
ライラが私を連れて行ってくれた親類の家は、ヤルカンド郊外の住宅街と農村地帯のちょうど境目くらいにあった。通りを歩いている分には住宅街の路地のような雰囲気が感じられたが、それぞれの家の裏手には広大な畑が広がっていた。
住宅は高い塀に囲まれているため、内側をうかがい知ることはできない。ところが大きな木戸を開けて中に入ると、広々とした中庭がまず私の目に飛び込んできた。庭から裏手の畑へそのままつながっているので、いったいどこまでが庭なのか見当もつかない。
タクラマカン砂漠周辺のオアシスのような町では、人が住めるエリアが比較的限られているため、どうしても住宅は水や緑がある場所に密集することになる。市や町が非常に広く人口がそれほど多くないはずなのに、駅やバスターミナル周辺では人口密度が高く感じられるのはそのためだ。しかしヤルカンドのように都市とはいえないような規模の町だと、家々の敷地にもかなり余裕があるということなのだろう。
庭や家の広さに驚いている私に、笑いながらライラが声をかける。
「ここは特に大きな家じゃないよ。庭もこれくらいなら普通。もっと広い家はたくさんあるよ」
うなずいて聞いているしかない私に、ライラが質問する。
「日本人はどんな家に住んでるの? もっと大きくて広い家じゃないの?」
今度は私が笑いながら答える。
「いやいや、日本でこんな広い家に住もうと思ったら、多分大金持ちじゃないと無理だよ。田舎にいけば都会より少し広い家には住めるけど」
ライラは納得がいかないといった怪訝そうな表情で、さらに質問を続ける。
「どうして? 日本人はみんなお金持ちでしょう? だったら大きな家が買えるじゃない?」
庭の広さの話をきっかけに、このあたりからライラと私の会話は少し複雑になっていった。
もっとも、2人で交わしたコミュニケーションの内容を結果だけ日本語でこうして表現するとたいして複雑な会話ではない。しかし、”片言”とも言えない私のつたないウイグル語と、ほんのわずかな漢字での筆談、ノートに2人で書き並べる絵、そしてジェスチャー・・・そうした手段を駆使して意思の疎通をするには、やはり話の内容は複雑だった。
話が複雑になればなるほど、コミュニケーションの歩みは遅くなり、話が後戻りすることが何度もあった。お互いがわずかなことを理解したり、1つの質問の内容を伝えたりするのに、膨大な時間もかかった。けれども、ライラから「なぜ?どうして?」という好奇心の表情が消えることはなかった。
(次号へ続く)
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