トップ > 旅行・レジャー > 海外旅行 > アジア > 新疆ウイグル紀行〜タクラマカンの砂・パミールの空〜

写真家・紀行作家の秋野深(あきの・じん)がお届けする、中国・新疆ウイグル自治区の旅の臨場感溢れる写真と紀行文です。かつてシルクロード上で栄えた街の様子やウイグル族をはじめとするさまざまな民族との出会い等の詳細な旅の軌跡です。




秋野深の新疆ウイグル紀行/Vol.77

発行日: 2008/5/12

クラブツーリズム主催・秋野深同行の撮影ツアー
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 ヤルカンドの大通りをしばらく歩いた後、私はバスターミナル付近へと戻ってきた。
 私が泊まっていた宿へ戻る途中に通る交差点からは、ライラの母親が営む売店が見える。私は少しだけ気になって売店のほうへ視線を向けてみた。けれども特に人影は見あたらない。
 「ライラはまだ仕事中で戻っていないんだろうな」
 なんとなくそう思い、交差点を渡ろうとした時だった。
 「アリガトウ! イチ、ニー、サン! ワタシノイエ!」
 後ろから聞き覚えのある声がする。
 この街で私に日本語で話しかける人は私が知る限り一人しかいない。振り返るとやっぱりライラだった。私が教えた日本語を覚えていてくれた。

 彼女は仕事を終えて、これから近所の親戚のおばさんの家を訪ねるところだったらしい。その親戚の家までは歩いて10分くらいの距離で、バスターミナル周辺の家とは違ってウイグルの伝統的な農家だという。「時間があるなら一緒に来ない?」というので、私もライラと一緒に行ってみることにした。

 もうそろそろ日が落ちる時刻の、ヤルカンド郊外の住宅街の道。
 通りの両側に高々と積み上げられた日干し煉瓦は、粒子の細かいタクラマカンの砂塵から家々を守っている。舗装されていない道を自転車が通るだけで、パウダー状の砂塵は舞い上がるのである。
 けれども、夕刻の乾いた風の涼しさは、疎ましい砂塵の存在を時に忘れさせてくれる。乾燥した土地を旅している中で、この夕刻の時は最も心地よい時間帯だと言っていいだろう。

 住宅街を歩いている時、何度かライラは友人に会い、その都度一言二言立ち話した。会話をしているライラと彼女の友人が私のほうを見ながら笑顔で「ヤポンルック(=日本人)」と言っている時だけは、2人が何を話しているのかはわかったが、それ以外の会話の内容はさすがに私にはわからない。
 友人と別れて歩き始めるたびに、私はライラに「アウ、キム?(=あれは誰?)」と尋ねてみた。みんな中学時代の友人なのだという。

 それまでは気がつきもせず、あまり考えもしなかったのだが、ライラは同世代の友人たちとはどこか違う雰囲気を持っていた。ライラが話す何人かの友人や街中で見かける人たちと比べてみて、少なくとも私にはそう思えた。
 住宅街の細い路地を歩きながら、私はライラに聞いてみた。
 「ライラは・・・スカーフはしてないんだね」
 少なくともヤルカンドでは、スカーフをしていない女性はあまり見かけなかった。
 もっとも「イスラム教だから女性は髪を隠すためにスカーフをしなければいけない」というのは、習慣の起源としては当てはまるのかもしれない。けれども現在のウイグル族の生活の中では、多くの女性にとってスカーフはファッションの一部として位置づけられていると言えそうである。色や柄にも流行り廃れがあるようで、およそ宗教色の強い習慣には感じられないというのが偽らざる印象である。

 ライラは私の質問に、少し笑いながらこう答えた。
 「ん・・・私はウルムチの高校に行ってたから・・・。わかるでしょう?」

 「ウルムチの若い女性はスカーフはしてないってこと?」
 まだウルムチを訪れていない私は、大都会の若者の生活スタイルや価値観の変化を想像してみるしかない。

 「私のウルムチの友達は、誰もスカーフはしてなかったよ」
 そう答えるライラの服装は、スカーフに限らずヤルカンドの同年代の女性とは確かに違っていた。ヤルカンドの他の女性が特に民族色を強く感じさせる服装をしているわけではないけれど、黒いジャケットにスリムなジーンズ、そしてショートカットのライラの風貌は、中国の大都会を颯爽と歩く若いキャリアウーマンのような雰囲気さえ感じさせる。

 そんなライラと、路地に積もった柔らかいタクラマカンの砂塵を踏みしめながら、しばらく歩いた。
 住宅街の小道を流れる夕刻の風の涼しさが、少しずつ肌寒さに変わり始めていた。
 

(次号へ続く)

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>> 秋野深(あきの・じん)について
 1970年生まれ。福岡県出身。会社員生活を経て、現在はフリーランスの写真家・紀行作家。アメリカとアジア(シルクロード、イスラム圏、東南アジア)を主なフィールドとして、自然風景、建築物、人々の生活や文化を撮り続け、雑誌やウェブでは旅のフォトエッセイの連載も手掛けている。
 アメリカ・インディアナ大学研究所を中心とする国際的な芸術と科学の研究・展示プロジェクト「Accuracy & Aesthetics」のオフィシャルフォトグラファーとして、5年にわたって世界5大陸の10都市を訪問・撮影予定。
 ニューヨークアートギャラリー「Renee Fotouhi Fine Art」への作品登録、ナショナルジオグラフィック・WWF(世界自然保護基金)の共同制作ウェブサイトへの写真提供をはじめ、作品は海外の媒体でも紹介されている。
 『イラン・思考の旅』で、第1回文学メルマ新人賞紀行文部門大賞を受賞。アメリカで開催された「インターナショナル・フォトグラフィー・アワード」の2004-2007のプロフェッショナル部門で4年連続受賞。
 ⇒ 活動や作品の詳細については、Jin Akino Photography をご覧ください。
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