| >> 記事トピックス一覧 |
甦れ美しい日本 第061号
発行日: 2006/4/13□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年4月14日 NO.061号)
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
< 目次 >
◎ゲスト執筆者
植草一秀 手堅いスタートを切ったバーナンキFRB議長
◎レギュラー執筆者
1.佐藤守 大東亜戦争の真実を求めて56
2.奥山篤信 韓国映画「タイフーン」−「恨」の文化と太陽政策−
3.松永太郎 ピーク・オイル
4.西山弘道 36年目のよど号事件
◎図書室
1. 雑誌の批評 「論座」5月号(松永太郎)
2.「つつしみ」の法則 村上和雄&中野良子対談 万葉舎(奥山篤信)
◎美術館
藤田嗣治展 東京国立近代美術館 企画展ギャラリー(1F) 2006年3月28日(火)〜5月21日(日)
◎演劇
朱鷺之會公演 「班女 ふたり」 西川瑞扇(朱鷺春美)が舞う
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──────────────────────────・・・・・☆
------------------------------------
植草一秀
手堅いスタートを切ったバーナンキFRB議長
-----------------------------------
FRB(米国連邦準備制度理事会)は3月27日、28日にFOMC(連邦公開市場委
員会)を開催し、2004年6月以来、15回連続でのFFレート引上げを決定した。F
Fレートは2004年6月には1.0%の水準にあったが、今回の利上げで4.75%に
達した。
筆者は昨年10月にバーナンキ氏が次期FRB議長に指名された際に、3月28日のF
OMCで利上げを決定する可能性が高いと記述したが、予想通りの利上げ決定となった。
インフレ未然防止に取り組むFRBの基本スタンスにはブレがない。グリーンスパン前
議長は先を読み抜き、2004年6月より0.25%刻みでのFFレート引上げを実行し
てきた。デフレのリスクがあると判定すれば、常識にとらわれることなく金利を引き下げ、
デフレリスクが遠のいたと判断するや、極めて長期の視点をもって利上げ政策を非常に緩
やかに、しかし着実に進めてきた。見事な政策運営技量と言える。
日本では、福井日銀総裁にこの高度な技量が垣間見られている。歴代総裁の中では傑出
した手綱さばきが示されている。福井日銀総裁続投の環境整備がこれから非常に重要にな
ってくる。
バーナンキFRB議長は本年2月1日に就任した。デフレからの脱却のための「インフ
レ目標設定」などを主張してきた経緯があり、インフレに対してはグリーンスパン前議長
よりも「ハト派」的傾向を示すのではないかとの憶測が存在した。だが、これまでのとこ
ろ、こうした観測は「杞憂」であったことが示されている。
バーナンキ氏はFRB議長の指名を受けて以来、一貫してインフレに対してしっかりと
対処する方針を示し続けている。FRB議長に指名された直後こそ米国の長期金利が若干
上昇する反応が生じたが、その後の各種発言を受けて、市場はバーナンキ氏がグリーンス
パン前FRB議長同様にインフレファイター(インフレに対抗してゆく者)として行動し
てゆくことについての信認を置きはじめている。
3月28日のFOMC後の声明では、「ある程度の一段の引締めが必要になるかもしれな
い」との表現が盛り込まれた。FOMCの直前にあたる3月24日に発表された2006
年2月米国新築1戸建て住宅販売では前月比年率10.5%減少が示された。新築住宅の
在庫戸数も過去最高を記録し、住宅投資の減速が始動したとの観測が強まった。
FRBの金利引上げ政策が終盤に差しかかっていることははっきりしているが、FRB
はいまのところ利上げ終結を示唆する意思表示をしていない。米国経済の基調が全体とし
ては依然として堅調であり、また、原油市況も高水準で推移しており、この状況下でFR
Bがインフレ抑制にあいまいなスタンスを示せば、市場は先行き不透明感を一気に強めて
しまう。
バーナンキ新議長はこうした市場の特性を十分に認知し、基本的には「タカ派」的行動
が信認確保には有効との判断を有していると考えられる。FRBの利上げ終結に対する「慎
重姿勢」は米国経済ソフトランディングにとって不可欠の条件である。
バーナンキ議長はあまり強調していないが、米国経済は根本において大きな不均衡を抱
えている。経常収支赤字が過去最大を更新し続けていることだ。米国では財・サービスの
輸入が輸出をはるかに上回っているのだ。2005年の米国経常収支赤字は8049億ド
ルに達し、4年連続で過去最大を更新した。
経常収支の赤字は米国が米国全体で、所得以上の支出を行っていることを意味している。
経常収支の赤字部分を海外からの借金でまかなっている。8000億ドルの赤字は米国が
全体として1年間に所得を90兆円も上回る支出活動をして、その不足資金を海外からの
借金でまかなっていることを意味している。
こうした形で海外に対する債務が累積されてゆけば、米国の将来の資金返済に対する不
信が募ってゆくことになる。米国はドル建てで借金をしているから、最終的には米国政府
