたらしい。パルマにて音楽家ヴェルディを育てたこと
はあまりしられていない。
1929年生まれの塚本氏はとにかく戦争がお嫌いな、戦後の典型的平和主義者で
自分の高尚な趣味と反戦思想で登場人物を「あらまほしけれな人物像」に描い
てしまうきらいがある。でも塚本氏の著作も肩が凝らずに楽しんで読めるので
お勧めである。話はそれるが僕は藤本ひとみ氏の閨房からみたナポレオンシリ
ーズを楽しんでいる。そのあくの強い独特の女性フランス史観なども結構面白
いのである。
奥山篤信
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映画寸評 フランス映画『アンジェラ』− リュック・ベッソンはどこに行くのか−奥山篤信
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僕は、脚本家であり監督であるリュック・ベッソンの映画、初期の「グランブルー」「ニキ
ータ」「レオン」などすばらしいスピード感をアメリカにないリズム感と感性に惚れ惚れし
てきた一人である。このリュック・ベッソン10作目の監督作、たった48時間で繰り広げ
られるラブ・ストーリーとしてベッソンが満を持しての作品として電撃的に前触れもなく
フランスで昨年公開されたという。大柄の美女はGUCCI専属のスーパーモデル、リー・ラ
スムッセン、冴えないアラブ系の小男には人気沸騰中のコメディアンジャメル・ドゥブー
ズが出演、白黒の全編モノクロで監督のこよなく愛するパリを舞台にラブストーリーとい
うお膳立てである。
一時間半の作品だが、退屈極まりない物語であり、とにかくこの薄汚い目障りなこの主人
公に対して嫌悪感を最初から終わりまで感じさせるのである。この配役のお陰で、たとえ
どんなにパリの美しさをバックに描いても台無しで、折角の大型美女も目立たないほど存
在感がなくなる。
この冴えない主人公は、ルンペンのような人生の落伍者で、アメリカからパリに逃げるよ
うにやってきて一旗あげようとしたが、結局ヤクザから多額の借金で殺される羽目となり、
アレクサンドル三世橋からセーヌ川に身を投げようとしたその瞬間に、亡霊のように隣に
現れた長身の美女が…。それでこの性格破綻者が美女の説教の下に人生を前向きに考えて
いくという物語。この説教の陳腐なことベッソンらしくないこと甚だしい。
本当にくだらない筋書きでなんら哲学も洒脱もなく、単に見苦しい映画であり、リュック・
ベッソンよ!ここまで落ちたのかと言いたい。まるでゴミ屑箱に捨てたいような駄作であ
る。
奥山 篤信
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
編集長・市村直幸
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