がドル紙幣を印刷してしまえば借金を返済することは可能である。これが基軸通貨国の特
権である。だが、ドル紙幣の増刷による返済はドルの価値を押し下げる政策である。ドル
は急落することになる。
米国が経常収支赤字拡大を食い止める政策を示さなければ、いずれかの時点で「ドル不
信」が浮上し、外国資本が一斉に米国から引き上げる事態が発生しかねないのである。こ
れが「キャピタル・フライト=資本逃避」である。1985年から1987年にかけての
ドル急落、1997年のアジアの通貨危機は基本的に経常収支赤字激増を背景にした資本
逃避を主因にした通貨急落だった。
経常収支赤字を削減するには輸入が減少するか、輸出が増加しなければならない。ドル
安政策を取らないとすれば、輸出入の増減は内外の経済の強さに依存することになる。海
外景気が急拡大すれば米国の輸出が増加し、経常収支赤字が減少する。米国景気が冷え込
めば輸入が減少してやはり経常収支赤字が減少する。
日本などの海外経済の急拡大が見込めない以上、米国経済を抑圧することが必要になる。
金利引上げ政策は米国内需の抑制効果を持つ。米国経常収支赤字が拡大していることも、
FRBがそう簡単に利上げを終結できない背景になっている。
次回FOMCは5月10日に開催される。現状では5月10日に16回目の利上げが実
施される確立は6割を超えている。FFレートはついに5%に達することになる。バーナ
ンキ議長は長期金利が非常に低水準にとどまっていることについて「理解しがたい」との
感想を表明しており、FFレートが5%に達する際には10年国債の利回りも5%程度に
上昇する可能性が高まっている。
金利上昇の経済への影響が表面化するには一定のタイムラグが必要である。このことも
踏まえれば、5月10日のFOMC頃が金利引上げ政策の分水嶺になる可能性が高いので
はないか。原油市況に大きな変化が生じて、原油価格が市場最高値を更新するような場合
には、金利引上げがさらに拡大することも生じるだろうが、原油価格が高値ながらも落ち
着いて推移する場合は、5月10日の利上げ実施以降、利上げ終結観測が生じてゆくこと
になるのではないか。
NYダウは11,000ドルの節目を突破したものの、もみ合いを続けている。利上げ
終結観測が広がれば株価は上離れし、2000年1月14日の11,722ドルの史上最
高値を更新することになると考えられるが、しばらくは11,000ドル近辺でのもみ合
いが継続するものと考えられる。
バーナンキFRB新議長は、グリーンスパン路線を継承し、「インフレファイター」とし
てのスタンスを市場にしっかりと刷り込む取組みを示している。中央銀行トップの第一の
役割は通貨価値維持に対する市場からの信認を確保することにある。インフレ防止は経済
の持続的成長にとっての必須の前提条件である。バーナンキ議長はFRB議長の職責の基
本をしっかりと踏まえて新職務の船出を果たした。まずは無難な船出となった。
原油市況に関心を払いながら、2006年年央頃より利上げ終結の検討が進展すること
になるのではないかと思われる。NY株価はもみ合いから上方に離れることになるのでは
ないかと考える。
(金利.為替.株価特報 第34 4月3日号より)
植草一秀;
スリーネーションズリサーチ株式会社
代表取締役社長
http://uekusa-tri.co.jp/
1960年12月 東京都生まれ
1983年 3月 東京大学経済学部経済学科卒業
1983年 4月 株式会社野村総合研究所経済調査部
1985年 7月 大蔵省財政金融研究所研究官
1991年 6月 京都大学助教授(経済研究所)
1993年10月 米国スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー
2002年 4月 株式会社野村総合研究所主席エコノミスト
2003年 4月 早稲田大学大学院公共経営研究科教授
大阪経済大学客員教授
2005年 4月 現職
------------------------------------
1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて56
-----------------------------------
組閣後の動きを、東條首相は宣誓供述書で次のように述べている。
「八四 ついでこの対米交渉要領により日本の今後における国策をいかに指導する
かにつき更に審議を尽し最後に三つの案に到達したのであります。第一案は新たに
検討を加えて得たる対米交渉要領に基き更に日米交渉を継続する。しかしてその決
裂に終りたる場合においても政府は隠忍自重するというのであります。
第二案は交渉をここで打ち切り、ただちに開戦を決しようというのであります。
第三案は対米交渉要領に基きて交渉を続行す。他面交渉不成立の場合の戦争決意
をなし、作戦の準備をなす。そして外交による打開を十二月初頭に求めよう。交渉
成立を見たるときは作戦準備を中止する。交渉が決裂したるときはただちに開戦を
決意す。開戦の決意はあらためてこれを決定するのであります」
何とか日米開戦を避けようとする努力の跡が覗えるのだが、特に第三案のように、
戦争準備と交渉続行を二股かけて実行するのは容易ではない。戦争を“希望”して
いる相手にとっては、如何なる“難癖”でもつける事ができるし、わが陸海軍にお
いても、作戦準備に邁進できない弱みがあるからである。つまり、中途半端で無責
任な案だといえよう。
東條首相は、これらの3案について、極めて詳細に「解説」を加えているが、結
果として連絡会議においては、一番困難な対応を取らざるを得ない第3案が採用さ
れる。
「八八 連絡会議においては結局は第三案を採ったのでありますが、決定に至るま
での間に一番問題となったのは前記第一案で行くか、第三案で行くかという分かれ
目でありました。十一月二日午前二時に一応第三案と決したものの出席者中の東郷
外相、賀屋蔵相はこれに対する賛否は保留し、翌朝に至って両人ともようやく第三
案に同意して来たという経過でした」
しかし、天皇は深い憂慮を示される。
「九〇 右深刻なる結論を一九四一年(昭和十六年)十一月二日午後五時頃より参
謀総長、軍令部総長と共に内奏しました。その際天皇陛下には我々の上奏を聞こし
召しておられましたが、その間陛下の平和御愛好の御信念より来る御心痛が切々た
るものあるごとくその御顔色の上に拝察しました。陛下はすべてを聴き終わられ、
しばらく沈痛な面持ちで御考えでありましたが、最後に陛下は『日米交渉による局
面打開の途を極力つくすもしかも達し得ずとなれば、日本は止むを得ず米英との開
戦を決意しなければならぬのかね』と深きご憂慮の御言葉を漏らされまして、更に
『事態いうごとくであれば、作戦準備を更に進むるは止むを得なかろうが、何とか
極力日米交渉の打開を計ってもらいたい』との御言葉でありました。我々は右の御
言葉を拝し恐懼した事実を今日も鮮やかに記憶しております。かくて十一月五日の
御前会議開催の上更に審議をつくすべきお許しを得たのでありましたが、私は陛下
のご憂慮を拝し更に熟考の結果、連絡会議、閣議、御前会議の審議のほかに、更に
審議検討に手落ちなからしめ陛下のこの御憂慮に答うる意味において十一月五日午
前会議に先立ち更に陸海軍合同の軍事参議官会議の開催を決意し、急遽そのお許し
を得て十一月四日に開催せらるるごとく取り運んだのでありました。この陸海軍合
同の軍事参議官会議なるものは一九〇三年(明治三十六年)軍事参議官制度の創設
せられてより初めてのことであります」
そしてその軍事参議官会議で、永野軍令部総長は次のように発言したとある。
「九一 (前略) まず永野軍令部総長より海軍統帥に関し説明がありました。そ
の要旨は、現在の情勢のままで推移せば帝国はついに国力の弾発性を喪失するとと
もに戦略上極めて不利の地位に陥ること明瞭である。帝国としては今後も引き続き
外交手段を尽くして極力この危急の打開を計ることに政府とも意見が一致し、政府
は目下懸命の努力を払っている。しかし他面ついにこれにより目的を達し得ざる場
合、帝国として戦争を決意せざるを得ざる情勢に立ち至ることも今日深く胸算しお
かねばならぬ。統帥部としてはこの場合に備うるため作戦準備を本格的に進めて行
きたき考えである。この作戦準備を進むることは他面現在の情勢段階においては、
これにより外交交渉の進展に寄与し得るものと思う。しかしさいわいに日米交渉打
開を見れば作戦準備行動はただちにこれを中止する考えである。政府ともこの点は
約束されている。不幸にして日米交渉決裂し日米英蘭戦闘ともなったときの見とお
しについては彼我太平洋における現有兵力の関係を以て開戦時期を十二月上旬とせ
ば第一段作戦及び邀撃作戦には勝利の算われに多しと確信する。
第一段作戦にして適当に実施せらるれば、帝国は南西太平洋における戦略要点を
確保し、長期作戦に対応する態度を確立し得るであろう。しかして対米英戦は確実
なる屈敵手段無きを以て、結局長期戦となる算が多い。これにたいしての覚悟と準
備とを必要とする。
長期戦となりたる場合の見とおしは形而上下の各種要素、国家総力のいかん及び
世界情勢の推移いかんによりて決定せらるるところ大にして、今日において数年後
の確算の有無を断ずること困難である。というものであったと記憶します。真珠湾
攻撃の件については何等触るるところありませんでした」 (続く)
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
---------------------------------------------------------
2.奥山篤信
韓国映画「タイフーン」−「恨」の文化と太陽政策−
--------------------------------------------------------
韓国映画史上最大のコスト150ウオンを投じたサスペンス映画で、監督はクァク・キョ
ンテク1966年釜山生まれ。父親の跡を継いで医大で勉強するが、不向きであると断念、ニ
ューヨークに遊学、映画に興味を持ちニューヨーク大学映画演出科を卒業する。2001年の
『友へ/チング』にて確固たる監督としての地位を固め国際映画祭でも活躍中。主演のチ
ャンドンゴンは今や世界的俳優であり、先般中国映画「プロミス」で真田広之と共演見事
な演技を見せた。
台湾・基隆(キールン)港から北東220km地点でアメリカの偽装船舶が、沖縄へと極秘裏
に輸送していた核ミサイル用衛星誘導装置を海賊シン(チャンドンゴン)に強奪された。
事件の表面化を恐れた日米両国の暗黙の了解の下に、韓国国家情報院は独自に海軍大尉カ
ン・セジョン率いる特殊部隊を編成捜査を開始する。一方、シンは闇ルートを通じて衛星
誘導装置と引き換えにロシアから核廃棄物30tを手に入れようとしていた。実は海賊シン
には、幼少のころ一族郎党と北朝鮮より韓国に亡命するために中国の西側大使館に逃げ込
んだ脱北者であり、韓国政府の裏切りにより北朝鮮に押し返され国境で幼い姉弟を除いて
惨殺された暗い不幸な過去があった。シンはその時以来韓国国民を皆殺しにする復讐心を
抱いていたのだ。。。。。。
映画としては中々のスペクタクルでありストーリー性もプロットも優れている。また資金
を投じただけありロケはロシアの各地を含めリアルな映像を提供している。凄まじい血と
肉片の散乱は、日本映画にはない迫力である。この点、裕福な家庭に育ち、本場アメリカ
で演出を勉強しただけあってアメリカ映画の手法を取り入れており、その上遊び心もある。
狭い思考空間に呪縛されている島国根性の日本人映画監督とは異なり、国際性があり客観
的には大変評価できると思う。
でも別の角度からこの映画を反芻してみると、実はこの映画現在の韓国のノムヒョン大統
領の北朝鮮融和政策をそのまま投影しているのだ。
まず朝鮮半島の米韓連合軍の最高司令官がアメリカであることへの矛盾について、そのア
メリカ側の傲慢不遜な姿勢を浮き彫りにし、自国の安全は自ら守るのだという気概を画面
からはちきれんばかりに示している。
日本はアメリカの属国扱いであり、なんと東南アジアの日本侵略で海賊が日本軍と戦った
ので現在でもこれらの国はこの行為を評価し海賊の取り締まりが甘いなどと反日の牙も見
え隠れする。
なによりも韓国国民性の違いを見せつけたのは、北朝鮮の圧制のため脱北し、亡命しよう
としたのを韓国政府に裏切られたとしても、元々悪の根源は北朝鮮である筈だ。にも関わ
らず韓国国民を皆殺しするとの怨念をもつ海賊シンの異常な執念には僕たち日本人には理
解しがたい側面がある。勿論裏切った窓口である当時の韓国領事を個人的に心臓をメッタ
突きにして復讐を遂げるシーンは分かるが、韓国国民までを核廃棄物によりチェルノブル
イルの再現を企み皆殺しにしようとするまでの異常で異様な復讐心については、到底つい
ていけない。まさにこれが民族固有の「恨」という怨念なのだろうか。怒りの対象はむし
ろ北朝鮮であるべきで、それを手助けした中国であると思うのだが。そうではなく「恨」
というよりも、ここにこの映画はまさに現在の、過去の親米親日政策の弾劾(ある意味で
の韓国版自虐史観)、親中国、太陽政策そして反米反日の唐辛子フィーバーを反映させた
と解釈すべきなのだろうか?
そうかといって僕は、この映画の訴える人間の本来の復讐心の正当性、姉弟の家族の愛の
絆、それと追うものと追われるものの間に奇妙な同情と理解と友情の芽生えと決闘場面の
壮絶な闘いとその結末、そして最後には人間としての良心が残されていたという人間愛の
賛歌など、この映画の泣かせる部分まで批判する気はない。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
-------------------------------------
3.松永太郎
ピーク・オイル
-------------------------------------
「文明の終末」などというと、カルト宗教の終末論や陰謀論か、過激な環境保護論者の
主張のような、世を惑わす「風説の流布」の類に聞こえる。けれども、今、出ている2つの「文
明の終末」に関する議論を読んでいると、どうやら人類が、終わりの始まりに立ち会って
いるらしいことは、かなりまじめな人たちの間でも、共有されている考えのようである。
一つは、言わずと知れた、地球温暖化による環境の激変、特に気象の激変である。これ
に関しては、最近「タイム」が、かなり大きな特集を組み、「本当に心配したほうがいい」と
警告している。環境変化は、従来、予測されていたよりも、かなり劇的な速度で進行して
いるのだ。それに伴って、巨大なハリケーンや津波、地震(気象変化と密接に関連してい
る)が起こりやすくなる、と「タイム」は書いている。
ここでは、もう一つの議論「ピーク・オイル」を取り上げてみたい。「ピーク・オイル」
というのは、油田や油田地帯での石油生産量は、ベル型曲線を描いて、ほぼ半分まで上昇
してピークに達し、その後、減少する、という現象をさす言葉である。半分まで達すると、
その後の生産に関する費用やエネルギーが、最初の半分よりもかかるようになる。当然、
生産量は減少し、価格は高騰する。
アメリカ国内では、この石油生産量の「ピーク」が1980年代に到来していた。そし
て世界的には、2010年から20年ぐらいであろうと予測されている。石油価格は、
その後、急上昇するだろうと多くの専門家が予測している(この手の本はアメリカでたくさ
ん出ている)。石油は単にガソリンのようなエネルギー源だけでなく、現代生活のほとんど
すべてにかかわる「モノ」の材料やら生産やら加工やらに使われているから、石油価格の高
騰が経済に与える影響は計り知れない。
1999年、当時、「ハリバートン」のCEOであったディック・チェイニーは、スピー
チの中でこう述べている。
「グローバルなオイルの需要は、当面、2%ずつ上昇するだろう。それに対して、現存
する埋蔵(リザーブ)からの生産は、控えめに言って3%、減少すると予測される。したが
って、2010年には、我々は一日、5千万バーレルのオイルが不足することになる。」
しかし、その後、この減少カーブは、年間8%という予測も出て、ほぼオイルの専門家
の間では、先ほど述べたように2010年から20年の間にピークに到達するだろうと
いう見方が多い(そうである)。さて、おなじみのチェイニーは副大統領に就任して、
四ヶ月後、大統領に「国家エネルギー政策作成グループ」の委員長としてレポートを提出、
そのなかで、非常にややこしい言葉遣いで、次のように書いている。「10年前と現在を
比較して、重要な相違とは、エネルギー連鎖の重要な部分における、備蓄能力の急速な
劣化である。特に驚くべき劣化を示しているのは、オイルである」。要するに急速にオイル
が足りなくなっている、と言いたいのである。
このころから著名な政治評論家ケヴィン・フィリップスが言う「石油百年戦争」が継続
していることが明らかになった(第一次、第二次大戦は、ある局面から見れば石油をめぐる
資源戦争であった)。大石油会社は、危機にそなえて日本の銀行のように統廃合を繰り返し
ている。チャイナは、往年のセブン・シスターズする規模の国営石油会社を使い、資源の
獲得に躍起になっている。「米中石油戦争が始まった」(日高義樹)という本が出たぐらいであ
る。チャイナはイランの石油に手を伸ばしている。
一方、サウディ・アラビアのオイルは、すでにピークに達しつつあったが、イラクには、
まだかなりのリザーヴがあり、フセインはその採掘権の「最もおいしい部分」(フィレ・ミ
ニヨン)をフランスの「トタール」に渡そうとしていた。ときあたかも「911」の直前
である。
アメリカだけではない。世界は、生き残りをかけた資源戦争の時代に突入している。
なぜ、チャイナはあれほど国際常識に反した天然ガス採掘を、日本海で行うのか。なぜ、
ロシアのプーチンはチェチニアであれほど強硬なのか。もちろん資源のためである。
先日、日本の石油会社は、イランとの間に大規模な契約を締結した。一方、アメリカは
イランの核に対する態度を強化させている。日米関係にも影響のでる契約となるだろう。
松永太郎;
東京都出身
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
-------------------------------------
4.西山弘道
36年目のよど号事件
-------------------------------------
韓国政府は先月末、1970年代の外交文書を公開したが、この中で「よど号
事件」に関して、特に新しい事実はなかったことに私はいささか失望した。とい
うのも36年前、私はこの事件を発生当時から取材し、その後の経緯にも関心を
持っていたからである。
公開された韓国政府の文書では、ハイジャックされた「よど号」の韓国・金浦
空港着陸については、「機長の意思による」とされた。しかし、当の機長は(今年
83歳になった石田真一元機長)、「韓国政府の指示だった」と反論、また当時、
金浦空港の管制官だった韓国人職員も「韓国中央情報部(KCIA)から偽装着陸さ
せるように命令され、機長に指示した」と証言しており、真相は藪の中だ。事件
が発生した1970年は、朴正煕・金日成の南北両政権が厳しく対峙して、諜報
・謀略活動も盛んな時であり、未だ完全に公開できない部分もあるのだろう。
事件が発生したのは、70年3月31日。早朝、羽田を発って、福岡に向かっ
ていた日航機「よど号」が富士山上空に差し掛かった時、日本刀やピストルで武
装した9人の赤軍派学生にハイジャックされた。学校は春休み、年度末でもあり
機内は131人の乗客で満員だった。犯人らは、北朝鮮の平壌に向かうことを要
求、石田機長の燃料がないとの説明に、福岡空港に着陸、給油を行った。犯人た
ちは、ここで病人や婦女子など23人の乗客を解放した。午後になって飛行機は
再び離陸し、朝鮮半島上空を飛行、北朝鮮に向かうと見えたが、韓国の金浦空港
に着陸した。
同空港では、北朝鮮の空港であるかのように偽装するため、韓国の空港である
ことを示すような旗などが降ろされ、代わりに歓迎プラカードなどが掲げられ、
北朝鮮軍の軍服を着た兵士たちが出迎えたが、これは犯人たちに見破られた。
私は31日の事件一報とともに、羽田に設置された対策本部にやらされた。飛
行機は朝鮮半島に向かったが、羽田に戻ってくるという情報もあり、結局その日
は、羽田空港のロビーで徹夜となった。春とはいえ、空港ロビーの床は冷たく、
横にもなれなかったことを覚えている。
金浦空港では、日本から駆けつけた橋本登美三郎運輸大臣らによる犯人学生への
説得工作が続けられ、結局4月3日になって犯人たちは残りの乗客全員を解放して、
北朝鮮の平壌へ亡命することで合意に達した。平壌へは、石田機長ら乗員3人、そ
れに乗客の身代わりとして、橋本運輸相と一緒に日本から同行した、山村新治郎運
輸政務次官が機内に乗り込んだ。
赤軍派学生9人と山村次官、機長ら4人、計13人を乗せた「よど号」は、その
日の午後、38度線を越え、平壌近郊の美林空港に着陸した。学生たちは亡命を認
められ、山村氏や機長ら4人も4月5日に無事、羽田空港に帰着し、事件は発生以来
6日目で解決した。
あれから36年。長い時の経過は、様々の事件余話を生んだ。
乗客の身代わりとなった、山村氏は国民的ヒーローとなり、春日八郎の歌で「身代わ
り新治郎」というレコードまで発売された。政治家としてもその後、農林大臣、運輸
大臣と順調に役職を重ねたが、92年4月、自宅で精神障害を患っていた24歳の次
女に刺殺される、という不幸な事件に遭遇した。事件があった日は、奇しくも山村氏
を団長とする自民党訪朝団が翌日、出発するため、千葉県佐原市の自宅に旅行準備の
ため帰った日だった。次女は不起訴となったが、4年後に自殺した。
よど号の石田機長もヒーローとなったが、あまりにも有名になりすぎて、愛人がい
ることが発覚し、日航を辞めざるを得なくなった。石田氏は事件のフライトの後、実
は国際線の機長に昇格する予定だったのである。
私は実は、犯人たちに平壌で会っている。
よど号事件から10年たった1980年、私は藤井勝志氏を団長とする自民党訪朝団
に同行して、平壌を訪れた。首の左後ろに大きな瘤がある、金日成主席とも握手を交
わした。金日成の肖像写真は、その瘤を写さないように、常に右斜め前方から撮影さ
れていた。日本のゴルフ焼けした、大企業の社長のような恰幅のある人物だった。
よど号事件のリーダー、田宮高麿とサブリーダー、小西隆裕の2人が我々同行記者
の宿泊している平壌市普通江のホテルに訪ねてきたのは、訪朝団が帰国する前日だっ
た。ホテルの部屋で1時間位話したが、2人は望郷の想いをしきりに訴えたのが印象
的だった。また、我々記者が「今、一番したいことは何か?」と聞いたところ、2人
は声をひそめて、「実はセックスの処理です。それが一番、困っていることです」と打
ち明けた。しかし、後で知ったことだが、2人はウソをついていて、この3年前、実
は結婚していた。
田宮ら9人の学生は、訪朝7年目の1977年頃に北朝鮮当局の指令で一斉に結婚
させられていた。相手の女性は、日本国内での主体思想(チュチェ思想)勉強会など
で、学んでいた北朝鮮シンパの日本人女性だった。
9人はその後、田宮など病死したり、日本やタイに潜入して逮捕されたりで、北朝
鮮に残っているのは、前述の小西や、若林盛亮、赤木四郎、魚本公博の4人だけとな
った。これら4人やその妻らには、有本恵子さんのようにヨーロッパから誘拐され、
拉致された事件を実行した疑いを持たれているのもいるが、その全容は明らかではな
い。
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
------------------------------------------------------------------------------
1.図書室 雑誌の批評 「論座」5月号
-----------------------------------------------------------------------------
朝日新聞社発行の「論座」という雑誌(5月号)が「検証:保守論壇・第2弾」と題する
特集を組んでいるので、読んでみた。
最初に、この雑誌の編集長が「国家の品格」を書いた藤原正彦氏に「インタビュー」して
いるが、この編集長が、ものをつきつめて考えたことのない人であることが、よくわかる。
この人の質問をいくつか挙げてみよう。
「この本は右の立場とハーモナイズする部分が多いんじゃないでしょうか」「構造改革を
全面的に否定することは、昔のままの日本でいいことにしかならないんじゃないでしょう
か」「武士道にもどれといわれますが、武士道は支配階級の論理なんじゃないでしょうか」
「日本人は優秀だ、日本人は一番正しいという考えでは、とても国際社会でやっていけない
んじゃないでしょうか」「論理だけでは、世界は破綻する、感情や情緒のほうが大事だと
おしゃっていますが、これは危なっかしい発想ではないでしょうか」。
以上でおわかりのように、「〜だけでは、〜じゃないんでしょうか」という「質問」が
多いが、著者は「〜だけ」と言ってはいないので「そんなことは当たり前です」といわれ
て、おしまいである。また「情緒」とか「武士道」という概念が、「国家の品格」でどのよう
な文脈で使われているか、を読まずに、一般的な通念でものを言っているため、藤原氏
に「私の言う意味とは違います」でおしまいである。インタビューは、藤原氏のオフィ
スで行われたようだが、編集長が帰られたあと、さぞ嘆息されたであろう。いかにも「朝
日」的であり、いかにも「情緒」的である。本人は藤原氏を論破してやろうと思っていった
のかもしれないが、「思想」としては、何も持っていないし、残っていない。「朝日的サ
ヨク」の現状を如実に示して、みごとでさえある。「論座」は、廃刊したほうがいいよ。
赤字がかさむだけだから。
次に保阪正康氏が登場する。この人の考え方は「1930年代から40年代にあっては、
日本の軍事政策が中国・韓国をはじめとしてアジアの国々に多大の迷惑をかけ、被害を
与えた事実は疑うことができない」としている点に良く現れている。「疑うことができな
い」という前提で出発していながら、「いわゆる保守言論の歴史認識は、まず前提ありき、
で始まっている」と批判している。こういうのを矛盾という。内戦から戦後ずっと、中
国共産党独裁政権の軍事政策は、中国の人々のみならず、ヴェトナム、チベット、新疆
ウイグル、その他アジアの人々に多大の迷惑をかけたのみならず、大量虐殺を繰り返し
てきた事実は疑うことができない。そういうことを言わないで、自国の「反省」ばかり
を繰り返そうとしているところに、朝日新聞をはじめとする、もはや、なんといっていい
かわからない人々のダブル・スタンダードがあり、ほとんどの人がそれに気がついている
ことに気がついていただきたい。
次に岡本行夫氏が登場する。この人は、「首相補佐官」をつとめられたそうであるが、
「自分を芯からの保守主義者」と言っている。それでも「死んだら、みな神になるというが、
凶悪犯罪で死刑になった人も、みんな神になっているのですか」という認識である。もちろ
ん日本では、凶悪犯罪者だろうと何だろうと、死ねば「カミ」ヤ「ホトケ」になるのであ
る。芯からの保守主義者といわれる割に、日本で伝統的に使われている「神」の意味をご存
じないようである。
次に山口二郎北大教授と、カン・サンジュン東大教授が登場するが、あまりにありきた
りの「サヨク」議論なので、省略したい。ただ、なぜ、山口さんやカンさんは、こうも差
別的なものの言い方をするのだろう。
最後に真打として西部邁氏と八木秀次氏が対談の形で登場する。さすがに真打なので、
ここは読み応えがある。ここで西部氏は、持論の「アメリカ」論を打ち出し、八木氏が、「ア
メリカは本当に厄介な存在です。すくなくともアメリカは日本にとってどういう存在な
のか大いに議論すべきでしょう。今後の保守論壇の課題はそんなところにあるでしょう
ね」と答えて、終わっている。
以上、読むと、いわゆるサヨクというのは、まともな議論としては完全に消滅し、ある
いは空中分解し、従来、保守派と呼ばれてきた人々の間に亀裂が生じていることが、よく
わかる。この保守派の亀裂については、別に稿を改めて、書いてみたい。
松永太郎
------------------------------------------------------------------------------
2.図書室 「つつしみ」の法則 村上和雄&中野良子対談 万葉舎
-----------------------------------------------------------------------------
世界的遺伝子学者村上先生の著作「生命の暗号」は僕の人生にひらめきと勇気を与えてく
れた。先生とはその後、ご縁があり、色々相談させていただいている。今回の新刊の対談
は、その実現に僕も少なからず関わっていたし、その場に同席していたこともあり、万葉
舎の新刊として先週書店に並んだことは感慨深いものがある。
中野良子氏は故中野興乃助翁の長女として父親が起したオイスカ運動を発展させ、いまや
日本のNPO団体の中で別格の地位を占めている。オイスカとは、人間や国家間の紛争の原
因解決を大地や自然の本来持っているリズムに求め、植林活動や発展途上国の子供たちの
教育を使命として世界各国で活躍している運動である。「人々が、生まれ育った環境や価
値観が異なってもお互いを認め合い、 争うことなく協力し、自然と調和して生きる世界」
を実現することこそがその解決ではないかと中野氏は言う。中野氏は40年以上に亘り、
使命感に燃え時差をものともせず世界中を駆け巡っている。その上品で矍鑠とした威厳の
ある姿に、魅せられ自然と頭が下がるのは僕だけではないだろう。
期待通り二人の波長はかみ合い、対談は広範囲に弾んだ。
村上先生の自然界を究極的に支配するサムシンググレートへの畏敬の念、言い換えれば人
間の叡智を超えた自然の力を、遺伝子学を極められる研究の中で体験し会得された。とも
すれば科学者として唯物論に陥り易い自然科学を、先生はある種の哲学へと昇華されてお
り僕は大変尊敬している。人間の可能性は体内の無数の遺伝子がONされるかOFFされるか
によって決まってくる。それは本人の意思の力が決定するのだと先生は言う、これはどれ
ほど人々に希望と勇気を与えてくれるか。あの神々しいとも言える横田早紀江さんの場合、
普通なら悪い遺伝子をONとしてしまう環境を、逆にめぐみちゃん救出への絶対的確信と日
本を凛とした国家に変えようという気持ちから良い遺伝子をONにしたもので、自分の気持
ちの切り替えでどれだけ人生が前向きになるかという例を挙げている。さらにいま僕たち
の存在そのものが38億年の遺伝子の天文学的確率の結果の産物であり、だから生命は粗末
にしてはならないという先生の基本的道徳観がある。
中野氏はその国際的社会貢献活動を通しての実践からくる人間の存在の可能性への楽観的
な信頼と確信がある。だから世界の平和的共生について、悲観主義ではない、希望を追い
続ける意思の輝きが迸るのである。それは戦後の「諸国民の公正と信義に信頼して」など
という幻想や甘さとは異質の氏の確固たる信念であり、それこそが中野氏のオーラともい
える威風堂々たる優しさと美しさの所以といえよう。
昨今の凶悪犯罪、モラルの低下など数え切れない堕落と退廃、それは大宇宙の中の、サム
シンググレートへの畏敬を忘れた人間の傲慢さからくるものではないだろうか?
奥山篤信
------------------------------------------------------------------------------
藤田嗣治展 東京国立近代美術館 企画展ギャラリー(1F) 2006年3月28日(火)〜5月21日(日)
-----------------------------------------------------------------------------
今年は藤田嗣治の生誕120年にあたるが、これを記念して、パリ時代から晩年にいたるま
での代表作約100点を、フランスやベルギーを加えた国内外から集めて展示している。日
本初公開作品約20点もある。藤田嗣治(レオナール・フジタ、1886-1968)ほど、日本人
であり続け、そしてその世界に類のない画法が年齢ととりまく環境とともに発展していっ
た画家はいないと思う。誰もが真似できない、裸婦に見られる「乳白色の肌」のなんとも
いえない繊細で柔らな美しい手法は、見るものを魅了する。
今回の展示に、第二次世界大戦中の戦争画も展示されており、僕は始めて「アッツ島の玉
砕」「シンガポール最後の日」「神兵の救出到る」「血戦ガダルカナル」「サイパン島同
胞臣節を全うす」を観ることができた。古典画法ではあるが修羅場の人間の気高さ、堂々
とした姿を描いておりさながら宗教画の境地に達している。
戦後この戦争画を書いた藤田を芸術界の戦犯として生贄にしようとした日本の画壇の醜い
姿があった。「何が悪いのかわからぬが、私が戦犯といわれれば服しましょう。死も恐れ
ません。」なんという気高い侍精神か。でも藤田はこの後「私が日本を捨てたのではない。
日本に捨てられたのだ。」と言ってフランスに帰化し二度と日本に戻らなかった。
いまだに隣国の不当な圧力の下、戦争責任だと靖国問題に絡めて、騒いでいる与野党幹部
政治家たちに、この藤田に罪を押し付けた当時の画壇と同じ精神的卑劣さを見るのである。
奥山篤信
------------------------------------------------------------------------------
朱鷺之會公演 「班女 ふたり」 西川瑞扇(朱鷺春美)が舞う
平成18年4月14日(金) 午後7時開演(6時30分開場)
-----------------------------------------------------------------------------
渋谷のセルリアンタワーで4月14日午後7時公演の 朱鷺之會公演 「班女 ふたり」
を13日ゲネプロで鑑賞した。前半は同名の能から創作した清元舞踊「班女より」(花柳春
監修)である。後半は「三島由紀夫近代能楽集『班女』より」の舞踊劇で花子役・朱鷺春
美(西川瑞扇)が舞い、実子役で朗読の村松英子が表情たっぷりに語る。西川の日本舞踏
のしなやかな舞、顔、首筋の表情、そして着物の見事なさばきが、三島の描く狂ったがゆ
えに透き通るような花子の美しさを演じる。エリックサティの「グノシエンヌ」「ジムノ
ペディ」軽やかでいて、ニヒルな灰色の音色が、この物語の悲劇でいて同時に滑稽な一面
をかもしだす。そしてそれに合わせて舞う日本舞踏が観客の注意力を逸らさない。意外や
意外、村松英子の粘りっこく語る三島の台詞とエリックサティのピアノ曲それに西川瑞
扇の日本舞踏がまとまりを見せ、日本の古典舞踊に新しいジャンルを作り上げてしまった
のである。14日だけの一日の公演だが日本舞踏を敬遠するものも、この演出の面白さに感
嘆することだろう。
奥山篤信
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
編集長・市村直幸
〒105−0003
東京都港区西新橋1−22−7 丸万7号館4階
電話:03−3507−0306
Fax:03−3507−0393
e‐mail:ichimura@elneos.co.jp
URL:http://www.elneos.co.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回の配信は、4月21日(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
登録内容(メールアドレス等)の変更、メールニュース配信の停止は、
こちらからお願いします。
<http://www.melma.com/backnumber_133212/>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
有限責任中間法人 平河総合戦略研究所< http://www.hirakawa-i.org >
発信元:< info@hirakawa-i.org >
掲載された記事を許可無く転載することを禁じます
Copyright(c)2005 Hirakawa Institute
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます
- Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
- 日本に元気と良識を。歴史・文化・政治・外交など、多方面の教養を毎週一話完結型でお届けします。3万4千部突破!
- 週刊アカシックレコード
- 02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家(金正日の「遺書」で始まる「中朝戦争」後の北朝鮮...
- 宮崎正弘の国際ニュース・早読み
- 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
- 頂門の一針
- 急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。
- 花岡信昭メールマガジン
- 政治ジャーナリスト・花岡信昭が独自の視点で激動の政治を分析・考察します。ときにあちこち飛びます。
![メルマガスタンド[メルマ!]](/img/common/melma_logo.gif)









